plus ultraを胸に抱き   作:鎌太郎EX

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episode10 終わりの始まり

 

 

 

 

 

 ブレイカーの事務所は騒然としていた。

 数少ないスタッフ、知り合いから借り受けた人員を総動員して、死歌姫がどこに潜伏しているのかを必死で探し出そうとしていた。

 

「うん、じゃあよろしくね――はあ」

 

 知り合いの自警員に何かあればすぐに情報を流すように念押しすると、壊は通話を切って、疲れたように椅子の背もたれに身を預ける。

 振一郎に報告したように――状況は深刻だ。

 死歌姫やウィスパーがどこに潜伏しているのかまるで分からない。センシティの事務所には当然帰っていないし、彼女の組織が占拠している場所を把握してもその殆どがブラフで、数少ない情報を手に入れられる場所に当たっても、それはブラフに繋がっている。

 結局、見つからない。

 かといってこの土地から離れているという情報もない。尻尾は見えるが捕まえられない。幽霊が存在する事を立証する方が幾分か簡単そうだなと思えるほど。

 

「幽霊……いや、亡霊の方が正しいのかな」

 

 自分の叶えられなかった夢を他人に押し付ける亡霊。

 覚という代替品をトップヒーローにする事で自分の出来なかった事をやらせようとする、質の悪い魔物。動島覚、センシティの為だと言っている言葉の裏には、下手な悪よりも汚い独善が潜んでいる。

 間違った自己肯定は他者の否定だ。

 周りが悪いから自分の状況が悪くなると本気で思っていいる。思っているからこそ、自分の事が間違っていないと証明され続ける。

 しかも死歌姫は自分の嘘に酔っている。酔っているから、その考えが自分の独善だとは思っていない。純粋に自分は他者の事を思って動いていると思っている。

 救えるはずがない。

 そもそも、彼女はその状態が幸せなのだ。救えるはずもない。

 

「……あぁ〜、厄介な敵に手ぇ出しちゃったなぁ。

 これ、僕が関わる案件じゃないよねぇ」

 

「そう言って関わったのは貴様だろうが!!」

 

 なんとなく独り言としてぼやいた言葉を、いつものダミ声が制する。

 見れば、オフィスのソファーに仲の良い親友殿が座り込んでいるではないか。壊はいつも通りの笑みを浮かべる。

 

「あれあれ炎司――いたの?」

 

「いるわ!! 俺の人員を借りたのは貴様だろうが!!

 その事で話に来て見れば、お前は熱心に電話を続け、仕事を続け、俺の存在がまるで視界に入っていない!! おかげで出された茶が冷めたわ!!」

 

 そう言われてテーブルの上を見て見れば、確かにもう湯気を立てていない湯呑みが1つ置いてある。大方、リビングライフが置いてくれたのだろう。

 ホストの勧めなくお茶を飲まない……こういう所は古風で生真面目だ。

 

「ごめんごめん、ちょっと連絡を取り合っていた。

 何せヒーロー側や警察の情報網だけじゃ難しくなって来たからね。ちょ〜っと薄暗い所を覗き込まないと」

 

 自警員。

 ライセンスを取得せずにヒーロー活動を行なっている、ざっくり言ってしまえば犯罪者だ。だが敵の情報を当てにするよりも正確で、ヒーロー達よりもアンダーグラウンドな情報に詳しい彼らの情報は有益だ。今回の件でも大いに役立つだろう。

 その言葉に、エンデヴァーは鼻を鳴らす。

 

「そこまでする事か……言ってはなんだが、死歌姫はあの小娘が出てこないと顔を出さないだろう? ならば優先すべきは、あの小娘を前線に引っ張り出す事だろう」

 

 死歌姫はセンシティを待っている。

 それは明らかだ。そうでないならこの土地から、もっと言えばこの国から逃げたっておかしくはない。あの薬を持っているならば、どの国に行っても問題なく犯罪活動を行えるのだから。

 再び餌として彼女を使えば、もしかしたら引っ張り出せる事が出来るかもしれない……いや、恐らく出来るだろう。

 むしろ、それが1番簡単な方法だと行ってしまっても良い。

 

「否定はしないけどね……傷ついているあの子を引きずり出すのは、良くないよ。

 それに、僕はあの子と死歌姫を戦わせる事が良い事とも思えないんだよねぇ」

 

 死歌姫とセンシティがもう一度相見えるというのが良い事なのか。

 死歌姫を倒すならばそれで良い。改心させられれば最高だろう。

 だがもし、センシティが死歌姫の考えを〝理解〟してしまったら?

 今までの作戦行動や尋問で得た情報で分かった事の1つは、死歌姫は驚くほど人心掌握に長けた人物だという事だ。

 それが個性を強化する事で生まれた力を用いた結果だというのもそうだが、彼女はとてつもなく言葉の扱いが上手い。彼女の言葉1つで、相手の信頼を得て懐に入るのが得意なのだ。

 ……センシティは死歌姫と友人だった。

 今のセンシティは非常に不安定だ。普段ならば跳ね除けられる提案も飲んでしまう可能性があるほど。

 そうなってしまえば、強力な敵が一人増えてしまう事になる。

 文字通り、一騎当千の強者が、自分達と相対する。そうなれば物理的に彼女達を排除するのは難しい。

 

「……それだけか? 本当に」

 

 エンデヴァーは眉を顰めながら聞く。

 それにしたって、壊はこの事件に傾倒し過ぎているし、センシティを気にかけ過ぎているような気もするのだ。

 情が厚い男なのは知っているが、それにしても今回は肩入れし過ぎだ。

 

「……炎司。

 僕はセンシティが嫌いだよ」

 

 どこまでも自分勝手で、身勝手。敵の事情を知るまでもなく叩くその無神経さには心底腹がたつ。まるで子供の喧嘩のような理由で怒る彼女の浅はかさが許せない。ヒーローとしても人としても尊敬は出来ない。

 

「でもね。彼女はそれでも――良い子だと思うんだ」

 

 ウィスパーに裏切られ、死歌姫に欺かれて傷ついた顔を自分は見た。

 本当に信頼していた相手からの手痛い裏切りに、心から嘆き、自分を否定した。

 人を心の底から信頼する。

 裏切られた憤りを相手に求めず、「自分にはどうして気づけなかったのか」「自分はどうして止められなかったのか」と考え始める。

 その気持ちは、見る人が見れば愚かとも受け取れるだろう。

 視野が狭く何も見えていなかった。自分を中心に問題が発生しているというある意味事故中心的な考えにも見えるかもしれない。

 だがその愚かさこそ、ヒーローとして、人間として大事なのではないかと壊は思う。

 心の底から人を信頼出来ない――信用すらしない自分とは。

 相手が悪だからある程度何をしても自業自得だと思う――自分自身とは、大違い。そしてそんな物を持ち合わせているのは、ヒーローでも一握りだ。

 どこかで感覚を麻痺させないとヒーローなんてのは務まらない。

 それでも麻痺させたフリをしながらも、ちゃんと受け止めて前に進んでいた彼女は、ヒーローとしてダメでも、人間としてダメでも、自分よりもずっとマシに思えたのだ。

 

「だから僕は許せない。良い子が割りを食うのは、いけない事なんだ」

 

 良い人こそ幸福を受け取らなければ、世の中間違っているじゃないか。

 

「……ああ、全く。お前は本当に根が善良過ぎる!!

 お前のそういう所が俺は許せん!! 真っ直ぐに人を見過ぎる!!」

 

 頭をガリガリと苛立ったように掻きながら、エンデヴァーは立ち上がった。

 

「どこに行くんだい?」

 

 その背中に声を掛けると、

 

「決まっているだろう!! 捜索の手伝いだ!!

 今回は人海戦術だろう? だったらお前より俺の方がよっぽど上手いに決まっている!! どうせ今までまともに休んでもいないんだろう!? 貴様は細かい情報でも拾いながらそこでぼ〜っと座っていろ阿呆が!!」

 

 マグマのように炎でも吹き出さんばかりに、エンデヴァーは歩き始める。

 口は悪いが要約すれば――『面倒な現場指揮は俺がやるから、ここ最近忙し過ぎるお前は少しは体を休めろ』と言っているのだ。

 分かりづらい、でも自分を慮って言ってくれる言葉に、思わず壊は笑みを深める。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 ――薄暗い部屋の中。いや、部屋と形容しても良いのだろうか?

 壁紙は剥がれ、床のタイルも残されている数は少ない。唯一原型を留めているベッドも、座って見ればスプリングが飛び出ていたり無くなっていたりして非常に寝心地が悪く、埃は払っても払っても出てくるような代物だ。

 人が住める環境ではないが――それでも、久虜川蒔良、死歌姫と名乗る彼女はいた。

 ベッドにまるで女王様のように堂々と座り、足を組んでいる。

 その前には、ウィスパーが跪いている。

 

「申し訳ありません死歌姫。センシティは未だに表に出てこない状況です。しかも、ブレイカーの手によって多くの支部が崩されました。

 ブレイカーを潰す為に、増援を送りますか?」

 

「良いのよぉ、小さな支部がいくつ潰されようが、此方には痛くも痒くも無いし。

 そもそもほらぁ、製造ラインは別個で存在する私達にとって、支部なんていうのは所詮倉庫でしか無いもの。そしてぇ、製造部分は絶対に明かされない。だってそれは私と貴方しか知らないんですもん」

 

 煽情的な仕草で、ウィスパーの顔を撫でる。

 エヴォリミットを作っている研究者はそもそも〝先生〟の下にいるのだ。この国の闇社会の頂点に君臨する彼の庇護下にある以上、何か問題が起こる事はあり得ない。

 もっとも、このエヴォリミットもウィスパーも、はたまたは〝先生〟ですら彼女には利用する以上の価値を見出していないのだが。

 ……死歌姫には何も見えていない。

 必要なもの以外はなにも。

 センシティという存在をトップヒーローにするという事以外に興味がない。裏社会でいくら権勢を得ようと、〝先生〟とお近づきになって、もしかしたら寝首を狙える所まで行ったとしても。

 全てはセンシティを強く、より孤高の存在にする為の仕掛け。

 最後の最後、自分どころか〝先生〟すら彼女が倒してくれるのが喜ばしいくらいだ。

 

「ウィスパー、貴方はとっても優秀よ。

 確かにあの場でセンシティとブレイカーを潰せなかったのは残念だけどぉ、また機会はやってくるわ。そうしたら、貴方の真価を見せて欲しいの、ね?」

 

「――はい、死歌姫。必ず俺は、センシティを打ち滅ぼし、貴女に勝利を贈ります」

 

 恍惚とした笑みで、ウィスパーは死歌姫に熱っぽい視線を送る。

 個性《安眠》はもはや人の気持ちを誘導し、操作し、操る個性に変わっていた。

 そもそも人の眠りを深くするプロセスは催眠に近い。より眠れる、より深く意識を落とし込む事が出来ると、相手に思い込ませる。眠りが浅ければ自分の声を聞き誘導する事はそう難しい事ではない。人の声に反応する事だってあるくらいだ。

 だが、死歌姫の個性はそれを超えた。

 人の根底にある感情にほんのちょっと指向性を与え、強化する個性。

 それにより、彼の中にあった憤りや不満をセンシティに少し寄せてあげただけだ。

 他の者もそう。死歌姫の容姿や仕草は良くも悪くも男性の心をくすぐる。その劣情を上手い事誘導し、自分に心酔するようにさせる。

 もっとも、これはあくまで応用。

 本来の使い方はもっと別の所にあるが――それは今は関係ない。

 大事なのは、ウィスパーを洗脳する事は、死歌姫にとっては実に簡単だという事だ。

 

「そう、良い子ね。

 じゃあ、私は少し眠らせて貰うわ。指示通りにお願いね」

 

「はい、分かりました。失礼します」

 

 礼儀正しく一礼して外に出て行くウィスパーを見て、死歌姫は小さく溜息を吐く。

 使えない男だ。

 あのパフォーマンスが自分の力を世界中に誇示する為だと信じきっている。

 本当は、センシティが本気を出し彼を倒してしまう所を全世界に見せる事が目的だったのに、彼は十全にその効果を果たしていなかった。

 正直八つ裂きにしてやりたいほど嫌いだが、指揮系統などの分野において彼はまだ有用だ。センシティが出てくるまでの些事を任せられる人間がいないと困る。

 

「……ハァ、上手くいかないものねぇ。

 そもそも、ブレイカーが関わってくるなんて、嫌になるわ」

 

 この前の舞台はそもそもセンシティ1人の為だけの舞台だったのだ。

 彼女1人であの大きな支部を制圧し、エヴォリミットで強化された凶悪な個性を持つ3人を撃破、裏切り者だったウィスパーを自らの手で処断し、センシティが犯罪組織と関わっておらず、しかも味方だった者でも犯罪者に容赦なく、高潔に戦うという所を人々に見せる。

 そうすれば、彼女の株も上がるというものだ。

 それなのに、ブレイカーとその相棒が介入してきた事により、その前提が崩れてしまった。

 

「嫌よねぇ、誘ってもいない人がパーティーに来てもらったら困る。1番大事な賓客にお出しする料理が減ってしまうもの。

 今もネチネチ追ってくるし……本当に、邪魔な人」

 

 そもそもあんなダーティーなヒーローは好みではないのだ。

 もっと誇り高く胸を堂々と張り、真っ直ぐ正面を向いて戦い続ける事こそヒーロー。裏でこそこそ情報を集め、汚い手で相手を貶めてはいけないのだ。

 センシティが彼に影響を受けないか……それは非常に心配な部分だった。

 寝心地の悪いベッドに身を預けながら、ブレイカーをどうやってセンシティの側から排除しようかと考えていると、唐突に枕元に置いてあって携帯電話がなり出す。

 組織の長として使っている携帯電話だ、掛けてくる人間など限られるのだが。そう思いながらディスプレイを覗き込むと、その表示された名前に驚く。

 ウィスパーを通じて話をするだけで、この番号に掛けて来るはずがない。そう思っていたのに、予想外だ。起き上がり、一度深呼吸をしてから通話ボタンを押して耳に当てる。

 

「先生、びっくりしましたわ。この番号を先生が知っている事は存じ上げておりましたけど、まさか直接電話して頂けるなんて。用事があるのでしたら、ウィスパーを通じて呼び出していただければ、急いで馳せ参じましたのに」

 

『いやいや、君の声が聞きたくてね。それに派手にやっているようだったから、邪魔をしてはいけないと思ったのさ』

 

 電話の向こうから落ち着いた男性の声が聞こえる。

 通称先生がと呼ばれる彼は、超常黎明期から生きていると噂の、この国の裏社会で1番の権力者だ。頭脳も個性も優秀、敵達の筆頭。

 そんな大物がこのタイミングで電話をかけて来るというのは、あまり良い兆しではない。

 

「ありがとうございます、先生みたいな方にそう言って頂けると、お世辞でも女冥利に尽きますわ」

 

『お世辞でもなんでもないがね。

 ――ところで、私の薬のデータは取れているかね?』

 

 その言葉に、電話であるにも関わらず死歌姫は笑顔を作る。

 

「ええ、順調です。ただ、やはり副作用は無視出来ませんね。連続投与すると、もはや人間としての理性を失って、あれじゃあただの獣ですわ」

 

『ふむ……こちらでも、そちらから貰ったデータを基に色々改良は進めているんだが、中々上手くはいかないね。

 まぁ連続投与しなくても十分強力だし、君らのような成功例もある。もう1つの研究と、果たしてどちらをメインに据えるかは、結論は未だ出ない』

 

 エヴォリミットと並列する形で立ち上がっているプロジェクトの方を死歌姫は知らない。

 必要がない情報だという事で〝先生〟には教えてもらえていないのだが……どうやら、〝先生〟は完全にこちらを信用していないという事だろう。

 その事実に心の中で舌打ちをしながら、死歌姫はなんでもないように話を続ける。

 

「御辛労お察し致しますわ。もっとも、個人的にはやはり薬の方を推します。私のような成功例がいる以上、有益なのはお分かりでしょう?」

 

『それは否定しようがないけどね……でも、不安要素がいくつかある。

 薬の副作用もそうだが――君の今の状況はあまり良いとは言えないね』

 

 その言葉に、喉元に冷たいものが流れる。

 相手はこの国のフィクサーだ。情報として彼女達の事情を知っているのは問題ではない。問題なのは、ここで彼が死歌姫の一派を「邪魔」だと判断した場合、自分のしたい事が出来なくなる。

 それは、死歌姫自身の死以上に大きな事だ。

 

「――問題ありません。我々をヒーロー達が捕らえる事はないでしょう。

 ですがもし万が一に捕まりそうならば、殺していただいて結構です。準備はちゃんとしていらっしゃるのでしょう?」

 

 自分が捕まりそうになるというのは、同時にセンシティとの決着を付けた後という事だ。

 その時点で死ぬのであれば、別に問題はない。むしろ彼女の前で死んでみせることで、彼女の心をより強靭にする上で必要な事かもしれないとも思う。

 

『殺す? いやいや、そんな事はしない。

 君は私の指示通りの事をしてくれているんだ。命を奪う必要性はないさ。ただ、何があっても私の事を黙っていてくれれば良い。

 それに――君は私の何人かの教え子の中でもずば抜けている。きっと、次代に引き継ぐ上で重要な存在になり得るだろう。これからも、私の下で働いてもらわなければね』

 

「それは――光栄です」

 

 嘘だ。

 相手の言葉に対してもそうだが、自分の言ったのも嘘だ。自分は闇社会にドップリ浸かりたい訳じゃない。あくまでこれもセンシティの為。

 センシティの為になるのだったら、〝先生〟の情報だって二束三文で売り払おう。

 

 

 

「ご安心ください〝先生〟。結果は出してご覧に入れます」

 

 

 

 センシティに関する事以外、

 彼女には嘘しかない。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 泣いて、泣いて、泣いて。

 何時間ほどそうしていただろう。彼がやってきたのが午後3時だったのに、窓の外からの陽光はとても希薄になり、部屋は薄暗くなっていた。

 

「――ありがとう、俊典さん。

 ほんのちょっとだけど、元気が出たわ」

 

 ゆっくりと身体を離しながら、覚はさらに赤くなった目を細める。

 その表情に安心したのか、オールマイトの笑みを深める。

 

「ああ、それなら何よりだ。

 ――だが、私に出来る事はここまでだ。本当に残念だがね」

 

 オールマイトが平和の象徴であり、ヒーロー代表という立場だったとしても。センシティとしての彼女の選択を自分が指し示してあげる事は出来ない。

 してはいけないのだ。

 きっとセンシティは、オールマイトに言われればそれに流されてしまう。

 それは真の答えではないのだ。

 ……本当は、全てをしてあげたい。

 彼女をここまで傷つけた張本人を闇から引きずり出して覚の目の前に突き出し、頭を下げさせたい。怒りにも似た衝動が、オールマイトの心の中には確かにあった。彼女を本当の意味で救うには、それではダメだと理解していた。

 誰かの手を借りる事は良いだろう。背中を押される事も良いだろう。

 しかし自分が手を引いて行ってはいけない。それは真の意味で彼女の意思ではないのだから。

 

「うん、そうだね……私は私で答えを出さなきゃ」

 

 意図せずとも、この事件の片棒を担いだ責任。

 ウィスパーとの事。

 久虜川蒔良――死歌姫との事。

 少なくともその答えは、どう向き合うべきかは、自分で導き出すしかないのだ。

 

「……むしろ、ここまでさせちゃって。

 いっつも、俊典さんには甘えてばっかり」

 

「HAHAHA、むしろ甘えてもらわなきゃ困るね!!」

 

 これでも妹みたいに思っているんだから!! となぜか胸を張っていうオールマイトの姿に、覚はクスリと笑いが溢れる。

 ……しかし、

 

「何をしたら良いんだろう、私……」

 

 ヒーローとして、動島覚として、自分はどうすれば正解なのだろう。

 彼女達はもう既に後戻りが出来ない位置にまで来ている。立場も、心も。そんな状態の彼らに、何をしてやれば正しいのだろう。

 自分の手で逮捕するのか? ヒーローとして。

 彼女達の改心を訴えれば良いのか? 動島覚として。

 どちらも、しっくり来ない。

 ウィスパーにも、死歌姫とのにも、どちらに対しても。

 

「うむ……そんな私からアドバイスが1つ!!」

 

 悩み始める覚に、オールマイトは言う。

 

「そもそも、「何をしたら良い」とか「どうするべきか」というアプローチの仕方が間違っているのではないか?」

 

「? でも、私はヒーローとしてちゃんとケジメを付けなければいけないし、動島覚としたって、何かしらしなきゃいけないでしょう?」

 

 ヒーローとして、部下をちゃんと見ていなかった責任。

 動島覚としての甘え。

 そういう部分が招いた今回の事件を、「なんとかしなければいけない」と考えるのは当たり前だと思っていた。

 しかし、オールマイトは首を振る。

 

「NO!! 確かにその責任感は大事だが、そればかりを突き詰めても答えは得られない。ヒーローとしてだけ、動島覚としてだけならば、そういう考えでもありかもしれないが、今回は両方に関わってくる。

 だからこそ!! 君は「どうするべきか」ではなく「どうしたいか」を考えるべきだ」

 

「それは……、動島覚として考える事と、何が違うの」

 

 それはエゴのようにも思える。

 自分勝手な考えではないのだろうか

「それもNO!!

 センシティとしてどうしたいか。

 動島覚としてどうしたいか。

 それを考え始めれば、きっと重なる部分が見えてくるはずなんだ。その答えが、きっと今、覚くんがするべき事なのさ」

 

「――センシティとして、私として、」

 

 センシティとして見てみれば。

 今回の件は、自分の無責任、視野の狭さで起こった出来事だ。これに関しては関わった皆に謝罪してまわらなければいけないし、今回の件を放り投げれない。

 動島覚として見れば。

 ウィスパーの、久虜川蒔良がここまで思い詰めるまで気付かなかった自分に怒りを覚えた。友達や仲間だったら、もっとお互いを思いあっても良かったはずなのに、覚はそれが出来ていなかった。

 2つを混ぜ合わせる。

 センシティ(わたし)がしたい事。

 動島覚(ワタシ)がしたい事。

 共通する点は、

 

 

 

「――――あ、」

 

 

 

 見つけた。

 半信半疑であやふやで、おいおい馬鹿かよ愚かかよとでも言われそうな。

 父ならきっと甘いと怒られるかもしれない。

 ブレイカーならば温いと笑われるかもしれない。

 自分でも思う。最高に阿呆だ。口で言いながらやる事が合ってないんだから、そりゃあそうだ。

 でも、これが最善。

 これが、自分の答えなのだ、やりたい事なのだと認識した瞬間、ストンと心の中に足りなかったモノが嵌る。

 

「見つけたようだね?」

 

 満足気なオールマイトの笑顔に、覚は小さく頷く。

 

「うん……馬鹿っぽいけど」

 

「いいさ、馬鹿になるのも偶には大事だ!!

 ――私の手伝いは必要かな?」

 

「ううん……貴方に頼ってはダメだと思う。

 ここで背中を押してもらっただけでも充分なのに、戦いにまで加えちゃったら申し訳ないし……なによりほら、貴方は強すぎるから」

 

「HAHAHA、確かに!!」

 

「フフッ……まずは、あの子を見つけなきゃ」

 

「おいおい、大事なものが二、三個抜けているぞ、覚くん!!

 まずはちゃんとした食事をとって、ちゃんとした睡眠を取ってからだ!! ヘロヘロの状態で出たらやりたい事もクソもないぞ!!」

 

「あ、そう言えばそうだね……ありがとう、俊典さん」

 

「気にするなよ、覚くん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 答えは得た。

 物語は、終息に向かって動き出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





次回!! 覚さんが気合を入れるぞ!! 力んで待て!!


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