実況パワフルプロ野球‎⁦‪-Once Again,Chase The Dream You Gave Up-   作:kyon99

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第6話 恋恋野球部始動

 早川と高木幸子のわだかまりも消え、俺たちが野球同好会専用のグラウンドを使えるようになってから既に二週間が経過した。

 実際、そこからは何も進歩もしないまま俺と矢部くん、星に早川と部員数は以前、四人のままであり出来る練習は限られる中、四月もいよいよ終わりを迎えようとしていた。

「はぁはぁ……」

「矢部ェ!! だらしねェな、もう息切れかよ!!  お前は、短距離は速いくせに長距離は全くダメだな!!」

「い……や、まだま……だでやんす!  オイラの力は……こんなもんじゃあ……ないでやんすよ!」

「ハハッ!! 完全に息切れしてるじゃねェか!!」

 星は呆れてながら自分のペースを保ったまま矢部くんを軽く追い抜き去って行く。

 最初、二人仲良く息切れしてコントのような『茶番』をして遊んでいたと言うのに随分と俺と早川のペースに食らい着いてこれるようになったのは流石だと、感心する。

「星くん、だいぶボク達に着いてこれるようになったみたいだね」

「ああ、元々のポテンシャルが良いんだろうな。赤とんぼ中学じゃなくて設備や環境の良い学校に居たら、もしかしたら星のヤツ、結構化けてたんじゃないか? ま、性格云々は変わっては居ないとは思うけどな」

「……そうなんだ。あ、そうだ。小波くん。キミに言い忘れてた事があるんだけど」

「なんだ?」

「実は明日ね?  マネージャー希望の子が来るんだけど時間とか大丈夫?」

「マネージャー? ま、時間には全然余裕はあるし確保は出来るとは思うけど……。早川、よく考えてもみろよ。今の俺たちは現状、四人しか居ない同好会なんだぜ。マネージャーより俺は早く部員の方が集まってくれると大助かりなんだけど」

「まあまあ、分かるよ。小波くんの気持ちも、でもどうしてもその子が野球部のマネージャーがしたいんだって言うんだよ?」

「うーん。分かった。それじゃ、明日の部活が終わった時にそいつを紹介してくれよ」

「うん、分かったよ。それに……ありがとう。小波くん」

「おいおい。いきなり感謝されるとなんだか怖いんだけど……」

「何よッ!」

 ギロッと、目力を込めて俺を睨んだ。

「あの……早川さん? 一応、聞いておくけど、それは一体何の感謝ですか? 別に俺はお前に感謝される筋合いはないと思うんだけど」

「ううん、そんな事ないよ……。キミには、色々感謝したくてもしたりない位の事をしてくれたもん!」

 本当に大した事してないから裏がありそうなのが逆に怖い。

「そうか。なら、その感謝は素直に受け取っておくとするよ」

 今日も、俺たち野球部はいつもの「恋恋ロード」を駆け足で走り抜けて行った。

 

「部員が集まらない」

 落胆した声で呟き、ガクリとうな垂れる。

 部活が終わった小波球太はパワフル高校の栗原と『ある店』で晩ご飯を食べに来ていた。

「仕方ないじゃないのよ。元々恋恋高校の男子生徒って七人しか居ないんでしょ? 皆が皆、野球好きとは限らないのは当たり前だよ」

「そんな事は分かってはいたんだけど、な」

 小波は、事前に頼んでおいた冷えたウーロン茶のグラスをコースターの上に置きながら、気を落とした声色で言う。

 周りを見渡すと洒落た電球色が店内に色を付ける。

 何年も変わらない景色はいつ来ても心を落ち着かせると不思議な気持ちになった。

 小波球太と栗原舞は頑張市の『パワフル商店街』に位置する『パワフルレストラン』に居る。ここで働く従業員の夫婦がそれぞれ店長と副店長を務めているファミリーレストランだ。

 店内に流れる有線ラジオが、大きめなスピーカーで伝い、店に雰囲気を醸し出す。今、若者の間で密かに話題に上がっているのアイドルグループ『ホーミング娘』の新曲が店内に響いていた。

 ザッと店内を見渡すと、そこには家族連れのお客や、仕事帰りの若いサラリーマン、学生に若い主婦達と様々だった。

「このお店、子供の時と何も変わらなくて落ち着くね」

「ああ、そうだな。店の雰囲気は勿論、メニューも新しいのは増えないし味も変わらない。だからこそ、それが一番良いんだよ。俺は、ここのオムライスが何処のオムライスが一番美味いと思う」

「あははは、確かにね。昔から小波くんはオムライスばかり食べてたもんね」

 栗原がニコリと笑う。

「オススメだからな」

 小波も釣られるように笑う。

 ふと視線を柱時計の方へと写す。時計の針はすでに十九時三十分を指していた。

「それより『春海』のヤツは一体、何してんだ? 十九時に店に来いって言ったのはアイツの方だったよな。その割にはとっくに三十分も過ぎてるじゃねえか」

「それもそうね。春海くんにしちゃ珍しいよね。時間にルーズな小波くんじゃないんだもんね。部活で忙しいのかしら?」

「……」

「ん? どうかした、小波くん」

 栗原の言葉を受け、小波は眉を顰める。

「あのな……栗原、何だ? その『時間にルーズな小波くんじゃない』って、それは一体、どう言う意味だ?」

「うふふ……。さて、何の事でしょう? 小波くんが今まで時間通りに来たことが一度でもあったかしら?」

「……」

 栗原に軽く揶揄われる。小波は無言だった。

 それは無理も無い筈。

 小波球太は、時間を守らないのは昔からだった。

 そして。今、小波球太と栗原舞が待っている人物を『春海』と呼ばれた人物は、小波球太と栗原舞と同じ小学校に通い、同じリトルリーグチームに所属していた幼馴染である。

 本名は、高柳春海(たかやなぎはるみ)

 ここのパワフルレストランの経営を務める店長と副店長の息子だ。

 余談ではあるが、高柳春海の一つ上には姉が一人居る。

 近所の西満涙中学から、今年の四月にきらめき高校に入学したと栗原舞から聞いていたが、実際に高柳春海本人と最後会ったのは、中学三年の受験シーズンでもう既に半年以上は会っていないのだ。

 それで四月も下旬を迎えた頃。

 久しぶりに皆で会わないか、と一通のメールが高柳春海から届いていた事に気付かずに放置したまま、五日が経った頃にメールが届いていた事に初めて気付いた小波は高柳春海に空いてる日を選んで貰い、その日に会う約束をしていた。それが今日であり、二人は春海を待っていた。

「やれやれ」

 と、小波はウーロン茶をストローで啜り飲み始める。

 

 ガチャッ!!

 すると、レストランと高柳家を繋いでいるレジカウンターの奥の方から紺色のブレザーを纏い、黄色いネクタイをキチッと上まで締めた一人の青年の姿が見えた。

 小波と栗原が既にいつものカウンター席で寛いで居るのを目で確認すると、足早に小波達の元へと駆けつけた。

「やぁ、球太、舞ちゃん!! いらっしゃい!!」

「春海くん、お疲れ様! お邪魔してます」

「ったく、遅いぞ春海」

「ごめん。誘った俺の方が遅れちゃって済まなかったね」

 久しぶりの再会からか、高柳春海は少し嬉しそうにニコッと笑いながら二人に向かって謝りながら隣に腰を下ろした。

「……」

 前に会った時よりも数センチほど身長が伸びている。と、小波は高柳春海を見て思った。

 元より高柳春海の身長は大きくは無かった。だが、半年という月日が経って久々に再会を果たしてみると急激に伸びたという印象を受けた。

 それでも相変わらず顔は昔のままの童顔であり、今でも女子にモテそうな感じである。髪質は、小波球太の唸る癖毛頭とは真逆のストレートだ。

「栗原と今話題にしてたんだけど、春海が指定した時間に遅れてくるのって珍しいよな。やっぱり部活が忙しい感じか?」

「ああ。まぁ、そんな所かな?」

 苦笑いを浮かべて春海が言う。

「それで? 春海くんの通う『きらめき高校』はどんな感じなの?」

 と、栗原が高柳に問う。

「舞ちゃん、早速データ収集かい? ここに来てもパワフル高校のマネージャー業を忘れてはいないなんて、もはや『職業病』になりつつあるんじゃ無いかい?」

「むっ! 私はただ単純に幼馴染として聞きたかっただけなの!! 今はマネージャー云々、関係無いんだから!!」

「それで? 実際どうなんだ? 春海」

 小波も栗原と同じ気持ちだった。

 きらめき高校の野球部の話がどうしても聞きたくなって急かすように春海に問いを投げる。

 恋恋高校と比べる訳ではないが、他の学校の状況はある程度知っておきたいのが本音だ。

「練習機材もそこそこ揃っていてやり甲斐はあるね。今度の練習試合にセカンドとして先発出場させて貰えるみたいなんだけど緊張してるところかな。それに先輩達、特に二年生が今はチームの要とし機能してる感じだね。他のことは……ゴメン。言えないや」

「えっ!? もう練習試合に出れるんだ!! 凄いね、春海くん!」

 手を叩き、素直に喜ぶ栗原。

「春海の野球センスなら何処の野球部に入ってもレギュラー入りは確定だろう」

 付き合いの長い高柳春海の特徴を良く知っている小波は特に驚かなかった。

 打球を飛ばすパワーはやや乏しいものの、ボールをバットにミートさせるバットコントロール能力に秀でており、流し打ちも出来るし、ピッチャーが嫌になる程、カットの上手い粘り打ちだって得意なのだ。オマケに守備も安定している為、高柳春海レベルの選手ならセカンドでレギュラーを任せるなら文句はないだろう。

「いやいや、俺なんてまだまだひよっこだよ。練習に必死に食らいついていくのがやっとで、先輩達の足を引っ張らないようにするだけで精一杯なんだもん。特に凄いのが、二年生の『目良先輩』と『舘野先輩』の二人さ」

 春海の話によれば、目良浩輔(めらこうすけ)と言う先輩は、二年生ながらも一年生の頃からきらめき高校の四番を務め上げる『驚異的なパワーヒッター』との事らしい。

 一見、凄そうに聞こえるが、実は髪を茶髪に染め上げ、外見は若干チャラチャラとヤンキー味がある人物だと高柳春海は言う。

 しかし、それだけでは無かった。

 高柳春海の姉である『高柳千波』には毎日毎日、告白を迫っては千波の拳による『鉄拳制裁』で返り討ちにされ、他の女子生徒に対しても見境無しにナンパをして絡むと言う女癖がかなり悪いらしく、今日の集合に遅れた理由も目良浩輔が絡んでいたと言う。

 そんなダメな話しを聞いていると、次第に俺たちにも似たような金髪男がいる事を思い出して、目良先輩と被せてしまい、俺は少し頭を痛くした。

 次に名前が出たは、館野彰正(たてのあきまさ)。目良浩輔と同じく二年でチームの頭脳でもある正捕手がポジションらしい。

 どんなピンチに対しても、どんなチャンスに対しても冷静沈着な思考を巡らせて作戦を練り上げられる頭脳的リードの持ち主だと言う。

「春海も頑張ってるんだな」

「そう言う球太、お前の通う恋恋高校はどうなんだ?」

「俺か? 俺が話す事なんて特に何も無いぞ」

 恋恋高校の新入生が男子七人のみ、と言う事実は高柳春海の耳に既に入って居るらしい。大方、栗原が伝えてたみたいだが。

「そう言えば、この前、学校帰りに偶然『聖』にばったり会ったんだけど、聖が言うには最近の球太は野球部員集めが全然進まなくて意気消沈気味だって聞いたぞ?」

「——ッ!! 誰が意気消沈気味だって!? 聖のヤツ、春海だからって喋りやがったな」

「でも俺はね、球太。お前がまた野球を始めてくれて嬉しいんだ。リトルリーグ時代から一緒に野球をやってて誰よりもお前の事を尊敬していたし、目標とする好敵手だと思ってた。球太があかつき大附属中学へ入学した時、いつか全国大会への切符を掴むために戦えるって思ってたけど、それは結局叶わずで、二年前に肘を故障して辞めたって聞いた時は俺は、本人を前にして言うのも恥ずかしいけど、かなり寂しかったぞ」

「……春海くん」

 グスッと、栗原舞は目に涙を浮かべて鼻を啜った。

「あのな? どうして、栗原が泣きそうになってんだ?」

「だって……だって、本当に小波くんがもう一度野球を始めてくれて嬉しいんだもん……」

「だから俺は今とても嬉しいんだ。今度は甲子園っていう最高の舞台を掴むために、ようやく球太と正々堂々と戦えるって思うと、そのワクワクが止まらないんだ」

「春海、お前……。嬉しい事言ってくれるじゃねえか。いつか戦う時が来たら、そん時はお互い悔いの無いように良い試合をしような!!」

「ああ!! 勿論だよ、球太」

「約束だぜ、春海」

 ガシッと握手を交わす。

 月日は流れていても、決して変わらない友情。

 久々の再会にそれを再確認する事が出来ただけで、小波球太はとても満足だった。

 

「あ——ッ!! 球太くん!! 来てたの!?」

 

 

 折角の感動の瞬間をもう少しだけ噛み締めていたいと思った矢先の事、他のお客さんが振り返るほど大きな声で小波の名前が呼ばれた。

 声の主は、血管が浮くような細い腕と脚はすらっと長く、全身がキュッと細く、茶髪のセミロングパーマ、白く透き通った艶かしいまでに美しい顔立ちの美女は、高柳春海の姉である高柳千波(たかやなぎちなみ)だった。

「げっ……姉さん」

 それと同時に、春海がバツの悪そうな声で呟いた。

「何が『げっ……』よ。ははぁ〜ん。春海ったら部活が終わるなり何をそんなに慌てて先に帰るのかと思えば……なるほど、球太くん達が来てたからって言う訳ね? 浩輔くんが特訓だって、春海の事をずっと探し回ってたのよ?」

「だって目良先輩がやる気に火が着いて燃えると止まらないでしょ? それに今日は球太達と会う約束をしていたから、これでも三十分遅れて帰って来ちゃったんだよ」

「まったく困った弟だこと。こんな夜道を姉にたった一人で放っておいて先に帰ってくるだなんて……お姉ちゃんは悲しいよ。ね? そうは思わない? 球太くん?」

「え、あ……はい、そうですね」

 小波は困惑した。

 昔から高柳千波は、小波に対して何の前触れもなく話しを振ってくる。こんな時、一体どんな返事を返せば良いのだろうか全く分からない。幼い頃からこんなやりとりは最早お約束であり、小波は誤魔化す為に、やや氷が溶け始め、薄まったウーロン茶を飲み始めた。

 結局、久しぶりの再会に浮かれた小波達は、この日は珍しく夜の十時まで昔話に華を咲かせた。

 

 翌日、練習のメニューを軽めの調整に変えた俺たちは、マネージャー希望だと言う早川の友達でもある人物が来るのを待った。

 時計の針が十九時を指す頃、部室のドアを開ける音と共に、一人の女性が入ってきた。

「今晩は。こちらは野球部の部室であってますか?」

「合ってるよ、はるか」

 早川がはるかと呼んだ女子生徒。

 立ち振る舞いからしてお嬢様育ちなのだと言う事がハッキリと分かった。部室に入ってすぐさま、行儀良く一礼する。茶色のサラサラした髪から漂う匂いがふんわりと部室内に広がると……を

「うひょーーーーーー!! 滅茶苦茶フレグランスな香りがするでやんす!」

「ああ、分かる!! 俺にも分かるぞ、矢部!! この香りは……ぐぶッ!!!!!」

 星と矢部くんは、七瀬はるかのいい香りに耐えれなくなり、暫く悶絶していた所を早川の鉄拳制裁が飛んで制圧された。

 一年A組の七瀬はるか。

 俺はその名前に『聞き覚え』があったのを思い出した。

 確か、『アイツ』が悔しそうに嘆いていたっけ。入学テストの結果で五教科全て満点を取った唯一の生徒でもあり、その可愛らしいお嬢様な容姿から色んな人に声をかけられて学年で一番人気が高いようだ。

 しかし。早川曰く、七瀬はかなり病弱体質らしい。

 暑い日差しの下でスポーツする野球のマネージャーが果たして務まるのだろうかと、逆に不安になっているのも事実だ。

「あおいがこの同好会で野球をもう一度始めると聞いて、何かお役に立ちたくてマネージャーを希望しました。不束な者ですが、しっかり皆様をサポートして行きたいと思っておりますので、どうかよろしくお願いします!!」

「どうかな? 小波くん。はるかをマネージャーとして入部させてあげても良いよね?」

「……うーん」

 と、俺は顎に手を当てて少し考えた。

 数十人を超える部員数ならまだしも、まだ『四人』と言う少人数ならマネージャーの必要性を感じていない。

「オイ!! テメェ、小波ィ!! そんなの考える様な事でもねェだろォうがよッ!! 答えは「はい!!」だろ? なんて言ったって、はるかさんは……俺たちに、いや、俺の『心の癒し』には必要不可欠なんだからよ!!」

「こころのいやし?」

「ああ、心の癒しだ!!」

 そう言いながら星は七瀬の前へと踏み出し、その場で膝を着き、七瀬の細くて白い手を取って次の言葉を言った。

「はるかさん。貴女と言う美しき姫様は、この『僕』に必要な存在なのです。嗚呼、可憐な花のように美しいはるかさ——ぶべっ!!」

 早川あおいによる二度目の鉄拳制裁が炸裂した。

 いつもの口調の悪いお前は何処に行ってしまったんだ?

 見ているこっちが呆れてしまう程の茶番を繰り広げる星に対して白けた目で見ていると、早川の平手打ちが部室内に轟いた。

「痛ってェなッ! いきなり何しやがんだッ!! 早川!!」

「はるかにこれ以上、近づかないで!! 近付くと殴るよッ!! 星くん!!」

「もう、殴ってるじゃねェかよ!!」

「うるさいッ!!」

「ぐぶッ!!」

 あまりにも近すぎたためか、今日三度目の制裁を食らって蹌踉めいて倒れる星。お前は、本当に色々と残念なヤツだよ。

 そして、こうなると次に来るのが……。

「チッ、チッ。星くん。甘いでやんすよ。そんな汚らしい手で触れちゃいけないでやんす。大体、女性を口説くのがカレーライスの甘口よりも甘いでやんす。それに星くんは何も分かって無いでやんす。オイラがお手本——ぎぎぃッ!!」

「え? 何、矢部くん? 今、何か言った?」

 ギラッと殺気の籠った目が矢部君を捉える。

「えっ!? いやいや、冗談でやんす!! オイラまだ何も言ってないでやんす!!」

 もう何回も見て分かった。言うまでもなく矢部くんが登場してくるのがこの二人の茶番だ。だけど早川のナイスな行動で見たくもないモノを見る前に叩き潰してくれた事に一先ず感謝しよう。

「それで? 小波くん。はるかのマネージャーとして受け入れるかどうかなんだけ……」

「気持ちは嬉しいし、七瀬には悪いんだけど部員が居ないのが現状なんで、」

「それなら、問題はないですよ。小波さん」

「えっ?」

 ニコリと笑みを浮かべ、七瀬は視線を部室のドアの方へと向けると、そこから四人の男子生徒がゾロゾロと足音を揃えて中に入ってきた。

「オイオイ、なんだ、なんだ? 誰だよ、テメェら!!」

 星が早川に殴られた頬を摩りながら問う。

「ん? オイラこの四人に見覚えがあるでやんすよ!」

 瓶底メガネをかけ直しながら矢部くんが言った。

「矢部くんの知り合いなのかい?」

 と、俺が矢部くんに問い、

「どうせ、矢部くんのオタク仲間とかじゃないの?」

 と、早川が辛辣な言葉を言った。

「いいや、オイラ。この四人に野球部に入らないかって一度、勧誘したでやんす。ま、全員に断られてしまったでやんすけどね……」

「でも、どうしてここに来た訳?」

 俺も早川の疑問に同意見だ。

 矢部くんの勧誘を一度断って居るのに部室に来ている理由が全く待って不思議としか言いようが無かった。

「この私が頼みました」

「——ッ!!」

 七瀬が静かに言う。

 四人同時に、頭に漫画によく出るビックリマークが浮かびそうな驚きの反応を示す。

「こいつら全員、七瀬が集めてくれたのか?」

「はい。私が彼らにお願いしました。実は前からあおいから小波さんが中々部員が集まらない事で悩んでるとお聞きしまして……、私がマネージャーになったとしても部員が少ないから私がやれる仕事なんてそうそう無いだろうと思い、それなら人数が増えれば仕事量も増えてマネージャーが必要になるだろう、と踏んだからです」

「た、確かに……人手が無いと大変だもんね」

 なんだ……。

 この異様なまでの七瀬のマネージャーへの執念は。

 いいや、それよりも矢部くんの誘いを断った四人がよく引き受けてくれたもんだな。取り敢えず本人たちに理由を聞いてみるとするか。

「とりあえず自己紹介でもするか? 俺は、小波球太。よろしく」

「オイラは矢部明雄でやんす!! 恋恋高校の野球部のイケメン担当でやんす!!

「ボクは早川あおい。よろしくね」

「俺は星雄大だ。テメェら、舐めてると潰すぞ? ——痛ッ!!」

「威圧しないの!!」

 四度目の制裁が加わった。

 既存のメンバーが紹介を終える。

 そして、新たなる四人の自己紹介だ。

「俺の名前は古味刈孝敏。中学時代はサッカー部に所属していた。初心だが、よろしくな」

「俺は毛利靖彦。古味刈と同じ野球初心者で中学までバスケをやっていた。よろしく頼むぜ」

「続いて俺は、山吹亮平。中学まで『やんちゃブラックスシニア』に所属していた、野球経験者だ」

「俺は、海野浩太。俺も山吹と同じく野球経験者で『おげんきボンバーズシニア』の出身だ」

 古味刈、毛利、山吹に海野。四人中二人が野球経験者で、残り二人はスポーツ経験者か。これは、なんだか期待出来そうだな。

「よろしく頼む。それより聞きたい事があるんだけど……確か矢部くんが一回誘ったはずだけどお前たちはそれを断ったんだよな?」

 改めて質問をした。

 すると、四人は互いに顔を合わせてコクリと頷いた。

「ああ、断ったぜ。だって入部してくれたら『ガンダーロボ』の限定のプラモデルを矢部と一緒に並ばしてやるとか言われたからな。それは流石に断るだろう」

 山吹が呆れた顔をして答える。

「ああ」

 と、口を揃える三人。

「テメェ、メガネ!!」「矢部くん!!」

「ギャァァァァァァァァーーー!!」

 後ろの方で何らやら矢部くんが早川と星の二人から叩かれている音が聞こえたが無視をする事にした。

「毛利と古味刈は七瀬に頼まれてすぐ即答した」

 すると、海野がやや呆れた顔をして俺を見ながら話しを始めた。

「えへへへ」

「だって、な?」

 二人は少し照れながら「美女には断れなくてさ」とでも言っているかの様にだらしない顔を浮かべて頭を掻いている。

「……」

「兎に角、山吹と俺は元から野球を高校でもやるつもりはなかったんだがな。しかし、小波、お前の名前を聞いたらどうしても無視する事は出来なくてな」

「ああ。なんて言ったって、名門あかつき大附属のエースとして全国に導いた実力の持ち主の小波球太と同じチームなら、良い夢が見れそうだと思ってな」

「買い被り過ぎると思うけどな。ま、とりあえず入部してくれてありがとう。改めてよろしく頼むぜ! コミカル、毛利、山吹、海野!」

「おいおい、俺たちの事も忘れるんじゃねェよ、小波キャプテン」

 星が俺の肩に手を回しながら喋る。

 ん? キャプテン?

「……キャプテンって俺かよ!? キャプテンはこの野球部を作ろうとしていた矢部くんがやれば良いじゃないのか?」

「いいや、オイラにリーダーシップなんてモンは皆無でやんす。小波くんがキャプテンならオイラたちも安心するでやんす!」

「矢部くん。それは有り難い言葉は嬉しいんだけど……、君のその顔ボコボコだとちょっと伝わっては来ないかな」

「そ、そうだよ!! 矢部くんや星くんよりも小波くんがキャプテンだとボクは嬉しいな!! だって、頼もしいし」

「どこがだ? 俺は嫌だぞ。キャプテンなんて務まる様な器の人間じゃねえし」

 周りの視線が俺に一斉に集まった。

 誰も譲ろうとはしない気でいるんだとすぐさま感じ取った。

 これはお手上げだ。満場一致って訳か。

「でも、やっぱり嫌だな……。この際、ジャンケンでキャプテンを決めるってのはどうだ?」

 醜いが苦肉の策。是が非でもキャプテンだけは阻止しないと。

「では、皆さん! 同好会のメンバーも増えた事ですし、記念写真を撮りましょう!! それでは、小波キャプテン中心でお願いします!!」

「ちょっと、七瀬!? 聞いてたか、人の話!!」

「お、俺ははるかさんの隣に立つぜ!!」

「あっ!! 星君ばかりずるいでやんす!! 右隣にはイケメンのオイラが並ぶでやんす!!」

「ダメだよ! はるかの隣はボクだもん!」

「私も出来れば隣はあおいが良いです」

 星と矢部くんは、絶望的な落胆の声を上げる。

 それでもみんなケラケラと笑っていた。

 やれやれ……、少し困ったな。

 何やら騒がしい部になりそうだ。

 でも、この仲間で俺たちはここで高校野球を始めるんだな。

ㅤそしていつか甲子園に……行くんだ。

 七瀬がカメラのタイマーをセットし始めているのを確認する。

 もう一人、忘れていた。

「七瀬、ちょっと待ってくれるか?」

「はい?」

「加藤先生、そこにいるんでしょ? 隠れてないで出てきて一緒に写真撮りましょうよ!!」

 俺は外から聞き耳を立てたいるであろう一人の名前を。

 俺たちのもう一人の野球部員でもある、我らの顧問の名前を呼んだ。

「……小波くん。あなた変な勘だけは良いのね」

 厄介な者に見つかってしまった。と言う顔をしながらしぶしぶ部室に入ってくる。

 良し、これで揃った。

 恋恋高校始まって以来の野球部第一期生。

「では、押しますよ」

 七瀬のデジタルカメラのセルフタイマーが動き出す。

 それぞれ思うこともあるだろう。

 不安の事もあるだろう。

 泣くことだってきっとある。

 でもそれを受け入れて行くかの様に皆。

 満面な笑みを浮かべた顔をした恋恋野球部が——、

 今日と言う日に、今ここに誕生した。


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