彼女の動きを見る人間は、このような言葉が浮かぶだろう。
紫電。
彼女の個性により最適化された肉体は、人間が無駄にしている運動能力をフル活用して、通路や屋外にいる敵を次から次へと倒していく。
「ギッ!?」
1人は振るった鋼鉄化した腕を、いつも容易く折られた。
中の骨や筋肉などは通常の腕と変わらないのか、かろうじて表面の金属部分がヒビが入り骨がへし折れた程度で済んだ。
「グアッ!!」
1人はスライム状の触手を全て弾き飛ばされ、頭を地面に強かに叩きつけられた。
幸い屋外だったこともあり下は普通の土だ。それほどのダメージはないだろう……しばらくは起き上がれないだろうが。
「カハッ!?」
シンプルな増強系個性だったのか良い所まで行ったのだが、結局腹にセンシティの拳が突き刺さっている。
あれは痛い、気持ちは分かるぞと少し感傷的になりながら、
「……これ、逆に俺の方がいらなかったな」
センシティの少し後ろに付き従うように歩いているブレイカーは呆れを通り越して笑っていた。
――正直彼女の力は全く当てにしていない。ここに来てくれれば……というより、この作戦に参加して作戦を聞いてくれただけでもう役割は終わっている。この戦闘に参加する必要性すらないのだが、これだけやって貰えるとこちらの手間が省ける。
ブレイカーの個性《分解》は確かに強力だが、強力であるが故に敵を軽傷で済ませてあげる手加減が非常に難しい個性なのだ。
「俺が出なくて良いならば、それはそれで良い――そっちはどうだい、リビングライフ」
『問題はありません。今5人目を片付けました。しばらく動けないのではないでしょうか?』
遠くに離れて狙撃を行なっている相棒の声を聞いて何度も頷く。
「それは重畳。
で?
『現在確認中……まとめ役以外はサポートを行なっています。数人倒したようですね。意外に頑張っています。
まとめ役は完全にロスト。どうやら、こちらは追跡装置に気付いていたようで、作戦開始直後には既に見失っていました。報告遅れて申し訳ありませんでした』
リビングライフは年不相応に高い声で、しかし少し申し訳なさそうに話をするが、「良いや構わない」と気遣うようにブレイカーは言う。
「そもそもこれはそう言うものだ。釣り糸に掛かった餌を見せて喜んで魚が動いてくれたんだし、それに君の気遣いだろう?」
『作戦行動中にお邪魔してはいけないとこちらで判断しました。
どうします? 探し出しますか?』
「言っただろう? これは追い込み漁じゃなくて釣りだよ。餌に食いつかない限り、こちらは何もしない。
君は状況が変わるまでこっちのサポート。相手によっては〝カノン〟の使用も許可する」
『
そう言うと、通信が切れるノイズを確認してから顔を上げる。
センシティは今日何人目かになる犠牲者を出そうとしていた。派手に暴れてくれているのは良い事だ。何かストレスが溜まる事でもあったのか少々乱暴……というよりも八つ当たりに近いようにも思えるが。
まぁ、相手は敵だ。個性を使い、武装もしていて、こちらを殺す気満々。多少痛い目を見るくらいがちょうど良い。
「どう動くか――楽しみだなぁ」
◆
感覚は極めてクリア。
視覚も聴覚も嗅覚も味覚も触覚もだ。
普段よりずっと拓けて、ハッキリ見える視界。
普段よりずっとよく聞こえて、聞き分けられる耳。
普段より効き、どこからどんな性別の人間が来るか分かる鼻。
空気を舐めれば、ここがどう言う薬品を扱う場所だったか分かる舌。
人が動く度に発生する風の流れすらも分かり、動きが読める肌。
全ての感覚が戦闘に特化した状態が、覚は好きだった。普段よりずっと膨大に脳に流れ込んで来る情報を見詰め続けるだけで、心が穏やかになり、無に還る事が出来る。
しかし強化している感覚というのは、基本的にどんなものでも受け取ってしまう。どの情報を重要視するかは覚の権利だが、受け取る事は受け取れる。
だからだろう。すぐ後ろで話しているブレイカーの無線の音も簡単に拾う事が出来た。
(追跡装置? 3人? 何の話で誰の事だか分からないけど……やっぱり隠し事って訳ね)
最初から信頼どころか信用もしていない相手なので、多少の情報秘匿はこちらも承知済みだ。
だが、情報が揃っているからと言って全てを推理する事は難しい。彼らが一体何を狙ってここにいるのか、どうして覚がそれに必要だったのかも分かっていない。つい最近まで敵組織壊滅をメインに活動していたのだ、彼らの仕事とかち合ったのはこの前が初めて。
どこでどう自分の事を知って、どういうつもりなのか分からない。だが……、
(最悪、全員ぶん殴れば済む話よね、うん)
自分にはそれだけの強さがある。強力な個性と動島流の技術を持つブレイカーと、遠距離から狙撃して来るリビングライフと呼ばれる少年は厄介だが、奥の手を出せば勝てない相手ではない。
「――……センシティさん、聞こえ、ますか?」
耳元の無線から部下の苦しげでか細い声が聞こえるのを、いつもより鋭敏になっている覚の耳はハッキリと捉えていた。
「
ついさっき捕まえた敵の頸動脈を片手で締め、優しく
『現在、敵と交戦中なんですが、あり得ないくらい強いです、おそらく情報にあった薬を使った敵と、思われます。
ウィスパーさんに援護を求めた所応答なし、多分、彼もやられている可能性が、』
「――分かった、位置情報送って。急行する」
そう言うと、即座にヘルメットの正面に位置情報が表示される。思った以上に近い場所にいることに小さく安堵する。
「……悪いけど、一旦宝探しはおしまい。仲間の救援に向かうわよ。
なんだったら、私1人で行っても良いんだけど」
「いいや、俺も行かせてもらおう」
気絶している敵を見ながら、ブレイカーは笑う。
「君1人で行かせるのは危険だろう? 俺がいれば大丈夫って事があるかもしれないし、サポートしているリビングライフも僕の通信が無ければ意味がない」
「あら、何もしてない割に自信満々ね」
「苛めてくれるなよ、君がサポートなしでも強いのは十分分かっているんだから」
……胡散臭い。
ヘルメットの中で眉を顰めながらも、「勝手にしなさい」とだけ伝えて走り出した。
今は後ろの胡散臭い人間よりも仲間の命が優先だ。
位置情報は、大きく拓けた広場のような場所を指し示していた。
きっと工場がまだ稼働していた時には、社員達が朝のラジオ体操をしたり、昼休みには昼寝をしたり弁当を食べたりする場所だったのだろう。だが今では手入れされていない芝生が所々禿げ、雑草が生えている部分もある。
そこには、3人の男がいた。
1人はまるで骨に皮膚を付けたような瘦せぎすな男だった。遠目からでも上等な代物だと分かるスーツを身に纏い、皮膚を引っ張られでもしているのだろうかと思えるような醜悪なニヤケ面を浮かべて、後ろで腕を組んで立っている。
もう1人は筋骨隆々の男だった。まるで獣じみた表情で此方も下品な笑顔を浮かべながら、時代錯誤で、まるで鉄板をそのまま仕立てたような巨大な剣を地面に突き刺し、それに寄りかかっている。
最後の1人は、センシティ5人分くらいはありそうな巨漢。先ほどの男と違って筋骨隆々と言うわけではない。まるでゼラチン状の脂肪の着ぐるみを着ているかと言えるような全身ブヨブヨなその男は、一心不乱にナニカを食べている。
「――ようこそ、武闘派ヒーロー《センシティ》様、分壊ヒーロー《ブレイカー》様、来訪を心より歓迎いたします」
瘦せぎすの男が慇懃無礼に頭を下げる。
まるで厭味というものを擬人化したように、一挙手一投足に苛立ちを覚える。
「そりゃあどうも。それじゃあ単刀直入に聞くけど――私の部下はどこ?」
センシティの不機嫌そうな顔に気にも止めず――いや、気にはしているのだろう、笑みが深くなった――瘦せぎすな男は、黙って広場の端に指を指す。
2人の部下が、苦悶の表情を浮かべて座り込んでいた。
――1人は右足を無くして、
1人は左腕を失っていた――。
「大変申しわけありません。出来れば我々も五体満足で帰って頂きたいと思っておりましたが、いくら貴女を呼ぶようにお願いしても、聞き入れて貰えませんでしたので。
ちょっと
さすがに四肢の一部分でも切り取られ、おまけに目の前で
そう言いながら、瘦せぎすな男はチラリと、太り過ぎな男を見る。
ああ、つまり彼らの手足は――、
「――ヘェ、そうなんだ。
それってあれよね、つまりアンタらが同じような目に遭っても一向に構わないって事よね?」
構えを取り、
足を踏み出し、
一気に間合いを詰めようとして――隣にいたブレイカーの腕に阻まれる。
「っ――なによ、先ずあんたからヤられたいって話?」
「そのヤるがどういう意味なのかはさて置くとしても――気持ちは分かるがまだだ。あの外道達は最後にはそれ相応の報いを与える。
だがその前に情報が先だ」
ブレイカーは嚙み殺すような声を絞り出す。そもそも嘘臭い笑顔や態とらしい笑い声は聞いても、直接的な感情を見たのは初めてで、一瞬だけ躊躇した。
その本当に一瞬の躊躇に、ブレイカーは滑り込んだ。
「さて――名前がないのがイマイチ話し辛いが、まぁ君ら外道の名前は興味がないんだ。質問がいくつかある。返答次第で、君らが刑務所に入るまでにどれくらい軽傷で済むかが決まるから、覚悟を持って答える事を期待するよ」
「これはこれは手厳しい……そうですな、我らの主人からはある程度の質問はお答えするように仰せ付かっております。答えられる質問には是非答えましょう」
丁寧に見せかけた偽善で答える瘦せぎすな男に、ブレイカーは問いかける。
「その1。君はエヴォリミットを使ったか?」
「YES――ただ訂正を入れさせて頂ければ、私だけではなく、ここにいる3人は全員実験対象者でございます」
予想通りと言えば予想通りだった。
表情、仕草、言動……全てを加算していけばハッキリと分かる。
今までこの薬を使った人間を何人か見ていたが、どいつもこいつも狂人のそれだった。目の前の彼らも例外なく、異常者だ。まともな理性などというものは一欠片だって持っていないと分かる。
そうでなければ、目の前の惨事は起こっていないのだから。
「その2――エヴォリミットとはなんだ? あの薬そのものは無害……というか、毒にも薬にもならない事が分かっいる。何がどうなってそんな風になるのか、是非説明を願いたい」
ブレイカーの言葉に、瘦せぎすな男はまたさらに笑みを深くする。
「なるほど、そこまで分かっていらっしゃるとは、流石世に轟く《査察官》殿。
そうです、あの薬は薬単体では何の効果も発揮しません――必要なのは、被験者個人の〝血液〟です」
「――血液?」
センシティの言葉に、瘦せぎすの男は悦に浸りながら話を続ける。
「はい、血液でございます。
あの薬は被験者の血液そのものを入れる事で化学変化を起こします――どんな個性でも強化するというのは少し方便。本人の血液を入れれば本人の個性を強化する事は可能ですが、それ以外の人間が入れても猛毒にしかならず、血袋が破裂する如くパンッ……となります」
彼の言葉に少々注釈を入れるのであれば、必要なのは血液そのものではなく被験体のDNAだ。そのDNAを取り込む事によって、被験体にしか効果が無い、しかし被験体にとっては個性を強化させる最高の薬に早変わりする。
「ただ当然欠点はあります――脳の著しい変化によって、人の欲望を、その人間の奥底にある願望や気持ちを強化してしまう。
それにより、普通の精神状況の人間が用いれば途端に狂人1人が出来上がるのです。勿論、我々のように普通の人間のように振る舞う事が出来る人間もいる訳ですが」
心底楽しそうに語る。
まるで自分のやってきた事に誇りを感じるように――否、そんな高尚なものでも無い。子供が乱暴に引きちぎった虫の遺体を見せびらかすような、純粋な残忍さと愉悦からくる狂気が、彼をそういう行動に駆り立てるのだろう。
「じゃあ、その3だ……何でここまで話す? 薬の秘密さえも明かして何がしたいんだ?」
エヴォリミットは彼らにとっては生命線とも言えるものだろう。
薬の情報をペラペラとヒーローに話して無事で済むと思っているのだろうか。そんな言葉に、瘦せぎすな男はニタニタ笑いながら答える。
「これも主人の指示で御座います。
それに――これはデモンストレーションです」
そう言うと、瘦せぎすの男は手を広げる。
まるで会場から巻き起こる拍手を一身に受けているように。
「ここには、数十、いえ、私の知らないのも含めますと数百のカメラが備え付けられており、私達被験体VSヒーローの〝死合〟を日本中、世界中の組織、個人が観戦しておられます!!
つまり、この場はエンターテイメント!! 薬の効果はここまで人を変え、強くするのだと言うデモンストレーションです!!!!」
「――見世物小屋、って事ね
――
全ての感覚を再び強化し、周囲を観察する。
カメラがフォーカスを合わせるたり、角度を変える極小さな駆動音。普通の人間には聞き取れないそれを、センシティの耳は逃しはしない。
強化した目で、いくつかそれそのものを見つける事も出来た。
「趣味悪い。ようは各国の敵……いや、下手をすればまともな組織にもアピールして、自分達の立場を磐石なものにすると同時に、お客さんも増やそうって腹かい?」
「全くもってその通り!! ですがそれだけではありませんよ?
ほら、――人間、血と臓物飛び散る死闘というものが大好きでしょう?」
……彼にとっては本気のエンターテイメントなのだろう。
役に酔っている役者だ。二流にも程遠い三流役者だ。
「……良いだろう、どちらにしろここで捕まえる事に変わりはない。
最後の質問だ――お前らのボスは、何処にいる誰さんなのかな?」
「――申し訳ございません、それはお答え出来かねます。
少なくとも、半分は」
瘦せぎすな男は、深々と頭を垂れる。
「ですが敵名だけは教えてあげるようにと、主人から言われております。
彼女の名は――
「男を惑わし、破滅へと導く魔物か……組織の長としての名前としては微妙なところだな」
「破滅の何が悪いというのですか!!?」
ブレイカーの吐き捨てるような言葉に、瘦せぎすの男は怒鳴る。
「破滅とは言わば戦乱と狂気!! 我々の、否、人間の本質に近い状態!!
それを飲み込まずして、この世界の楽しみを定義出来ましょうか!? あぁ、貴方方は何とつまらない人間なのか!! いやいや、人間とも言えない――」
「――ねぇ、もう良いかしら?
妄言は聞き飽きたわ」
瘦せぎすの男の絶叫を、センシティの静かな言葉が止める。
何を言っても無駄なのだ。
目の前にいる男は……いや、こいつらは、話が通じる人間達ではないのだ。脳が変質している以前に、常識や理性というものが狂気の海に溶けている連中なのだ。
そんな者達に道理を言葉で説明したところで理解出来る訳がない。
拳で無理やり、強制的に理解させないと意味がないのだ。
「私はね、そんなクソビッチの事なんてどうでも良いの。その目的も何もかも、どうでも良いの。
問題はねぇ――私の部下を傷付けた。だからアンタらをぶん殴って止める。アンタらは止められないようにぶん殴る。
これってそういう話でしょう?」
「……アァ、その姐ちゃんの言う通りだ、
センシティの言葉に、最初からずっと静観を決め込んでいた筋骨隆々の男が口を開く。
「俺らは戦う、どんな理由があろうとな。それで良いじゃねぇか、良いからとっとと始めよう、こっちは良い加減
「
「悪いが、俺は結末を先に見ちまうタイプでねぇ。変状の趣味は分からないんだ」
憑己と呼ばれた筋骨隆々の男は、地面から剣を抜き、軽々と振り回す。
「良いから自己紹介して殺し合おう――
獅子の咆哮のような雄々しさを湛えた名乗りに、変状と呼ばれた瘦せぎすな男が呆れたように首を振るう。
「これだから俗物は。
――
そして、そこで食事をしている我らがサポーターが、」
そう言うと、太り過ぎの男がのそりと振り返る。
血走った目に、口に着いた血。まるで肉食獣のように獰猛で、鼠のように貪欲な目をしている。
「お――で、
ドモっているのか、それとも舌足らずなだけなのか、まるで壊れたレコードのように話す酸生と名乗った太り過ぎの男がこちらを完全に向く。
「あんたらに名乗る名前なんかないわ――全力で痛い目見せてあげる」
「初めて気が合ったな――僕もだ」
戦いが始まった。
最初に動いたのは、憑己だった。
「いくゼおらァ!!!!
|憑依――脚・虎ぁ、腕・ゴリラ!!」
そう叫ぶと、彼の手足は一瞬で変容する。
腕は黒く短い毛が生え、丸太のように太くなり、鉄板をも楽々と震えるような膂力を備えた。
足にはオレンジがかった黄色の毛並みに黒い縞が現れ、俊敏を手に入れた。
個性《憑依》。
ただ単体の、しかも微妙な動物の特徴しか再現出来なかったその体は、今や百獣の力が宿っていると言っても過言ではない。
そのまま人間では出せない異常な速度と柔軟性で、跳躍し、上段から剣を構える。そのまま振り下ろせば、きっと1人の人間など真っ二つどころか潰せてしまえるほどの力と重量を、その剣は宿していた。
それを受け止めたのは、
「震撃応用――暖簾」
センシティだった。
真剣白刃取りのように両手で剣を挟むように掴み、その衝撃をそのまま足へと逃す。
センシティが受けるはずだった衝撃をまともに受けた地面は隆起し、まるで小型隕石が落下するようにその地面を穿つ。
「ハハァ!! 良いぜ姐ちゃん!! これを真っ向から受け止めたのはアンタが初めてだ!!
アンタ相手だったら、全力で遊んでもお釣りが来そうだ!!」
「ええ、そうね!! 万倍にしてお返しするわよ脳筋!!」
そのまま刃を斜めに逸らすと、まるでばね仕掛けのように脚が跳ね上がり、憑己の脇腹を強かに打ち付ける。
だが、鉄板を仕込まれ強化されている覚のブーツは、脇腹を完全に突き刺す事が出来なかった。タンクトップの上からは分からないが、そこにも何かの動物でも憑依させているのだろう。
「――ホホホッ、女性相手は取られてしまいましたか。これは参った。
ではこちらは男性同士、仲良くしましょう、ブレイカー」
その横で、変状は高笑いを浮かべる。
すでに彼は、人間の姿をしていなかった。
まるでゴムのようにつるりとした表皮、それに包まれているはずの骨は変異し蛇のような爬虫類生物の姿を取っていた。腕が二対増え、槍のように鋭く長細く変異する。さらに、鏃のように鋭く尖った長い尻尾が五本。
彼の個性《骨皮変化》は元々、ほんのチョット体を丈夫にするだけの個性だった。しかも常時個性を使っていないと立って歩く事も、ベッドで座る事も出来ないほど脆弱な体だった。
だが今はどうだろう。
ここまで――強くなった。
「合計11本の長い腕があるって話かぁ。
参ったなぁ、俺は手が2本しかないっていうの――に!!」
急降下する燕を思わせる速度で飛び掛かってくる尻尾を、手に纏った分解の個性の力で吹き飛ばす。
一瞬で、太い生木をへし折るような大きく鈍い音が響くが――直ぐに壊れた尻尾は再生し、ブレイカーに再び襲いかかってくる。
「しかも、再生効果も、ありとか、チート、過ぎんでしょ!?」
尻尾と長い腕の攻撃の雨をギリギリで回避しながら、なんとか必死で隙を見つけようとする。
――その一方では、
「て――ててて、手伝わなきゃ」
脂汗のような何か得体の知れない粘液を撒き散らしながら、酸生はゆっくりと近づいていた。
彼の個性《酸皮》は遠い未来、センシティとブレイカーの息子がクラスメイトになる少女と同じく、酸性の粘液を生み出す個性だった。もっとも、本来の個性は胃液を増やして相手に吐きかける能力で、強力とはお世辞にも言えない。
だが、エヴォリミットが彼を変えた。
まず酸性の液体を皮膚からも出せるようになった。それだけではない、酸性の強さと、粘度を変化させる事により、まるで柔らかい肉のような酸性の疑似皮膚を纏えるようになった。
ゼラチン状の脂肪の着ぐるみ――それは不適切な表現ではなく、本当の事だったのだ。
だが、彼の動きを阻むものがいた。
小さい、だが何発も放たれる貫通弾が、酸生の体に着弾した。
普通の人間であれば肉体にそれなりのサイズの穴を開け、場所によっては即死だって狙えるはずの弾丸……それは着弾した瞬間、溶けて効果を失い、その酸性の脂肪の奥の奥にある本体には影響を及ぼさない。
リビングライフの援護射撃は、あまり意味を成してはいないのだ。
強いて言うのであれば、
「ぁあ?――か、かかかぁ蚊かなぁあああぁ?」
彼の気を逸らし、戦線に加えさせないと言う意味では効果があったと言えるだろう。
敵は3人。
こちらも3人。
狂気と血に飢えた化け物と、それを倒す為に集まった英雄英傑。
宛ら大昔にあった
動物の能力を体の一部分に憑依させることが出来る。
魔女子の使い魔の個性と同じく動物の特徴を細かく知る必要性はなく本人のイメージ優先で再現される為、時々その動物の本来の力を越えることがある。
もっとも、本人の頭が悪いので、バリエーションはそう多くはない。
皮膚をゴム性の強靭なものにし、骨を変形、強化させる事によって様々な形に変形させることが出来る。ただし硬いまま柔軟な動きは出来ず、変化に一瞬のタイムラグあり、さらに変化させ過ぎると元に戻すのが難しくなる為、単純な形になるようにしている。
酸性の液体を生み出し、酸性の強弱、粘度などを変化させる事によって、肉体に纏わせている。その為、単純な物理攻撃を結果的に吸収し、表面は鉄をも数秒で溶かしてしまうほど強力になっている。酸を吐き出す事も出来る。
何層も下に本体があり、本体に近づけば近づくほど酸性が極めて弱くなる。
ここで出しておかないと、多分もう出さないだろうなと言う事で、今戦っている敵の情報です。
我ながら、気持ち悪い奴らが出来ました。この三人割と好きです。
……そしてこの三人を書いている事に興が乗り過ぎて、次回予告回収出来ませんでした!
次回は! 次回はちゃんとやりますから!!
次回!! 今度こそリビングライフお前何持ってんの、腕立てして待て!!
感想・評価心よりお待ちしております。