Girls und Panzer -裏切り戦線-   作:ROGOSS

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次週、最終回となります。
ですが…31日ないしは1月1日に更新できるかは、やや怪しいところがあります。
来週の更新がない場合は、再来週の週末に更新をする予定です。
よろしくお願いします。


決着

「ご機嫌ようペコ……さて、私をどうするつもりなのかしら?」

 

 震える声でダージリンはオレンジペコへ質問を投げかける。ハッチから見えるダージリンの小ささに、オレンジペコは心のなかのどこかが、欠けていくのを感じた。戦車内が狭いから、ダージリンが小さく見えるわけではない。

 聖グロリアーナの象徴として、目標として、尊敬すべき人として見てきたはずの彼女の今の姿は、気品の欠片など一切感じさせない、ただの人でしかなかった。

 本来なら当たり前の話である。どれだけ表面を覆い隠すことができたとしても、人は個人の持つ器以上の存在になることはできない。しかし、初めてダージリンを見たときからオレンジペコは、その当たり前のことを忘れていた。だからこそ、「裏切り」という卑劣な手段を選んだ彼女を許すことができなかった。

 

「ダージリン……様……」

 

 息が苦しい。言葉を発することさえも難しい。胸の中が搔き乱される。呼吸が次第に荒くなっていく。視界が歪み、立っていることが困難になる。

 これはいったいなんだ……?

 オレンジペコは必死に考えた。ダージリンに何かされたわけではない。ただ彼女の姿を見ただけだ。彼女の本当の姿を見ただけだ。

 あぁ、そういうことか。

 オレンジペコは一人納得した。今まで自分が追い求めてきたものは、金メッキで塗りたくられた偽りの輝きでしかなかったのだ。否、そうではない。己を極限に追い込み、求められる演技をし続けた傀儡でしかないのだ。人形としての本性を現したダージリンを見て、私の理想は粉微塵に破壊されたのだ。

 だが、ダージリンを恨む理由にはならない。彼女が必死になって皆を引っ張ろうとする姿に、彼女が苦しみながらも本当の自分を隠していることに気が付けなかった、己が悪いのだ。誰よりも近くいて、誰よりも多くお茶を注いできた自分が一番の無知蒙昧(もうまい)だったのだ。

 

「ダージリン様……」

 

 怒りが霧散する。代わりに湧き上がるのは、涙。堰を切ったかのように溢れ出す涙によって、オレンジペコの視界は歪んでいく。

 突然のオレンジペコの変容にダージリンは驚きを隠せないでいた。どのような時でも自身の弱みを見せないダージリンが、動揺を隠せないでいることにオレンジペコの中で完全に何かが破壊された音がした。

 ダージリン様、本当には弱いお方なのですね。私が必ずお守りします。

 

「私が必ずお守りします……」

 

 この時のオレンジペコの言葉の意味を、ダージリンが本当の意味で察することはできなかった。

 

〇 〇 〇

 

 Ⅳ号が態勢を立て直し、砲塔をティーガーへと向ける。狙いは正面装甲のウィークポイントの一つである砲塔の付け根部分。

 

『みほ……!』

「お終いだね、お姉ちゃん。Auf Wiedersehen!(さようなら、親愛なる人よ)

 

 勝った。みほは確信した。履帯を完全に破壊されたティーガーⅡに躱す手段はない。まだ装填も終わっていないはずだ。まほさえ撃破してしまえば、あとの者を倒すことなど赤子の手をひねるよりも簡単なことだ。

 残念だよお姉ちゃん。私をわかってくれていると信じていたのに。お姉ちゃんも、正しい世界は嫌いなんだね。

 みほはティーガーⅡから白旗が上がるのを待ち続けた。

 数秒、数十秒と時間が過ぎる。しかし、Ⅳ号から砲弾が発射されることはなかった。

 

「どうしてっ!」

 

 キューポラから半身を乗り出していたみほは、車内の仲間に叫んだ。

 僅かな沈黙の後に、仲間からの言葉が返ってくる。

 

「みほさん……私は、あなたの行動は正しいと思ってきました。正しいと思い、ここまでついてきました。ですが……今のあなたはみほさんじゃありません」

「みぽりん。私、みぽりんが怖いよ。みんなを扇動して……まるで、何かに取り憑かれたみたいに……」

「西住さん。学校を想っていた気持ちは、今も本当にあるのか?」

「西住殿。お終いにしましょう。みんなの期待を背負う必要はもうないのでありますよ」

「嘘……」

 

 嘘という言葉が零れる。

 視界が反転する。私はまた裏切られるのか? 共に立ち上がった仲間にすら裏切られるのか?

 みははユラリと立ち上がるとⅣ号から放れていく。

 足元が覚束ないのは、裏切られたショックからによるものなのか? それとも仲間の言葉によって目を覚まし、己が何をしてきたのかを自覚したからなのか?

 感情が渦巻き、新しい感情を生み出していく。生み出された感情は再び渦となり。新たな感情の糧となる。

 怖い。誰かのために生きてきたのに、それが誰のためにもならず、あまつさえただの我が儘であったことを認めるのが怖い。認めてしまえば、私の周りには誰もいなくなってしまう。孤独が私を押しつぶそうとするに決まっている。

 みほはふとⅣ号に目を向ける。華も麻子も沙織も優花里も、神妙な顔つきでみほを見ていた。その後方では、黒いパンツァージャケットを着たまほがゆっくりと近付いてきている。

 

「そんな目で私を見ないで! 私は、私の大切な人を守りたくて……大洗女子を守りたいだけなの……」

「ごめんね、みぽりん。みぽりんが壊れるまで気付けなくて」

 

 違う。

 

「西住殿。申し訳ないであります」

 

 違う違う!

 

「みほさん。繊細な心の持ち主であることを知りながら……私は頼りすぎてしまいました。ごめんなさい……」

 

 そうじゃないよ。私が本当に欲しい言葉は……

 

「西住さん。もう、いいんだよ。肩の力を抜いていいんだ」

 

 どうして見当違いなことを言うの? もう一度、一緒に戦車に乗ってほしいだけなのに。私が言ってほしい言葉はそれだけなのに、どうして……。

 声にならない言葉が、吐く息と共に流れ出す。カヒュカヒュとそれは、到底言語としては認識できない音だったが、それを聞いた誰もが思わずみほから目を背けた。

 私から目を逸らすんだ。私から、逃げるんだね。

 

「やめろ、みほっ!」

 

 みほの意識が飛んでいく。

 最後に欲しかったのは、一緒にいる場所と時間。戦車に乗る機会だけだ。大洗女子学園は、私にとって居心地のよくて、皆にも必要な場所だと思ったから、それを奪う人を許せなかった。それだけなのに。 

 

「もう、疲れちゃったよ」


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