実況パワフルプロ野球‎⁦‪-Once Again,Chase The Dream You Gave Up-   作:kyon99

22 / 71
第22話 恋恋高校野球部の最大の危機

 部屋の窓をリズミカルに叩く音が聞こえ、それは次第に大きくなるに連れて嫌気がさした俺はゆっくりと目を開けた。

 枕元に置いてある時計を眠気まなこを凝らして覗き込むと、時計の針は、午前五時を回っていた事に気付いて、「はぁ〜」と大きな溜息を漏らした。

 まだ学校に行くまで二時間半も時間が余り、昨日の試合での疲れた身体を充分に休ませられた筈なのにと、ベットの上に胡座を掻きながら、タンタンと、打ち付ける外へと目を向けた。

 昨日の曇りから天気は雨に変わったようだった。

 昨日の試合では、一点差を見事、逃げ切る事が出来て三回戦進出を決めた俺たちだが、次の相手は幼馴染である高柳春海が居るきらめき高校に決まった。

 春海の持ち味は、確実に臭い球をもミート出来る正確なバットコントロールと絶好球を狙ってくるまでカットし続ける粘り強さまで兼ね備えている。

 パワーの面では、真芯で捉えてもスタンドまで届かないが、それなりにパワーがある為、ピッチャーに取っては嫌なバッターである。

 その上、上級生である目良浩輔に館野彰正も今では、スカウトが声を掛けでプロ入りにアプローチを持ちかける程の話題性と実力をも持ち合わせている。

 恐らく今までの戦い方では、一筋縄では行かないことは明確だ。

 どう戦って行くという戦略は正直言って立てにくいが、兎に角、此処まで勝ち進んで来たならば挑むしか無い。

 二階にある自分の部屋をスウェットを着たまま降りて行く。

 まだ両親は寝ているだろうから音を立てないようにとスリッパを履いたまま階段を降り切り、玄関のポストに投函されたビニール袋に包装された新聞を取り出してリビングへと向かった。冷蔵庫からスーパーで購入したティーバッグで作った専用のウーロン茶をグラスコップに注ぎ、ビニールを破り捨て、頑張地方のスポーツ欄で地区の高校野球の結果の一覧表を俺は真っ先に開いて覗き込みながらウーロン茶で寝起きで渇いた喉を潤した。

 「恋恋高校勝利ッ! 早川あおいの好投!」と掲載されている記事が飛び込んできた。

 一試合目の記事よりやや見出しは小さくなったもののしっかりと早川に関する記事が載っていた。

 そして、次に飛び込んで来たのは「山の宮高校の快進撃!? エース・太郎丸龍聖 MAX百四十九キロをマーク!」と言う見出しだった。

 西地方を制している強豪、西強中学出身の太郎丸龍聖が去年の夏の大会前に頑張地方の山ノ宮高校に編入して来たと言う情報は、春海から少しは伺っていたが全くのノーマークだった。猪狩守以上を上回ると言われている太郎丸龍聖のポテンシャルは、既にプロ以上と言う声も少なくは無い・・・・・・そして同じブロックであり、このままお互いが勝ち進めば当たるのは準決勝だ。その後の決勝戦はあかつき大附属が上がってくるだろうから、体力的にも精神的にも用心は必要だ。

 午前七時半が過ぎ、俺は雨が降り注ぐ絶賛雨天の悪天候の中を透明なビニール傘を広げて学校へと歩き出した。

 正直、こう言う雨という日は心が晴れるは一切起きない。

 ましてや昨日の試合での疲労は回復するどころか蓄積されて振り返して来るのでは無いだろか、と思う程だ。

 そして、いつもなら三十分。

 今日は雨の日だからという訳ではないが、足取りが重いせいで四、五十分もかかってしまい、昇降口にたどり着いた時には周りは誰一人として姿が見えなかった。

 ふと柱時計を眺めると八時十分を過ぎていた為、ホームルームが始まる五分前だという事を今此処で気づいた俺は、足早で教室へと向かった。

 

 

 

 小波が学校に着いた同時刻。頑張地方で唯一の盛んな地域であるデパート街付近の一角の高層ビルのとある一室が貸し切られ、そこでは会議が行われていた。

 会議室の中では、異様に満ちた張り詰めた空気が漂っており、堂々と声を上げて喋るものは一切誰も居らず、コソコソと隣の人物に耳打ちをして話をしている景色が見えていた。そこには、恋恋高校の監督・顧問を務める加藤理香の姿があった。加藤だけではなく、あかつき大附属高校の千石など地方ブロックの各監督を務める者、関係者が集まる中、一人の中年男性がドアから入り、真ん中の席に腰を下ろして咳払いを一つ零し、注目を向ける。

「お忙しい中、わざわざ集まって頂いた事に感謝致します」

 前置きを話しながら、周りを見渡した後、浅く頭を下げ、言葉を続けた。

「此処に集まって頂いた理由は、既に後存知かとは思いますが、改めて言いますと恋恋高校の女子生徒である早川あおいさんの甲子園予選地方大会での出場問題についてです。各メディアでも取り上げられ、今では、ほぼ全国に広がって波紋を呼んでおり、連日、高野連本部にも問い合わせが殺到しまして・・・・・・本日、高野連理事長から決断が下された為、ここで発表させて頂きます」

 中年男性は、一つの用紙を手に握り、キョロと辺りを伺う。皆、ゴクリと息を飲んで、その発表を待つ。

「苦渋の選択ではあるが、恋恋高校に出場停止処分を命じる、との事です」

 言い終わると共に、会議室は忽ち、ザワザワと声を立てる。中に居た高校野球専門のメディア人は「急いで会社へ戻れ! 号外だ!」と足早に出て行く者、その場で会社に電話して一面を取る様に命じる者が居た。周りが慌ただしくなる中、加藤理香はジッとしたまま、窓の外の降り続く雨模様をただただ見つめているだけだった。

 

 

「小波くん、さっきから何を見てるの?」

「ん? ああ・・・・・・別に何も?」

 昼休みの時間。

 俺は、窓の外を見ていた。

 矢部くんと学食での昼食を食べ終え、自分のクラスに戻った直ぐに、早川と星、七瀬が教室に入って来て談笑を交わしていた所だった。

「それで? 小波くんはどう思う?」

「どう思うってなんだ?」

 聞いていなかった為、早川の質問の意味が理解で無いまま、質問を質問で返してしまった。プクッと両の頬が膨れ上がった為、直ぐさま悪いと笑いながら言った。

「もうッ!! 十月にある修学旅行についてだよ! 自由行動の時、皆でどこ行くかを今、決めてたんじゃない!」

「そうだったっけ? それより、俺と早川はクラスが違うだろ? 一緒に行動出来るもんなのか?」

「忘れたでやんすか? オイラ達、二年生の男子生徒は七人しかいないでやんす。オイラは小波くんと同じクラスでやんすが、星くんは男子生徒がたったの一人でやんすよ? ちなみに星くんはクラスでは浮いて――」

「はぁ? 浮いてなんかいねえけどッ!? ちゃんと地面に足ついてるけどッ!? 別に俺、一人でも平気だからな! って言うか、クラスの女子達から俺、メッチャモテモテだから!!!」

 明らかに意地を張った星の主張。明らかに平気では無いな。目が若干泳いでるし・・・・・・。

 それに、まず星の性格からすると、栗原と七瀬など女の子らしい女の子に対しては、言葉が変になりキャラを忘れる程、ド緊張するタイプだ。たが、早川や高木幸子などには平気で話を掛けれるのは恐らく、二人は少し男勝りであるから星の緊張してしまうラインには含まれていないのだろう。こんな事は、声に出して言っちゃダメだな・・・・・・。そして、決定打となる事実がある。先日のときめき青春高校戦での早川の見出しで野球部員だった事すら知られていなかった事からすると、クラスメイトに全く興味さえ持たれていないという事なのだから、それは仕方が無い。

「つまり、このままだと星は、男一人で孤立して、一人ぼっちで、誰からも声も掛けられず、声を掛けてもらえない可哀想なまま、一人で修学旅行を過ごす事になるから、仲の良いメンバーと行動出来るようになった訳か」

「オイ、小波ッ!! テメェ、さっきから一人、一人って強調して言うんじゃあねェよ! 悲しくなるだろうが!」

「悪い悪い。ところで、皆は行きたい所とかあるのか?」

「ボクは動物園とか行ってみたいな」

「オイラは、アニメグッズ専門店に行きたいでやんす!」

「俺は、美人の女の子が居れば文句はねえよ」

「私は、あおいと一緒なら何処でも大丈夫ですよ」

 それぞれの返事が返ってきた。恐らくこのままだと動物園で決まりみたいなもんだろ。星と矢部くんの意見の受理など早川の前では決してされるわけが無い。

 俺は正直に言えば修学旅行とか興味ないから行く場所は何処でも良かったりするという事を言わずに話は進んでいくのだが・・・・・・。ここで矢部くん、星、早川の三人が自分の行きたい場所を主張し始めた。互いに一歩も引かない。それを見て俺は、呆れながらも少し吹き出してしまいそうになった。

 部活や試合の時でも良く思う。俺たちのチームはかなり良いチームだと胸を張って言える。

 確かにまだまだ実力こそ無いが、ここからどんどん成長し続ければ、強豪相手でも良い試合が出来そうになるチームだって・・・。だから、次の三試合目の春海との戦いに勝って更に自信を付けたいと言う気持ちと、春海との戦いを楽しみたいと言う闘志は胸に秘めたままでいる。

 そして、その思いを打ち砕くかの様に放送が流れだ。

『二年D組の小波球太くん。至急、理事長室までお越し下さい』

 教職員の声で名前を呼ばれると、クラス中の視線は一斉に此方へと向かれていた。

「ん? 今、呼ばれたのって俺の名前か?」

「ああ、小波。テメェの名前だったぞ? オイオイ、何か良からぬ事でもやらかしたんじゃねェだろうな?」

「まさか、星くんじゃないでやんすよ? きっと授業中の居眠りが原因で、痺れを切らした先生が抗議して呼ばれたでやんす」

「ンだとォ? 俺じゃないってどう言う事だァ!?」

「・・・・・・」

 本人を前にこの言われようである。

 しかし、俺には呼ばれた理由は少し分かっていた気がした。

 恐らく、連日の新聞で、取り上げられている早川の件についてだろう。

 女子である早川の登板による規則違反という事での何らかの厳重注意はあるのではないのだろうかと、ときめき青春高校との戦いの後である程度の覚悟は決めていたが・・・・・高野連の本部でその処分が下されて学校に連絡が入ってキャプテンである俺を呼んだようだ。

「ねぇ・・・・・・小波くん? 大丈夫?」

 教室のドアへ歩こうとした時だった。

 ギュッと肩口を掴む早川。

 表情は強張り、小さな手は小さく短めに震えていた。

 俺は、早川の顔を見て、こんな早川の顔は見たく無いと直感的に思いながらも、心配かけまいと笑いながら「大丈夫、心配すんなよ」と肩を叩いて、俺は皆の居る教室を後にした。

 

 

「言いにくい事なんだが、出場停止処分・・・・・・だ、そうだ」

 開口一番、理事長を務め彩乃の祖父である倉橋氏が重たく冷静に言いながら、FAXで送られてきた内容文の書類を机の上にソッと置きながら言う。同時に呼ばれた加藤理香先生も、丁度理事長室に居た倉橋彩乃もただ黙ったままその場に立ち尽くしていた――勿論、俺も言葉が出なかった。

「初戦と言い昨日の試合と言い初出場ながらも好戦を見せつけてくれて、恋恋高校に話題性を集めてくれた事には大変感謝してるが、この件に関しては、流石の私も高野連に言い返す事が出来なかった事を分かってほしい」

「・・・・・・はい」

「だが、高野連も鬼じゃ無い。異例の処置を提供してくれた。早川くんの登録を抹消しての再登録を認めてくれる様でね? そうすれば明後日の三回戦の試合には出れると言う事だ」

「・・・・・・」

 早川の登録を抹消。

 この言葉は早川あおいを野球部員としては認めないと言う意味だ。

 これを認めて再登録を願い出てしまったら、去年の春、確執があった早川の友人である高木幸子との和解が成立し、再び野球を始める事が出来た早川から再び野球を奪う事になってしまう――。

 それだけは、絶対してはならない。

 なら、答えは一つだ。

「・・・・・・分かりました。早川は、俺たち恋恋高校の野球部員の大切な一人です! 早川だけが抜けると言うことで、処罰が免れるのなら俺たちは、大会を辞退します!」

「——なッ!!」

「――ッ!! 小波くん!!」

「き、球太様!?」

 加藤先生と彩乃が、同時に叫んだ。でもどうする事も出来ないのが現状だった。

「ほ、本当に良いのかね?」

「はい、お願いします」

「・・・・・・解った。高野連の本部には私から直筆のコメントを添えて送ることにする」

「・・・・・・はい。お手数をおかけします」

 クルッと踵を返し、俺は「失礼します」と頭を下げ、理事長室から出て行った。

 廊下に出ると周りには昼休みだと言うのに生徒の影も姿も見当たらなくとても静かだった。

 俺は壁に背もたれ深く息を吐き、制服のズボンのポケットけら携帯電話を取り出して、野球部員全員に部室に来る様にと一斉送信して俺は、部室へと一人、ゆったりと重たい足取りで歩き出した。

 

 

「出場停止・・・・・・処分?」

 数分後、全員が部室に集まった。

 俺は、理事長室での出来事を全て話した。

 そして、早川の名前を消して再登録すれば出場停止は免れ、三試合目も試合に出れるが、それを断った事も全部、包み隠さず話した。

「そ、そんな・・・・・・ボクのせいで・・・・・・皆、ゴメンね。・・・・・・ゴメンなさい!!!」

「あ、あおい!! 待って!!」

 言葉が詰まりながら早川は涙を零すと、勢い良く部室から飛び出して走り去って行ってしまった。

「早川ッ!!」

「七瀬ッ!!」

 その後を七瀬を筆頭に毛利、山吹、海野、古味刈達が追いかけて部室には星と矢部くんの二人だけが残っていた。

「小波ッ!! テメェは、本当にそれで良いのかよ!!」

 ギリギリと歯を軋ませた星は、怒りの形相でロッカーに俺の襟を掴んで打ちつけた。

「——ッ!!」

「星くんッ!! 止めるでやんす!!!」

「止めんなッ!! 矢部!! このバカに、文句の一つや二つくらい言わねェと気がすまねェ!!!」

 首を絞められ、ロッカーに押し付ける星は更に力を強める。

「テメェはそれで良いのか? 早川抜きでも試合に挑むって気にはならなかったのかよ! ただ・・・・・・はい、分かりましたって指咥えて勝手に諦めやがって!! テメェは、悔しいとは思わねェのか!!」

「――悔しいに決まってんだろ!!」

 俺は、首を絞める星の手を掴んで振りはらいながら、星を遠くへと着き飛ばした。お互い肩で息をしながら数秒、睨み合った。

「悔しいさ。だけど、このチームから早川を抜いてしまったらダメなんだ。解るだろう? あいつだって恋恋高校の野球部員だって事も、あいつが今までどんな事で苦しんで悩んで来たって事も」

「・・・・・・チッ!! ンなモン、テメェにわざわざ言われなくても分かってるぜ!! 解るけど・・・・・・、なんでだよ・・・・・・出場停止処分なんか意味わかんねェよ!!!」

 歯を食いしばり、悔しさを必死に堪えている星は、ロッカーを強く拳で殴りつけ、そのまま部室から姿を消した。

 残された俺と矢部くんだったが、空気の気まずさに耐えれなくなった矢部くんは早川を探しに行くとそのまま部室から出て行ってしまった。

 部室に一人、残された俺は、先ほどの星との摑み合いで汚れた部室を見渡すと、床に一枚の写真立てが落ちているのを見つけて手で拾い上げる。その写真には、立ち上げたばかりの頃の集合写真だった。

 皆、良い顔をしていた。星は少し格好つけて真面目な顔を作っていたり、矢部くんは七瀬に少しでも近付きたくて必死な表情だ。七瀬はどこかぎこちなく、早川は満面の笑みを浮かべていて、古味刈と山吹は変顔して、海野と毛利は互いに肩を組み交わしている。そして、俺はなんとも呆れた顔をして正面に座っていた。

「はは、なんだよこれ」

 思わず笑ってしまった。

 そう、これが俺たち恋恋高校の野球部なんだ。

 この野球部を誰一人欠けさせて捨てる訳には行かない――何か、打開策を考えなければならない。

 早川を認めてもらえる様な何かを考えなくちゃ、ダメだ。

 

 

 翌日、早川あおいの出場問題により恋恋高校野球部は、三回戦に進む事なく出場辞退の申し出により二回戦敗退が決まった。そして、恋恋高校の出場停止は、マスコミや口コミで広がっていき、大きな呼び話題となる。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。