実況パワフルプロ野球-Once Again,Chase The Dream You Gave Up- 作:kyon99
「どう言う訳だ?」
「あ?」
ㅤと、犀川は後味が良くない顔で呟いた。
「星の采配をいとも簡単に読めるお前も俺も思っていた所と違った所に投げ込まれて抑えられたぞ?」
ㅤ犀川が投げかける言葉に、悪道浩平はギラッと鋭く睨むつける。まるで身体中に怒りが激しく波打つかのように荒々しい表情だった。
「はン?ㅤそんなのこの俺が知るわけねェだろ?ㅤけど、臆する事は一つもねェよ。彼奴らが俺の『ドライブ・ドロップ』をバットに当たることはねェ限り点は入らねェ……それに俺たちはこんなくだらねえ甲子園を掛ける戦いに最初から興味なんぞねェンだからよ」
ㅤ悪道はギュッと力強く拳を握り歯を食い縛っていた。二年前に負けた悔しさは決して消える事なく怒りに満ち溢れている。
ㅤそして、悪道は言葉を続けた。
「気に入らねェ……。俺は小波を潰し、星と矢部、恋恋高校共の絶望に満ちた青ざめた顔を拝めればそれで良い」
「……そうか。次はその小波からの打順だ。その怒りは投げる時にぶつけるんだな。冷静さを失って狙い通りの"小波潰し"で行く事を忘れるなよ?ㅤ浩平」
「ああ、任せておけ」
ㅤ不敵な笑みで悪道と犀川の二人はグラウンドへと向かう。
ㅤ照りつける日差しが肌を焦がすかのように熱い。
ㅤ澄み渡る空には雲ひとつ無い。
ㅤ絶好の野球日和って訳だ。
ㅤ確か今日の天気予報は一日中快晴で、お昼過ぎになると気温がガッと上がって最高気温は三十六度を超えると朝のニュースで天気予報士が言っていたっけ。
ㅤ試合は両チーム無得点のまま二回の表の攻撃に入り、打順は四番の俺から始まる。
ㅤマウンドでは悪道が投球練習を行う。
ㅤ与えられた三球目を投じ、勢いのあるストレートが犀川のミットへ吸い込まれた。
『恋恋高校の攻撃。四番ㅤファーストㅤ小波くん』
「球太くん!ㅤ頼んだよ!」
「浩平の野郎をギャフンと言わせてやれ!」
ㅤウグイス嬢のアナウンスが場内に響き渡ると共にネクストバッターズサークルから歩き出し右打席に構えた。
ㅤグッとバットを握りしめて悪道を睨む。
ㅤどうやら向こうも俺の視線に気づいたようだった。睨み返してくる冷たい視線にニヤリと緩む口元に何か企んでいそうな違和感を感じた。
ㅤそれが全く何なのか解らないまま、悪道は投球モーションへと移り、大きく踏み込んで右腕を振り抜いた。
ㅤその初球。
「——ぐッ!?」
ㅤドゴォ!!ㅤ硬球特有の鈍い音を立てる。
ㅤその瞬間、俺はバッターボックス上で蹲り肩を抑えて倒れ込んだ。
ㅤ悪道が放り投げた百四十七キロをマークしたストレートは避ける間も無く俺の左肩を躊躇なく抉ったのだ。
ㅤそして……。
理解した。
ㅤさっき違和感を感じたのは、悪道は最初から俺との勝負などするつもりは無く、デッドボールを与えるつもりだったという事だ。
ㅤ今まで相対したどのピッチャーもいつも打席に立って感じていたモノが悪道にはなかった。
ㅤ相手を捩じ伏せる為に攻めの先手の一手でもある。気持ちから勝ちに行く闘志が今の悪道には全く感じ取れなかった。
ㅤ
「あの野郎ォ!ㅤふざけやがって!ㅤ今の球ワザと小波に当てやがったな!?」
「球太くん!ㅤ大丈夫!?」
「大丈夫でやんすか!?」
ㅤ倒れ込んだのを見過ごせなかった星と早川と矢部くんが勢い良くベンチから飛び出して俺の元へと走ってくる。
ㅤまず俺の事を起き上がらせてくれたのは早川だった。デッドボールを受けた俺にビックリしたせいか早川の顔がやや少し青ざめて見える。
「浩平、テメェ……」
ㅤギリリリと歯を鳴らし、星が溢れかえる怒りで早川とは対照的に顔を紅潮させながらも何とか怒りを堪え悪道を鋭く睨むつけていた。
ㅤ帽子を取って、軽くペコリと会釈をする悪道だがその表情は悪びた様子は無く、更に星の怒りを煽り立てる。
「——ッ!? このヤロォ!」
「待て、星」
「小波!?」
「俺は大丈夫だ」
ㅤガッと左肩を抑え、俺は星を宥めた。
ㅤズキズキと痛みが走る。
思わず顔が歪んでしまったが、今にも悪道に向かって殴りかかりそうな星を抑える為には大丈夫だと言う安心感を与えるのが何よりも効果的だ。
ㅤ早川の肩を借りてゆっくりと立ち上がり一塁へと歩いて行き、三人は心配そうな表現を浮かべながらベンチへと引き下がって行く。
ㅤ
ㅤノーアウト一塁。五番打者の山吹が打席に構えた。
「球太くん……本当に大丈夫かな?」
「一応、心配無いようには見えるでやんすが……」
ㅤ恋恋高校のベンチでは、星と矢部、早川は一塁ランナーの小波に目を向けている。
ㅤすると星は打席に入った時、犀川が口にした言葉を思い出した。
『そして理解したのさ。勝てないのなら勝てば良い……勝てないのなら潰せば良い、とな』
「チッ!! あの言葉・・・・・・そう言う意味だって事かよ!!」
ㅤバッと立ち上がる星。冷や汗混じりで焦りの表情を浮かべる。
「星くん、急にどうしたの?」
「いや、最初から彼奴らは小波との戦いなんて望んじゃいなかったっね訳だ!!」
「え?ㅤちょ、ちょっと星くん!ㅤそってどう言う意味?」
「さっき俺が打席に入った時だ。犀川の野郎がわざわざ俺に言ってきたんだ。『勝てないのなら潰せば良い』ってな」
「だからって悪道くんはワザとデッドボールを投げたってことでやんすか!?」
「いや……『潰す』と言っておきながら目的がただ小波にボールをぶつけるって事だけを指すってのなら何の心配はねェ。・・・・・・ただ何か違う様な、他に何か企んでいる様な、嫌な予感がしてならねェ」
「…………」
ㅤ痛みが治らねえ。
ㅤ渾身のストレートをまともに喰らった後だ。
痛みが引くのはまだ時間が掛かるだろう。
ㅤ俺は一塁ベースからリードを少し取って悪道を見ていた。至って冷静。俺へのデッドボールに影響は全くなさそうだ……。ま、最初から狙ってたんだからそりゃ動揺も何もある訳じゃない、か。
ㅤカウントはツーボール、五番打者の山吹に対して三球目を投じ、アウトコースのストライクを取った。これでワンストライク・ツーボール。バッティングカウントだ。
ㅤ肩をなぞりベルトに手を触れ、ヘルメットのツバを軽く擦りサインを出す。
ㅤサインは、ヒットランだ。
ㅤ頼むぞ、山吹。ゲッツーだけは避けてくれよな。そして、俺は走る為、大きく一歩、リードを深く取った
ㅤそれを警戒したのか、勘付いた悪道が解るようにピッチャープレートから脚を外し、ヘッドスライディングで戻ると同時に牽制球をファーストへと投げる。
ㅤ悠々セーフ。
ㅤだが、牽制球は僅かに逸れる。
ㅤファーストが「おっと……」と声を漏らし捕球するなり今度は右肩を目掛けて、ファーストミットを叩きつけられた。
ㅤバシィィッ!!
「——痛ッ!!」
「セーフ!!」
ㅤ痛ッてえー!!ㅤこのファースト、プレーボール前に矢部くんをあざ笑ってた悪道の取り巻きの一人だな。
さっきの死球同様、此処でも同じくワザとラフプレーをやって来たって事かよ。
セーフと分かっていながらも、まるで虫を叩き殺すように有りっ丈の力を込めてタッチプレーをして来やがった。
オマケに塁審には見えない絶妙な死角を意図的に狙っている。
ㅤへへ、随分とやってくれるじゃねえか。
ㅤこれで極亜久高校の企みが漸く分かった。どうやら全員が"俺狙い"の様だな。
ㅤと言う事は、この試合これからの打席では俺は悪道に死球を狙われ続け、塁に出てみれば今みたいに同じ事を繰り返されるって事か。
ㅤドシッ!
ㅤ俺は一歩多めにリードを取る。
「小波ィィ……。テメェ……俺たちの目論見を見抜いた上で更にリードを取るつもりか!?」
ㅤㅤ
ㅤ激しく威嚇した眼光が俺を包む。
ㅤそう睨むんじゃねえよ。
ㅤ此処で狙われてる事解ってて「はい、そうですか」ってビビって踏み留まる程……俺は利口じゃねえんだぜ?
ㅤ——なぁ、聞こえるか悪道。
ㅤ——お前は野球が好きか?
ㅤ——お前に取って野球はなんだ?
ㅤ悪いけど、俺は先を約束を叶えるため、彼奴らを先への景色を見せる為に戦ってる!
ㅤ此処で踏み止まったら先には進めず、勝ちにも行けねえんだよ!
ㅤその後、十球連続牽制球を投げ込む。
ㅤ右肩を四回、背中に強く二回、顔面に二回とこれでもかと言うくらい容赦ないラフプレーが俺を襲った。
ㅤそれでも俺はリードを深く取り続ける。
ㅤ心が折れない覚悟は悪道、犀川にも伝わった様で此処で漸く山吹との勝負に出る。
ㅤサインは変わらずヒットエンドランだ。
ㅤ脚を上げたら、直ぐに走る。ただそれだけ。
ㅤ肩越しに俺を睨みつけて悪道は脚を上げた。同時に俺はスタートを切る。
ㅤ高めに投げ込まれた球速のあるストレートを山吹は一心不乱に振り抜いた。
ㅤ——キィィン!
ㅤ快音を残し、打球はセカンド方向の流し打ちとなり、ライトへと流れていく。
「よっしゃ!!」
ㅤ山吹は手を叩き、一塁を踏み込んだ。
ㅤナイスバッティングだ、山吹!
ㅤスタートを巧く切ることが出来た俺は、二塁ベースを蹴り上げて三塁へと脚を進める。
「チッ!! ライトォォォォォ!!!!ㅤ小波の野郎を決して三塁を踏ませるなァッ!ㅤ此処で刺し殺せェェェェェェェェ!!」
ㅤ腹の奥底から一気に喉元へと突き上げる無遠慮に叫ぶ大声を上げて悪道が怒鳴る。
ㅤその叫び声が空に響き渡るも虚しく、ノーアウト一塁・三塁のチャンスへと繋がった。
「こ、小波先輩……大丈夫ですか?」
「はぁ……はぁ……。お、おう。俺は大丈夫だ」
ㅤ三塁コーチャーを任された椎名が眉を顰めて心配をしてくれたので、ニヤリと余裕の笑みで返した。
本音を言うのであればこれ以上辛い事は無い、が言ったところで悪道達が死球を投げて来なくなるわけでも無いのは分かっているし、チームメイトにも心配させるのも悪いから言わないでおく事にした。
「……流石に酷いね。見るに耐えないプレーだ。こんなのは野球じゃないよ」
ㅤ不満そうな顔つきで腕を組みながら、球八高校の矢中智紀が言葉を吐いた。
「これが極亜久高校のやり方って訳か……」
「噂通りエゲツない野球がお好きな連中がやりたそうなプレーだな。こりゃ、
ㅤ矢中の言葉に頷き、塚口が顰めっ面を浮かべながらグラウンドを眺める。
「本当に野球が好きなのかね、彼らは」
「さぁな。野球を好きかどうかなど知らんが、浩平はただ楽しむ野球を踏み間違えたって事だ」
「踏み間違えた? それはどう言う事だい?ㅤ雄二」
ㅤ矢中智紀、塚口、中野渡の三人の視線が一気に滝本へと向かれる。滝本は目をマウンドに立つ悪道を見るなり、口を開いた。
「かつて彼奴も中学生になる前は、ただの野球少年だったからな」
「な、何っ!?」驚愕する三人。
「ん……そんなに驚く事か?」
ㅤ意外そうに雄二が言う。
「そりゃ驚くに決まってんだろッ!?ㅤスポーツマンシップなんて皆無で極悪非道の悪道浩平が『実は昔は純粋なる野球少年でした』って言われて『へぇ〜なるほど、そうだったんだ〜』……ってなるとでも思ってんのか?ㅤ普通に考えてよ! なる訳ねえだろッ!!」
「雄助……焦るな」
「別に焦ってねえよ!ㅤて、言うか何に焦るんだよ?」
「それは悪道浩平にきっかけを与えた何かがあったって事だろ?ㅤ雄二はそれを知ってるんだね?」
ㅤ矢中が真っ直ぐな瞳で問う。
ㅤコクリ、と滝本は無言で頷いた。
ㅤノーアウト。一、三塁のチャンス。打順は六番打者の海野へと廻る。
ㅤ既に息が上がっている小波をいち早くホームに生還させたいと言う一心でバットを握りしめるものの、簡単にツーストライクへと追い込まれる。このカウントになると、やはり待ち受けていたのは悪道浩平の得意球である『ドライブ・ドロップ』が投げ込まれ、鋭い変化をする魔球にはバットを掠る事もなく空振りの三振に仕留められてしまう。
ㅤ対する海野を打席に迎えたその間、三塁ランナーの小波に牽制球を何度も投げつけた。容赦無い攻撃は、塁上にいる小波にダメージを与え続ける。
ㅤそして、ワンナウトとなり、七番打者である御影、八番打者の毛利を続けて三振に斬って恋恋高校はチャンスの場面で得点を挙げることは出来ずに二回表の攻撃が終わってしまった。
「クソッ!ㅤ折角のチャンスだったのに!」
ㅤ先制のチャンスにバットに掠ることすら出来ずに三振に打ち取られた海野が自分の非力さを悔やむように唇を噛み締めていた。
「……すまない。小波」
「落ち着け海野。俺は大丈夫だって」
ㅤそう、小波は笑顔で宥めた。
「だけど、お前……」
ㅤミットで叩かれ続けた俺のユニフォームには無数の砂埃が付着していて、顔も数回ミットと叩かれた為、鼻血が出たのだろう……片方からは擦ったように薄れた血の跡もあった。
「小波さん……冷えたタオルです。鼻血が出てますので、これでお顔を拭いてください」
「ありがとう。七瀬」
ㅤベンチに戻るなりすぐさま小波の元へと駆けつけたマネージャーの七瀬は、心配そうに眉を下げていた。
「悪りィな。小波」
「らしくねえな、星。なんでお前が謝るんだ?」
「打席に立った時、犀川がお前を潰すって囁いて居たんだけどよ……冗談だと思ってスルーしてた。先に言っとけばこんな事にはならなかったんだよ」
「そっか。俺はあのバッテリーの罠にまんまとハマっちまったって事か……してやられたって事だな」
「してやられたって……小波くん、それは余りに呑気でやんすよ!」
「そうだよ!ㅤ球太くん!ㅤキミはこの試合まともに勝負してくれないし、塁に出たらまたラフプレーされ続けるかもしれないんだよ?」
「そうだな!」
「いや……そうだなって!」
ㅤははは、と笑い大きな声で小波は一言「大丈夫」と言った。
ㅤあんなプレーがあったのにも関わらず、他人事の様に笑い、そして冷静で、オマケに余裕があるように見える小波に、恋恋高校のメンバーは誰もが不思議に思った時だった……。
「でもさ、俺がまともに勝負出来なくなったとしても、それでもお前らが悪童から打ってくれるんだろ?」
ㅤそう小波は言った。
ㅤ例え自分の打席にデッドボールが待ち受けていて、その先にラフプレーが待っていようとも塁に出た以上は、皆んなが俺をホームに返してくれると信じている。なら、俺はそのチャンスを作るキッカケになると……。
ㅤその言葉を受けて、星たちの表情がガランと変わった。
「ハハ……テメェは正真正銘の大馬鹿野郎だな、小波!ㅤ釣られる為にこっちから餌に飛びつこうって訳かよ!」
「ああ、そう言うことだ。俺ばっかり狙いを定め、見向きもしなかった獲物の方が実は厄介な相手だったかも知れねえのは知りはしねえけどな。期待してるぜ?ㅤお前達」
ㅤ悪戯な表情で小波はグローブを手に取る。
ㅤその言葉に他の皆は小波から『任せた』と背中を押された様な気がした。
「へっ!ㅤ俺たちのキャプテンは毎回毎回随分と好き勝手言ってくれるじゃねェの!ㅤそれなら見せつけてやろうじゃねェの!!ㅤあの勘違いバッテリーに俺たちの怖さをなッ!」
「「おう!!」」
ㅤ二回裏の攻撃、早川のピッチングはいつも以上に速球、変化球共にキレがありコントロールも更に冴えていた。
ㅤ極亜久高校は四番打者から始まる強打者相手に三振一つ、内野ゴロ二つと三者凡退に打ち取って魅せる圧巻のピッチングを見せつけた。
ㅤそして試合は三回の表へと進む。
ㅤ九番打者の早川から始まる打席……。一球目は早川の頭部のやや頭上、頭は約ボール三個分は超えるストレートが襲うと、球場からは騒めきでうめつくされた。
ㅤ
○
「今の球は危ないだろッ!!」
「真剣勝負しろーー!ㅤノーコン!」
ㅤ飛び交う怒号は、まるで高速道路に真ん中にぼんやりと突っ立っている様な感覚だった。
ㅤ真ん中にポツンと立つ俺は、そんな周りの言葉には一切耳を傾ける事なく、退屈しきった様な顔を浮かべて嘲笑った。
ㅤ
ㅤ——外野は黙っていろ!
ㅤ此処に立っているのは誰だ?
ㅤお前らにとやかく言われる筋合いはねえ。
ㅤ危ない球?ㅤ真剣勝負をしろ?
ㅤお前らに指図される筋合いもねえ。
ㅤ危ない球と、それは誰が決めた?
ㅤ——マウンドに立ち、投げてるのは俺だ!
「俺の
○
ㅤズバァァァン!!
「ストライクーーーッ!」
ㅤ瞬く暇もない程、勢いのあるストレートで攻め立てる悪道。
ㅤボール、ストライク、ストライク、ボールと四球とも自己最速の百四十九キロをマークさせる。
ㅤ元々、早川の打撃は不得意分野に置かれる。手も足も出ない状態で五球目を素早いストレートで空を切られ、ワンナウト。
「一番ㅤセンターㅤ矢部くん」
ㅤ二打順目を迎え、打席には矢部くんが右打席に立つ。
「行くでやんす!」
ㅤと、活気溢れる咆哮を鳴らしバットを握りしめて構えた。
ㅤ初球。フォークボールが低めのコースに決まりワンストライク。
ㅤ二球目、やや高めのストレートをタイミング合わせバットを振り抜いてた。
ㅤ——カキィィィン!!
「チッ……甘かったか!」
ㅤ金属音が鳴る。芯で捉えた当たりはセンターの頭を超える長打となった。
ㅤ脚の速い矢部くんは迷いもなく一塁ベースを蹴り上げて二塁へと向かうツーベースヒットとなり、チャンスの場面で二番ショートの赤坂がバントの構えでボールを待つ。
ㅤ此処は手際よく送りバントを決めたいところだが、そう簡単には決めさせてくれない。
ㅤ球威あるストレートに押し負け、バットに辛うじて当てたものの、ふんわりと高く上がった打球は、犀川が一歩も動く事なくミットに収めるキャッチャーフライに倒れてしまいツーアウトとなる。
「三番ㅤキャッチャーㅤ星くん」
ㅤ悪道との二度目の対決。
ㅤチャンスの場面で期待の出来る星だ。
ㅤヒットを打てば、矢部くんの脚の速さならホームまで生還出来る。先制点を勝ち取って流れを呼び起こしたい所だ。頼むぞ、星。
ㅤ星に対する初球。
ㅤアウトローへのシュートを見送った。だが球審からストライクコールが鳴る。
ㅤ首を傾げる素振りを見るからすると、今のはボール球と捉えたのかもしれない。と、なると犀川のキャッチングが巧かった訳だ。
ㅤ続く二球目を投げる瞬間、矢部くんがスタートを切った。
「行けェ!ㅤ矢部ェェェ!!」
ㅤ絶妙に巧い好スタート。矢部くんも巧く悪道の脚を上げるタイミングを盗めたぞ。
「小賢しい!ㅤこのクソメガネがッ!!」
ㅤズバァァン!!ㅤ高めのボール球を放り投げて犀川が素早く三塁へと送球するが、若干スマートの速かった矢部くんに軍配が上がった。盗塁成功。
ㅤ"スピードスターの矢部"は未だ健在だ。
ㅤ三球目、今度は釣り球に手を出してツーストライクになる。
ㅤあのバカ!ㅤ焦り過ぎだ!
ㅤ明らかに高いだろ今のは!
ㅤ力の無いスイングじゃ凡打になってしまうだけだぞ……いや、違う。星は意図的に空振りしたんだ。ツーストライクになったら悪道が投げてくるのは今日の試合十割が"ドライブ・ドロップ"で攻めて居るのを見越して……?
「チッ……釣り球に手を出しちまったか」
「今のはワザとじゃないのか?ㅤそして、待っているんだろ?ㅤ浩平の得意球を」
「さぁな、一体何のことだか?」
「白ばくれるなよ。ま、良いがな。次はお前の狙い通り『ドライブ・ドロップ』で行く。この俺がお前に予告三振を宣言してやろう!」
「予告三振……ねェ。へへへ、ならよ……ついでに俺も『予告』しても良いか?」
「……何?」
ㅤ二人の会話は他所に悪道がピッチングモーションに入る。
「こっちは小波が散々やられてイライラが溜まってんだよッ!」
「馬鹿め!ㅤお前に浩平の
ㅤ——キィィィィン!!!!
ㅤ快音が轟くと同時に球場全体に音が止まった。
ㅤ天高く打ち上がった打球は何処までも高く伸びて行く様に鋭く飛んで行く。
「——ッ!!」
ㅤ犀川はマスクを外して目で打球を追い、悪道は振り向いてその瞬間を目の当たりにした。センターの脚は既に止まっていて、打球はバックスクリーンのスコアボードの中段に当たり勢いが『ドゴッ!!』と大きな音を立てた。
ㅤ止まった球場は、反動を受けた様に沸き起こり騒然となった。
ㅤバットを放り投げ、唖然とする犀川に向かって星が言った。
「おっと……悪りィ悪りィ。そういえば何の『予告』だったかって事を言うのをすっかり忘れていたぜ。まぁ、見ての通り予告ホームランだ!」
ㅤキラリ、と持ち前の八重歯を光らせて星が笑いながら一塁へと脚を進めて犀川の唖然とした顔を見向きもせずに「そんな事、言うまでもなかったけどなッ!」と言葉を呟いてダイヤモンドを一周した。