Girls und Panzer -裏切り戦線- 作:ROGOSS
何故でしょうか?
「海岸までの距離、残り400です!」
「全車輌エンジンスタート。天音隊長、間もなく上陸を開始します」
『くれぐれも気を付けてくれ。死傷者ゼロ。これが最大の目標だ』
「了解しました」
硫黄島近海の静かな海に、18隻もの上陸用舟艇が接近していた。
第二次世界大戦時に使用されていたものよりも、エンジン回りが改造され、一回り大きなサイズになった舟艇はM4戦車を2輌乗せていた。
海岸までの距離は目に見えるほど縮まってくる。白い砂浜のすぐ先には、侵入者を拒むかのような天然の崖がそびえ立っていた。
元山周辺に進行するには、必然と砂浜を左右どちらかに進むルートを取らなくてはいけなかった。どちらを取ったほうが、より安全に作戦を遂行させられるか。副隊長の手腕が試される場だった。
しかし、そう簡単にいかないのが世の常。
アメリカ製の上陸用舟艇にアメリカ製の戦車。まるで、私たちは第二次世界大戦時のアメリカ軍のようね。どちらが正義なのか悪なのか……。
そんな皮肉めいた冗談を思い浮かべていたその時だった。
突然、海上に水柱が上がった。一本や二本ではない。
数隻の上陸用舟艇は直撃を受けたらしく、その動きを止めたまま海上に漂い始めた。
「状況報告を!」
『発砲を確認! おそらく崖の上です! 奴ら、こちらを狙ってきています!』
『ホーランド3、4、8の上陸用舟艇に被弾! エンジン部分より引火を確認! 現在、強襲舟艇を放棄し脱出しています!』
「海岸までの距離は!」
『残り200です!』
「……ギリギリ行けるか……! 全部隊に通達。速やかに発進せよ。この先は比較的浅瀬になっているはずだ。第二次世界大戦の遺物をそのまま使っているわけじゃないんだ。改造M4なら、十分に行ける距離のはずだ」
『
副隊長は自車のM4に乗り込むと、操縦手に発進するように伝えた。
改造されたM4は、渡河や湿地帯での運用も想定されているため、短時間ならば水陸両用戦車のような扱いが可能となっていた。
そうだとしても、これは賭けに変わりはない。
頭上からの砲撃を躱しながら、200mもの先にある海岸へ上陸しなくてはいけないのだ。仮に上陸に成功したとしても、砲撃という脅威が残ったままだ。
『第二射来ます! だんちゃーく!』
戦車内に凄まじい衝撃が走る。
陸の上では無敵を誇る鋼鉄の牙であっても、水の中では鉄の棺桶にしかなり得なかった。
通信機から入る被害状況を、副隊長は顔を
やがて、車体がフワリと浮くと履帯が景気良く動き始めた。
「生存報告をしろ。何とか自力で浜まで泳いで来い……」
完全にやられた。何が正々堂々と戦うだ。そう言うのならば、こちらが上陸するまで攻撃などするものか。本気で殺しに来ているみたいじゃないか……。
「まるでこれは、戦争だ……」
副隊長の言葉に車内は凍り付いた。
戦争。言葉だけならば何度でも聞いたことがある。しかし、一度として体験したことはなく、むしろ好んで体験したいとは思えない人類最大の汚点。
洒落にならない。
何がアメリカ軍みたいだ。奴らは完全にこちらを殺しに来ている。保護を目的として動いていては、こちらが殺されるだけだ。
天音へと通信を入れようとするも、何故か繋がることはなかった。
砲撃の衝撃によって通信機が壊れてしまった、などと安易な考えをせず原因を調べていれば……と副隊長が後悔したのは、しばらく後の話だ。
上空からの砲撃は止んでいたが、代わりに通信機を失ったホーランド部隊は統率を失っていた。
目の前で仲間が死に追いやられる。その元を作ったのが、たとえ高校生であろうとも許すことはできない。WTFC隊員は任務のために作られたサイボーグではない。
ゆえに、冷静な判断力が欠けていた隊員の数名が、浜辺の横から現れた黒いM4を見ると、突撃をし始めたことに副隊長が気が付くのが遅れてしまった。
「待て! 迂闊な行動は避けろ!」
ハッチから顔を出し叫んだ副隊長の耳に聞こえたのは、爆発音だった。
決して黒いM4が発砲したわけではない。その数十メートル手前で、M4から突然爆発が起こった。
「対戦車地雷……」
理解するまでに長い時間は必要なかった。
彼女達はまんまと策に嵌められたのだ。最初から、西住みほはまともに戦う気などなかった。
砲撃で上陸地点を絞らせ、あらかじめ設置しておいた地雷原で身動きを封じる。
恐ろしくなった。あれだけ意気込んでいた隊員の誰もが、その手際の良さに恐怖した。
「これが……裏切られた者の末路……修羅となった女の采配……」
逃げたい。逃げ出してしまいたい。一秒でも早く、この島から出て行きたい。
この島の空気を吸うたびに、自分の魂が削り取られていくような錯覚に襲われる。この島は、地獄となっているのだから。
崖の上にT-34-85やパンターといった中戦車が現れ、砲塔をこちらへ向けた。
副隊長は、人生で初めて死ぬかもしれない、という恐怖を味わった。
これは始まりではない。前座にも過ぎない。
これからが本当の地獄であり、復讐なのだから。
貴様は贄になるのだ。
聞こえた声はどこか甘く、そして戦慄するほど冷たいものだった。