実況パワフルプロ野球‎⁦‪-Once Again,Chase The Dream You Gave Up-   作:kyon99

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 小波球太―――高校最後の年、到来!
 春の夢は……いつしか訪ずれる事の予兆?


第35話 諦めた夢をもう一度追いかけろ!

 暑い日差しがジリジリと肌を刺す。

 滝のように吹き出る汗が頬から顎に伝いって垂れ落ちると、足元の土が一瞬だけその水滴は濡れて、その跡はあっと言う間に消えた。

 俺は、野球グラウンドのマウンドに立っていた。

 ブラスバンドの演奏が両耳に流れる。

 右側のスタンドは青一色に染まり、反対の左側のスタンドは桃色一色に染まっていた。

 後ろを振り返る。

 対戦相手は言わずもがな。

 あかつき大附属高校だ。

 ゲームは最終回を迎える九回表。スコアボードに目を向けると、五対三で恋恋高校が二点差を付けられて負けている。ツーアウトを示す赤い色の蛍光ランプが灯り、ランナーは満塁、絶対のピンチを迎えていた。

 そして、運悪くもバッターボックスに立ったのは、四番打者の猪狩だった。

 湧き上がる歓声を他所に俺はジッと左打席に構える猪狩を強く睨んだ。不敵な笑みは、勝利を確信したかの様な余裕が見える。

 だが、俺は悔しいどころか、逆に燃えた。

 

 ―――猪狩を捩じ伏せたい。

 

 こんなピンチの場面で猪狩と戦えるなら、俺は臆することなく投げる事が出来る。

 嗚呼、投げてやるさ。

 そして、俺はギュッとボールを握りしめ、振りかぶり、渾身のストレートを投げる所で、その景色はテレビのチャンネルを変えたかのように消えてしまった。

 

 

 

 

「なんだ……夢か」

 頬を柔らかくて暖かい何かが触れて、ふと目を開ける。どうやら部屋の窓が空いていたようで風が頬を撫でた様だ。

 体を起き上がらせる。そこに映ったのは、野球グラウンドのマウンドの上ではなく、八畳程の薄暗い部屋、俺の部屋だった。

 白のカーテンの僅かな隙間から漏れ行く光で既に外は朝だと気付き俺は、そろそろ起きねばと思い、重たくて窮屈な欠伸を漏らした。

 寝起きで冴えない頭を振る。振ることには特に理由は無い。

 ふと、辺りを見渡した。何も無い。そこにあるのは、机とテーブルに野球道具一式だけだった。

 ベットから身を乗り出して、スリッパに履き替える。机の前まで歩いて、机の上に飾られている沢山の写真の内の一枚を手に取って、俺は少し笑った。

 リトルリーグ時代、恐らく小学六年生頃だろう。何とも憎たらしい自分の顔を見て笑ってしまった。右隣には春海、左隣には栗原、二人の間に挟まれて俺は肩を抱かれている。

 懐かしく気持ちにさせられたが、もう一枚の写真に触れる。

 それは中学時代の写真だった。

 長い前髪は茶髪にそまり、ややつり目の青い瞳がスッと視界に入る。一見、整った顔立ちは好青年に見えなくも無いがコイツは、生意気で図々しくもあり、頑固でもあり、口が煩く我儘でもあり、天才でもある。

 そう―――猪狩守だ。

 昨年の秋季大会で優勝投手になり、昨月行われた春の甲子園……センバツ大会の決勝戦まで勝ち上がり、アンドロメダ高校の大西との投手戦となる接戦の中見事に勝利を収め、頑張地方では歴代、あかつき大附属野球部発足から初となるセンバツ優勝を果たした。自前のコントロール、スタミナ、おまけに『ライジングショット』と言うウイニングボールを放り投げる猪狩は、既に高校生レベルを遥かに上回り、マスコミ達からはプロレベルと認められた。

 恐らく今年の十月に行われるドラフト会議では、相当のプロ球団が猪狩を指名するだろう。各球団のスカウト達は既に猪狩をマークしているとの噂も囁かれている。

 そんな事はさて置き、今、手に持ったこの写真は、恐らく中学二年の時、全中を決めた決勝戦の後に撮った写真だろう。俺は肩と肘にアイシングを巻いて居た。随分懐かしい気持ちになるのは、きっとあれからもう二年半近くの年月が過ぎているからだ。

 写真を置き、カーテンを開ける。レースカーテンを開け外の光が薄暗い部屋に差し込むと俺は言葉を飲んだ。窓の景色には、まるで漫画の一コマの様な桜吹雪が空全体を彩り、街一体を鮮やかなピンク色と白色で舞っていた。

 年が明け、正月のおみくじは「大凶」と、いきなり年始に出鼻を挫かれる想いをしたが、そんな事はどうでもいいだろう。豪雪極寒の厳しい冬は過ぎ去り、季節は新しい春を迎えた。

 つい先日の四月三日に俺は十八歳になり、今日で高校三年生となった。そして、高校最後の年を遂に迎えることになると共に今まで以上に騒がしい年になるとは知らずに俺は、そのまま部屋を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 〜〜実況パワフルプロ野球〜〜

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――Once Again,Chase The Dream You Gave Up―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「行くぞ! 矢部ェ!!」

 活気に満ち溢れた星の掛け声の後に、一つの金属音が心地良く響いた。

 今日の授業は、一年生の入学式という事で午前中で学校は終わり、今は守備の練習中だ。

 星がノッカーを務める、いつもと変わらない野球部の練習風景。

「オーライでやんす!」

 センターを守る矢部くんもグローブをはめる左手を高く上げて合図を送るが……ノッカーを務めるのは星だ。星のノックだ。当然、矢部くんの頭を遥かに超えフェンスの向こう側へと消えて行く。

 呆れるのを通り越して笑いが出そうだ。だから言っただろ? これがいつもと変わらない練習風景なのだ。

「テメェ! 矢部ェ! 諦めて脚を止めるんじゃあねえよ! フェンス登ってでも止めろ!」

「そんなの無理でやんす!」

 守備練習を終えて一休み。星と矢部くんが先ほどのノックについて討論を交える。

「大体、星くん! ノックが下手くそ過ぎるでやんすよ! いつもいつも、ホームランの見送る練習なんかしてもこっちには何一つ身につかないでやんす!」

「うっせえな! 去年の夏の大会に雄二が俺のホームランボール取ったのを忘れたか? お前なら取れるはずだ、多分! 根拠はない!」

「随分、適当でやんすね……」

「お疲れ様です。それでは皆さん、小まめに水分補給して下さいね」

 そこに、マネージャーを務める七瀬が手際よくスポーツドリンクを人数分のコップに注いでくれていた様で、それを一人、一人ずつ手渡してくれた。

「お、はるかさん! 流石です! 今日も美しくて何よりです」

「ありがとうございます。星さん。でも、何も出ませんよ?」

「丁度喉が渇いていたところだったでやんす」

 それぞれがそれぞれの紙コップに手を差し伸べて口に流し込む。普通なら市販のスポーツドリンクの粉を水で割って作るではあるが、これは七瀬特有の手作りドリンクなのだ。中には砂糖、塩、レモン汁が入っている。しかし、このドリンクには七瀬の拘りぬいたスーパーなどでは手に入る事の出来ない、とても高級な蜂蜜も含まれていて、部員たちには大変好評なのだ。

 それを踏まえて、七瀬もマネージャー業をしっかりこなしてくれている。正直言って最初は不安だったけれども、今こうして見れば、七瀬にはいつも支えられていて、時には頼れる立派なマネージャーになってくれた。

「はるか。そのドリンク、ボクにも一つ頂戴」

 俺の間を黄緑色髪が靡く。靡いた跡から、ほんのりと香る女の子特有の甘い香りがドキッと胸を鳴らす。早川あおいだ。

 透き通る唇がプルンとコップに触れる。それを見てしまったら最後、鳴り響く胸の音は更に速度を上げる。

 

 ―――早川は俺のことが好き。

 ―――だけど、俺も早川が好き。

 

 両想いだが俺は約束の為、本当の想いは口にはしていないし、それを早川もあの日から理解してくれている。

「どうだ? 早川。最近は変化球の練習は上手く行ってるのか?」

 何気無い会話を投げかける。

「うーん。年明けから調子は良いんだけど…まだ掴めてないって言うのが本音かな? 高速シンカー自体は精度は上がってるけど、コレと言ってしっくり来ないって感じだね」

「そうか。ま、無理は禁物だからな」

「うん。それは分かってるよ」

 心配してくれてありがとう、と言わんばかりの笑顔で俺を見る。早川の頬は少し赤く染まっていた。恐らく俺も頬が赤くなっているのだろうな……。

「そう言えば、今日は新入部員が来る日じゃねえのか?」

「お……おっ! つ、ついにこの赤坂紡に待望の後輩が出来る訳ッスよね! 超ーー楽しみっス!」

 赤坂が元気発剌に喜びの声を上げる。隣に冷静沈着ながらもどこか喜びを隠しきれていない椎名も口元をニヤリとさせていた。

 そんな顔付きを見逃さずに星が問う。

「お前も嬉しいんだろ? な? 椎名」

「う……。まあ、嬉しいと言えば嬉しいです」

「俺っちも嬉しい! 椎名や赤坂より楽しみでここ三日三晩寝れない程です!」

「龍舞……そりゃどう考えても嘘だろ?」

 赤坂が苦笑いを浮かべてツッコミを入れた。

「嘘です」

 御影の冗談でドッと笑いが起きる。相変わらず賑やかで仲が良いと、学校中でも評判は高い方にある。

 そして、俺はボソッと呟いた。

「それより、新入部員がもし入って来るとなると……更にレギュラー争いは過激さを増すな」

 再来週に行われる春季大会も含めて、恋恋高校野球部の新体制のポジション決めもやらねばと頭を抱えた。

 勿論、俺たちはキチンと春季大会に向けての調整をして来た。秋季大会は、早川の問題の為に自粛となっていたから、俺達はかなりの鬱憤が溜まっている。それをこの大会で噴出させると意気込んでいるのだ。

 因みに春季大会大会のシード校は決まっている。先ずはセンバツ出場をし、優勝を果たしたあかつき大附属高校、秋季大会にて準優勝となった太郎丸龍聖がいる山の宮高校、そして、パワフル高校ときらめき高校だった。

 かなり実力のある高校がシード校として各ブロックを陣取っている。出来ればあかつき大附属と戦いし、太郎丸との戦いも楽しみだし、春海との戦いも捨てがたいが、欲は言えないなでその時が来るのを楽しみに待つとしよう。

「それでよぉ? 小波! 対戦相手はいつ決まるんだ?」

「明日だ。放課後、加藤先生と俺とマネージャーの七瀬が抽選会場に行く事になってる」

「成る程な。そうだ、小波。俺は流星高校と戦いてえからな?」

「そうか。言っておくけど、対戦相手は俺のくじ運次第だからな? 野沢達と戦えなくても文句言うんじゃあねえぞ?」

「分かってるって、何処で当たろうともキャプテンのお前を信じて、俺たちは勝手に練習しておくとするぜ」

「またノックで遠くに飛ばすのだけは辞めて欲しいでやんすけどね」

「―――ッ!! なんだと!? このクソメガネが!」

 また始まったと、皆んなは呆れ顔を浮かべて二人のくだらないやり取りを眺める。そろそろ一休みを終わりにして、打撃練習に移ろうとした時だった。滅多に練習に顔を見せない、顧問を務める加藤先生が十人程の生徒を連れて野球グラウンドに現れた。

 

 ○

 

 恋恋高校の野球部に新しく入部した新入生は十人だった。その中でも三人程、気になる選手が居た。

 一人は、早田翔太。

 希望ポジションは、チームとして待ちに待ったピッチャーだ。早川だけじゃ厳しい部分があるという事は否めなかったが、中学時代にリリーフも経験していると言う事は何よりも頼りになると思った。

 数球ほど投球練習を見させて貰った。速球は百三十キロ行くかどうかのスピードのボールを放り投げるが、決め球であるスローカーブとのコンビネーションでストレートを速球以上の速さ見せる上手い技が印象的だった。

 二人目は、京町一樹。

 内野全般を守れる、と言うアピールをしていた。正直言えば守備の面ではかなり弱さを感じる為、この春季大会では積極的に守備を固めさせたい。

 三人目は、里原悠。

 これといって目立つ特徴は無いが、肩の強さには目を惹かれる物があった。希望ポジションはキャッチャーな為、星と椎名に負けない為にアピールしたいと熱く語っていた。

 こうして、俺たちの恋恋高校野球部員は総勢で十六人に増えた訳だが……これからどうポジションを決めていくか、また打撃面や守備面の要所要所の起用など……キャプテンとしてはかなりの悩みどころでもある。

 カランと、スイングドアに括り付けられた鈴が音を立てる。注文をした温かい烏龍茶を口に啜り、振り向くと、そこには親友である高柳春海が苦笑いを浮かべて立っていた。

「遅いぞ、春海」

「お前が早いんだろう。球太」

 カウンター席に座り、隣の席に座るように指示をすると、春海は何も言わずに隣に腰を下ろした。

「何か頼むか? 叔母さんの奢りだってよ」

「いや・・・・・・俺は遠慮しておくよ。ここは俺の家だから・・・・・・きっと後で請求されるか小遣いを減らされる、のどっちかってことくらい目に見えてる」

 口角を吊り上げて笑みを浮かべる。仕方なく俺は烏龍茶を飲み干してた。

「ははは、そうか。取り敢えず、春の大会は出場出来る事になってるけど、どうだ? 春海達のチームは」

「まあ、調子は良い方だね。秋季大会ではあかつき大附属に圧倒的な実力差を目の当たりにされたけど……次に戦う時はやり返すさ」

 その言葉は、自身に満ち溢れていた。

 新体制で挑んだ秋季大会、準決勝まで勝ち進んだ春海率いるきらめき高校だが、あかつき大附属にコールド負けを喫してしまった。一時期はダークホースとまで言われたが、あの結果では相当悔しい筈だ。野球センスが高い春海の性格からして、負けてからかなりの練習を重ねて来たに違いない。今のやり返すという言葉、本当にやってしまいかねない辺り、流石と言うべきか。

「ふーん。それより千波さんは元気か?」

「ああ、姉さんなら元気だよ。今年から目良先輩と館野先輩と一緒にイレブン工科大学に進学したからね」

「ほう。元気そうなら良いけど、また野球部のマネージャーやってんのか?」

「まあね。でもイレブン工科大学は、サッカー部とグラウンド兼用らしく大変だって聞いてるよ……。何しろグラウンドが狭いらしく二ヶ月に一回、サッカー部とじゃんけんでグラウンドの割合を決めているらしいんだ」

「そりゃあ、なんとも大変だな……」

 千波さんには悪いけど、勝手に先入観で決めて申し訳無いが、個人的に絶対進学したくない学校のリストに入れて置くとしよう。

「なぁ、球太」

 改まって春海が名前を呼ぶ。

くふざけた雰囲気とは違い、少し緊張感が伝わるトーンだった。

「どうした?」

「俺たち、もう三年だろ? 進学とかこれからの事は、お前は決めてあるのか?」

 進学……。

 これからの事……。

 俺は、春海に言われて初めて気付いた。

 もう今年が最後だという事は当然分かっていたが、その後のことなど考えても居なかった。

「・・・・・・まだかな? 俺は今が精一杯で、これからどうするか決めて無い」

「球太は、プロ野球選手を目指すんだろ?」

「ああ。プロ野球選手は、昔からの夢だったからな。それは変わらないさ。でも……」

「でも?」

「今は、早川とか彼奴らと行ける所まで野球がしたい。出来れば甲子園……何が起こったとしても、俺は彼奴らに甲子園の土を踏ませたい。絶対に、今はそれが夢というか……ま、そうなんだろうな」

 クスッと隣で春海が笑った。

 おいおい、俺は可笑しい事は言ったつもりはないぞ、と少し目を細めた。

「いや、ごめんよ。余りにも球太らしい答えなもんで……つい、笑ってしまったよ」

「らいしいってな……おい、春海。そう言うお前はどうするんだ? お前こそ、進路は決めてあるのかよ?」

「決めてるさ、俺は大学に進学かな? 希望はイレブン工科大学で勿論、野球は続けるよ。まぁ、俺には目良先輩を神宮の舞台で胴上げさせたいって気持ちがあるからね」

 去年の夏で敗北した春海は、引退した目良さんと館野さんを甲子園の舞台に連れて行かせられなかった悔いが未だに残ってる様だ。それ以降、かなり自分を追い込んで練習に打ち込んでいるということをついさっき、春海の母である叔母さんから聞いていた。

「そうか。お前も無理すんなよ?」

「その言葉はそっくりお前に返すよ、球太。それに、甲子園に行くのは俺たちだ」

 ニヤリと笑う春海。

 そうだな……。

 そうだよな。高校野球をしてる奴なら誰だって目指す場所が「甲子園」と言う舞台だ。譲れないのが当たり前で、それは勿論、春海も俺も他の奴らもそうだ。

「当たるかどうかまだ分からねえけど、当たった時は宜しく頼むぜ?」

「ああ、分かってるよ。球太と戦えるのを楽しみにしてるさ」

 春海とは、きっと何処かで戦うはず。何故だかそんな予感がした。その時はきっとお互いベスト尽くした熱い戦いになると、その時に感じた。

 

 

 ○

 

 翌日、透き通る生暖かい春の風が吹き付けて程良い眠気を誘う中、俺たちは抽選会場、元い頑張中央体育館に脚を運んでいた。

 これから行われるのは勿論、春季大会の抽選だ。この大会を制すれば夏の大会ではリード権を付与され、優位に立つ事が出来る。

「それにしても……凄い人集りね。オマケに視線もこっちに集中してるわね?」

 加藤先生が面倒くさげに呟く。その大きな主張の激しいバストを見せびらかすのような過激な露出をしている白衣が、より一層加藤先生に視線を釘付けにしている事を恰も知ったような口ぶりで「最近の若い子は、お盛んね」とポツリと呟いて笑い、隣に並んでいた七瀬はポッと顔を真っ赤に染めて手で覆い隠した。

 中に入りロビーに辿り着く、そこには沢山の人達がその場に居た。先ず目に入ったのは、きらめき高校の春海だったが、昨日会ったばかりだったし声は掛けなかった。

 春海を筆頭に、俊足巧打を得意とする流星高校の野沢雄二、スライダーを極めたオリジナル変化球である真魔球を放り投げるエースのときめき青春高校の青葉春人、走攻守と三拍子揃った驚異的センスの持ち主であるパワフル高校の戸井鉄男、アンダースローからズレのないコントロールを兼ね備えた球八高校の矢中智紀、去年の夏の大会の覇者であり、甲子園でも自前の速球で相手をねじ伏せた左腕・太郎丸龍聖の姿など、錚々たるメンバーが集まっていた。

 その中でもやはり、群を抜いて一際目立つ人物が一人、俺を見つけると不敵な笑みを零す男が、其処に立っていた――猪狩だ。

「久しぶりだな、小波」

 猪狩は近寄って声を掛けて来た。青いまっすぐな瞳が俺を強く睨んだ。

「待たせたな。ようやくお前に挑める舞台は揃えたぜ、猪狩」

「小波。僕は遂に君の「三種のストレート」に勝るウイニングショットを物にした。断言しよう、僕の「ライジングショット」は君には打てない、とね」

「言ってくれるじゃあねえか。もし打たれても泣きべそなんか見せんなよな?」

「それは打ってから言うんだな。まぁ、凡人の君には勝ち上がる事を頭に入れておいた方が無難だがな」

 クルリと踵を返し、高笑いした猪狩はそのまま歩いていく。相変わらず憎たらしさは未だ健在だ。

 猪狩との再会から、ほんの数十分の事だ。

 俺たち恋恋高校の第一回戦の相手は、太刀川広巳率いる聖ジャスミン高校に決まった。

 

 そして、遂に幕を開けた春の大会……。

 そして、俺の野球人生の中で最も波乱に満ち溢れた年になる。

 




 三十五話、遂にラストイヤーになりました。
 今回の話のタイトル「諦めた夢をもう一度追いかけろ!」なんですが……これは大雑把ですが、英語だと「Once Again,Chase The Dream You Gave Up」になる訳ですね。
 と、いう訳でこの作品のタイトルは頭文字を取ったものなのです。

 ここからが長いです……。まだ書きたいのが沸いて来てるので、取り敢えず、小波球太の今後を楽しみにして貰いつつ、先ずは春季大会を書いていくので、宜しくです!

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