Girls und Panzer -裏切り戦線- 作:ROGOSS
「ダージリン様……」
オレンジペコはそう呟きながら時計を見る。
長針が12を指し短針が3を指していた。
まだまだ暑さの残る真夏の午後3時。本来ならば、この時間になるとダージリンにお茶に誘われるオレンジペコだったが、あの日以来お茶会には行っていなかった。
私はどうして聖グロリアーナ女学院へ入学したのだろうか? 改めて思い返してみる。
格式高い家の出身であるオレンジペコが、聖グロリアーナ女学院に入学するのは生まれた時から決まっていた。彼女の母も、そのまた母も女性は皆聖グロリアーナ女学院の出身だった。おっとりとした性格の彼女だが、高校生にもなると年頃の少年少女が誰でも感じるように、人生に刺激を求めた。入学前の学校見学でたまたま目にした人物。それがダージリンだった。
戦車道は昔から半ば強制的にやらされていた。だが、どうも性に合わないと感じていた。鉄臭くなり、油まみれになりながらも、やることは敵の戦車を破壊するか自車輌が破壊されるかの2択だけ。なんて非生産的な武道なのだろうと思っていた。
だからこそ、ダージリンの姿を初めて見た時の落雷に打たれたかの如く痺れた衝撃を忘れることができないでいた。
あれほど優雅に戦車を乗りこなすことができるのだろうか? どの生徒も確かに気品のある振る舞いをしているが、あの人は別格だ。私はあの人と同じ戦車に乗りたい……!
かくして入学したオレンジペコは、両親の反対を押し切り戦車道を受講した。
多少なりとも、戦車道の経験があったことや天性の才能とも言える技術でオレンジペコは一年にして、優秀な生徒にのみ贈られる「お茶の名前」を授かった。そして、ダージリンの愛車であるチャーチルの装填手として同じ車輛に乗ることができた。
何かあればすぐに、自分の知識を披露目ようとするダージリンに最初は戸惑ったが、オレンジペコは満足していた。
あの日のダージリンの行動を見るまでは……。
今でも信じられなかった。騎士道を重んじているダージリンが、仲間の救援……それも一度好敵手と認めた「西住みほ」を裏切ったことを。
「それでも、事実なのですよね……」
オレンジペコはため息をついた。
アッサムの表情からすると、彼女も知っていたのだろう。私だけが、あの車内で何も知らされなかったのか……どうして、どうしてなのですか? 私を信用できないというのですか?
ダージリンがとった行動に対しての失望と自分が信用されていないのではないか? という絶望がオレンジペコの心の中で渦巻いていた。
ダージリンに直接問いただしたくても、どのような解答が来るのかわからず怖くて聞くことができないでいた。
再びため息をついた時、ノックの音が聞こえた。
「ダージリン様ですか?」
返事はない。仕方なく、オレンジペコは扉を開けると、意外な人物が立っていた。
「お邪魔だったかしら?」
「ローズヒップさん……どうしたんですか?」
「少しお時間よろしくて?」
「えぇ、どうぞ」
オレンジペコが返事をすると、まるで何かに隠れるようにローズヒップはオレンジペコの部屋へ滑り込んだ。
「何をそんなに慌てていらっしゃるのですか?」
「……この部屋にはオレンジペコしかいないのですよね?」
「それは……もちろん」
一人部屋としてはやや広めだが、ベッドは一つしかなく各家具も一人用の物しかない。
ローズヒップさんは、何を考えているのでしょうか?
普段から、聖グロリアーナ女学院の生徒にしては落ち着きの無い姿や行動的過ぎる様子をダージリンに注意されている彼女だが、今ほど何を考えているのかわからない時はなかった。オレンジペコが不審そうに見ていると、ローズヒップは安心からなのかため息をついた。
「オレンジペコ! 単刀直入に聞きますわ! ダージリン様のあの行動をどうお思いで?」
「それはあの日の……」
「もっちろんですわ!」
答えられなかった。別に気にしていない、ダージリン様は間違っていない。そう答えられない自分が悔しかった。そう答えさせてくれないダージリンが恨めしかった。
オレンジペコの心境を感じたのか、ローズヒップは悲しそうな顔をした。
「残念ですが、私はあの行動を納得できることができませんわ。オレンジペコもそうなのでしょう?」
「私は……」
「正直に言って頂きたいですわ」
「……私もあの行動は」
「だったら、償わなくてはいけませんわ」
「償う?」
オレンジペコの頭の上にクエスチョンマークが浮かぶ。
ローズヒップはクシャクシャになった紙を取り出すと、オレンジペコに差し出した。
「これは……」
書いている内容を端的にまとめると、あの日の清算として力を貸してほしい、というものだった。差出人の名前は、冷泉麻子となっている。
「アンコウチームの操縦手の方ですわ。私、密かにあの方の操縦技術に憧れていましたの」
「すごいですものね」
「……私は清算したいですわ。私は……何もできなかった自分を悔いていますの」
あなたもそうでしょう? ローズヒップが言葉を続けた。
「ですから……一緒に行きませんか?」
「一緒に行く?」
「えぇ、既に同じ気持ちの生徒は集めました。オレンジペコ、あなたが来れば他の一年生も来てくれるでしょう」
「私は……」
一瞬の迷い。行くべきか行かぬべきか。
浮かんだのはあの言葉だった。
『イギリス人は恋愛と戦争では手段を選ばないのよ?』
あぁ、私はどこかでダージリン様を許せていないのですね。
「わかりました。私もお供させてください」
オレンジペコはゆっくりと頷いた。