実況パワフルプロ野球‎⁦‪-Once Again,Chase The Dream You Gave Up-   作:kyon99

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第59話 アンユージュアル・ハイ・ストレートのその先へ

「ストライクーーーーーッ!! バッターアウトッ!!」

 剛腕が唸り。

 乾いた音が鳴る。

 百五十五キロのストレートで、三打順を迎えた恋恋高校の一番打者の矢部を見逃しの三振に切り伏せた。

 山の宮 000000

 恋恋  000010

 準決勝も六回の裏を終え、スコアボードに記された「1」と言う数字をジッと眺めながら、太郎丸龍聖はぎゅっと左手で拳を強く握り締めてマウンドから離れた。

 それは五回裏の事。

 小波球太に対して渾身で放った『アンユージュアル・ハイ・ストレート』をスタンドに運ばれて失った一点は、太郎丸にとって、また、山の宮高校にとって、それはかなり重い失点でもあった。

「気にするなよ、龍聖。まだ一点だ。試合は終わってはいないぞ」

 太郎丸の元へとすぐさま駆け寄り、名島が声を掛けた。

「ああ、そんな事くらい言われなくても十分、分かっているさ」

「なら、良いんだが」

 心配を他所に、すんなりと名島の言葉を受け入れる太郎丸ではあったが、何か言いたげな表情をしている。

「どうかしたのか?」

 と、名島が問いかける。

「自信に満ち溢れていて、投げた渾身の俺の『アンユージュアル・ハイ・ストレート』を、あんなにいとも簡単にスタンドまで飛ばしてくれたのは小波が初めてだ」

 と、太郎丸は笑みを浮かべていたのだ。

 名島の心配とは裏腹な表情に、一度は目を疑ったものの、その笑みの理由は、名島には何となく分かっていた。

 ふと、過ぎる風景の中にその理由があった。

 それは、昨日の練習の終わりを迎えた頃。

『俺は自分の限界を超える戦いがしたい』

『俺はまだまだ強くなれる、そんな気がするよ』

 と、太郎丸はそう言っていたのを名島は思い出していた。

 過去に『目良浩輔』、『猪狩守』に加えて、夏の甲子園で戦った各強豪高校の名だたる強打者達、そして、今、中学時代からの顔見知りである小波球太を相手に投げている太郎丸にとって、それはなによりも変えがたい『経験値』となっているのだろう。

 強打者に向かって投げる太郎丸にとって、それは特別な事であり、何よりも楽しく、誰よりも嬉しくて堪らないのだろう。

 まるで野球を始めたばかりの夢見る野球少年の様な笑みを浮かべている太郎丸に対して、思わず名島も堪えていた笑みが負けじと溢れてしまった。

「そうだな。龍聖、この試合は是が非でも勝たなければならないな。例え良い戦いが出来たとしてもこの試合で負ければ、ここで俺たちの夏は終わりだ。この先に待ち受ける強打者とは戦えないぞ[

「ああ!! 今の俺の気合いは十分だ!! 負けるつもりなんて毛頭ねぇよ!!」

 太郎丸は、マウンドへと向かって歩いている小波へと視線を変えた。

 強い意志を持ち、譲れない覚悟を決め、太郎丸は静かに心を燃やしていた。

 ……だが、しかし。

 落ち込むどころか、調子を上げた太郎丸を見て、改めて安心し、ふっと笑みを溢した名島ではあったものの、その表情は一点して険しくなっていた。

 それは、先ほど小波が太郎丸から快心のホームランを放った際に、微かに聞こえた身を震わせる不気味な音が未だに忘れられずに鼓膜の中に残っていたのだった。

 

 

 

 

 七回表、山の宮高校の一番打者である西新の攻撃から始まりを告げ、準決勝の戦いは後半戦へと突入した。

 未だに山の宮は一人も塁に出る事もなく、小波の前に完璧に押さえ込まれている。

「行けェーーーー!! 京太郎ッ!!」

「打てるぞーーーッ!!」

 ベンチから身をの乗り出しながら太郎丸が檄を飛ばし、それに続くように他のメンバーも声を出し始める。

 小波が振りかぶり振り投げるストレートがスパンッと星が心地の良い捕球音を鳴らして、ワンストライクを取った。

 尻上がりに調子を上げ、投げる度にボールのノビとキレが研ぎ澄まされて行く、その度に心の奥から沸沸と熱い闘志が灯る。

「本当に、流石と言わざる負えないな。中学時代、あの猪狩を抑えてあかつき大附属のエースを張っていたのが頷けるぜ」

 太郎丸は、好敵手のピッチングを間近に見ながら、ただただ関心の意を込めてニヤリと口角を上げていた。

 

 

 一番打者の西新を『スリーフィンガー・ファストボール』でセカンドゴロに打ち取り、続く二番打者の中野をストレートで空振りの三振に切り伏せ、簡単にツーアウトに追い込んだ。

 そして、打席には三番打者、名島一誠がバッターボックスに立ち、バットを構える。

「打てよーーッ!! 一誠ーーッ!! 俺に回してくれェ!!」

 飛び込んで来る太郎丸の声に、

「おっしゃァァァァァァーー!! 来い!! 小波ィィィィ!!」

 と、名島は応えるように球場内に轟く程気合が入った大声で叫ぶ。

 名島に対する一球目。

 小波は、『三種のストレート』の『バックスピン・ジャイロ』を放り投げる。

 球速、百四十七キロ。

 やや高めに放り込まれたキレの良いストレートは、僅かにホップするように浮き上がり、名島のフルスイングは虚しく空を斬った。

「ストライクーーッ!!」

 チッと、思わず舌打ちを鳴らし悔しさを滲ませる。

 この試合、いつにも増して小波は『三種のストレート』を多用している為、今の小波の肩や肘に相当な負担が掛かっている筈だ。

 しかし、スタミナの消耗の疲労を微塵も感じさせぬどころか、一球一球投じる毎に、小波の込める力が次第に強くなって行きボールの軌道の予想を大きく超える変化を見せ、バットに当て難くなって来てるのだった。

 そして、二球目。

 キレのあるフォークがインローに落ちるが名島はバットを止めて見送った。

「ボール!!」

 際どいコースではあるが、僅かに外れてボールのコールが鳴る。

「ふぅ」と小さく深い息を吐く。

 バットを止めたものの、今の球はストライクを取られても可笑しくはない絶妙なコントロールだった。

 勿論、名島は理解してた。

 小波の持ち球は、『三種のストレート』だけでは決して無いと言う事を。

 スライダー、シュート、カーブ、フォークにチェンジアップと球種も豊富である為、球種を絞り出して打ち崩すのはそう簡単では無い。

(龍聖が珍しく心底野球と言うスポーツを楽しんでいるのも理解出来るな。小波、お前って奴は確かに物凄いピッチャーだ……)

 

 三球目、小波が腕を振るう。

 鋭いストレートが目の前へと投げ込まれる。

 球速、百四十九キロのストレートだった。

 

 

(だが、俺から見れば、物凄いピッチャーはこの世でたった一人だけで十分なんだよ!! ただ一人、龍聖だけなんだよ!!)

 

 

「キィィィィィィン!!!」

 心地の良い金属音が鳴り、打球は高々と上がり、勢い良くライト方向へと飛んでいく。

 

 

「ワァァァァァァァァァァァァァー!!」

 打球音と共に、観客席が湧き上がり。

「——ッ!!」

 小波、恋恋ナイン達は驚いた顔で打球の行方を目で追い。

「行ったァァァァァァァァ!! 同点だァァァァァァァァ!!!!」

ㅤㅤ太郎丸、山の宮ナイン達は喜びの声を上げてベンチから身を乗り出して打球の行方を見送る。

 

 

「ファール!!」

 ……が、しかし。

 惜しくもポールの横のファールゾーンへと落ち一塁塁審の手は両方に上げると、球場内は大きな溜息が塊となってこだました。

「ったくよォ、ビビらせるんじゃねェよ……今の打球は心臓に悪過ぎるぜ」

 冷や汗を拭いながら星が言う。

「なに、安心しろ。次で仕留めてやるさ。どの球で来ようとも今度は完璧に打ってやる。いい加減、決めさせて貰うぞッ!!」

 グッと強くバットを握りしめて、名島が高々に宣言した。

「……、……」

 しかし、その言葉に反応を示す事なく遠くを一点。

 ライトスタンドの名島が飛ばした着弾点を小波はじっと見つめていた。

 星と名島が互いに首を傾げて顔を見合わせるが、お構いなしと言わんばかりに小波はゆっくりと息を吐きながら、足場を丁寧に均して、マウンド上でニコッと笑みを浮かべた。

 その時、誰もが目を疑った。

 それは、一瞬。

 小波の体から『何か』、『金色めいた光』を見に纏っているのが見えたのだった。

 日射がグラウンドに反射した光なのかは、目の錯覚なのか、猛暑にやれて見えた幻覚なのか定かでは無いまま、小波は四球目のモーションへと移行する。

 右腕から放たれたストレート、ノビの勢い球威が増した速球——、名島は一心にバットを振り抜き、打球は後方バックネットへと飛ぶと、球場が一気にざわつき始め、球場内の視線はバックスクリーンの速度表示に釘付けにされていた。

「おいおい、マジかよ……」

 思わず、太郎丸が呆気に取られる。

 その球速表示——、『百五十九キロ』と電光掲示板に表示されていたのだった。

ㅤそう、小波は太郎丸の『アンユージュアル・ハイ・ストレート』の最高速球の百五十七キロを二キロを上回ったのだった。

 

 

 

 

 

「ひゃ、百五十九キロだと……!? あ、兄貴のマックスのストレートを小波球太さんが超えたって言うのかよ!?」

 たった今、バックスクリーンの速度表示に映し出された速球を見て開いた口が塞がらなくなったのは、太郎丸龍聖の実弟である太郎丸大海だった。

「大海兄ちゃん!! 龍聖兄ちゃんはまだ負けてないよ!!」

 更に、太郎丸大海の弟、太郎丸家の三男に当たる太郎丸世那は少し不機嫌そうに答える。

「あ……ああ、そうだよな。そんなの当たり前に決まってるだろ!! 兄貴だって一誠さんだって、実力は高校一なんだからこんな所で負ける筈なんかないんだよな!!」

「うん!!」

 二人は、名島の打席に向かって再び応援を始めるが、その横で一際、退屈そうに本を読んでる赤毛の青年も座っていた。

「……」

「って言うか、お前ッ!! 明日光!!」

 急に名前を呼ばれるなり、小さな微かに聞き取れる声量で「えっ?」と赤毛を揺らし、覇気のない灰色の瞳で視線を向ける——と、太郎丸大海が眉に皺を作って明日光をギロっと睨んでいたのであった。

「な、何??」

 視線に気付いた明日光は、ビクッと身体を震わせてパタンと本を閉じて声を震わせる。

「あのな? お前、さっきから本なんか読んでないで兄貴達の応援くらいしろよ!!」

「どうして僕が……?」

「どうしてって……ここは山の宮の応援席なんだぞ? 兄貴達の応援をするのは当たり前じゃねぇかよ!!」

 太郎丸大海の言葉に、明日光は眉を寄せ、非常に困惑していた。

 それは、つい一時間前の事。

 球場の近くを偶然歩いていたのを太郎丸兄弟に球場まで道を尋ねられ、その場所を教えたまでは良かったのだが、頑張地方の土地勘の無い二人は迷子になってしまったらしく、赤毛で目立っている明日光の所まで引き返し、球場内まで案内をしてもらったのだが、太郎丸大海に半ば強引に試合観戦までさせられていたのだった。

「それは余りにも理不尽だよ」

 と、誰にも聞こえない小声で愚痴を漏らす。

 小波と名島の戦いは、小波がストレートを百五十九キロのストレートで空振り三振に仕留めて、山の宮高校の攻撃が終わった所で、太郎丸大海と世那は悔しさを滲ませてマウンドに上がる兄に向けてエールを送っていた。

 明日光は、そんな二人を気にする事なく、小波球太がマウンドを降りて恋恋ベンチへと引き下がるのを灰色の目で追いながら……。

「僕みたいな卑怯者が、野球なんて言うスポーツにもう一度興味を持つ事なんて決して許されないんだから」

 と、ため息混じりに、空を見上げる。

 透き通る様な青い空、流れる雲を眺めて、手を止めていた本を再び読み始めた。

 

 

 七回表の山の宮高校の攻撃は、またもや三者凡退に終わり、七回裏の恋恋高校の攻撃は二番の赤坂から始まる。

 ここまで百球を超え、今も尚、一人も塁にランナーを出していないパーフェクトピッチングをしている小波は、ベンチに戻るなりフェイスタオルで疲れた顔を隠すように覆って椅子へと腰を下ろし、しばしの休息を取る。

 まるで滝の様に流れ落ちる汗の量は尋常ではない程に流れる。その汗は決して三十五度を超える炎天下の暑さで投げているからと言う理由では無かった。

「お疲れ様、球太くん。ナイスピッチング」

 その横に、内心は心配しているものの一番疲労しているのは見ていて分かってはいたが、小波に余計な心配を掛けまいと、隠す様に早川あおいはニコッと笑い、手に持っていたスポーツドリンクを渡した。

「おう、悪いな。早川」

 小波は、顔に当てていたフェイスタオルを退かしてスポーツドリンクを受け取ろうとした瞬間だった——。

「小波くん。少しだけ良いかしら?」

 割り込むかのように、ベンチの奥に座っていた加藤理香がこの試合で初めて腰を上げると、その場から立ち去った。

 眉を寄せ、普段の学校生活の中では決して見せることのない険しい顔つきをする加藤理香の表情に、小波は心当たりがある。

「はい」

 と、小波は言葉を返し加藤理香に続くようにベンチの奥のロッカールームへ歩いて行くのを早川は、少し不安そうに見つめていた。

 

『七回裏、恋恋高校の攻撃、二番ショート赤坂くん』

 

「オラァ!! 赤坂ァ!! いつまでも小波だけのホームランに甘んじてんじゃねェぞ!! 良い加減、太郎丸の野郎に一泡吹かせて来やがれッ!!」

 ネクストバッターズサークルから、星が赤坂に向けて檄を飛ばす。

「了解ッス!!」

 それに応えるように、赤坂は気合を引き締めてバッターボックスへと向かう。

 そして、星は太郎丸のピッチングに合わせてタイミングの確認をする為の素振りをする。

「ストライクーーッ!!」

 初球。

 百五十六キロのストレートが内角を突くようにズバリと決まる。

 思わず、星は「チッ」と舌打ちを鳴らす。

「ッたくよ。ムカつくほど、良い球を放り投げやがるじゃねェか、あの野郎」

 太郎丸も小波同様、回を跨ぐ事に、尻上がりに調子を上げ、ボールのキレ、ノビが一段と増しているように見て取れる。

「それにしても、小波の野郎は良くも太郎丸のストレートを真芯で捉えてスタンドまで勢い良く飛ばしたモンだ」

 と、内心呆れながらも関心し、次の打席だと言うのに集中力が散漫している星だったが、一つの疑問が頭を過ぎる。

(……しかし、気になるのがさっきの名島の打席だ。小波の身体の周りに金色めいた『何か』だが、アレは一体なンだったンだ?)

 それは、名島の二打席目のストレートの球速の事に対してだった。

 たった一球のみではあったが、確かに『百五十九キロ』のストレートを放り投げた小波の潜在能力の恐ろしさを再度思い知らされた星だったが、驚くより先に納得が出来た。

 中学時代、小波は当時中学二年生ながらも全国大会に「百四十キロ」のストレートを投げた事で有名だったからだ。

 先ほどの金色めいた何かも、何かのきっかけがあるのだろうと、ネクストバッターズサークルで星は頭を悩ませていたが、

「あーークソったれがァ!! 気になって集中出来やしねェじゃねェか!!」

 と、居ても経っても居られずにベンチの方へと戻って行った。

「あれ? 星くん? どうしかしたでやんすか?」

「まぁ、ちょっとな。……って、なんだ? 小波の野郎は居ねェのか?」

 ベンチ内を見渡すと、そこには小波と加藤理香の二人の姿は無かった。

「球太くんなら加藤先生に話があるって呼ばれて居ないよ、今は更衣室に居ると思うけど」

 早川が答える。

「話だァ?」

 すると、星は早川の顔を見るなり口角を上げてニヤリと笑みを浮かべた。

「……成る程、な」

「な、何? いきなり人の顔を見るなり笑ってさ。ボクの顔に何か着いてるの?」

「いや、別に何も着いちゃいねェよ」

「だったらなんなの?」

 早川は首を傾げ、それを見て星はニヤついた顔のままで次の言葉を言った。

「もしかしたらよォ? 今頃、加藤先生が小波に愛の告白をしてたりしてな!!」

「——えッ!? あ、愛の告白ッ!?」

 その言葉を聞き、早川は目を見開いて、上擦った声を上げる。

「なーに、良く考えてみりゃ簡単な事じゃねェかよ。思い出してみろよ。一年の時に加藤先生は小波に対して『興味がある』って理由で野球部の監督を引き受けただろ? それってきっと小波の事を恋愛対象に見てたからだったんじゃねェかと思ってる訳だ」

「そ、そうなの……かな? それだったとしても、何でこんなタイミングなの?」

「そりゃ、勿論。今は準決勝、甲子園を目前とし、監督と選手の立場じゃなく男と女の立場として『私を甲子園に連れて行って♡』とか、今頃、甘い吐息交じりで耳元で囁かれて小波の野郎は悶絶してるんじゃねェのか?」

 星は加藤理香の声真似をし、少女漫画に出てくるキャラクターの様にキラキラと目を輝かせながら言う。

「ま、まさか。加藤先生と球太くんに限ってそんな事は無いと思うけど……それに、星くんは良いの?」

「あん? 良いのって、何がだよ」

「だって星くん、加藤先生のこと気にかけてたじゃない?」

「ああ、それは前までは気にしてたけどな。だが今は違うぜ。今の俺が本気で心から射止めたい女性は、この世界でたった一人しか居ねェんだよ!!」 

 と、星はそのたった一人の女性の方に目を向ける。

 早川は、星の視線を辿っていく。

 すると、そこにはマネージャーである七瀬はるかが日陰の方にゆったりと座りながら赤坂に向けて声援を送っている姿があったのだった。

「俺が射止めたい相手は……そう!! はるかさん、貴女なのです!!」

 白い八重歯を光らせ、七瀬に目を向けてウインクを飛ばす。

「……えっ!? 私ですか!?」

 咄嗟に名前を呼ばれ、驚く七瀬。

「もちろんです!! 漢、星雄大ッ!! 必ず貴女を幸せにしてみせますッ!!」

 恥ずかし気も無くプロポーズと取れる台詞を吐く。

 過去に何度も似たような台詞を言ってきたけれども、幾度無く玉砕(主に早川の鉄拳制裁)しているのにも関わらず、ましてや、この緊迫した試合の中でも、『モテモテライフ』を夢見る星の決してブレる方の無い潔さに、周りもいつもの茶番とも分かっていながらゴクリと唾を呑み込んで、その場を静かに見つめて七瀬の返事を待っていた。

「星さん、お気持ちは嬉しいのですが……ごめんなさい」

 誰しもが茶番の結末が果たしてどうなる事くらい分かっていた事だった。

 七瀬はるかは、いつも通り丁寧に頭を下げて星のプロポーズを断る、と言うのは普段の流れではあるのだが……。

 しかし、今日はいつも通りでは無かった。

「それに私、今、お付き合いしている人がいますので……」

 七瀬はるかの今の言葉を耳にした瞬間、

「——えっ!?」

 と、その初出情報にベンチ内に居た全員が驚きの表情に変わった。

「う、嘘……だろォ? はるかさんに……彼氏が……居る……だと!?」

 ガクン、と膝から崩れ落ちる星。

「ちょっと! はるか!? そ、それって本当なの!?」

「はい、本当です」

「えっ!? 相手はどこの誰なの? まさかボクの知ってる人だったりする?」

 食い気味に早川が問いかけると、

「はい、あおいの良く知ってる人です」

 と、こくりと小さく頷き、頬を赤らめて恥ずかしそうに、その相手の名前を口にする。

「お付き合いしている男性は、球八高校の『矢中智紀さん』です」

「えええええええーーーーー!!」

 告げられた名前を聞いて、再び驚愕の表情で全員がその場に立ち尽くす。

 ただし、星、一人を除いてはだが。

「嘘だァァァァァァァァァァァァァァァァァーーーーッ!! どうして、あのチビなんだァァァァァァァァァァァァーーー!!」

 

 

 星の叫び声を上げた、同時刻。

「へっくしゅん!!」

 恋恋高校の応援スタンド席で、矢中智紀はくしゃみをし、「すまない」と隣に座る高柳春海に詫びた。

「おいおい、大丈夫か? ほら、使いなよ」

 高柳春海がズボンからポケットティッシュを取り出して、矢中智紀に渡す。

「ありがとう。でも、大丈夫だよ」

 きっと誰かが噂してるんじゃないかな、と矢中は苦笑いを浮かべて高柳春海にポケットティッシュを返す。

「そう言えば、矢中はプロ志願なんだってな。遊助から聞いたよ」

「うん。昔からプロ野球選手に憧れを持っていたし、プロ志願届を出すつもりではいるんだけれども……。まぁ、地方大会止まりで何の実績も無いからね。どうなるのか不安だけれど」

「お前の『フォール・バイ・アップ』は、プロスカウトも注目してるってこの間の週刊パワスポに載ってたし、行けるといいな。プロ野球」

「うん。それに約束したからね」

「約束?」

 と、高柳春海は首を傾げる。

「ああ、チームメイトの滝本雄二とね。雄二は大学に進学して野球をしていずれはプロを目指すみたいで、お互いプロで戦う時が来たら、俺の『フォール・バイ・アップ』を必ずホームランにするってね。それまでには雄二に当てられいような相棒として誇れる良いピッチャーになってないといけないからね」

「なるほどね」

「そう言う高柳くんの方はどうなんだい? 君はプロ野球は目指してはいないのかい?」

 矢中智紀の問いに、高柳春海は横に首を振った。

「俺は大学に進学だよ。どうしても全国大会で優勝して胴上げしたい先輩がいるんでね」

「そうか。それはお互いに頑張らないとだね」

 矢中智紀と高柳春海が今後の進路について語りあっているそんな中、ただ一人だけつまらなそうに顔を歪ませた塚口遊助が口を開いた。

「さっきから大人しく黙って聞いていれば、お前らは何なんだ? お前ら真面目か!! 真面目な会話しかしてねえじゃねえか!? それってつまらなくねえのかよ!!」

 二人の会話に対して塚口遊助は糾弾するが、当の二人は互いに顔を見合わせ、

「いいや、遊助。別に俺たちは真面目じゃないぞ」

「そうだね。まあ、強いて言うのならば俺も高柳くんも遊助の様なおふざけキャラでは無いと言うのは確かだよ」

「何だよ、それ!! 俺っておふざけキャラで通ってるのか!?」

 頭を抱え落胆の声を上げる塚口な訳だが、二人とも「今更?」と声を揃えた。

「真面目な話より、俺が本当に聞きたかったのは智紀の彼女が一体何処のどいつだって事だ」

「それは、誰でもいいじゃないか。別に遊助が気にする事じゃないだろ?」

「いいや、気になるね。俺はツネと雄二と常日頃一緒にいるんだぜ? なのにお前一人だけ甘い思いしてるのは許せねえ、せめて相手くらい教えろ!!」

「確かに、それは俺も気になるな」

「た、高柳くんまで!?」

 勘弁してくれ、と心の中で呟く。

 そして、観念したのだろうか。顔を背き、顔を真っ赤に染めながらポツリとその相手の名前を言った。

「恋恋高校の七瀬はるかさんだよ……」

「——ッ!?」

「なんで七瀬はるかなんだ? 確か七瀬はるかってマネージャーだろ? 幼馴染の早川あおいじゃねえのかよ」

 正確には恋恋高校にいる幼馴染は、高木幸子と早川あおいの二人ではあるが、塚口遊助は矢中智紀の過去の出来事は知らないのだ。

「俺とあおいは幼稚園からのただの幼馴染だから。それに今のあおいには『好きな人』がいるからね」

「それは誰なんだ?」

 矢中の彼女が七瀬だと知るも更なる謎が深まったため、複雑な表情の塚口。

「それは、高柳くんも察しがついてるんじやないかな?」

「ま、心当たりあるけど」

 そう言いながら高柳は幼馴染である黒髪の癖毛頭の青年を思い浮かべている。

「ったく、どいつもこいつも青春を謳歌しやがって!! まさか春海、お前も彼女が居るとか言わねえだろうな!?」

「いないよ」

 と、短い言葉で返す。

 すると塚口遊助はニヤリと嬉しさを隠せない不敵な笑みを浮かべていた。まるで仲間が増えたかの様に喜ぶのを眺めながら、高柳春海は言葉を付け加えた。

「でも、好きな人はいるよ」

「へえ、どんな子なんだい?」

 矢中智紀が問う。

 高柳春海はポケットからスマートフォンを取り出して写真と明記されているフォルダを下にスクロールして行き、画面を見つめながら答えた。

「幼馴染の子で、リトルリーグの時からずっと好きなんだ」

 スマートフォンに写っていたのは、照れ臭そうに目線を逸らして腕を組む黒髪の癖毛の少年と、サラサラ髪に爽やかな顔立ちで恥ずかしそうに照れ笑いしている高柳、そして桃色の髪色で二人に挟まれて笑顔でピースサインで映る女の子の写真だった。

 

 

「ストライクーーッ!! バッターアウト!!

 太郎丸の豪速球の前に赤坂が三振に倒れ、次のバッターである三番打者の星雄大の様子がどこか可笑しかった。

「嘘に決まってる……。はるかさんに彼氏が居るなんて……嘘に決まってる」

 星の想い人である七瀬はるかに彼氏が居る事実を突きつけられて傷心していたのだった。

 虚な表情に、さっきほどのプロポーズした時の様な威勢は微塵も残ってはいない。

 ボコッ!!

「痛ッ!! 何しやがるんだ、早川ッ!!」

ㅤそこに突如、鉄槌が降る。

「何しやがるんだ、じゃないでしょ!! 次のバッターは星くんでしょ!?」

 早川の言葉に星は、我に変える。

 バットを携えてバッターボックスへと小走りで叫びながら向かう。

「小波の野郎はまだ戻らねェのか!? 太郎丸相手にそんなには粘れねェぞ??」

「ボクが球太くんの事、呼んでくるよ!」

 と、早川あおいは加藤と小波のいる更衣室へと向かった。

 

 

 

 正直に言って見るに耐えない。

 誰がどう見ても満身創痍だと言う事は火を見るより明らかだ。

 そこまでして、小波は肩に爆弾と言う不安要素を抱えながらも投げる事にこだわり続けるのだろうか、と加藤理香にとって甚だ疑問に思っていた。

 だがしかし、加藤理香は、小波が身を削ってまでも為さなければならない事が一つ、そのたった一つの理由を知っている。

 それは、彼——、小波球太が自分の夢である『プロ野球選手』になると言う夢を既に捨ててしまっていて、今は違う夢を叶えようとしていると言う事を加藤理香は知ってしまっているのだ。

 その事を知ったのはパワフル高校の試合前の放課後に小波球太を保健室に呼んだ時の事だった。

 以前。

 それは四年前のあかつき大附属中学時代に遡るが、小波球太が前代未聞の『百四十キロ』のストレートを放り投げ話題になった中学二年生の中体連の全国大会において、まだ成長期の最中、『三種のストレート』の酷使による右肘の故障を招いてしまい退部を選んだ後日、ダイジョーブ博士による手術を受け右肘を完璧に治してみせた際、右肩に選手生命に関わるほどの大きな爆弾が出来てしまったのだ。

 と言う事を小波本人に伝えた時に、小波が自分で現在の夢を語ってくれ、小波の両の目からは、ポタリと一筋の涙が頬を伝っていたのだ。

 

「試合前に私は貴方を止める事も言う事も無いと言ったけれども……」

 恋恋高校のベンチ裏の選手更衣室、加藤理香と小波球太の二人はそこにいた。

 歓声が小さいながらも聞こえて来る。

 大きめな更衣室のロッカーに加藤理香は背もたれて小さなため息を一つ漏らして、目の前に今にも倒れてしまいそうに疲れ果てて項垂れながらベンチ椅子に腰を下ろしている小波を見つめていた。

「野球素人の私の目から見ていても、正直に言って限界を超えているわよ。貴方は、ここまで本当に良く頑張ったと思うわ、小波くん。だけど、ここで素直にマウンドから降りれば(、、、、、、、、、、)貴方の野球人生はまだ終わる事も無く済む可能性だって少なからずあるはずよ?」

 加藤理香の「マウンドから降りれば」と言う言葉に、小波はピクッと反応を示した。

「加藤先生。前も言いましたが、自分の信念を突き通す……俺に残された『夢』は、もうこれしか無いんです。その『夢』を他の誰にも譲るつもりは一切ありません!!」

 珍しく。

 いや、小波にとって初めてと言っても良いほど、厳しく強い口調だった。

「……、」

「アイツらを甲子園に連れて行く為だけにこの腕を振り抜くと決めたんです。それだけの理由だけで充分なんです!! どうか、最後まで投げさせて下さい!!」

 深々と頭を下げる小波。

 加藤理香は、決して折れる事のない確固たる意志を持った小波の目に圧倒され、これ以上は何も言っても無駄と理解し、もう何も言えなかった。

「そう……。なら、好きにすれば良いわ」

「ありがとうございます」

「けど、小波くん。最後に一つだけ聞かせてくれないかしら? どうして貴方は、プロ野球選手と言う夢を諦める気になれたのかを」

「……」

 小波は無言だった。

 しかし、聞くまでは此処から動かないと言わんばかりの加藤理香の圧力に屈し、今度は逆に小波は固く閉じていた口を開いた。

「俺の理想のプロ野球選手像は……」

 と、言いかけた所で言葉が詰まる。

 よく見てみると、小波は悔しさを滲ませるように下唇を噛み締めていた。

 再度、口を開き。

「野球と言うスポーツを知らない子達や野球が好きな子達に、野球の素晴らしさを伝えられる様な、勇気や元気を与えられる様な選手になる事でした」

 グッと小波は拳を握りしめる。

「でも、ある日……早川が似たような事を言ったんです。俺が夢見ていた野球選手像を。その時に俺は、早川ならきっと、早川ならその夢を叶えられるんじゃないのか……って、その時に強く思えたんです。なら、託そうって、決めたんです。……俺はもう長くは投げられないでしょう。今日、この試合、山の宮に勝ったところで明日の試合、猪狩率いるあかつき相手に俺のピッチングが通じるかすら分かりません。途中で肩が壊れるかもしれない。だけど、そんなのはもうどうでも良いんです。せめて最後の最後に、俺はアイツらを甲子園に連れて行きたいんです!!」

 言い切ると、小波はふっと笑った。

(まったく、俺は一体、何を変な事を堂々と言っているんだろう)

 傍から見れば笑ってしまう。それはもう、余りにも自分勝手で我がままな言葉だけを言っているような気がしたからだ。

 でも、小波は気にしないようにした。

「何がなんでも叶えたいんです。矢部くんや星の夢、早川の夢を叶えられて、山吹や海野、赤坂達の努力だって報われる、その場所が甲子園なんです!!」

「……そう」

 小波の言葉に加藤は、思わずクスリと笑いをこぼす。

ㅤそれは加藤本人さえも分からない、不思議な笑みだった。

 

 加藤理香は、ただの保険医(・・・・・・)で無い。

 過去に、素性が謎に包まれているスポーツ医学に秀でた『ダイジョーブ博士』の助手を務めていた事がある。

 加藤理香が恋恋高校の野球部の監督を引き受けた理由は、本来ならダイジョーブ博士が診るべきはずだった『とある青年』と、膝を壊して途方に暮れていた小波球太をうっかり間違えてしまい、誤って小波球太がダイジョーブ博士の実験を受けた事を知った加藤理香は、小波球太の術後の経過を側で観察する為であり、小波球太が恋恋高校に入学する事を『妹』を通じてありとあらゆる手段を使い、その為に恋恋高校の保険医として赴任した。

 

 

『どう聞いても、俺がただあかつきのエースだったからって理由が顧問を受け持つ決め手だとは思えないんです』

 

 これは、二年前。

 小波球太と加藤理香が初めて出会った頃の会話だ。

 

 そして——。

 

『……中々、感が鋭いのね。それもそうね。でも小波くんあなたがあかつきのエースだったのも一つの決め手よ? 後もう一つ、これは後々いう事にするわ』

 

 

 本音を言うと加藤理香は、小波球太の観察の為だけであり、あかつきのエースと言うのも野球に対して何一つ興味など持ち合わせてはいなかった。

 しかし、今はそうでもない自分が居るのを加藤は確かに感じていた。

 試合が進むにつれて、決して揺るがない気持ち、折れる事のない信念、どんなに追い込まれても誰よりも楽しそうに野球をプレーをして、右肩に爆弾を抱え、抱いていた夢を諦めても物事に怖じけずに突き進もうとする小波球太に対し、スポーツマンもして、また、一人の人間として、その先の成長を見たいと言う興味を持ち始めていたのだ。

「なら、貴方が今抱いている夢を必ず叶えなさい。自分で選んだ選択に本当に後悔がないのなら好きにするといいわ」

 今まで強張っていた加藤理香の顔付きが穏やかになると、小波は立ち上がり、深々と頭を下げた。

「ありがとうございます、監督」

「——ッ!?」

「本当にありがとうございます」

 と、小波は加藤理香に対してもう一度、深く頭を下げ更衣室から立ち去り、ベンチの方へと戻って行く。

「……、」

 その後ろ姿を隠れるようにドアの死角から覗き込む一人の人影があった。

 小波球太を呼び戻しに来た早川あおいは加藤理香との会話を聞いてしまっていたのだった。

 

 

「ストライクッーーー!! バッターアウトッ!!」

 湧き上がる大歓声。

ㅤ唸る豪速球で星を空振りの三振に仕留めてツーアウト。

「クソッ!! 釣り球なんかに手を出しちまうとかバカか、俺はよォ!!」

「何見てんだよ。今のはどう見てもストライクゾーンだっただろ?」

 怒り散らす星の前に、小波球太がネクストバッターズサークルで素振りをしていた。

「小波!? テメェ、今の今まで何してやがったンだ!?」

「何してたって、ただの作戦会議だよ。監督とキャプテンのな」

 四番・小波くん、とウグイス嬢が名前を呼び上げると、小波はバッターボックスへと歩き出した。

「作戦会議だァ!? 今はそれどころじゃねェんだよ!! お前、知ってるか? はるかさんに彼氏が居て、その相手って言うのが球八高校の矢中——、」

「なぁ、星」

「あん?」

 星の言葉を遮り、バットをギュッと握りしめた小波が呼びかける。

「まだ『モテモテライフ』は、諦めてはいないんだよな?」

「そんなの当たり前だろうがッ!! 甲子園に行って活躍して『モテモテライフ』を築き上げる野望があるんだ!! こんなところで終わってたまるかよッ!!」

 星の言葉を聞き、小波はクスリと笑う。

 その表情は、何処か穏やかだった。

「そうか。……、それなら夢を叶えに行こうぜ、甲子園に」

 と、小波は笑いながら右のバッターボックスへと向かって行き、

「お、おおう」

ㅤと、星はポカンと口を開け、その場に立ち尽くしていた。

 そして、七回裏ツーアウト、ランナー無しの場面で小波球太と太郎丸龍聖の三打席目の勝負が始まる。

 

 三度目の邂逅。

 太郎丸と小波は笑みを交わした。

 目の前に立ちはだかる好敵手との戦いに待ちに待った再開を喜ぶかのように太郎丸龍聖は思う存分に気持ちを込めて腕を振り抜く。

 

 ——、ガシャァァァァァァン!!!!

 

 だが、投げ抜いたストレートが小波球太の頭上、名島一誠の頭上、そして、球審の頭上を大きく超える大暴投となりバックネットの金網を揺らした。

「ボ、ボール!!」

 騒ついていた球場が、咳一つ溢せばその場全員に聞こえるかもしれない程に静まり返る。

「タイム!!」

 空かさずタイムを取った名島一誠は、太郎丸龍聖の元へと駆け出て行く。

「悪い悪い、どうやら今のは気合が入りすぎちまったみたいだ」

「全く何をやっているんだ?ㅤ今の小波は前の打席同様、『超集中モード』だ。何としても此処は抑えるぞ」

「分かってる、抜かりはねえさ」

 と、太郎丸龍聖は言う。

ㅤそして、名島が太郎丸と出会って初めて見ると言っても過言では無い何かに挑んだ表情を目に浮かべて、

「だから、今此処で俺は俺の限界を超えてみようと思うんだ」

「何ッ!?」

 名島は、その言葉に思わず耳を疑った。

「龍聖、どう言う事だ?」

「今なら俺の絶対的切り札である『アンユージュアル・ハイ・ストレート』を更に超える球を投られる気がするんだよ」

「……、」

「今日の試合で小波と投げ合ってる内にもう一段と成長出来た。それを確かめたいんだ。そして、俺は知りたいんだ。この先まだまだ強くなれると言う確信を」

 名島は、以前に太郎丸と交わした言葉を再び思い返していた。

「自分の限界を超える戦い、か……。そう言う事ならば、俺はそれを是が非でも見届け無ければならないな。よし!! 投てみろ、龍聖」

「一誠」

「お前が投れると思うなら、それを受け止めるのが相棒としての仕事だ。強い相手を捻じ伏せてこそ、太郎丸龍聖(エース)だろ?」

 クルッと踵を返して、自分の定位置へと戻って行き、太郎丸は名島の背中をジッと見つめながら幸せに似た出会った事のない感動を覚えていた。

 定位置に戻り、キャッチャーマスクを深く被り付け、キャッチャーマットを叩き、名島一誠は太郎丸龍聖に向けて、大声を上げる。

「さぁ、来い!! 龍聖!! お前の全てをキャッチャーミット(ここ)にぶつけて来いッ!!」

 

 

 

(ありがとう、一誠)

 と、太郎丸は心中で呟いた。

(やっぱり強打者と戦うって言うのは最高に楽しいもんだな)

 と、太郎丸はピッチャープレートを脚で均した。

(大したモンだよ。『アンユージュアル・ハイ・ストレート』をホームランにしてしまうお前は、最高に凄いバッターだぜ)

 と、太郎丸はボールを強く握りしめた。

(こんなに張り合いがあるヤツは滅多にいないし、心から思う事がある)

 と、太郎丸は名島のミットを見定めた。

(頑張地方に来てよかった、とただただ感謝したい気持ちで胸がいっぱいだ)

 と、太郎丸は振りかぶる。

「勝負だッ!! 小波ィ!!」

 と、太郎丸は投球モーションに移り、

(お前に負けていられねぇ、お前を捻じ伏せたい、お前に勝ちたい。強い強打者達と沢山戦いたい、この気持ちがあれば、俺は次の高みを目指せる!!)

 と、太郎丸は左腕を振るい抜く。

(さぁ、行こうぜ一誠。更なる高みに、俺とこの——『アンユージュアル・エクシード・ストレート』で一緒に甲子園で優勝しようじゃねえか!!)

 

 


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