廃と群像のグリムガル ~不惑の幻想~   作:西吉三

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「灰と幻想のグリムガル level.10 ラブソングは届かない」2017年3月25日発売……∑(゚Д゚)もうしてる!! 忘れてた!!

……なんてね。もう読みました。

さて、遂にオリキャラだけになってしまった「灰と群像」第2章も後半戦始まりましたよー、どんどんぱふぱふー*。:゚(´っω・*)゚・。+

(´・ω・`)……さて、後半戦をのんびり始めようと思ったら、最初から1万字。しかも吉田栄作のドラマ(古い)も真っ青の急展開だぜっ!



15.白と黒

「おおぉぉぉぉらぁぁぁっしょっしょーい!!」

 リョータの豪快な憤怒の一撃(レイジブロー)が決まり、オークは仰向けに倒れる。そこをすかさず巨大鉈のような両手剣で叩き潰す。肉が潰れる不快な音。躊躇(ためら)いなく止めを刺すところがリョータらしい。

「よっっっっっっっしゃーーーーーーーーーっ! 10匹目っ!! これは流石にカズヒコも抜けねーだろ。10人斬りだぜ、俺様っ! んーーーちゅっ! むちゅっ!」

 リョータは鍛え抜かれた自分の二の腕に口づけをした。両腕(とも)にだ。

 ――自己陶酔(ナルシズム)が微妙に気持ち悪い……。

 グンゾウはリョータの後方の岩に登り全体を見渡している。隣にはハイド。

「はいはいリョータ、自分にキスはいいから、左のブリセイスを支援してくれ。次は右から1匹来てるよ。いや、2匹だな。呪術師連れてるから気を付けてね」

「呪術師は厄介だから、到着する前にシムラに殺らせとけよ、オッサンっ!」

「シムラはヨシノの支援に行ってるから駄目だ。ハイドっ!」

 ハイドは黄色い宝石の嵌まったメイジスタッフで空中に画を描き始める。お気に入りの杖だ。

 ――あれは電磁魔法(ファルツマジック)用だな。

「キシッ……6月6日に雨ざーざー……シシシ、三角定規にヒビ逝って……シシッ」

「えっ? 何それ? 新しい精霊魔法(エレメンタルマジック)?」

「そんなわけないだろう、シシシシシシ。グンゾウ馬鹿か、馬鹿かグンゾウ、キシシシシ」

 ――むかつく。

「なー、わりーんだけどさー、突っ込み入れないでも普通に戦ってくんねーかなー。俺も疲れんだけどー」

 グンゾウは両腕を下げて脱力する。台形になった口はだらしなく開いている。

「もがっ!」

 突然、グンゾウの口の中に大量の羽虫が湧き出る。必死に吐き出すがなかなか上手くいかない。しゃがみ込んで咳き込む。

「貴様は何をやっている」

 (いたわ)りの無い、厳しい台詞(せりふ)が聞こえる。カレンの声だ。

 グンゾウはいつの間にか現れたカレンに首根っこを掴まれ、顔を上に上げられる。口の中に注ぎ込まれる水。

「がふっ! ぐへっ! ぺっ!」

 水筒の水によって口の中から羽虫を流し出すことに成功する。

「ごほっ……! ありがとうございます。修師(マスター)

「呪術師がいると分かっているのに油断しているからだ……あれは発動が早い。目を離すな」

「さーせん……」

「しかし、見た目の冴えない中年の貴様が、無能なりに指揮をしていることが敵にばれたようだな……」

 ――気持ちいいー、じゃなくて、傷付くー。

 カレンの大好物はグンゾウを(ののし)る言葉だ。しかし、この程度の言葉責めでは、カレンの小腹も満たない。

「戦士が狙われると不味だ。呪術師から片付ける。魔法使いっ!」

 凜とした声。

 傷付いたグンゾウを放置して、指揮を執り始めるカレン。ハイドが即座に反応する。

「了解だぜぇ……。キシシ、オーム・レル・エクト・ヴェル……シッシッシ」

 ――俺にもこれくらい素直ならいいのに……。影鳴り(シャドービート)か?

「レフト、キシシシ・ヨイン・プリベ・ジェス・イーン・キシシ、サルク・カルト・フラム・

 ――ん? なんだかえらく長い呪文(スペル)を唱え始めたぞ……。

 グンゾウへ虫による攻撃をしかけてきた呪術師オークは、腰に呪術用の壺をぶら下げている。今度はリョータかブリセイスへ呪術による攻撃をしようと、その壺に手をかけようとしていた。

 ハイドは中空に浮かんだ輝く魔方陣の上に、杖を使って複雑な精霊(エレメンタル)文字を書き殴っている。

「ダルト・ダーシュ、シッシッシッシッシ!」

 魔方陣から(ダーシュ)精霊(エレメンタル)が中速で撃ち出される。普段の黒色より少し紫がかった色をしている。時折、黄色い輝きを放った。

 ――オーク級に影鳴り(シャドービート)単体の攻撃なんて効果あるかな? あれは戦士との連係用じゃ?

 ハイドの影鳴り(シャドービート)は操作ができるので、敵を追尾することも可能だ。必中だが動きは速くない。

 呪術師オークは飛んできた(ダーシュ)精霊(エレメンタル)を小馬鹿にするように、手に持った呪術用の鎚で叩いた。

 衝撃に弱い(ダーシュ)精霊(エレメンタル)は割れて弾ける。

 ――だよな……。

 轟音。

 グンゾウが落胆をした瞬間、雷鳴が響き、呪術師オークが黒焦げになる。

 ゆっくりと膝をつき、それから地に伏す呪術師オーク。

「えっ……?」

「キーーーーーッシッシッシッシッシ!」

 愉快そうにハイドが笑う。陰険な笑いだ。

「何をしたの?」

「キシシ、グンゾウ馬鹿か、馬鹿かグンゾウ。精霊(エレメンタル)魔法のカプセル化(インキャプセレーション)だ、キシシシシシ。隠蔽と言ってもいいだろう、キシッ!」

 ハイドは自信に満ち溢れた顔で言い切る。いつも無駄に自信に溢れているが……。

 数秒の沈黙。

 そよ風がハイドの前髪を揺らし、広いおでこが光る。

「ごめん、全然意味が分からない……(いん)キャ?」

 グンゾウは首を傾げながら尋ねた。カレンは仏頂面をして、グンゾウとハイドを眺めている。仏頂面だが顔の造りは可愛い。

「シシシ、低脳なグンゾウには説明してもわかるまい」

「低脳で悪かったな。それを分かりやすく説明するのが天才なんじゃねーの?」

「キシシ……なかなか言うじゃないか。分かりやすく言うとだなシシシ……このやり方は通常より1.2倍疲れる。だから寝る、キシッ!」

 そういうとハイドはどこからか取り出した枕を地面に置いて寝始めた。

 唖然とするグンゾウ。傍に立ち、仏頂面のままグンゾウを見詰めているカレン。

修師(マスター)は分かりましたか?」

()くなっ!」

 カレンは不機嫌そうに言い捨てると、お尻をぷりぷりとさせながらヨシノ達が戦っている方へ行ってしまった。

 その後ろ姿に見える小さなお尻を眺めながら、グンゾウは溜め息を吐いた。

 ――喋らないから、カレンは顔よりお尻の方が可愛いな……。

 遠くのカレンが手でお尻を隠した。

 ――……俺が思っていることは、口から出ているのだろうか……?

 グンゾウは少しだけ不安になって、口に手を当てた。

 

 

「やー、ゴブちんと違って、オーくん2匹相手はなかなか大変だねー」

 と余裕の様子のヨシノが槍を肩に担いだまま、元気に歩いてきた。

「全然大変そうに見えんかったで」

 シムラも後ろから付いてくる。ニコニコと余裕の表情だ。

「ほんとー? おかしいなー? 頑張ってる感をアピールしてみたんだけどなー」

「よし、この辺りの掃討は終わったから、本体と合流しよう。本体があの丘を押さえたら、それで終わりだ。あの丘は湧水しているし、拠点造りにはもってこいだ。我々には時間が無い」

 兜を外したブリセイスが、その場を引き締めるように言う。

 地黒の肌に、彫りの深い顔。まとめた長い髪が汗でぐしょぐしょに湿っていた。色っぽい。

 彼女は職業軍人だけあって真面目で無駄がない。好感が持てる。剣の腕も立つ。リョータ程の腕力は無いが、恐らく1対1で戦えばリョータが技術で負けると思われた。

 オルタナを立ってから既に2日が経過している。

 当初、敵の本拠地は旧ナナンカ王国にあると聞いていたが、グンゾウ達は旧アラバキア王国領内で戦っていた。

 理由はいくつかある。

 ひとつは、単純に補給線の問題。ある程度の数の兵が動くとなれば敵地で補給線を切らすことはできない。補給線を確保するために経由基地を作る必要がある。そこで、オーク達の掃討と拠点作りに(いそ)しんでいる。「この辺りに現れるオークは使い捨てに近い。氏族もばらばらで身分も低いため、そこまで強くない」というのがブリセイスの言だ。例えば戦争で族長を失って逃げてきたオーク達だという。

 ふたつ目は、敵の隠れ家(アジト)が旧アラバキア王国領内にあるからというのがある。イアン・ラッティーが放っている密偵(スパイ)からの報告によれば、敵は現在、影森から西へ100キロ程度の場所に隠れ家(アジト)を構えているとのことだった。

 そもそもオルタナを攻撃したり、要人の誘拐をするためには旧ナナンカ王国からでは遠すぎる。また、旧アラバキア王国領内には不死の王(ノーライフキング)が成立させた諸王連合時代からの有力者等が割拠していて、一枚岩ではない。そのため移動するだけでも非常に危険だ。

 恐らく敵も直近は旧アラバキア王国領内に潜み、寂し野前哨(さびしのぜんしょう)基地から物資の調達をして、生活をしていたのだろう。

 

 

 反攻部隊の拠点作りは恐ろしい速さで進んでいた。丘の上に生えていた木は切り倒され、簡易な砦がどんどん形作られている。グンゾウ達が丘の上に着く頃には、既に砦としての体を成していた。

 イアン・ラッティーの配下だけで構成された隊の天幕の中で、ブリセイスから今後の動きについて説明(ブリーフィング)がある。

「敵は今、ここから20キロ東に拠点を構えている。情報によれば、いくつかの洞窟に分かれているようだ。できれば10キロ手前までを掃討しておきたい。ここからはリバーサイド鉄骨要塞の敗残兵だけでなく、本命の敵勢力とも衝突の可能性が高くなるだろう。本体の兵士達と一緒に今から10キロ圏内の掃討に向かう。オークなら呪術師、人間の場合は魔法使いに気を付けるんだ。人間の場合は可能な限り生かして捕らえるように。口さえ動けば良い」

 ――まー、怖い。

 兵士達はそれぞれ小隊に分かれて動き始める。

「んだよ、休みなしかよ……」

 リョータが悪態を吐いた。

「給料もらってんだから仕方ないだろ……」

 グンゾウはリョータの肩を叩いた。

「オッサンは何もしてねーじゃねーか」

「そんなことないだろ? 俺だって……まあ、なんだ……色々、さて、怪我をしている奴はいないかー?」

「やっぱ仕事してねーだろっ!」

 グンゾウとリョータのやり取りを見ていてハイドやシムラも笑っている。

「キシシシシシシシシ」

「あはは、なんや、グンゾウさんさぼっとんのかいなっ!」

 過酷な戦いの中でも、リョータ小隊の面々には明るさが戻っていた。

 理由は単純。

 彼女がいるからだ。

「グンゾウさんはみんなが危険な目に遭わないように、いつも全体の動きを見てくれてるんだから、大変なんだよ」

 アキがグンゾウに助け船を出す。

 アキがいる。

 そう、アキは既にグンゾウ達と合流をしていた。 

 グンゾウ達が寂し野前哨(さびしのぜんしょう)基地に着いた時、そこには砂埃まみれの伝令が居た。敵を追跡していた要人警護部隊は、時折、敵の位置を伝えるために伝令を発していた。

 寂し野前哨(さびしのぜんしょう)基地への伝令に任命されたのがアキだった。

 アキからもたらされた情報によって、反攻部隊は行軍の方向を旧ナナンカ王国から、旧アラバキア王国領内に変更したのだ。

 アキは馬竜を連れて寂し野前哨(さびしのぜんしょう)基地に待機していた。突然の再会にリョータ小隊(パーティ)は全員で抱き合って喜んだ。……ハイドを除いて。

 

 

【2日前 寂し野前哨(さびしのぜんしょう)基地内】

 

「自分でも、あんなにスムーズに馬竜に乗れると思いませんでした」

 アキは自分自身の乗馬能力に驚いていた。特に訓練をすることもなく馬竜に乗ることができたらしい。恐らく、失われた過去の記憶に関係していると思われた。

 アキは埃だらけの顔を濡れた布で拭き、その汚れの酷さに恥ずかしそうな顔をした。

 グンゾウはそんな様子を微笑ましく眺めていた。じっくり。穴が開くくらい。

「セクハラだな……キシシ」

 ハイドがグンゾウの背後で呟く。グンゾウはどきっとして、アキから目を逸らした。目を逸らした先ではカレンが睨むような目でグンゾウを見ていた。グンゾウは2重でどきっとした。

 ――え? 何? 駄目なの? おっさんだと大切な仲間の無事を微笑ましく眺めるのもセクハラですか? 差別じゃないっすかねー?

「アキも戻ってきたし、もうこの兵団指令(オーダー)抜けてもいいんじゃねーの?」

 相変わらず真っ直ぐなリョータは、思い切った案を出してきた。

「あたしもアキちゃんさえ戻ってくればどっちでもいいかなー? お金も使ってないから、そのまま返せばいいし」

 ヨシノも頷いて同意している。

 ――うーん、確かに。俺もアキが戻ってくれば別に危険なことをする必要はないと思うな……抜けられればの話だが。

 シムラやハイドも特にどちらでも良いといった感じだった。

 それに対してアキだけがもじもじとしながら別の意見を出す。

「私は……、続けたいと思ってる。誘拐されたセシリアは盲目の少女で、天使のように優しい良い子なの。きっと、今すごく怖い思いをしていると思う。……だから、私も無理をして、追跡部隊に志願しちゃって……」

 ――アキ……天使かっ!

「ほんと、無理しすぎだぜ……よえーくせに。まずは小隊(パーティ)に話すべきだろ? 普通。反省しろっ!」

 リョータがアキに噛みつく。

 ――リョータが()()を持ち出すとは……。

「ごめんなさい……。みんなに連絡取っている時間もなくて……」

 アキは小さな声になり、下を向いてしまった。

「リョータは相変わらず優しくないなー」

 ヨシノがアキの肩を抱いて、リョータを睨み付ける。リョータもヨシノの眼差しには弱いのか、そっぽを向いてしまった。

「まあまあ、リョータでさえもアキのこと心配してたってことだよ。だから、本当に無事で良かった」

 グンゾウはアキを慰める。アキは顔を上げて、微笑む。目には涙が浮かんでいる。

兵団指令(オーダー)について、アキの気持ちはセシリアを助けたいってことだね。俺等はアキさえ助けられればいいって思いだったけど……、機密情報を知りまくって、今更抜けられるかどうかはわからないな……。ねえ、修師(マスター)?」

 グンゾウはカレンに話を振った。カレンは右の眉毛を少し上げる。

「無理だな……。良くて作戦終了まで軟禁、悪ければ口封じに殺されるのがオチだ」

 カレンの厳しい言葉に慣れていないリョータ小隊(パーティ)全員の顔色が変わる。慣れているグンゾウと、何故かハイドだけはあまり変わらなかった。野生の本能なのか、リョータですらカレンにはあまり噛みつこうとしない。流石、ドS中のドSだ。

 アキの思いやカレンの言葉により、結局、グンゾウ達は兵団指令(オーダー)を継続することにした。

「しゃーねー……。大人数で戦うのは嫌いじゃねーし、カズヒコにオーク斬りの人数で負けるわけにいかねーしな」

「あっ! あたしもその勝負に乗る乗るー! 勝ったら何貰えるのー?」

「うおっ! ヨシノに乗っかられるのはちょっと……」

「えー、なんでー? 男女差別ー?」

「姉さん、それ、姉さん参加すると勝てないからとちゃいます? 差別というか格闘技の階級分け的な……」

 なんだかんだ言っても、アキが戻ってきたことで小隊(パーティ)に明るさが戻った。

 ――まあ、同じ戦争なら、あっちのブリちゃんより、こっちのブリセイスの指揮で戦った方が安全そうだしな……。

 

 

【現在】

 

 グンゾウ達は拠点から5キロ圏内の掃討を終えた頃、日が暮れたため補給基地に帰ってきた。街からずっと離れた山中の夜は暗い。深緑の空に紅い月と星々が煌々と輝いていた。

 配給の夕食を摂った後、リョータ小隊には辺境軍から休息用に3つの小さな天幕が与えられた。そのため、天幕の分け方をどうするか話合いがもたれる。

「夜は技術の高め合いをするために、戦士は戦士同士、一緒に寝た方がいいんじゃないかな?」

 リョータが意味の分からないことを言い始める。鼻の穴が通常の2倍程広がっている。

 ――その理論だと、ルミアリス教の信徒は信徒同士、一緒に寝た方がいいってことか……期待はしてないけど、頑張れ、リョータっ!

「何言ってんのリョータは? あたしとアキちゃんで寝るから残りは自由に分けてねー。おやすみー、アキちゃん一緒に寝よーっ!」

 ヨシノがアキを連れて、天幕の中に入っていった。

「みんな、おやすみなさい……」

 天幕の締まり際、アキが顔を出して皆に挨拶をしてくれた。天幕の中から楽しげな声がする。

 ――いいなあ……。

 グンゾウの願いも空しく、リョータの提案はあっという間に却下されてしまったため、残りは男性用2つということになった。リョータは「ちっ!」と舌打ちしてから男性達を睥睨(へいげい)する。

「じゃあ、シムラだな」

 そういうと言うと、リョータは無言で天幕の中に入っていった。

「そうでっか? ほな、おやすみなさいです」

 と言いながらシムラは後に続いた。

「キシシ……」

 残されたハイドとグンゾウはお互いに見つめ合ったが、いつものことなので、無言のまま天幕の中に入った。天幕に入っても特にすることはないので、グンゾウは背嚢を枕に、用意されていた毛布を被って横になった。

「なあ、ハイド。今日使ってたあの魔法はなんだったの……?」

 グンゾウはハイドに背を向けたまま気になっていたことを訊いた。返事は返ってこない。

「無視すんなよー、ちょっと傷付くだろ……もう、寝てんのか?」

 グンゾウが振り返ると、後ろにいるはずのハイドは居なかった。

「はへっ……?!」

 思わず間抜けな声が出る。

 ――いつも通りの修行か……な? まあ、寝床が広く使えるから良いか。

 グンゾウはハイドと話すのを諦めて、毛布の中に身を丸くした。

 目を閉じる。

 暗闇の中で、ここ2日(ふつか)の出来事が頭を駆け巡る。

 ――色々あったな……。リョータが兵士を殴って、あの馬鹿……。ヨシノとヴェールの戦い。ヴェールの美しい顔……、美しい身体……、美しい……。いかんいかん、それだけになってる。ヨシノに吐かれて……、おっさん……誰だっけ? イアン? まあ、どうでもいいわ。カレンが加わって、ブリセイスと会って……今日汗でびっしょりだったな。お風呂どうするんだろ? 違うな……。アキが帰ってきて良かった。アキの可愛い顔……。白い……、白い……。

 昼間の戦いの疲れからか、あっという間に睡魔(ヒュノプス)がグンゾウを暗闇の深淵に引き摺り込む。

 途絶える意識。

 夢の中なのか、わからないふわふわとした感覚の中で声が聞こえる。

「……きろ……」

 ――声……? 白い……アキ……いや、カレン? ……カレンの声?!

「起きろ……グンゾウ」

 グンゾウは腰の辺りがぐりぐりと足で踏まれているのを感じる。

「はっ!」

 慌てて起き上がり周囲を確認するグンゾウ。

 暗闇の中、誰かの気配がする。

 眠りに落ちていた頭は目眩がしているかのように不安定で、周囲の状況が把握できない。

「やっと起きたか……、さっさと付いてこい」

 何者かが、天幕から出て行く。

 意味もわからないまま、声に誘われてグンゾウは這うように天幕から外に出た。

 這っているグンゾウを見下ろすように、人物が立っている。眩しいくらいに輝く紅い月に照らされ、白いまでの金髪が紅く透ける。

 それがカレンだとはっきり認識するまでに、さらに数秒を要した。

戦棍(メイス)くらい持ってこい。馬鹿者」

 カレンがグンゾウを(なじ)る。グンゾウは慌てて天幕に戻ると、戦棍(メイス)を掴んで戻ってくる。

「行くぞっ!」

「は、はい……っ!」

 グンゾウは立ち上げると、全く状況が掴めないまま、カレンの後を追う。カレンはそのまま砦の出口に向かう。門番の兵士から行燈(ランタン)を受け取ると、砦の外に出た。

 カレンはどんどんと森の中に入っていく。森の中に入ると周囲は一気に暗くなり、行燈(ランタン)が無いと何も見えない。気温も下がり、湿気を含んだ冷気が身体を包む。空気の冷たさが寝ぼけたグンゾウの頭をだんだんと明瞭にしていく。グンゾウは置いていかれないように必死でカレンの後を追った。

修師(マスター)カレン……っ! 一体、どこに行くっていうんです? 説明してください。砦からあまり離れると危ないです」

「……まあ、この辺りで良いだろう」

 カレンが連れてきたのは砦近くにある湧水地だった。静かな森の中で、水の湧き出る心地よい音がする。黒い砂利の下から、滾々(こんこん)と水が湧き出て、その水面にきらきらと星々が輝いていた。

 カレンは近くの岩の上に行燈(ランタン)を置くと、グンゾウに向き直る。カレンと目が合う。その目は、修練部屋でグンゾウを見詰める目そのものだった。不機嫌そうな目のようで、その奥に愉悦を含んでいた。グンゾウはこれからどんな虐待(プレイ)をされるのかと恐怖と喜びに打ち震えた。

 カレンが口を開く。美しいソプラノの響き。

「この2日間貴様等の戦いを見ていて気付いたことがある」

「はあ……」

「……貴様だけが戦力になっていない」

「はあ?」

「正直、役立たずだ……。むしろ要らない。全く要らない。老いぼれた(ごみ)だ」

 ――うわー、心地よい程、全否定。傷付くー。

修師(マスター)。私は神官ですから……修師(マスター)にも言われた通り無駄に前線には出ませんよ……」

「貴様のような使えない男の師だと思われるのは、私の沽券(こけん)に関わる」

 ――俺の話は無視かーい!

「そこでだ……。神殿には内密で修行をつけてやろうと思って呼び出した次第だ」

 ――そういうことか……素直じゃないなー、カレンちゃんは。俺と2人っきりになりたかったのね。

「なるほど……お心遣い痛み入ります……。では、早速よろしくお願いします」

 グンゾウはカレンに頭を下げる。

 少しして頭を上げると、カレンがすぐ傍にいた。上げた頭がカレンの控えめな胸に当たる位の近さだ。グンゾウの心臓は高鳴り、声が出そうになる。そこをカレンがグンゾウの口に左手を押し当てて、声が出ないようにする。

「ふぐぐ……?」

 カレンが耳元で囁くように話す。

「黙れ……。修行の前に邪魔が入るようだ」

 グンゾウ達と同様お風呂には入れていないはずなのに、カレンからは甘すぎる大人の香りがした。時折、耳朶(みみたぶ)に触れる唇。震えるような快感がグンゾウの身体を突き抜ける。

 ――ふわあ……たみゃらん……。ん……? 邪魔? もしかして敵襲?

 快感に(ほだ)されていた思考が、遅ればせながら機能し、カレンの言葉を理解するグンゾウ。急に緊張が高まる。

「出てこい。隠れていても分かっている。こちらは無力な神官2人、恐れることはあるまい」

 カレンが誰も居ない暗闇の中に話しかける。

 ――カレンが無力ってのは嘘だけどね……。

 カレンが見詰める先の暗闇が少し(ひず)んだように見えた。グンゾウは歪みに目を凝らす。

 暗闇の中、黒い物体がだんだんと形作られていく。行燈(ランタン)の灯りに照らされ、次第に黒い剣士が姿を現わした。黒い金属で補強された黒い革鎧に身を包んでいる。革鎧には良く油が塗ってあるのか、移動してもほとんど音がしない。

 ――暗黒騎士?!……まさかっ!

 グンゾウの心臓が掴まれたように苦しくなる。ここ2日間は心臓に悪いことばかり続いている。

「忌々しい暗黒神の手先か……っ!」

 カレンが吐き捨てるようにその剣士に言い放つ。

「そう言われたら、偽善の愛を語る光明神の下僕(しもべ)……とでも言い返せばいいのかな?」

 美しい声。そして、グンゾウはその声に聞き覚えがあった。

「……ヴェール……」

 グンゾウは戦棍(メイス)を握る手に力が入った。

「知り合いか?」

 カレンの問いに、グンゾウは黙って頷いた。

「グンゾウ……か。お前と私とは、つくづく縁があるようだな……」

 黒い剣士はそう言うと、竜のような意匠をしたクローズヘルムの面防(バイザー)を上げる。その面防(バイザー)の下にはグンゾウが予想した通りの美しい顔があった。

 切れ長の大きな目に長い睫毛。印象に残る深緑の瞳と凜とした眉。意志の強そうな眼差し。人間離れした小ささの美しい顔。透けるような白い肌。

 ――まさか、こんなところで出会うとは……。まずいな……カレンが強いのはわかっているとして、だからといってあのヴェールの剣に勝てるのだろうか? そもそも俺が狙われたら10秒持つかどうかわからない……。ヨシノもブリセイスもいない……くそっ! 不味(まず)すぎる。

 焦るグンゾウの目の前に、カレンが立つ。悠然とスタッフを構え、緊張した様子もない。

 ――カレンはやる気……なのか?! 戦いを避けることはできないのだろうか?

 

 紅い月に照らされた森の中。

 グンゾウの目の前には白い神官と黒い剣士。奇妙な静寂が、この美しい白と黒を包んでいた。

 

 




「大人って大変」と「大人って変態」は、

「加藤あい」と「阿藤快」くらい違う。

|ω・`)ノシ

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