実況パワフルプロ野球‎⁦‪-Once Again,Chase The Dream You Gave Up-   作:kyon99

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第32話 告白

 練習試合は、かっとばレッズの先行から始まった。

 ボクはマウンドに立ち、アンダースローの低いリリースポイントから放り出されたボールはキャッチャーミットへと収まると、一番打者が左打席に入ってバットを構える。

 初球、およそ百キロにも満たないアウトローに放り込んだストレートを引っ掛けさせ詰まらせる形でセカンドゴロへと打ち取ってワンナウト。二番打者には、少し中性的な顔立ちが特徴な打者が同じく左打席に立つ。

『よっしゃー! 打っていけよ! 春海!』

 バッターに向けて、ベンチから檄を飛ばしたのは黒髪の癖毛の少年だった。

 彼は、四番打者なのだろう、ネクストバッターズサークルに控える三番打者の後ろからニヤリと口角を上げて名前を叫んでいた。

 彼の声援が皮切りとなり、ベンチの方からも続々と応援の声が飛びだした。

 なんて活気に溢れているんだろう。

 そして、チーム同士皆が暖かく打席を見守るのに対してボクは少し相手チームが羨ましく思えたのも、チームメイト達が、女子であるボク達に、いつも揶揄いの言葉しか浴びせて来なかったからだろう、と理解するのにはそんなに時間は掛からなかった。

 二番打者に対しての第一球目、ボクの自信のある変化球であるシンカーをアウトコースへと落ちる様に狙いを定めて腕を振り抜く。手応えは良い。

 狙い通りに落ちる、ここで空振りだ。なんて頭の中でバッターが落ちるシンカーの対応に遅れて空振りするのを頭の中でシュミレートするが、難なくカットされてしまった。

 ストレート、カーブ、ストレートとキャッチャーの要求をただ受け入れて放り投げるもののバッターの持つ特有の粘り強さからか、空振りを取ることも出来なかった。

 そして、挙げ句の果てにはインコースのストレートをレフト線を打ち破る流打ちをされて二塁打を浴びてしまった。

『ドンマイ、ドンマイ』なんて言葉を掛けて貰えればどれだけ気が楽だろう。そんな思いとは裏腹に『女の子だか討ちとれないのは当たり前だ』や『やっぱり投げてる時が一番可愛い』などと言った、望んでいない嫌な言葉が聞こえてくるが、そんな事は日常茶飯事、既に慣れている為、ボクはいつも通り聞き流して三番打者を迎える。

 本当ならここで、ボクは三番打者に対して集中を高める場面なのだが、ふとネクストバッターズサークルに控える彼に目を向けてしまう。

 先ほどの笑顔は何処かに消えたかの様に、少し不機嫌そうな表情がボクの目に飛び込んだ。

 

 ―――キィン!!

 

 しまった。よそ見して集中力が欠けた所を巧く突かれ三番打者にライト前のヒットを打たれてしまい、四番打者に小波球太が右打席に構える。

 バットのグリップを強く握り『すぅー』っと息を吐いた瞬間、周りを圧倒する威圧感がグラウンド全体を包むかのように広がった。

『——ッ!!!』

 ピリピリと肌に見えないとてつもない何かが打ち付けるかのように鳥肌が立つ。

 本当に同じ小学六年生なのだろうかと疑う程、周りの人たちとは違う何かを感じていた。

『さぁ、球太! 俺たち二人をホームに返してくれよ!』

 三塁ベースから、今度は春海と呼ばれていた童顔の少年が返す様に口角を上げて言う。

 その言葉を受けてニヤリと笑う彼は『おう! 任せておけ!』と堂々と頼りになる大きな声に出してボールを待つ。

 汗が滴り落ちる。

 まだ数球……気温はそんなに熱くはないけど、兎に角汗が垂れる程の緊張感がボクを包んだ。

 絶対、打たせない。

 ボク自身、自他共に認める程の負けず嫌いなんだ。例え男の子が相手でも勝負事には負けたくない。その想いを全てボールに込め渾身のシンカーをインコースから真ん中へ軌道を描いて低めのコースへと落とす。我ながら巧く行けた。

 だが……読まれていたのか、それとも勘が当たったのかは理由は解らないが、なんの一つの躊躇いも無くバットを真芯で捉え、河川敷の野球グラウンドを覆う四メートルもある網状のフェンスを越えて側に流れる大きな川へポチャンと音を立てるスリーランホームランを放ったのだ。

『う、嘘・・・・・・ホームラン・・・・・・』

『へへ、見たか!』

 両の手をパチンと叩き、彼が喜びながら一塁へと走っていく。

 ボクは唖然としたままマウンドに一人、立ち尽くして彼を目で追った。

 一塁を蹴り上げた時だった。

 ピタッと彼は何かを思い出したかのように、足を止めてボクを見て口を開いたのだ。

『あ、そうだ! 良いことを教えてやるよ。俺は、低めのボールが得意なローボールヒッターなんだぜ!』

 白い歯を覗かせて満面の笑みを浮かべる。

 ボクも何か言おうかと思ったけど、間髪入れて彼が続ける。

『それに今のは良いシンカーだったぜ! まだ試合は始まったばかりだ。負けねえよ』

 その言葉に驚いた。

 その言葉に驚いたけど嬉しかった。

 今まで誰も認めてくれなかったボクのシンカーを始めて、彼は褒めてくれたのだ。

 でも、やっぱりピッチャーとして、打たれたのは悔しいのが本音だよ。

『ありがとう。ボク達も負けないよ!』

 

 後続を打ち取り初回の失点は、彼に打たれたスリーランホームランのみの三点で留まった。スリーアウトとなり攻守交替となり、白い帽子に赤いツバ、白いユニフォームに赤いアンダーシャツ、かっとばレッズのチームカラーを纏った九人がグラウンドに立つ。

 先ほどの二番打者の春海くんは、セカンドの定位置に着き、彼はマウンドに立った。

 スパイクの先端でマウンドの土を削る。投球練習として、ゆっくりとした基本的なオーバースローから放り出されたボールは鋭さを光らせてキャッチャーミットへと突き刺さる様に走り抜けた。

『しっかりねー! 小波くん!』

『おうよ! 任せとけ!』

 桜色の髪、赤いリボンを頭に付ける女性が一人、スコアブックを抱えながら声援を飛ばしているのが目に入った。

 そう言えば……あの子は、確か試合前に彼と一緒に居た女の子だ。そうか、マネージャーだったのか。

 控えの選手と共にベンチに座り穏やかな雰囲気だと言うのは、遠く離れたここからでも十分に理解出来る。本当に仲の良いチームだ。

『あおい? さっきからどうしたの?』

『幸子……』

 親友である幸子が、気になった顔で問う。

『そうそう。あおいちゃん、さっきからあの小波くんの事しか見てないよ?』

 首を縦に振りながら、後ろのベンチに腰を据える矢中智紀くんが半笑を浮かべていた。

『べ、別に……何もないよ! 何もないけど・・・・・・あの四番打者の彼は、リトルリーグのレベルをかなり超えてるみたいだね。ボクのシンカーを初見でホームランにして見せたもん』

 相手を讃えるが、内心かなり苛立ちがある。

『って、言いながら本当は腹の中は煮えくり返っていたりして。意外とあおいって負けず嫌いなのよね』と、幸子が言う。

『負けず嫌いなのは、二人ともだよ』と、智紀くんは茶化す様に笑って見せた。

 う……。

 どうやら二人にはバレていたみたいで、返事が返せない。

 言葉を返せないままボクはマウンドに立つ彼へと視線を変える。

 一番打者でライトを守る中本くんが左打席に立つ。中本くんに対する注目の一球目、目を奪われるほどの速球がど真ん中へと突き刺さりストライクコールが鳴る。

 速い。基本に忠実なフォームであるオーバースローの右腕からしなるように振り抜き、放り出されたおよそ百十キロはあるストレートにボクらのチームメイトは目を見開いていた。

 小学六年生ながらフォーク、スライダーと次々に投げる多彩な変化球にキャッチャーミットに轟音を轟かせるストレートを繰り出す彼のピッチングに誰一人バットに掠る事も出来ずに三者連続三振で一回裏は零点で攻撃が終わってしまった。

 なんて凄いピッチャーだ。もしかすると彼は同じリトルリーグであり、リトルリーグ界隈ではその名を知らない者は居ないと言われている有名チーム『猪狩ブルース』のエースを務める猪狩守くんに引けを取らない程の実力の持ち主とも言えるだろう……。

 うう、こんなにも格の違う人達が居る中で、ボクみたいなピッチャーが居ていいものなのかな?

 同じピッチャーとして、正直、自信が無くなる気がする。

 チェンジという事もあり、ボクはグローブを手に握りしめマウンドへと上がって行くんだけど、そこにはまだ彼が残っていた。ニタリと微笑む表情を見せているのは、先ほどボクからホームランを放った事に対する優越感なのか、少しムッとする。

『な、何か用でも?』

『やっぱり、お前のシンカーって凄いな! あんな球、次には打てるかどうか分かんねえよ。キレのある良い球だったぜ!』

『―――ひゃぁ!』

 身を乗り出しボクの手を握りしめた。

 その表紙にボクは変な声が漏れてしまう。

 まるで、女の子が驚いた様な声……。

 待て待て、ボクは女の子だ。

 兎に角、変な声が出てしまって、今はかなり恥ずかしい。でも男の子に手を握られるのは、今のが始めてだったから・・・・・・しょうがないよね?

『悪い悪い。でも本当、凄いぜ。えっと、早川あおいだっけ? お前さ、野球は好きか?』

『キミ、随分可笑しな事を聞くんだね。好きじゃ無かったら、此処に居ないよ?』

『ま、そりゃそうだな。それじゃ今のチームはどうだ? 好きか?』

『……』

 その問いにボクは、何も言えなかった。

 もちろん野球は大好きだけど、いざその質問を受けると素直には答えは言えない。

 黙ったままだったボクの前に立つ彼がグローブからボールを取り出し、指先で弾き上げて利き腕の右素手でキャッチしながら口を開いたんだ。

『周りの目なんて関係ねえ、楽しくやろうぜ』

『え?』

『お前、野球ってもんは一々周りの視線なんか気にしながらやるとでも思ってんのか? そんなもんに気を取られちゃ満足に野球なんか出る訳ねえだろ』

『そ、そうだよね……』

『自分の中で信じてる野球、自分の好きな野球をやれば良いんだよ。簡単だろ?』

 ボールをボクのグローブに押し当てながら彼は満面の笑みを浮かべて言う。その顔は、優しさに満ち溢れている表情だった。その時にボクは思ったんだ。

 ああ、この人は本気で野球が好きなんだ。自分の信じた野球をブレる事なく打ち込む人なんだって、それに彼のチームはみんなが生き生きとして心の底から野球を楽しんでいる和やかな雰囲気に包まれているチームだ。それを作っているのは紛れも無い、彼なんだ。

 だから、ボクらのチームメイトがボクの事を冷やかしたり、揶揄う声が飛び込んだ時に少し不機嫌そうな顔をしていんだ。

 ボクはこの時、始めて胸が高鳴った。血の流れが速くなり、鼓動がドクン、ドクンと脈打つ音が漏れていないかと心配になる程、大きな音が身体中を駆け巡った。

 これがボクの初恋だった。

 

 そして、あの時の優しさは年月を経てもまだ変わらぬまま、彼はいや、球太くんは今、ボクの目の前にいる。

 

――――

 

 風が冷たい。雲に遮られていた月が漸く出てくると真っ暗だった目の先の道がゆっくりと月明かりに照らされて次第に見えて来るようなった。月の明かりで艶やかな黄緑色の髪、赤みのかかった頬、桃色の唇、そしてウルっと潤っている青い色の瞳がはっきりと見える。

 早川との出会いを聞いて、それが早川の初恋の人物が俺だと誰が予想出来ただろう。その事を言った早川本人は勿論、恥ずかしさから頬を赤らめているが、言われた俺です本人も頬が赤くなっているだろう。頬が熱を帯びているように熱いのだ。

「ボクはね、球太くん。キミにはいつも感謝してるんだよ?」

「感謝……?」

「幼い頃のキミが、ボクにあの言葉を言ってくれたから、自分の野球を続けてこれた。キミが居てくれたからボクは、キミ達と高校で野球を出来る事が出来たんだもん」

「……署名活動は、流石に俺一人じゃ無理だったさ。皆が居なければ成しえなかった」

「ううん。それでもキミが行動を起こしたのには違いは無いよ。そんな真っ直ぐ自分の決めた道を進むキミだから……そんなキミだからボクは……」

 次第に言葉を切りながら早川は、身体を震わせていた。早川が俺に何を言うのかと言う事も理解出来ていた。

「球太くん。ボクはキミの事がね……」

 俺は黙ったまま、早川が言葉を止める。

 どの位間が空いたのだろう。

 五秒? 五分? 十分? いや十秒か?

 曖昧な感覚、不思議な感覚に包まれる中、ゆっくりと微笑む早川の表情は、今まで見た早川の顔の中で一番可愛く思える表情だった。そんな色々な感情が俺の頭の中で巡り巡る中、次の言葉を俺に向けて囁いたのだ。

 

 

「キミの事がね。好きなんだよ」

 


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