薄暗いシェリーの酒場。
その真ん中で、多くの義勇兵から注目を浴びている光り輝く一団があった。その一団はゴブリンスレイヤーと呼ばれ、先輩義勇兵から
「みんなー、今日は俺達のおごりだ-! じゃん、じゃん、飲んでくれ-!」
声を出したのは、見覚えがある天然パーマの小柄な少年だった。少年の顔は紅潮し、自信に満ちあふれていた。
周りを囲む義勇兵達から
酒が
シェリーの酒場でたまに起きる、
「あれ? 今日はなんかあったの?」
既に始まっていた打ち上げにアキと遅れて到着したグンゾウは、先に到着していた仲間達に尋ねた。
「なんかねー。
酒場全体の雰囲気に酔っているのか、普通に酒に酔っ払っているのか、ヨシノが楽しそうに状況を説明している。手に持った杯には、今日もウワの実から作った蒸留酒が入っていた。
全員が、ヨシノの発言は少し間違っているように感じたが、既にヨシノ翻訳機を脳内に搭載しているため、間違いなく意味は伝わった。
「ほほー。なんだか得したね。
グンゾウはさりげなく自分の隣の椅子をアキのために引きながら座る。アキは特に違和感を覚えた様子もなく、小動物のようにちょこんと頭を下げるとその椅子に座った。
――幸福は小さな努力の積み重ねで実現する。
「なんでも30ゴールドらしいですよ。それにデッドスポットがいなくなったことで、サイリン鉱山での狩りがずっと安全になるので、3階層目くらいまでの狩り場で安定して稼げるようになりますね」
タイチは表紙がぼろぼろに擦りきれた手帳を見ながら、興奮している。
「へえっ! 30ゴールド! デッドスポットって強いんでしょ?
「あいつらなんて、大したことねーよ、今回の俺様の活躍に比べれば……な、眉毛!」
既に顔を真っ赤にしたリョータが、右隣に座っているタナカと肩を組んだ。タナカは迷惑そうな顔をした。リョータの前の
――え? リョータはそんなに活躍……あ、したって言えば、したな。うん。うん。した。した。ん? ヨシノは
「ああ……、う、うん……、まあ……」
戦闘が終わったタナカは借りてきた
「お前は根暗かっ!」
リョータがタナカをからかう。
大きい体を小さくしているタナカは、先程からちらちらと目線だけでアキの顔を
――要注意人物
今日の打ち上げにはダムロー旧市街奪還作戦に参加した仲間全員に声をかけた。クズオカ達は別の狩り場に移動する予定があり、お断りの申し出があった。意外と働き者だ。
シンジョーとオダは用事があり、グンゾウ達よりさらに遅れてくるらしい。シンジョーとオダは同じ
胸とお尻をプリプリさせた若いお姉さんの手によって陶製のジョッキがふたつ運ばれてくる。店に入った時に頼んでおいたグンゾウとアキの分のエールだ。
「よし、グンゾウさんとアキのジョッキが来たから、本番の乾杯をしよう!」
カズヒコが立ち上がった。それに従って全員立ち上がる。
「じゃあ、乾杯の挨拶をグンゾウさんから」
「え?」
突然、乾杯の挨拶を任されてグンゾウは戸惑った。
――ここは大人の実力の見せ所か……。
「あー、何だか、ゴブリンスレイヤーにお祝いの雰囲気を取られちゃったけど。まあ、みんなが頑張ったおかげで、俺等もすごく成功した。もちろんタナカを始め、他の
皆がタナカに頭を下げる。タナカも恐縮したように頭を下げた。
「オッサン、挨拶がなげーぞー! おねーちゃん、もう1杯!」
できあがっているリョータは乾杯前に杯を飲み干している。「態度が悪い!」とヨシノに肩を叩かれて、なんだか嬉しそうにしている。
「……コホン、ダムロー旧市街にいた新市街のゴブリン勢力も弱体化し、新人義勇兵が安全に狩りができるようになるだろう。俺等は今後現れる後輩のためにすごく
「かんぱい! 勝ってうれしー!!」
「俺様かんぱーーーーーーーーーーーい!」
「かんぱい」
「乾杯っ!!」
「かんぱーい、あかん、俺の酒、もうないで」
「かんぱーい!」
「かんぱぇへへへへっ!」
「なにそれ? かんぱーい」
「乾杯、疲れたー」
「キシっ!」
「……乾杯っす!」
「……ぃ」
「おっ! 俺ちゃんも入れてー、ぱんかーい!」
突然どこからか現れたキッカワも参加し、皆それぞれに乾杯をした。杯を何度もぶつけ合い、お互いの健闘を
グンゾウも目の前のタナカや隣にいるハイドやアキだけではなく、全員と杯が割れそうなほどぶつけ合って生き残った幸せを分かち合った。
――稼ぎなんてどうでもいい。仲間を誰も失うことがなかった。こんな素晴らしいことはない。
「……やっぱりすごい美人ですね。あれだけ痩せているのに、あの神官衣の下の膨らみはやばい」
酔っ払ったカズヒコが目を輝かせる。カズヒコは割と女性の胸が好きだなとグンゾウは思った。至って
「うん、そうだね……。手足が細くて長くて、顔が小さくて、
グンゾウも酔いで座った目で答えた。グンゾウは女性の
「何て言うか、昔、組んだことあって……あの時は二度と会いたくないって感じの性悪女だったけど、あんな笑顔を見せるなんて信じられない。今ならずっと組んでいたい」
タナカが珍しく
――アキにちくったろ。
「……かわいいっす」
デカいクザクが頷く。
「あれ? クザクも女の子に興味なんてあったの?」
グンゾウがデカいクザクを見上げるように質問をした。クザクが呆れたような目でグンゾウを見下ろして答える
「当たり前……じゃないっすか。俺は
「俺はアキさんが……、いや、でも、メリイは飛び抜けた美人だからもっと好きだ」
後から打ち上げに参加したオダが最低な発言をした。
――この発言は絶対忘れない。
「……」
シンジョーは黙って酒を飲んでいる。リョータとタナカの間に座って相変わらずの笑顔だ。寝ているリョータに上着をかけてあげたり、妙に優しい。
夜も更けて、打ち上げは既に終わり、中締め解散していた。リョータはいつものように酔いつぶれ、
そして、グンゾウ達は何をしてるか?
酔っ払った6人の男達(シンジョーは除く)は、アルコールによる影響で脳の活動水準が低下し、完全に
今、評価対象になっていたのはゴブリンスレイヤーの神官メリイだった。
彼女は一時期、固有の仲間を持たず、誘われるがままに
しかし、ゴブリンスレイヤーと盛り上がっている彼女の顔を見る限り、そんな片鱗は少しも
幸せそうな笑顔で仲間と勝利を祝っていた。その美しい顔は、清楚で大人な表情の中に、一滴の幼さを感じさせる
「でもっ! あえて僕はゴブリンスレイヤーの中で言えば、あの魔法使いを
カズヒコは飲み干したジョッキを机に置きながら、良い声と良い顔で
「だって見てください。あの白く柔らかそうな肌質。抱き心地の良さそうな丁度良い肉付き。それになんと言っても
熱くなったカズヒコは
皆の間で「なるほど!」という同意の
「あっはっはっはっは。ひーひっひっひっひ、カズヒコくっだらねー。サイテーだな」
グンゾウは腹が
「あれ? なんか違いました?」
カズヒコはニヤけた顔をしながら、首を傾げた。酔いが良い感じに回っている。
「あ、面白い話ついでに、リョータはゴブリンスレイヤーの中で誰が一番良いって言ってたか分かりますか?」
寝ているリョータのことをちらりと横目で見ながらカズヒコは謎かけをしてきた。
皆、頭を傾げる。酔っ払いなので頭が回らない。
「んー……、普通に女神官とか?」
クザクが白けた顔で答えると、カズヒコは嬉しそう微笑んだ。
「違うんだよ。なんと、あの狩人の女の子だって。あの子に話しかけたことあるけど、かなりの天然で意味不明なことを言う女の子なんだよね」
また皆の間に「ほほう」という同意の
「それっぽいなー、リョータは天然の女の子が好きなんだなー。……ていうか、カズヒコは何であの女の子に話しかけてるんだよ」
また爆笑が巻き起こる。グンゾウはユメにヨシノの姿を重ねて思い浮かべていた。
「じゃあ、じゃあ、次はあっちの
カズヒコはまた別の
――今夜はすごい楽しいなぁ。
グンゾウは酒場の喧噪と酒に浮かされて、ふわふわとした幸せな雰囲気を満喫していた。
翌朝。オルタナは未明に小雨が降り、明け方からずっと
稼ぎなんてどうでもいい。仲間を誰も失うことがなかった。こんな素晴らしいことはない。そんなグンゾウの
「25ゴールド?!」
グンゾウの声が
ダムロー旧市街での戦争(既に戦闘の域を超えている)から得た戦利品は、荷馬車2台で運び出した。食料等は全て破棄し、現金と宝石、そして
買取り品の量が膨大な量なので、
通されたのは買取り屋の裏にある、大きな倉庫の前だった。倉庫には重厚な金属の扉が付いており、これまた大きな錠前が掛けられていた。周囲は高い石壁で囲われ、隔絶された静寂さが漂っていた。捕まった罪人のような気分になる。
買取り屋の壮年の男性は、疲れた様子で灰色の髪をかき上げながら、ぼりぼりと頭皮を掻く。ふけが肩にぼろぼろと落ちて、それを手で払う。そこでひとつため息を吐くと、羊皮紙にまとめられた買取り品の一覧表を見ながら説明を始めた。
「あー、大体そうなるね。価格のほとんどはこれらね」
そう言って男性は、赤、黒、青の揃った甲冑を指差した。
「この赤と黒と青の甲冑は、なかなかお目にかかれないくらい良質な金属で出来ていたのと、表面に施された装飾に小さな宝石が埋まってて、それぞれ6ゴールド」
「まじか……」
グンゾウと一緒に来ていたシムラが驚きの表情で固まっている。なお、アキとチョコ、チョコの付属品としてミッツも一緒に来ていて、3人とも目を大きく開けて驚いている。チョコは目の玉が落ちてしまうのではないかと思うくらい目を見開いていた。
「この青い弓が2ゴールド50シルバーね。残りの装備と屑鉄は一山で2ゴールド。宝石類や呪術品が全部で325シルバー。あと、あんたら馬鹿かね。銀貨まで一緒に預けてったじゃろ? 数えたら206枚あったぞ。戦争でもしてきたのか? ありがたいが、
男性は呆れた表情をして、グンゾウ達の目の前に金、銀、銅貨の詰まった袋を積み上げると、その上に羊皮紙を2枚出した。
「受け取りの署名を2枚にしとくれ。1枚はお前さん方用の明細だ、既にわしが署名してある」
買取り屋からの帰り道、大量の貨幣を運びやすくするため、まず最初にヨロズ商会へ寄った。両替されて出てきた金貨を持つグンゾウの手が震えた。
「こんな大金、手にするの2回目だなー」
宿舎への帰り道、グンゾウは思わず声に出してしまった。
「1回目じゃないって、すごくないですか? また、服が買えそう」
チョコは嬉しそうにスキップしながら進んでいた。
「へへへ、俺等、大金持ち? へへっ!」
「ま、先輩義勇兵の中には仲間を失った
――クズオカ達と分けたら、1人当たり1ゴールドちょっとだしな。
「それも、すごい話っすねー。俺はそんなことでけへんわー」
命を懸けた大変な作戦だったが、それなりに報われたため、皆、帰路の足取りは軽かった。
1人だけ濡れてぬかるむ地面を眺めながら、浮かぬ顔をしている仲間がいた。
……アキだ。
彼女は大金の護衛に付いてきているため、白い部分鎧の上に神官衣を纏い、黒い長剣を腰に帯びていた。
「どうしたの? アキ。浮かない顔に見えるけど」
グンゾウが声をかけると、アキは真剣な表情のままグンゾウを振り返った。
「あ、いや。買取り金額の件で……」
「え? なんか不足があった?」
「いえいえ、違うんです。
アキは真剣な顔で分配の公平性について悩んでいた。そんな真面目なアキがグンゾウはたまらなく可愛かった。
「まあ、いいんじゃないの? 最初に決めた
「そうなんですけどね……」
「買取り額を知っても、もうヨシノはあの槍を手放さないと思うよ?」
ヨシノも白甲冑の槍を接収していた。当然、槍の長さは身長に合わないため、穂だけを自分の槍に取り付けていた。
「ヨシノは……今回の戦いで一番活躍しているので。でも私は……」
――んー。どうしたらいいのかな? ……いや、ここはいつもの
アキは割と悩む性格だ。リョータ
最近はグンゾウもアキの性格に慣れてきていて、こういう場合は解決しなくても話を聞いて、慰めてあげればいいのだと割り切っている。
「そっか、ヨシノよりも活躍していないと思ってるんだ」
「……ええ、ヨシノがいなかったら、勝てなかったと思うし」
「そうか、勝てなかったか……。でも、指揮を預かってた俺からしてみれば、アキがいなかったら、あの戦いは絶対勝てなかったけどな」
「えっ?」
アキが色白の顔をグンゾウに向けて、小さな驚きの声を出した。グンゾウは笑顔で見返す。
「黒甲冑はアキが
「そんな、それは……」
アキは恥ずかしそうに
「それでも、もし、すっきりしないなら、悩んでないで、帰ってみんなに聞いてみようぜ」
そう言うとグンゾウはアキの背中を背当の上から叩いた。
「は、はいっ!」
アキは叩かれた勢いで胸を張り、数歩前に出た。
そこに突然、後ろからチョコが駆け寄っていって、アキと腕を組んだ。
アキは一瞬驚いたが、チョコが何事かを耳元で囁くと、2人で楽しそうに話し始めた。
アキはもう地面を向かずに話している。
――良かった、良かった。やっぱりガールズトークが一番楽しそうだな。しかし、なんで突然チョコが走ってきたのか?
そこへ後ろからミッツが現れて、グンゾウを追い抜いてから止まった。がっくりと肩の力を落としている。
「どうした? ミッツ?」
「へへっ、グンゾウさーん、チョコが俺の話を聞いてくれないんですよ。へへへ」
心なしか、ミッツの笑い声は弱々しかった。
――しかし、何故笑っている?
「へらへら、俺、ダムローで大活躍しましたよねー? でも、チョコが全然認めてくれなくて、へへへーい」
「あー、うん、あ、あ、そうね……そうそう、活躍してたよ……」
「ですよね! へへへへへっ!」
ミッツは嬉しそうな顔をすると、またチョコの方へ話しかけに行った。
しばらく見ていると、チョコに嫌そうな顔をされていた。
「うん、きっと。……俺は見てないけど」
グンゾウはミッツが居なくなった後で、そう小さく
――あー、なんだかアキの悩みは可愛いく思うのに、ミッツの
グンゾウは反省しつつ、ため息を吐いて空を見上げた。オルタナの空は、グンゾウの気持ちを反映させたような曇天模様だった。
「あの青い弓、もろうとけば良かったかなー?」
グンゾウの傍でまた1人悩み始めた少年がいた。しかし、グンゾウは聞かなかったふりをした。
この世は誰もが悩みを抱えている。
1日に何話も投稿したら、アクセス数がどう伸びるかの実験をする予定です。
この日のために、少し書き溜めました。
話の質は落としたつもりはありませんけど、元々低いのはご愛嬌。