実況パワフルプロ野球‎⁦‪-Once Again,Chase The Dream You Gave Up-   作:kyon99

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第50話  ノースピン・ファストボール

『恋恋高校の選手の交代をお知らせします。ピッチャー早川さんに替わりまして、小波くん』

 ラジオ放送やテレビ放送から流れたその言葉に、耳を傾けていた小波を知る者達は、思わずその場で脚を止めるなど、動くことが出来なくなる程驚いていた。

 

「に、兄さん! これは・・・・・・」

「ああ。漸く、あの凡人が立ち上がったな」

 あかつき大附属の一軍練習グラウンド。

 ブルペンで投げ込みをしていた猪狩兄弟は、ネットに絡めつけていたラジオから野球中継を聞いていた。

「フッ。小波がマウンドに上がっとなれば、この大会はもう少しは面白くなるだろうね」

 猪狩守は、小さく呟いて、ボールを手にして「進。投げ込みの再開だ」と左腕を振るった。

 

 

 そんな事は意図知れず、小波はただマウンドの足場を均して星とのサインを決めていた。

 

「なぁ、小波」

「なんだよ」

「テメェが、マウンドに上がるのは何年ぶり位になる訳だ?」

「ん? そうだな・・・。約四年ぶりって所だな」

 一瞬。

 ニヤリと、笑う。

 心の底から湧き上がる懐かしさに思わず口元が緩んだが、小波はキュッと真剣な表情に変えた。

「つーことでよォ。サインの打ち合わせだが変化球はスライダーとシュート、フォークとチェンジアップ・・・・・・そして、カーブ。一体、どれだけ投げんだよ、テメェ。取り敢えずはこれ位で良いんだな?」

「ああ、問題は無い。それと、もう一つサインの追加だ」

「はァ? サインの追加だァ? まだあんのかよ?」

「実は・・・・・・、俺のストレートは『三つ』あるんだ」

「え?」

 ストレートが三つ?

 小波の言葉に思わず素っ頓狂な声を出してしまった星。

「まあ、『三種のストレート』って皆は呼んでいたけどな」

「はァ? ちょっと待て! 勝手に話進めんなよォ! それで、なんなんだ? その『三種のストレート』ってのはよォ?」

 聞きなれない言葉を聞いて、引っかかった星は、この疑問が解けない以上、いつまでも気分が晴れない気がした。

「簡単に言っちゃえば、俺の『とっておき』ってヤツだ。正直、体力の消費もバカにならなくて余り使いたくは無いんだけど、今は出し惜しみしてる場合じゃあねえから」

「へっ! それはそれは、かなり頼りになるねェ! しっかし小波、テメェ。球種は揃っていても、まともに四年間投げ込みなんて碌にしてねェんだろォ? それをいきなり使えるかどうか分からねェだろうが」

「それなら、心配はない。大丈夫だ。こう見えて毎日、聖相手に投げ込んでたからな。抜かりはないぜ」

「・・・・・・はァ? 毎日? 聖? 誰だァ? そいつは!!」

「あれ? 知らなかったっけ?」

「知らねェ! 初耳だ、ボケェ! んな事、一度もお前の口から聞いたことねェよ!」

「そうだったっけ? それは、悪い悪い」

「チッ! ったく、毎回勝手な事ばかりするテメェには呆れちまうぜ! それよりもこの回、頼んだぜ? お前の復帰デビューは、このピンチの場面での登板だ。早川の為にも此処はどうしても点はやれねェのは、流石のテメェでも分かるよな?」

「逆に、ピンチの場面だからこそ燃えるもんだろ? 勿論、点をやるつもりは一切ないぜ」

「へっ、上等じゃあねェか! それじゃ!」

「ああ、任せとけ!」

 コツン、と拳と拳を重ねる。

 星は踵をクルッと返して定位置へと戻って行くのを確認し、小波は空を仰いだ。

 

 ——ザッ!

 ——ザッ!

 懐かしい。足場の土の感触を確かめる。

 上を見上げれば、青空が広がっていた。

 ドクン。

 ドクン。

 胸が高まる。

 やっぱり、このマウンドから見るこの景色は最高だな。

 そうか、俺はまた此処に帰って来たんだな。

 

 

「プレイッ!!」

 アンパイアの声が鳴る。

 

 余韻に浸ってる余裕などはある訳は無い。

 小波は、取り敢えず今は、この打者を気を抜かずに片付けるしか頭になかった。

 ノーアウト。

 ランナー一塁・二塁。

 バッターは八番の国領。

 カウントはワンボール。

 ギュッとボールを握り締め、小波は振りかぶってから、右腕を振り抜いた。

 ——ズバンッ!!

「ストライクーーッ!!」

 轟音を響かせたストレートは、右打席に立つ国領のインコースを抉った。

 ワッーと、湧き上がる歓声。

 球速表示は、百四十九キロを記録していた。

 続く二球目。

 フォークボールで、スイングを奪うと、間髪入れずに三球目を投じる。

 ——クイッ!!

「ストライクーーッ! バッターアウッ!」

 斬れ味の鋭いスライダーで空振りを誘い、続く三球目のストレートをアウトローいっぱいに決めて、三振に仕留めた。

『九番 ピッチャー 具志堅くん』

「よっしゃー!!!」

 バットを握り締め、全身を炎のように燃え立たせ具志堅がバッターボックスに入った。

 だが、奮起させるも虚しく、具志堅将也はあっという間に三球三振に倒れてしまった。

 

『一番 ショート 柴崎くん』

 

 遂に、帰って来たんだね。

 流石、球太だよ。

 圧巻のピッチング。

 やっぱり、いつ見てもカッコいいな。

 

 具志堅が三つ目のストライクのカウントが取られた時、春海はバットを手にとってネクストバッターズサークルに脚を進めながら、心の中で、そう呟いた。

 早川あおいが倒れた。と、言うイレギュラーはあったと言えど、小波の登板は、春海にとって、ずっと心待ちにしていた。

 その興奮は留まることは無い。

 思わず頬も緩んでしまう。

(こう言う時の球太は、昔から厄介だ)

(だからこそ思うよ)

 ——お前を倒して俺たちが甲子園に行く!

 

 

 一番打者である柴崎をツーストライクに追い込んでからのフォークボールで空振り三振に仕留め、スリーアウトチェンジ。

 ノーアウト一・二塁のピンチを三者連続三振で切り抜けられた恋恋高校。

 場内からは拍手喝采に包まれた。

「ナイスピッチングでやんす! 小波くん!」

「圧巻なピッチング! 流石ッス! 先輩!」

「ありがとう、矢部くん! 赤坂!」

「ケッ! 高校三年にしてようやくの初登板にしちゃ、まあまあ上出来じゃあねェか!」

「うっせ!」

 続々と、ナイン達が小波の元へ駆け寄り労いの言葉を掛ける。

 だが、マネージャーの七瀬は、涙を流すのを堪える様に唇をギュッと噛み締めてそこに立って居た。

「あの、小波さん・・・・・・」

「七瀬? どうかしたか?」

「・・・・・・あおいの為にも、この試合、絶対に勝ってくださいね!」

「任せて下さいませェ! はるかさん! この漢、星雄大が必ず、必ず、早川の為に大活躍してみせますとも! このチームを勝利に導いてみせますとも!」

「それは無理でやんす!」

「ンだとォ?」

「だって、今日の星くんは、五打数五三振でやんすよ?」

「あ"あ"? テメェは黙ってろォ! 例え、今日活躍してなくても、最後の最後に試合を決める一発を打ち込むのは、この漢——」

「ああ、勿論だ!」

 星の言葉を遮り、小波はニヤリと笑った。

 続けさせていれば、毎度の茶番が始まりかねない。

「このまま終わったら、早川にも悪いしな。笑顔で終わって、皆で早川を迎えに行こうぜ!」

「はい!」

 小波は、七瀬からタオルを受け取ってくしゃくしゃに彼方此方に跳ね上がる汗を纏った髪を拭った。

 八回表、恋恋高校の攻撃は九番から始まる。

 早川が途中交代で抜け、小波がピッチャーに入った替わりに、七回裏の守備から一年生の京町がファーストに付いている為、京町がバッターボックスに入ったのを見つめた。

 

「小波くん。ちょっと良いかしら?」

 すると、監督を努める加藤理香が小波の名前を呼んだ。

 普段からは想像出来ない程、恐いくらい真剣な表情を浮かべた監督である加藤理香が付いて来い、と言うかのようにベンチ裏へと歩いて行く。

 一体、何に対してそんな恐い顔をしているのかなど、小波は知る由もなく。不思議そうにその後を付いて行った。

 

 

「先生、どうかしましたか?」

「どうかしたとかそう言う話じゃないわ!」

 キツい口調。

 やはり、いつも保健室や部活中に見ている加藤とは思えない程、穏やかさは何処にも無く、それはまるで呆れを通り越してキレ気味にも見える。

「早川さんが体調不良で交代したのは十分、理解は出来るわ。けれど、何故なの? 何故、貴方がマウンドに上がったのかが、私には理解出来ないのよ」

「それは・・・・・・他に投げれるヤツが俺しか居ないからですよ」

 サラッと言ってのける。

 それは至極、簡単な返答だったからだ。

「それは・・・・・・ええ、そうかも知れないわ。でも、貴方は分かってるの? 貴方は故障者なのよ?」

「故障者と言っても、それはもう四年も前の話で、今は、全然、大丈夫です! それに、俺は今まで投げ込みを毎日欠かさずやってきました!」

「ま、毎日? それは一体、いつからやってるの?」

 いきなり背負い投げを食らった様に意外な驚きをする。

「矢部くんから野球部に勧誘された二年前からです。でも、肘の違和感は無いから心配しなくても大丈夫ですよ」

「・・・・・・そう」

 加藤は、少し間を空けた。

 しかし、その表情は、小波に何かを言おうとしたが思い直したかのように口をつぐむ。

「それなら良いけど・・・・・・。良い? 小波くん、無理は禁物よ?」

「はい、分かってます」

「絶対よ!」

「はい!」

 小波は少し微笑んで、踵を返してベンチへと戻っていく。

 加藤は、姿が消えた途端、壁に寄りかかりって溜息を一つ吐き出した。

「小波くん。あなたは何も知らないだけなのよ」

 その溜息は、悲しみに満ちた重い溜息だった。

 

 八回表の恋恋の攻撃は、調子が上がった具志堅の好投の前に三者凡退で終了した。

 そして、試合は八回の裏、きらめき高校の攻撃に替わり、先頭バッターは二番打者の高柳春海がバッターボックスに入る。

 

「浩輔。遂に、小波球太と春海の勝負が始まるぞ」

「ああ、見てりゃ分かるさ。そんな事」

 きらめき高校のベンチ上、応援席に腰を下ろした目良浩輔、舘野彰正、高柳千波の姿がそこにあった。

「それにしても恋恋高校、俺が思っていたよりも凄く良いチームだな」

 感心した舘野が言う。

「浩輔。お前はどう思う?」

「ああ、さっきマウンドを降りた早川って言う女ピッチャー。気持ち的には、もう少し胸が大きければ、バランス的に良くて、俺的にはとても好みだとは思うんだ——ぐぶッ!」

 ——バチっ!!

 肌を叩く大きな音を立てた。

 勿論、叩いたのは千波だ。

「ちょっと浩輔くん!? あんたは一体、試合中に何処を見てるのよ!」

「ど、何処って・・・・・・、千波、お前は聞いてなかったのか? 彰正も言っただろ? 早川あおいの胸の大小がどうのこうのって」

「言ってない!」

「言ってないわよ!」

 舘野と千波が同時に叫ぶ。

「大体、俺が、そんな事を平然と言ってのけるキャラだと思うか?」

「思ってた!」

「・・・・・・」

「あれ? 違ったか?」

「浩輔。お前ってヤツは・・・・・・。やっぱり良いや」

 流石の舘野もいつもの冷静さを無くしそうだった。

 それでも本気で怒らないのは、目良とは腐れ縁でここまで歩んで来たからだろう。

「もう! 本当に浩輔くんは、デリカシーの無い人なんだから! 彼女が本人の目の前に居るって言うのに、どうしてこうも平気でそんな事を言えるのかしら!」

 千波は、頬を膨らませる。

「そんなに怒んなよ! 冗談だって!」

「そんな冗談を、今まで何百回やってきたでしょ!!」

「落ち着け、千波。心配する事はない。浩輔のヤツはちゃんとお前の事をしっかりと思っているぞ?」

「えっ? それって・・・どう言う・・・」

「お、おい! ちょい待てや、彰正!? 余計な事を言うんじゃ・・・・・・まさか・・・・・・お前——」

 舘野は、目良の口を押さえ込んで、千波に話を始めた。

 ここに来る途中のこと。

 目良自身がその口で言っていた。

 千波が構ってくれなくても千波が居てくれるだけでそれだけで良い、と言う惚気話を本人に伝えた。

 それを言われた目良。

 それを聞かされた千波。

 二人とも、今にもプシューっと蒸気でも出しそうなほど顔を真っ赤にして、そのまま黙りこんでしまった。

 舘野はその様子を見て、また再びニヤリと悪戯な笑みを浮かべて、グラウンドに目を向けた。

(勝てよ、春海)

 

『きらめき高校、八回裏の攻撃 二番 セカンド 高柳くん』

 

 その名前を聞いて高揚感に包まれた。

 遂に、この時が来たんだな。

 春海。ようやくこうして一対一で戦えるのを待っていたんだよな?

 それは、俺も同じだ。

 行くぞ、春海!!

 

 左打席に立ち、構える。

 笑みを浮かべたその顔を見て、俺も思わず口元が緩んでしまった。

 初球。内角へ曲がるスライダーを投じた。

—キィィィィン!!

 春海は、タイミングを合わせてバットを振り抜いた。打球はライト線を超えたファールゾーンに落ちる。

「やるな、春海」

 初見のスライダーをいきなり当てて来るとは、流石と言いたい。

 高柳春海は、昔からそう言うバッターだ。

 一流のバットコントロールを持つ春海に苦手のコースは無い。

 何処に投げたって打ち返せる程の実力を持っている厄介なバッターなのだから。

 だから、と言って投げる球が無いわけじゃない。

 続く、二球目。

 渾身のストレートを放り込む。

 速球表示は百四十八キロ。

 これもまた、バットに当てカットされる。

 

——キィィィィン!!

 

——キィィィィン!!

 

 十三球目を打ち返した打球は三塁側のファールゾーンへと飛んで行くのを眺めていた。

 カウントはツーストライク、ツーボールの平行カウント。

 今のチェンジアップで、俺の持っている変化球の球種は全て投げた。

 スライダー。

 カーブ。

 シュート。

 フォーク。

 チェンジアップ。

 全く、恐れいるぜ。

 どのコースにどの球を投げても確実に当てて来るって、ピッチャーから見てみれば実に厄介なバッターだよ、春海。

 流石、リトルリーグ時代に『安打製造機』と呼ばれていたのは伊達じゃないな。

 けど、ここで足止めを食らってる様じゃダメなんだよ。

 俺にはやらなきゃいけない事がある。

 コイツらをこの先の景色を見る為に、甲子園に連れて行かなきゃ行けないんだ。

 名残惜しいが、春海。

 そろそろ決着つけようぜ!

 

 

『ファールボールに、ご注意ください』

 バックネットに打球が飛んだ。

 

「これで十三球目。相変わらず粘り強い春海だが、小波の野郎も諦めないな」

「それに、春海のヤツ。なんだか楽しそうに見えるな」

 きらめき高校ベンチ上、目良と舘野は真剣に二人の戦いに目を向けて居た。

「うん! きっと楽しいに決まってるよ。春海は、ずっと待っていたんだから・・・・・・球太くんと、こうして戦える日を誰よりも待っていたんだもん」

 暖かく見守る千波の瞳に、少し光る粒が溢れそうになっていた。

 

 

 バッターボックスとマウンドの距離、約十八メートル。

 高柳と小波。

 二人の間で交わされた笑みは消え、一瞬の緊張が走る。

 

「行くぜ、春海」

 滴る汗を拭い。

 ふぅと、ゆっくり息を吐く。

 腕を高く上げて、振りかぶった。

「お前が、今まで、見た事の無い球を今から見せてやるッ!」

 高く、脚を上げる。

 そして、腕を振り抜く。

(春海。これが・・・・・・)

 

 お前に、今、投げるこの球は——。

 

 『三種のストレート』の一つ。

 

「これが"ノースピン・ファストボール"だッ!!」


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