廃と群像のグリムガル ~不惑の幻想~   作:西吉三

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今回は、最終回に向けての中弛(なかだる)み回と申しますか……皆の日常を描いた、何と申しますか……ただの下ネタです!(謝)


23.ヨシノの秘策とリョータの秘密

 見渡す限り緑の牧草地帯。吹く風は優しい。

 風が草の頭を撫でていく。1メートルにも育ったカモガヤのようなイネ科の植物が、風に揺れる水面のようにゆっくり波打っていた。

 そんな周囲の平穏な風景と異なり、グンゾウの目の前では驚愕の光景が繰り広げられていた。

「うそだろ……」

 次々と戦士達が倒れていく。

 ミッツは攻撃の(いとま)もなく、最初の一撃でやられた。

 クザクも立て続けに上からの攻撃に(さら)され、仰向けに倒れている。肩が動いているので、死んではいない。デカいだけにタフだ。

「グンちん、脚を動かして! やられるよ!」

「ヨシノ、すまない。もう俺の脚は動かない……」

 グンゾウの脚は既に筋肉が焼けるように熱く、動かすことができなくなっている。腰も痛い。

「じゃあ、あたしが何とか食い止めるから、動かないで!」

 ヨシノは頼もしい。

陽炎(ヘイズ)!」

 カズヒコがお得意の下段からの切り上げを繰り出そうとした。しかし、剣先が上がる前に上から剣を叩かれ、勢いを潰される。

「なっ!」

 戸惑っている隙に、高い位置からの突きを立て続けに喰らい、カズヒコも倒される。

「俺がやるしかない!」

 リョータが必死の覚悟を決めて両手剣を構えた。

「ふんぬぅー! 一本突き(ファストスラスト)!」

 リョータは両手剣を前に突きだすと、飛び出して全身の体重を踏み込んだ脚に乗せる。

「動きが大きすぎて、バレバレよ!」

 ヨシノが警告を発する。

 ――まさかリョータまでやられてしまうのか?

 

 

 リョータの両手剣は()()()()槍に切っ先をずらされ、騎馬の先頭にいるグンゾウを(かす)って、外れた。

「おっとと」

 一本突き(ファストスラスト)が外れたことで体勢を崩したリョータの背中に、騎馬の上からヨシノの容赦ない突きが連続して落とされる。

「ぐわっ! ぐわっ! ぐわっ! ぐわっ!」

 蛙が踏みつぶされた時のような声を上げて、リョータが地面にべちょっと倒れた。間抜けだ。

 残す前衛はアキのみ。

 アキは盾を上斜めにしっかり構えると、素早く足下に潜り込む。

「いいよ、アキちゃん!」

 ヨシノが高角度に槍を突き出しても、アキの盾は力を分散し、威力を発揮しない。

 アキは槍に接触する瞬間、盾の角度を調整し、さらに自身の体を柔らかく逆方向にずらすことで、力を分散している。一瞬の間違いも許されない、全身を使った繊細な動きを繰り返している。真面目に盾受(ブロック)に打ち込んできた成果だ。

 そして長剣でグンゾウの体を数回斬り付けると、素早く離れて距離を置いた。

「アキちゃんナイス!」

 ――わーい、アキに斬られたー! 気持ちいいー。……おおう。何か違う喜びを得てしまった。いかん、いかん。カレンの影響だ。

 

 

 ヨシノの秘策は、秘策と呼ぶほどのものではなかった。ホブゴブリンを想定して、グンゾウ、タイチ、シムラで作った騎馬の上にヨシノが乗って、巨大な敵との戦闘に慣れるというだけだった。

 もちろん槍や剣は実物ではなく、木の棒に綿布を巻いたものだ。

 そして、ここはオルタナを南門から出た牧草地帯だった。

 既に3戦を終えたが、槍騎馬ヨシノは恐ろしく強い。馬(グンゾウ)の足が止まるまで、負けなしの戦いをしていた。

「アキちゃん、防御が上手くなったねー」

 ヨシノが喜びの声を上げる。

「ちょっと頑張ってみた」

 アキが微笑(ほほえ)む。

 ――笑顔がかわいい。最近のアキは護衛や防御なら2匹相手でも安心して任せられるよな。誰よりも上手いんじゃないかな?

「だぁーもー、防御がいくらできたって、攻撃力が無きゃ、敵は倒せねーんだよ」

 ヨシノに叩き潰されていた(リョータ)が、地面から負け惜しみを叫んだ。

「違うよ、リョータ」

 ヨシノが力強く言う。

「攻撃力が弱いゴブちんなら攻撃力さえあれば防御は鎧任せでもいいけど、ホブゴブリンみたいに攻撃力がある敵なら、如何(いか)に自分達は怪我を負わずに、敵に打撃を加えるが大事になるのよー。あたしたち、敵がいつまでもゴブちん前提の戦いをしているわけにはいかないでしょー?」

 ヨシノが正論すぎて、リョータはぐうの音も出ない。

 ――ヨシノはすごいなー。でも、そろそろ降りて欲しいな。

「じゃあ、今日はここまでかな。明日もやろー」

 元気なヨシノの声に「うげぇー」という男達の悲鳴が聞こえてきた。

「いててててて」

 グンゾウはヨシノの(あぶみ)になっていた手が痛かった。もちろんタイチやシムラも痛がっている。

「ヨシノの騎乗は激しいなー」

 グンゾウは口にした後で、少し卑猥(ひわい)だったなと反省した。

「ところで、これを続けてホブゴブリンには慣れたとして、紅鎧(べによろい)はどうする?」

 カズヒコが疑問を投げかける。

紅鎧(べによろい)は……、あたしが倒す!」

 ヨシノが手を挙げて、大声を出す。

「お、俺も手伝うよ、ヨシノ」

 (リョータ)(あわ)てて起き上がる。

「えー、リョータはすぐあたしの獲物を取っちゃうからなー」

 ヨシノはほっぺを膨らましている。先程、男4人をこてんぱんに()した人間らしからぬ可愛らしさだ。

「そんなことじゃねーよ。あんな危ない奴と独りで戦ったらヨシノが危ないだろ」

「んー、まあいいんだけど、リョータにはホブクザクんを倒して欲しいんだよなー」

「ホブ……クザクん?」

 ほぼ死んでいたクザクがむくっと起き上がった。

「あ、クザクんより大きいから、ホブクザクんってことー」

 ヨシノのそれを聞いて、そのままクザクは地面に()()して死んだ。

「とりあえず、ホブゴブリンは瞬殺してヨシノを助けるから、無理はしないでくれ!」

「わかったよー。まあ、()()()もあるし……、複数人でもいっか」

 ヨシノがぼそぼそと気になることを言ったのをグンゾウは聞き逃さなかった。

 ――奥の手? そういえば、ヨシノって雄叫び(ウォークライ)以外の(スキル)って何を覚えたんだろう? サイリン鉱山では片刃の曲刀(シミター)両手構え(デュアルウィールド)で戦ってたけど、あれは別に(スキル)って訳じゃなさそうだし。習いに行ったのは槍の(スキル)だよな……。

 

 

 サイリン鉱山への4回の遠征は、橋脚を破壊するに十分な量の火薬と、それなりの資金をグンゾウ達にもたらした。そこで一旦、ダムロー旧市街攻略を休憩し、再び装備と(スキル)の充実をすることを決めた。

 ホブゴブリン訓練打ち上げ後、宿舎に戻ったグンゾウは、再び家族会議を開こうと思った。しかい、酔っ払って御眠(おねむ)のヨシノは防具の強化と槍技の二段突き(ダブルスラスト)の習得を宣言すると「アキちゃん、一緒に寝ようよー」と上機嫌にアキに抱きついた。

 ヨシノがだらしなく抱きつくので、アキの服が引っ張られて、胸元が大きく開く。

 思わずグンゾウの視線は釘付けにされた。

 アキの鎖骨から胸元にかけては透けるように白く、うっすらと(おお)われた皮下脂肪の下に肋骨の凹凸(おうとつ)が見えた。

「ヨシノちゃん、くすぐったいよー。首に口付(くちつ)けちゃ駄目ぇ」

 そんなアキの嬌声(きょうせい)と共に、眼福(がんぷく)はあっという間に女子部屋へ去ってしまった。

 ――う、(うらや)ましすぎるぞ……。どっちが羨ましいのか良く分からないが、とにかく参加したい。

 グンゾウは突然鼻血が出てきて、鼻を押さえた。癒し手(キュア)ですぐに治したが、少しだけ手に血が付いてしまった。

「俺……溜まってるのかな? 頑張ってもあんまり報われないしな……」

 グンゾウはじっと手を見る。

「グンゾウ、スケベ、キシシシシシシ」

「わおっ!」

 突然傍に現れたハイドに、グンゾウは大袈裟に驚いてしまった。

「ハイド、今の見た?」

「キシシシシ、見た。でも、興味ない」

「思春期の男の子とは思えない冷静さだな。なんとも思わなかったのか?」

「衣装が萌えない、キシシ」

 ――衣装……、また着眼点が独特だな。

「ところで、ハイドは何を習得する予定なの?」

「秘密、シシシシ」

 ――相変わらず……。ハイドの秘密主義にも最近は腹が立たない。むしろ安心感が湧いてくるくらいだ。

「ハイド、お前は弁当とか隠して食べるタイプだろ?」

「ぎくぅ! シシシシ、な、何のことだ? シシ、もう寝る」

 ハイドは「シシシシ」と言いながら、そそくさと男子部屋に消えていった。

 ――どうせ、真夜中に起きて明け方まで魔法の練習するくせに。

 グンゾウが中庭を見回すと、シムラが酔っ払って寝ていたので、毛布を掛けた。

 グンゾウはまだ眠くないため、もう1杯飲みに出ようかと考えていると、リョータが沐浴(もくよく)部屋から出てきた。リョータは手拭(てぬぐ)いで髪の毛を拭きながら、歩いている。

「あ、リョータ、次の修練は巻撃(ウインド)の習得でどう?」

「んあ? ああ、分かったよ。あんまり金も無いしな」

 リョータにしては素直な返事。しかし、グンゾウの心に疑問が湧いてくる。

「金が無いの? 俺は解呪(ディスペル)とか習いに行ったからあれだけど、みんなは結構貯まってんじゃないの?」

「い、色々あるんだよ。色々」

 リョータは少し動揺しているように見えた。

 ――怪しい……。ここは突っ込んでみるか。

「リョータくーん。僕にその色々ってやつを教えてくれないかなぁ?」

「お、おお、教えねーよ」

 リョータは益々(ますます)動揺している。

「じゃあ、本件はヨシノ先生と相談の上、調査させていただきます」

 グンゾウが立ち上がって部屋に向かおうとすると、リョータが肩を(つか)んでくる。

「こ、こらっ! こら、オッサン!」

 グンゾウはリョータに振り返ると、じろりと(にら)んだ。

「オッサン?」

「オジサマ? いや、グンゾウ……さん? 教える。教えるから……」

 ――これはしばらく握れそうな弱みだ……。キシシ。あ、いかん、ハイドが感染(うつ)った。

「最近、そこそこ安定して稼げるから、すこーしだけ、すこーしだけ……(てん)に通った」

 リョータの癖に声が小さく、具体的な部分が全然聞こえなかった。

「んあ? 何店(なにてん)?」

 グンゾウが聞き返すと、リョータは苛立った顔をして、グンゾウに顔を寄せる。

「ば、馬鹿っ! 声がでかいんだよ、オッサンは。風俗店(ふうぞくてん)だよ。風俗」

「なっ!」

 ――なんだってぇー!!

「カズヒコが調べてくれたんだけど。まあ、なんだ、戦闘で命を懸けるストレスをだな……なんだ、少し発散しないと、色々と害があるだろ? 別にオルタナじゃ、(わり)ぃことではないらしいしな」

 リョータは少し気まずそうに視線を逸らして小声で話した。

「そうか……」

 ――さすが情報通のカズヒコ。

「ヨ、ヨシノには言うんじゃねーぜ。まじで。言ったら殺す」

「アキならいいの?」

()鹿()! ()い訳ねーだろ。筒抜けじゃねーか。カズヒコ以外、誰にも言っちゃ駄目だっつーの。あとの奴等(やつら)とは行ったことねーし」

 リョータが興奮して、顔が近い。グンゾウは少し後ろに下がると、溜息を()いて、落ち着いた。

「そうか……。とはいえ、何で俺を誘ってくれないの?」

 グンゾウが不機嫌な顔でリョータに聞くと、リョータは目を見開いて驚いた。そして、その後、にっこりとした笑顔になった。

「あっ、そういうこと? いやー、だって、ほら、なんか神官だし? やっぱ駄目なんじゃねーかなって」

「んな、(わけ)ないだろ。俺は神官の前にただの男だぜ」

「だ、だよなー。(わり)ぃ! これはまじで(わり)ぃ! 場所とか教えるから。だけど、ヨシノには言うなよ」

 ――ま、()()が弱みですな……。

「はいはいっと。まあ、ここでは何なんで、外で1杯やりながら教えてくれよ」

 北区の市場まで行くのは少し遠いため、グンゾウはリョータを連れ立って、職人街方面の屋台へ向かった。

 

 

 ――この先か……。

 リョータはお金が無いとのことでグンゾウと一緒には来なかった。

 グンゾウがリョータに教えてもらった()()は2箇所あった。

 1箇所は西町にある売春宿と呼ばれる宿が連なる地域。こちらは明らかに雰囲気がいかがわしく、グンゾウも丸腰で近付くのを躊躇(ためら)う地域にあった。

 西町の相場は、道端に立っている女性(男性もいる)に()()()奉仕(ほうし)を受ける場合は2、3シルバー程度。その場合、奉仕(ほうし)も本当に一瞬ということで、リョータも満足度は低いと言っていた。宿に雇われている女性(男性)の場合は、5シルバーから高くても10シルバー程度とのこと。地域柄(ちいきがら)そこまで高い料金ではないが、そこは品質と比例しているとのことだった。

 今、グンゾウが目にしているのは北区にある天空横丁の一角、今まであまり来たことのない場所だった。しかし、天空横丁自体は比較的慣れている。オリビアの店があるし、何度も来たことがある。

 横丁の賑やかな辺りにも、露出度の高い服装で客を引いている女性がいる店を何度も見かけていた。大抵は浮かれた、分かりやすい名前の店が多い。例えば「キャバレークラブ・ルンルンパラダイス」なんて感じだ。グンゾウは聖職者としての倫理が最後の(たが)となり、そのようなお店に入ることはなかった。

 ――そうだ。今日だって別にお店に入りに来たんじゃない。社会見学だ。そういうお店もオルタナにあるんだなってことを知りたいだけだ。知識欲だ。知識を得ることは良いことだ。

 グンゾウは誰に何を言い聞かせているのか、一生懸命正当化をしながらここまできた。

 そこは横丁の一角で、特に看板も出ていない店舗が数店ある場所だった。

 リョータの話では、天空横丁のこの場所は女性の紹介のみで、その後花園通りの端の地域にある指定された宿に行く必要がある。いわゆる()()()()宿()だ。

 北区の相場は5シルバーから20シルバー程度。しかし、場所柄、貴族や大金持ち向けのサービスもあり、最高級店では1回3ゴールドなんて破格のサービスもあるそうだ。

 ――1回3ゴールドってどんな女性が出てくるんだろう?

 グンゾウは職業(クラス)的倫理観と欲望の葛藤(かっとう)で迷ってしまい、お店の扉を開けるでもなく、その付近を(おり)に捕らえられた動物のようにただ()()()()としているだけであった。完全に怪しい人だ。

 その時、突然看板の無い店舗の扉が開いて、光が漏れる。グンゾウが立ち止まって見ていると、正装に近い黒い服を着た紳士が出てきた。マント姿で、帽子を深々と着用している。身長は180センチ以上あると思われた。紳士の服は光沢のある高級そうな生地で、所々光を反射している。

「店主、()()は素晴らしかった。3ゴールドも惜しくない。また出勤した時には連絡をくれ」

 低いが良く通る、威厳に満ちた声で話した。

「へへっ! ありがとうございます。もったいない話ですが、彼女は本業じゃないもんですから、かなりのレア出勤になっておりまして。また出勤したら必ずご連絡差し上げます」

 店員らしき男が頭をペコペコと下げながら答えた。頭をペコペコと下げているが、この店員はかなりの偉丈夫(いじょうぶ)で、強面(こわもて)だ。

 ――この紳士は相当偉い人間なのだろうか。

 黒い服の紳士は、マントを(ひるがえ)すと通り向かいに停まっていた御者付きの馬車に乗って、居なくなってしまった。(つば)付きの帽子を深々と被っていたので、グンゾウは紳士の顔は横顔を少ししか見ることができなかった。

 ――あの紳士……どこかで見たことあるような?

 入り口で黒服紳士の帰りを見送った店員が店の中に戻ろうとして、グンゾウに気付く。

「あー、お客さんかい?」

 グンゾウはどきまぎしながら答える。

「話聞くだけってできるの?」

 強面の店員は(あき)れた顔で溜息を()く。

「なんだよ。いい(とし)して、貧乏の童貞なのか?」

「まあ、そんなもんで」

 グンゾウが答えると、強面の店員は顎で店の中に促した。

 

 

 真夜中過ぎのオルタナ。倫理と欲望に挟まれて、グリムガルに来てから最も悩む瞬間を迎えつつあるグンゾウであった。

 ――どうする?! 俺!

 




さーて、今回も安定の下ネタが終わりました。
次回からはダムロー奪還に向けて加速(減速?)しますよー!

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