plus ultraを胸に抱き   作:鎌太郎EX

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※4話連続投稿なので、episode7 上から読んでください!


episode0:plus ultraを胸に抱き

 ――母さんの葬式は、身内と親しい人間だけで行われた。

 ヒーローの葬式というのは常にそういうものらしい。もし一般にまで広げてしまえば、葬式の場が大混乱になってしまうという事だった。

 それでも母さんの元には、多くの人達が集まった。学校の同期、ヒーローとしての友人、サイドキックとして元々母さんの元にいたヒーロー達。多くの人達が母さんを悼んで、泣いてくれたのを、俺は目の前で見続けた。

 父さんも泣いていた。最愛の妻を亡くしたのだ、何も悪い事はなかった。

 母さんの親族である祖父も来た。とても悲しそうな顔をしていたが、泣いてはいなかった。優しい笑みを浮かべ、俺の頭を撫でてくれた。

 テレビでは連日母の訃報を伝えた。多くの人達が母さんの死を嘆いてくれた。

 皆言ってくれた。

『君は何も悪くない』。

『君は正しい事をした』。

『ただ不運だっただけだ』。

 そう俺を慰め、諌め、優しくしてくれた。

 ……俺は、そうは思えなかった。

 こうなったのは、全部――俺の所為だったから。

 

 

 

 

 

「振武? ……こんな暗い所で本を読んでいちゃ、目が悪くなるよ?」

 

 葬式が終わって、もう3日が経っていた。

 何も頭が働かないせいか、どうしても時間感覚が掴めなかった。

 

「いや、本じゃないか……また、見ていたんだね」

 

 俺が手に持っていたのは、ここ何日かの新聞だった。

 そこには母さんを殺し、自ら命を絶った男の事が詳細に報じられていた。

 砂川(すなかわ) 硝蔵(しょうぞう)。彼は、ただのガラス製品の再利用業者をしていた。親の代から続いている家業は小さいながらも順調で、10人の従業員を抱え、妻と10歳になる男の子を養っていた。

 しかし、不運は呆気なくやってくる。いくつかの企業からの取引を打ち切られ、会社はあっという間に火の車になった。

 銀行は取り立てに入り、従業員は次から次へと辞める。結局残ったのは、多くの債務と妻子だけだった。

 妻は必死で夫を支えた。

 夫は必死で仕事を見つけ、妻と子を養った。

 生活は厳しかったが、それでも家族の絆は固かった。父は家族を愛し、母は家族を慈しみ、息子は家族を尊敬した。

 でも結局、それも終わってしまった。

 妻の突然の死。死因は過労からだった。

 そこから、彼は狂っていった。自分の息子に暴力を振るい、酒に溺れ、最終的には、自分の不幸を呪った。

 毎日誰かが幸せに生きている。自分や家族はこんなに不幸なのに。

 毎日誰かが笑っている。自分や家族は泣き、呪うしか出来ないのに。

 毎日誰かがヒーローに救われる……自分達は、救われないというのに。

 そして、あの事件を起こし――母さんを殺し、自分も死んだ。

 息子は現在、児童養護施設で育っているそうだ。

 

「……振武。そんな顔をしないでくれよ」

 

「……そんなかおって、どんなかお?」

 

 

「――まるで、自分自身が要らないような顔をしているよ?」

 

 

 そう言われて、俺は近くに飾られている鏡に目を向ける。

 そこには、死んだような目をしている子供が映っていた。

 ……ははっ、本当だ。まるで俺の心の中がそのまま反映されてるよ。

 

「……父さん。ごめんなさい」

 

「なんで、謝るんだ。振武が謝るような事は、1つもないじゃないか」

 

「……それ、本気で言ってる?」

 

「………………」

 

 俺の言葉に、父さんも苦しそうな顔をして押し黙った。

 ――全部俺が悪い。そう言うほど、俺は重要な存在じゃない。俺の存在は、きっと小さな存在だったろう。

 ……でも、それでも、俺があの場にいなければ。

 俺の存在を気にかけて母さんが油断さえしなければ、あんな攻撃なんか母さんは簡単に避けることが出来ただろう。

 俺が首を突っ込まなければ、もっと安全に、確実になっていた。

 もしかしたら、今もここで俺に笑いかけていたかもしれないのに。

 俺が全部、壊してしまった。

 やってしまった事はたった1つの間違いだけど、その1つがあまりにも大きかった。

 

「父さんも解ってるでしょ? 俺の所為だって。母さんは、俺の所為で死んだんだって。きっと皆も、心の中でそう思ってるんじゃないかな。

 母さんは強かった。油断さえしなければ犯人に勝てた。犯人だって、子供を残して死ななかったかもしれない。更生出来たかもしれない」

 

「………………振武」

 

「俺は、母さんの足を引っ張った。1番大きな失敗は、そこだよね。もっとも、最初っから関わらなければ良かったのかもしれないけど。そうだよ、俺があの事件に関わってないなければ、首を突っ込まなければ、何事もなく母さんはここにいたんだ。

 俺が、考えなしの馬鹿だったから」

 

「…………振武っ」

 

「俺は最低だよね。自分でとった行動の尻拭いさえ自分で出来ない。5歳だから仕方ない? でもそんな理屈は通用しないんじゃないかな?

 ――だって母さんは死んだんだ。俺の所為で死んだ」

 

「……振武っ!」

 

「結局俺は……俺の存在は、邪魔だったんだ!!」

 

「振武っ!!」

 

 バチンッ!

 

「……っ!?」

 

 衝撃と共に、頬に熱のような痛みが伝わってくる。体に力が入らなくて、そのまま床に倒れこんだ。

 

「……馬鹿な事を、言うんじゃない」

 

 顔を上げて言い返そうとしたが、何も言わずに止まってしまう。

 父さんは、悲しそうにないていた。母さんの時のような、激情の悲しみじゃなくて、苦しそうに泣いていた。

 

「お前のお母さんが、そんな事言うような人だと思うか? 周りの人間が、お前の友達が、お祖父ちゃんが、――俺が、そんな事思うわけないだろうが!!」

 

 父さんに初めて怒鳴られて、頭が真っ白になる。

 

「辛いのは解る。悲しいのも解る。罪悪感だってそりゃあるだろう。

 けど、それは俺になじられたからって、解決するもんじゃないだろう?」

 

 目の前に跪いて、父さんは優しく俺を抱きしめる。

 暖かい――母さんの手と同じような暖かさ。

 その暖かさの所為で、母さんが死んだあの日から我慢し続けた涙が溢れてくる。

 

 

 

「――お前が1番お前を責めているのは、お父さん知ってるから」

 

 

 

「……あ、あぁ、あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛あ゛!」

 

 涙は止めようとしても流れ出て、涙で声がガラガラで。

 

「――父ざん゛、じゃあ、俺は、どうすれば良いの?」

 

 頭に浮かんだ言葉が、言おうとしたはずじゃない言葉が出てくる。

 

「俺は、どうすれば良かったの?

 母さんになんて謝れば良い?」

 

 母さんが死んでから。

 どうすれば良いか解らない。

 今まで沢山、やりたい事があった。

 夢も目標も見つけて、頑張ろうと思った。

 でも、その夢も目標も消えて。道は明るかったはずなのに。

 もう、どこに行けば良いか、どう進んだら良いか分からなくなって。

 

 

 

「どう前に進んで良いか、分からないよ」

 

 

 

「――振武っ、ごめんな、ごめんな」

 

 父さんは謝り続けながら、俺を抱きしめ続けた。

 俺は父さんに抱きつきながら、泣き続けた。

 ……もう歩みを止めたくない。前世のように、諦める人生でいたくない。

 でも、じゃあどうすれば良いんだろう。

 目標は、もういない。

 前に進む勇気を、奮い立たせられる気がしない。

 ――俺は、どうすれば良いんだろう。

 

 

  ◇

 

 

 ピーンポーンッ…ピーンポーン

 

「んっ……」

 

 ゆっくりと目を開けると、辺りは真っ暗になっていた。

 父さんに泣きついたまま、そのまま眠ってしまったようだ。

 さっきの音は、チャイムの音だろうか。

 

「はい、動島です――はい、そうですが、何故それを――えぇ、はい、――え、本当ですか? よくここがお分かりに、すぐ出ますので」

 

 まだ寝ぼけていて感覚がハッキリしないからか、それとも少し距離があるからなのか。父さんが玄関先で誰かと話している言葉は所々しか解らない。

 どうやら、お客さんなのは確かみたいだ。

 ……母さんが死んでから、うちに来て挨拶と香典だけでも、という人は多い。大半はお葬式に参加出来なかった人が多いんだけど、この3日間父さんはその応対に追われていた。

 

「振武……って、起きているみたいだね。ちょうど良かった」

 

 俺の顔を覗き込んで起きているのを確認した父さんは、ほっとしたような顔をする。それが不思議で、俺は起き上がる。

 

「どうしたの? お客さんじゃないの?」

 

「いや、お客さんはお客さんなんだけどね。母さんのお客さんでも、俺のお客さんでもないんだ」

 

 ずいぶん要領を得ない話し方だった。

 ここの家に来る人は、母さんと父さんの知り合い以外、ここに来るような人はいないはずなのに。

 

「振武、お前のお客さんだよ」

 

 

 

 

 

 父さんに手を引かれて玄関にやってくると、そこには1人の女性と、1人の子供がいた。

 女性は、まさしく和風美人といった姿だった。深緑色の艶やかな髪と、優しそうな目。俺の姿を見てすぐ礼儀正しく頭を下げてくれて、思わず俺も会釈を返す。

 もう1人の子供は――見覚えがあった。

 

「あっ――あの時の、」

 

 あの事件の時、誘拐された子だった。

 彼女は気恥ずかしそうにしながらも、隣にいる女性と同じように礼儀正しくお辞儀してくれた。

 

「動島、振武くんですね?

 初めまして、この子の母です。挨拶に来れなくてごめんなさい。でも私達は親族でも、個人的に親しい訳でもないからお葬式にお邪魔するわけにはいかなかったし」

 

「……初めまして、動島振武です。

 えっと、お母さんにお焼香ですか?」

 

 俺の客と父さんに言われたはずなのに、俺はついそう訊いてしまう。

 俺が困惑しているのを察しているのか、女性は静かに俺に笑いかけてくれる。

 

「勿論、それはさせて貰いたいけれど……貴方に話をしに来たのよ」

 

「はなし、ですか?」

 

「そう、と言っても私というよりも――ほら、百、挨拶なさい」

 

 女性はそう言いながら、優しく子供の背中を押す。

 かなり緊張しているようだ。あの工場で会った時もキリッとして気が強そうな感じだったのに、緊張して余計にそんな印象を受ける。思わず微笑ましく感じてしまう。

 

「えっと、やおよろず、ももです!」

 

「あぁ、初めまして、動島振武ですっ」

 

 勢いよく頭を下げて、いきなり元気な自己紹介をされて、思わず俺も同じような勢いで頭を下げながら自己紹介をしてしまった。

 下げた頭を同じように勢いよく上げた女の子――ももちゃんは――、そのまま固まってしまう。端から見て解るほどカチンコチンだ。

 ……えぇっと、ももちゃん? 君が何か言ってくれないと、俺も何か言い出せないんだけど。

 

「ほらっ、もも、言いたいことがあるんじゃないの?」

 

 見かねたのか、ももちゃんのお母さんが背中をポンと押すと、ももちゃんのかたさが若干和らぐ。

 

「えっと、振武くんっ」

 

「あ、はいっ」

 

 

 

「助けてくれて、ありがとうっ!!」

 

 

 

 ――っ。

 思わず何も、返せなかった。

 

「ごめんなさいね急に。けど、どうしても貴方に直接伝えたかったみたいで。

 私からもお礼を言います。娘が無事で帰って来れたのは、貴方と、貴方のお母さんのおかげよ。本当に感謝しているわ」

 

 ももちゃんのお母さんからの感謝も聞こえてくるが、俺はそれにも反応出来なかった。

 何も出来なかったはずなのに。

 何も出来なかったからこれだけ悔やんで。

 これだけ辛かったはずなのに。

 たった一言。こんな簡単な言葉で、

 

 

 

 俺は救われたように感じて良いんだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……父さん」

 

「ん? なんだい、振武」

 

 八百万親子がお焼香と少しの会話を終えて帰って行った後、俺と父さんはどちらからという訳もなく、2人でリビングソファーに座った。距離は少し空いていたけど、前までのぎこちない距離の開き方じゃなかった。

 俺が父さんの顔を見ずに話しかけると、父さんも俺の方を見ずに返事をくれた。

 

「……俺は、何か出来たのかな?」

 

「……出来たから、あの人達がお礼を言いに来たんだろう。

 振武がどう思うかは解らないけど、あの親子は確かに、振武と覚ちゃんに救われた。そう思って、お礼を言いに来たんじゃないのかい?」

 

 諭すように語られる優しい言葉が、先ほどとは違い胸に染み込むように、すんなりと理解出来るようになっていた。

 

「……こんな事で、救われても良いのかな?」

 

「……何度も言うようだけど、振武は悪くなかった。確かに甘い考えで動いた事は間違いがないけれども。それでも、君の行動が間違っていなかったのは、もう証明されたろ?

 振武はまだ5歳だよ? 出来ない事を反省するのはしょうがないけれど、悔やんだり、恥と思わなくっても良い」

 

 父さんの言葉1つ1つが頭の中で解きほぐされて、停止していた思考が目を覚ます。これからどうしなければいけないのか、どうすれば良いのか。考えるようになる。

 

「……父さん。母さんに言われたんだ。

 『私を超えて』って。『なりたい自分になって』って」

 

『私も、私の死も超えて――貴方は、なりたいものに、なって……』

 母さんの最後の言葉。母さんの遺言。あの場面は何度も何度も頭の中で思い出していたのに、この言葉の意味を考えていなかった。

 どうして母さんはあんな事を言ってたんだろうと、3日経った今考える。

 

「……振武は賢いけど、難しく考える癖があるんだね」

 

 今まで俺の顔を見なかった父さんは、ソファーから降りて、俺の目の前に座る。丁度、俺の顔を覗き込むように。泣きすぎてもう目と鼻は真っ赤で、ちゃんとしていればイケメンな父さんなはずなのに、見る影もないけど。

 この3日間で1番晴れやかで、1番いつも通りな、お父さんの笑顔。

 

「その言葉はね、そのままの意味だよ」

 

「その、まま?」

 

「そう、そのままだ。お母さんはね、君に悔いのない人生を送ってもらいたかったんだ。自分が死ぬ事に引きずられず、やりたい事をいっぱいやって、いっぱいの笑顔で、天国であった時に「なりたいものになったよ、俺は母さんを超えたよ」って報告してもらいたいために」

 

 そう言いながら、父さんは俺の両手を包み込むように握り、まるで冷たくなった手を温めるようにさすってくれる。

 

 

「振武、お前が幸せな事が、母さんにとって幸せだったんだよ。

 親だからね。勿論俺も。2人で君の幸せを願ってるんだ」

 

 

 ――なんだよ。

 そんな事を、死ぬ間際に考えて、俺に話したのかよ。たったそれだけの事を。

 腹に風穴空いて、血もどんどん出て行って。寒くて、怖くて、泣き叫びたいくらい悲しかったはずなのに。

 やりたい事だってたくさんあって、ヒーローとしてもっと守りたいものだって山ほどあって、最後に愛する人にも会えなかったはずなのに。

 

 

 子供が前に進めるように

 ただそれだけの為に、最後の言葉を残すなんて。

 

 

 

「……もっと、言いたい事、あったはずなのに」

 

「そうかも知れないね。でも、覚さんは真面目だから。

 目の前の振武に何を残してあげられるか。必死で考えた結果だったんだろうね」

 

「……バカだね、母さん」

 

「あぁ、そうだね。俺も覚ちゃんも、2人とも親バカだからねぇ。

 バカだと思われるのは、むしろ本望だと思うし、俺は本望だよ」

 

「父さん……俺ね、ヒーローになりたいんだ。母さんみたいに強くて、母さん以上に色んな人を守れる存在に、なりたいんだ。

 ……俺に、出来るかな」

 

 俺がこの世界に来て、最初に抱いた夢。

 世界で1番有名で、世界で1番困難な夢。

 きっと辛い事なんて山ほどあって、きっと何度も挫けることはあるんだろう。

 それでも、俺は、ヒーローになりたい。

 母さんを超えるヒーローに、なりたい。

 

「――なれるに決まってるじゃないか! お前は俺と覚ちゃんの自慢の息子なんだから。

 父さんはその為だったら、応援だって協力だって惜しまない。周りの人だってそうさ。お前を助けてくれる人は、きっとたくさんいるよ」

 

 父さんは、満面の笑みを浮かべて、そう言ってくれた。

 ……俺はもう1度溢れてきた涙を強引に袖口で拭うと、真っ直ぐに父さんの目を見る。

 

「じゃあ、父さん。1つ、お願いがあります」

 

 

 

  ◇

 

 

 

(純日本家屋ってこういう家を言うんだろうなぁ……初めて見たし、初めて入った)

 

 そう思いながら、俺はなれない正座にモゾモゾと足の位置を変える事で対応していた。

 小さな山と、自然あふれる土地。そこに、俺のお祖父ちゃんの家があった。父さんは先に祖父と2人で話しているので、俺は応接室の真ん中で待っている状態だ。

 ――あの夜俺が父さんに頼んだのは、改めて祖父に武術の鍛錬のお願いをする事だった。母さんには頼んだけど、父さんには頼んでいない。だから改めてお願いをしたのだ。

 父さんは少し考えた後「解った」とだけ言い、その日のうちに連絡を取ってくれた。

『まずはうちに来なさい。直接話を聞こうじゃないか』

 祖父がそう言ってくれたので、俺は動島本家……お母さんの実家にやってきたのだ。

 

(まさか〝動島〟の姓がお母さんの方の姓だったとは……お父さん、戸籍上は婿かよっ)

 

 似合わないとかそういう意味で言っているわけじゃないんだ。

 むしろ逆。似合い過ぎてて正直笑いだって上がってこないレベルだった。

 しかも……動島家は、かなり歴史のあるお家なようだった。

 父さんにさらっと要点だけ聞いただけだけど……それだけでも十分なくらいだ。

 江戸どころか遡っていけば安土桃山時代に引っかかるほど長い歴史を持っている武家。刀・薙刀・弓といった武士らしい武術から活殺術・柔術などの格闘術、銃などの近代の武器まで幅広い流派を生み出している。

 時代とともに進化し続ける異例の古武術であるが故に学びたいと思うヒーローや警察官は多く、実際祖父は警察署やヒーロー事務所に出向いて稽古をつける場合もあるらしい。

 算盤侍などの軟弱な武士ではない、本物の、由緒ある武闘派だった。

 通りで母さんもあそこまで強かったわけだよ。爺ちゃんの話聞くと一々武術自慢に発展するわけだよ……って納得出来ると思う!?

 前世での記憶がある分、その異常さはこの世界の人達には解ってもらえないんだろうなぁ。そんな人外染みたSAMURAIいて堪るかっての。

 

(まぁ、そんな家系だからこそ、俺も頼めるわけだけど)

 

 ……そろそろ、足崩していいよね? まだかかるよね?

 なんていい加減足が痺れ始めてきて日和った思考が顔を出してきた時、

 

 ガラッ

 

 上座の方の襖がいきなり開いて、俺は脊髄反射で姿勢を正す。

 

「いやぁ、待たせてしまったな、振武。正座は辛かろう、無理せず崩しても良いんだぞ?」

 

 そこから現れたのは、1人の老人だった……あ、いや、老人と表現しちゃいけないな、まだ初老くらいの男性だ。

 白髪が混じって灰色に見える短髪に、同じくらいの色合いの髭を生やした人。普通の初老にしては体格も良く、筋肉がしっかりとついた武人の体をしている事が服の上からでもわかる。その所為か、年齢が軽く10歳は若く見える。

 その割に表情は柔らかくて、優しい近所のおじさんといった印象を受ける。

 動島 振一郎(しんいちろう)。俺の母方の祖父にあたる人。

 

「うう――いいえ、こちらからお願いしに来たんです、ちゃんとしないと。

 それより、父さんは?」

 

 一瞬タメ口になりそうになったが、なんとか堪えて敬語を使う。

 今日は、俺が頼む側の立場だ、粗相があってはいけない。そう思ったのだが、俺の態度が可笑しかったのか、祖父は浮かべていた笑みをさらに深くする。

 

「ははは、壊くんに聞いた通り真面目だな。孫なんだからもっと態度を崩しても良いだろうに。

 壊くんには、私からお使いを頼んだんだ。お前と2人で話したかったしね」

 

「はぁ、そう、なんですか」

 

 上座に座る祖父を見て、俺は困惑しながらも返事を返す。

 ……おいおい父さん、いくら婿だからって、慣れてない息子置いてお使い頼まれんなよ!

 と心の中では思っているが、出来るだけ顔に出していないと思う。

 

「さて、それじゃあ……振武、お前は動島流の武術を習いたいと言っている。それはまず、間違いはないかな?」

 

 祖父が居住まいを正し、俺もそれに倣う。

 

「はい、間違いありません。出来ればお母さんと同じ武術を学びたいです」

 

「ほう、動島流活殺術か。まぁ持った物しか振動させられない私より、確かに向いているかもしれないな。だが、ふむ、しかし……」

 

 俺の言葉に、祖父は少し困ったように思案顔になる。

 ……やっぱり、拒否感はある、のかな。5歳の子供がいきなり格闘技を習いたいなんて言い出して、まともに受け取る親はなかなかいない。

 子供は飽きっぽい。辛い練習や修行などに耐えられるはずもない。

 そう思われても仕方がないのは確かだった。

 でも、俺だって引くわけにはいかなかった。

 

「お願いします。お――僕、ちゃんと練習します。お祖父様が言ったことは守ります、他の事だってちゃんとします、だから、」

 

「あぁ待ちなさい待ちなさい、別に教えないとは言ってないし、別にお前の姿勢を疑っている訳ではないんだよ。あと、様はつけず、普通にお祖父ちゃんで良いから」

 

 俺の言葉を慌てて止めると、祖父……お祖父ちゃんは小さくため息を吐いた。

 

「振武。私は回りくどい話し方や、難しい話し方と言うのが苦手だ。何せ幼少の頃からずっと武術漬けだったからね。正直、腹の探り合いやら、相手の考えを想像しながら話すなんてのは苦手だ。

 ましてや振武、私達は血の繋がった家族だ。だから正直に話そうと思う、良いね?」

 

「……はい」

 

 俺も、そっちの方が楽だ。

 そう思っていると、お祖父ちゃんは真っ直ぐに俺の目を見てくる。

 ……俺の周りにはなんでこう真っ直ぐな目をした人が多いんだろうか。嫌なんじゃない、むしろ芯が通っているような気がして、俺にとっては好ましいし、俺もそうなりたいと思う。

 だから、俺も真っ直ぐにお祖父ちゃんを見つめ返す。

 

「振武。私のやっている格闘技は、スポーツなどで行われている物とは違う。

 より実践的……否、より実戦的だ。この力を悪用すれば、人が傷つき、最悪死ぬ。それを律しなければいけないのは己そのものだ。それは賢いお前なら解るね?」

 

「はい」

 

 母さんの戦いを間近で見て、それがどれほど危険な物かはしっかり理解している。

 母さんのはかなりぶっ飛んでいるけど……それでも拳を人に向けるということは危険が付き纏う。

 武器を持つのであれば、その武器を無闇に振るわないという覚悟が必要になる。これはスポーツである武道にも通ずるが、その危険度は武道以上に高い。

 

「……驚いたな、本当に5歳か。まったく、壊くんや覚はどんな教育をしたんだろうか。それだけの教育が出来たなら、私も子育てに苦労しなかったがね。

 あぁ、話が逸れたな。私が言いたいことは実に簡単だ。武術という強力な力を持つのなら、1番大事になってくるのは、その動機だという事だ」

 

「動機、ですか?」

 

「そう、動機。どんな事を始めるにしても必ず人が持つものだ。

 武術を学ぶ。それ自体はとても良いものだし、ヒーローになるならば学んで損はない。私もそれは解る。しかし、そこに不純な動機が混ざってしまえば、全てが狂う。何せスタートラインが間違っているんだ、全てが狂ってしまうのは当然だ。そこでな、振武」

 

 そこで言葉を切ってから、お祖父ちゃんは立ち上がり、上座からこちらに歩み寄って、膝がぶつかるくらい近くに、俺の目の前に座る。

 ……これだけ近いとよく分かる。その迫力と気配の鋭さが。

 何者にも中途半端さを許さない。規律正しい武門の現当主。その風格が気配から溢れ出ていた。

 

「振武。もしお前がお母さんの仇を取るために犯罪者を捕まえたいとか、母さんの代わりに誰かを守るとか考えているならば、やめてくれないか。

 そんな事をしてもお前のお母さんは、覚が喜ばない事は、お前には分かるだろう?」

 

 ……あぁ、そっか。

 そこを、心配してくれていたんだ。

 そうだよな、この人は、お祖父ちゃんは、沈んでいる俺を葬式で見ているんだもんな。ネガティヴな事を考えて格闘技を学ぼうとしているんじゃないかと思っているのは、当然だ。

 父さんも、そこは話してくれても良いのに……いや、駄目か。これは俺が言わないと意味がないもんな。

 俺がちゃんと選択して、

 俺が足を踏み出さないと。

 

「……違うよ、お祖父ちゃん。復讐とか罪悪感とか、そういう事じゃないんだよ。

 そりゃあ前はそう思っていたけれど、今は違う。もっと別に理由があるんだ」

 

「……じゃあ、それはなんだい?」

 

 おじいちゃんは動揺するでもなく、安心するでもなく、俺の目を真っ直ぐに見ながら真剣な表情で、先を促してくれる。

 

「簡単だよ、お祖父ちゃん。

 

 

 俺が、ヒーローになりたいからさ。もう後悔して立ち止まって、誰かを守れないなんて事に、なりたくないからさ。それに、」

 

 

 あの時。母さんが死んだ時。

 俺には力がなかった。

 経験も、知識も、何もなかった。

 何もなかったから、何も出来なかった。これはもう、どうしようない事だ。今更後悔してもしょうがないし、それで自分を責めたって何も生み出さない。

 だから、もう俺は決めたんだ。

 後悔したならば、反省したならばそれを活かすって。

 ヒーローになるという願いは変わらない。皆が背中を押してくれるたくさんの大人がいた。大事な約束をした友人がいる。

 それに、

 

『助けてくれて、ありがとう!』

 

 

 

「……助けた人間の笑顔を見れるなら、俺は何だって出来る気がするんだ」

 

 

 

 誰かの笑った顔を見たい。出来るだけ多くの人に笑顔でいて貰いたい。

 幼稚で、チープな夢かもしれないけど。あの時助けたももちゃんに言われて、俺はそれを決意する事が出来た。

 

「――まったく、随分大仰な事を言うじゃないか。男が大風呂敷を広げたんだ、広げたものは本人が畳まなければいけない」

 

 俺の言葉に口を開け驚いていたお祖父ちゃんは、破顔しながら俺に問い返す。

 

「うん、分かってる。1度言ったら後戻りは出来ない。

 ……で、俺はする気もない。どうせだったら、カッコよく畳みたいしね」

 

 ――もう、本当の意味で、前世とはお別れだ。

 今まで、色んな事を教えてもらった。色んな決意をした。その中で前世であった事を引き合いに出したし、自分でそうしなかったとしても、無意識のうちに比べていた。

 本当に俺にそんな事が出来るのか。

 ヒーローなんて無理なんじゃないか。

 何度も何度も、馬鹿なぐらい考えた。実際、俺は捻くれていて、他人から見れば酷く後ろ向きで女々しい男に見えたんだろうな、と思う。

 でも、もうそんな自分は、ここで捨てる。

 俺は動島振武。

 カッコいいヒーローだった動島覚の息子で、優しい動島壊の息子だ。

 身の丈にあったものなんていらない。なりたいモノに合わせて、身の丈を決める。

 

 

「plus ultraだよ、お祖父ちゃん。

 さらに向こうへ……俺は、お母さんが走っていたさらに向こうへ、行きたいんだ」

 

 

 

「……まったく、親子だな。覚も雄英に通うと決めた時、似たような顔をしていたよ。

 ――修行は厳しい。うちの流派は本気で血反吐を吐かせる。大人だって逃げ出すような鍛錬が続く。お前は逃げずについてこれるかい?」

 

「……絶対に、引きません」

 

「……5歳を侮っていた私が悪かったな。お前はしっかりとした男の目をしているようだ。

 解った。お前の入門を受け入れよう、振武。ただし!」

 

「? ただし?」

 

 いきなりお祖父ちゃんが纏っていた雰囲気が変わる。ずっと引き絞った弓のように張り詰めた空気が霧散したと同時に、いきなり頭に重みが乗った。

 

「ちょっ、うわっ、お祖父ちゃん!?」

 

 そのままゴシゴシという効果音が聞こえてくるくらい強く撫でられ、俺の視界が左右に揺れる。

 ちょっとお祖父ちゃん力強すぎね!?

 

「ははは、修行していない時は、お前は私の孫だ。可愛がるくらい良いだろう?」

 

「いや、良いけど、視界、揺れるっ」

 

「ふむ、首の筋肉が弱いなぁ。そんなようじゃ、絞め技をかけられた時に首が折れてしまうぞ?」

 

 そんな気軽に首へし折られるような事態があってたまるか!!

 俺は心の中で突っ込むが、お祖父ちゃんはご満悦だ。しばらくそうしてから、手を離して立ち上がる。

 

「ふむ、そうと決まれば今日はご馳走だな。

 壊くんに頼んだおつかいもそう時間がかからないものだし、帰ってきたらご飯にしよう、ここら辺の山の幸は美味いぞ、何せお前のお母さんもそれで育ったんだからな!」

 

 俺が止める暇もないくらい、お祖父ちゃんはスタスタと廊下に出て行って、台所にいるであろう家政婦さんの名前を呼びながら去って行った。

 ……流石、母さんの父さんだ。マイペースな所はそっくりだな。

 

「――でも、良かった」

 

 安堵の溜息が自然と出る。

 俺の今までの態度もあるし、お祖父ちゃんが俺の考えをどう受け止めるかも解らないから、正直受けてくれるかどうかも難しいと思っていた。

 何度も言うが、たかが5歳児だ。むしろ俺の話を真面目に聞いてくれる、俺の家族や周りの大人たちがちょっと変わってるって言っても良い。

 変わってくれていたからこそ、こうやってスタートラインに立てたわけだけど。

 

「……そう、ここがようやく、スタートラインだ」

 

 言葉とともに、ぎゅっと右手を握りしめる。

 ……手の甲には、あの時の傷が残っている。少し大きなものから小さいものまでいくつかあるそれは、まるで何かの星座を象っている星のようだと、父さんは言っていた。

 無論、実際該当するような星座はない。父さんだってなんとなくそう思って言っただけなんだろう。でも、俺には嬉しかった。

 これは俺の原点の証。俺の初めての勲章だ。それが星座みたいだなと言ってくれたのは、こそばゆく感じはするけど、悪い気もしなかった。

 

 

 

「……母さん、俺は母さんを超えるよ。

 母さんを超えて、最高のヒーローになる」

 

 

 

 右の拳を胸に押し付け、天国なのかどこかなのか、俺を見守ってくれているであろう母さんに言う。

 母さん、俺は頑張って前に進むよ。

 母さんも母さんの死も超えて、いつか俺がなりたいヒーローになってみせる。

 母さんにも誰にでも自慢できる最高のヒーローで、最高の幸せを、この手で掴むから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 母さんから貰った、plus ultraを胸に。

 

 

 

 

 

 

 




一章を最後まで読んでいただいて、ありがとうございます。
ここまで読んでいただいて、本当に嬉しく思います。

……自分はこの最後の章最後の話を書いている時、正直、こんな話で大丈夫なんだろうかと悩みました。
もっと良い進め方はあるんじゃないか。
文章量的にももっと書いてあげた方がいいんじゃないか。
母親を殺す必要性はなかったんじゃないか。
更新スピード的には早すぎる、もっと考えろとおもうかたもいらっしゃるでしょうが、いくら考えても考えても、こんな結末になってしまいました。

ですが、主人公がヒーローとして、ちゃんと前を歩いていける人間になる為には、このようなストーリー展開にならざるを得たかったです。
彼はこの世界に最初からいた人間ではありません。25年間を生きた1人の人間です。
25年で培われた価値観と思想を壊し新たな物を生み出すためには、これだけのインパクトがどうしても必要だと自分は思ってしまいました。

これからどのように振武くんがヒーローを目指していくのか。
周囲をどのような人間関係を構築していくのか。
最後まで書き上げたいと思っていますので、どうぞこれからも一緒に見守ってくださると幸いです。


誤字脱字、また感想や評価などお待ちしております。
ではまた次回、お会いしましょう。

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