よく考えると記憶を失うことってすごく哀しいですよね。
今日はスーパームーンらしいですが、紅い月は出ません。
「パパ、遊べぇー」
髪の毛をツインテールにした3,4歳の女の子が襲いかかってくる。その後ろからはさらに小さい男の子が
掛け布団の上から全体重を預けて腹部に飛び込んでくる。グンゾウはその衝撃で「おふっ」と声が出た。小さな男の子も足下によじ登ってくる。
「……今日は疲れているから、おはようございません」
グンゾウは掛け布団を引っ張り、奥に潜ろうと試みた。
「だめ、だめぇ。ふぬー!」
女の子はお怒りだ。顔を般若のようにしているつもりだが、変顔にしか見えない。
グンゾウは思わず笑ってしまう。
「こらこら、……ちゃん、パパはお仕事で疲れているんだから、少し寝かせてあげなさい」
女性の優しい声がする。顔は見えない。
「やだ、やだぁ、遊べ! ぬーん!」
女の子がしがみついてくると、髪の毛からシャンプーの匂いと幼い子どもの特有の甘い匂いが混ざった香りがした。
――これは起きないと駄目かな……。
グンゾウは諦めて目を開けた。
目の前には眩しい程の
西に沈む大きな夕日がオルタナの街を茜色に染めていた。
グンゾウは街の中心から義勇兵宿舎に向かう途中にある、小川にかかる石の橋の上にいた。
石造りの低い
「あれ? 夢……か」
――何か大切なことを思い出していたように思えるけど。今、見た夢すら思い出せないや。
グリムガルに来た時に味わった、体の一部を失うような
誰かが近付いてくる足音がして、名前を呼ばれる。
「グンゾウさん」
落ち着いた、意外と低い声。でも可愛らしい女性の声で名前が呼ばれる。
声だけで誰だか分かる。あの女性だ。
「アキ」
グンゾウは振り向いて、アキの顔を見上げた。アキは街での普段着の上に神官衣を羽織り、髪の毛は片側にまとめて縛っていた。グンゾウは、自分よりアキの方がずっと神官衣が似合うと思った。
――アキの髪の毛もすっかり長くなったな……、かわいい。
グリムガルに来てから随分長い時間が経っていた。当初数えていた日数も最近では数えることを
アキがグンゾウの顔を見て、伏し目がちの目を大きく開き、驚いたような顔をする。
「どうかした? 何か顔に付いてる?」
グンゾウが尋ねる。
「あ、……いや、その、グンゾウさん……」
「ん? ごめん、鼻毛とか出てる?」
アキは言いづらそうにしていたが、グンゾウが全く気付いていない様子だと分かると意を決したように口を開いた。
「グンゾウさん……、泣いてるから」
「え?!」
グンゾウは自分の頬を触る。頬を流れる涙が指先を温かく濡らした。
――俺は……泣いていたのか……。
少しの間、時が止まったような空気が流れる。
「あれ、どうしてだろ? ちょっと寝ててさ。何だか懐かしい夢を見ていたような気がしたんだ。全然覚えてないんだけど……。恥ずかしい所見られちゃったな……」
グンゾウは、目を
「いえ、ごめんなさい。戸惑ってしまって。大人の男性が泣いてるのなんて、あまり見慣れてないから……」
アキも細くて白い指を体の前で絡ませて、恥ずかしそうにしている。
「あー、あっ、そう、あ、どうしたの? 俺に用事かな? シムラが怪我したとか?」
グンゾウは気まずい雰囲気を変えるために、違う話題を振った。
「あ、ち、違います。えーっと、その、そうそう、打ち上げです。今回の作戦成功の打ち上げに行こうって、みんなが。いつものように、シェリーの酒場ですけど」
「え? あ、もうそんな時間?」
グンゾウは持ってもいない時計を探すような仕草をした。
「はい。リョータ達は早く飲みたいみたいで、もう出発しちゃいました」
「そっか、ごめん。探してくれたんだ。じゃあ、行こうか?」
「ええ、一緒に行きましょう」
アキがグンゾウを誘うように、北区の方に少し歩く。
――「一緒に」か……やばい、嬉しい。
グンゾウは立ち上がると、立ち止まったまま夕日を眺める。夕日に向かうように数羽の鳥が群れを成して飛んでいた。
「夕日、綺麗ですね」
アキが立ち止まって言った。
「綺麗だね」
グンゾウは振り返り、夕日に照らされるアキの顔を見て言った。
アキの顔は、消えてしまった遠い記憶にある誰かの顔に、どこか似ているような気がした。
Fin.
第1章はこれで終了です。
長らくご愛読いただきまして、ありがとうございました。
こんな駄文・乱文にお付き合いいただき、感想で励ましていただいた方々、高評価を入れていただいた方々、お気に入りまで入れていただいて読み続けていただいている方々には、感謝、感謝、感謝の念しかございません。
小説なんて初めて書きましたが、人生を振り返ると創造的な作業で1つのことをきちんと最後まで仕上げることってあまり無かったなと思いました。廃と群像は(レベルの高低には目を瞑り)やり抜くことだけを念頭に頑張りました。それなりに楽しんでいただけていたら幸いです。
第2章までのざっくりとしたプロットはあるのですが、仕事と両立しながらほぼ毎週仕上げていくのは、結構パワーが必要だったので、今後は少しゆっくり時間をかけて、言葉も選んで、自分なりに満足が行くペースを維持したいと思います。
では、クレクレですが、感想とか“優しい”評価をいただけるとモチベーションが上がるので幸甚です。
また、会えたら、会いましょう。
あー、小説って本当にいいものですね。
さよなら、さよなら、さよなら。