高校1年生とは、どんな時期なのだろう?
机に置かれたまっさらな原稿用紙をシャーペンの先でコツコツしながら、ぼんやりと考える。
新しいものにであう時期? 何かを始める時期かな?
そうかもしれない。
でも、大きな視点で見たとき、つまりは高校1年というものが人生全体にどう関わってくるのか? と考えたとき、高校生活の最初の1年なんてほとんどあってないようなもののような気もする。
この学校の生徒だって進路に関わることはせいぜい2年生くらいからだろうし、私だってそのつもりだ。
つまるところ、この1年をどう過ごしたって未来の私にはなんら無関係なんじゃないだろうか?
まぁ、なにか特別なことを始めたなら、その限りじゃないのかもしれないけどね。
では今回、この『高校生活最初の1年に期待していること』というテーマの作文を書くにあたって、私が私の高校生活に望んでいるものとは?
この1年がどうやって過ぎれば、私の記憶に大切なものだったとして残されるのだろうか?
わからない......。
自己を省みるというのはどうも昔から上手くできなくて困る。
とりあえず、好きなコトだけやってるだけではいけないんだっては思う。なにかに挑戦するのも良いだろう。
でも同時に、キツいことはヤだなぁ、っていう思いもある。
やってみたいことも特にない。そもそも、私のやりたいことは、突発的に思い浮かぶコトばかりなので、1年以上も継続できる気がしない。
考えてみると、私はずいぶん無気力な人なのかも。と少し自己評価を下方修正してしまう。
もっとも、意欲やら向上心やらはここ最近の学校生活に奪われたんだけど......。
はぁ......。もういいや、そこまで深く考えるものでもないし、当たり障りのない文章を書いて提出しよう。
少し黒鉛の点が目立ちはじめた原稿用紙は、ようやく本来の用途に沿って空欄を埋められはじめる。
並べられていく文字に気持ちが乗ることはないが、あるていど文法語法に気をつけて脈絡が通ってれば少なくともマイナス点はつけれまい。
完成できれば、の話なわけだが......。
「はい、そこまで。原稿用紙を前に提出してくれ」
3行ほど書いたとこで、国語担当の平塚静先生の声が聞こえた。
同時に、大半の生徒が席をたって、教卓に用紙を出しにいく。
どうやら、かなりの時間考え込んでいたみたい。少しヘコむ。
「書き上がってない人は今日中に書き上げて提出だ。職員室にいるだろうが、もしいなかったら私の机に置いておいてくれ。......ん?二宮もまだなのか?」
そんな『主席の癖に』が間に入ってきそうな口調で言わないで欲しい。
私はそこまで万能じゃないんです。
「あー......ハイ。少し悩んでしまいまして......。今日中には提出します」
「そうか。まぁ、そういう時もあるだろう」
「デスネー」
私のテキトーすぎる返事を、ハハッ、と笑って流してくれる先生。
毎回思うけど、この教師はなんだかカッコいい。
こういう人を、器が大きい、なんて形容するのだろう。女性なのにタキシードが似合いそう。
女性なのに........おっと、睨まれた。勘がいいのかな?
さりげなく目をそらした。
「他に提出する者はいないな? それでは少し早いが終わるとしよう。日直、号令を」
こうして、本日の最後の授業が終わった。
ーーーーーーーーーー
放課後に入ってすぐに私は、HRで担任が熱いお話をしている間に書き上げた作文を手に職員室を訪れた。
平塚先生がいない.....。
キョロキョロと入り口にたって見渡すけど、お目当ての白衣の国語教師は見当たらない。
仕方ないので、言われたとおり先生の席に置いて帰ろう。
早く出ないとまた面倒なことになるし。
「お!二宮じゃないか。どうだ調子は?しっかり勉強してるか?」
ある先生に捕まった。ここ最近、私の気力を奪っていく元凶の一人だ。
フラグ回収が速すぎる......。
「こんにちは、センセー。さすがに高校の勉強は難しいですね。毎日がたいへんです」
自分のことを過信しているでもなく、努力の痕跡を漂わせてみた。 我ながら、完璧な返答だと思う。
これで満足して立ち去ってほしいな。
「ほう。それなら前にも言ったと思うが、特別講義でもやってやろうか?」
ダメでした......。
"そうですね。以前にも言われましたよ、何度もね。その度に断っているんですけどね"なんて言ってしまいそう。
この先生は国際教養科である1年J組の担任で、教育熱心というか、熱意に満ちているというか、良い生徒を育てるのに熱狂的というか......つまりは色々暑苦しいのだ。
入試の成績が良い生徒を特別授業に誘ったり、逆に悪い生徒の悩み相談なんかもやっている。
悪い教師ではないのだろう。少なくとも勉強に意欲のある生徒が多い総武生の間ではそれなりに評判が良い。
ただ、なんにでも例外というものはあるわけで、私の中でのこの先生の印象は残念なものだ。
だいたい、担任でもなければ、私が受ける授業の担当教師でもないのにどうしてこんなに絡まれる必要があるのか。
そんなに主席入学生に教鞭を振るえないのが不満なのか......。
「いえいえ、大丈夫ですよ? 先生の手を貸していただくほどじゃないですから」
「そうか? 少しでもわからないことがあるのなら、ちゃんと聞いておいたほうがいいぞ?遠慮したらダメだぞ?」
「は、はい、わかってますよ......」
「解ってる、って思ってても思い違いがあったりするものだからな。復習もしっかりやらないといかんぞ?基礎問題だからって適当に解いてて大学入試で痛い目みた卒業生も何人もいるからな」
「...........はい」
やっぱり暑苦しい......。
「...先生。お話し中すみません」
突然、私の背後から声がかかった。振り返ると白衣の国語教師がたっていた。
「二宮は私が用があって来させたのですが......そろそろ、連れていってよろしいですか?」
助かった......。
「お待たせしました。これ今日の授業での作文です」
ようやくの解放に安堵しながら、平塚先生に作文を提出した。
「ああ。ご苦労様。確かに受け取ったよ......それにしても、ずいぶんと苦労していたようだな?」
表情に疲れが露骨にでていたようだ。
苦笑しながら作文を受けとる先生。
「ハハハ......」
元気のない笑い声がでてしまう。
否定はできないが、職員室で余計なことは言うものではないから態度で示すしかないのだ。
「フッ......まぁ、これも身から出た錆というヤツだ。もうしばらくはがんばりまえ」
私の作文に目を通しながら、平塚先生は励ましてくれる。
でも、少し納得いかない。
「身から出た錆、ですか?」
聞くと先生は、さも当然のことだと言わんばかりの態度をとりながら答えた。
「それはそうだろう」
「部活もやらず、勉強に力をいれているわけでもないなのに中学までの学力はある生徒というのは、教師からみれば『勿体ない』の一言に尽きてね。どうにかしたくなるものなのさ」
「......平塚先生もですか?」
「それはもちろん。......あ、こら。そう警戒するな。君の気持ちは蔑ろにしないとも」
この先生が生徒の気持ちがわかる人で良かった。心の底からそう思った。
「しかし.....アレだな。常々思うのだが、君は本当によくわからない生徒だな」
「よくわからない、って......」
突然、教師らしくないことを言う先生。
少し驚いてしまう。
「言葉のとおりだよ。二宮紗耶という生徒がどういう人物なのか、それが解らない」
「............」
「この作文にしたってそうだ。読むものを感動させるような文は、筆者の人柄に良い印象を持てる。 あからさまに手を抜いているなら逆に、”そういうヤツなんだな。”って思えるのだが......この作文は文法的にも、構成的にもよくできているし、心情表現も入っている。 それなのに君の本質は微塵も読み取れない。......最近、すごい個性的な作文を評価する機会があったから、余計にそう感じるよ」
「えっと、...私はどうしたらいいんですか?」
「まぁ、今ここで君がポリシーなりなんなりを言ってくれるなら、この件はそこまでなんだが.......強要はしない。そもそも、ただの世間話の類いだよ。ただ、私は1つ提案をしたいと思う」
「え?」
「受ければ、君は他の先生から絡まれるのが減るかもしれないし、私は君という生徒がどういう人物かを知る機会ができる。さっきも言ったとおり、今の君は『勿体ない』からな。つい関心を持ってしまうのだよ」
「提案、というより取り引きみたいですよ」
「似たようなものだから問題ないな」
平塚先生はそう言ってニヒルに笑ってみせる。妙に似合ってるのが、なんだか複雑だ。
「.....いや、全然、違うでしょ。......はぁ、それでその内容はなんなんですか?」
ニヒルな笑みをさらに深めて、先生は不思議な”提案”の内容を言った。
「有事以外は、ただ部屋にいるだけで良い部活があるのだが......入部しないかね?」
『なにか特別なことを始めたなら、その限りじゃないのかもしれないけどね』なんて考えていたからだろうか......
この1年は数年後の私にとって、どんな記憶になるのだろう?
なんて、少しだけ胸が踊った。
《ヒロインプロフィール》
名前:二宮紗耶(にのみや さや)
クラス:1年A組
身長:163cm
体重:???
血液型:AB
兄弟姉妹:大学生の姉が一人
趣味:ウインドウショッピング、音楽鑑賞、映画鑑賞、読書、散歩、......etc
好きなこと:不明(よくかわる)
苦手なこと:食事中に会話をすること
~あとがき~
はい。ようやくヒロインの名前がでてきました。
次回から正式に原作本編スタートです。