Girls und Panzer -裏切り戦線- 作:ROGOSS
「ん……?」
視界の隅で、コソコソと会話をしているグループを見かけ、まほは声をかけようとする。
「もうす……」
だが、その顔ぶれを確認するとまほは声をかけるのをやめた。
同じ学校の仲間で話し合っているのならまだしも、他校同士の会話に割って入ることは好ましくなかった。
同じ中隊で集まっているんだ。きっと、作戦会議なのだろう。
まほは気にすることなく、目の前にいるみほに声をかけた。
「みほ」
「お姉ちゃん……」
「不安か?」
ひとたび戦車に乗れば堂々とする妹も、さすがに緊張の色を隠せていない。
こんな小さな体なのに、学校の運命を背負っているなんて……みほ、お前は強いよ。だから、自信を持ってほしい。
まほは、みほの頭にそっと手をのせた。小さい頃からそうすることで、みほが落ち着くことを知っていたからだ。案の定、みほも落ち着いたらしくありがとう、と小さくつぶやいた。
「みほならできるさ」
「うん、わかったよ」
「隊長早くしてくださいよ!」
エリカが不機嫌そうに怒鳴った。
「行っていいよ。私ももう行くから」
「あぁ、任せたぞ」
飛び切りの笑顔が返ってくる。
それがまほが見た、みほの最後の笑顔だった。
●○●○●○●
「アンツィオから連絡来ました! 敵車輌は依然として接近しているとのこと。みぽりん、どうする?」
「あの丘を越えたら砲撃戦になると思うの……麻子さん、ゆっくり前進して」
「わかった」
「まほ隊長、いけますか?」
「いつでもいいぞ」
大きく息を吸う。
戦車に乗っているとき、私はわがままになる。私の思い通りに部隊を動かしたい衝動に駆られる。同時に、どうしようもない責任感に押しつぶされそうになる。それでも負けたくない、この試合には負けられない。
「
大洗・黒森峰連合軍が一斉に進撃を開始する。
予定では数秒後には、大学選抜チームの左翼攻撃部隊と接敵するはずだ。
思わず拳を握り締める。
本当は心配で、不安で、緊張で、この場から逃げてしまいたかった。もう一度学校を救えるか不安でたまらなかった。
キューポラからTigerIの姿が見えた。
そうだ、一人じゃない。心強い仲間がいるんだ。だから、私は戦える……!
「丘を登り切ります!」
優花里の報告を受け、再びキューポラを覗いたみほは絶句した。
「全車停止! 砲撃開始してください!」
とっさの出来事でありながら、みほは正確に指示を下した。
だが、時すでに遅し。十数輌のみと考えられていた大学選抜チームの左翼攻撃部隊であったが、実際には全車輌いるという予想外の出来事に対応できるはずもなく、大洗・黒森峰連合は次々と白旗を上げていった。
「ダージリンさんに連絡を! 支援砲撃を!」
「だめだよみぽりん! 連絡とれない!」
「そん……な……」
「弾薬庫が誘爆しそうであります!」
「いったんここから逃げます!」
方向転換しようと、Ⅳ号が後退する。
みほの顔に明らかな動揺が浮かぶ。
「カモさんチーム大丈夫!?」
「左履帯破損! 走行不能であります!」
「砲塔旋回装置に異常発生! 狙いが付けられません!」
「西住さん、動けない」
「どうして……」
小さな拳を握りしめ、みほはつぶやく。
どうして、どうしてなの……どうして裏切ったの? なんで、私たちはこんなところで……。
後ろを振り向く。
頼もしいと感じた、仲間だった彼女たちは、そこにはもういない。
『すまん、みほ。やられてしまった』
「お姉ちゃん……」
『アンツィオもやられてしまった。すまない、西住』
「アンチョビさん……」
Ⅳ号の車体に立て続けに砲撃が当たる。
車輌が揺れるたびに沙織は悲鳴を上げた。
麻子は必死に操縦桿を動かし、優花里は砲弾を抱え、華は照準を合わせようとしていた。
鈍い音を立てながら、車体がグラグラ揺れ続ける。
私がもっとちゃんとしていれば……。
みほは自分を責める。
そんなことをしても何も変わらないことはわかっていた。
いま必要なのは、この絶望的な状況から抜け出す打開策を考えること。
だが、今のみほに打開策を考えるだけの冷静さも気力もなかった。
信じていた仲間が裏切る。
これほどまでにみほにダメージを与えるものがあるだろうか。
「私たちはここで……」
みほがそう嘆いたとき、Ⅳ号の白旗が勢いよくあがった。
「あ……」
●○●○●○
「ダージリン様……?」
「どうしたのかしら?」
「大洗からの支援要請が来ていますが……?」
「何の話かしら?」
ダージリンの返答に、オレンジペコは驚く。
隣ではアッサムも素知らぬ顔のまま紅茶をすすっていた。
通信機からは、ローズヒップの抗議の声と沙織からの支援要請がひっきりなしに鳴っていた。
「アッサム、通信を切りなさい」
「わかりました」
「ダージリン様!」
さすがに見ていられなくなり、オレンジペコが立ち上がる。そんなことはお構いなし、とでも言っているのか、優雅に紅茶をすするダージリンのことがひどく腹立たしく思えた。
何を考えていらっしゃるの! 救援を無視するなんて!
再び声をあげようとした時、ダージリンはカップを置くと笑みを浮かべた。
次に発せられた言葉を、オレンジペコが生涯忘れることはなかった。
「イギリス人は恋愛と戦争では手段を選ばないのよ?」
●○●○●○
「おかしいわね……」
ノイズを発し続ける通信機をケイは叩いた。
先ほどから、サンダース校以外との連絡が取れないでいた。
「ナオミ、アリサ。そっちはどう?」
「私も取れないわ」
「ケイ」
アリサの深刻そうな声色にケイは、どうしたの? と答える。
「降車してください」
「What!?」
「今すぐ降車してください。全員降車です! さもなくば撃つわよ!」
「な、なに言ってるのアリサ」
「いい加減にしろ、何か変……」
文句を言っているナオミのFireflyの白旗が上がる。
この時、ケイは初めてアリサが本気だと感じた。
余計な隊内のいざこざで、みほに迷惑はかけられないわ……ここで、私たちがアリサに応じれば……。
「いったい、どうしたのよ……」
ケイは仲間のことを思い、降車した。
●○●○●○
「ニーナ! 今すぐ砲撃ポイントを変えなさい!」
「わ、わっかたべさ!」
カチューシャに言われた通り、ニーナたちは砲撃ポイントを変える作業に入った。
「重いし、おっせーなぁ……」
「にしても、この方角は大洗がいるんじゃ」
「そうだべな……まぁ、あのちびっこ隊長のことだべさ。何か策があるんだべ」
「そ、そうに決まってるべな……」
二層に分かれている砲弾を詰める。
狭い車内に、幾分か余裕ができた気がした。
アリーナは扉を閉めると、砲手に装填完了の合図を送る。車輌が倒れてしまいのではないか、と思わせる振動と音と共に榴弾が発射された。
彼女たちはこの時、何を撃ったのかを知らされていなかった。
●○●○●
「西住ちゃん、仕方ないよ。相手のほうが一枚も二枚も上手だったんだよ……。それに……まさかうちらがやられた瞬間、みんな降伏しちゃうなんてね」
「……」
杏はそう言うと、大泣きする桃を連れて去っていった。生徒会全員の顔に悲しみと怒りの様子が浮かんでいることを、みほは見逃さなかった。血がにじむほど、手を強く握る。
大洗・黒森峰連合の全車輌の白旗が上がったすぐ後、前代未聞の一斉降伏が行われた。
その様子をみほは、ただ茫然と眺めているしかなかった。
撃ち取られた者がその降伏にとやかく文句を言う資格はなかった。大隊長が撃ち取られたがゆえの降伏、と言われてしまえばどれだけ理不尽であろうと筋の通る話として認めざるを得ない。
モニターに映る他校の選手を見る。何人かは申し訳ないという表情を浮かべているものの、数人の満足した顔を、みほは許すことができなかった。
「みほ……すまない。私が気が付いていれば」
まほは後悔していた。
モニターに満足げな顔で映る彼女たち。あれは間違いなく、試合前コソコソと話し合っていた面々であった。あの時からすでに、彼女たちは裏切りについて考えていたのだ。
あれにさえ気が付いていれば……。
ゆっくりみほへ近づく。やがてみほは顔をあげると
「大丈夫だよお姉ちゃん……。私がしっかり償わせてみせるから」
富士の草原に一人の鬼が産まれた瞬間だった。