廃と群像のグリムガル ~不惑の幻想~   作:西吉三

35 / 59
更新しないとお気に入りが減り、更新してもお気に入りが減る(笑)

……(´・ω・`)


5.本当は理解して欲しいけど、伝わらないから……

「どうだった?」

 中庭でカウヒー茶を飲んでいたリョータが立ち上がり、グンゾウに聞いてくる。グンゾウは何も言わずに頭を横に振った。

 リョータが飲んでいたカウヒー茶から湯気が立ち上っている。温かいものを飲んでいた。最近は()だる暑さもすっかり影を(ひそ)め、朝晩は涼しく感じる時すらある。

「ちっ! 意地っ張りが! いいじゃねーか、1ゴールド(くらい)、すぐ稼げんだろ」

 リョータは長椅子(ベンチ)に勢い良く座ると、手で机を叩いた。

「まあ、それだけではないんだろ。人の気持ちはなかなか変えられないさ」

「くそっ! すぐ(あきら)めんなよ、(さと)(じじい)か!」

 ――別に諦めたなんて一言も言ってないけどな……。

「ごめんね。あたしのせいで……」

 ヨシノが済まなそうな顔で下を向いた。

「ヨシノ、全然違うぜ。カズヒコが頑固なだけだ。俺等がいなくて、オークなんかとやれんのかよ!」

 ――カズヒコからすれば俺等にそういう風に思われたくないってところもあるんだろうしな……。

 兵団指令(オーダー)への参加を()めたリョータ小隊(パーティ)。グンゾウはカズヒコ小隊(パーティ)が単独で参加するのは危険と考え、兵団指令(オーダー)への参加を取りやめさせる方向で、説得を開始した。

 まずはリーダー同士で話し合いをしてもらったが、カズヒコの意志は固く、リョータの説得には応じなかった。

 次にグンゾウもカズヒコを説得に行ったが、成果を上げることが出来なかった。

 

 

 少し前、宿舎にて。

「今回の兵団指令(オーダー)の危険性については、リョータからも聞きました。グンゾウさん達のおっしゃることも分かりますが、ぼ……俺も色々調べた結果決めています」

 カズヒコは口調は優しかったが、曲がらない強い意志を感じさせる声だった。胸を張り、背筋を伸ばした姿勢も自信を感じさせる。

「あのカジコ(ひき)いるクラン・荒野天使隊(ワイルドエンジェルズ)や、イシュ・ドグランを倒したチーム・レンジが青蛇隊に参加するそうです」

 荒野天使隊(ワイルドエンジェルズ)はカジコという大柄な美人が代表を務める女性のみのクランで、全員、白い羽ストールを巻き、装備のどこかに白い羽根飾りをつけている。グンゾウは、カジコ自体を見たことはないが、クランの構成員を見たことがあった。男を寄せ付けない強い雰囲気を身に(まと)っていた。

 そして、イシュ・ドグランとはオルタナがオークの一団に攻められ、城門を突破されるというイシュ・ドグラン事件を起こしたオークの(カシラ)だ。事件は、グンゾウ達がギルドで修行中に発生した。()けてリョータに殺されたオークもその一団の1匹だった。

 チーム・レンジとは戦士レンジ率いる小隊(パーティ)だ。その小隊(パーティ)のリーダーであるレンジは、イシュ・ドグランを一騎打ちで破るという快挙を遂げている。レンジ達はグンゾウ達の前に、あの塔で目覚めた新人義勇兵だ。

「おまけに義勇兵全体で既に150人を超える受諾があったようです。オーク200匹に対して正規兵700人+義勇兵150人ですよ。4対1の戦いで1ゴールド。上手くいけば、剣を交えることなく終わります。こんな機会(チャンス)は滅多にありません」

 ――そんな甘い話、あるわけがない。

 グンゾウはカズヒコの見通しの甘さに少し呆れた。

 最近、グンゾウは暇さえあればルミアリス神殿にある図書館で兵法書を読み漁っていた。数は少ないが、古典と呼ばれる名作が多く所蔵されているため、学習効果は高い。

 ――戦争は数だけの勝負じゃない、機動(きどう)が重要なんだ。寡兵(かへい)でも、常に有利な位置に動かれれば、組織立ってない軍隊は分断されて、各個撃破されてしまう。まして、砦を守るのが勇将率いる精兵200匹なら言わずもがなだ。そんなこともわからないのか? 義勇兵は、個人責任至上主義ブリトニー率いる、訓練されてない野盗(やとう)同然なんだぜ。

 そう思っていてもグンゾウは強く言えない。

「そうか。カズヒコは今回はいい機会(チャンス)だって思ってるんだね」

「ええ、そうです。だから、例えリョータ達がいなくても参加したいと思ってます」

「参加したい……のかぁ」

 カズヒコの発言からは兵団指令(オーダー)に対する積極的な参加意欲が伝わってきた。

「ふふふ」

 カズヒコが急に笑い出す。グンゾウは訳が分からず頭を捻った。

「どうした?」

「あ、いや、全然違うなって思って」

 グンゾウはますます分からず、顔の皺が濃くなった。

「リョータは来るなり、『おい、カズヒコ。ヨシノが生理だから、今回の兵団指令(オーダー)()めろ』って言ったんですよ。グンゾウさんは大分違うなと思って」

 ――やっぱりリョータ(あいつ)はアホだ。

「本当に…………面白いだろ?」

「ええ。まあ、気持ちは分かります。ただ、俺にも思うところがあるので、今回は単独でもやれる計算があるんです。リョータやヨシノ、またグンゾウさんに頼り切りではありません」

「そうか……」

 ――リョータやヨシノに頼ってないと見せたいところもあるんだろうな……。それでも、俺はカズヒコ達に死んで欲しくない。

 グンゾウは()()カズヒコを説得することを諦め、カズヒコ小隊(パーティ)が生き残るための戦術を少しでも多く伝えることに気持ちを切り替えた。

「じゃあ、せめて、俺の戦術論を聞いてくれないか?」

「もちろん。グンゾウさんの戦術は聞いておきたいですよ。教えてください」

「最初に、俺が守っている大原則を3つ……」

 グンゾウはカズヒコに思いが伝わるように、懇切丁寧に戦術を説明し始めた。

 

 

 アキが普段着の上に神官衣を羽織り、腰に長剣(ロングソード)という出で立ちで中庭までやってくる。少し猫背で、目立って華やかな容姿ではないが、清楚な(たたず)まいだ。

 今日も長い髪の毛を片側にまとめ、細い肩から胸にかけて垂らしていた。大きくとった前髪(バング)から、少し垂れた目がのぞく。大きく開いた襟ぐり(デコルテ)からは、白い肌に覆われた鎖骨が見えていた。

 ――ほんと、好み。

「あの……、リョータかグンゾウさん? ブリちゃんが『2人(ふたり)のどっちか、または両方、義勇兵団事務所まで来てねーん、ハート』って伝えてと、管理人のおじさんから伝言をもらいました」

 アキがリョータとグンゾウに管理人経由のブリトニーの伝言を伝えてくる。宿舎の管理人は元義勇兵がやっていて、義勇兵団事務所と繋がっている。

 それを聞いて、リョータとグンゾウは顔を見合わせた。目が合った後に、両方とも顔を(しか)める。

「オッサン行けや」

「俺、昨日も会ってるんだぜ。今日会ったら、猛毒が致死量を超えちゃうよ。あと、俺は“オッ”って名前じゃねーけど」

 リョータはグンゾウの言葉を完全に無視して、話し始める。

「アキ、代わりに行ってきてくれや」

「わ、わたし? いいけど、ちょっと……」

 ――んん? ()()のか? 行くのかな?

「お前、“ちょっと”が多過ぎだろ? 生理なら、生理と女らしく言えよ」

「ちがっ!……」

 アキは否定しかけて、恥ずかしさに顔を赤らめ、下を向いてしまった。

「こらっ! 馬鹿リョータ! アキちゃんになんてこと言うの?!」

 ヨシノの平手がリョータの肩を叩く。

「アキちゃんは違うし! アキちゃんは生理じゃないから! 生理なんかならないから!」

 ――出た。ヨシノの天然殺し。これ、攻撃力高いな。俺まで恥ずかしい。

「ヨシノ、お前、嘘が下手すぎてバレバレなんだよ」

 リョータが呆れた顔をする。

「え? ほんとー?」

 ヨシノは一瞬きょとんとしたが、直ぐに訂正をした。

「……あ、いや、嘘じゃないし!」

 アキは居たたまれない。グンゾウはこの状況に機会(チャンス)を見出だした。

「アキ、一緒に行ってくれる? 俺、ブリトニーとふたりっきりになるのは、嫌なんで」

 それを聞くと、この場を離れたかったアキはすぐに返事をする。

「は、はいっ! はいっ! 行きましょう。行って下さい」

 ――んー、リョータの意図しない素晴らしい援助(アシスト)

「おろろ」

 グンゾウは驚ろかされる。アキがグンゾウの腕を掴み、つかつかと宿舎の外に小走りでグンゾウを引っ張っていった。

 義勇兵団事務所までの道中をアキとふたりっきりで歩いていた。先程までの恥ずかしさを晴らすように、アキは紅潮した顔をぱたぱたと手で仰ぎながら、口を尖らせて深呼吸をしている。

「ふー……、暑いなー」

「じゃあ、事務所に寄る前に少し北区の市場でお茶してからにしない?」

「あっ! いいですね。甘い物でも食べないと、元気出ないですもんね」

「たまには(おご)るよ」

「ほんとですか? やったー」

 アキの顔が笑顔になった。

 同時に、一陣の涼風がグンゾウとアキを撫でていく。アキから漂う女性特有の甘い香りが風に運ばれて、グンゾウの嗅覚を刺激した。嗅神経から伝わった心地よい信号によって、グンゾウの脳内に大量の()()が放出された。

 ――嗚呼(ああ)、幸せ。

 

 

 ――嗚呼(ああ)、不幸せ。

 グンゾウのことを睨み付ける青い瞳。その回りには(まばた)(たび)に渦巻きができそうな程、バサバサとした黒い睫毛(まつげ)。その下には、唯一特徴のない整った鼻、悪魔を思わせる黒い唇、そして、全ての生き物を飲み込まんばかりに割れた(あご)

 ――嗚呼(ああ)、俺はあの(あご)に吸い込まれて死んでしまうのかー。

「どこ見てんのよー!」

 ブリトニーが(すご)む。

「はっ! はい。なんでしょうか?」

 グンゾウは背筋がしゃきっと伸び、直立不動の姿勢になる。釣られて、一緒にきたアキも直立不動の姿勢になる。ここは義勇兵団事務所。

「あらやだ、冗談よ、グンちゃーん。筋肉馬鹿は来ないのね。まあ、いいわ。別に誰に伝えてもいいから」

 ――だったら、リョータと俺を指名すんなよ……。

「あんた達はさー。何でも、今回の兵団指令(オーダー)を受けないって言うじゃなーい?」

 ブリトニーは何だかよく分からない金属と革でできた装備を(いじ)りながら話した。布で磨いたり掃除をしている。腰に付けるような装備だが、内側に変な突起が生えていた。何に使用するかは分からない。

「選択は()()だからな」

 グンゾウは胸を張って堂々と答えた。この件に関して何も後ろ暗い気持ちはない。

 質問したわりに、ブリトニーはグンゾウを一顧(いっこ)だにしない。

「ふーん。まあ、やっぱり女って大変よねー」

 そうブリトニーに言われたアキが、恥ずかしそうに顔を赤らめて、下を向いた。

 ――どこまで情報が漏れているのやら。

「まあ、いいわ。オルタナに残る義勇兵も必要だしね。他でもない、あんた達に誰でもできちゃう安全な兵団指令(オーダー)斡旋(あっせん)よ」

「は? 何を?」

 ブリトニーは奇妙な装備を棚に片付けながら、話を続ける。

「グラハム・ラセントラ将軍率いる赤蛇隊がリバーサイド鉄骨要塞、レン・ウォーター准将率いる青蛇隊がデッドヘッド監視砦を攻めている間、オルタナの防備は手薄になるわ。その間、オルタナを防衛する役目を担っているのがイアン・ラッティー准将なの」

 グンゾウはよく分からない人物の名前が複数飛び出てきたので混乱していたが、ブリトニーは気にせず続ける。

「そこで、オルタナの防衛にも義勇兵団の力を借りようと、辺境軍から要請があったわ。つまり、兵団指令(オーダー)よ。ただの夜警(やけい)の手伝いね。通常なら戦闘が発生することすらないわ。オルタナの中を一晩中ぷーらぷらお散歩。酔っ払いが寝てたって助ける義理はないわ。それだったら心配性の神官でも、仲間を説得できるでしょ?」

 グンゾウはブリトニーがお得意の両掌を上に上げた、お手上げの姿勢をしてから、首を(かし)げた。

「さあ? 報酬次第かな? その夜警のお手伝いってのはいくらなんだい? 俺等はとびきり優秀な新人義勇兵だからな。お高いぜ」

 ブリトニーは口をへの字にして、同じくお手上げの姿勢をしてから口を開いた。

「ゴブリン退治くらいしか実績無いのに、大した自信ね。でも、喜んで。破格の報酬よ」

「ほう」

 グンゾウは期待して、ブリトニーの次の台詞(セリフ)に耳を傾ける。

 アキも興味津々で耳を傾けていた。腕には道中に喫茶したお店で買った、ヨシノへのお土産を抱えている。

「なんと………………」

 ブリトニーは長くて黒い睫毛をバサバサ鳴らしながら、目を閉じる。次の言葉までの()めを作った。1秒、2秒、3秒経ってもブリトニーは動かない。

 ――()めるなー。一体、いくらなんだ……。

 グンゾウの心に苛立ちが芽生え始める。

 すると、ブリトニーは突然目をバチっと開く。そして、右手の人差し指を立てて、グンゾウの方に勢い良く突き出す。グンゾウとアキは驚いてびくっとなる。アキはヨシノへのお土産を落としそうになって、慌てて空中で(つか)まえる。

()()()()()よ。新米さん」

 ブリトニーはこの上なく気味悪い笑顔でそう言った。

 

 

「んだよ。夜勤やって、1シルバーかよ。そんなんやる価値あるかー?」

 グンゾウは宿舎に帰ると小隊(パーティ)の全員を呼んで新たな兵団指令(オーダー)について説明をした。相変わらずリョータが不満を言っている。

「まあ、いいじゃないか。深夜3時くらいから朝までの短い時間だし。オルタナの街の平和を守るっていう崇高な目的もある。カズヒコ達を見送ってからすぐに天望楼に行けば十分間に合うから」

「あたし、夜のオルタナ楽しみー。過去に死んだ女義勇兵の幽霊とか出るかもー? 長い黒髪を垂らしてさー。怖いー! ふふふ。生理中は眠くなるから、昼から寝とこっと。ところで、これ()()()()してて、おーいしーねー!」

 ヨシノは積極的(ポジティブ)だ。そして、仲間に対して“生理”という言葉を使うことへ恥じらいがなくなっている。アキからもらったお土産のドーナツを頬張(ほおば)って上機嫌だ。

 ――()けっ(ぴろ)げ過ぎていて、おじさんは逆に恥ずかしい……。

「ヨシノ……」

 アキも苦笑している。

「キシシシ、夜警はいいが、カズヒコ達が兵団指令(オーダー)に行くとは限らない。シシシ」

 突然ハイドが妙なことを言い出した。

「なんやねん、突然。何か根拠でもあるかいな?」

 シムラが疑わしそうにハイドに()いた。

「シッシッシ、僕には確実に引き留められる策がある。キシシ」

「まじかよ。オタクっ! 言ってみろ」

 リョータが膝を叩いてから、ハイドを指差す。

「キシッ! 当日まで黙っておく。今から準備する。シシシシシシシシ」

 そう言うと、ハイドは「シシシシ」言いながら出掛けてしまった。皆、不思議そうな顔でハイドを見送った。

 ――相変わらず、言行(げんこう)が謎だ……。

 

 

 それから、グンゾウ達はカズヒコ達を説得することができないまま、時間だけが過ぎていった。気が付けば兵団指令(オーダー)は明日へと迫っていた。

 

 




そろそろ戦闘シーンが恋しくなりますね(`・ω・´)

早く話を進めたくなって文章が乱れているのが気になります。
次はもう少し期間を空けて投稿します。

本当は理解して欲しいけど、伝わらない時、皆さんはどうしますか?

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。