グンゾウ達が石壁の部屋から出た場所は小高い丘の上だった。
振り返ると高い石造りの塔がそびえ立っていた。グンゾウ達はさっきまでこの塔の地下にいたのだ。足下の丘には地下構造が眠っているのかもしれない。
塔の出口付近には
――コスプレおじさんは2人いたんだ……。なんだか感じ悪いな。ところで、今何時なんだろう?
今が何時なのかはわからない。しかし、夜なのは間違いない。空は美しい深緑色をしていた。星々は白く、明るく、空を覆い尽くすように
――月の色、何か違う気がする……。俺の知っている月は赤くなかった。
「わぁ! 星がきれー!」
丘の上では夜空を見上げながらひとりの女の子と思われる
――「星がきれー!」とかいう状況? 精神的に強いなぁ。俺、なんだか、もう環境の変化に心が付いていかないわ。
「あれ、街っすかねー?」
ひとりの男が近づいてきて、丘の前方に広がる街の灯りを指差しながらグンゾウに話しかけてきた。この声は聞き覚えがある。塔の地下で「
街は
「街だろうね。でも古代の
「ですよねーってことは、人が住んでるってことですよねー、なら飢えて死ぬことはないなぁ的な?」
――たくましい男の子だな。
グンゾウは思った。松明と満月のおかげもあり、夜だけれど暗闇という感じではなかった。人物の詳細な容貌はわからないが、ある程度は見える。声から大体分かっていたがシムラも若い男の子だった。10代半ばで、イガグリ頭をした元気そうな少年だ。半袖半ズボン。けして貧弱なタイプではないが、背はグンゾウより低く165センチくらいで、まだ体もそんなに出来上がっていない感じである。言葉に少し
背後であの声がする。
「キシシシシ、ふ、キシシ、ふ、シシシシシシ」
――「ふ」ってなんだよ。
塔の階段で不気味な笑い声をあげていた男がグンゾウの斜め後ろにいた。辺りは少し暗がりになっている。街の灯を見ながら
グンゾウはその少年が気になって
「君の名は?」
少年は一瞬びくっとする。
「……ハイド」
シンプルな返事。
「そっか、ハイド君と言うんだね。私はグンゾウ。」
「知ってる……キシシ」
少しムッっとした。きっと一瞬表情が曇っただろうとグンゾウは思った。
――暗くて良かった。表情が読まれにくい。大人の対応。大人の対応。
「そっか。君は何か覚えているかい?」
「……覚えてる」
「えっ!」「えっ!」
異口同音。ほぼ同じタイミングでグンゾウとシムラは声を出してしまった。
「この世界で僕は最強……。キシシ」
「あぇ?」「あぇ?」
二度目の異口同音。グンゾウもシムラも思わず呆けてしまった。
――アア ナンカ ヤバイヤツニ コエカケチャッタ……。
「なんや、ボケかいな」
シムラが右手でハイドに思わず突っ込んだ。
「ボケ……ではない。キシシ。でも、まだ確信がないから言わない。キシシ」
「なんでやねん、言えや」
シムラは笑顔で突っ込んでいる。
「はぁ……」
グンゾウはため息をついた。
――しかし、このままここにいても
「おーい、みんなぁ、こっちへ集まってー」
誰かの呼びかける声がする。さわやか君だ。
「あれー? さっきの兵士みたいなのはどこへ行ったのー?」
先程の舞子が声を出した。
「無言で壁の中に消えていったよ。おまけに塔の出入り口も閉じちゃったし」
さわやか君が答える。
「挨拶もないの? 感じ悪ーい」
――うーん。そういうこと……かなぁ?
グンゾウが小さな疑問に悩んでいると、さわやか君があらためて「カズヒコ」と名乗った。カズヒコが全員を集めたのは今後について話合うためだった。
「このままではいけないと思うから、行動をしたいと思う。最初の行動としては、目の前に見えている街らしき場所に行くことだと思っている。道中が安全か、街の住人が友好的かもわからないので……」
カズヒコが今後の行動について話を続けている。
しかし、グンゾウは違うことが気になっていた。明確な違和感だ。
――若い。みんな若い。
そう、松明の近くに集まって初めて分かったが全員グンゾウよりも若かった。しかもかなり若い。ほとんどが10代半ばから後半だ。20代に見えるのもカズヒコ、マイルドヤンキー、ひょろっと背が高い男、そして背が高くきりっとした目つきのロングヘア美女、細目の男の5人くらいだった。それでも20歳前後だろう。グンゾウは明らかに30代後半だ。グンゾウ自身も微かに自分が30代であるという記憶がある。しかも格好が変だ。皆は割と動きやすそうな格好なのに、グンゾウだけ
――なんか……ちょっと浮いてる……?
グンゾウはちょっと不安になった。明らかに間違った場にいると感じてしまう。
「一応、先頭はリョータと僕で進もうと思うんだけど、何かわからない点とか質問ある人いる?」
リョータとはマイルドヤンキーのことだ。
そこへ突拍子もなく、甲高い女の声が響き渡った。
「はい、はい、ははーい! 質問! 質問! 街までの暗い道中、案内人居なくて大丈夫なのかなー!? かわいい案内人が絶好のタイミングで現れちゃったりしちゃうんじゃないですかねぇ、参上しちゃうんですよねぇ、どこだーっ!?」
――誰だ?!
全員が周囲をキョロキョロと見渡した。うろたえている。女性の誰かが声を発したのか思い確認した。女性は5人。舞子、塔の中で後ろにいたボブカットの大きな目の子、背が高くきりっとした目つきのロングヘア美女、ショートカットの子、ミディアムヘアの色白で細い子だ。全員周りを見て、声の主を探している。つまり違う。
「誰だ! 出てこい!」
リョータが叫んだ。
「もー、毎回同じリアクションでつまんないなー、慌てなーい、騒がなーい、なおかつ気を抜かなーい、毛も抜かなぁーい、
――話し方がうざい……。
声は塔の裏手から聞こえてきた。
「ちゃらららららーん、ちゃらららららーんららーん」
塔の裏側に視線が集中する。
場にそぐわない歌を歌いながら1人の女性が出てきた。ツインテールの髪型をした女だ。手には
「どーもー。元気ですかー。元気があればなんでもできるかどうかはわかりません! ようこそグリムガルへー。案内人をつとめさせていただく、ひよむーですよー。初めましてー。よろしくね? きゃぴーっ」
――うざい。うざいすぎる……。生理的に受け付けない。
全員がひよむーと名乗る女の勢いに押されて、
「あかん。出落ちを持ってかれた」
隣にいたシムラが悔しそうに呟いた。
ひよむーはとことこと歩いて、グンゾウ達の傍まできた。
「あれ? 今回の人達はつまんないですね。のーりあくしょんってやつですかー? きょへっ。じゃあ、話を進めてお仕事しちゃいまーす。きゅんきゅん」
そう言いながら、ひよむーはにっこり笑った。
――
「ひよむーは、みなさんのような人達をオルタナに案内する案内人でーす。とりあえず、ついてきてくださーい。あ、オルタナってのはアラバキア王国の「辺境」にある要塞都市ですよ。みなさんの目の前にあっるやっつでーす」
――正直、ひよむーの言うことの半分も分からない。オルタナ? アラバキア王国? 辺境?
シムラも隣で目を細めて頭をひねっている。イガグリ頭が斜めに傾いた。理解していない仲間がいて、グンゾウは少しほっとした。
「ぐずぐずしてると、置いてきますよー。あ、暗いから行燈を持ってきました。ひよむー、えらーい、かしこーい、かーわーいーいー。てへぺろっ! あ、そこのおじさんとイガグリ頭は行燈を持って足下照らしてね!」
ひよむーは、グンゾウとシムラに行燈を渡すと、ツインテールを揺らしながら歩き出した。全員付いていく意外に選択肢もないため、一列になってぞろぞろとひよむーの後を付いていく。グンゾウとシムラも先頭の方を歩いていた。
――おじさん……。わかってるけど、おじさんって……。
「グンゾウさん、俺、列の後ろの方を照らしながら歩きます」
「ああ、頼むよ。シムラ君。私は真ん中の辺りにいるよ」
「承知! あの、呼び名はシムラでいいっす!」
そう言うとシムラは列の後ろの下がっていった。
――俺も真面目に働こう……。
行燈の灯りを分散するため、グンゾウは列の真ん中くらいを歩くことにした。足下に注意しながらてくてくと歩く。
行燈に照らされて初めて分かったが、塔から丘の下へと向かう道があった。道は踏み固められた黒い土だ。道の両脇は草むらとなっている。丘を覆う草むらには大きな石が整然と並んでいた。
――あれは何だろう? 遺跡?
グンゾウが思っていることより正解らしい答えが聞こえてきた。
「あれ、お墓じゃない?」
「へっへっへ、じゃあ、お化けがでてくるかもなー」
「やめてよ、怖い!」
グンゾウの近くにはショートカットの女の子とヘラヘラしている男の子が話しながら歩いていた。随分お気楽な感じだ。
ショートカットの女の子は身長160センチくらいで、中肉中背、フードの付いた服にパンツスタイルだ。失礼な表現だとあまり特徴の無い10代半ばの女の子と言った印象だった。
ヘラヘラしている男の子は身長170センチちょっとでグンゾウと同じくらい。痩せ型。前髪が気になるらしく常に手櫛で直していた。同じく10代半ばに見えた。ちょっと落ち着きが無い。ショートカットの女の子と同じような格好をしている。
2人の少し後ろには背が高くきりっとした目つきのロングヘア美女が無言で歩いていた。
――念のため、名前くらい聞いておこうかな?
「私はグンゾウ。はじめまして。君たちの名前は?」
「私はノッコです」
ショートカットの女の子が答える。
「俺はミッツ! よろしくぅです!」
ヘラヘラしている男の子がヘラヘラ答えた。
「ノッコさんに、ミッツ君と……よろしく、えっと君は?」
グンゾウは振り返りロングヘア美女に声をかけた。彼女はグンゾウの方を見ることなく、表情ひとつ変えず答えた。
「ヴェール」
「ヴェールさんね、よろしく」
彼女からの返事はなかった。彼女は遠くを見ている……ような目をしていた。
彼女の身長は170センチ程度あると思われた。グンゾウ達の女性の中では身長が一番高い。痩せていて、体のラインが出るぴったりとした黒い服を着ていた。さらに顔も小さいため、一般人とは人種が違うと思える程スタイルが良かった。
何よりも印象的なのは眼差しの強さだ。切れ長の大きな目に長い睫毛。眉毛も濃く鋭い。素直で
行燈の灯りに照らされて陰影がはっきりした彼女の顔はとても美しい造作だったが、それが好意に繋がらないくらい人を寄せ付けない冷たい印象をグンゾウは持った。
しばらくの間、夜道をずらずらと列になって歩いた。
「そろそろ、オルタナの街ですよー! はぐれちゃ駄目ですよん。はぐれても探さないですよー。うっふふふ……」
列の前方からひよむーの声が響く。
足下を見て慎重に歩いていたグンゾウも前を向いた。
目の前には丘の上から見ていた小さな街の灯りが、視界に大きく広がっていた。