実況パワフルプロ野球‎⁦‪-Once Again,Chase The Dream You Gave Up-   作:kyon99

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第31話 最初の出会い

 夏の甲子園大会は、春の選抜大会の王者・アンドロメダ高校と去年の覇者である竜王学院高校の強豪校同士の戦いが繰り広げられた。延長十三回、三時間をも超える激闘の末、高校野球の頂点を手に入れたのはアンドロメダ高校だった。

 テレビ中継を食い入る様に見ていたが、アンドロメダ高校は、二年生ながらもエースナンバーを背負い此処まで一人で投げ抜いて来たと言う無尽蔵のスタミナを誇る大西・ハリソン・筋金がマウンドに立った。左腕から放り込まれる百五十キロ越えのストレート、キレのある多彩な変化球が光るものの、多々失投が多いコントロールの悪さが目立つがその他を除いては妙に気になるピッチャーだった。同じく対する竜王学院高校も目を引く選手が存在した。

 まずは、三年生でエースピッチャーの矢越永理だ。カットボールにテレビ越しでも分かる程の切れ味抜群のシュートで相手打線を凡打に抑え込んでいたのが特徴的だった。

 そして、その相方を務める同じく三年生のキャッチャーの八雲紫音。一言で言えばキャッチングが巧く、ストライクゾーンからギリギリ外れるボールさえストライクと判定させる捕球技術は、今まで出会ったキャッチャーの中でも一際群を抜いていた。打撃陣では、二年生で五番打者とチームのクリーンナップを任されていたファーストを守り、ファースト以外にもキャッチャーと外野も守れるオールグラウンドの星熊勇吾。強気の打撃センスを誇り、大西相手に六打数ニホーマーとこれからの将来性と存在感を示していた。

 頑張地方から初出場である山の宮高校もベスト八に登りつめる健闘を見せたものの、去年のあかつき大附属を打ち破った竜王学院高校に惜しくも勝利を逃してしまった。太郎丸龍聖も毎回奪三振を記録する十五奪三振を奪うもののやはり甲子園の厳しさを経験している経験値の差からか、それとも甲子園に潜む魔物のただ寄らぬ雰囲気に飲まれたのか九回に反撃を喰らいサヨナラ負けという幕引きとなった。

 甲子園の熱気も冷めやまぬ中、高校野球は次の秋の大会に向けて各高校は三年生の引退と共に新体制になり調整をし始めている頃だろう。

 そんな中、秋季大会は出場見送りになっている俺たちは相変わらず普段通りの練習を行っているのだが…………一週間に及ぶ夏の合宿で成果を得たのか、いつもより少しはスムーズに練習を進める事が出来ているなと思うと夏の合宿を取り入れて正解だったと改めて、ふと強く思いながらも俺は窓際の席から見える街の風景を眺めていた。

 ここから見える風景は、夏の時と比べて少し寂しい気持ちになるのも……夏の頃には見えた緑一面に染まった景色が、色を変え、風に吹かれて飛んで行き落ち葉となり何も無くなったからだろうか……。前に座る矢部くんの見映えの変わらない、刈り上げの坊主頭に目を移す度にさらに悲しい気持ちまで押し寄せて来るのは本人には内緒の話だ。

 そう、季節は既に十月を迎えていた。

 

 衣替えとなり、今まで半袖のワイシャツに素手を通し慣れていた格好も久しぶりに長袖のシャツに黒い学ランを羽織るとなると少し暑苦しく変な気持ちにもなる。

 丁度、三時限目の数学の授業が終わり、休み時間に入る。いつも通りクラスの女子生徒達が何やら談笑をし始めると、矢部くんは当たり前のようにクルリと此方に向きを変え、憂鬱な顔を見せながら話をかけてきた。

「そろそろ、冬がくるでやんすね」

 なんとも張りのない落ちたトーンで話す声と共に重たい溜息をつく。

「そうだね。ほら、最近は特に少し寒いもんな」

 取り敢えず、適当に言葉を返した。

「小波くん。オイラ……クリスマスまでには彼女が欲しいでやんす」

 俺の机に顔を埋めながら矢部くんが言う。

 そんな事を男である俺に言った所で、彼女が出来る訳がないだろ。

 それに矢部くんが急にこんな事を言い出したのは今からでは無い。夏休み明け、二学期が始まった時の事、クラスの女子生徒の何名かが別の学校で彼氏が出来た話を偶然耳にした矢部くんが一時限目から三時限目の授業が受けれなくなる程のショックを受けた事から始まっているのだ。

 既に一ヶ月経った今でも「どうしてクラスにオイラという男が居るのに別の高校の男子生徒と付き合うのか考えられないでやんす!」と、戯言にほぼ毎日の様に付き合わされ、聞かされているのだ。

「まぁ・・・・・・まだクリスマスまで二ヶ月時間あるんじゃないか。焦らないで探した方がいいんじゃない?」

「……まだ?」

 ピクリと眉が動く。

「もう二ヶ月しかないでやんすよ! 一体、オイラはどうすればいいでやんすか〜!!」

 瓶底メガネの奥から悲しみの涙を流しながら激昂する。

 実際、矢部くんの携帯電話のアドレス帳には女子生徒の連絡先がない事は把握済みだし、オマケに同じ部活の仲間だと言うのに早川、七瀬、加藤先生にも断られている程のこの拒絶っぷりから見てみると、矢部くんには一生春が来ないのでは無いのか、と心配になってしまう。

 心配する俺も人の事は言えないが、彼女には今の所興味は無い。どちらかと言うと野球部の今後の事しか頭には無いからな。

 彼女を作るとなるとどうしても部活が最優先になってしまうだろう。それより、早川の奴……また最近こっそりと秘密練習をしてるって聞いたけど大丈夫なのかな? アンダースローは下半身に壮大な力を掛ける為、疲労骨折になりやすいとも言われているから、あまり無理しすぎて痛めたりしない程度にやって貰いたいもんだ。

「それより、小波くん。小波くんとあおいちゃんは、どんな関係なんでやんすか?」

「――はぁ??」

 矢部くんがどストレートの球を放り投げるかの様な急な質問に対し、丁度今、早川の事を頭に浮かべていた俺は喫驚し、危うく声が裏返りそうになる程の情けない声を出した。

「ど、どうしてだい?」

「だって最近、あおいちゃんは『小波くん』の事を『球太くん』って呼んでるやんす。だって今までは『小波くん』だったのに、今は『球太くん』と呼んでるやんす!」

 同じ内容を二度繰り返す。

 しかも「小波」と「球太」を酷く強調しながらながら矢部くんは少し眉を寄せて言う。

「何も無いよ。きっと慣れからだろ?」

「それじゃあ、オイラもいつかあおいちゃんから『明雄くん』って呼ばれる日がくるって事でやんすね!」

 目をキラキラと輝かせる。

 俺個人として、そんな日は来ることは決して無い様な気がするが取り敢えず、矢部くんの変な誤解から逃れるため、「そうだね」と素早く返した。

 実の所、俺も何故、早川が急に下の名前で呼び始めたのか全く見当もつかない。

 たが、早川に名前を呼ばれる度、早川が顔を赤らめるのも、最近では不自然に思えて来ている。

「あ、そうでやんす。最近、海野くんも何だか怪しい気がしてならないでやんすよ!」

「海野が? 怪しい?」

「そうなんでやんす!」

 ギリっと眉を尖らせる。

「なんと言うか、海野くんに想い人が出来た様な感じが漂うんでやんすよ。まるでオイラと星くんを裏切るかの様な……それは極めて残酷な感じがしてならないでやんす」

 酷い言われようだ。

 いつから海野が、矢部くんと星の様な「年中彼女募集」してる様な派閥に入っているのか甚だ疑問だが……海野は、ああ見えて真面目な所もあるからし、好きな人が出来て意外と言えば意外なのかもしれないが、別に海野に彼女が出来たとしても部活と恋愛も、キチンと両立出来る奴だと思ってるから特に心配は無い。

「それで? 海野の想い人とやらの大体の目星はついてるのかい?」

「ソフトボール部の高木幸子さんでやんす」

「……えっ!? 誰だって?」

「だから、ソフトボール部の高木幸子さんでやんすよ!」

 一瞬、耳を疑った。

 思わず聞き返してしまったが確かに矢部くんは今、「高木幸子」とその名前を口にした。

 まさか……矢部くんの冗談だろう?

 俺の事を揶揄ってるんじゃ無いかと疑ったが、真剣で少し不機嫌な矢部くんの表情には決して嘘など付いて居ないというかの様に堂々としていた。

 意外だ。

 俺は、ただこの言葉しか思い浮かばなかった。

 

 

「はぁ〜。くたびれたぜ」

 すっかり日が落ち、辺りが暗くなった頃、部活を切り上げロッカールームのある部室へと戻り、真っ先に星が滴る汗をタオルで拭いながら数人が腰掛けられる居心地の悪いベンチに寝転びながら言葉を漏らした。

「なぁ、俺腹減っちまったぜ。この後何か食いには行かねえか?」

「いいでやんすね! ファミレスなんてどうでやんすか? ここの近くに新しく出来たでやんす。そこに行ってみたいでやんす!」

「そりゃ良いな! 俺に矢部、小波、早川、海野、はるかさんで行こうぜ!」

 さりげなく俺の名前が呼ぶな。

 俺は絶対行かないからな。

 今日は帰ったら十五キロのロードワーク、下半身の強化、インナーマッスル等の筋トレと言った毎日の日課をこなし、聖相手にピッチングの練習で投げ込みをしなくちゃあならないんだ。早く断るとしよう。

「悪いが、俺は行かないぞ」

「あん? ダメに決まってンだろ? 小波、それに海野! 特にお前らは拒否権なんてモンはねェ!!!」

 元から目付きは悪い星だが、更にギラリと睨みつける。

 その目付きに俺の背中には悪寒が走り、嫌な予感以外しなかった。

 

 恋恋高校から徒歩十分もかからない離れた場所のファミリーレストランへ足を運んだ。開店したばかりか、平日にも関わらず十七時を過ぎたこの時間帯でも満員ととても賑やかな中、六人は座れるテーブル席に案内され、他の五人はオーダー表を渡され、数多くあるメニューを決めるために頭を悩ませている。

 いつも春海の親が経営していて、心地の良いレストランに行っているか、こんなにも人が多いと喉も通らない為、俺はソフトドリンクの烏龍茶だけ注文する事にした。

「さてと、本題に入るか」

 それぞれが決まったメニューの注文を終えると、星が目付きの悪い目で周りを見渡した。

「まずは、海野。テメェの噂は本当なのか?」

「噂? なんのことだ?」

「しらばっくれる気か? おい、矢部! 言ってやれ!」

「海野くん! 君は、現在、ソフトボール部部長の高木幸子さんの事が気になっているでやんすね?」

「——っ!! ど、どこでそれを!! 噂にもなってるのか!?」

 俺は、そんな噂なんて聞いたことなかったけどな。

「そうそう! それは、ボクも聞きたかった。幸子の事、気になってるの?」

 海野に対し、まずは早川と星が食い入る様に問いを投げる。

 想い人と言われている高木幸子と幼馴染の関係である早川からすれば、気になる話だろうが、早川・・・・・・お前が今日、星達に此処に呼ばれているのはどちらかと言えば海野側だからな。

「・・・・・・冗談でも言わずに逃げられる、そんな雰囲気でも無さそうだな。仕方ない、気になってると言えば気になってる。噂通り相手は高木だ」

 やれやれと観念したかのように肩を竦めると堂々と返答した。

「と、言っても俺と高木はたまに一緒に帰るだけでまだ告白なんてしてないから恋人同士じゃないぞ? こ、これから高木にアプローチを掛けていくつもりだ」

「だから、海野くん。最近は一人で先に帰っていたでやんすね」

「幸子か〜! うん! 海野くんと幸子は、中々お似合いだとボクは思うよ! ね! はるか」

「ええ、もし付き合うなら私たち盛大にお祝いします!」

 三人から後押しされる形で、ある意味祝福されているが、海野は照れながら少し顔を真っ赤にさせ「ありがとう」と短く返事を返する。

 そして何も言わない星は、更に顔を酷く歪ませてギリギリと八重歯を覗かせながら歯軋りした。

 まさか俺たちに文句の一つや二つを一緒に言う筈の矢部くんに裏切られるとは思ってはいなかったのだろうな。

「チッ! 海野の件はいい! それでお前と早川の―――」

「お待たせ致しました。烏龍茶とオレンジジュース、コーラとアイスティー、麦茶二名のお客様」

 星の言葉を遮り、店員がドリンクを持ってくる。

「オイラ、オレンジジュースでやんす!」

「俺はアイスティーだ」

「ボクとはるかは麦茶だよ」

「俺は、烏龍茶」

「星くんはコーラでやんす」

 店員がそれぞれのドリンクをテーブルに置き、深い一礼して去っていく。

「それで、お前たちの関係は一体、なんなんだ! 特に早川! 小波の事を『球太』って下の―――」

「ペペロンチーノ、ハンバーグステーキでお待ちのお客様」

 再び、次の店員が星と矢部くんの注文した料理を持ってくる。

 コントみたいな出来事に思わず星を除いた五人が笑い声を漏らす。

「……で、早川! 小波の事を下の名前で呼んでるのはどう言った訳だよ! 説明しろよな」

「そ、それは…………その…………」

 早川は言葉を詰まらせる。

 俺も下の名前で呼ばれるようになった理由は知らない、それどころか星と同様、こっちとしては知りたい側だ。

 海野以上に頬と耳を赤く染め、チラッと青い瞳で俺の事を何度か見つめる。見つめては逸らし、逸らしては見つめるを二、三度繰り返した時、早川は覚悟を決めたのか詰まらせた言葉の続きを口にした。

「別にいいじゃない! と、兎に角! ボクが球太くんのことを球太くんって呼ぶのはいけない訳でもあるの?」

「それは……」

「……別にいけない事じゃないでやんす」

「でしょ? そ、そんな変な事じゃないもん!」

 ギラッと早川は二人を睨みつける。それに圧倒された矢部くんと星は何も言えずにいた。

「ねぇ、あおい。本当にそれだけかしら? だって言ってたじゃない。だって小波さんはあおいの―――」

「——ッ!!」

 ん? 俺は早川の・・・・・・?

「は、はるか!! お願いだから! はるかは少し黙っててよ!」

「分かりました」

 七瀬の意味深発言。

 早川に遮られたがその後がどうしても気になって仕方ない。

 俺個人としは、海野は高木幸子に気がある事が知れただけで良かったし、贅沢を言うなら濁す形になった早川が俺の下の名前で呼ぶ様になった本当の理由が聞きたかったが、それよりもこの会合の意味はもうなくなった様だ。

 二人ももう問い詰める言葉を早くも無くした様だし、さっさと帰って自主練がしたい気持ちでいっぱいだ。

「ちょっと、トイレに行くぜ」

 星がふと立ち上がり、席から離れ、混雑し店員と客が行き交う間を通り抜ける様に姿を消して行った。男子トイレへ曲がった事を確認するといきなり、矢部くんはこちらに向かって頭を下げた。

「今日は呼び出してすまなかったでやんす。星くんの代わりにオイラが謝るでやんす」

 これには驚いた。俺たちは目を丸くして互いの顔を見つめる。

「どうしたんだ? 急に」

「なんか変な誤解だけはして欲しくないでやんすが……星くんは何も皆の恋愛に関してイチャモン付ける為に呼び出した訳じゃあ無いって事は知っていて欲しいでやんす」

 矢部くんは、ニコッと笑い言葉を続けた。

「ただ……星くんは、恋愛と部活とどちらも両立させて欲しいと思ってるでやんす。確かに口は悪いでやんすが昔から不器用な人でやんす」

 ま、矢部くんの言ってるのは本当の事だと俺は思うのは、ここまで星は実際には文句など何一つ言ってはいないからだ。口下手なあいつらしいと言えばあいつらしい。まあ、今回は矢部くんの懐の深さに感謝するんだな、星。

 

「うおおおおおーー!!」

 突如、夕食を彩る店内に流れるクラシック系のBGMを掻き消す程の声が聞こえる。それに驚いて方向へ顔を向けると、星が男子トイレからただ寄らぬ顔で慌てて戻って来た。

「うるさいよ、星くん! 他の人に迷惑かけちゃあダメじゃない!」

「いや、悪い……って、そんなんじゃあねェンだよ! それより大変だぜ!」

「星くん、手は洗ったでやんすか?」

「舐めんなよ、クソメガネ! 手は……しっかり洗って来たぜ! それより! 大変だぜ!」

 相変わらず何処にいてもコントみたいな茶番劇を見事演じる二人だ。さっきから星が語尾に大変だぜ、と言うものの何とも大変さなど微塵も感じないのはどうなのだろうか。

「どうしたんだ、星」

「いや、俺が今用を足しに行ったらよ? 出たんだよ」

「出たって幽霊でやんすか?」

「バカ野郎ォ!!! 違ェよ!!! たった今、女子トイレから矢部に似た女が出て来たんだよ!」

「矢部くんに?」と俺が首を傾げる。

「似た?」続いて七瀬が首を傾げる。

「女?」早川も首を傾げて、最後は……。

「でやんすか?」矢部くんが締めた。

「本当だぜ! 矢部みたいな時代錯誤な瓶底眼鏡をして栗色の長髪、少し赤らんだ頬をしてたんだ!」

「星くんてば、矢部くんといつも一緒に居るから目の錯覚でそう思っただけじゃ無いの?」

「アホ! そんな事があったら気持ち悪すぎて吐きそうになるわ!」

「ひ、酷いでやんす!」

 矢部くんに似た女の子か……星の見た人物だと本当に瓜二つらしく、語尾に「だべ」とどこか遠い田舎者を感じさせる辺り、今時「やんす」と語尾を付ける矢部くんを彷彿させる。

 それからその話題が加速する。

 実は昔、生き別れの姉か妹説。ドッペルゲンガー説、アンドロイド説と変な憶測で物を言いあうのだが――矢部くん自身、二つ上の大学生である姉が一人居ると言うのだが、その他、親戚など思い出しても身に覚えは無いという事だった。

 

 その後、いつもはくだらないと思っている世間話に華を咲かせ、自主練をしなくちゃと思っていた俺はいつの間にか消えていた。なんだかんだ言って時刻は夜の二十一時を過ぎた頃、ようやく俺たちは解散した。

 帰り道、少し冷え切った夜空の下を七瀬、早川の三人で歩いている。少しした時、偶然にも七瀬の家族と遭遇し、七瀬は親と共に帰路へと辿り、いつの間にか俺と早川の二人だけとなった。

「……」

「……」

 無言。少し気まずい気持ちになり、こんな時に俺は何を話せば良いのか分からずにいた。いつも通り接すれば良いのか? 何か気の利いた言葉を掛ければ良いのか? それすら、思いつかなくてただただ歩くだけだった。このままでは流石に不味いと思ったのか、俺はふと、さっき七瀬が言いかけた言葉を思い出し、早川に思い切って聞いてみる事にした。

「なぁ、早川。さっき七瀬が何かを言いかけてお前が止めたよな? アレってなんなんだ?」

「――ッ!!」

 ビクッと体を少し跳ねらせた。

「え……あれは、秘密だよ!」

「秘密? でも俺の名前呼んでただろ?」

「もう……球太くんてばデリカシーがないよ」

 グサッと胸に尖ったデリカシーの無さと言う鋭利な言葉が胸に突き刺さる思いだった。類としては星と矢部くんみたいな連中と同類だと思うと、その痛みは余計に強まる。

「す、すまん。ただ気になっただけだ。言えないなら無理には聞かねえよ」

「う、うん」と、早川の頬は赤い。

「でも……誰もいないし、今なら大丈夫だよ。昔の話だからちょっと恥ずかしいかも」

「昔話?」

 

 

 

 

――――

 

 それは今から何年前だろう。ボクがリトルリーグチームに入っていた頃だからもう六、七年前位になるのかな? でも小学六年生の頃だったから、恐らく五年前だ。同じ小学校で集まっていたおてんばピンキーズはある日、練習試合を組む事になったんだ。その当時、ボクと幸子は同じチームの男子から揶揄いの言葉を受け始めた頃で、その対戦相手のチームは「かっとびレッズ」と言う小学生ながら中学野球でも匹敵する程の実力を積んだ有名なチームだった。

 練習試合当日、相手チームのシートノックを受けるのをベンチから眺めていた。流石、何度か全国大会を経験しているチームだけあり、こっちのチームと比べるとその差は歴然と頷けるほど徹底された守備がどの選手も光っている。しばらく眺めていると、後ろの方から一人の黒髪で癖毛が目立つ男の子と一人の桜色をした女の子がこっちのベンチに入って来た。

「あれ? 栗原、ここじゃねえぞ?」と、顰めっ面を浮かべて男の子が言う。

「もう、私達のベンチは向こうだよ! 寝坊したんだから春海くん達に謝るんだよ?」

「はいはい」

 女の子は、もうカンカン。見るからに少し怒っているが、男の子は慣れているかのように呑気に欠伸をしていた。

「ん?」

 すると、ボクの目の前まで歩いて来て、足を止めた。よく見てみると整った優しそうな顔立ち、二重瞼の黒い瞳にやはり目に映る癖毛髪は、とても印象的だった。

「よっ! 俺の名前は小波球太って言うんだ。今日はよろしくな! お互い良い試合をしようぜ! 

「ボクは早川あおい。よろしくね」

 お互いに握手を交わす。小学六年生同士の小さな手は、とても暖かった。それに、今のあの男の子はボクと同じくピッチャーをしているんだ。豆が潰れ再生し、固くなった指先が教えてくれた。

 これが、ボクと球太くんとの最初の出会いであり、これから話すのは球太くんへの想いへの話。


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