plus ultraを胸に抱き   作:鎌太郎EX

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episode12 絶対とは

 

 

 

 

 特殊拘置所。

 殺す事が生温い(そもそも個性によってはそう簡単に殺せない)犯罪者を収監している。内側から出られない、外側からも攻略されないように造られているそれはさながら鉄壁の要塞のような形をしている。

 その入り口で、1人の男が車のドアに寄りかかってどこか楽しそうに鼻歌を歌っている。先ほど車のラジオで流れた曲をなんとなく鼻歌にしているだけだが、それが拘置所の前であると違和感は拭えないだろう。

 先ほどから正面の門の警備を行なっている人間も、訝しげではあるものの、何せ面会に来た人間の付き添い人。注意をするわけでもなく「変わった人だな」と思うだけで済ませていた。

 そんな時に、遠くからエンジン音が聞こえる。

 低く腹に響くようなそれは徐々に音を大きくさせ、最後にはその姿を現した。

 一台のバイク。それに乗っている、ロングコートを着て変わったヘルメットを付けている、体格的には恐らく男性であろう人影。

 それは正面の門が見えてくると自然とそのスピードを下げ、ちょうど鼻歌を歌っている男の前に止まる。

 

「やぁ、久しぶり! こうやって直接会うのは、はてさて何年ぶりだろうか。

 それにしても、コスチュームでやってくるなんて。普通に私服で来れば良いものを」

 

「……今日は随分前から一件仕事が入っていまして。貴方と話した時に、俺の用事も聞かずに問答無用でこの日に設定しましたから、仕事を終わらせて直行したんです。

 で? 何故俺がこんな場所に呼ばれたのか、ぜひお教え願えますか……ブレイカー」

 

 ヘルメット越しに面倒そうに話す男に、ブレイカーと呼ばれた男――本名・動島壊は笑みを浮かべる。

 

「ああ、それは僕に付いて来てくれれば追々分かるよ、リビングライフ」

 

 

 

 

 

 

 時は期末テストが終わった時間にまで遡る。

 勝てなかった。

 何も変えられなかった。

 むしろ絆された。

 朝に電話した時にはあれだけ啖呵を切ったのに、そのように報告しなければいけないと言う事が、リビングライフには非常に重い。

 だが試験が終わったら連絡すると言ったのはこちらの方だ。だから、躊躇しつつも連絡先になっている彼の番号をタップし、電話を掛けたのだ。

 

『そうかい、ダメだったか。

 まぁ、僕はそう予想していたから君にああ言った訳だけど、悔しい気持ちは分からないでもない。君は意固地というか、頑固というか、ちょっと融通が利かない所があるからね。

 どんな倒され方をしたのか知らないが……どうせ納得はしていないんだろう?

 そこで! 僕からもう一押ししよう! まだまだ甘い振武くんの代わりに僕が決定打を与えよう。なぁに、別に喧嘩しようって訳じゃない。今度の日曜日、後で送る場所に来てくれるだけで良い。

 なんだったら、用事が済んだら一緒に昼食だ! 僕お手製の弁当があるから!! じゃ!!』

 

 電話して、殆どリビングライフの説明を聞かず、動島壊はそう一方的に話して電話を切った。

 ……正直、ギリギリまでリビングライフはここに来るのを迷っていた。わざわざ来る道理はない。

 だが、自分がその昔敬愛したヒーローがそう言ったのだ。今の彼には失望しているが、恩義を感じない訳ではない。

 結局仕事を早々に片付け、会いに来たのだ。

 

「……それで? 貴方は俺に何を見せようと言うんですか?

 しかもこんな場所で」

 

 死すら生温いと判断された、外道中の外道が集う特殊拘置所。ここにヒーローが訪れることは殆どない。

 何せ、更生すら無理だと断念された人間達の集まりだ。親族すら見放した彼らを捕らえるのはヒーローの仕事だが、それ以降は違う。

 犯罪捜査の過程で情報源とする警察官や、この拘置所を運営している職員以外ここに来る者はまずいないだろう。

 

「君は、まだ振武の信念は、結局のところ言葉ばかりのものだと思っている節があるだろう?

 証明しようと思ってね。あの子の信念は、そういうのとは一味違うって事を」

 

「それが、この拘置所となんの関係があると?」

 

 リビングライフの興味の無さそうな声に、壊は微笑む。

 

「振武は、月に一度くらいはここに顔を出しているんだよ。ある人物に会いにね」

 

 その言葉に、リビングライフはヘルメットの中で目を丸くする。

 この特殊拘置所は面会を取り付けるのだってかなり大変だったはずだ。警察関係などにコネクションを持っている動島家とはいえ大変だろう。

 わざわざそれを使って、月に一回来ている。

 

「……誰に、会いに来ているんですか?」

 

「――〝ヒーロー殺し〟ステイン。本名を、赤黒血染」

 

 ……オールマイトという平和の象徴が現れ、この国の犯罪件数が軒並み下がった現代。敵も小粒ばかりだと言う中でも異質の存在。

 自分の中で資格なしと判断したヒーローを狩り殺す、自称憂う者。

 そして今、彼の信念があまりよろしくない形で一大ムーブメントをつくっている。

 伝染する狂気の、大元。

 

「……そう言えば、噂で聞きました。確か動島振武も、あの逮捕に一枚噛んでいるとか」

 

「噛んでいる、なんて酷い言い方だ。うちの子はたまたま遭遇して、やられそうになった所をエンデヴァーに救けてもらったってだけさ」

 

「冗談でしょう。あの馬鹿が、黙ってやられるとも、黙ってヒーローに任せるとも思えませんね」

 

 どうせ動島振武のことだ。

 誰も死なせないと喚きながらステインに挑んで行ったに違いない。下手をすれば遭遇していないのにわざわざ会いに行ったのかもしれない。

 

「こらこら、僕の目の前で息子を馬鹿呼ばわりするんじゃない……まぁ、あの子ならやりかねないけどね」

 

 一瞬だけ怒ったような顔を見せるが、その姿を想像したのだろう、どこか苦笑しながら何度か頷く。

 ……だが、それでも分からない。

 ステインと動島振武が関わった、関係したからと言って命のやり取りをした相手と月に一回話に来るだろうか。

 来たとしても、目的が分からない。

 そこには一体どんな理があり、利があるのか。

 

「……分からない、って思っているだろう」

 

 ヘルメットで隠しているはずの表情、ひいては感情を読まれ、リビングライフは少しだけ動揺する。壊はそれを感じながらも、何も言わずに歩き続けた。

 

「何年君と戦ったと思っているのさ。表情は見えなくても、思っている事くらいは、ね。

 さて、到着だ」

 

 そう言って開けられた扉をくぐると、そこは壁一面がモニターで埋め尽くされていた。

 この内部の監視カメラ全ての映像が映し出され、3人の刑務官がそこで全てを監視している状態。その奥には小さなモニターが備え付けられ、操作すればここの映像を見る事が出来るのだろう。

 先に入って行った壊が小さく会釈をすると、他の刑務官も和かに笑みを浮かべる。

 どうやら、彼自身もここに来るのは珍しい事ではないのだろう。手馴れているかのように近くのモニターの前に座ると、キーボードを操作する。

 画面はすぐさま切り替わり、ある部屋を映した。

 どうやら面会室のようだ。頑丈そうな壁と窓ガラス、そしてそこには、包帯で顔を隠し、椅子に拘束されているステインと、動島振武がいた。

 

『ったく、この前の試験なんて酷かったんだぜ?

 なんで皆、俺の信念ぶっ潰したがるのか……ちょっと間違ってんのかと心配になってくんじゃねぇか』

 

 

『お前の考えは、ハァ、今のヒーロー社会では異端だ。』

 

『お人好しって言う程かねぇ。実際、殴る必要性がある時は、殴るぞ。

 本物のお人好しってのは、もっと非暴力っつうか、暴力否定派じゃね?』

 

『それはお人好しではなくただの愚者だ。

 言葉だけで人は変わらない、言葉そのものに力などないのだから……俺はそれを、よく分かっている』

 

『だから暴力込み込みっていうか、『ぶん殴って改心』はお前的にはアリだと?』

 

『アリ、とは思っていない。偽物は改心したと見せても、やはり偽物。本当の意味で根絶するならば殺すしかない』

 

『……やっぱ、そこだけは認めらんねぇわ、俺』

 

『それで良い……ハァ、お前がそれを受け入れたら、それこそお前の信念が歪んだという証明だ。俺に息の根を止められたくないならば、清くあれ』

 

『お前に殺されたくないから真っ直ぐで居続けるってのも、なんか違う気もするけど。

 まぁ、変わらないように努めますよ』

 

『ああ、お前がどういうヒーローになっていくか、楽しみにしていよう』

 

『……でも、ここってそういう情報入るの? テレビとか、新聞とか読める?

 四六時中それだと、アンタ便所行くのにも億劫そうだけど?』

 

『……正直、いちいち看守を呼ばなければいけないのは億劫だ』

 

『だからって、脱獄はなしだからな。今の俺じゃあ、追っかけることも出来そうにないし』

 

 

「……なんですか、これは」

 

 思わず、そう呟く。

 誰の言葉も聞かない。ただ信念のみを貫く化け物だったようなステインが、

 談笑している。

 普通に話している。

 所々で、笑みすら浮かべている。

 

「これが、本当にあのステインですか? とてもではないがこれでは、」

 

「普通の人みたいだって?」

 

 壊の言葉に、リビングライフは頷く。

 裁判記録など、自分も興味を持って見たが、あの男はあんな風に他人と話すような人間ではない。いや、もっと言えば、人間である事を自ら辞めていた。

 英雄回帰という信念を背負い、それを為す為に平気でヒーローを傷つけ殺すような男だったはずだ。それが、このような事をする男だったか?

 まるでこれでは、友人同士のような……。

 

「まぁ、勿論、彼は償うべき罪がある。振武はそう思っているからこそ、別に彼を檻から出してあげようとはしない。

 でも、話すのは別。彼は罪を犯したがそれでも人だという考えの元、話しているだけ。

 ここから改心出来るならば、それはそれで良いって考えだよね、多分」

 

「……愚かな。救われてはいけない人間は必ずいる。ステインはその類の男だ」

 

「そうかな?――僕も、そして僕に付き従っていた頃の君も似たような事をして来たのに?」

 

 その言葉に、リビングライフは勢いよく立ち上がる。

 

「俺達は違う!! 俺達はこいつらのような外道ではない!!」

 

「いいや、同じだったよ。法という道をギリギリ外れていなかったとしても、やって来た事は汚いやり方だった。今だから思う。

 僕らは信念は間違っていなくとも、方法は間違えていた。しかも、致命的にね」

 

 人を騙し、脅し、懐柔し、捕まえる。

 如何に理想や信念が綺麗なものだったとしても方法は下の下だった・ヒーローとしてではなく、人間として間違っていた。

 あんな救い方をしていたから、結局自分が大きく大切なものを失った。大切な家族を。

 それを贖罪の赤で塗り潰そうとしても、それは自分のした事でさらに汚そうとする行為に他ならない。それを、当時の触合瀬壊は気付かなかった。

 

「外道相手にはどんな事もして良い。そんなものは、自分のやり方を正当化するだけのものでしかなかった。救えるものが多くても、それよりも失うものの方が僕達のやり方は多かったはずだ。

 僕らはそれを無視していた」

 

「ならば! センシティが、動島振武が正しかったというのか!? 俺達の信念は間違っていたというのか、あんたは!!」

 

「思わない。僕のも、覚ちゃんのも、振武のも、そして君の信念も……間違ってはいない。どれも輝かしいものさ。

 でもね、リビングライフ……いいや、修繕寺療自。僕達は、その方法論を改めなければいけない時がきているんだと思う」

 

 卑怯? ヒーローらしからぬ。

 卑怯、 ヒーローらしからぬ?

 だが、それは本当に重要か?

 もっと誰かを傷つけずに救える事があるのではないか?

 俺達は――それを探す事なく、「しょうがない」と諦めていなかったか?

 

「ヒーローを名乗るからには、諦めてはダメだ……と、僕は覚ちゃんと振武に教わったよ。

 手段を問わないというのは結構だけど、結果だけが全てじゃない。犯人を捕まえる事だけが全てじゃないんだと、ようやく気付かされた」

 

 もっと良い結末があるのであれば、最初から諦めずに進むべきだった。

 ブレイカーは、誰の犠牲も払わずに悪を倒そうとしていたけれど……それは圧倒的に、自分や、悪だと捨てていった人間を、勘定に入れていなかった。

 振武はそれすらも勘定に入れて動いている。

 全部を救う手段がどこかにあるはずだと必死に苦悩している。

 綺麗なままではいられないかもしれない。どうにも出来ず、何も救えない可能性すらもある。

 しかしそれを挑戦しないで何がヒーロー。

 纏めて全部を救おうとしないヒーローなんてヒーローではないと、彼は笑顔で言えるだろう。

 

「だが、1人では何も、」

 

「……最初の電話でも言ったよね? 振武は僕とも君とも、覚ちゃんとも違うって。

 実際そうだ。あの子は他の人間とは明らかに違う。あの歳で自分に出来る事出来ない事を弁えている。弁えた上で尚理想に必要なものを知っている。

 

 

 

 僕や君、覚ちゃんじゃ想像もしない――人に頼るという事を、ね。

 君も、そうやって負けたんだろう?」

 

 

 

 人に、頼る。

 誰かの助力を借り、誰かの助言を聞き、あるいは自分に出来ない事を出来る人に任せる。

 1人で理想を掴むのではない、皆で理想を叶える。

 それは、結局は単独で戦闘に赴いていたセンシティとも、

 人を騙し、人を信じることを辞めてしまったブレイカーとも、

 他者の信念を受け入れきれず、1人で戦うしかなかったリビングライフとも、

 そして……たった1人で平和の象徴と呼ばれるようになったあのオールマイトですら出来ない。

 彼個人、彼特有の力。

 誰にも真似が出来ない、武術よりも個性よりも重要な才能だ。

 

「それを弱さだと断じるかもしれない。

 でも、事実人は弱いよ。僕も君も、それは嫌という程知っている。そして振武も、知っているからこそその戦い方を選んだ。前に進む方法にそれを選択した。

 それを弱いだなんていう奴、僕は到底人間だとは思わないなぁ」

 

 

 

 だって人は、結局1人では何も出来ない生き物なのだから。

 

 

 

「……やはり、馬鹿ですね」

 

「そうだねぇ、そこはちょ〜っと僕でも否定出来ないかなぁ。

 でも、多分君はもう振武の中では「頼るべき人」として認識されているんじゃないかな?」

 

『喧嘩し合いながら、一緒に行こう。相容れないからって、隣に立てない訳じゃないはずだ』

 試験の時、動島振武が言った言葉が、頭の中でリフレインする。

 そうか、あれはそういう意味だったか。

 出来ない事を相互補完しあいましょうよと、あいつは言ったのか。

 酷い話だ。随分勝手な話だ。

 きっと奴は出来ないことをリビングライフに押し付けてくるだろうし、リビングライフに出来ない事を勝手に救けに来てしまうだろう。

 そういう馬鹿なのだ。

 ……だがそれはかつて夢見た、「悪を断罪する」だけになってしまった自分が忘れてしまった、

 

 

 

「人を救ける」という事なのだろう。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

「……?」

 

「ハァ、どうした」

 

「ん? いや、なんか聞こえたような気がしたから」

 

 視線を戻すと、ステインが呆れ顔だ。

 

「幻聴でも聞いたのか……悪いことは言わない、病院へ行け、おそらく末期だ」

 

「うわぁ、赤黒さんは相変わらず冗談がお上手……余計なお世話だっつうの」

 

 白い面会室で、振武はいつも通りの赤黒の冗談に苦笑する。

 月に一度。時間にして1時間あるかないか。それが赤黒血染と動島振武が言葉を交わす事の出来る数少ない時間だ。

 そもそも凶悪犯、しかも重度の歪んだ考えを持つ思想犯。面会は極めて制限される。正直、祖父に頼んだ時も無理だろうなと振武自身思っていたくらいに。

 それでも叶ってしまうあたり、振武の想像以上に動島のコネクションは強い。将来それを受け継ぐ可能性すら視野に入れなければいけないと考えると、少し気は重いのだが。

 それでも、こうして話せた事は良かった。

 赤黒と様々な話をした。

 哲学にも近い信念での問答をする事もあれば、普通に振武の学校などの出来事を話す事もある。話はそれこそ多種多様。

 段々、頑なだった赤黒の態度も、はっきりと分かるくらい柔らかくなって来た。

 それが自分のおかげ、などと振武は胸を張って言えない。こうやって話が出来る場がなければ、その結果さえも得られなかった。

 

「ハァ……時間は残り少ない。常々お前に聞きたい事があったのだ。良いタイミングで、お前の日常生活でも変化があったようだしな」

 

「? 変化って?」

 

 振武の不可解そうな顔に、赤黒は小さく吐息を漏らす。

 

「ハァ……先ほど話した事まで忘れるとは。

 お前、好きな女が出来たのだろう?」

 

「ハ――いやいやまだそうと断定出来る訳ではなくてむしろこれから確認しようと思ってですねあのあの」

 

「男の照れる姿など見苦しいばかりだ、とにかく好きだと仮定する」

 

 顔を真っ赤にしている振武の顔を、赤黒は真っ直ぐ見つめる。

 かつて、振武と直接戦った時。あの時と同じように、信念を問いかける眼。それを見て、振武も冗談ではない事が分かる。姿勢を正し、真っ直ぐに相手を見つめ返す。

 

「答えろ、ヘルツアーツ

 

 

 

 ――もし、お前の惚れた女が殺されそうになった場合、あるいはお前の惚れた女が殺された場合。

 その相手を、殺さずに止める事が出来るか? 赦す事が出来るか?」

 

 

 

「――――――」

 

「もし、目の前でお前の愛する女が殺されそうになっているとしよう。それを止めるにはもはや相手を殺すしかない。それでも、お前は殺さずに止めるというのか?

 例え大切な人間が、死にそうになっていたとしても、お前はお前の信念を貫けるのか?」

 

 殺しを許容すれば――それは信念の崩壊。

 誰も殺さずに救うと決めた彼の信念は、根本から崩れ去る。しかも、自らの手で。

 殺しを許容できなければ――それも信念の崩壊。

 誰も殺させないという彼の信念はその時点で終わりを迎える。傍観の立場で。

 どちらにしても赤黒血染……ステインが誅を下すのに十分なものだ。

 

「……あぁ、そりゃ、難問だな」

 

「だろう?」

 

「うん……だけどさ、ちょっと現実的じゃないよね、それ」

 

「どういう意味だ?」

 

「そのまんまだよ……その状況を成立させるのは、かなり大変だ。

 まず、俺がいる。俺はまだまだ未熟者だが、それなりに強い。まず俺を無力化出来ていない時点でダメだろうな。殺そうと、止めようと出来るのであれば、希望は残ってると見た。

 それと、仲間がいる。俺のクラスの連中は、アホだが馬鹿じゃない。強いし頭切れる奴はいるし、あのメンバーで当たりゃ大概の事は何とか出来そうって気になる。そいつらがその場にいないってのはあんまりイメージ出来ない。

 そんで最後に……百は、そんな風になっちまうほど弱くはない。敵ぶん殴って逃げるくらいは余裕だ。俺より頭良いしな」

 

 自分が、仲間が、そして百本人が。

 その程度の難関に抗えないほど弱いとは思えない。それを許容し諦めてしまえる存在だとはどうしても思えない。

 

「……それは、理屈が伴っていない。理論として成立していないぞ、ヘルツアーツ。

 そもそもそう言うのが出来ないという前提で話をしている」

 

「ハッ、理屈や理論なんてなぁ、現実じゃ当て嵌まらない事ばっかだ。

 ようは、「200人乗っている船と300人乗っている船、どっちを救いますか?」と似たようなものだろう? 俺達は哲学や心理学、そういう学問の上に立っている訳じゃないんだ。

 ――俺達が立ってんのは、現実だよ、赤黒」

 

 学問上のそういう問いのように絶対にひっくり返せない状況というのは、現実には存在しない。

 常に流動、変化を続けているこの世界の上で絶対なんていう言葉は存在しないのだ。だから、そんな場面に行き着いてしまう前に何とか出来るし、前提条件をひっくり返す事だって出来る。

 勿論、方法やどこかで難しい問題は山のようにあるだろうが、それこそ絶対に解決出来ない問題はないのだ。

 

「つまり、俺の答えは、「そうならないように皆で何とかする」だな」

 

「………………」

 

 起こる前に、そういう事が起こらない下地を作る。

 自分が、仲間が。

 1人で出来なくても全員であれば、重く辛い理不尽など跳ね除けられるだろう。

 

「そんな事を未然に防げりゃ、それこそそんな選択を迫られる事もないはずだ。

 未然に防ぐ……うん、これもある意味ヒーローらしいよな」

 

「……本当に起こる可能性を完全に潰せると?」

 

「そりゃあ、ないとは言えないな。俺がいなくて皆がいない時にそういう事になったら、止められないし。救えないという絶対がないのであれば、救えるという絶対もない。

 そこで2つ目の質問の答えだ。俺の好きな女が殺されたらそいつを赦せるか。

 

 

 

 ……あぁ、赦すだろうな、俺だったら」

 

 

 

 大切な人を殺された。

 なるほど、怒るだろう。悲しむだろう。

 だが、恨んだりは出来ないだろう。

 

「……理由は?」

 

「決まってるだろう。んなもん、誰も望んじゃいないからだ。

 俺も、俺の惚れた女も、当然な」

 

 まぁ、まだ惚れているのかどうも微妙なんだけどな、と苦笑する。

 百だったら、きっと恨んで憎んで、殺した相手をぶっ殺そうとした俺に対してどう思うだろう。当然死者は何も考えない訳だが、

『振武さん! お気を確かに!! 貴方がそんな事をしてどうするんですか? そんな事をしても、私帰って来ませんのよ!?』

 とでも言いそうな気がする。

 何故なら、俺がもし誰かに殺されたって同じように考えるから。

 恨んで貰いたくはないし、憎んで欲しくもない。

 

「やった事はやった事だ。それで捕まって、死刑になっちまうってのは……まぁ、俺はどっちかって言えば死刑反対だから嫌だけど、そういう意味じゃどうしようもない。

 でも少なくとも、俺が殺して良い道理なんていうのは1つもない。私刑はダメだって、お前も飯田に言ってたじゃないか

 人を殺した所で、てめぇの心が死ぬだけだ。あいつはそれを望まないし、俺も望まない」

 

「……さっきの言葉を訂正しよう。

 どちらかと言えば、お前は良い感じにイカれているよ、ヘルツアーツ」

 

 そこまで考えているのか。

 全てを救う。そんな信念狂わずに言えるものではない。狂いとは、別に悪しきものばかりではない。

 傍目から綺麗に見えているそれも、常人から見れば狂っていると断定出来る事がある。

 目の前の男は、そういう意味で狂っている。

 なんと言ってもそれは、常人の考え方ではないのだから。

 

「……プッ、アハハハハ!! イカれていると来るか、お前が!? 流石赤黒ジョークが上手いぜ!!」

 

「ジョークなどでは、」

 

「言っただろう、そんな事は起こさせないってのが大前提なんだよ。

 俺はそんな事になる前に何とかする。その為に強くなる。……それに、言ったじゃん。俺は1人じゃないんだって。1人じゃダメでも、何とかなるさ。

 そうならないように頑張るしかないんだって、結局」

 

 どんなに言葉を重ねようと起こってみてからで無ければ真の答えは得られないし、そんな事が起こらないように頑張ると言っているのだ。

 そこはブレない。

 ブレないならば、こんな答えにそもそも意味なんかないじゃないか。

 起こす前に止める。

 それは一種ヒーローらしくもあると同時に、ヒーローという存在を超えてしまった答えだった。

 

「にしても、あんたがそういう、「かもしれない」って話をするなんて、今日は随分珍しいな」

 

「……そういう気分だっただけだ。察せ」

 

「んな無茶な……でも、そうだなぁ。

 もし俺が本当に抜け出せないくらいヤバいなって時は……救けてくれよ」

 

 振武の言葉に、赤黒は目を見開く。

 

「俺が、か?」

 

「ああ、あんたは強い! 偽物は全部ぶっ殺すってあんたの結論は気に入らないが、あんただって悪ってのは嫌いだろう? だったら出来る事だってあるはずだ。

 あ、勿論その流れで人殺したら怒るからな、殺しゃしないけど」

 

「……どだい無理な話だ。そもそも自由に動けない状況にしたお前が言うな」

 

「そう言うなよ。話してて思ったけど、あんたはなんだかんだ言って優しいって事、俺は知っているからさ。

 殺さない、殺されないようにする布石ってやつだ」

 

 そうすると、コンコンと面会室のドアがノックされる。

 そろそろ時間のようだ、振武は立ち上がって、手を振る。

 

「じゃあ、赤黒、また来月な。

 

 

 

 ――信じてるぜ、お前の事」

 

 

 

 返事も聞かずに、振武は扉を閉めた。

 

 

 

 

 

 

 

「信じる、か……ハァ、馬鹿が。俺を信じるという時点で、相当な狂人だぞ、ヘルツアーツ……」

 

 

 

 

 

 

 通路を通って、正面エントランスに出る。

 ここで壊と待ち合わせる手筈になっているのだ。

 

「お〜い、振武〜」

 

 いつも通りどこか力が抜けそうになる声を聞いて見渡せば、そこには壊と……何故かリビングライフがいた。

 

「……ねぇ父さん、俺すっごく不思議なんだけど、何でリビングライフさんが此処にいるのか分からないなぁ」

 

「アハハ〜、それはねぇ、僕がここに呼んだからだよ〜」

 

「うわぁ〜、それすっごく寝耳に水〜……文句は後で言うわ」

 

 どうせならちゃんと言っておいて欲しかったですお父さん。

 そうしていると、相変わらずヘルメットで顔を隠しているリビングライフが、こちらに近づく。

 

「動島振武……お前の信念は酷く歪だ。叶いもしない理想どころではない、それは人間が考えて良い事じゃない」

 

 ……どうやら、赤黒との話は筒抜けだったようだ。壊に視線を向けると字で表現すると「メンゴ☆」みたいな軽い謝り方。

 文句が倍になった。

 

「……あぁ、知ってるよ。自分でも馬鹿だなぁ、きついなぁって思うよ」

 

 全部を救う。全てを死なせない。

 それは非常に難しいどころの騒ぎじゃない。もしかしたら、何かの拍子に殺してしまう可能性だってあるほど人間は脆いのに、振武は自分でも呆れるくらい本当に、それを強く望んでいる。

 

「その信念はいずれ、お前を内側から腐らせる。貫き続ける事すら困難になる。

 それを、分かっているな」

 

「そうだなぁ、あり得ない話じゃないな」

 

 きっと出来ない事が多すぎて、俺の内側から攻撃し始めるだろう。

 勿論、叶えたいし、実現させる自信だってある。でも、もし出来なかったら、きっと動島振武、ヘルツアーツというヒーローは生きながらに腐っていくかもしれない。

 

「茨の道どころじゃない、そんな生易しい道ではない。そして、これを俺が試験の時のような私怨で言っていることでもないのも、お前には分かるな?」

 

「うん。あんたがそういう意図で話しているのは、何となくな」

 

 きっとこれは忠告だ。

 辛い道だと分かって、もしかしたら途中で無くなっている事もあるだろう道を歩く振武に、「その道はやめておけ」と言いたいんだろう。

 単純に、ヒーローの先輩として。

 

「それでも、そのまま行くのか、お前は」

 

 

 

「ああ、行く。道を変える気はない」

 

 

 

 大変なんて言葉が優しいくらいの道で、最後にどこに辿り着いてしまうか分からなかったとしても。

 俺の信念はこれで良いと、胸を張って言える。

 1人ではなく、皆がいるのであれば、何も怖くはない。

 だって間違えたらぶん殴ってやるって奴がごまんと居る。

 疲れたなら手を貸してくれる仲間が沢山いる。

 少なくともそう思える人達がいるのであれば、動島振武の足は止まらないだろう。

 

「……覚悟しているのであれば、それで良い。俺はお前を認められないが、それでも否定はしないでおこう」

 

 リビングライフはそう言うと、ポケットから紙片を取り出し、振武に手渡す。

 どこかの電話番号とメールアドレスが書いてあるだけの紙。

 

「えっと、これは……?」

 

「フンッ、お前はどこまで察しが悪いんだ。

 俺のメールアドレスと電話番号だ。お前が行き詰まったら、ぶん殴りに行ってやろう。あぁ、出来れば連絡してくれると俺としてはとてもありがたい。お前のその顔を殴れるのならばいくらでも協力しよう」

 

 言っている事は非常に歪曲していて、おまけに辛辣だ。

 だが、

 

「えぇっと、「なんかあったら手助けする」って事?」

 

「っ、違う。貴様の耳は塞がっているのか。耳鼻科か、もしくは工具を扱っている店で電動ドリルを買って穴を空けておけ。少しは聞こえが良くなるだろう。

 では、俺は仕事に戻る。精々、その甘く愚かしい信念を掲げてのうのうと生きろ。それと、俺は一応貴様の先輩だ。口調にだけは気をつけろ」

 

 言うが早いか、こちらが止める間も無く早足で出ていってしまう。

 

「……何だったの、あれ」

 

「『愚かで非常に危ない、だが一考の価値あり』……って、彼は言っていたけどね」

 

 どこまでいっても、動島振武とリビングライフの考えは平行線だ。

 人をそもそも赦すことをしない男と、どんな人も信じ赦そうとする男。相容れない。

 しかし相容れないからこそお互い何か出来るだろう。

 まだまだ荒い、まだまだ甘い振武の考えを補完する事が出来るだろうし、逆もまた然り。それが心の底では理解出来るからこそ、リビングライフは繋がりを作る事を許容した。

 ……もっとも、本人が素直ではないのでこういう形になってしまったが。

 

「振武は本当に凄いよねぇ。

 出来ない出来ないって言われているのに、結局出来ないって言ってる人達も飲み込んじゃう。そういうのを人はカリスマって言うんだろうね」

 

 人の賛同を得る、人に自分の考えを理解してもらう。

 世界でも屈指の難しさを誇るそれを、振武は自分らしい言葉と態度で次々と成し遂げている。勿論、誰も彼も聞いてくれるという事はないだろうが、それでも1人でも仲間が多ければ、それだけ出来る事も増えて行く。

 自分達が諦め、出来なかった事だ。

 

「……おべっか使っても、文句は一個も無くならないんですけど」

 

「あ、やっぱり怒ってる?」

 

「怒るわ!! 事前に言ってくれりゃあ、」

 

「どうした? 言う事を変えた?」

 

「……いや、そうでもないけど」

 

「だったらギャラリーがいても変わらないじゃないか」

 

 そんな風に文句を言い合いながら、壊は誇らしく思う。

 もしかしたら、自分と最愛の人との間に生まれた子は、ヒーロー社会で誰もやらなかった事をするんじゃないか。

 そう期待に胸を膨らませる。

 例え大きな問題が起こったとしても。

 振武なら乗り越えられるのではないかと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 壊も、リビングライフも、赤黒血染も、クラスメイト達も、親友である焦凍も魔女子も、彼を愛している百も、そして当の動島振武も。

 この時は誰も気づかなかった。

 輝かしい理想を抱き進んでいる彼を――心の底から憎悪する人間の正体を。

 救おうとしても手を払いのける存在を。

 そして、それと出会うまで――そう時間は残されていなかった事も。

 

 

 

 

 

 

 




何度も何度も書き直してこれ以上の答えが出ないなら、それはそれで振武くんの信念なんだなぁと思います。
勿論、これから現実の出来事として直面する事もあると思いますが、きっとなんやかんや頑張っちゃうんだろうなって思います。
どうかこれからもお楽しみに。
次回から新章突入!
シリアス多めでお送りしましたが、こっからは甘いぞ!!


次回! 振武くんがマネキンです。意味が分からないだろう? 次回を待て!!



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