「あ、こんにちは。先輩」
昼休み。購買でパンを買って、いつものベストプレイスに行くと、先客の挨拶が出迎えた。
あいかわらず綺麗な赤毛の下に、花も綻ぶようなふわりとした微笑を浮かべ、小さくあたまを下げてくる。
コイツこそ、ここ最近の悩みの種。侵略者だ。
「おう。また来たのか」
「あはは、また来ちゃいました」
それだけで挨拶は終わり、俺は反対側のステップに腰掛けパンをかじる。少女のほうも広げていた弁当の攻略を再開した。
入学式以降、この場所を気に入ったらしいコイツは昼時になるとたびたび此処に来るようになった。
1年生のこの時期の昼休みというのは人間関係を構築する重要な機会だと思うのだが、この少女はいつも一人で此処に来ている。
どうしてか?大丈夫なのか?と聞いたことがある。確かここで二回目に遭遇した時だったと思う。
なんてことはない。彼女は特にこの場所に拘っているのではなかった。
どうやら、彼女は食事中に会話するのが苦手らしい。
それだけの理由で、コイツはお昼の誘いを全て断ったのだ、変わったヤツだ。
『ヒトがやるのはいいんですけどね、私がやるのはちょっと......』
少し気恥ずかしそうに苦笑しながら、そう言っていたのはまだまだ記憶に新しい。
そういう事情故に、俺も食事中はコイツとほとんど話さない。ただ、同じ場所で飯を食うだけ。
食べ終わったら、時々、向こうから話しかけてくる時もあるが、それも本当に時々あるくらいだ。
そういえば、入学式の日に起こした時も、お礼を言われただけで、そのあとすぐに急いで体育館に向かっていったっけな。存外、自分勝手というか自由気ままな性格なのかもしれない。
だから、俺は未だにコイツの名前を知らない。向こうも俺の名前は知らないはずだ。
知りたいとは思う。思うのだが、どうしても知りたいという訳でもない。
機会があれば良いな。なんて思う程度だ。
それでいい。所詮は、ただ飯食う場所が被っただけの他人なのだから、深く関わる必要は無いのだ。
ただ、それでも気にならないわけではないのであって....
「オマエ、友達とか......いるのか?」
お互いに食事を終えてのんびりしている時、つい、そんな不粋なことを聞いてしまった。
自分はいないくせに何を言ってるんだ俺は。
ただ、それでもこの少女が俺のように教室で独りきりなのは、その......酷く似つかわしくない気がする。だから、ついお節介と解っていながら先輩風を吹かせてしまった。
「友達ですか?ちゃんといますよ?......あ、もしかして、やっぱり此処に来るのって迷惑でしたか?」
心底に申し訳なさそうな表情。
しまった。今のは、気が散るから友達のとこにでもいけよ。って言ってるようにもとれる。
逆に不安にさせてどうする。
「いやいや、それは別にいいんだが......その、な?いつも一人で飯食って孤立したりしないのか?とか思ってよ」
杞憂だったことにホッとして、すぐに少し思案気に首を傾げる。その後、少女はいたずらっ子のような笑みで小さな口を開いた。
「先輩こそ、いつも独りですよね?お友達は大事にしたほうが良いですよ?」
「グハッ......」
中々に鋭い返しだった。コイツ、ここ数日の間に俺がボッチだってことに感づいたらしい。
さらに直前までの喜怒哀楽の変化が妙に可愛らしかったせいで、余計にダメージを喰らった気がする。
「ははは、ごめんなさい。少し意地悪してみました」
チロッ、と舌を覗かせて謝ってくる。くっ......それはズルい。
「でも、さっきのはホントに余計な心配ですよ?昼食くらいの単独行動で怒る人と仲良くはなれないと思いますし」
「............なんだか、もっと色々やらかしてそうな言いかただな?」
「やらかしてないです。ただちょっと、ふらふら何処かにいくのが多いだけですよ。中学の頃はそれでよくマイペースとか天然とかって言われてました」
自覚してる天然って、天然なのか?と思わなくもないし、そういう部分は直したほうがいいのでは?とも思ってしまうが、コイツは自分の性格を気に入ってるらしい。
今も、隣の俺をまったく気にせずに潮風を受けながら気持ち良さそうに目を細めている。
「あぁ、それで入学式の時も......」
「あ、その節はありがとうございました。あと少しで新入生代表挨拶をアドリブで話すことになってました」
なるほど、それでコイツは30分以上早くに学校に来ていたのか。なるほど。
「へー。新入生代表挨拶ねぇ......新入生代表?え、じゃあオマエ......」
「あははは......。一応、私が今年度の主席入学生ってことになってます」
いつかの日にみたような気恥ずかしそうな苦笑いで、少女は衝撃の事実を告げた。
「マジか......」
世の中は広いようで狭いんだな、と思った。
まさか、去年と今年の主席入学生と顔見知りになるとは......。