廃と群像のグリムガル ~不惑の幻想~   作:西吉三

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12.ダムロー旧市街攻防戦(前編)

 オルタナの街に時鐘(じしょう)が鳴る。今朝の空のように澄んだ音だ。

 時鐘より前に起きていたグンゾウは中庭に立ち、空を見上げる。雲ひとつ無い蒼穹(そうきゅう)は高く、そして広い。鳥達が群れを成してパステルブルーの空を渡っていった。まだ早朝のため爽やかな気温だが、今日も暑くなりそうだと感じた。

 眩しい朝日に目を細めながら、ルミアリス神へ祈りを捧げる。昨日までの無事に感謝を、今日からの無事に願いを込めた。

 祈りの後は、ショートスタッフを使って護身法の型を復習する。

 いざという時、自分の身を守ることができなければいけないと思って始めた。日課になりつつある。

 型の練習が終わると、かいた汗を井戸水を浴びて流した。

 ――夏は井戸水で良いけど、冬はお風呂だな。

 グンゾウは思った。

 次は裏庭で倒れているハイドを起こしに行った。これもグンゾウの日課になっている。

 何故かハイドは毎朝裏庭か、中庭と裏庭の間の道で寝ていた。ハイドには夢遊病の()があるのではと、グンゾウは疑っている。

 裏庭の奥は小さい雑木林(ぞうきばやし)になっていた。コナラやクヌギ、カシ等が自生している。今日のハイドは随分と雑木林の奥の方で寝ていた。雑木林の木が倒れて獣道になっており、その一番奥で倒木に寄っかかって寝ていた。

 ――どうして、あんなところで? 夜寝苦しくて、涼しいところを求めているのかな? これも夏は良いけど、冬は凍死しちゃうから、なんとかしないとな。

「ほら、ハイド起きろ」

 グンゾウはハイドの肩を揺すって起こそうとした。しかし、なかなか起きない。また起こしに来るのが面倒臭いので、寝ているハイドを背中におぶい、落ちている魔法使いの杖(メイジスタッフ)を拾って、中庭まで運んだ。

 ――重い。修行だと思おう。同じおんぶでも、これが女の子ならもう少しテンション上がるんだけどな……。

 中庭に戻るとヨシノが起きて槍の素振りをしていた。

「おはよー、グンちん」

「おはよう、ヨシノ」

 初狩り(しごと)以来、ヨシノは早く起きて槍術(そうじゅつ)鍛練(たんれん)をしている。一度、棒術対決をしたが、グンゾウはこてんぱんにやられた。

 また、最近は()()アキも早く起きて、守護剣闘術(しゅごけんとうじゅつ)鍛練(たんれん)(いそ)しんでいる。

 ――うちの女子は真面目だ。

 グンゾウは景色の良くなった中庭の椅子に座ると、水出しのカウヒー茶をすすった。

 

 

「よーし。各自装備の確認をしよう。忘れ物は無いようにね」

 皆がガチャガチャと音を立てて、装備の確認をしている。

 義勇兵宿舎2号棟の中庭で、カズヒコが出発前に事前説明(ブリーフィング)を始めた。

「最近ダムローに行った義勇兵はいないみたいだけど、ダムロー旧市街は初心者向けといってもゴブリンの密集度は森の比ではないらしい。5人以上の隊を組んでいるゴブリンもごろごろいるらしい。チョコとシムラに斥候(せっこう)をお願いして、なるべく先に見つけてから、挟み撃ちや先制攻撃を仕掛けよう」

斥候(せっこう)なんてせっこぅーいのー」

 隣でシムラが渾身(こんしん)駄洒落(だじゃれ)を放つ。ミッツやタイチは必死に笑いを(こら)えている。

 ――くそつまらない。つまらなすぎて笑える。でも、笑ったら負けだ。笑ってはいけない。

「せっこぅーいのー」

 シムラがしつこく駄目押す。既に顔芸(かおげい)を加えて、力業(ちからわざ)で笑わそうとしている。

「5点だな。……100点満点で」

 リョータが仏頂面(ぶっちょうづら)で言い放った。

「まさか、そないな!」

 シムラはがっくりと頭と肩を落とした。

「えーっと、続けていい?」

 カズヒコが苦笑いしながら確認した。皆、首肯(しゅこう)する。

 ――リョータ小隊(うち)は緊張感が無い。身内(カズヒコ)相手でも恥ずかしい。

「近接戦闘が始まったら、リョータも僕も目の前の敵にかかりきりだから、隊の指揮はグンゾウさんに任せる。特に撤退の指示は絶対に守ること。グンゾウさんが笛を長く吹いたら全員撤退。グンゾウさん何かありますか?」

 カズヒコはグンゾウに話を振る。グンゾウはショートスタッフの石突きで地面に絵を描きながら説明を始めた。

「みんな地面の図を見てね。再確認だけど、ダムローは市街地だから平地で戦うことが多いと思う。だから陣形は大事だ。攻める時も引く時も、敵との最前列はヨシノ、クザク、カズヒコ、ミッツ、リョータの5人が等間隔に“W”の文字で並ぶこと」

 グンゾウは左右の線だけ長く、真ん中はほぼ平らな“W”を地面に書いた。

「ヨシノとリョータは攻撃の要だ。なるべく踏み込んでゴブリンを包囲。カズヒコ達は連携して正面を絶対突破させない気構えでよろしく」

 ヨシノは「ほーい」と言いながら左手を挙げた。リョータは「ったりめーだ、オッサン」と憎たらしく笑う。カズヒコ、クザク、ミッツも頷く。

 グンゾウは続ける。

「中列は4人、アキ、シムラ、タイチ、俺。中列は前列の支援と情報の伝達だよ。アキは前列が怪我した場合は治療の間、交替して。無理はせず防御に徹すればいいから」

 アキが神妙な面持ちで頷きながら、盾を抱きしめた。

 ――盾になりたい……。

「後列はハイド、ノッコ、チョコで。チョコはハイドとノッコの護衛。あと後方の警戒を」

 チョコが大きい目をクリクリさせながら、グンゾウに頷く。

「魔法の使いどころはハイドに任せる。嫌だろうけどノッコはハイドと協力して」

「キシシ、任せろ、僕は最強、キシシシシシシ」

 ハイドはいつの間にかグンゾウの斜め後ろにいた。ノッコは「あはは、了解」と苦笑しながら、ハイドをちらっと見た。

 ――わかるよ、ノッコ。でも魔法を使うタイミングとか上手いんだ、ハイドは。みんなは気付いてないかもしれないが、ハイドは魔法の光弾(マジックミサイル)を自由に曲げられるし、命中精度もシムラの弓矢より高い。

 最後にグンゾウが確認をする。

「あってはならないことだけど、囲まれた場合も役割は同じで。前列5人が五角形になって広がり、隙間に中列の4人、真ん中に3人だ」

 グンゾウは同じく地面に円陣の図を描いた。

 ――全然完璧じゃないけど、今はこれが限界だな。後はみんなの成長に期待するしかない。

「以上、説明終わり。じゃあ、最後にリョータ先生からありがたい一言をどうぞ」

「うぇあっ?」

 突然話を振られたリョータはどぎまぎして、何も言えない。

「リョーター、早くー」

 ヨシノも悪のりして、楽しそうに(はや)す。リョータは咳払いをしてから一言。

「よし! お前ら、絶対ふざけるなよ! ダムローまで静かに行くぞ! ダムローまで(だむ)ろー……みたいな」

 その場にいた全員が凍りつく。

 初夏のオルタナに一陣の涼風(りょうふう)が吹き込んだ。

 ――3点だな。……1000点満点で。

 

 

 ダムローはオルタナの北西から徒歩で小一時間程度の距離にある……とグンゾウ達は聞かされていた。

 しかし、道のりは山あり谷ありゴブリンありで、重装備のグンゾウ達が小一時間で着くことはなかった。

「誰だよ、小一時間で着くって言ったやつ。見つけたら、ぶっ飛ばす」

 リョータが30分前にゴブリンの死体を踏みつけながら言った台詞(セリフ)だ。

 ――ついでに寒い駄洒落を言った(じぶん)もぶっ飛ばしてくれたらいいのに。

 かつてはアラバキア王国第二の都市で、天竜山脈の北側で最大の街だったそうだ。その名残のような建物が残っている土地だ。

 グンゾウ達が目指したのは南東部の旧市街で、ゴブリンによる再建が進んだ新市街と異なり、あまりきれいな建物は残っておらず、ゴブリンの社会でも弱者の地位にあるゴブリンたちが主に住んでいる。

 そのため、新米義勇兵たちが実戦経験を積むのには、うってつけの場所だとされている。

 森が開け、山腹の上から見下ろしたダムローは白く美しい都市遺跡に見えた。

「わー、きれー! はっやくいっこー!」

 ヨシノはダムローが気に入ったようで、歌を歌いながら歩いて行った。

 ――あれが、ダムローか。確かにきれいな街だな。それにでかい。奥が見えない。

 グンゾウはダムローの周囲も含めて、全体を俯瞰して見渡した。現在グンゾウ達が立っている場所と同じくらいの標高で、ダムローの西、森の中に石造りの塔らしき建物が建っている。

「あれはなんだろう?」

 情報通のカズヒコに聞いてみた。

監視塔(かんしとう)? 狼煙台(のろしだい)? ですかね?」 

 カズヒコも情報がないようで、珍しく曖昧な回答だった。

 グンゾウは現在の位置とダムローと塔の位置関係、そして疑問に思ったことを手帳にメモをした。

「グンゾウさん、几帳面ですね」

 シムラがひょっこり手帳を覗いてきた。

「ああ、癖なのかもね。すぐ忘れちゃうから、見た事実と日時、その時思ったことを分けてメモしておくんだよ」

「すごいですねー。でけへんなー」

 シムラはイガグリ頭をぽりぽり書きながら、歩いて去って行った。

 ――シムラ、大人になったら人の手帳は覗き込まない方がいいぞ……。

 

 

 遂にグンゾウ達はダムロー旧市街に到着した。正確に言うと、旧市街の正門「繁栄門(プラスペラスゲート)」が見える位置まできた。過去は壮麗(そうれい)な姿を誇っていたのかもしれないが、今となっては壊れたボロボロの石組みを見せているだけだった。

 ようやく森の一本道を抜け、旧市街手前の平地に出ることができた。門まで100メートル強というところだ。

「よしっ! やっと到着した。攻め込むぜ!」

 リョータが声を上げたと同時に、1本の矢がミッツの足下にグサッと地面に刺さる。

「へぁ? あへへへ、ははっ?」

 ――ミッツの感情はどうなっているんだ?

 ミッツが驚いていると、繁栄門の方角からさらに何本か矢が飛んでくる。

 繁栄門の脇には壊れかけの物見櫓(ものみやぐら)が建っており、あそこから狙われていると考えるのが妥当に思われた。

 矢は遠くから放たれているためか、どれも威力はない。直接肌に当たってもすり傷程度にしかならないと思われたが、明らかにグンゾウ達を狙って放たれている。目に当たればもちろん危ない。

「みんな、弓で狙われている。陣形を固めて」

 カズヒコが号令をかける。「うっす」「へへっ」とクザクやミッツが前に出て、武器を構える。残りは後ろに下がる。

「いきなりのご挨拶だな」

 リョータは右翼に展開して、両手剣(ツヴァイヘンダー)を構えると楽しそうにニヤッと笑った。

 繁栄門の方角からゴブリンと思われる一隊が走りながらこちらに向かってくる。

 ――多いな。6匹、もっとか?

「後衛も抜刀して」

 グンゾウは声をかけながら、ショートスタッフを構える。

「1、2、3、……いっぱい」

 シムラは既に弓を構えながら向かってくるゴブリン達の数を数えていた。

「ん。9匹だね。もしかして、やばい?」

 チョコが誰に対してというわけでなくダガーを構えながら発言した。チョコは目が良い。目が大きいと視力も良いのかと疑いたくなる。

 ――9匹は多いな。それに動きが整然としている。

 ゴブリン達が横4×2+後列1の隊列を組んでこちらに向かってどんどん近付いてくる。ゴブリンには違いないが、今まで目にしたゴブリンと少し異なっていた。

 錆びていない槍や剣を持ち、多くが帽子のような(かぶと)を被っていた。そして何匹かは鎖帷子(チェインメイル)を身に着けて、半分近くのゴブリンは盾を持っている。

 また、動きに乱れが無く、隊列を組んでキビキビと行動している。

 今まで出会ってきたゴブリン達は基本的にやさぐれていていた。格好もみすぼらしく、ほとんど半裸又は全裸であった。徒党を組んでいても戦術的に連携した動きをすることはなく、個々がバラバラに攻撃をしかけてくる感じだった。

 今、目の前にいるゴブリン達は違う。30メートルくらい離れた場所でゴブリン達が一斉に止まり、武器を構える。まるで決闘シーンのようだ。

 ゴブリンが初めて整った動きをしていることに、今までにない緊張感がグンゾウ達に走る。

「イガグリ、早く撃てよ!」

 リョータが苛立つように、しかし声を押さえて言う。

「もう……少し」

 シムラが最高に弓を引き絞った状態で集中をしていた。

「あたし、初めて緊張してるかも……」

 左翼にいるヨシノが呟く。

 グンゾウは隣にいるアキを見た。アキは右手に長剣(ロングソード)を持ち、左手で盾を構えている。その手が震えている。グンゾウは手を伸ばすと、アキの鎖帷子のフードを頭に被せてあげる。

 アキがグンゾウの方を見る。不安そうな目だ。

 グンゾウは声を出さず、口の形だけで「大丈夫」と言い。前面のゴブリンに向き直る。

「ちっ! 来いよ、このクソ野郎ども!」

 痺れを切らしたリョータが大声で叫ぶ。すると、ゴブリン達の1匹が「ギャギャッ」と声を発し、戦端(せんたん)が開かれる。

「ギャアギャア」「ギッギッ」「ギャッギッ」「ギャアギー」と一斉に声を上げて、ゴブリン達が突撃をしてくる。前列は盾持ちが多い。

 一閃。

 シムラの放った矢が前列の槍持ちゴブリンAの右目に突き刺さる。ゴブリンAは崩れ落ちた。

 すかさずもう一射、今度は隣の槍持ちゴブリンBの肩付近に当たり「ギャッ」と声があがる。こちらは鎖帷子を着ている。動きが一瞬止まったが、すぐに矢を抜くと隊列の後を追ってきた。

 シムラの活躍で1匹を倒し、1匹は足止めをしたが、他のゴブリン達は怯むことなく突撃してきた。もうシムラの弓が使える距離では無い。

 金属のぶつかり合う音がして5対7の戦いが始まる。

 リョータとヨシノはそれぞれ2匹のゴブリンを相手に戦っている。クザク、カズヒコ、ミッツは1匹ずつ相手をしている。

 左翼のヨシノは槍を長く持ち、横薙(よこな)ぎの動きを多用して、2匹のゴブリンC、Dと距離を取って戦っている。ゴブリンC、Dは共に剣盾持ちゴブリンのため武器の相性は良い。しかし、複数相手では攻め手にかけるようで、攻めに回るのは難しそうだ。

 右翼のリョータは「オラッオラッオラッ! 無駄ァ無駄ァ無駄ァ!」と声を出しながら、両手剣を振り回している。ゴブリンEは剣盾持ち、ゴブリンFは槍に鎖帷子を装備している。両方とも動きが遅い太めゴブリンだ。リョータが苦手な高速ゴブリンではないが、複数相手なので、やはり攻めあぐねている。

 クザクはゴブリンGと1対1の形を作っている。ゴブリンGは少し大柄で、鎖帷子を着た槍持ちゴブリンだ。長剣との武器の相性は悪そうだが、クザクが体格で威圧感を与えて、ゴブリンGを攻めにくそうにしている。クザクにしては気合いの入った戦いをしている。

 ミッツは危なっかしい。ミッツは相変わらず腰が引けているので、カズヒコがゴブリンHと手負いのゴブリンBの2匹を牽制している感じだ。

 1匹のゴブリンだけ、動かず30メートル先にいる。明らかに雰囲気が違う。紅色(べにいろ)に塗られた金属の甲冑(かっちゅう)(まと)い、槍と盾を持って直立不動の姿勢でいた。

 ――あのゴブリンがリーダーなんだな。こいつらは野良ではなく、正式な軍隊だ。

「シムラ、隠れて狙える?」

 グンゾウはシムラに聞くと、視線をゴブリン・リーダーに向けた。

「がってん」

 シムラは射線に仲間が入らず、射撃できる隠れ場所を探しはじめる。

「ハイド、ヨシノかリョータの支援ができないか?」

 グンゾウはハイドに尋ねた。

「フ、キシシ、まだ、まだその時じゃない、キシシ」

「ノッコでも駄目?」

「キシ、駄目!」

 ハイドは強い決意を持って答えた。ハイドは魔法の節約に関して厳しい。使うべき時には連続して使うこともあるが、使わないと言う時には絶対に使ってくれないところがある。

 ――ゴブリン・リーダーが動き出す前に数を減らしたい。あれはリョータかヨシノがタイマンじゃないと厳しいだろう。援軍も怖い。

 グンゾウはアキに目を向ける。

「アキ、ヨシノとクザクの間に入って、一時的に1匹をヨシノから()がしてきて。ヨシノがすぐにもう1匹を倒すはずだから、そしたら戻ってきて。俺も付いていくから」

「は、はい」

 アキは一瞬驚いたが、すぐに動き出す。

「グンゾウさん、森を通って、あっちの茂みまで移動します」

 シムラが西にある茂みを指差しながらそう言うと、ゴブリン達に動きを察知されないように森の中に入って行った。

「わかった。えーっと、タイチ、誰か怪我したら回復を。抜けた穴はチョコが埋めて。1匹引きつけるだけでいい。無理はしないで。ハイドは周りをよく見てなんかあったら報告をくれ」

 グンゾウは後衛に簡単に指示を出してから、アキの後を追って移動する。

 後衛の動きも慌ただしくなる。

 

 

「てやっ!」

 アキが長剣を右斜め上から袈裟懸(けさが)けに剣ゴブリンCへ斬りかかる。剣ゴブリンCはとっさに(かわ)すが、ヨシノだけに注目していたため左腕を皮一枚切られる。

「ギャッギャッギャッ!」

 言葉の意味は分からないが、人間の言葉で言えば「なんだ、てめぇ、ぶっとばすぞ!」と言った感じか。

 今度は剣ゴブリンCがアキに斬りかかろうとする。アキは左手の盾で剣を防ぐと、右手の長剣を突き出す。剣ゴブリンCも盾でアキの突きを防ぐ。

「ありがとー、アキちゃん!」

 ヨシノは嬉しそうに槍を振るい、剣ゴブリンDを圧倒し始める。

「ええぃ!」

 ヨシノは左手で槍を(ねじ)るように突き出す。剣ゴブリンDが躱すと、すぐに槍を引き戻す。槍を引き戻した反動を利用して反時計回りに体を回転させると、回転の勢いを殺さず、そのまま勢いを槍に乗せて右上から左下へ振り下ろす。まるで舞を舞っているかのような美しい動きだ。

 剣ゴブリンDは盾で槍を防ごうとする。しかし、早さと重さを備えたヨシノの槍はそれを許さない。剣ゴブリンDは「ギャン!」と声を上げて、盾ごと吹き飛ばされ、横に倒れる。

「バイバイ、ゴブちん」

 すかさずヨシノは首元に槍を突き立てると、(ひね)ってから抜く。剣ゴブリンDは痙攣(けいれん)をしている、恐らくもうすぐ死ぬだろう。

 その時、剣ゴブリンCとアキは鍔迫り合い(バインド)をしていた。剣ゴブリンCの背は低いが、膂力(りょりょく)はアキより上のため、押されている。

「ギィッヒッヒッヒ」

 剣ゴブリンCがいやらしい笑みを浮かべて、鍔迫り合い(バインド)のままアキを押し倒そうと力を込める。アキは顔をゆがめて、盾を持っている左手も使って必死で押し返そうとしている。

「させるかよ!」

 グンゾウは駆けつけると剣ゴブリンCの踏ん張っている足の(すね)をショートスタッフで薙ぎ払う。脛は相当痛いだろう。さらにグンゾウは剣ゴブリンCの後ろ頭に蹴りを入れる。剣ゴブリンCは前につんのめり、倒れる。

 ――アキを押し倒すなんて、()()()()

 アキはほっとして、脱力する。長剣と盾が下がる。

(とど)め!」

 グンゾウはアキに叫ぶ。

「は、はいっ!」

 アキは急いで長剣を持ち直す。

 ――まずいっ。

 剣ゴブリンCはすぐに起き上がると、下がりながらアキを切りつける。盾は捨てたようだ。

「きゃっ!」

 アキは右腕と脇腹を剣ゴブリンCの剣で切られた。正確には鎖帷子を着ているため、切り傷にはなっていないだろうが、痛かったはずだ。神官衣は横一文字に裂けている。

 グンゾウは剣ゴブリンCとアキの間に立って、ショートスタッフを正眼(せいがん)に構えると状況を確認する。

「アキ、怪我は?」

「大丈夫……です」

 アキの消えそうな声が背中越しに聞こえてきた。

「油断しちゃ駄目だ。切られたのが首なら死んでるぞ」

「はい……。ごめんなさい」

「無事で良かった。……中列に戻って、ハイド達の護衛を頼む。今はシムラがいないんだ」

「はいっ!」

 金属が(こす)れる鎖帷子の音がして、アキが背中から離れる気配がする。

 ――俺も早く戻らないと。今の俺の仕事は……。

「べーろべろべろべろべろばー!!」

 グンゾウは突然、剣ゴブリンCに向かって意味のない言葉を叫んだ。

「ギ、ギャッ?」

 剣ゴブリンCは困惑(こんわく)してグンゾウの方を向いている。

「ギャッ! ギュッ! ギョッ!」

 グンゾウはおかしな顔までして、ゴブリン風の言葉を話した。

「ギャ? ギャ?」

 剣ゴブリンCは益々困惑している。

「シッ!」

 次の瞬間、ヨシノの全体重を乗せた渾身(こんしん)の突きが剣ゴブリンCの頭部を貫通する。被っていた兜が吹っ飛び、持っていた剣が落ちる。

 ――動きを止めるだけでいいんだよ。()()()()()()はね。

 ゴブリンCは絶命していた。少しも動かない。

「ヨシノを待ってるって、よく分かったね」

 グンゾウがヨシノに声をかける。ヨシノはゴブリンCの頭部から槍を抜くのに手間取っている。

「グンちんはあんまり無駄なこと言わないし、やらないからね。すぐわかったよー……抜けない」

 ヨシノは槍を上下に激しく振って、かつてゴブリンCだったものを振り払おうとしている。

「ありがとう。じゃあ、左翼から突き崩して」

「ほーい。……抜けないよー。グンちん手伝ってー」

 ――服が汚れるから嫌だな。

 

 

 グンゾウはゴブリンCの頭を足で押さえながら、戦況を見渡す。状況はだいぶ好転していた。

 クザクは槍ゴブリンGと1対1の小競り合いと睨み合いを続けている。それはヨシノの槍が抜ければすぐに片付くだろう。

 カズヒコはバスタードソードで剣ゴブリンHを下から切り上げて、剣を弾き飛ばす。(あと)一押(ひとお)しと言ったところだ。

 ミッツは手負いの槍ゴブリンBの攻撃を躱すのに専念している。1匹を引きつけているのでまだ良い。

「うおぉぉぉぉりゃあぁぁぁい!」

 珍しくリョータの大振りが槍ゴブリンFに当たる。槍ごと吹き飛ばされて後ろ倒しになる。

「チャーンス!」

 止めが大好きなリョータはすぐに上段の構えから、剣を振り下ろして、鎖帷子を着たゴブリンFを叩き潰す。 

 鎖帷子を着ているので生死は不明だが、行動不能と思われた。

「抜けたー! ありがとう、グンちん!」

 ようやく槍が抜けたヨシノは槍を一回転させて血を吹き飛ばす。空気が舞って血に含まれる鉄の(にお)いと、ヨシノが付けてる香水の(にお)いがふわっと漂う。「予備の武器も欲しいなー」と言いながら、槍ゴブリンGに向かっていった。

 ――良い匂いしたな……。

 グンゾウは中列に戻る。

 中列に戻るといつも()ねたような口のチョコが駆け寄ってきて、繁栄門の方向を指差す。

「グンゾウさん、あれ。やばくないですか?」

 チョコが指差した方向を見ると、ゴブリンの一隊が門から出てきたところだった。

「やばいね。何匹見える?」

「8匹……ですね」

「チョコは新手の装備だけ確認して。特に“弩”を持っている奴がいたらみんなに伝えて。弩持ちはやばい」

「りょ」

 チョコはこぼれそうに大きな瞳を細めてゴブリンの増援を良く観察し始めた。

 ――あれらが到着するまでに今のゴブリン達が全部片付けばいけるか?

 グンゾウが思案をしながら、目の前の戦闘を眺めていると、クザクと対峙(たいじ)していた槍ゴブリンGがヨシノの槍に脇腹から貫かれた。

「ギャア、ギャア、ギャッギャッ」

 槍ゴブリンGの断末魔(だんまつま)の叫びが響く。武器を手離して、自分の体に刺さった槍を抜こうともがく。槍は長いのでヨシノの体までは手を伸ばすことはできない。

 足が止まったゴブリンGの首をクザクが斬りつけると、大量の血液が噴き出した。流石のゴブリンGも動かなくなる。

 手の空いたクザクは、顔に飛び散った血飛沫(ちしぶき)を前腕でぬぐうと、腰にぶら下げていた水袋から水を飲む。無表情でゴブリンGが動かない様子を見つめた後、ため息を吐くと長剣を肩に担ぎながらカズヒコが相手をしている素手ゴブリンHの方向にテクテク歩いていく。

 ――兵隊ゴブリンより確実にやさぐれてるな。あいつ。

「抜けないー、クザクん手伝ってよー」

 ――ヨシノはまたやってる。

「グーンゾーさーん! や、やばいっすー」

 遠くからシムラの声が聞こえる。狙撃ポイントに向かったはずのシムラが走って帰ってくる。シムラが向かうはずだった茂みから4匹程のゴブリンが姿を現す。このゴブリン達も鎖帷子と剣盾で装備を固めており、恐らくダムロー旧市街の兵隊ゴブリンと思われた。

 ――あれも全部こっちに来るな。残数3+8+4+ゴブリン・リーダーの16匹だ。やばい。

「グンゾウさん、弩持ち4!」

 チョコが叫ぶ。

 ――終了だな。

 グンゾウは迷わず胸に()かった骨笛を(つか)んで口に(くわ)えると吹いた。「ピィーーーーーー」という甲高(かんだか)い音が響き渡る。近くにいたアキ達には相当うるさいだろう。だが吹いているグンゾウ自身の耳が一番きつい。

「全員聞いてくれ! ダムローから8匹新手(あらて)、西の森から4匹伏兵(ふくへい)が来てるから、撤退(てったい)しよう! 新手は弩持ちが4匹もいるから、射線を作らせないように」

「キシ、グンゾウ!」

 ハイドがグンゾウの袖を掴み、繁栄門の方向を指差す。

 ゴブリン・リーダーの近くで4匹の弩ゴブリンが狙いを付けて膝立ちになる。狙いはヨシノとリョータだ。残りのゴブリン達はその後ろで整列している。

「ヨシノ! リョータ! 矢が来るぞ!」

 ゴブリン・リーダーが「ギャッギャッ!」と号令をかけると、弩ゴブリンが一斉に矢を放つ。弩から放たれた矢は一直線に、ヨシノとリョータに飛んでいく。

「やだっ!」

 ヨシノはとっさに槍を持ち上げると、刺さったままのゴブリンGが持ち上がり、その死体に矢が2本刺さる。

「うおっ! くっそ、(いて)ぇ!」

 リョータ側に放たれた矢は1本が鎖帷子を貫通してリョータの太い右上腕に刺さった。もう1本は剣ゴブリンEの背中に刺さり「ギャッ」と声が上がる。

 ――あの位置だと武器を振るうのに影響するな。早く抜いて治療しないと。

「タイチ、リョータの矢を抜いて、治療してやってくれ。前には出なくてもいい」

 タイチは神妙な顔をして頷く。

「全員撤退の指示は絶対だ、森の一本道まで下がろう」

 カズヒコが叫んで、全員が下がり始める。

「なんで抜けないのよー!」

 ヨシノがゴブリンGごと槍を引きずりながら走って後退する。

「クザク、カズヒコ、殿(しんがり)を頼む」「チョコ、ヨシノの槍にくっついてるゴブリンをダガーで裂いて外してあげて」「リョータ! 早く来い! タイチに治療してもらえ!」「アキ、ハイドとノッコの護衛をお願い」「ミッツ、真っ先に逃げるな! クザクとカズヒコをバックアップするんだ」「全員足を止めるな!」

 グンゾウは矢継ぎ早(やつぎばや)に指示を出した後、周りを確認する。弩ゴブリン達は第2射目の準備をしている。リョータが傷と剣ゴブリンEを気にしていて撤退が遅れている。クザク、カズヒコは敵最前線に位置取りをした。グンゾウは常にその後ろ中列前方に身を置いた。

「キシシシシ、ノノッコ、よ、4発、弩ゴブリンに向けて」

 グンゾウの後ろにいるハイドがさらに後方をノッコに伝える。ノッコは一瞬「私?」と驚いた顔をしてから止まり、早口で精霊魔法を詠唱する。

「マリク・エム・パルク……、マリク・エム・パルク……」

 ノッコから発せされる魔法の光弾(マジックミサイル)が次々と弩ゴブリンに向けて飛んでいく。魔法の光弾(マジックミサイル)の有効射程距離からは微妙に離れているため、威力は(ほとん)どないと思われたが、弩ゴブリン達は第2射目の準備を止めて()けたり、あさっての方向に矢を放ってしまったりと攪乱(かくらん)することに成功した。

「くっそぉ、(いて)ぇ」

 リョータが早足で歩きながらタイチに治療をしてもらっている。矢を抜く時に痛かったようだ。動脈を傷つけたのか、血が吹き出るように湧いて出てきている。タイチも慌てている。グンゾウは駆け寄って肩の近くを圧迫して、血を止めた。

(いて)ぇよ、(いて)ぇ、オッサン、(いて)ぇ」

「血を流しすぎると後に響く。すぐ直るから我慢するんだ。タイチ、癒し手(キュア)を」

「光よ、ルミアリスの加護のもとに、癒し手(キュア)

 タイチが祈りの言葉を捧げて、リョータの傷に手を当てる。みるみる血が止まっていく。傷が治ってくるのと同時にリョータの目に凶暴さが戻ってくる。

「くそぉ、クソゴブリン共、ぶっ殺してやる」

「ああ、頼む。恐らくあの隊長クラスのゴブリンはリョータかヨシノじゃないと対応できない。今は生き残ってくれ。囲まれるとまずいから森まで下がろう」

 グンゾウはリョータの背中に手を置いた。

「やってやる。やってやんよ! 覚えとけ!」

 リョータは両手剣を肩に担いで、振り返ると中指を立てた左手を離れた所にいるゴブリン・リーダーに突き出した。それを見てゴブリン・リーダーが口元をゆがめたのを誰も見ることはできなかった。

「どんどん逃げよう! 森の中だ! 森の中まで下がろう!」

 カズヒコが声をかけて、全員走って後退を始めた。

 

 

「ギャッ、ギャギャアギャアギャ」

 ゴブリン・リーダーは右手で持った槍を高く持ち上げた。周囲のゴブリン達は全員その穂に注目する。槍穂は十字の形をしていて、その中心には2センチ程の深紅(しんく)の宝石と装飾用の金属が()まっていた。その深紅の宝石が放つ怪しい輝きに全てのゴブリンの注目が集まる。「ギャッギャッ」と声を出だして、槍を振り下ろす。ゴブリン達は一斉に前を向くと、グンゾウ達を追いかけ始めた。

 

 

 ゴブリン達にとって圧倒的に有利な追撃戦、グンゾウ達にとって圧倒的に不利な撤退戦が始まった……。


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