実況パワフルプロ野球-Once Again,Chase The Dream You Gave Up- 作:kyon99
「オイ!ㅤ今のは取れねえ球じゃねえだろ!」
ㅤ金属音と同時に罵声が飛び交う。
「赤坂ーーーァ!ㅤ飛び込めよッ!ㅤ抜けてサヨナラだったらどうすんだッ!」
「オッス!ㅤもう一丁、下さいッス!」
「よっしゃ!ㅤその心意気だ!ㅤ行くぞッ!」
ㅤ夏の暑い日差しもだいぶ落ち着き、橙色に空を染め上げる夕暮れ時を迎えた頃、恋恋高校野球部のグラウンドでは、まだ練習をしていた。
「なんだか……また荒れてるね、星くん」
「そうだな」
「そうでやんすね」
ㅤ俺と早川、矢部くん他の部員たちは既に練習メニューを終えていて、部室に戻ろうとしていたが、俺たちは脚を止め眺めていた。
ㅤかれこれ何球ノックを打ったのかすら数える気も起きないほど、まだグラウンドには星と赤坂が残って守備練習を行っていたのだ。
「あいつ……何であんなに荒れてんだ?」
「きっと、昨日の試合のインタビューが原因らしいでやんす」
「ん?ㅤ昨日のインタビューって?」
「あぁー。そう言えば昨日。終わった後に星くんが何人かの記者に囲まれてたのを見た気がするよ」
「へぇーやるじゃん。アイツ。まぁ、大活躍だったし当たり前か」
「そうでやんす!ㅤホームランを二発打った事で記者に囲まれたでやんすよ。その時に、確か言った言葉が新聞ではごっそりカットされてたって事で怒っていたでやんす」
「ん? ごっそりカットされた?」
ㅤ詳しい話を矢部くんから聞いたところ、星は昨日の試合についてこインタビューでこう答えたらしい。
『元チームメイトである悪道くんから二本のホームランを打っての大活躍と言う訳ですが、それについての感想はありますか?』
ㅤと言った問いに星は……。
『ホームランなんてどうって事はねェ!ㅤそんな事よりも女性の皆さん!ㅤ今日のこの俺、星雄大の活躍をちょっとでも気になったなら、いつでも恋恋高校に来てくれ!ㅤ俺はいつでも大歓迎だ!ㅤ特に可愛い娘は是非とも俺に惚れてくれ————』
ㅤこう言った内容だったようだ。
「はぁ……」
ㅤ呆れ返り、言葉も出なかった。
ㅤもちろん、矢部くんが言った通りその部分は新聞に載ることは無く、虚しくも星へのインタビュー自体が無かったことにされたらしく、ただの試合の内容だけが記されていただけだった様だ。
ㅤ女の子の気を引きたい為にくだらない事を言う星も何処まで行ってもやっぱり星だな。
ㅤそれにいざ実際に女の子を前にすると急に上がるのは明白だ。
「ったく何してんだよ。星の馬鹿野郎は」
「全く呆れるね……。そう言えば星くんはまだ諦めてなかったんだね。モテモテライフの事」
「くだらねえのにな」
「ちょっと!ㅤそんな事言わないで欲しいでやんす!ㅤそれにオイラだって諦めてないでやんすよ!ㅤ女の子にチヤホヤされるのをずっと夢見てるでやんす!」ㅤ
「…………」
「…………」
ㅤキリッと眉を上げ、ドヤ顔で矢部くんが言うが、俺と早川は真顔のまま、スルーをして話を続けた。
「それよりも明日は球八高校と、だな」
「う、うん。……そうだね」
ㅤ歯切りの悪い返事、いつもは闘志丸出しの意気込みを見せる早川だが、いつになく無い元気の無い返答に思わずチラッと、早川を見た。
ㅤ顔を俯いたまま、あまりにも珍しく自信無さげな表情を浮かべていた。
「…………」
ㅤそれもそうだろうな。
ㅤ次の相手は早川の元チームメイトである矢中智紀が投げるからだ。
ㅤオマケに早川と同じアンダースロー投法と言う点では、向こうはアンダースロー対策は万全の状態であることは間違いないだろう。
ㅤ球八高校打線にある程度打たれてしまうかもしれないと言う事も早川自身、解っている。
ㅤだから今、そんな顔をしているんだろう。
ㅤそれでも、大丈夫だ。
ㅤ打たれたならその分俺たちが打ち返してカバーしてやる。
「だから、そんな顔をするな。お前は自信を持ってマウンドに立て」と念を込めて軽く早川の背中を叩いた。
「——えっ!」
ㅤ急にどうしたの、と言わんばかりにビクッと驚いた反応をした。
ㅤそれに思わずクスリと笑ってしまった。
「早川、明日の試合。絶対、勝とうな」
「うん!ㅤそうだね!」
ㅤさぁ、明日は球八高校戦だ。
ㅤ
◯
ㅤ乾いたミットの音が一定のリズムパターンをきざむように鳴り響いた。
ㅤ時刻は夜の二十時を過ぎていて、グラウンドの片隅にある小さな長方形の小屋に灯りが灯っていて、グラウンドにもその小屋の周りにも人影は誰一人見当たらない。
ㅤただし、中にいる二人を除いては……。
ㅤスッと身体を降ろし、地面スレスレから腕を振り抜いたボールは綺麗な放物線を描いて十八メートル先に構えるミットへと投げ込まれ、ミットを動かすことなく見事に突き刺さった。
「ふぅ……こんな所かな?」
ㅤ滴る汗を拭い、満足した表情を浮かべて球八高校野球部のエースにしてキャプテンを務めあげる矢中智紀が呟いた。
ㅤ可愛らしい童顔に野球選手としては余りに背が低いのが特徴的だ。
「まぁ……こんなもんだろう」
ㅤ球八高校特色の緋色に染め上がるキャッチャーマスクを外しながらバッテリーを組む滝本雄二がニヤリと笑みを浮かべて言う。
「ストレート、変化球共にコントロールの乱れはほぼ無いな。それどころか、ここに来てキレがまた一段と増したな」
「なら、問題は無いね。雄二、ここまで付き合わせて悪かったよ」
「ふっ……俺は良いさ。明日は試合の筈だがこんなに投げ込むのは何か理由があるのか?」
「明日は恋恋高校との試合、と言えども気を引き締めないと行けないからね」
ㅤ矢中は投げ込んだ後、真っ先にクールダウンをする為にジョギングを始めた。その隣に滝本もついて並び明日の試合の話をしていた。
「お前が警戒しているのは小波球太か?」
ㅤ眉を釣り上げて滝本が問いかける。
「いいや」
ㅤ矢中は首を横に振る。
ㅤそして真っ直ぐに前を見つめたまま答えた。
「確かに小波くんは警戒した方が良いと思うけど……俺が警戒するのはあおいの方だよ」
「早川あおい、か……お前がそこまで警戒するのは何故だ?ㅤ神島のデータではそれ程手こずる相手では無いだろ?」
「だからこそ警戒しなくちゃ行けないのさ。神島さんのデータには無いあおいの強さを何よりも誰よりも俺自身が一番分かってる」
ㅤその言葉を口にした時、意思の強さが滲み出ていた。一瞬、滝本は矢中が何を言っているのか分からなかったが、すぐさま理解出来たようで「そうだな」と小さく呟いた。
「なあ……智紀」
ㅤジョギングの強度を徐々に下げていく。
「なんだい?」
「俺はお前に感謝している」
ㅤその言葉にピタッと足が止まった。
「ははは。どうしたんだよ、急に」
ㅤ少し驚きながらも笑う矢中だった。
ㅤそれはそうとも普段から無口で学校でも野球部以外の生徒を寄せ付ける事など無い。
ㅤ百八十センチを超える長身と強面の顔立ちをしていてる正に見た目からして圧倒的威圧感を放っているあの滝本が、絶対に言わないであろう『感謝』の言葉を使うことに対して驚いたのだ。
「ふと思うんだ。もしかしたら"あの日"お前に会わなければ俺も浩平と同じ道を選んでいたのかも知れないからな……」
「…………」
「お前に会えたから今の俺がいる。野球を楽しくやれている俺がいる……そんな気がする」
ㅤ少しの間を空けて、矢中は笑った。
「そうか……。それなら俺は雄二の為にも皆の為にも明日は勝たなくちゃならないね」
ㅤ矢中はグッと拳を握りしめた。
ㅤ真っ直ぐに見据えた瞳には何を見つめ、何を捉えているのかは矢中智紀と滝本雄二の二人にしか解らないモノだった。
◯
ㅤ
ㅤそして、翌日を迎えた。
ㅤ雲の流れは速く、そして灰色混じりの雨雲が覆い時刻は午前十一時を過ぎた。
ㅤ球八高校戦とのプレーボールまで残り一時間を切った頃、俺たちは球場の隣にある小さなグラウンドで身体を動かしていた。
ㅤ昨日の練習は軽い調整メニューで切り上げた為、それぞれのコンディションは極亜久高校との試合からそのまま好調を維持出来ている。問題は無いだろう。
「それにしても遅いな、はるかさん」
ㅤトスバッティング百球の丁度百球目をネットに叩き込んだ星が周りを見渡し、心配そうな表情を浮かべながら言う。
「まぁ無理もないよ。ジャグラーボックスに入れる氷が誰かさんが倒しちゃったんだから」
「はァ??ㅤ俺のせいかよ!?ㅤなんなら矢部の方にも非があるんじゃあねェのか?」
「なんでオイラでやんすか!」
ㅤそれは、ついさっきの事だった。
ㅤ七瀬が試合を控えている俺たちの為に特製のスポーツドリンクを作ってくれて、用意していた大容量のジャグラーに入れる為のロックアイスを星と矢部くんが悪ふざけでどれだけ口に頬張れるか、と言う子供みたいに遊んでいた。
ㅤ二人は負けないと次から次へと口に入れ込み用意してくれた氷はあっという間にスッカラカンになってしまったのだから。
ㅤそれに対して早川は激怒し二人には得意のげんこつがお見舞いされた。
ㅤ星と矢部くんの二人が責任を持って買いに行くと言い出したが『大事な試合前だから』と七瀬が言い張り、五分圏内にあるコンビニにまで七瀬が一人で買い出しに行くことになってからもう既に早三十分程の時間が過ぎていた。
ㅤ余りにも遅すぎる為、星も早川も少し不安がっていた。
「遅い……遅い……あぁーーはるかさん!」
「もう……はるかってば何処まで行っちゃったんだろう」
「あーーッ!ㅤもう駄目だ!ㅤ心配し過ぎてどうにかなりそうだぜ!ㅤこうなったらちょっくら俺が行くしかねェ!!!」
「それはダメだよ!ㅤ星くんが行くよりボクの方がはるかは安心するよ!」
「あン?ㅤそりゃテメェ、一体、どう言う意味だよ!」
ㅤ
ㅤ随分と騒がしいな……。
ㅤバッテリーで何を言い争っているんだ。
ㅤお前らな?ㅤいいか、もう試合前だぞ?
ㅤここはキャプテンとして此処は二人をキチンと宥めなければならないな……よし!
「お前らな、少しは落ち着けよ!ㅤ七瀬はちゃんと戻ってくるから大丈夫だって——」
「お前にはるかさんの何がわかるんだ!」
「球太くんにはるかの何が分かるの!」
ㅤ二人は同時に叫んだ。
ㅤ俺は思わず目を見開いたまま口をポカーンと開け、言葉も出なかった。
ㅤお、おいおい……さっきまであんなに言い合って居たと言うのに、試合では滅多に合わないモノをこんな所でピッタリと呼吸を合わすなよな!
「七瀬は多分、大丈夫だろ?」
「なんだか心配なんだよね……はるかって体弱いし少しおっちょこちょいな部分もあるからしっかりした人がいると助かるんだけど……」
「なら俺に任せな!ㅤはるかさんは俺が一番に幸せにしてやれる!」
「…………」
「なら俺に任せな!ㅤはるかさんは俺が一番に幸せにしてみせるぜ!」
「…………」
「なら俺に任せてください!ㅤはるかさんは俺がきっと幸せにしてみせますから!」
「…………」
ㅤ星、いい加減気付け。
ㅤ早川に完全フルシカトされている事に……。
「星くんが駄目ならオイラに任——ダブッ!」
「うるさいーーッ!!」
ㅤ——パチンッ!!
「オイラまだ何も言ってないでやんす!!」
ㅤ大きな音を立てた早川の今日早くも二回目の制裁が星と矢部くんに降り掛かった。
ㅤ全く……自業自得だな。
ㅤ
——小波達の茶番から約三十分前。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
ㅤ雨雲が色濃くなって来た。
ㅤどうやら天気予報通り雨が降るらしい。
ㅤ球場の周りを走る青年は空を見上げて少しはにかんだ笑顔で脚を進める。
ㅤ青年、球八高校の矢中智紀は試合前のウォーミングアップをしていた。
ㅤ低めの身長にピッタリであり、高校三年生と言えば驚かれ中学生に見間違えられる程の童顔をした矢中は、試合に向けての調整を行っていた。
ㅤ
——あおいとの戦いが楽しみだ。
ㅤ思わず口角が上がる。冷静を装うものの込み上げてくる感情には逆らえず、いつになく闘志あふれる顔付きをしている事を矢中自身は分かっていた。
「ふぅー」
ㅤ折り返し地点にたどり着きピタッと脚を止めて首にかけたタオルを取って流れる汗を拭う。
ㅤ今日は好調を通り越して絶好調だ。
ㅤ軽いストレッチを行い再び走り出そうとした時だった。目の前を歩く同じ年であろう茶髪の女生徒が大きいビニール袋を危なげげに抱えて歩いていた。
「大丈夫かな?ㅤなんだか心配だな……」
ㅤ矢中は小さく呟いた。
ㅤフラフラと歩く姿を眺めるものの、気になり過ぎてジッとしているのも気分が悪くなり、矢中はその女生徒の所まで近付いて行き、声をかけた。
「あの……大丈夫ですか?」
「えっ?」
「いや……その……荷物が重たそうだし、代わりに持ちますよ?」
ㅤ二人は此処で目が合った。
ㅤ綺麗な髪をしている人だ、と後ろ姿を眺めていた矢中はその女生徒の顔を正面から見ると思わずドキッと胸が一瞬高鳴った。
ㅤその感覚は、女生徒も同じだった。
「だ、大丈夫です!ㅤもう少しで着きますのでご心配下さってありがとうございます!」
ㅤ慌てふためき、見つめ合っていた視線をややズラし、顔を真っ赤に染め上げながら言う。
ㅤいらぬ心配だったか……と、矢中は申し訳無いと苦笑いをしたが、その女生徒の服を見るなり問いかけた。
「あれ?ㅤその制服……もしかして、恋恋高校の人ですか?」
「は、はい!ㅤそうですけど……あなたは?」
ㅤ視線をズラしていた女生徒は問いかけるなり視線をキチンと向け矢中の顔を見た。
ㅤ矢中の羽織る緋色を基調としたウインドブレーカーを見つめると、女生徒はハッとした表情になった。
「球八高校の方……」
「球八高校の矢中智紀です。恋恋高校の早川あおいとは昔ながらの幼馴染なんですよ!」
「私は、恋恋高校のマネージャーの七瀬はるかと言います!ㅤ私もあおいとは仲良くさせていただいてます!」
ㅤ試合開始一時間前。
ㅤ矢中智紀と七瀬はるかの二人が初めて出会いだった。
「良かったら、あおいの昔話を聞かせて貰えませんか?」
「えっと……少しだけなら」
———。
ㅤ時刻は十二時を回った。
ㅤ夏の甲子園大会予選の第二試合目、恋恋高校と球八高校との戦いは先攻・球八高校から試合が始まる。
ㅤあの日……初めて球八高校と練習試合をした時と同じく濃いネズミ色の空が覆い、ポツポツと小さな雨が降り注いでいた。
ㅤ俺たちは既にベンチの前に立ち、球審の合図を待つ。
ㅤロックアイスを買い出しに出かけ中々帰って来なかった七瀬は十分ほど前に戻ってきた。
ㅤ顔を真っ赤に紅潮させていて何やら様子が可笑しかったが、深くは追求はしなかった。
「集合ッ!」
ㅤ両校ベンチ前に並び、球審の甲高い合図と共に「行くぞッ!」の号令を後に「オゥッ!!」と元気良く声を張り上げてホームベースへの向かって勢いよく駆け出した。
「いよいよ、始まりますね」
ㅤその様子を興味津々な表情を浮かべ、それぞれの定位置へと走って行く恋恋高校のナインを見つめ、手に握るアイスコーヒーのカップを握りしめた中年の男が呟いた。
「早川くんと矢中くんの両チームアンダースロー対決!ㅤこれは或る意味見ものですね!」
ㅤ高鳴る胸の鼓動を抑えきれず鼻息を荒く散らす男の隣にはやれやれと首を捻り、三十五度を超える真夏なのに対して深くニット帽を被り立派に伸びた髭が風に靡かせる小柄な老人がひっそりと座って居た。
ㅤその男の名前は影山秀路。
ㅤプロ複数団の高校生部門専属スカウトの一人であり、今まで数多くの選手をプロ野球界へ送り込んだ実績のある人物である。
「及川くん。浮かれるのも分かるが、私たちの仕事はあくまでも"プロ"で"通用する選手"かどうかを"見定める"のが仕事だ」
「影山さん、分かってますよ!ㅤスカウトの端くれとして、また高校野球ファンとしてやっぱりこの感情は、どうしても抑え切れないモノがあるんです!」
「それなら良いのだが……」
ㅤこれ以上言っても及川と言う男には何一つ届かないのだろうと諦め半分占めた不敵な笑みをこぼしてグラウンドをジッと見つめた。
ㅤお手並み拝見と行こうか……。
ㅤ先攻・球八高校先発オーダー
ㅤ一番ㅤセカンドㅤ塚口遊助
ㅤ二番ㅤショートㅤ中野渡恒夫
ㅤ三番ㅤセンターㅤ藤原克樹
ㅤ四番ㅤキャッチャーㅤ滝本雄二
ㅤ五番ㅤピッチャーㅤ矢中智紀
ㅤ六番ㅤファーストㅤ田里 豊
ㅤ七番ㅤライトㅤ座安直樹
ㅤ八番ㅤサードㅤ服部大
ㅤ九番ㅤレフトㅤ如月恭一郎
ㅤ守るのは恋恋高校、先発のマウンドを託された早川あおいが足場を均して軽く帽子のツバに手を置いた。
ㅤ霧雨が降り注ぐ中、球審の合図と共に大きなサイレンが地方球場に木霊した。
「プレイボールッ!」
『一番ㅤセカンドㅤ塚口くん』
ㅤ球八高校の核弾頭である右打ちの塚口が打席に構える。ぎゅっとグリップを握りしめるなりギラリと、両の目を見開いて早川を威嚇した。
ㅤその威嚇に負けじと早川も強く睨み返してからの初球だった。
ㅤ早川は星の構えるインコース低めへとストレートを放り投げた。
ㅤキィィィィン!
ㅤ足を踏み込み鋭く掬い上げる様にして、ボールをバットの芯で捉えた。
ㅤグングンと打球は左中間の間を突き抜けスリーバウンドで勢いよくフェスンに当たった。
ㅤ雨の影響でグラウンドのコンディションはイマイチ悪い。その足場が悪い状況の中、俊足を飛ばしてセンターの矢部くんは打球を処理して中継へとボールを投げるが、塚口は余裕でセカンドへと到達していた。
ㅤ前回の練習試合の時にもそうだった。
ㅤ一番打者でありながらも見極めもせず初球から打ちに来ると言う積極的なバッティングは注意が必要だが、それ以上に脚の速さにも気を付け無いとならないな。
『二番ㅤショートㅤ中野渡くん』
ㅤ続いては早川の元バッテリーの中野渡。
ㅤ前回の試合ではHシンカーが棒球になった所をホームランにされたな。
ㅤ恐らくこのバッターには早川が投げる際に身体の僅かな動作でも変化球を投げるのか、ストレートを投げるのかの癖を既に把握し見抜いているだろう。
ㅤノーアウト、ランナー二塁。
ㅤピンチだが焦るなよ、早川。
ㅤ——シュッ!
ㅤ対する初球はアウトコースへ曲がるカーブを見送りストライクコールが鳴る。
ㅤバッターボックスから足を外して確かめるように二度ほど素振りしてから再びバッターボックスに入る。
ㅤ二球目。星が提示したのはアウトハイへのストレート。
ㅤセカンドランナーの塚口をチラッと目で牽制してから身体を落とした瞬間、塚口はスタートを切る。
「星先輩ッ!ㅤランナー走ったッスよ!」
ㅤショートの赤坂が声を掛けるが、少し遅かった。既にリリースポイントからボールは放たれていて中野渡は強振でバットを振り抜いた。
ㅤ———キィィィィン!
「ヤバッ!ㅤ少し詰まっちまったか!?」
ㅤ中野渡が小さな舌打ちを鳴らして打球は大きなフライをレフト方向へと打ち上げた。飛距離は出てない……この打球は守備範囲からは浅めで捕球できるはずだから、三塁ランナーの塚口はタッチアップは出来ないだろうと、俺たちは誰もが思っていた。
ㅤ
ㅤそして、山吹が声を張り、手を上げて落下地点で難なくボールを捕球した。
「アウトッ!」
ㅤ三塁塁審が声を上げたと同時に、三塁コーチャーは塚口に向かって「行けッ!!」と指示を促して、ベースを蹴り上げてホームへと俊足を飛ばした。
「ラ、ランナー走ったぞ!!」
「山吹先輩!ㅤバックホームッス!」
ㅤ——シュッ!
ㅤ助走をつけて腕を塗り抜き、星の元へと矢の様な送球を投げるものの塚口の脚の方がホームに辿り着くのが速かった。
「セーフッ!」
ㅤ球審のコールの合図と共に緋色一色に染まった球八高校の応援席からは歓声が湧き上がる。
「ナイスバッティングだよ、雄助!」
「へへ、これでも詰まっちまったんだがな。まぁ、俺としては上出来だろ?」
ㅤレフトフライに打ち終わった中野渡がベンチに引き返すと、キャプテンである矢中が真っ先に中野渡の元へと駆け寄り声を掛けた。
ㅤ良くやってくれた。
ㅤその言葉を矢中が口にしなくとも伝わる熱意ある視線に、中野渡は更に試合に対してのテンションが上がった。
「先ずは一点。この一点を大事にして、恋恋高校に勝とう!」
「オウ!!」
ㅤ