廃と群像のグリムガル ~不惑の幻想~   作:西吉三

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(仮)Level.3 失うだけの戦い
プロローグ.魔法では癒やせない傷


 きっと、人は深い悲しみや苦しみを乗り越えることができるだけの光を、心の中に持っている。

 

 真実かどうかが大事ではない。

 そう信じている。

 それがルミアリスの教えだから。

 

 グンゾウが(すが)れる最後の希望(のぞみ)は信仰だった。

 

 しかし、乗り越えた向こう側へ辿り着く前に、その光が消えてしまったらどうなるのだろう。その光が消えそうな人がいたら、どう導けばいいのだろうか。

 

 グンゾウは答えが出せないでいた。

 

 今、その答えを必要としている時なのに。

 

 

「毎朝、理由(わけ)もなく涙が溢れてきて辛いの! 毎晩、(ひと)りでベッドに入って目を閉じてから眠るまで、後悔ばかりが押し寄せてきて、自分が許せないの! あの時の……あたしの誤った選択が、彼等を死に追いやったんじゃないかって!」

 ヨシノが叫んだ。宿舎の屋上から泣き腫らした眼でグンゾウ達を見詰める。

 涙に輝くヨシノの瞳にグリムガルの(あか)い月が(すみれ)色に(うつ)る。不謹慎にも美しい色だとグンゾウは思った。

 深い悲しみは呪いだ。(まばゆ)いばかりに輝いていたヨシノの光は見る影もない程、呪いの闇に埋もれている。

 ――悲しい、そして苦しい。ルミアリス。私は彼等どころか、目の前の少女を救うこともできません。若い彼女の命が救えるなら、私の命を差し出しても後悔はない。

 その場にいた全ての人間が悲しみに飲まれ、声を出すことができない。

 悲しみと静寂だけがそこにあった。

 ヨシノの心は崩れそうな均衡の上に辛うじて立っていた。消えそうな光は閉じかけの扉の向こう側にある。

 ――ヨシノ、心を閉ざさないでくれ。

 (タナトス)は死の間際、髪の毛を一房(ひとふさ)冥界まで届けるという。彼女の美しい髪は切り取られたのだろうか。一陣の強い風が吹き、ヨシノの涙を星屑(ほしくず)のように散らした。

「ごめんね……、みんな」

 絶望がヨシノを深淵(しんえん)に引きずり込む。

 

 

 

 

「ヨシノっ! ヨシノっ!」

「ヨシノ! 目を開けてくれ!」

「ヨシノちゃん!」

「ヨシノ姉さん……」

 皆の呼びかけに応じて、ヨシノはうっすらと目を()けた。

 焦点の定まらない瞳で声を出す。

「あれぇ? あたし……、まだ生きてるの?」

 ヨシノを抱きしめる腕に力が入る。

「ヨシノ! ……失ったものが大きすぎて、受け止められないくらい俺も悲しい。だから、さらにヨシノまでを失いたくない! ヨシノを愛してる!」

 涙が溢れ、一滴、また一滴とヨシノの頬に落ちる。

「温かい……。温かいんだね、涙って……うっうっうっ……」

 ヨシノの眼にも涙が溢れ、頬を伝う。

 

 グンゾウは歪んだ景色をぬぐい去ると、空を見上げた。

 いつの頃からか見慣れた紅い月が、深緑の夜空に輝いていた。

 

 

 




実はこの話はLevel.1のプロローグよりも先に完成していました。
正直このプロローグを出すことが目的でした。
この後は書き溜めがないため、しばらくペース落ちます。

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