実況パワフルプロ野球-Once Again,Chase The Dream You Gave Up- 作:kyon99
第27話 恋恋高校再始動、そして――
『猪狩守、ここで散る』
高校球界では一番名を馳せている名門にして強豪であるあかつき大附属高校の敗北は、翌朝の朝刊の一面を大々的に報道される程、世間には相当な衝撃を与えた。
投球内容としては九回を五失点、被安打数は七本、奪三振数はたったの三つだったと言う。
オマケに四死球は初回に四つと、猪狩本人の調子が良くなかったにしても、猪狩らしく無い投球内容に、昔からの付き合いである俺は未だに本当かどうか信じ難かった。
それに対し、山の宮高校のエース太郎丸龍聖は、圧巻の投球で頑張地方一の打撃力を誇るあかつき大附属打線を無四球完封でねじ伏せて見せたのだ。
投げては毎回奪三振、打っては二ホーマー三打点と好成績。
今年から現れたダークホースとしても、あの猪狩を破ったと言う事で、世間に与えたインパクトはかなり大とも言えるだろう。
新聞の記事では、『きらめき高校戦同様、今日の試合は七回からトップギアで投球!! 魅せた!! 太郎丸龍聖の『アンユージュアル・H・ストレート』炸裂!!』と、言う見出しの記事まで用意されていた。
その『アンユージュアル・ハイ・ストレート』は太郎丸の尻上がりに調子を上げると共に、独自のノビを更に強化し、打席に立って初めて実感すると言う―――。
その球を目の当たりにした春海の先輩である目良浩輔が、悔しさを滲ませてインタビューに答えていたのが妙に印象深い。
そのインタビューを受けて新聞の記事では詳しいことが記されていた。
スピードガン以上の体感速度を感じさせるストレートが、太郎丸龍聖の『切り札』である事が綴られていた。
そして、俺たちは昨日に引き続き早川の署名活動を続けていた。
昨日の手応えから今日も沢山の人から、『頑張って』や『応援してる』と言った励ましの言葉などを掛けて貰って、俺自身や他の部員が相当なやる気を示している。
恋恋高校の全員の名前、猪狩兄弟、春海達などと言ったリトルリーグ時代のチームメイトや、更に千波先輩や目良浩輔、館野彰正、更には流星高校の野沢雄二、ときめき青春高校の小山雅と言った、この高校生活で出会ったライバル達や、聖を始めとして、野球道具でお世話になっているミゾットスポーツの明日光一郎さん、その双子の子供の明日光、明日未来など……昔ながらの友人や近所の人達の協力も得られて今は、とてもいい感じで署名が集まっている様な気がしている。
「皆、ボク達を応援してくれてるんだね」
ある程度時間が経過して、お昼時を迎えた俺たちは一先ず休憩を入れる事にした。
記入名簿のファイルを大事にバックの中に入れようとした時だった。
早川が俺に向かって囁くように呟いた。
「ああ、そうだな。協力してくれた人達の思いを無駄にしないように必ず良い結果になるといいな」
「うん!」
ニコッと笑う笑顔。
早川もここまで良く立ち直ってくれたものだ、と感心する。
誰よりも辛い立場にいながらも、マネージャーでチームを支えるとまで決意した早川のメンタルの強さに、俺は頭が上がらない思いでいる――しかし。
早川には、マネージャーでベンチに入るだけじゃ足りない程の秘めた力を持っている。
お前は、恋恋高校のエースナンバーを背負ってマウンドに立っているのが一番似合うんだ。
それに、甲子園のマウンドで投げる早川の姿を見てみたかったりもするって言うのは、本人を前にして中々言えないもんだ……。
「小波くん、そろそろお昼にするでやんすよ! あおいちゃんも早くくるでやんす!」
「うん! 今いくよ!」
矢部くんの呼ぶ声に、俺たちは笑いながら向かっていった。
――――
そして、俺たちの努力は見事実る事になる。
梅雨明けが宣言された七月はあっという間に終わり、夏本番の八月に入り第二週目へと差し掛かった頃だ。
色々な人の協力を貰い、ワイドショーや新聞などのメディアに取り上げられて注目を集め、最終的に一万人を超える人達の署名を集める事が出来たのだ。
恋恋高校野球部の思いを理事長に託し、それを高野連に届けて貰ってから約五日後……。
漸く結果が出ると言う事で夏休みにもかかわらず、俺たちは理事長室に呼ばれて、その時をひたすら待った。
正直いえば、不安で一杯だ。
受理されるかどうかさえ怪しい―――そんな気持ちは、この署名活動を始めた時からずっと思い続けてきた気持ちだ。
普段、緊張とは無縁の俺も今日ばかりは、流石に緊張感を感じてしまう。
そして、来たる午前十一時。
理事長室に一本の電話のベルが鳴り響いた。
あまりの突然さに驚いて体をビクッと跳ねあがらせた数名の影が動くのが分かった。
流石に俺は、そこまで矢部くん達ほどオーバーなリアクションを取ることは無かったが、内心……ベルの音と鼓動の音が一緒になっていた。
理事長席に座る倉橋理事長が冷静に受話器を握り耳元へ当て、「こちら恋恋高校、理事長の倉橋です」と低く慣れた口調で話しをした。
勿論、電話の向こう側の声はこちら側に聞こえる訳でも無く、理事長の相槌だけが聞こえる。
暫くして本の一瞬だが、理事長は険しい表情を見せたのを見逃さなかった。
思わずゴクリと、息を飲む。
その表現を見たのは俺だけでは無く、全員がその険しい表現を見て、腹を括ったような、最後の覚悟を決めた顔で見つめ、冷や汗が頬を垂れると、今度はゴクリと生唾を飲み込んで、理事長の言葉を待つ……。
「……はい。それでは失礼します」
静かに受話器を置く。
すぐ様、言葉が欲しいが、理事長はそのままジッと黙ったまま俺たちを見つめていた。
もしかして、結果はダメだったのだろうか……。
カチカチと大きな柱時計の針の動く音と、外の木々を揺らす風の音だけが理事長室に流れ込む。
次の瞬間……理事長は、ニコッと笑いゆっくりとした口調で言葉を述べる。
「おめでとう! たった今、高野連から早川くんの出場が正式に認められたよ!」
「よっしゃーー!!! やったぜ!」
「良かったでやんすー!!」
まず初めに、喜びの声を上げたのは星と矢部くんだった。
星は天高く大きな大きなガッツポーズをして見せて矢部くんと抱き合った。
矢部くんは星に抱きついて瓶底メガネの奥から滝のような涙を垂れ流している。
その後に続こうと毛利達が二人に被さるように飛び乗っていく。まるでプロ野球の日本一を決めた瞬間を見ているかのようなはしゃぎっぷりだ。
そして、顧問である加藤先生、孫娘の彩乃は胸をホッと撫で下ろして安堵の表情を見せていた。
何かと俺の後ろで支えてくれていた二人には、感謝の気持ちを述べても伝えきれそうにも無いな……本当、ありがとうございます!
最後は……。
「あおい! これでまた野球が出来るわよ!」
「え……あ……」
最後は早川だ。喜びを通り越した顔と言えばいいのか例えるのは難しいが、その青い瞳から流れる小さな涙を見れば一目瞭然だろう。嬉しさを超えた嬉しさ、またお前はマウンドに立てるんだ。辛かっただろうけど……もう一度頑張ろうぜ、早川!
「だが……九月に行われる秋季大会はルール改正を来年の春からとする為、今回は見送り。恋恋高校の本格的参戦は、三月から始まる春季大会からとなる」
「――ッ!?」
思ったより長いな・・・・・・。
来年の春か……。
これでセンバツでの甲子園は無くなった。
甲子園に行けるのは、来年の夏の大会のみって訳か。
面白え―――。絶対、来年こそは恋恋高校を甲子園に出場させてやる、俺が必ず! どんな事になっても!
―――
午後の六時を過ぎた。
毎年、夏のこの時間帯はまだ明るく、少年達が河川敷の砂利道を元気よく走り回っている姿がチラホラ見受けられる。俺たちは早川の出場が正式に決まったことで浮かれてしまい、本来休みだった部活を先ほどまで練習に費やしていた。星の相変わらず練習にならないノックはこの熱さの中でやられたら洒落にならない。危うく古味刈が、もう少しで熱中症で倒れる寸前の所だった……。しかし、二年の俺たちを覗いて後輩である赤坂、椎名、御影の三人の練習を見させて貰ったが中々の成長ぶりに驚きを隠せなかった。特に、外野全般が得意と述べた御影の守備の巧さは正直に言って矢部くんよりも『上手いのではないのか?』と思える程の好印象を持った。打球反応が良いのだろう。しっかりと見極めた守備、定位置への走りには文句の付け所が無い……だからと言って他の一年生の二人には足りないものがあるのか、と思われるかもしれないがそうでも無い。
キャッチャーの椎名は時前の頭の良さを生かし、常に冷静な采配を振るってくれると久々にピッチング練習を開始した早川が太鼓判を押していたし、ショートを希望していた赤坂は……まあ、明るく元気な奴だった。
こうなると、レギュラーのポジションの割り振りに打順も一新しなければならない。来週の夏合宿、秋と冬場には基礎を固めて春を迎えなければならないし、何校か練習試合を組まなければいけない事……たくさんある。
兎に角、思えば夏の合宿の前に早川の処遇が決まってラッキーだ。早川がいると居ないとではやっぱり皆のモチベーションにはかなりの上下差がある。早川が復帰したことで恋恋高校の活気は更に倍増したと言えるだろう。この夏が勝負所だ。
それにしても朝からずっと気になっていた事がある―――それは、猪狩が負けた事と猪狩から勝ちを得た山の宮の太郎丸龍聖だ。中学時代から二人にはかなりのライバル意識はあっただろう。『西は太郎丸』『東は猪狩』とまで呼ばれていた実力を兼ね備えていた二人だったからな。それを意識しないと口では言っていても意識していない訳が無いのが猪狩守だ。かなりの悔しさはあるだろう。これで猪狩は見違える程の成長を遂げるだろう……。
俺だって……。
俺達だって……これからだ。
先を行くライバル達を思いながら、俺は家路へと足を進めて行った。
――――
八月も早くも中旬へと差し掛かり絶賛夏休み期間に入っている頃、甲子園大会は既に始まりを告げていた。頑張地区代表の山の宮高校は勿論、西地区の西強高校、北地区のアンドロメダ高校などを筆頭に、貫禄のあるチームが高校野球の頂点を取ろうとしていた。
そんな頃、俺たちは頑張地区から離れた場所に居た。世間がテレビで放送される甲子園大会に釘付けな頃、俺たちは夏の合宿を行う為にプロのチームが冬のキャンプに訪れ使用するグラウンドを使ってみたいと言う俺の冗談を間に受けた彩乃のわがままで理事長に強請り、半ば強引に一場借りて、練習に打ち込んでいた。
流石、プロのチームが使用するだけあって練習などに使用する機材等は、バット然り、ピッチングマシン然り、全てレベルが高い物ばかりが並んでいる
おまけに合宿所も、海がすぐ側にあって浜辺での足腰を鍛えるトレーニングには持って来いだし、立地もかなり良く雰囲気が良さげだ。
到着して直ぐに練習を開始し、時計の針は既に十五時を過ぎており、ここにきて早くも三時間が経過していた。
何故、俺が合宿を決行したかと言うとだ。目論見としては、恋恋高校野球部の全体的なレベルの底上げ……これに尽きる。
ここまで極亜久高校、ときめき青春高校、流星高校野球との三試合と試合経験は割と少ない方だった訳で、ひたすらに守備、打撃と全般的なハードな練習を重ねている。
「今日は暑いから早めに切り上げてね。小波くん」
そんな中、ライトポールからレフトポールへと全力ダッシュをする練習の最中、顧問である加藤理香先生が日傘をさし、暑苦しそうに俺の事を見ながらそう呟いた。
今にもこの熱さの下で動き回る俺たちから避けてクーラー全開で冷え切った場所に行きたいと言わんばかりの表情を浮かべている。
「わ、分かりました」
短かめに返答した。
加藤先生は、日傘をさし顔の三分の一を覆っている黒いサングラスをかけて、そのままベンチへと踵を返して歩いていく。
それにしても、加藤先生まで付いてくるとは思わなかった。
それもそうだ。高校生の俺たちだけで何かあったら大変であり、勿論大人である教師、または顧問が居なければ合宿なんて行える訳ではない。
ただ、驚きを隠せないのが練習には殆ど参加しなかった加藤先生が急に乗り気になっていたと言うことだった。オマケにここに来るまでの大型バスの免許まで持っているとは思わなかったけどな……。
すっかり日が落ち静寂の夜が来た。
皆が合宿所のロビーで談笑している中、抜け出して俺は一人、近くの砂浜を走っていた。
ザブンザブンと耳の直ぐそばで聞こえる波の音、ザッザッと砂浜を蹴りあげる音、そして鼻に染み付くように潮の匂いを満喫していた。ふと、顔を横に向ければ月の明かりに反射する波の流れも堪能出来て、心にとても印象深い何かを残す。
どの位走っただろうか。随分と走った様に感じる程、顎には大量の汗が垂れ落ちる……。
ふぅ、小さな息を吐いてその場で足を止めて海の奥を眺める。すると……。
――ブン!!
――ブン!!
何かの音が耳に飛び込んだ。
勿論波の音でも無い。でも、聞き覚えのある音が聞こえた来た。くるりと体を音の方へと探る様に向けてみる――約五十メートル先辺りにその姿があった。
背丈は百六十センチほどの金髪のツンツンと尖った髪が目に入る。薄暗くて分かり難いが顔はまだ幼く、中学生位だろうか。一回一回、バットを振る場所は違かった……。
驚くべき事に少年は内角、高め低め、内角高め低め、真ん中と頭の中でコースを変えながら素振りをしていたのだ。
「あーもう、友沢先輩! やっぱりこんな所に居たんですか? それそろミーティングが始まりますよ!」
海沿いの道から一人の銀髪の少年が現れて金髪の男に声を掛けた。先輩と呼ぶ辺り、あの子は同じ学校の後輩かなんかなのだろう。
「友沢」と呼ばれた男は、名前を呼ばれてもバットをピクリとも止めずに、一心不乱にバットを振り抜いていた。やがて、銀髪の少年に止められてしぶしぶ引き返して行くとやがて俺は一人になり、バットに気を取られていた俺の耳は再び、波の音が飛び込んできた。
「もー小波くん! こんな所に居たの? 随分探したよ!」
名前を呼ぶ声と共に、早川が後ろの方から浜辺を走って来た。さっき友沢と呼んだ銀髪の男と少し似ていて苦笑いを浮かべる。
「おう、早川」
「おう、じゃあないよ! 全く、皆で居るのに一人で自主練習してたの?」
「まあな。夜風に当たりたいって思って、ここに来たらいつの間にか浜辺を走ってたんだ」
「ふふ、小波くんらしいよ」
「そうか?」
「うん」
呆れながらも、早川はニコッと笑った。
思えば早川とこうして二人きりになるのは随分久しぶりの様な気がするな。
「それで? 早川、お前は何しに来たんだ?」
「え……?」
「だから、何しに来たんだよ? 浜辺を走り来たって訳じゃないだろ?」
早川の格好を見る限り、ランニングをしに来た訳じゃないって事は、一目瞭然だ。なんて言ったってパジャマ姿でランニングなんてしないだろう? 普通に……。
「え、あ! コレは……その……」
自分の姿を理解したのか、早川は急に我に返って歯切れが悪くなり、恥ずかしがる。心なしか顔も赤く染まっていた。
「小波くんに……お礼をまだ言ってないって思って! ……ここまで来ちゃったんだよ」
「お礼? なんの?」
「なんのって、キミはボクの為に署名活動をしてくれたじゃない? キミの行動のお陰で、ボクは再び野球が出来るようになったから……球太くん、ありがとう!」
「お、おう……」
「今日は、どうしてもキミにお礼が言いたかったんだ。それじゃ、戻るね。早く戻ってくるんだよ?」
すると早川は、逃げるように走っていく。
俺は、その後ろ姿をただただ見つめているだけだった。あいつが初めて俺のことを球太と呼んだ……。