実況パワフルプロ野球-Once Again,Chase The Dream You Gave Up- 作:kyon99
夏特有の熱さを孕んだ風が吹き付ける。
八回の裏まで進んだ、山の宮高校ときらめき高校の試合はたった今、太郎丸龍聖の外野深くまで飛ばしたフライをレフトがしっかりとグローブに抑えて攻撃が終了した。
スコアは三対一。
きらめき高校が二点を追いかける展開だ。そして、九回表を迎えたこの回が最終回となる。
「良いか!? この回が泣いても笑っても最後だッ!! なんとしてもこの回……太郎丸から絶対に三点は取るぞ!!」
「オゥ!!!!」
檄を飛ばした館野の言葉にきらめきナインは頷き、大声で返事を返す。しかし、後輩である高柳春海は無言のままベンチに腰を掛けたまま固まっていたのだ。八回表の打席にチャンスを作る事も出来なかった不甲斐なさの表れだろうか、太腿のユニフォームを強く握り締めながら歯を食いしばっていた。
「春海……。まだ試合は終わってないわよ?」
姉である千波が春海の側まで駆け寄って声をかける。だが、その声は励ますとはほど遠く少しばかり震えていた。それは千波だけではなくて、きらめきナイン全てに通じた。
目の先に淡々と投げ込みをしている山の宮高校のエースであり、この試合殆ど三振に封じられている太郎丸の圧倒的なピッチングの前から二点も取れるかどうか、不安があるからだ。
「すいません……、俺……、どうしてもチャンスを作りたかったんです。だけど……力及ばずに三振してしまいました」
「・・・・・・」
館野は黙ったまま春海を見つめていた。
その沈黙はベンチに漂い始める。
三年達は自然と目が潤い始め、そこから光るものを覗かせる。
「春海。別にお前のせいじゃない。俺たちは今までの成果を出しベストを尽くした。例え……この回で終わったとしても俺はお前と今日まで高校野球が出来て良かったと誇りに思えるさ」
「館野先輩……」
「俺だけじゃない。きっと、それはあそこに居る浩輔だってそうだと思ってるはずだ」
ネクストバッターズサークルに居るはずの目良に目線を変えながら言う館野だったが。
だが、館野は目を疑った。
何故ならば、今現在ネクストバッターズサークルに本来いるはずである目良浩輔の姿が見えなかったのだ。
「……浩輔!? あいつ、どこ行った!?」
「あん? なんだよ? 彰正。俺ならここにいるぜ?」
驚く事に目良はベンチに座っていた。
「こ、浩輔くん!?」
「目良先輩!?」
春海と千波が同時に言葉を発した。
四番打者であり次のバッターでもある目良は一歩も動いていなかった。目の前では三番打者が太郎丸との打席に構えていてカウントはワンストライク目を空振りしたところだった。
「ここいるぜって……お前! 次のバッターだろ!? なんで此処に居るんだ?」
「うっせーな。俺が何処に居ようが、オマケに何をしてようがどうでもいいだろ?」
「ちょっと……浩輔くん! さすがに……ここまで勝手すぎるのも程があるんじゃない!?」
「ほらほら、言わんこっちゃねェぜ? 春海。お前の姉ちゃんは随分おかんむりの様だぞ?」
「いや……千波が怒ってるいるのはお前に対してだ」
館野のツッコミに対して、春海は先ほどまで悔しさで食いしばっていた口元を緩ませた。
それを見た目良はニヤリと笑いながら春海の前まで歩き出す。
「……春海。さっきの彰正が言ってた通り。俺はお前と野球ができて心の底から嬉しいと思ってる。腐れ縁で頭の固いクソ真面目と鉄拳制裁の達人の美女……こいつらもいたお陰で随分と高校野球ってモンが楽しめたよ」
目良の言葉に直ぐにムスッと顔を変える『腐れ縁で頭の固いクソ真面目』と『鉄拳制裁の達人の美女』と呼ばれた二人。
「だけど、春海。お前がこんな俺をいつも支えてくれたからこそ、俺にとってこの先忘れる事の出来ねぇ大事な思い出になるモンをお前がくれた『今』があるんだ」
「……はい」
「何度思い返してみても、思っていたよりも悪くなかったな……。まだまだお前と野球やりたかったぜ。……本当、ありがとな」
「……」
「随分と楽しませてもらったぜ、お前と出会ったこの二年間。次はお前の時代だ、春海!」
「……は、い」
「あとは、頼んだぜ!」
「……はい!!」
ポツリ、ポツリと握りしめる拳に涙が溢れ落ちる。
それを優しい顔で見つめる。
館野も千波も初めて見る目良浩輔の微笑みに対して、堪えていた感情が蛇口を捻ねって出てくる水のように流れ……溢れ出していた。
「ストライクッ!! バッターアウトッ!」
球審のコールと湧き上がる歓声がベンチまで聞こえる。疲れを見せない太郎丸龍聖のズバ抜けたストレートに三振に倒れワンナウトになったのだ。
「……次は俺の打順か。さてと行くとすっか」
首を左右に鳴らし、バットを握りしめて目良はバッターボックスへと歩き出そうとした時だった——。
目良の手を春海はガシッと強く手を掴んでバッターボックスへと向かおうとした目良を制止させた。
「どうしたんだ? 春海。手を離してくれないか? 次は俺の打席なんだぜ?」
「……必ずッ!!! 俺が……俺たちがッ!! 来年……先輩達が居て先輩達と出会えた、このきらめき高校を……絶対に……甲子園に出場させますッ! 先輩達が居てくれたから……俺も俺なりの今があるんです!」
「……」
「でも……俺も……俺もまだまだ先輩達と野球がしたいです!! 先輩達と一緒に甲子園に行きたいですッ!!」
春海は、目良の手を更に強く握りしめた。
春海は、その場で泣き崩れた。
大声でも無く啜り泣きでも無くその泣き声は押し殺した声だった。
「馬鹿たれ、こんな所で泣いてんじゃあねェよ……。まだ試合は終わってねぇだろ?」
「……は、い」
「ったく、最後の最後まで世話のかかる後輩だな。……春海、顔上げろ」
「……」
握りしめていた手をそっと離し、流れる涙を拭い、見上げた高柳春海が目にしたのは——。
いつも千波に悪ふざけをして怒らせるのを楽しむ姿でも無く、館野にちょっかいを出して笑ってる姿でも無く、二人の怒りを買って追いかけ回されて春海自身に助けを求める情けない姿でも無かった。
高柳春海、と言う大切な後輩としての……。
高柳春海、と言う大切な一人としての…・・・。
今まで見せたことのない優しい笑顔で立つ凛々しい顔つきで目良浩輔はバッターボックスへと向かって歩き出した。
「まだ、終わっちゃいねェッ!」
さっきの春海の言葉を受けたせいだろうか?
胸の奥に潜んでいる「終わりたくない」と言う感情が、不思議な感覚を持つと同時に、自分の野球への思いが限りなく広がっていくような心地の良い開放感を感じていた。
まだ、ワンナウト。
残りアウト二つで俺たちの最後の夏が終わってしまう。
だが、まだ終わりではない。
最後の最後まで全力でで喰らい付いてやらなきゃ終わるに終われねぇ!!――来な、太郎丸ッ!!!
対する一球目。
猛々しく太郎丸は、スリークォーターの綺麗な投球モーションでボールを放り投げ込んだ。
ズバァァァァァン!!!
球速百四十九キロの『アンユージュアル・ハイ・ストレート』がキャッチャー名島のインコースに定めたミットへと収まった。
「ストライクッ!」
――速い。
それはまるで弾丸のような、鋭くて重たい鉛球が高速で振り下ろされたかのような速球に目良はまったく反応出来なかった。
コースは徹底的に際どいコースを攻めて来る。
オマケに「負けない」と言う気持ちの篭った良い球だ。
太郎丸龍聖・・・・・・確かに良いピッチャーだ。
続く、二球目。
ど真ん中やや低めのストライクゾーンだ。
これはギリギリ、ストライクゾーンに入っているが反応が遅れて見送る。
球速表示は百四十六キロのストレートが突き刺さる。
あっという間にツーストライクへと追い込まれてしまった。
太郎丸の持ち球はストレートとスライダー、カーブ、フォーク、そしてチェンジアップの四種類と豊富な太郎丸だ。だが、投球スタイルは基本的には直球で勝負するタイプで変化球投げて来ないのは彰正のデータ通り、追い込んだらストレートもしくは落ちるフォークか緩急を突いたチェンジアップ——打者を三振で仕留めるピッチャーだ。
速ければストレート、少し遅ければフォークかチェンジアップ。二つに一つな訳だ。
「二つに一つか……」
クスッと目良は思わず笑ってしまった。
『勝つ』か『負ける』か……。
『続く』か『終わる』か……
こんな場面でも尚、選択を迫られる事に目良は笑ったのだ。
だが、目良はバットのグリップを強く握り締める。
既に、悔いは無い。
「……」
春海にはこれからの全てを託した。
春海は彰正には劣るがバカで居て真面目だ。
打撃面でも守備面でも既に二年の中では文句の無い選手になってるし、みんなを纏めるリーダーシップも持っていてキャプテンとしての才能もある。
本当に頼りになる後輩は、俺には勿体ねえ。
彰正……。俺みたいな馬鹿の我儘に今まで付き合わせちまって悪いって今でも本気で思ってるぜ。
なぁ、彰正。
もし……あの時、お前が官僚高校に進んでいたら俺は今ここに立っていたのか?
いいや、きっと立ってねえんだろうな。
そしたら俺はどうしてたんだろうな……そんな事なんざお前に聞いても分からねえのかもしれねえよな。
ありがとな腐れ縁……。
そして、真面目でつまんねぇ親友よ。
千波……。千波にはいつもいつも情けなくてだらしない所ばっかり見せちまってるよな。
何度も何度もマネージャーとして俺の所為で千波に大変な思いばかりさせちまって悪かったな。
助けられてばかりで、何も感謝の気持ちを返せなかったが……この試合が終わったらちゃんと俺の想いをお前に伝えるよ。
俺は……お前の事を——高柳千波の事が『好き』だって事を伝えるからな!!
って、アホ臭え事考えてんだ……俺は?
まさか、もう終わった気持ちでバッターボックスに立っているんじゃねぇだろうな……目良浩輔。
二つの中の選択はもう決まったか?
『勝つ』か『負ける』か……。
『続く』か『終わる』か……。
んな事、分かってんだろ?
やっぱり勝ちてぇんだよッッッッッッッッッッッッッッ!!!!
――ズバン!!
「……」
巡り巡らせた気持ち。
この先も仲間達と甲子園を目指したい、と揺るがない想いを掻き消すかのような轟く捕球音が目良のバットが空を切った。
太郎丸の『アンユージュアル・ハイ・ストレート』の前に、目良は三球三振に打ち取られてしまった。
「ストライクッ!! バッターアウトッ!!」
太郎丸はニヤリと笑みをこぼして、周りに「ツーアウト!!」と指でサインを作りナインへと声をかけた。
そして、太郎丸龍聖が自己最速の百五十三キロを叩き込む、最後のバッターを空振りの三振に仕留める。
決勝戦進出を決めた山の宮高校ナインは、喜びを露わにしてマウンドでガッツポーズを高く突き上げる太郎丸に向かって走っていっては、チーム全員で拳でガシッと交わしていた。
山の宮高校ときらめき高校の試合は三対一で山の宮高校に軍配が上がり、きらめき高校は無念の敗退となった。
その日の夜。
春海達が負けた、と言う情報はパワフル高校の栗原から送られてきたメールの内容で知った小波球太。
太郎丸が『百五十三キロ』を超えるストレートを投げた事や試合内容が事細かく添付されていて、今日一日署名活動をしていて携帯を見る暇も無かった小波にとっては正直有り難かった。
これで太郎丸の居る山の宮高校と猪狩の居るあかつき大附属が決勝戦で戦うと言う事が決まった。
そして現在、小波は六道聖の家に足を運んでいた。
いつもの日課を熟す為なので、別に不思議な事ではない。
広い庭が一望出来る縁側に胡座を掻き夏の夜風に吹かれ黒く四方八方に伸びる癖毛が揺れているのを気にしながら虫の音に耳を傾けている時だった。
「残念だったな。高柳先輩の高校。負けてしまったのだろ?」
しばらく見かけなかった聖が台所から戻ってきた。
手元には緑茶を淹れてくれていてたのだろう「きゅうた」と小学生の頃に社会見学で作った自分の名前が彫られた湯飲みはいつの間にか六道家に置いてあり、その湯飲みを隣に置きながら聖は少し遠慮した声のトーンで聞いてきた。
「……ああ。けど、太郎丸龍聖と名島一成のバッテリーが居る山の宮高校を相手に春海達は随分といい試合したと思うよ」
「山の宮? あまり聞いた事が無い学校の名だな」
「そりゃそうだ。なんて言ったって去年までは赤とんぼ高校、バス停前高校に次いで弱い高校だったからな。知らないのは当然だろ」
「そうなのか? それでも高柳先輩のチームを破るまでに成長した山の宮高校の部員達は余程練習を積んできたのだろうな」
「それもあるだろうな。だけど一番の理由はハッキリしてるさ」
「理由??」
「やっぱり太郎丸と名島の加入がデカイのさ」
小波は二人の名前を出した。
すると、聖は無言で首を傾げながら「一体、誰の事を言ってるんだ?」とでも言いたそうな表情をしていた。
「あははは、だよな。聖はやっぱ知らねえよな。太郎丸と名島って言うのは元西強中学の最強バッテリーだ」
「あの西強中学か。だが何故、その二人が頑張地方の山の宮高校なんかに居るんだ?」
「さぁ。それは俺だっても知らねえよ。兎に角、あの二人がいる事でチームに活気が出てきたのは確かな事だ。次の春の大会では是非とも戦ってみたい相手だぜ」
「うむ、春の大会か……。だが、その前に球太」
「ん?」
「大丈夫なのか?」
「大丈夫って?」
「早川あおいさんの事だぞ」
「あ……」思わず言葉が漏れてしまった。聖の言葉で山の宮と戦いたいと言う浮かれていた気持ちを持っていた小波はふと我に帰る。
「今日も学校にも行かずに一日中署名活動していたのだろ? 署名はどの位集まったのだ?」
「あ、いや……。それが、その……」
聖の言った通り。小波は朝から学校に行かずに早川の出場を認めて貰える様に署名活動を行っていた。だが、結果は十五人しか集まらなかった。前日は聖本人に「百人くらい軽く集めてやるさ!」などと息巻いた手前、答えるのが辛いのだ。
「成る程……。言葉が詰まると言う事は、それほど言いたくはない程の数なのだな。球太に免じて聞かないでおこう」
「あはは……自分で大口吐いといて恥ずかしいな。でも……簡単に集まらないって事くらい分かってたけどな」
「それで? これからどうするのだ?」
「どうするって言われてもな……。そんなの認められるまで続けるしかないだろ」
この言葉に聖はやれやれと首を横に振る。やると言ったらトコトンやるのが小波球太なのだ。
一度決めたら決して折れる事は無い。その小波の頑固さは聖が一番知っている事だ。
「それに丁度、明日は終業式だ。ようやく夏休みに入る訳だし、夏休みはほぼ一人で署名活動するつもりだから出席日数は何の問題はないさ」
「……一人で署名活動? 球太、お前は野球部の練習には参加しなくていいのか?」
「まあ、確かに練習には参加しなくちゃならない所だけど、今はどころじゃないからな。矢部くんには毎日、練習をしていて欲しいメニューを作ってメールで送ってるし……それに俺はお前が居るから問題はないさ」
「なーーッ!! それは一体……ど、どういう事だ?」
口を籠らせて聖が言う。心なしか顔が一瞬にして真っ赤に染まったのは気のせいだろうか?
「どう言う事って……ピッチング練習だよ。お前、部活で疲れてるのに毎日手伝ってくれてるだろ?」
「あ、ああ……そ、そういう事か」
聖は少し肩を竦めた。
「球太、前にお前が言っていた球は物に出来そうか?」
「うーん。それはどうだろうな? けど、イメージは沸いてるよ。それに手応えもある。だけど、まだ何か足りない気がするな。もしかして実践じゃないと分からないかも知れない」
「そうか。ただでさえお前の得意とする『三種のストレート』は異質なのだぞ? それに、故障者でもあるから肘と肩の負担には気を使いながら練習するんだぞ?」
「お、おう」
「・・・・・・どうかしたのか?」
「いや、別になんでもないよ」
いつもは文句ばかり言う聖だが、今日はヤケに心配してくるので戸惑う俺だった。ふと見上げた雲一つない夜空が広がっていて夏の星がよく見える。
春海達は負けてしまったが、もし俺たちが出場停止処分にならなければ、きらめき高校と戦い、太郎丸と名島の居る山の宮と戦って、決勝では猪狩と戦えたのかという事を思うと少し胸が苦しくなる。悔しいのは皆、同じだ。この悔しい気持ちを消すためには早川の出場を認めて貰い、恋恋高校として再始動するしか無い。もう二年の夏は終わった・・・・・・。残るのは来年の夏の大会だ。必ず、必ず俺が皆を甲子園の土を踏ませてやるんだ。その為にも早く≪アノ球≫を完成させなくてはならない。
「夜空が綺麗だね」
「・・・・・・・・・・・・」
「ねえ? 浩輔くん、聞いてるの?」
夜の二十時を過ぎた時間帯。街外れの住宅街が立ち並んだ所に一つの大きな池がある公園に二つの影が並んでいた。年齢は十七〜十八歳位で見たところ制服を着ているところからすると高校生だろう。長身の男の前を歩く女生徒が空を見上げながら尋ねるも返事が無かった。
「あん? そんな大声で言うなよ! うっせーよ! ちゃんと聞こえてるって!」
「じゃあ、今私はなんて言ったの?」
「明日の下着はいつもより派手に行こう、じゃねェのか?」
「バカッ!! 全然違う!!」
――ボゴッ!!
静寂に包まれた公園内に鈍い音が響き渡る。
「イッテェ〜! お前、急に何しやがんだッ!! 千波!」
「アホッ! バカッ! 変態!!」
「悪口のオンパレードじゃあねェか!」
「当たり前でしょ!? 私は夜空が綺麗だねって言ったのよ!? 何が『明日の下着はいつもより派手に行こう』よ! ただの変態じゃないの!」
「チッ! 惜しい!」
「全然ッ! 惜しくない!」
二人の姿は、きらめき高校の目良浩輔と高柳春海だった。今日の試合、山の宮との準決勝戦で負けてしまい事実上の引退となった三年生の二人だが、何故か二人で歩いているのだ。
だが、学校から二人で帰る事になってから三十分の時間が既に経過していて、たった今ようやく二人は会話をした。
三振のコールとゲームセットの試合終了の合図と共にきらめき高校の全員がその場で涙を流していた。目良も打席に立つまで涙すら見せなかったが、ベンチに座りタオルで顔を覆ってしばらくそのままだった。それを見た千波は、きっと浩輔は、試合に負けた事を引きずっているので無いのか、と思いとても声を掛けられないままだったが、次の瞬間に千波は安心した。
「くく・・・・・・あははは!」
「こ、浩輔くん?」
「ふぅーう。良かった良かった! いつも通りの千波でよ」
「え? どういう事?」
「お前、俺にずっと気を使ってんじゃねェかと思ってたけどさ、今の一発で解った! 千波は千波。いつも通りだ!」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「千波」
「うん?」
「悪りぃな。俺、負けちまったよ」
「うん」
「本当は本気で甲子園へ連れて行きたかったんだ。彰正も春海も部員全員・・・・・。もちろん、千波もな」
「うん」
「だけど、負けちまった」
「・・・・・・」
「正直、こう見えて今の俺は、メチャメチャ悔しいんだぜ? でも完敗だ。山の宮・・・・・・太郎丸達が一枚上手だった」
「・・・・・・」
千波は黙ったまま浩輔の言葉を聞いていた。彼の表情は試合後と同じで本当に悔しいと言う気持ちを露わにしていたのだ。
やがて聞こえるのは虫の音と夜風が吹き通り抜ける音だけとなり、暫しの沈黙が続く。一体どれ程の時間が経過したのだろう。一分か十分なのか、それとも三十分は過ぎたのだろうか、二人にはそう感じらる程、時の流れはゆっくりと動いている様に思っていた。
ドクン、ドクンと胸の高鳴りが周りの音を掻き消す程の大きな音がBGMの様に鳴り響いている。すると、目良はスゥーッと小さな息を吸った。
「あのさ、千波」
「うん」
「本当は、こんな感じでお前に伝えるつもりは全く無かったんだけどさ・・・・・・」
「何を?」
「俺・・・・・・千波の事が・・・・・・好きだッ」
「・・・・・・」
「あの日、千波と出会った時から、ずっと・・・・・・今日まで・・・・・・お前のことが好きだ」
「ありがとう・・・・・・私も、浩輔くんのこと・・・・・・好きだよ」
「そっか・・・・・・へへ! なんか、これはこれで恥ずかしいな」
「そうだね・・・・・・。なんか変な感じがするね」
二人は互いに手を握りしめた。
夜風が涼しく、透き通った夜空がとても印象的な夜だった。