予定通りにストーリーが描ければ、次話がクライマックスです。
では、クライマックスに向けた25話お楽しみください。
「灰と幻想のグリムガル level.13 心、ひらけ、新たなる扉」が2018年6月25日に発売です。
「ひ、ひ、ひぃ、助けごぐぁ……っ!」
鈍色の長剣が男の顔を貫く。
延髄を断ち切られ、一瞬で
命乞いをしている賊を容赦なく殺した暗黒騎士。今はグンゾウの仲間だった。正確にはこのグリムガルに来た時からの仲間だった。グンゾウはそう信じている。
そして、このグリムガルでグンゾウが出会った中で最も美しい人間だった。
紅き月の夜に現れた、闇より暗き漆黒の女神……その名はヴェール。
伝令を追いかける道中、今後の連携のためグンゾウは暗黒騎士の
そして、遂に、ヴェールとグンゾウは円形闘技場の奥で伝令に追いつくことができた。
そこは古代の神々を模した像が建ち並ぶ、神殿のような場所であった。
2対1では伝令の男に勝ち目は無く、僅かな戦闘の後、ヴェールが伝令の男を串刺しにした。
男が死んだことを確認すると、ヴェールは長剣を抜く。そして、長剣に付いた血糊を振り払った。無感情な横顔は見とれる程に美しい。
グンゾウはその様子を悲しげに見ていた。美しいものを見るのとは異なる感情が溢れている。
「殺さなくても良かったのに……」
思ったことが口を
ヴェールは何も言わずに黒い
「お、おい、何をっ?!」
沈黙のヴェール。
「やり過ぎだ。死者への冒涜は止めるんだ、ヴェール」
グンゾウはヴェールの腕を掴む。振り返り、グンゾウを見る鋭い眼。
特に怒りの感情は宿っていない。ただ無感情にグンゾウを見詰めていた。
ヴェールは無言でグンゾウの手を振り払う。
そして、慣れた手付きで目玉を
「グンゾウ……」
ヴェールの凜とした声。グンゾウを真っ直ぐに見詰める。
揺らぐことの無い強い意志を感じる視線。
「お前にルミアリスの信仰があるように、私にも信仰がある。お互い、仕える神が異なっているだけだ。だから、そこはお互いの利益に反さない限り、踏み込まないのが礼儀。そうだろう?」
ヴェールに言われてグンゾウはハっとする。
ヴェールの
実はグンゾウは自分の周りに暗黒騎士が居ないため、スカルヘルの信仰についてほぼ知識が無かった。ルミアリスの神官であるから当然と言えば、当然の結果だった。
「……ああ、すまない。ヴェールの言う通りだな。……教えてくれ。死んだ敵の目玉を
「……少し違う。暗黒騎士は殺した相手の死体の一部を神殿に捧げることで信仰の証とする。これは
――趣味が悪いな……。
グンゾウは言いたいことをぐっと飲み込んだ。
「死体の一部であれば良いのであれば、髪の毛でも何でもいいってことか?」
「……そうだ」
ヴェールはグンゾウから顔を
――何故、あえて目玉……?
もう一度、グンゾウは言いたいことをぐぐっと飲み込んだ。
「……しかし、私は、今まで目玉以外の
ヴェールの異常な告白に、恐怖で身を固くしたグンゾウ。身体の一部が縮こまる。
そんな告白をしたヴェールの横顔には、異常性とは相容れない寂寥感が漂っていた。
「さて、伝令も捕らえたし……というか殺しちゃったけど……、カレン達と合流するために戻ろう」
グンゾウは空気を変えるためにあえて明るい声を出した。
ヴェールに目を遣ると、ヴェールは長剣を抜いたまま周囲の神像を眺めている。
「どうした……?」
「……この神像達から……殺気を感じた」
「殺気……?」
グンゾウもヴェールと同じく周囲を見回す。周囲には台座の付いた5メートル程の神像が建ち並ぶ。模しているのはルミアリス信仰とは異なる宗教の神で、グンゾウが知っている様相の神は居なかった。
確かに、居並ぶ謎の神像は威圧感がある。ずっと眺めていると1体の女神像がグンゾウを目で追っているような気になってきて、グンゾウは身震いした。
「……怖いこと言わないでくれよ。ただの像さ。俺等の信仰からすれば異端だ」
「……そうだな……」
ヴェールも納得して、警戒を解いて長剣を鞘にしまおうとする。
その瞬間、ひとつの神像の後ろから素早く黒い影が飛び出してくる。
「
鋭い刺突がヴェールを襲う。
紙一重で
「さっすが、ヴェールゥゥゥ。俺様の熱ーい一発をよくも
黒い長剣に舌舐めずりする男。
そこに現れたのは、漆黒の甲冑に身を包んだいつぞやの暗黒騎士だった。
刺突が外れたと知ると、あっという間にグンゾウ達の目の前から忽然と消えた。
「なっ! まさか……、リンタだと……」
グンゾウは急いで護身術の構えを取った。
そのグンゾウの耳に聞き慣れない男の声がする。
「なーっはっはっはっはー。そこにいるのはえーっと……誰だっけ……えーっと、あ、えーっと、ちょっと待ってね。えーっと……ヴェール! そうだ、裏切り者のヴェールちゃんじゃないのー? 本当にもうっ! うちの組織裏切ったら命は無いぜー、無かったぜー、無くなっちゃうぜー」
緊張感のない間が抜けた声。ヴェールもグンゾウもその声がする方向を見る。
神殿の奥にある階段の上にその男はいた。
そこには青い長衣に身を包んだ短髪の男が立っていた。手には金属製の飾りが付いたスタッフを持っている。カレンの物に似ているとグンゾウは思った。
歳の頃は50過ぎ。短髪には白い物が大分混ざっている。身長はグンゾウと変わらないように見えた。一言で言えば中肉中背の中年という感じだったが、少し背が低く見える。その理由は目立つくらい
その男を見たヴェールが呟く。
「シャトウ……」
「何だって?」
グンゾウは慌ててヴェールの顔を見ると、あまり感情を露わにしないヴェールの表情に緊張の色が浮かんでいた。唇を噛みしめ、額に汗が浮かんでいる。
――シャトウと言えば、ザムーンインザクラウドの首領じゃないか……。まさか、あんな
実際、シャトウからは緊張感なるものは全く感じることができず、話し方も緩慢だった。
シャトウと呼ばれた男はグンゾウに気付き、笑顔で話しかけてくる。
「おっやあ? こんな所に辺境軍の士官がいるのかい? あら、珍しー」
「俺の名前はグンゾウ。辺境軍ではない。服が汚れたから、この服を拝借しただけで、神官で義勇兵だ。ブリセイスを返してもらいにきた!」
グンゾウがシャトウに答えると、シャトウは愉快そうに笑い始めた。
「汚れ……、なははははははははははは。あー、うける。そうかそうか、汚れた義勇兵ね。ルミアリス神官は
シャトウがぶつぶつと独り言のように呟きながら、ブリセイスのことを思い出せずに悩んでいると、どこかからリンタの声が響く。
「捕らえた女将校だぜ、大将っ!」
リンタの声は神殿の天井や石壁に反響して、残響を残した。反響のせいでリンタの本体がどこに居るか、正確な場所が掴めない。
ヴェールとグンゾウはリンタを警戒して、背中合わせになって周囲を確認する。背中にヴェールの温もりを感じて、グンゾウは安心感を覚えた。ヨシノを圧倒した暗黒騎士の強さは頼もしい。
「あー、リンタ君が連れてきたあの色が黒い女騎士か……。あのセクシーダイナマーイツ! な感じの? おういえ、ダイナマーイツ! ダイナマイト……なんだったっけ? まあ、いいか。えーっと、と言うことは、ここはハズレだな。あの女騎士はここにはいないよ」
「どこに居るんだ?!」
グンゾウは素直に聞く。
「それは、外の……あっ! やばっ、言いそうになっちゃった。駄目ですー、騙されませんー、それは言いませんー。お口チャーック……っ!」
シャトウはブリセイスの居場所を言いそうになり、慌てて話を止めた。
――ちっ! 惜しかった。でも
「グンゾウ君って言ったか? 君、中々の策士だなー。シャトウちゃん人質の居場所を言っちゃいそうになっちゃたよ。やらしいなー、このグンゾウ……グンゾウちゃん。グンちゃん。グン君。グン。いやん、ばかん」
――何だかキャラが濃すぎる……。まともに相手にすると異常に疲れるぞ、こいつ。
グンゾウがシャトウのボケに眩暈を憶え始めた頃、ヴェールが美しい声で呪文を唱え始める。美女が奏でる賛美歌。ただし、その賛美歌が奏でられるのは地獄の底らしい。
「悲鳴も届かぬ奈落の深淵、不和の
――んんん? なんか妙に詠唱が長かったぞ……。
詠唱が完結すると、ヴェールの目の前に不気味に光る紫色の魔方陣が浮かぶ。目の模様を象った魔方陣から粘性の血液のような紅い液体が垂れ、ヴェールの掌に落ちる。
ヴェールがその液体を握ると、それは黒っぽい紫色の雲のような形状になった。
その雲が渦巻いて、急速に人型の形をなしていく。
「行け!」
ヴェールが指示すると、煙は人型を成しながら上空に音も立てずに飛んでいく。次第に煙の形が定まり、悪霊が姿を現す。
悪霊は100センチメートル程の女の子の姿をしていた。3、4歳児といったところだ。
黒くて長い素直な直毛に
グンゾウからは後ろ姿しか見えなかったが、背中に小さな黒い翼を持ち、黒い天使という感じでなかなか可愛らしい。
黒い光沢のある生地でできたロマンティック・チュチュを身に着け、そこから長くて細い手足が出ていた。悪霊の動きに応じてベル型のスカートがゆらゆらと揺れ、
――
「
ヴェールが呟く。
「へ?」
グンゾウは間抜けな声で聞き返してしまった。
「あれは、
ヴェールが命令をすると
「ふふふふふふふふ……。あはははははははは……。あそこにいるよ……、ほら、いるよ、いるよ」
悪霊に性別があるかは不明だが、
その神像の方へヴェールは長剣を構えた。
「ちっ! 暗黒よ、悪徳の主よ……、
リンタの
獣の触手は口の中に生えており、大きく開かれた口から何本もの触手が飛び出していた。
触手の先端は鋭い。
「あはは……、痛い、痛いよ……。はあ、はあ、痛い。ママー、助げデボっ……」
悲痛で切ない喘ぎ声と共に
後には、巨大な四足獣が残った。
グンゾウは目の前で起きている戦慄の光景に立ちすくんでいた。
「い、
「構わない。また呼び出せる。日中ではあれが限界だ。それよりリンタの
ヴェールは少しの動揺も見せずに言い放った。
リンタの悪霊はその大きな口をヴェールとグンゾウに向けるとゆっくり開いた。涎が糸を引く口の中に、何本もの触手がてらてらとした爬虫類のような不気味な光を放っていた。
「ひ、光よ、ルミアリスの加護のもとに!
狼狽えながら、グンゾウは所有する光魔法の中で一番威力のある
降り注ぐ七色の光が悪霊を包み込むと、悪霊は音も立てずに黒い霧となり消えていった。まさに雲散霧消。
「悪霊は純粋な悪徳の塊だ。光魔法には極端に弱い。もちろん、暗黒騎士もだ」
ヴェールが説明をしていると、神像の陰からリンタが
「いてて、いてっ! 死ぬ程いてぇっ! くそっ! 何てことしやがる。ルミアリス神官ってのは本当に腹が立つぜ……」
その姿を見て、ヴェールの構えに緊張感が増す。
――リンタはそれ程の実力者なのか……?
そこへ再び緊張感の無い声が割り込んだ。
「おいおい、リンタ君。ルミアリス神官のことを悪く言うのは感心できないなー。シャトウちゃん、ぷんぷんだぜぇ?」
「おっと悪いな、大将。あんたは一応、ルミアリスの信奉者だったな……。ちょうどいい、ここはひとつ、光は光の信徒同士、暗黒は暗黒の信徒同士、仲良く決着をつけようじゃねーか」
そう言うと、リンタは右手を高く上げ、長剣の切っ先をヴェールに向けるよう頭の上で構える。左手には逆手に構えた
対峙するヴェールは細身の剣を右手で構え、左手は
「ヴェール……せいぜい俺様の最強伝説に
「……っ!!」
「ヴェエェェェーールゥウゥゥゥーーッ!!
リンタが汚い声で叫びながら、ヴェールに襲いかかる。上から振り下ろす素早い斬撃。
その剣先がヴェールの身体を捉える前に、ヴェールは素早いステップで後ろに高速移動して、リンタの斬撃を
ヴェールはあまり受け太刀をしない。
そもそも暗黒騎士は攻撃を主体とする
「綺麗な顔しやがって、よくも俺等を裏切りやがったなっ!」
リンタの顔は憎しみで歪んでいた。
「……」
ヴェールはリンタの事を完全に無視している。その表情のない顔が、氷に彫られた女神のように美しい。
「……くっくくくっ!」
憎しみを露わにしていたリンタが突然笑い出す。不安定な精神。不気味の一言に尽きる。
「だぁがなあっ! 俺は嬉しくて仕方ないんだよ……。ぐわっはっはっ!
――戦闘中なのに
「俺はなぁっ! お前の事を犯したくてしょうがなかったんだよ。でもなぁ、流石に仲間をぼろくそに犯すわけにはいかないからなっ! 我慢して、我慢して、我慢して、我慢してぇぇぇっ!! もー、我慢しないで、その綺麗な顔をぼこぼこに殴りながら、首を絞めて、あああ、あああ、ああ、締まりまくったお前の奥に、散々ぶち込んで犯せると思ったらああああああぁ……、もう興奮が収まらねーーーーんだよっ!! ……実際、あの色黒の女は良く締まったぜー、イアン・ラッティーの愛人にしとくにはもったいない位だっ!
リンタがべろべろと長い舌を出し、涎を飛ばしながら斬撃を繰り出す。
ヴェールは一瞬眉根を歪ませてから、
――最低のクソ野郎だな。俺に戦闘能力の無いことが悔しい……。
「逃げ回ってんじゃねぇぇぇぇっ! とっとと捕まって、俺にハメハメさせろってんだよっ! スカルヘル様に会わせてやるぜっ!」
実際、ヴェールは全くリンタを剣を合わせず、逃げ回っているように見えた。グンゾウには、それ程実力差があるようには見えなかった。剣を合わせた者同士にしかわからないのかもしれない。
「あー……、リンタ君? ちょーっと、
シャトウが祭壇の上からリンタに声をかける。
「大将、黙っててくれよ。これは俺の戦闘
「ふー……、ほんと下品……、そして、君の
シャトウは両手を上げて、お手上げような姿勢を取った。先程から、シャトウは全く戦闘には参加せず、身動きひとつしていなかった。
――シャトウ自体に戦闘力は無いのか? 顔はデカイが、全く強そうに見えない。
反アラバキア組織ザムーンインザクラウドの首領、シャトウ。
そのシャトウが目立つ大きな顔と小さな身体をゆっくりと動かそうとした。その瞬間をグンゾウは見逃さなかった。
「動くなっ! 光よ、ルミアリスの加護のもとに!
シャトウは動きを止め、微笑を浮かべた余裕の表情でグンゾウを見詰める。その目の奥には、愚かな人間を見下す愉悦の光が宿っていた。
「ん? これ? そのー、なんだ……。動くな? あー、だから、これが……これは何……?」
シャトウは自分の周囲にある光の粒子をゆったりと眺めながら、のんびり話した。
――くっそ、緊張感の無い話し方しやがって!! なんか、馬鹿にされているようでむかつく。
グンゾウは
「お前を取り囲む光の粒子は、悪徳の者に容赦の無い衝撃を与える。申し訳ないが、これからお前を気絶させて無力化する。殺しはしない。ただし、オルタナに連行し、法の裁きをきっちりと受けてもらう!」
グンゾウは逮捕の前の容疑者に権利を読み上げるように、これから行われる行為について説明した。それを聞いたシャトウは下を向く。
しばらくの沈黙。
そして、シャトウの身体が細かく震え始める。
「……くくく……くっくっくっくっく……」
シャトウは湧き上がる笑いが抑えられないように、じわじわと笑い始めた。
「……くっくっく……なっはっはっはっはっは、なーっはっはっはっはっ! ……くっくっく、くくくくく……うける」
シャトウの笑いは堰を切ったように止まらなくなる。上を向いて大きく笑うと、それを我慢するようにお腹を抱えて下を向いた。グンゾウにはシャトウの余裕の態度が気に障った。
「てんめぇ、この野郎、馬鹿にしてんのかっ! まじ、なるべく怪我しないように考えてやってんのに、腹立つぅ!」
怒りのあまり、グンゾウのこめかみ付近の筋肉がぴくぴくと震えた。
シャトウは
「くっくっくっくっく……、ふふふ、ふぅ。……あー、いや、すまない。君を馬鹿にするつもりはなかったんだが、あー、何だ? グンゾウ君があまりにも丁寧なんで、義勇兵っぽくないなって……思っちゃったんだよね。ほら、義勇兵って野蛮だろ? なっはっはっはっはー」
シャトウはその大きな顔でまだ笑っていた。
――むかちーん!!
グンゾウはこんな
「もう、そのニヤついたデカイ顔も見飽きたわ! 続きはオルタナの
グンゾウはシャトウに向かって走り出すと、
――どうせ動けやしないっ! 連撃で両鎖骨を折ってやるっ!
グンゾウはシャトウが自分の間合いに入ると左足を上げ、思い切り地面に踏み込む。地面を蹴った威力が下半身から
回転する身体。
肩は素早い円軌道を描く。
反動をつけるために後ろに引いた腕が鞭のようにしなって、全ての威力が
――渾身の
「ぐえぇっっっっ!!」
踏みつぶされた蛙のような声を上げて、地面に膝を突いていたのは……グンゾウだった。
「グンゾウっ!」
リンタと交戦中のヴェールが気付き、グンゾウの名を呼ぶ。
グンゾウの
刃は付いていないため重症ではないが、急所を突かれて身体が言うことを聞かない。
吐瀉物が止まることなく湧き出てきた。息もできない。
グンゾウは、そのスタッフを振り払うと、苦しさの余り、地面を転がり回る。
「ぐう゛ぉあっ! ……あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛……」
その様子を穏やかに見つめるシャトウ。
――何故だ? なんで? 奴は
グンゾウは地面を這いずるように、シャトウと距離を取った。
「なははははは、少し格好悪いな、グンゾウ君。……今、君は思っているだろう。『何故だ? 奴は
シャトウはグンゾウの思考を完全に言い当てた。
グンゾウは嘔吐を繰り返しながら、地面を舐めるように這って距離を稼ぐ。もう胃の中は空っぽで、吐くものもない。
「ああ、安心したまえ。まだ君のことを殺したりはしないよ。殺すなら最初から
シャトウはグンゾウに向けて、ゆっくりと大きく両腕を開いた。
「……僕はグンゾウ君に可能性を感じているんだ。……そう、僕等の仲間になってくれるんじゃないかってね」
シャトウは怖いくらい優しい声で、グンゾウに語りかけてきた。
――仲間……だと?!
グンゾウは徐々に収まってきた痛みを堪え、
グンゾウは込み上げる唾液を地面に吐くと、シャトウを睨んだ。
「……そうだっ! 再び立ち上がれたご褒美にグンゾウ君の疑問を解決してあげなきゃね。何故、僕が
先程までのニヤけた顔とは打って変わり、シャトウの表情が暗く真剣なものとなる。
シャトウの次の
「それは……、僕がルミアリス教の神官だからなんだよね……。グンゾウ君」
――なんだっ……と?! 今、こいつは何と言ったか? 神官? 神官って言ったのか? それもルミアリス教の……っ?!
グンゾウはいつまでも止まらない吐き気を感じていた。
シャトウの顔は再び元のニヤけた顔に戻っていた。
「少しだけおしゃべりをしよう。グンゾウ君ならわかってもらえるかもしれない。僕が何故、反アラバキア組織なんてものを率いているか……だ」
静かに喋りながら、シャトウはゆったりと歩いた。スタッフの石突きが石の床を
「実はね……、リンタ君も僕も元は義勇兵だったのさ。あの塔から湧いて、選ぶ選択肢も無く、生きるために義勇兵になった。グンゾウ君も……そうだろ?」
――な、なんだ……と……?!
グンゾウはシャトウから聞かされる情報に混乱し、再び頭が朦朧としてきた。グンゾウは頭を振って、意識を保つ。
――駄目だ……惑わされるな……。今は早く身体を元に戻すんだ……っ!
シャトウの独白は続く。
「いやー、あの頃は楽しかったなぁ。仲間と一緒に
心の底から楽しそうに、シャトウはその大きな顔に笑みを浮かべ、グンゾウに返事を求めた。
「……行く」
グンゾウは気力を振り絞って声を出した。少しずつ意識が明瞭になってくる。
その返事で、シャトウは嬉しそうにガッツポーズを取った。
「おおっ! そうか……だよなー。ダムロー、懐かしい。少しずつ装備を調えて、
そこでシャトウの声がぐっと低くなる。シャトウの表情に影が差す。
「そして、みんな死んでいくんだよ……」
沈黙。
シャトウは下を向いたまま、口を
その目に光る物が見えた気がして、グンゾウは思わずシャトウから目を逸らしてしまった。カレンが居れば「戦闘中に敵から目を離すな」と怒られただろう。
近くではヴェールとリンタが死闘を繰り広げていたが、その剣戟の響きも何故か遠く霞んで聞こえた。
しばらくの沈黙の後、シャトウは再び話し始める。
その顔には笑顔が戻り、暗さは見えない。
「そうだ、そうだ。グンゾウ君はさ……、辺境軍義勇兵団が本当に我々塔から湧いた人間達の味方だと思っているかい?」
――何を言ってるんだ……?
「捨て
その質問にグンゾウは衝撃を受ける。
感情的には反論をしたかったが、「幸せになれる」と口にすることができなかった。シャトウが話している言葉は、日頃からグンゾウが感じていたことそのものだったからだ。
「僕はね……、ある事件をきっかけに、この世界の
――この世界の絡繰り……。
グンゾウはシャトウが話す世界の絡繰りについて何も分からなかった。
この世界、グリムガルに来てから、グンゾウは仲間の何倍もの速さで世界の把握に努めた。本を読み、人の話しを聴き、よく世界を観察した。しかし、学んでも学んでも自分の置かれたこの世界の理解に達するためには、果てしない距離を感じていた。
「どうだろう? グンゾウ君。君には僕と同じ匂いを感じるんだ。僕の右腕になって欲しい。僕と一緒に幸福な世界を作らないか?」
優しい笑顔。そして、シャトウの腕がグンゾウに向けて大きく広げられる。
グンゾウは怖かった。何も知らない自分が。
そして、グンゾウは恐ろしかった。今、目の前にいる男に
それは正しい判断だったのか。
答えの出ない思考の迷宮に囚われるグンゾウ。
リンタとの激闘の末、倒れるヴェール。
絶望の先、希望の光は見えるのか?
次回「26.光の奇跡」
お楽しみに!
最近立て続けに感想及び評価をいただき、嬉しい限りです。
引き続き、モチベーション維持のため、極めて甘い採点と優しいコメント募集中です……( ゚Д゚)y─┛~~
■声優談義
・アキ(CV.水瀬いのり)←ちょっと悩む
・ヨシノ(CV.佐倉綾音)←あんまり悩まない
・ハイド(CV.松岡禎丞)←純粋に聞きたい
・ヴェール(CV.茅野愛衣)←ダクネス声でお願いします。
・リョータ(CV.関智一)←キャラはジャイアンだけど声はスネ夫
・シムラ(未定)
・カレン(未定)
・グンゾウ(未定)