廃と群像のグリムガル ~不惑の幻想~   作:西吉三

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あと1話と言っておきながら、まとめきれず1話延長しちゃいました。( -ω-)y―~~

(*゚ー゚)「グンゾウ! 目標を駆逐する!」

最終回まで中二病全開で頑張りまーす!


26.ルミアリスの光と共に

「ぎゃあぁぁぁぁぁああぁぁぁぁ!」

 オダの悲痛な叫び声がダムローに響き渡る。全員の視線が荷馬車の方向に向く。荷馬車の上では、オダが槍の穂先で持ち上げられている。

 その槍を持っている主は(くれない)の甲冑に身を包み、不敵な笑みを(たた)えている。

 ゆっくり槍を動かし、オダが地面に投げ捨てられる。力のないオダの体が地面に叩きつけられた。

 ――こっちに居たか……。

紅鎧(べによろい)っ!!!」

 

 

 ――安らかに眠れ、オダ! (かたき)は取るぞ!

 グンゾウは地面に叩き付けられたオダを見ると、そこには血だまりがあるだけで、オダの姿は無かった。

「あれ? オダの死体がない」

「はー、はー、勝手に殺されるのは困る……」

「わおっ!」「きゃっ!」「キシッ」

 いつの間にか死んでいたはずのオダがグンゾウの傍にいた。アキもハイドもびっくりして声を上げる。

「一体、どうやって?」

「死んだふり大作戦だ。はー、はー、地面に捨てられた瞬間、隠形(ステルス)を使って、……敵の意識外から逃げてきた」

「ほほーう」

 ――盗賊(シーフ)にはそんな(スキル)もあるのか。

 グンゾウが感心していると、オダが左肩を右手で押さえつつ、地面にしゃがみ込んだ。

「……どうでもいいが、出血多量であと数分しか持ちそうにない。貧血で立ってるのもキツイので回復してくれないか? できれば、そちらのお嬢さんの癒し手(キュア)の方が気持ちよさそうだ」

「光よ、ルミアリスの加護のもとに、癒し手(キュア)

 グンゾウは間髪入れずにオダを回復した。

「ああ、(けが)れなき乙女(おとめ)じゃなくて、汚れきったおっさんの癒し手(キュア)かー。付加価値が低い。ありえない(インポッシブル)!」

 ――死ねば良かったのに。こいつ。

 

 

「ギャッギャッギャー!!」

 紅鎧(べによろい)咆哮(ほうこう)が響く。

 すると他の荷馬車から合計十数匹のゴブリン達がゆっくりと姿を現す。増援のゴブリン達は全て甲冑を着込み、剣と盾の重装備だった。紅鎧(べによろい)の子飼いの精兵に見えた。紅鎧(べによろい)を守るように、盾を構え、横陣(おうじん)を組んで集結する。

 そして、いつの間にか紅鎧(べによろい)の背後には2メートル級のホブゴブリン(ホブゴブリンXL(エクセル))と、2匹の甲冑ゴブリン達が立っていた。

 1匹は白い甲冑で、槍を持っている。もう1匹は黒い甲冑で、剣と盾を装備していた。2匹ともゴブリンとは思えぬ達人(たつじん)の雰囲気を(かも)し出している。

 その場にいた()()()は得も言われぬ不気味な空気に包まれて、身が(すく)む。

「おらぁっ!」

 重たい物体同士がぶつかる音がする。リョータが最後のホブゴブリンを斬り倒した音だ。

 リョータは両手剣をホブゴブリンの死体に突き刺し、空いた左手で紅鎧(べによろい)へ中指を立てる。

「はぁはぁ、クソ(べに)ゴブ野郎! 格好つけてんじゃねぇ! 橋は壊れた! 40匹も仲間は死んだ! はぁ、お前に残されたのは子飼いのゴブリン達だけだ。はぁ、ここでお前も沈むんだよっ!」

 紅鎧(べによろい)はニタニタと不敵な笑みを顔に貼り付かせている。

 そしてリョータは振り返ると仲間に向けて(げき)を飛ばす。

「びびってんじゃねぇぞ、お()ぇら。はぁ、俺等は勝つんだ、今日も、そして、これからも! 2度と負けねぇんだ! はぁはぁ」

 連戦のせいかリョータの息は乱れていた。一体、何匹のゴブリン達を斬ったのだろう。リョータの両手剣(ツヴァイヘンダー)血脂(ちあぶら)(まみ)れ、刃毀(はこぼ)れだらけだった。

 しかし、リョータの気合いが一気にグンゾウ達の恐怖心を消し去る。

「俺様があのデカブツをぶっ倒す! ヨシノは(べに)……」

「あたし、あの白いのから行くー」

 リョータの声を遮って、ヨシノが宣言する。けして大きくはないリョータの目が真ん丸になる。

「え? ヨシノ、だって、紅鎧(べによろい)をずっと倒すって……」

「リョータは女心が分かって無いなー。あたしは、ショートケーキの苺は最後に食べるタイプなんだって。最初は生クリームの白でしょー?」

 ――ヨシノは何でも食べ物に例えるな。しかし、今回は全く意味が分からない。

「お、お、おう。じゃあ、まあ、白から行ってくれ。オッサン!」

「オッサンじゃねぇ!」

 グンゾウが睨んで言い返すと、リョータはグンゾウを見詰め返す。

 いつにない穏やかな目だった。グンゾウはリョータの目に信頼や尊敬を感じた。

「命預ける! 指揮……頼んだぜ!」

 リョータが親指を上げる。グンゾウは一瞬涙腺が弛んだ。

「……わかった。任せろ! クソガキ!」

 グンゾウは周囲の状況を観察して、一気に作戦を考える。既にこのような状態になる可能性も頭の片隅にはあった。計画の修正は少しだ。

「まずは、大量の雑魚ゴブを減らす。ここで解放、00(ダブルオー)作戦だ! ど真ん中を突破しよう。その後、リョータはホブゴブリンXL(エクセル)、タナカは紅鎧(べによろい)を頼む! ヨシノは白甲冑、アキは黒甲冑! 残ったゴブリン達はシンジョー、オダ、シムラで片付ける! 動け!」

 グンゾウは指示を出す。

 リョータ、ヨシノ、アキ、シムラは無言で頷くと前を向いた。

 シンジョー、オダは分からないながら、4人の後ろに付く。

00(ダブルオー)作戦?」

 タナカが首を傾げる。

「大丈夫、耳を塞いで突っ込め! タナカは強いから先頭ね」

 グンゾウはタナカの背中を叩いた。

「そっすか。人使い荒いね、この小隊」

 タナカはにっこりを笑みを浮かべると、兜のバイザーを下げた。

 ――もう1つ、確認しなければ。

「ハイドっ!」

雷電(ライトニング)5、火炎弾(ファイアボール)1、シシシシ」

 グンゾウは感心した。当意即妙とはまさにこのこと。

 グンゾウが聞きたいことを予見して、ハイドは答えた。

 一撃で死を招くような強敵が現れた時、ハイドはその敵の攻撃範囲には絶対入らない。

 魔法使いとして模範的な行動だが、それは敵との距離が開くことになる。

 つまり、影鳴り(シャドービート)のような速度の遅い支援魔法は敵に当たり辛い。正確には紅鎧(べによろい)級の敵には遅い魔法など当たらない。シムラの放つ矢でも(かわ)される。

 つまり、唯一高速で攻撃ができる魔法と言えば、雷電(ライトニング)しかないのだ。

「温存っ!」

「了解だぜぇ、キシシシシシシシシシ」

 何がツボに()まったのか、ハイドは大笑いしていた。

 ――相変わらず変な奴。

 

 

 00(ダブルオー)作戦の発動。00(ダブルオー)作戦とはグンゾウが最初に思いついた戦術だった。

 説明するのも恥ずかしい内容だった。しかし、大量のゴブリンや労働者(ワーカー)コボルドを一掃する時には非常に使える。

 先頭を走らされているタナカと横陣のまま前進してきたゴブリン達の先頭が接触しそうになる。

「るうぉおおおぉぉおおぉぉおぉぉぉ!!!」

 ヨシノが先に雄叫び(ウォークライ)(スキル)を使う。

 ヨシノはいつの間にか槍を片刃の曲刀(シミター)両手構え(デュアルウィード)に持ち替えていた。

 ゴブリン達は面食らって動きが止まる。

 タナカの動きは速い。跳躍からの横薙ぎで先頭の3匹を弾き飛ばす。遅れてリョータも下段からの大振りで2匹弾き飛ばす。アキも盾を突き出して飛び込んで行く。先端の陣が崩れるとタナカやリョータよりも非力なゴブリン達は簡単に瓦解(がかい)する。

 第2弾。

「うおおおぅいいいぇぇぇえええぇぇぇえい!!!」

 リョータが雄叫び(ウォークライ)(スキル)を使う。大きな()だ。

 周囲にいたゴブリン達が耳を塞ぐ。

 その隙を逃すわけのないヨシノが混戦の中に飛び込み、素早く、そして正確にゴブリン達の首や腕を切り落として行く。

 阿鼻叫喚(あびきょうかん)だ。花の甘い香りがする女戦士が通りすぎた後には、ゴブリン達の首や腕が無い。

 タナカもゴブリン達の首や細い手足を狙い、無駄なく無力化していく。おまけに少し機転を利かせた。

000(トリプルオー)作戦にする!」

 タナカは大きく息を吸うと、普段の暗い見た目からは想像できない位の雄叫び(ウォークライ)を発する。

「おおおぉぉおおぉぉおぉぉぉおぉぉぉ!!!」

 ――作戦名変えるなよなー。00(ダブルオー)ってのが、なんとなく格好よかったのに。

 小飼いゴブリン達は動きが止まり、端から斬られていく。ついでにオダも耳を塞いで動きが止まっていた。

 ――あいつ、本当に役に立ってねぇ。

 00(ダブルオー)作戦は安直な内容とは裏腹に戦果を上げつつあった。

 しかし、流石にそこそこ数がいるため、ゴブリンが1匹戦列を抜け出て、グンゾウとハイドの方へ向かってくる。150センチ程の小さなゴブリンだ。装備は甲冑に剣盾と万全だった。

「キシシ、どうする?」

 ハイドがグンゾウの後ろから声をかけてくる。

「今は強敵に備えて、魔法を温存したい。1匹くらいなんとかなるさ」

 グンゾウはショートスタッフを構えた。

 ――白兵戦なんて、やりたくないけど、俺もカレンに鍛えられてきたんだ。正直ゴブリンなんかに負ける気しないぜ。

「戦況を見て、やばかったら支援を。指揮を任せた」

「了解、キシシ」

 

 

 ――倒す必要はない。

 グンゾウはそう決めて、防御に徹することにした。ゴブリンは精兵らしく、機敏で良く訓練された動きをしている。

 ――体格も俺が勝ってる。得物も俺の方が長い。しかも防御に集中すればいい。

 グンゾウは慣れない白兵戦で気持ちが乱れるのを抑えるために、理詰めで考えた。

『愚か者め。護身術の基本は明鏡止水(めいきょうしすい)だ。考えるのではなく、心を澄みきった状態にするのだ』

 グンゾウの耳にカレンの声が聞こえてきた。

 ――ああ、あれは縄で縛られた状態で、蝋燭を垂らされながら言われたな。気持ちよ……いや、熱かったなぁ。

 カレンの存在を傍に感じて、不思議と心が落ち着いた。

 ゴブリンは神官であるグンゾウを舐めていているのか、袈裟懸けの単純な斬撃を繰り出す。

 グンゾウはショートスタッフで受け止める。その威力を使って回転から打擲(ちょうちゃく)へ繋げる。

 突き返し(ヒットバック)だ。見事にゴブリンの頭へ決まるが、相手も甲冑を装備しているため、決定打にはならない。

 少し目眩を起こし、ふらついたゴブリンだったが、踏み止まる。グンゾウに油断はできないと判断したのか、盾を構え直した。

 少しの間、睨み合いと小競り合いが続く。

 グンゾウは非戦闘員が、白兵戦で時間を稼げるのは良いことだと思っていた。その間、前衛の負担が減る。

「はい。お疲れ」

 突然、ゴブリンの背後に現れたオダが、背後から甲冑の切れ目になっている肩口にダガーを突き刺した。

「ギャー!」

 ゴブリンが叫んで、後ろを振り向く。

 ――今だっ!

 グンゾウは強打(スマッシュ)でゴブリンの延髄に打撃を加えた。同時にオダはゴブリンの膝を踏み蹴った。

 ゴブリンは昏倒して、前のめりになる。そこをオダは足で頭を踏みつけて、無表情のまま、後ろ首にダガーを突き立てた。

 グンゾウは額に手を当てて六芒を描く。

「ありがとう、オダ」

「あんまり無茶されるとみんなの回復役がいなくなるから……俺はあの白い聖騎士が回復してくれればいいけど」

「オダの回復は俺に任せろ!」

「いや、俺は……」

「任せろ!」

「……意外とわかりやすいね、あんた」

「任せろ!」

 オダは溜め息を吐くと、次のゴブリンに向かって、ヤル気がない感じに猫背で歩いて行った。

 ――少しは役に立つじゃん。でも、アキに癒されるなんて100年早い。

「シッシッシッシッシ」

 ハイドが愉快そうに笑っていた。

 

 

 小飼いゴブリン達は概ね蹴散らされていた。

 グンゾウから見て、そして贔屓目(ひいきめ)を抜きにして、リョータやヨシノは先輩義勇兵と遜色(そんしょく)ないくらい強い。それでもタナカの活躍と比べたら見劣りした。それくらいタナカは強かった。タナカの両手剣は、間違いなく一振りで1匹のゴブリンを無力化した。

 ――クズオカの1番の功績はタナカを連れてきたことかも?

 残りのゴブリン達がシムラ、シンジョー、オダでなんとかなる位に減ると戦士達はリーダー格の方へ抜ける。

 戦局は最高戦力同士の戦いに移る。グンゾウ達から向かって左から、白甲冑、紅鎧(べによろい)、ホブゴブリンXL、黒甲冑で横に並んでいる。

 客観的に見て、体力を消耗しているリョータ達は不利な状況だった。

 各人お互いの相手に突っ込んで行く。

 足の速いヨシノは槍を拾うと、紅鎧(べによろい)達に向かって左から回り込んで白甲冑ゴブリンに一突き入れ、飛び跳ねるように後退した。明らかに誘い込んでいる。白甲冑はヨシノに興味を持ったらしく、ヨシノの後を飛び跳ねて追った。

「光よ、ルミアリスよ、我が刃に加護の光宿らせ給え」

 アキが祝詞(のりと)を上げると、アキの長剣(ロングソード)に青白い光が宿る。光魔法の光刃(セイバー)だ。

 アキには全く似合わない動きだが、黒甲冑を誘うように光る長剣(ロングソード)を回転させた。

 ――誘われたい……。

 グンゾウがフラフラと前に出たら、後ろからハイドに杖で叩かれた。

「いてっ!」

「キシシ、落ち着け、シシシ」

 ――こいつは読心術が使えるのか?

 黒甲冑はゆっくりとアキの誘いに乗った。

 次に仕掛けたのはリョータだ。

 リョータが、紅鎧(べによろい)一本突き(ファストスラスト)で突進していく。すると、リョータの両手剣を弾くようにホブゴブリンXLが前に出てきて、紅鎧(べによろい)を護った。XLはホブゴブリンにしては珍しく胸当や手甲で武装している。

「来いよ、ホブクザク。俺様は最強だが、手加減なんてしねーぜ」

 一瞬、XLは紅鎧(べによろい)に目を()る。紅鎧(べによろい)が黙って頷くと、XLはリョータに向かって行った。リョータは、紅鎧(べによろい)からXLを引き離すように、ヨシノと白甲冑の方向へ移動をしていった。

 その前から紅鎧(べによろい)の視線はタナカに向けられていた。

 タナカは紅鎧(べによろい)に対して、リョータと同じく一本突き(ファストスラスト)で突っ込む。

 紅鎧(べによろい)は余裕の表情。体を捻っただけで、それを(かわ)す。外したと見えた瞬間、タナカは体を回転させ、陽炎(ヘイズ)に切り替えた。

 ――意外と技巧派!

 紅鎧(べによろい)はそれを嫌がり、飛び跳ねて避ける。向かって右の黒甲冑とアキがいる方向だ。

 ――戦場が別れてしまったな。どうしよう。

 グンゾウは戦場を見渡す。

 子飼いゴブリン達は4匹程残っている。シンジョーを中心、シムラ、オダで裁いている。

 シムラが少し危ういが、シンジョーがフォローを入れているし、いざとなったとオダも助けてくれると思われた。

 白甲冑とヨシノは激しい槍技の応酬をしていた。衝突しては、離れるを繰り返し、穂先で火花が散るような戦いを繰り広げている。白甲冑は槍の名人に見えた。

 ――ヨシノがやられるようではこの戦いは勝てない。

 ホブゴブリンXL(エクセル)とリョータの戦いは、現時点においてはリョータが若干攻め込んでいるように見える。上段からの素早い切り下ろしを繰り返し、XLは棍棒で防御に回っている。

 しかし、序盤からの大振りが効いているのか、リョータの疲労の色が濃い。早めにXLの戦力を削ぐ攻撃が入れられないとジリ貧になる可能性があった。

 紅鎧(べによろい)とタナカは互角の戦いをしていた。紅鎧(べによろい)の槍による攻撃をタナカが()()()()で防ぎ、タナカの攻撃も紅鎧(べによろい)足捌(あしさば)きで上手く回避するという攻防を繰り返していた。紅鎧(べによろい)もタナカも本気を出してないように見える。

 一番不利に見えるのは、黒甲冑とアキの戦いだ。正直アキは押されていた。

 黒甲冑は攻守共に優れた技術を持っているらしく、硬く盾で固めた体勢から鋭い長剣の突きや斬撃を繰り出してくる。アキも黒甲冑の攻撃を盾受(ブロック)を使って、上手く防いでいるが防戦一方だ。アキには荷が重そうに見えた。

 長剣での攻撃の間に、アキの隙を突いて黒甲冑が盾打(バッシュ)を繰り出してくる。これを避けきれず、喰らって後ろに下がる光景が目立つ。大怪我には繋がらないが、地味に体力を削られる。

 遂にアキが顔面に盾打(バッシュ)を受けて、ふらつき一瞬膝をついた。

 兜を被っているとは言え、盾で殴られた衝撃は頭部に伝わってくる。

「ハイド、()()アキを助けに行くぞ」

「……キシ、仕方ない。危なくなったら勝手に魔法使う。キシシ」

「任せた!」

 グンゾウは、とにかくアキの傍にいないと心配でならなかった。自分で指示したとは言え、アキが強敵と戦っている。

 あのアキが戦っている。大人しい、いつも賢明な発言でグンゾウを助けてくれる、細身で、色白で、朝が弱い、見た目より意外に声が低い、でも可愛い声のアキ。

 グンゾウのアキへの気持ちがどんどん高まっていく。それに合わせてアキへ向かう足が早くなった。

 グンゾウの目の前で再びアキが黒甲冑の盾打(バッシュ)を受けて膝をついた。膝をついたアキに黒甲冑が斬撃を加えていく、盾で防御をしているが、既に盾受(ブロック)すら有効にできないくらい体勢が崩れてしまっている。

 ――あんの野郎(やろ)ぉ、()()()()をバシバシ叩きやがって。殺してやる。

 グンゾウの中で滅多に湧き起こらない黒い感情が湧き上がってきた。

 グンゾウの装備で敵の攻撃をまともに喰らえば一撃で死に直結する。そして、グンゾウが死ねば、小隊(パーティ)全体の死に繋がる。それは重々承知の上で、グンゾウは黒甲冑に向かった。ハイドも理解した上で送り出した。

 ――ならば、失敗は許されない。

 グンゾウは神官だ。習得することができるのは光魔法と護身法。つまり、基本的には回復と専守防衛に特化した職業(クラス)だ。現在、攻撃に使える(スキル)()()()()2つ。咎光(ブレイム)強打(スマッシュ)のみ。

 相手がゴブリンとは言え、神官が剣と盾の(スキル)を磨いた怪物に戦いを挑むのはあまりに無謀に思えた。

 

 

【過去】

 

 ルミアリス神殿の修練部屋。

 部屋の中から、時折グンゾウの苦しげな(うめ)き声が漏れる。部屋の前を通りかかった神官が驚きの表情をして、足早に立ち去る。

 室内では四つん這いになったグンゾウの上に座りながら、カレンは詩経典を黙読していた。左手には経典、右手には六条鞭が握られていた。

 グンゾウの頭に置かれた陶器の茶碗。その茶碗に注がれた温かいお茶から、心安らぐ柔らかな花の香りが漂う。

「……今は、何をしている……じっ、時間なのですか? 修師(マスター)カレン」

「今日やるべき修練の事項は全て終わったので、夕食の時間まで(くつろ)ぎの時間だ。今日は機嫌が良い。褒美(ほうび)だ。何か訊きたいことがあれば、何でも答えてやるぞ」

 ――俺は(くつろ)いでねぇ……。

「……くっ、神官は、どうやって敵を倒せばいいんですか?」

 カレンは身じろぎ1つせず答える。

「愚問だ。神官の役目は仲間の命を守ること。防御と回復だ。敵は倒す必要が無く、防御のために護身法のみを極めれば良い。回復役(ヒーラー)攻撃役(アタッカー)なぞ、自殺行為以外の何モノでもない。こら、動くでない。茶が(こぼ)れる」

 振り下ろされた六条鞭がグンゾウの臀部(でんぶ)で鋭い音を立てる。

「うぐっ! しかし……、咎光(ブレイム)強打(スマッシュ)も習得しました。どうしても……倒さなければいけない敵がいた……時は?」

 グンゾウからは見えないが、カレンは少し呆れた顔をした。普段の険が取れて、可愛らしい表情だ。

「そんな(スキル)でどれほどの敵が倒せよう。もっと上位の光魔法でなければ、殆どの怪物に有効な打撃は与えられまい。まあ、貴様達が普段相手にしているゴブリン位であれば、戦えるかもしれんがな。だが、やはり無駄だ。考えて見ろ、咎光(ブレイム)に魔法力を使うより、1回でも多く癒光(ヒール)を使えた方が賢明だろう?」

「いや、万が一の時で……、今は、その、ゴブリンで……いいんです……。知りたいんです……。どうしても倒さなければいけない敵が目の前にいた時、天才の……修師(マスター)カレンならどう戦いますか?」

「そうか……貴様は輪を掛けて阿呆な神官だな。しかし……、まあ、よかろう、私なら……」

 

 

【現在】

 

 ――カレンは言っていた。ドSで、性癖と性格はねじ曲がってるけど、彼女は天才だ。そのカレンが言っていた。倒さなければならない敵が目の前にいた時!

『私なら……敵に反撃の(いとま)も与えず、命尽きるまで叩き続ける!』

「あの師匠あっての、弟子だっつーことで……」

 グンゾウの口に、一瞬微笑みが浮かんでから、すぐに消えた。

「アキ! 今、助ける!」

 グンゾウは叫ぶ。

 グンゾウは走りながら、ショートスタッフの端を持ち、最も長く構えた。

 黒甲冑がグンゾウの存在に気付く。アキもグンゾウの存在に気付いて、立ち上がる。

「光よ、ルミアリスの加護のもとに……咎光(ブレイム)

「ギャギャッ!」

 グンゾウが放った咎光(ブレイム)を黒甲冑が左に跳んで(かわ)す。

 ――避けるのなんて、最初からお見通しなんだよ。

「光よ、ルミアリスの加護のもとに……咎光(ブレイム)

「ギョギョギョッ!」

 2発目の咎光(ブレイム)は黒甲冑を驚かせる。跳躍した状態であったため避けきれず、咎光(ブレイム)を盾で受け、盾に当たった瞬間、それを放棄した。

 黒甲冑は、体勢が調わないまま着地する。

 ――まず、これで盾は無くなったぜ。

 グンゾウはさらに黒甲冑との距離を詰めると、さらに咎光(ブレイム)を放った。

咎光(ブレイム)からの……、強打(スマッシュ)! 強打(スマッシュ)!」

 流石の黒甲冑も三連続で咎光(ブレイム)が飛んでくるとは予想できず、天罰の光を浴びてしまう。

 痺れて動けなくなった黒甲冑はグンゾウの強打(スマッシュ)を頭部に2発受ける。

 ――ここまでは上出来。後は、体力との勝負。自分との戦い(インナーゲーム)だ。

 強打(スマッシュ)強打(スマッシュ)強打(スマッシュ)、とにかく強打(スマッシュ)

 滅多打(めったう)ちだ。

 グンゾウは休む暇もなく、強打(スマッシュ)を打ち続ける。黒甲冑は最初の2発こそ咎光(ブレイム)の影響で完全に喰らったが、痺れが取れてからは必死で防御をしようと、目眩を抑えて、体を捻ったり、受け太刀をしようとしている。

 グンゾウはショートスタッフを最も長く持ち、黒甲冑の頭を、頭を守る腕を、時に脚を、最大の強さと速さで打ち続けた。

 衝撃で壊れたショートスタッフの飾りの破片が飛んできて、グンゾウの額と頬を切り裂いたが、そんなことは気にもならなかった。

 ――リョータのような力強さで、ヨシノのような速さで打ち続けるんだ。ここで終わってもいい。

 グンゾウは相手に戦闘の調子(リズム)を取り戻させたら負ける。そのため、体力が尽きるまで全力で強打(スマッシュ)を打ち続けなければならない。

 強打(スマッシュ)強打(スマッシュ)強打(スマッシュ)強打(スマッシュ)強打(スマッシュ)、……。

 グンゾウの上半身の筋肉が悲鳴を上げ始める。高熱を発して、動きが悪くなる。肩の周りだけで無く、肘や背中まで痛い。

 ――頑張れってんだ、俺の体。カレンの修行ではもっと限界まで追い込まれたぞ……!

 強打(スマッシュ)強打(スマッシュ)強打(スマッシュ)強打(スマッシュ)強打(スマッシュ)、……。

 流石にグンゾウの強打(スマッシュ)に勢いと威力が無くなってきた頃、黒甲冑が体勢を立て直す。

 しかし、黒甲冑も無事ではない。甲冑の上からとは言え、ショートスタッフによって最大限の力で打たれ続けた四肢と頭部には相当の損傷(ダメージ)が蓄積していた。もう、全力は出せないと思われた。

「ギィィイィィ……、ギィィイィィ……」

 黒甲冑は肩で荒い息をしている。

 もっと疲労困憊していたのはグンゾウだった。呼吸が乱れに乱れ、既にショートスタッフにすがらないと立つことすら難しかった。そのショートスタッフも飾りは殆ど壊れ、先端に打撃用の重りだけが残っていた。

 切れた額から流れる血が汗と混ざって目に入り、染みる。視界が赤い。

 ――まだだ、まだ終わらんよ。斬撃が来たら突き返し(ヒットバック)咎光(ブレイム)強打(スマッシュ)連続技(コンボ)をお見舞いしてやる。

 黒甲冑は呼吸を調えていた。その間、目の前の(グンゾウ)から目が離せなかった。グンゾウの目からは何かを狙っている気迫を感じた。その目にはまだ光があった。

 それは()()()()()、一筋の光。

 そう、それは、今まさに黒甲冑へ突き刺さらんとする光刃(セイバー)の光だった。

「やあぁぁぁらぁぁぁぁぁ!」

 アキの渾身の刺突(しとつ)が黒甲冑の背中、甲冑の隙間に突き刺さる。

 非力なアキの力を補う光刃(セイバー)の力が鎖帷子を切り裂き、黒甲冑の肉を捉える。

「ギャハァッ!」

 黒甲冑が血泡を含んだ飛沫を口から吐き出した。身をよじって、後ろを振り返る。

 黒甲冑も右手に握られた長剣を振り上げ、アキに反撃をしようと試みる。

「たーっ!」

 アキは黒甲冑に刺さった長剣を素早く抜くと、懲罰の一撃(パニッシュメント)で黒甲冑の右腕を切り飛ばした。

 ――終わりだっ!

 アキの攻撃に合わせてグンゾウは黒甲冑の頭部に全力の強打(スマッシュ)を打ち込む。

 グンゾウのショートスタッフが折れる。黒甲冑の兜はひしゃげ、留め具が壊れて外れ飛んでいく。

 グンゾウの足が(もつ)れ、体勢を崩して転ぶのと同時に、黒甲冑は糸の切れた傀儡(マリオネット)のように足下から崩れ落ちた。

 

 

「はぁはぁはぁはぁはぁ、んん、やって、はぁはぁ、やったぜ-! ざまぁみろってんだ」

 寝転ぶグンゾウの元に、アキが駆け寄る。駆け寄るといっても、アキも疲労から足が速くは動かない。

「グンゾウさん! ありがとうございます! 本当に助けにきてもらって、涙が出る程、嬉しかったです。あんなにすごい戦い方をして……、大丈夫ですか?」

「へへへ、大丈夫。はぁはぁ、少し疲れちゃっただけだから、はぁはぁ、アキを救いたくて年甲斐もなく、はぁはぁ、無理しちゃった」

 アキはグンゾウの傍に座り、バイザーを上げてグンゾウの顔を覗き込む。

 アキの目からは涙が溢れ、瞳は輝いていた。盾打(バッシュ)で喰らった傷か、目の上と鼻が切れて腫れ上がり、鼻血が出ていた。顔半分が血だらけだ。

「おお、アキ、顔に怪我が、はぁはぁ、治そう」

「だ、大丈夫です。グンゾウさんこそ顔が血だらけです」

「はぁはぁ、本当? じゃあ、はぁはぁ、お互い血だらけの顔してるんだね、ははは、はぁはぁ」

「私もそうなんですか? 恥ずかしい……」

 アキは慌てて鼻の下を擦った。

 グンゾウもアキも笑顔になる。グンゾウにとって至福の時間。

 ――血だらけでもかわいいけど、やっぱり治したいな。

 グンゾウは上半身を起こすと、アキに質問した。

「はぁはぁ、痛いところは顔だけかな? 治そう」

「あ、はい。戦いに支障になるような傷はありません」

「じゃあ、癒し手(キュア)で。光よ、ルミアリスの加護のもとに……癒し手(キュア)

 グンゾウは、アキの額と鼻の傷を治すと傷付きやすい前腕にも光を当てた。そして水筒から出した水で神官衣の袖を濡らして、顔の血を拭いた。アキが抵抗もせずに顔を触られていたので、グンゾウはその仕草に心臓が高鳴った。

「ありがとうございます。私はグンゾウさんを治します。顔だけですか?」

 アキから嬉しい提案があったので、グンゾウは受けることにした。

「そうだね。見た目は、これ以上良くはならないだろうけど、顔と……手も痛いからお願いできるかな?」

 グンゾウの手は限界まで振ったショートスタッフの所為で掌の皮が破れて、出血していた。

 ――カレンに貰った杖も折ってしまった……ばれたらどんだけのお仕置きがくるか……。怖い。

「はい。光よ、ルミアリスの加護のもとに……癒し手(キュア)

 すっかり綺麗な顔になったアキが、目を閉じて癒し手(キュア)を唱える。

 アキの白い肌が癒し手(キュア)の光に照らされて、余計に美しく光った。

 ――あー、癒やされるわー。最高ー。

 顔の傷が塞がり、その後、掌の傷も塞がる。至福の時間はあっという間に過ぎてしまう。

「終わりました」

 落ち着いたアキの声で終了が知らされる。耳に心地よい。

「あ、あの、延長……、あ、なんでもないや。ありがとう。さて、リーダー格を1匹()ったから、これで数的に優位だ。アキは少し休憩したら、まずはシムラ達の支援を。俺はハイドの所に戻って、次の動きを考える」

「はいっ!」

 アキは素直な返事をして、すぐに動き始めた。

 

 

「いちちち……」

 グンゾウは痛む足腰を支えながら立ち上がると、ハイドのいた所を見た。

 ハイドがいない。

 ――どこに行ったのかな? 問題が発生したかな?

 次の瞬間、雷鳴が(とどろ)く。ハイドの雷電(ライトニング)だ。

 グンゾウは雷鳴の方向に目を遣った。

 ――次はあそこかっ!

 

 

 




本当に第1章は残すところ、あと1話+エピローグ!(終わる終わる詐欺)



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