Girls und Panzer -裏切り戦線- 作:ROGOSS
では、こちらの戦いがどうなったのか……気になりませんか?
『ダージリン! これより黒森峰は離脱するわ!』
「な、あなた何を言っているかわかっているの?」
『ここの問題はあなたのものでしょう? あなたの手でどうにかしなさいよ』
「……くっ」
エリカからの通信を受け、ダージリンは叩きつけるように無線機を放り投げる。
珍しく感情を露わにしているダージリンにアッサムは驚いたように目を丸くした。
二日目の開戦と共に奇襲を仕掛けてきたクルセイダー部隊を追って島の南側へと誘い込まれた黒森峰、聖グロリアーナ連合は、まんまと敵の待ち伏せに遭っていた。
連合軍12両に対して待ち伏せしていた蜂起軍は18両。
質でこそ、足の速いクロムウェルや鬼のような装甲を誇るチャーチル、攻撃力の高いティーガーを運用している連合軍のほうが優勢だが、地下道を使い神出鬼没な奇襲をしかける蜂起軍の戦いに完全にペースを持っていかれていた。
1両撃破するたびに3両撃破される。
このままでは勝てない。そんなことは火を見るよりも明らかなことだった。
しかし、ダージリンには退けない理由があった。
初日に続き、二日目まで蜂起軍の戦いに屈服し退却したなどと知れた時はどうなるだろうか? 烏合の衆であるはずの蜂起軍に、日頃練習を重ねている正規の戦車道が勝てない。
その噂が聖グロリアーナのOG会の耳に入った日には、どうなることか全く想像できない。文部科学省にしても、今回の反乱とそれを抑えることのできない無能な戦車道受講者たちを一掃できるチャンスを与えてしまうだけである。
まさにそんな時だった。
後方に控えていたはずの黒森峰が戦線離脱を宣言したのは。
彼女たちがどこへ進もうとしているのかはわからない。少なくとも、おめおめと逃げるのではないようだ。行く方向から察するに、側面から旧元山基地を襲撃するつもりなのだろう。
敵を叩くなら、本丸を叩く。力にものを言わせる黒森峰らしい戦いだ。
だが、この状況での戦力の減少は致命打になりかねない。必死の説得もむなしく、ティーガー戦車の背中は遥か遠くへと遠ざかっていた。
残された戦力は大破したチャーチル2両とクロムウェル2両。かろうじて応戦できるマチルダ3両に比較的傷の浅い残りの8両。
勝てない。このままではジリ貧なだけだ。
「追い詰められたネズミは猫すら噛むのよ……! 私たちはネズミになったつもりはありませんがね」
「ダージリン……?」
アッサムの訝しむ目を無視して、ダージリンは放り投げた無線機を拾い上げる。
「動ける車両は私に続きなさい。チャーチル隊前へ。このまま戦端を開くわ。砲撃に屈しなどしない。アフリカ戦線でも我々英国はめげずに戦い続けたのですから! 戦車、前進!」
『聖グロリアーナのためにっ!』
本来なら鈍足のチャーチルであるが、戦車道の規定に乗っ取りエンジン回りが多少なりとも改善されていた。
チャーチルが傷ついたマチルダやクロムウェルを囲むように楔形で進撃を開始する。
一糸乱れぬ姿は絶賛に値するものだろう。
なれど、今は試合という名の死闘の真っただ中。どれだけ綺麗な陣を組もうとも、力無きものが淘汰されるのは自然の摂理。ゆえに、蜂起軍の真っ向から立ち向かう砲撃にいかにチャーチルといえども、徐々に撃破されていくのは当然のことだった。
『2号車撃破されました!』
『5号車履帯破損! 戦列を離れます!』
「ダージリン! これ以上は無理よ!」
「駄目よ……ダメなのアッサム。私はこの難局を乗り切らなくてはいけないの……!」
「ダージリン!」
「前方より黒いマチルダが接近中!」
そのマチルダに誰が乗っているかは直感で分かった。
間違いない、オレンジペコがあそこにいる。
だけども、マチルダではチャーチルを倒すことはできない。やけになったわね、ペコ!
「砲撃用意!」
アッサムは何か言いたげな顔をしながらも、スコープを覗き込む。マチルダとの距離は大してない。アッサムの腕ならば間違いなく命中させることができるだろう。
「攻撃開……」
突然の横からの衝撃を受け、ダージリンがカップを落とす。試合中であろうとも紅茶を零さないことが自慢であった彼女にしては珍しいことだ。
横から衝突してきた戦車はそのまま、ゼロ距離による砲撃を開始する。ちょうど砲塔の真横にぶつかったせいか、回転装置が壊れ砲塔を動かすことはかなわなくなっていた。
ダージリンは覗き窓から衝突してきた犯人を見る。
黒いクルセイダー。こちらも間違いようがない。こんな無茶なことをするバカもまた一人。
「ローズヒップ……!」
「ダージリン様っ!」
操縦手の悲痛の叫びと共に更なる衝撃がチャーチルを襲う。今度のは砲撃だ。それも、マチルダからではない。
「ティーガー戦車!」
アッサムが砲撃の正体を告げる。マチルダの後ろに隠れていた黒森峰離反組による一斉射。チャーチルから勢いよく白旗が上がり、完全に行動不能となる。
「ここまで……のようね……」
脱力するダージリンを見て、アッサムは絶望の色を浮かべ、操縦手と装填手は泣き始める。装填手にしてみれば、やっとの思いで隊長車に乗れたというのに、こんな戦いに付き合わされさぞいい迷惑だろう。
チャーチルのキューポラが開け放たれる。緊急の場合に備えて、撃破された車両のキューポラは外部からでも容易に開けられるようになっていた。
光と共にダージリンの目に飛び込んできたのは、濁った瞳をしたオレンジペコだった。久しぶりの再会。何か気の利いたジョークや格言でも飛ばすべきなのだろう。
「濁った瞳。一体、どうしたの?」
そう思ってはいたが、口から出たのは悲しみとも罵倒ともとれるなんとも間抜けな言葉だった。
それを聞いたオレンジペコは笑顔を作る。どこまでも悲しみと怒りが感じられる、悲痛なものだ。
「お迎えにあがりましたよ、ダージリン様」