plus ultraを胸に抱き   作:鎌太郎EX

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期末試験編
episode1 勉強会と逸る気持ち


 

 

 

 

 六月最終週。

 幸いなことに梅雨は明け、既に夏の陽気を降り注ぐ快晴の空は心地良い。勿論常時ジメジメとしていた期間を脱したからこそという部分もあるが、学生である自分達はそれ以上に重要な事がある。

 夏休み。

 様々な経験を経てヒーローとして成長していても、やはり子供だ。

 夏というビックイベントは逃せるはずもなく、しかも学校側でも林間合宿が催されると聞く。当然、普通の学生とは違い訓練という意味も含めたものになってくるのだが、それでも短い期間同年代の男女で共同生活をするというのは楽しいものだ。

 振武だってワクワクしている。

 だが、自分も含め、このクラスの人間は分かっている。その前に超えねばならない壁が存在する事を。

 その壁の名は、

 

「全く勉強してねーーーーーー!!」

 

 

 

 

 そう、期末テストである。

 

 

 

 まぁ学生といえば当然も当然。

 しかもこの期末テスト、不合格にでもなれば学校での補習地獄だという担任である相澤の言葉により、この期末テストはより大きな意味を持つ事になった。

 ちなみに、今の叫び声は上鳴だ。隣で芦戸も笑顔で固まっているところを見るに、同じような状況なんだろう。

 片方は振武が一度勉強を見た事があるが……うん、酷いものだ。

 

「体育祭やら職場体験で全く勉強してねーーーーーーー!!」

 

 本格的な言い訳まで入ってきた。

 

「まぁ、確かにこの時期は慌ただしい感じだったもんなぁ」

 

 体育祭の為に技術面を底上げしたり調整したりに時間を喰われたし、職場体験では人によっては大きな事件に遭遇したので、それどころではなかった。

 振武でさえ、そう言えばちゃんと勉強していないなあと思っているくらいだ。

 

「そうですねぇ――何より期末テストは中間とは違い、」

 

「演習試験があるのが辛えとこだよなぁ」

 

 何故か魔女子の言葉を峰田が引き継いだ。

 なんか堂々としているというか、無駄に王者の風格を醸し出している。

 

「どうしました峰田さん、貧相なお顔がより貧相になっていますよ?」

 

「塚井言葉ひでぇ!?

 ――フッ、だが許そう、俺と同じフィールドに立っている人間はな!!」

 

「どこがだよ、2位と11位じゃ大きく違うぞお前」

 

 ……ここで、中間テストの時の順位を発表しよう。

 

 1位 八百万百

 2位 塚井魔女子

 3位 動島振武

 4位 飯田天哉

 5位 爆豪勝己

 6位 緑谷出久

 7位 轟焦凍

 8位 蛙吹梅雨

 9位 耳郎響香

 10位 尾白猿夫

 11位 峰田実

 ……と、まぁ上位陣はこんなものだ。22位中11位はまぁ、言ってしまえば、

 

「普通だな」

 

「えぇ、普通です。少なくとも私には遠く及びませんね」

 

「うるせぇ少なくともあのバカ共とは違うだろうが!!」

 

「「誰がバカだこのエロ葡萄!!」」

 

 峰田の絶叫に絶叫で返す上鳴と芦戸。

 

「ちくしょう、お前のメンツは凄いよなぁ。

 いつも連んでる連中が上位揃い踏みだぜ!?」

 

「そうか? 普通だと思うがなぁ」

 

 まず1位の百は個性の特性上知識ってのはどうしても必要だし、本人は勉強好きだから、ある意味とって当たり前のような感じだ。

 2位の魔女子は、数学と歴史が苦手というだけで他は百と同じくパーフェクトだ。特に理科の生物の分野に関しては、先生からのお墨付きだ。

 3位の振武は……転生者の面目躍如、というより今ではめっきりこれ以外で転生者だと自覚できる部分がない。ヒーロー情報学などのこの世界特有のもの以外は問題がない。

 7位と若干落ちるが上位3人が凄いだけで、轟だって十分頭が良い。というより、彼が自習しているところを、振武も魔女子も中学校から見ていない。

 こうしてみれば、確かに勉強というカテゴリーでは優秀な人間と一緒にいる事になる。

 

「別に選んで連んでいる訳でもないし……そもそもお前らが日々真面目に勉強していれば、」

 

「言葉に気をつけろよ!!?」

 

 上鳴に制止される。

 極めて一般的な事を言っているだけなのに。

 

「まぁ、こういうのは好き嫌いが分かれますからねぇ。

 私も百さんも個性の関係上知識とは切っても切れない縁がありますし」

 

「そうですわね、知識がないと成立しませんから」

 

 魔女子も、近くにやってきた百も揃って苦笑する。

 

「そうだよなぁ……何だったら、俺らが教えてやろうか?

 林間合宿だって、皆で行けないとつまらないだろう?」

 

「え〜、動島厳しいからなぁ〜」

 

 一度勉強を教わっている芦戸は、どこか嫌そうな顔でこちらを見てくる。

 言い掛かりだ。振武は結構普通に教えているのに、理解力とやる気が皆無な芦戸などが悪いのだ。

 

「それを言われてもなぁ……それに、今回は俺だけじゃなく皆で勉強会ってのも可能なんじゃないのか?」

 

 そう言って振武が見ると、魔女子は無表情に、百はどこか気合が入ったような顔で答える。

 

「えぇ、教えるのは大得意ですわ!!」

 

「百さんはお気楽ですねぇ、結構大変だと思いますけど……まぁ、交流というのは大事なものです。週末に皆で勉強会というのも、悪くはないでしょう。

 焦凍くんはどうしますか?」

 

 魔女子の言葉に、焦凍は一瞬悩んだものの、

 

「……まぁ、お前らが良いなら、俺も付き合う」

 

 あっさりと快諾した。

 上位陣4人も交えた勉強会だ、豪華なメンバーだろう。

 

「俺は乗った!! 4人も頭良い奴がいれば何とかなりそうだ!!」

 

「う〜ん、じゃああたしも!! 動島は怖いけどヤオモモなら優しそう!!」

 

 このクラスで最も頭が悪いというのが知られている上鳴と芦戸も、二つ返事で了承した。だが芦戸、あとで覚えていろ。

 

「あ、良いなぁ、ウチも良いかな? 二次関数応用ちょっと躓いちゃってて」

 

「わりィ俺も!! 古文わかる?」

 

「俺も、ちょっと難しい所があって、」

 

「私も行くよ〜!!」

 

 自分達の話を聞いていたのか、耳郎や瀬呂、尾白と葉隠も入ってきた。

 合計10人とは、随分大所帯な勉強会だ。

 

「ふむ、この人数で図書館などを占領するとマズイですねぇ……これは、発起人の動島くんが場所を提供しないといけなくなりましたねぇ」

 

「何で俺限定なんだよ、言い出しっぺがってのは分からなくもねぇけど」

 

 魔女子の言葉に、振武は少し考える。

 動島家はそれなりに大きいため、使おうと思えば10人くらいは問題ないだろう。

 問題は、父親だ。

『え!? 友達が来るの!? それは大変だ!! 思いっ切りもてなさないと!!』なんて言いながら料理こさえたり、お菓子作ったり、過干渉気味に様子を窺ったりするだろう。

 ウザい。

 勉強どころではないだろう。

 

「うちはちょっと……マズイな」

 

「……何となくイメージが湧きました。面倒ですね。焦凍くんのお家はどうですか?」

 

 魔女子の言葉に、焦凍は首を振る。

 

「週末が親父が家にいるんだ……多分、面倒臭い」

 

 あそこの父親も相当だろう、何よりそんな皆で仲良く勉強会をやっていて文句を言うに決まっているのだ。

 轟家も無理。

 

「私は普段でしたら問題ないのですが……その日は大事なお客様を急遽お迎えしなければいけない事になりましたので、うちはちょっと使えませんわ」

 

 お役に立てず申し訳ありませんと、百は申し訳なさそうに頭を下げる。

 八百万といえばそれなりに大きな会社の家だったはずだ。そういう所にもなれば、そういう事もあるんだろうと納得した。

 

「他の家は、」

 

「「「「「「うちが10人も入れる家じゃない」」」」」」

 

 面積的な問題で他の家もNGだ。

 というより、10人なんてそれなりの大人数を入れる余裕がある家の方が少ないのだろう。

 

「って事は――」

 

「はい。家の大きさや用事の無さも含め――我が家しかないでしょうね」

 

 魔女子はそう言いながら、携帯端末の画面をかざす。

 

「幸い先ほど連絡した所、執事からオーケーが出ました。

 という訳で来週は、うちを使う事にしましょう」

 

「執事って段階でナチュラルに生まれの違いを叩きつけられてるんだけど……」

 

 上鳴の言葉に、振武も小さく頷く。

 話に聞くだけでも、魔女子の家は相当なものだろう。百と同じ位と判断は出来るのだが、規模が大き過ぎてイマイチ自分の生活とのピントが合わない。

 そういう意味でも一度行ってみたかったのだ。

 

「大勉強会……なんか、今からちょっと楽しみだな!!」

 

「どんな金持ちハウスが待ってるのだか」

 

 問題は、早くも本末転倒になりつつある上鳴と芦戸を何とかしなければいけない。

 

 

 

 

 

 

「にしても、問題は演習試験ですね」

 

 夏季限定の冷やし中華を啜りながら、魔女子はそう言った。

 時間はもうお昼休みに入ってる。4人でいつも通り学食に来た所、いつもの出久を筆頭にした3人、そしてそこに蛙吹と葉隠も混じっている。

 

「そうだな、普通科目はさておき、試験内容が不透明って所が怖い」

 

「何が来るんだろうね……」

 

「……いや3人ともサラッと言うてるけど、普通科目をさておかんでくれへん?」

 

 魔女子の言葉に振武と出久が頷くのを見て、勉強というものが苦手なのであろう麗日がどこか遠い目をしていう。

 だが実際、普通科目が関わって来る筆記に関してはそれほど難しい事はない。範囲を指定され、やる事も分かっている。後はひたすら勉強して頭の中に知識を叩き込んでおけば問題はない。

 問題なのは、何をするのも分かっていない演習試験。

 何をするか分からないという事は事前準備も難しい。そうすると、その場その場で不測の事態に対応しなければいけない。

 それもまたヒーローに必要な事! と言われればそれまでだが、そうは言っても不安は切り離せるものではない。

 

「一学期でやった事の総合的内容、」

 

「とだけしか教えてくれないんだもの相澤先生」

 

 葉隠の言葉を引き継ぐように言った蛙吹の言葉に、その場で食事を取っている全員が頷く。

 情報非公開……というより、そういう情報収集も含めて試験の内という考えなのだろうか。だとしたら上級生にでも聞けば少しは情報が出て来るかも。

 などと考えながら饂飩を啜っていると、

 

「あイタ!!」

 

 出久がいきなり悲鳴を上げた。

 一体何事かと振り返ってみれば出久に痛みを与えた張本人は人を小馬鹿にするような笑みを浮かべる。

 

「ああごめん、頭大きいから当たってしまった」

 

 B組の物間。

 騎馬戦では魔女子に痛い目を見せられた、振武から言わせれば、何となく煽り厨の印象を受ける男。というより、それ以外に特に印象に残っていない。

 

「そう言えば、君らヒーロー殺しに遭遇したんだってね」

 

 いきなり放たれた言葉に、出久に飯田、焦凍と振武の当事者たちは一斉に視線を物間に向ける。その視線でより気を良くしたのか、そのまま話し始める。

 

「体育祭に続いて注目を浴びる要素ばかり増えていくよねA組って。

 ただその注目って決して期待値とかじゃなくて、トラブルを引きつける的なものだよね」

 

 ……魔女子の話からチラリと彼の情報は聞いたが、ここまで煽り好きだったとは思わなかった。

 それを言ってお前は何をしたいんだという苛立ちだけが募っていく。

 

「あー怖い! いつか君たちが呼ぶトラブルに巻き込まれて僕らにまで被害が及ぶかもしれないなぁ!! あー怖い!!」

 

 その言葉に、今度こそ振武は何か言い返そうとした瞬間、

 

 

 

「聞き捨てなりませんね、その言葉」

 

 

 

 先に魔女子が反撃した。

 

「そもそも、悪いのは全部敵の方。それを遭遇した彼らの問題にするのは論点がズレています。

 それに、彼らだからこそこの程度で済んでいたんです。貴方であれば3秒だって持たなかったでしょうね」

 

「……言うじゃないか、魔女が」

 

 隣の温度が一瞬上がる。振武の右側に座っている焦凍がその言葉に反応したのだ。

 しかし、魔女子が小さくそちらに笑みを浮かべてから、物間を睨みつける。

 

「魔女で結構です。貴方が私をどう思おうが知った事ではないですが、それもまた今の私には関係がありません。

 というか、今ふと思ったんですけど……」

 

「なんだい? 文句を言い返すなんて君らも底が知れるなぁ」

 

 乗って来たのが嬉しかったのだろう、笑顔で聞こうとする物間の顔が、

 

 

 

「いえ、大変申し訳ないんですが……どなたでしたっけ?」

 

 

 

 まるで焦凍に氷結の個性を使われたように凍りつく。

 

「体育祭などで散々私に話しかけてくださったんですが、名前を覚えられなくて。

 すいません、興味の起きない相手の名前を覚えると言うのは苦痛でして。脳の容量の無駄ですし」

 

「……っ!? っ!!?」

 

 何か必死で言い返そうとするが、まさか自分の事すら認識されていないと言う事実は案外堪える。しかもわざとやっているのではなく、本気でどうでも良いという顔をしている所がより精神をえぐられる所だろう。

 

「まぁ、舌先三寸でどうにかして来た方には私達の苦労は分からないでしょう。

 対抗意識を燃やされるのは結構ですが、もう少しマトモにやって頂きたいものです。少なくとも、体育祭の時の方がまだマシでしたよ?」

 

 盤外戦術も含めて戦術だと思っている人間が良くもまぁ。

 もう怒りも何も感じない。この場のクラスメイト全員が思っている。

 物間、お前は1番厄介な相手を敵に回しているぞ、と。

 

「そもそも、私は最初から貴方が好きになれません。他者ばかり見ている暇があったらもうちょっと自分を振り返って見てください。他人を揶揄うのは……まぁ、楽しいですけど、お互いへの好感なしに行われるそれは、自己を振り返った時に嫌悪を抱く事になります。

 貴方の事は心の底からどうでも良いんですけど、そこは気をつけた方がよろしいかと。まぁ貴方の事です、どうせ行いを改める事はないでしょう。えぇ、是非そのまま三下を続けていてください。

 爆豪くんのお言葉をお借りするなら「精々跳ねの良い踏み台であり続けて」欲しいものです。貴方のような方がいらっしゃいますと此方も見返してやろうという気持ちになりますから」

 

 もはや心への乱れ打ち。言葉のマシンガン、しかも着弾した瞬間爆発して心の肉を抉りまくっている。

 もう辞めて、物間くんの(心の)ライフは0だと、リングにタオルを投げてあげたいぐらいのボディーブローだ。無自覚で放たれる批判ほど耳に痛い事はないだろう。

 物間は顔を引きつらせ、その場で昏倒しそうな勢いだ。

 

「――ぼ、僕は全然、そんな事を言われても、問題ないさ、ハハッ」

 

 余裕の笑みを浮かべようと必死になっているが、笑えていない。

 ここまでくると、いっそ哀れだ。

 

「えぇ、それでも構いません。そこでまで根性を見せて頂かないと私も潰し甲斐がありませんしね

 

 

 

 ……ところで、本当に分からないんですがお名前なんでしたっけ?」

 

 

 

 それがトドメになったのか、物間はちょっと涙目になって、

 

「――物間寧人だよ!!!!」

 

 と言い捨てて走り去ってしまった。

 あんな振りまくって食事は大丈夫なんだろうか。

 

「……ふぅ、舌戦で私に相対そうなどと、片腹痛し」

 

「いや、塚井、流石にちょっとやり過ぎだっつうの」

 

 止めなければとすら思ってしまうほどの攻撃だった。

 振武の言葉に、魔女子は素知らぬ顔で冷やし中華に再び箸をつける。

 

「確かにそうですけど、売られた喧嘩は買わなければ、こっちのプライドに関わって来ます」

 

「……昨日何読んだ?」

 

「青年誌に掲載されているタイプの不良物漫画を少々」

 

「魔女子さん、影響を受けやすいんですのね」

 

 どこか困ったように笑っている百、何でもないように蕎麦を啜っている焦凍、呆れ気味の振武。

 彼女の行動にその程度で納得してしまっているのは、いつも一緒にいる3人だけだ。他のクラスメイト達はその姿を見て固く誓った。

『塚井魔女子と口喧嘩してはいけない』と。

 

「あぁ〜、私が止めるまでも無かったか……」

 

 そう言って来たのは、先ほど物間がやって来た方向からやって来た1人の女生徒だった。

 オレンジ色の髪をサイドテールに纏めている、快活そうな雰囲気は鳴りを潜め、今はただただ申し訳なさそうな顔をしている。

 

「えぇ〜と、確かにB組の、」

 

「拳藤一佳。物間の保護者みたいなもんだよ。

 ごめんな、あいつ心がちょっとアレでさ」

 

 振武の言葉に、拳藤は丁寧に頭を下げる。

 クラスメイトにまで心がアレ呼ばわりされているとは……物間くんは相当アレなんだな、と妙に納得する。

 

「まぁ、こっちは負けなかった……というか、無意味に数倍返しをお見舞いした奴がいるから大丈夫だよ」

 

「おやおやぁ、なぜか動島くんからの視線が刺さりますぅ。

 焦凍さん、このあと慰めてください」

 

「なんで俺に飛び火したんだ?」

 

 3人のじゃれ合いに、どこか安心したような笑みを浮かべる。

 

「それなら良かった。

 謝罪って話じゃないけど……演習試験、入試の時みたいな対ロボットの実戦演習らしいよ」

 

 その言葉に、その場にいる全員が目を見開く。

 ついさっきまで話していた疑問の答えが、意外なところから飛び出たのだ。

 

「え、本当!? なんで知ってるの!?」

 

「私、先輩に知り合いいるからさ、聞いた」

 

 ちょっとズルだけど、などと言いながら笑顔を浮かべる。

 対ロボット演習……なるほど、まぁあり得ない話ではない。入学してからどれほど実力を身につける事が出来ているのかという確認という意味でも、試験を同じ課題で設定しまった方が評価しやすい。

 

「ズルじゃないよ! そうだきっと前情報の収集も試験の一環に織り込まれていたんだヒーローになれば情報収集も仕事のうちだしそれに先輩に聞けば確かに確実だ何で気付かなかったんだろう――」

 

「緑谷さんの恒例芸が始まりましたね。

 にしても、貴女がそれを教えてくださるとは。てっきりB組は全体的にA組を敵視しているかと」

 

 顎に手を当てて考え込み始める出久を置いておいて魔女子がそう言うと、拳藤は慌てたように手を振る。

 

「ないない! そりゃあライバル視はしているけど、あんたらを憎む理由はないよ。

 むしろ、こっちは尊敬しているさ。敵と戦って生きて帰ってくるなんて凄いし、私は個人的に格闘技やってるから、そこの、動島、だっけ? アンタの腕が良い事くらいは分かるしね」

 

「あ? 俺?」

 

 いきなり自分の名前が出て来て驚く。

 

「そうそう。あんま見かけない型だからちょっと気になったんだ」

 

「あぁ、我が家に伝わるマイナー武術だからな。

 と言っても門戸は開かれている。気になったなら、道場探して来てくれよ」

 

 彼女と直接戦った事がないのではっきりと断言は出来ないが、尾白もそうだが武術をメインにして戦う人間は雄英の中でも珍しいし、確かな技術がある。

 だいたい体術何て言うのは、個性の特性上必要に迫られるか、あくまで弱点を克服する上で必要なものという捉え方にしかならない場合が多い。

 良くも悪くも個性重視社会。そういう部分にも弊害が出てくる。

 だがそれを外して考えてみれば、それで一定の成果を上げている人間は、必然的に格闘技の才能がそれなりにあるという事だ。

 振武としても、そういう人間が流派に入って、盛り上げてくれると嬉しいのだ。

 

「あはは、じゃあ機会があれば。

 そんじゃ、お邪魔しちゃったね」

 

 振武の言葉に軽く手を振ると、拳藤はそのまま自分達から離れて行った。

 

「拳藤一佳さんですか……なかなか良い人ですね。どうやら自称していたように、物間さんの保護者、というより、B組の姉御的存在だという風に感じますねぇ」

 

「良えなぁ、ああいう風にカッコいい女子って私好きだぁ」

 

 確かに、悪くなかった。

 ああいうカラッとした性格の人間は嫌いではない。そのうち何処かで競い合ったりする機会があるだろう、そういう時に実力を見るのが楽しみだ。

 

「………………」

 

「? 百、どうした? 俺の顔になんか付いてる?」

 

 どこか複雑そうな目線で見てくる百に、慌てて振武は顔を触る。饂飩の切れ端なんて顔に付いてたら笑い話にもならない。

 

「い、いえ! 何でもありませんわ!!」

 

 慌ててランチに手をつけ始める百の様子は、少し気になる。

 また何か悩み事でもあるのだろうか。

 百は頭が良いが、それ故に振武と同じで考え過ぎるところがある。本当は素直に考えてみれば大した問題でもない事を、自分の中で大きくしてしまう。

 

(かと言って、話してくれないと俺も言いようがないしなぁ)

 

 何かを悩んでいるならば手助けしたい。

 そう思いながらも、無理に踏み込む事も出来ない。

 少しもやっとした気持ちを抱えながら、振武も残りの食事を片付け始めた。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「99、100……っと!」

 

 自室の中で出来るトレーニングは限られる。

 一応各種トレーニング機器が揃っている八百万家のトレーニングルームでも、出来る事と言えば、基礎体力を向上させる事が出来るだけだ。

 技術というのは上達させる為にはそれなりの時間を有するし、百の場合は生み出される武器の数に比例して様々な戦法が取れる。だから様々な種類の戦い方を同時並列で学ばなければいけない。

 ……もっとも、それでも届かない場所がある。

 

「……振武さん、今はもう寝ていらっしゃるんでしょうか?」

 

 汗を拭いながら掛かっている時計を見ながら、百はポツリと呟く。

 時間はすでに10時を過ぎている。普段朝が非常に早いと言っていた振武だ。今はもう寝室で休んでいる時間かもしれない。

 電話をしてみようか、などと一瞬考えるが、迷惑を掛けてはいけないと首を振ってその欲求を振り払う。

 ……あの人のそばに居たい。出来れば公私ともに。ヒーローとしても、女としても。

 恋愛面はもうしょうがない。振武はよく言えば天然、悪く言えば朴念仁だ。難しく考えず自分の気持ちに正直に行動して行くしかない。

 では、ヒーローとしては?

 彼の隣に立ち続けるのに何が必要か。

 当然、前線に立ち続ける力だろう。動島振武は前に進み続ける完全近接戦闘型だ。その側にいるならば、当然その隣に立つならばある程度自分も近接戦闘に通じていなければならない。そう百は思った。

 そう考えた時――自分の個性が時々邪魔に思う時がある。

 もっと近接戦闘に特化した個性が良かったと。いまの個性が嫌いなわけではないが、下手をすれば器用貧乏になりかねないこの個性と自分の才能では、彼の隣にちゃんといれるのかどうか不安だ。

 

「……昼にお会いした拳藤さんなどであれば、困る事はないんでしょうね」

 

 彼女とは一緒に職場体験を行なった仲なので、その個性も戦い方も知っている。

 彼女も振武と同じ近接型。巨大化させた拳で行う格闘技は見ていて素晴らしいと思った。

 あのような力を持っていれば、自分も振武の隣に――、

 

「――いいえ、隣の芝生を羨んでも仕方がありませんわ、八百万百!!」

 

 パチンッと頬を挟み込むように両手で叩いてから、荷物を持ってトレーニングルームを後にする。

 自分の脂質で道具を作る自分の個性では、筋力が付き過ぎると何も作り出せなくなってしまう場合がある。トレーニングは最低限にして、技術を磨かなければ。

 そう思いながら、百は今日一日を終える。

 逸る気持ちを押し込めながら。

 

 

 

 

 

 




はい、今日から期末試験編開催です!!
今回もちょっと長そうなんだよなぁ……そして、オリジナルが多めになる予定です。
どうかお楽しみに。


次回! 振武くんが涙目になるぞ!! ハンカチ用意して待て!!


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