そして「読み直してないので校正甘いのは仕方ない」とかいう言い訳をしちゃう今日この頃です。
ゆっくり直します。
出発の朝は未明に起きなければならないため、前日は全員で夕飯を早めに
空が白む前に目を覚ましたグンゾウは中庭に出て、いつものように
「遂に、この日が来たか……」
グンゾウは独り言を
目を閉じて思い出す。
とても長い時間に感じた。逆にあっという間だったようにも感じる。
右も左も分からないところから始まり、手探りで進んだ。正しい方向が分からず、迷ったり、悩んだり、苦労を重ねた。
挫折も味わった。痛い思いもした。泣いたこともあった。
嬉しいこともある。
もしかしたら他の義勇兵より順調だったのかもしれない。
そして、ここまで来られた。積み重ねた日々は、裏切ることなく成果を残した。
――でも、まだ終わってない。
グンゾウは全ての思いを胸に仕舞い、目を開けた。
「俺等は目標を
火を焚いて、体を温めていると1人、また1人と中庭に集まり始めた。今夜は流石のハイドも徹夜の日課を休んだようだ。
全員が揃うとカズヒコが話し始めた。
「みんな、準備は良いかな?」
皆それぞれに「おっけー」「ほーい」「っす」「当たり前、キシシ」「あれ? 矢筒あらへん」等と返事をした。カズヒコは
「出発前に、何か言いたいことある人いる?」
カズヒコが全員を見渡す。特に誰も手を挙げない。グンゾウはヨシノに目が止まった。ヨシノは目を閉じて、ブツブツと何かを呟いていた。集中力を高めているのかもしれない。
「じゃあ、北門からは他の
カズヒコはここで一息吐く。
「……ダムロー初日は
カズヒコは自嘲気味に笑った。タイチが「僕も」と遠慮がちに言った。皆が微笑む。
「僕等は運良く、順調に正式な義勇兵になることができた」
「運も実力の内だぜ」
リョータが不敵な笑みを浮かべる。
「そうだね。でも、何だか何かを成し遂げた気持ちは正直持てていない。このままで良いのかなって思う時もある。……もう、ダムロー旧市街を取り戻すことに意味なんてないかもしれないけど、僕は見習い義勇兵からの卒業課題だと思っている。このグリムガルに来て、初めての卒業だ。……だから、行こう! 僕等のけじめだ。
カズヒコが右手を空に突き挙げる。
「おぉー!」
宿舎の中庭に、皆の声が
――
グンゾウはカズヒコの演説で若い純粋な気持ちに感じ入って、胸が熱くなった。
「ああん? 9人しかいねーじゃねーか。軽く20人集まるんじゃねーのかよ? 話半分にも達してないな」
リョータがヤンキー丸出しで悪態をついている。ヨシノと最近すっかり手下のミッツが抑えに入ったので、その内収まると思われた。
クズオカとはオルタナ北門で待ち合わせをしていた。北門で待っていたグンゾウ達の元にクズオカが連れてきたのはクズオカ
「うっせぇ! 俺の
クズオカは最低な言い訳をして
――予想通りだけど、少し下回ってきたな。事前にカズヒコ、リョータと綿密に打ち合わせしといて良かった。
「いやいや、うちの狂犬が言葉遣い悪くて申し訳ないね、クズちゃん。クズちゃんの小隊の精鋭がいれば、百人力だよねー。ありがとう」
「ま、まぁ、そっすね。うちの小隊がいればゴブリンなんて1000匹でも目じゃないっすね」
クズオカは白々しい嘘に派手な
とはいえ、実際クズオカ小隊の面子はそれなりに
小隊の構成は狩人のクズオカを始め、戦士、盗賊、魔法使い、神官、暗黒騎士だった。
クズオカ小隊の盗賊が「マジかよ、死神戦士を呼んでるじゃねぇか、大丈夫か?」と呟いた。
「死神戦士?」
グンゾウが聞くと、クズオカが答える。
「ああ、あいつのことですよ」
そう言うと、クズオカは少し離れたところにいるクズオカ小隊以外の3人を指差した。
「あの左端のでかい奴、タナカって言う戦士なんですけど、あいつは今まで組んだ小隊が3回も全滅をしていて、あいつだけが生き残って帰ってきているので、死神戦士とか全滅戦士って呼ばれているんです」
――縁起でもねぇ……。
「まあ、実際結構な修羅場だったみたいで、むしろ良く生き残れたって感じなんですけどね。なんか話していると、
「残りの2人はこの前の?」
グンゾウが聞いた。
「そうです。まずは自己紹介やっちゃいましょう」
クズオカはそう言うと、全員に声をかけて簡単な自己紹介をすることとなった。
遠くで見て分かっていたが、近くで見ると死神戦士タナカはかなり背が高かった。リョータよりも背が高く、クザクよりは低いと思われた。意外と顔が小さいし、逆立った短髪のため、身長よりも背が高く見えた。体格は丁度リョータより細く、クザクよりも太いという感じで、均整の取れた体格であった。
松明に照らされたタナカの顔の印象は、とにかく
「……タナカ……です」
――暗い……。クザクより暗いかもしれない。
とりあえず恰好で戦士とわかるが名前以外は何も自分の紹介はしなかった。背負った分厚い
残りの2名はオリビアでグンゾウが見かけたクズオカの後輩義勇兵で、シンジョーとオダと名乗った。
シンジョーはがっしりとしていて体格が良く、売れるほど大量の矢と剣鉈とは思えない大きさの鉈を
オダは対象的に痩せていてヒョロっとして、何だか妙にクネクネしていた。猫背で全身黒づくめなので盗賊っぽい。うねうねとした長髪を後ろで束ねていた。ギラギラとした目付きの悪い目の下に深い隈があった。
――戦士タナカは良いとして、盗賊と狩人って今回は微妙に使いづらいな……。クソオカも何とか集めたって感じだな。……あ、クズオカか。
「カズヒコ……
グンゾウがカズヒコへ視線を遣ると、カズヒコは頷いた。
事前の打ち合わせ通り、カズヒコ小隊はクズオカ小隊と共に奥の橋を、そして、リョータ小隊は残りの3名と共に手前の橋を担当することとした。
「クズちゃんと一緒に行くカズヒコは、実力的には到底クズちゃん達に遠く及ばないけど、すごく素直で作戦もしっかり頭に入っている若者なので、かわいがってあげて。カズヒコ小隊は全員クズちゃんの話をいつも尊敬の眼差しで聞いてるいい子ばかりなんで」
グンゾウがクズオカにお願いをすると、クズオカは嬉しさを必死さに抑えつつも
「やれやれ、仕方ないっすねー。俺はいっつも自然と
「いっくし!」
クズオカの言葉をさえぎる様にシムラが大きなくしゃみをした。クズオカは不愉快そうな顔をする。
「怒っちゃやーよ。あー、また風邪ひいてもうたー」
シムラがずびずびと鼻を
――ナイス! シムラ!
「じゃあ、ここに居てもなんなので、ダムローに移動しよう」
東の空が枯れ葉色に染まり始めた頃には、ダムローの南東部に到着することができた。
火薬の設置作業には多少の時間が取られるため、急がなければならない。リュミエール川を慎重かつ迅速に移動する。
最初の橋が見えてくる。橋下の荷馬車とゴブリン達の死体は片付けられていた。
――ここでカズヒコ達とはお別れだ。
カズヒコ小隊とリョータ小隊の皆がそれぞれにお別れを言った。
「死ぬなよ! カズヒコ」
リョータが握り拳を体の前に出す。
「ああ、リョータもな」
カズヒコが拳を合わせる。
――リョータもカズヒコにだけは素直だな。
「カズヒコ、やばくなったら『命大事に合流作戦』で」
グンゾウが念押しをすると、カズヒコは頷く。
「はい。でも、
そう言うとカズヒコはグンゾウに拳を差し出す。グンゾウも力強く拳を合わせると「もちろん。信じてるよ」と答えた。
どちらの小隊が奥の橋を担当するかは議論があった。奥の橋は向かうまでの距離が長いため、それだけ敵に見つかる危険性が高い。また、退くことも難しい。
しかし、その奥の橋にあえて戦力の劣るカズヒコ小隊の配置を提案したのはグンゾウだった。
何故か。
奥の橋を
逆に奥の橋の小隊は、戦闘が終わった手前の橋の小隊の援軍が期待できる上に、退きながら戦えば手前の橋の仲間と合流ができる。それに退路は出来る限り確保しておきたい。
ならば、手前の橋に最高戦力であるリョータとヨシノを配置すべきだとグンゾウは考えた。他にも理由はあったが、とにかく手前の橋に戦力を置いておきたかった。
「タイチ、ミッツやられんなや。タイチは前例あるしなー」
「言ったなー。もう、大丈夫。シムラも後ろに気を付けて」
「へへへ、くしゃみすんなよ、へへ」
シムラとタイチ、ミッツがお互いに声を掛け合っている。
女の子達も固まって話し合っている。
「あたしがゴブちんとかすぐに片付けて、行くからねー」
と、ヨシノが頼もしい事を言って、不安そうなチョコやノッコを励ましていた。
「おら、行くぞ、新人ども!」
クズオカが先輩風をびゅうびゅう吹かしたので、カズヒコ小隊はリョータ小隊と別れて移動を始めた。
「よし、こっちも火薬の設置を始めよう。シムラ、例のものを出してくれ」
グンゾウが声を掛け、全員が動き出す。
待つ作業は退屈だ。何かしてると肉体的に疲れるけど、何もしていないと精神的に疲れる。グンゾウは暇にかまけてタナカの眉毛をよく観察していた。
――ふっさふさだな。
タナカはグンゾウの目の前に座っていた。今、グンゾウ達は最初の橋付近の旧市街側にいた。壊れた大きな建物の陰に隠れている。建物と言っても、屋根はなく、壁を残すのみだ。
火薬は既に橋の橋脚に設置済みだ。
点火係のハイドは護衛のアキと共に橋の下に隠れている。
――アキとふたりきりは、ちょっと羨ましい。一緒なのがハイドだから、ある意味で安心。
リョータとヨシノは建物の反対側で待機をしている。ヨシノはしきりに体を伸ばしたりしている。リョータはぼろぼろの椅子に座って貧乏揺すりをしていた。暇なのと、落ち着かないんだろうと思われた。
シムラはシンジョー、オダのふたりと別の建物に隠れている。狩人には橋脚を爆破した直後に一斉掃射をしてもらわなければならない。オダは狩人達の護衛とした。
――それにしても眉毛すごいな。
「……な、何か?」
グンゾウの視線が気になったのから不意にタナカが話しかけてきた。
「あ、ごめん、暇でジロジロ見ちゃった」
「はあ……」
タナカは挙動不審に視線を泳がした後、下を向いてしまった。
――反応が薄いな。でかいのに人見知りか?
「タナカはクズオカと付き合い古いの?」
グンゾウが話しかけると、少し間があってからタナカはゆっくり返事をした。
「ええ、まあ」
「そうなんだ」
――無視されたかと思った。なかなか会話が円滑に続かないな。
「クズオカって、結構顔広いんだね。俺は飲み屋で知り合ったんだけど、どんな風に知り合ったの?」
しばらく沈黙の時間が流れる。
「あ、普段は……独りで動くことが多い……けど、
「へえ、
「そ、そうなんですか? 経験豊富そう……なのに。……俺は、
そう言うと、タナカは黙り混んでしまった。
グンゾウにはタナカが何を言いたかったのか分かった。クズオカの噂話が本当なら、過去に小隊の仲間を3回も失えば、固定の小隊を組んで深い人間関係を構築するのは嫌になるだろう。
――今日はその死神能力を発揮されると困っちゃうけど……。
グンゾウはタナカの
橋の向こう側に
――来た。
グンゾウはリョータとヨシノに視線を送る。二人共兜の
――若者にルミアリスの御加護があらんことを! 二人共、絶対死ぬなよ!
グンゾウも親指を上げて合図を送る。
隣でタナカが兜の
――あとは後列と共に橋が爆破されたら、混乱した中列を徹底的に叩くだけだ。ハイド、寝てないだろうな?
全員が緊張をしながら橋に注目していると、現れた
――やはり、多い。
グンゾウの予想は当たっていた。2週間前にこの橋でホブゴブリン達が全滅させられているので、伏兵を予測して護衛の数を増やす指揮官がいてもおかしくないと思っていた。
護衛のゴブリン達の数はざっと見で倍近くいた。
――リョータ小隊をこちらに置いて正解だった。40匹かー。1人当たり4匹。俺、死んじゃうかも。
護衛のゴブリン達が周りを警戒しながら渡り始める。全員の緊張が極限に達する。
「ギャギャギャー!」
隊列の後半が橋を渡り始めた時、警戒に当たっていたゴブリンが声を上げる。
アキとハイドが橋の下から飛び出し、姿を見せたのだろう。
次の瞬間、「ボンッ」という鈍い地響きがして、白い煙が山野を覆う霧のように川から上がってきた。橋の周囲が真っ白になり、よく見えなくなる。
火薬の燃えた刺激臭が鼻を突く。
ゴブリン達の隊列が止まる。全員が動揺して、周りをキョロキョロと見回す。
「う、やべぇ」
グンゾウは少しだけ焦った。火薬が足りなかったのか、橋が一部しか崩落していない。橋脚は全部で6本あり、その内真ん中の2本を破壊する予定だったが、辛うじて1本の柱が残っている。もう一押しという感じだった。
――想定内だけどね。
「ゴバン」と2回目の衝撃音がして橋全体がガラガラと音を立てて崩れていった。
グンゾウ達は橋が壊れなかった場合はハイドが
「一斉掃射始めー!!」
グンゾウは大声で叫ぶ。
煙と
――おお、思ったより多いな。
所詮2名しかいない狩人が放つ矢なので、狙い撃ち的な感じだと思っていたグンゾウの予想が良い方に裏切られる。
シンジョーが放っていると思われる矢が雨の様に降り注ぐ。狩人には
かなりの数のゴブリン達が矢で負傷をして、何匹かのゴブリン達は矢が急所に刺さって倒れている。
「ギャッギャッ!」
「ギャー、ギャー、ギャー!」
「ギギギッ!」
「アウオァー」
ゴブリン達が混乱を収めようと、声を掛け合っている。
――そうだろう、そうだろう。混乱するよな。まさか橋が爆破されるなんて考えないよ、普通。おまけに矢の雨は嫌すぎる。
「ギャギャギャ。ギャッギャーギャギャ!」
甲冑をしっかり纏ったリーダー格のゴブリンが荷馬車の上に立ち、声をかける。
慌てるゴブリン達やホブゴブリン達が荷馬車の陰に隠れて、矢を避け始めた。爆破の煙もだんだん収まってくる。
――よし、第1
「頼んだよ。タナカ」
グンゾウが声を掛けると、タナカは黙って頷いた。
「撃ち方
グンゾウが叫ぶと、矢の量が減っていく。
矢が完全に飛んで来ないのを確認してから、グンゾウは建物の陰から飛び出すと、ゴブリン達に姿を
「ばーか! 来いってんだ、アホゴブリーン! ギャッギュッギョッ! ギョギョギョッ!」
グンゾウは
「ギャギャ!」
荷馬車の上にいた、ゴブリン・リーダーが槍を振るって、グンゾウの追跡を指揮する。
20匹程のゴブリン達と数匹のホブゴブリンが荷馬車の陰から出てきて、少しずつ追ってくる。
――単純だなアイツ。
グンゾウはゴブリン達から50メートル程距離を取って歩みを止める。ゴブリン達の本気の速度なら10秒以内に追い付く距離だ。グンゾウが振り返ると、ゴブリン達は数えきれない程多数、そして、ホブゴブリンは5匹追ってきているのが確認できた。
――
「第2射! ってー!!」
グンゾウが再び大声で叫ぶ。
先程と同様にシンジョーとシムラが放つ矢が横からゴブリン達を襲う。
「ギャーギャーギャー!」
「ギャッギャッ!」
「ギャッギャーギャギャッ!」
グンゾウに釣られたゴブリン達がまたしてもシンジョーとシムラの弓の犠牲になった。
シムラは隠れていた2階建ての建物の2階の窓、正確には窓だった穴から、身を乗り出して矢を放っている。シムラは狙いを澄まし、一撃必殺の気持ちで撃っている。
「シムラ! 目標を狙い撃つでっ!」
シムラがどこかで聞いたような、少し違うような雄叫びを上げた。
シムラの隣で、シンジョーが黙ったまま、歯を剥き出しにした笑みを顔に張り付かせ、矢を繰り出している。ものすごい速さだ。
――シンジョー顔がでかいし、笑顔だし、声出てないし、なんか怖い……。
ゴブリン達が完全に混乱をして、浮き足立っている。無傷のゴブリンは少ない。
「撃ち方
――
グンゾウの隣にいたタナカが小走りでゴブリンの群れに向かっていく。
それよりも早く、群れの後ろから
「おーら! おらおらおらおらおらおらおらおらぁ!
「やーっ! とうっ! ほいちょっと! やっ!
リョータのオラオラ丸出しの掛け声と、ヨシノの緊張感が薄い声が聞こえてくる。
戦闘が始まってから大分待たされたので、欲求不満だったリョータは、大振りで両手剣を振っていた。斬られたゴブリンの
同じく、うずうずしていたヨシノも次々とゴブリンを槍に懸けていった。
――こりゃ、もう終わったな。カズヒコを助けに行かないと。
グンゾウは少し気が抜けて、ショートスタッフを持つ手から力が抜けた。
しかし、
グンゾウは身を持って知ることとなる。
「ウアーッ!」
少し間が抜けた
「へ?」
グンゾウが気が付いた時には声の主はすぐ
170センチメートル級のホブゴブリンが1匹、棍棒を振りかざして襲いかかってくる。
――やばっ!
しっかりと防御姿勢が取れないまま、棍棒の一撃を両腕で受け止める。
受け止めたのではなく、ただ殴られただけだ。
左腕の前腕に嫌な感覚を覚えたまま、グンゾウは後ろに吹き飛ばされた。
手に持っていたショートスタッフは地面に落ちて転がる。
――
グンゾウが混乱した頭で周囲を見渡すと、血と
橋の瓦礫と一緒に落とされたゴブリン達の生き残りが岸を
「グンゾウさんっ!」
シムラが叫ぶ。
傷付いた手負いのホブゴブリンは、怒りに任せてグンゾウに止めを刺そうと近付いてくる。
グンゾウは焦りと左前腕の痛みで、次の行動が取れない。
――
「ウガッ、ウガッ、ウアーッ!」
グンゾウが光魔法を唱えるよりも早くホブゴブリンの棍棒は振り上げられる。
――間に合わない!
グンゾウは目を
頭を潰されて死ぬと、こんな音が脳内に響くのだろうかとグンゾウは思っていた。思ったより痛くはない。
そもそも死んでしまえば痛みなんて感じる訳がない。しかし、折れてぷらぷらしている左前腕は死ぬ程痛い。
――あれ? 生きてる?
目の前に直立したホブゴブリンは棍棒を振り上げたままの姿勢で固まっていた。
そのままゆっくりと前に倒れ始める。
グンゾウは体を回転させて横に逃げると、隣にホブゴブリンが倒れてきた。グンゾウを襲ったホブゴブリンは白目を剥き、活動を停止している。
「キッシッシッシッシ、
ホブゴブリンの背後に黄色の宝石がはまった杖を持ったハイドが立っていた。
――誰もお前のことなんて、知らないし、
グンゾウは叫びたい気持ちを抑えた。それよりも感謝の気持ちが上回っていたと言える。
「助かったよ、ハイド! すげー嬉しい」
グンゾウは地面に寝たまま御礼を言った。
「シシシ。大丈夫かと思って、ちょっと見てたら、やばそうだったから助けた、キシシシシ。
油断をしていたのは自分の過失だと反省し、グンゾウはハイドに怒りをぶつけるのを諦めた。
「光よ、ルミアリスの加護のもとに、
グンゾウは黙って折れた左腕と傷ついた右腕を直した。
気持ちを入れ替えて周囲を観察すると、川から上がってきた3匹のゴブリン達はアキが一人で抑えていた。ゴブリン達は血だらけで、武器も持たず、手足が折れていたりしているので、脅威ではないと思われた。
リョータとヨシノは目標をゴブリンからホブゴブリンに変えており、それぞれ2匹ずつを相手に奮戦している。
タナカは余ったホブゴブリン1匹とさらにゴブリン3匹を相手にしている。
タナカの動きは特徴的だ。
ホブゴブリンやゴブリンに攻撃されても、
しかし、突然両手剣を振るうとゴブリンが2匹、横真一文字に裂けた。
――タナカは滅茶苦茶、目が良いんだな。あの攻撃、全部見えてるんだ。
タナカは強い。
リョータのように大振りして体力を消費することを避け、体力を温存しつつ、最小限の労力で最大限の戦果を得る機会を狙っている。
その他のゴブリン達はシンジョーとオダが相手にしていた。
シンジョーは
オダは奇妙な動きをしていた。
ゴブリンと向き合うと、攻撃するでもなく、横移動を繰り返す。釣られたゴブリンはシンジョーの前まで連れて行かれた。すると、オダは急に存在が消えたように姿を消し、その場を離れる。ゴブリンはシンジョーと戦い始める。
次に新しいゴブリンを挑発すると、それをタナカの目の前まで連れて行くと同じようにして、タナカにゴブリンを
オダは自分自身でゴブリンと戦わず、後ろに抜けそうになるゴブリンを挑発しては他の前衛の前に引っ張っていくという作業を繰り返していた。
――……変な奴。盗賊ってあれが正しい動きなのか? チョコしか見たことないから合ってるか分からないや。
「グンゾウさん、大丈夫ですか?」
低く落ち着いた、しかし、可愛いらしい声。
ゴブリンを倒し終えたアキが、いつの間にかグンゾウの傍にいた。兜の
――かわいい。白い肌に桜色の唇が可憐だ。
グンゾウの興奮が過去最大に高まる。
「アキーっ! 心配してくれてありがとう。すごく嬉しいよ。逆に大丈夫だった? 心配したよ。何年も会ってないみたいに懐かしいよ」
「ははは。
アキが目を潤ませ、笑顔になる。グンゾウは心臓が直接手で掴まれた位、ドキリとした。
――え? 何? 「
グンゾウは混乱しながら、天にも昇る幸福感を味わっていた。
「キシシ、それは勘違い」
――ハイドの嫌みなんて聞こえないくらい幸せ。
グンゾウが天にも昇る幸福感を味わっている頃、ゴブリン達は地獄に落ちる苦しみを味わっていた。
リョータとヨシノの相手は残すところホブゴブリン1匹ずつとなっている。タナカとシンジョーの活躍も目覚ましく、ゴブリンの数は既に5匹に満たない。
「ギャッ!」
という悲鳴を上げて、ゴブリン・リーダーの額がシムラの矢で貫かれた。
「だっふんだー! やってやったでー!」
シムラが嬉しさの余り、2階から飛び降りた。
リョータ小隊の勝利は目前に迫っていた。
「俺はお宝でも確認するかな?」
オダは盗賊らしい身軽な動きで、
オダの目に、荷馬車の
「何が入ってるのかなー?」
オダが荷馬車に掛かった幌を取ろうと手を伸ばす。すると、幌を突き破り、何かが飛び出てくる。それはオダの急所を狙う。
「ぎゃあぁぁぁぁぁああぁぁぁぁ!」
オダの悲痛な叫び声がダムローに響き渡る。全員の視線が荷馬車の方向に向く。幸福の絶頂にいたグンゾウも強制的に意識を現実に戻された。
荷馬車の上、オダが槍の穂先で持ち上げられている。
その槍を持っている主は
ゆっくり槍を動かし、オダが地面に投げ捨てられる。
――こっちに居たか……。
「
第1章は残すところ、あと1話+エピローグ!
予告通り、第2章もやりますよー。
早く終えたい……。
遂に登場「紅鎧」。
気分的には「紅ほっぺ」とか「紅芋」とか食べ物みたいですよねー。