実況パワフルプロ野球-Once Again,Chase The Dream You Gave Up- 作:kyon99
「な・・・・・・何ィ! 早川のヤツが体調不良になって明日は投げられないだァ!?」
春海率いるきらめき高校戦を前日に控えた部活終わりのこと、星がやや強めのトーンで声を上げると、部室は一気に静まり帰った。
それは、先日の事だ。
球八高校との試合、あの日は大雨の中で行われた為、早川はどうやら風邪を引いてしまったのだ。
無理もない。あの状況の中、九回までたった一人で投げきったんだ。
幼馴染の矢中智紀との投げ合い、初めて投げた『マリンボール』の不安、緊張もあり疲労も相当量溜まっていたのだろう。
昨日から熱が一気に上がり今日は学校を休んで病院に行ったと言う。
医者からここ一週間は、安静が必要との事で部活は当然、当分控える様に。と、念を押されたらしい。
その事を顧問である加藤先生は、やや困惑した表情で俺たちに先ほど伝えられた。
「一週間は安静となると・・・・・・最悪、決勝戦まではあおいちゃんは投げられないって事でやんすよ?」
と、戸惑う矢部くん。
矢部くんの言う通り。
本来、予定通りに進むなら来週の今日は決勝戦が行われているはずだ。
エースである早川が、この場で一時離脱となれば、甲子園の予選大会と言う短期決戦といえど、恋恋高校にとって、それはかなりの痛手となる。
しかし、だからと言って負けてもいいと言う理由にはならない。
「チッ! あのバカ野郎ッ! こんな時に風邪なんかひきやがってぇ! クソたれッ!」
「星くん。それは言い過ぎでやんす! あおいちゃんも好きで風邪をひいた訳じゃあないでやんすよ! 前の試合は雨も酷かったし、疲れが溜まったのもあるでやんす!」
「そうです! 矢部さんの言う通りですよ!」
七瀬が少しムッとした顔で星に言う。
「はるかさん。それは、そうですけど・・・・・・」
「あおいの気持ちも汲み取って下さい。あおい本人だって相当落ち込んでるんです。試合には出れませんが、幸いにベンチには入るので・・・・・・」
俯きながら、言葉を吐く七瀬のその姿はシュンと落ち込んでいた。
その場に居た全員が星の方をジロッと睨みつける。
「いやいや! は、はるかさん? いやー嫌だな〜。じ、冗談ですって! 冗談! な、なぁ? そうだよな? 矢部?」
「さあ? それはどうか分からないでやんす」
「ンだとォ? このクソ眼鏡ェェェエエエ!!」
やれやれ。
毎度毎度、こいつらの茶番が始まってしまった。
「星、矢部くん。そこまでだ」
と、二人の間に立ち、俺は早田を見つめて口を開いた。
「あン?」
「知っての通り早川の状況も状況だから、明日の先発は早田。お前に頼みたいんだ」
「——う"え"ッ! じ、自分がですか?」
名前を呼ばれた早田は声を大に裏返し、驚きの声を上げると——。
「なっ!!」
「えっ!!」
全員が同じリアクションをした。
ま、驚くのはある程度予想していた。
なぜなら、公式戦で初登板だ。
この状況の中、中学時代ピッチャー経験のある一年生の早田しか今、現在、マウンドを任せられる奴は他には居ない。
加藤先生から早川の体調不良を聞き、ピッチャーは早田と腹を括ったと決めた瞬間——。先日、春海からの突然の電話で言われた言葉が頭をよぎったが、俺にはまだマウンドに立つのに対して何処か不安を感じたが、今は気にする事ではない。
「なに、心配すんな。お前なら大丈夫だ。バックに俺たちが付いてるから、お前はお前のピッチングをしろ」
「で、でも・・・・・・」
「お前は早川から何度もアドバイス貰ったんだろ? 早川の分までお前が頑張らないとな」
「・・・・・・。そうですよね。早川先輩の悔しさの分も自分が頑張らないと行けないって事ッスね。了解しました! 明日、投げます!」
「おっしゃー! そうと決まれば、俺たちも覚悟を決めるしかねェって事だな! オラァ! 早田! 明日ふざけたピッチングしたら許さねえからな!」
「ふふふ、頼んだでやんすよ! 将来の恋恋高校のエース様」
「ちょっ!! 星先輩ッ! 矢部先輩! それはかなりのプレッシャーですよ!!」
笑い声に包まれる部室。
その様子を俺は遠くから見つめていた。
心配はない。
きっと乗り越えられる。
大丈夫。
このチームは強くなった。
そんな事を考えながら、俺は気が付くといつの間にか右肘に手を当てていた。
毎日、聖相手に七割程度の力で三十球程、投げ込みはしてるが、肘に痛みは無い。
だが、万が一オレが投げる事になったとして春海相手に抑える事は出来るのだろうか。その時になってみなければ分からない話だが・・・。
抱いた不安——。それが何なのかはハッキリと分からないまま、俺たちは春海率いるきらめき高校との戦いに挑む。
待っていろよ、春海。
ようやくお前と戦える。
勝つのは俺たち、恋恋高校だ!
野球と言うスポーツに興味を持ったきっかけは、何となく、と少し曖昧だ。
小学三年の頃、学校の休み時間の話題は最新のテレビゲームやテレビ番組で持ちきりだった。
放課後は知らない場所に行ってこっそりと秘密基地を作りに行ったり、皆んなで石蹴りして笑いながら帰ったり、普通に暮らしていた。
——しかし、一人。
皆んなと違う少し変わったヤツもいた。
別に浮いている訳では無く、男女分け隔てなく明るく接し、クラスのリーダー的な存在でもある反面、授業中は殆ど居眠りしていたり、珍しく起きているなと思ったらボールを片手に指で弾いたり挟んだりして遊んでいた。
黒髪の癖毛が目立った変なヤツだった。
とある日の給食の時間。その日に行われた小学校のイベントである席替えで、たまたま隣の席に居合わせた『彼』と話す機会があった。
『彼』は、その日、何度も何度も昨日テレビ中継されたプロ野球の試合を嬉しそうに話していると、途端に疑問を投げかけて来た。
「なあ、高柳。お前、野球に興味あるか?」
「野球? 聞いた事はあるけど・・・・・・本格的には知らないかも」
「そっか・・・・・・。そりゃ、残念だ。野球ってのは楽しいんだぜ」
これが『彼』との初めての会話だった。
急な質問だった為かその後、言葉を返せなかったが、気にせず給食のご飯を口にした。
最初は野球やスポーツなんかに興味が無かった。今のまま、普通の暮らしの方が自分に合っていると思っていたからだ。
しかし、それでも何度も話を掛けて来た。
最初はあまりのしつこさに嫌々し、適当に相槌を打ちながら聞いていたが、その『彼』は、話をするたびに目をキラキラと輝かせていた。
その時の自分は、何か夢中になれるものがあると言うその姿が、あまりにも眩しく、そしてどこか羨ましく思えたのだろう。
いつからか昨日の試合はどんな試合だったのか、と自分から聞くようになっていった。
小学四年になる頃、地元のリトルリーグチームである「かっとびレッズ」に『彼』が入ったと聞き、何かに惹かれるように、何かに導かれるかのように自分も辿るように野球を始め、同じリトルリーグチームに入った。
初心者だった自分はひたすら野球に日々を打ち込んで行く事になる。
その度、徐々に野球と言うスポーツが好きになって行くのを肌で感じた。
あの時、『彼』がキラキラと目を輝かせて野球を語っていたのも、思わず頷けるほど、毎日野球をするのが楽しくなっていたのだ。
六年になる頃、遂にレギュラーの座を勝ち取る。自分の任されたポジションはセカンドだった。
そして『彼』は、ピッチャーだ。
守備の時、後ろから眺めていたその姿は、いつ見てもカッコ良く、誇らしくもあり頼もしくも見えた。
いつか戦う時が来たら、その時は絶対に勝ちたい。と、強く心に誓った。
——それが、俺の竹馬の友であり、元チームメイトであり、そして、ライバルでもある小波球太だ。
日が過ぎた頃。
甲子園予選大会三回戦、恋恋高校戦を当日に控えた夜。高柳春海は、一人、自宅の庭でバットを振り続けていた。
——ブンッ!
——ブンッ!
——ブンッ!
金属バットで風を切る。日課である素振りも丁度三百回を迎えた所でホッと一息、吐いた。
球太とようやく戦える。
手が震え、胸の奥から込み上げてくる嬉しさを抑えきれず思わず口元を緩ませて、春海は再びバットを握り素振りを再開した。
「ほんっと毎日毎日、精が出るわね。春海キャプテン」
「ね、姉さん」
「春海? あんたね、もう夜も遅いのよ? オマケに明日は試合なんでしょう? 早く寝なさい」
「ごめんごめん、もう寝るよ」
するとそこに現れたのは、血管が浮くような細い腕と脚はすらっと長く、全身がキュッと小さく、茶髪のセミロングパーマ、白く透き通った艶かしいまでに美しい顔立ちをした春海の一つ上の姉である高柳千波だった。
千波は現在、きらめき高校卒業後、目良、館野と共にイレブン工科大学に進学し、デザイン学部で日夜勤勉に励んでいる大学一年生。
そして、高校時代同様、イレブン工科大学では野球部のマネージャーを務めている。
因みに、今年の大学マネージャー美女特集の取材が殺到しするほど、男子生徒からは人気が高いのだ。
「球太くんと戦えるからってちょっと浮かれてるんじゃあない?」
「それはあるかも知れないね。出来れば球太にはマウンドに上がって欲しいんだ。あいつのピッチングは本当に凄いんだ」
「確かに球太くんのピッチングセンスは猪狩くんや太郎丸くんを上回ってるのは確かよ。それでもきっと無理よ。だって球太くんは、四年前に肘を壊した。春海だって分かってるでしょ? もう昔みたいなピッチングは出来るはずないのよ」
「分かってるよ。それでも、俺は・・・・・・俺たちは球太を必ずマウンドに引きずり落としてみせるよ。そして、俺たちは球太を下して、必ず、姉さんや目良先輩、館野先輩を必ず甲子園に連れて行くから待っててよ」
揺るぎない信念のもと、ギュッと強くバットのグリップを握り締めた。
春海は山の宮高校に敗北した去年のあの日から、悔しさを隠し、来年の夏に、胸に刻んだ約束の日を果たそうと、この一年必死の思いでこの日までやってきた。
「そう・・・・・・。それなら春海! 明日の試合、頑張りなさい! 私も浩輔くんも館野くんも応援してるからね! 負けないでよ! 高柳春海!」
「うん、姉さん。ありがとう」
とびっきりの笑みを見せる千波に、思わず微笑んだ春海。そして、空を見上げて再び強く誓った。
——球太。遂に来たね。
——俺は待ち焦がれていたよ。
——俺たちは負けない。
——勝つのは俺たち、きらめき高校だ!
日曜日。快晴、絶好の野球日和。
地方球場はほぼ満員に埋まるほど人が押し寄せていた。
勿論、殆どの人の目当ては恋恋高校のエースである早川あおいだ。
だがしかし、試合開始十分前。
恋恋高校のスターティングメンバーの発表に対し、球場が騒めきに包まれた。
『九番 ピッチャー 早田くん』
ウグイス嬢の紹介が終わる頃、場内からは溢れんばかりの怒号が飛び交う。
「ふざけんな!!」
「おい!! 俺たちが見たいのは早田じゃなく早川だぞーっ!!」
ざわざわ・・・・・・。
「えー! あおいちゃん、どうかしちゃったのかな?」
「あおいちゃんが投げる見たかったのにー!」
ざわざわ・・・・・・。
そんな声を聞き、早田は顔を陰鬱に沈ませてベンチに座り込んでいた。
「すんませんッッ!!! ほんッとに! 名の知れない自分なんかがマウンドに上がっちゃって、本当にすんません!!」
何度も謝罪の言葉を口にする早田。
「オイオイ・・・・・・小波。この状況は、チョイと予想外過ぎたんじゃあねェのか?」
「ああ・・・・・・。そうかもしれないな」
早川が出ないことに対して、観客が悲鳴に近いブーイングが木霊している。
よっぽど早川は注目を浴びているようだ。
「大丈夫だよ。早田くん! 気にしないで自分のピッチングをして来なきゃね!」
「早川・・・・・・先輩」
早田に励ましの言葉を掛けたのは、早川だった。熱はまだ若干あるものの、試合には出られないけど、俺たちの事を見守りたいと言う本人の意思で、ベンチにいる。
「元はといえばボクが風邪をひいたのが悪いんだから・・・・・・。周りの声なんて気にしないのが一番。プレーするのは早田くんで、周りの人は関係ないよ」
「でも、自分・・・・・・」
早川は早田の口に手を当てて言葉を遮った。
「今日のエースは早田くん、キミだよ。エースがそんな不安な顔してたらダメだよ?」
「・・・・・・そうッスよね! その通り、自分やります!」
落ち込んだ顔は一気に吹き去り、気合いを入れ直して自信に溢れた表情で、早田は一気にマウンドへと駆け出して行った。
「こんなもんでどうかな?」
早川がニコッと笑って、此方を見る。
「上出来だな」
「球太くん・・・・・・。ボクってば、いつもキミに迷惑ばかり掛けて本当にごめんね」
「気にすんなって、俺たちはチームだ。一人で野球やってんじゃあねえよ。助け合いさ」
「うん、そうだね」
早川は俺の右手を急に取り、キュッとその手を握った。
「早川? どうしたんだ?」
「絶対、勝ってね! この試合! このまま負けて終わりなんて、ボク、絶対嫌だから!」
大きい青色の瞳が潤っていた。
負けず嫌いな性格の早川の事だ。ここで負けたら死んでも死に切れないほど、後悔してしまうだろうな。
そんな事には、させないさ。
「ああ、任せておけ。絶対勝つさ」
ニヤリと笑みを浮かべて放った言葉に、早川も釣られる様に笑って小さく「うん」と呟いた後、握っていた手を離し、俺は自分のポジションへと足を踏み出した。
さあ、いよいよだ。
きらめき高校との試合が始まる。
きらめき高校と恋恋高校との試合が終わりを告げたと同じ時間。
別の球場で行われているパワフル高校とブロードバンドハイスクールの試合がもう少しで終わろうとしていた。
九回裏、ブロードバンドハイスクールの攻撃は現在、ツーアウトでランナーは無し。
スコアは六対〇。とパワフル高校がリード。
マウンド上では、黒く小さな目から、いたずらそうな笑いが沸いているかのような余裕の表情を浮かべた麻生が立っていた。
この試合、被安打数は僅か二本、無四球の上に十個の奪三振を奪うなどの完璧なピッチングをしいるその右腕のエースは、去年とはまるで別人の様に楽しそうな感じが伝わった。
カウントはツーストライク。
そして、最後の一人を百四十七キロのストレートで三振へと捩伏せ、パワフル高校は十年ぶりのベスト進出の切符を見事、手に入れた。
「やったな、麻生。これでベスト八だ! 残り三回勝てば何十年ぶりの甲子園出場だ」
麻生が一息つく間も無く、真っ先に駆け寄ったのは、チームのキャプテンを務める戸井鉄男だ。
「チッ! 相変わらず五月蝿ェ野郎だな。オレ様からすればそんな事は知ったこっちゃねぇんだ」
「あ、そう。その割には随分嬉しそうな顔してるじゃあねえの」
「ほっとけ! オレ様はこんな所で勝って満足なんかしねぇし、こんなところで立ち止まるなんて出来ねぇんだ。もっと先に求めるものがあるからな」
麻生は、ギュッと拳を握った。
求めるもの。それはたった一つ、甲子園だ。
去年の大会、そよ風高校に負けたあの日、生まれて初めてチームメイトを頼った日、悔しさ涙を零した日、麻生の何かが変わった。
そして、パワフル高校は強くなった。
「皆、お疲れ様! いい試合だったね」
労いの言葉を掛け、マネージャーを務める栗原舞が麻生と戸井にタオルとスポーツドリンクを渡した。
「はい、戸井くん」
「ありがとう、栗原」
「はい、麻生くん」
「・・・・・・」
「麻生。例の一つくらい言えやしないのか? 折角、栗原が用意してくれたんだぞ?」
「チッ! 余計なお節介だ」
と、舌打ちを鳴した麻生だったが「ま、受け取ってやるよ」と小さく呟いた。
「さてと、次の試合だが。きらめき高校か恋恋高校のどちらかになるのか楽しみだな。なあ、栗原は恋恋ときらめきだとどっちが勝つと思う? 確か栗原は高柳と小波とは幼馴染なんだよな?」
「うん。そうだけど。どっちが勝つかって言われると困っちゃうけどその答えは私にも分からないかな?」
「分からない? 何故だい?」
「春海くんが負けるとも思わないし、球太くんも負けるとも思えない、からかな?」
「なんとも曖昧な・・・・・・」
「でも、一つだけ言える。きっと二人は二人だけの世界で楽しい野球をすると思う。それを見て周りの皆も楽しくなっちゃうと思うな〜。昔からそうだったから」
栗原は、空を見上げて微笑んでベンチを後にした。