実況パワフルプロ野球‎⁦‪-Once Again,Chase The Dream You Gave Up-   作:kyon99

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第16話 ときめき青春高校

 ―――。

 

 ゴミと割れたガラスの破片が多数散らばった荒れ果てた校庭。

 校舎は築年数がそれなりに経っていて見た目もかなり古くなっていて、教室や校内の壁には至る所に誰が書いたのか分からない、カラースプレーで吹き付けられ書かれた落書きと汚い言葉は、まるで美術館に来たのかと言うように吹き付けられていて、目つきの悪い生徒が先生達や生徒達と毎日喧嘩や怒鳴り合いが飛び交う。

 そんなときめき青春高校に、

 僕、小山雅(おやまみやび)は通っています。

 皆さん。実の所、僕は『女の子(・・・)』なのです。

 野球が大好きな女の子で、夢は『甲子園に行くこと』を目標に、日々仲間達と野球に打ち込んで居て、中学まではちょっと有名なシニアの内野手、主にショートとしてレギュラーを取って試合に出ていたのです。

 僕は、中学三年生の時に高校入試で進路先を古豪であるパワフル高校に入学したいと願書を出しました。

 でも、入試テストの時に女性選手は甲子園の出場は認められていないので入部出来るか分からない、と推薦校の試験担当に言われました。

 僕は、そこで愕然となり、諦めてしまいそうになって大好きな野球が出来なくなると怯えていました。

 ところが……。

 ある時に父が野球をやりたいのなら『ときめき青春高校』に入学しなさいと声を掛けてくれたのです。

 ときめき青春高校の入試ならまず願書は見ずにすぐ合格出来るとの事。

「そこで性別を偽り男子として野球部を作りなさい。でも、生徒や先生にお前の性別がバレたら終わりだと思いなさい」と言われ僕は、野球に対する思いを捨てきれずに強く決意して、ときめき青春高校に入学し男子生徒として通うことになりました。

 入学当初は、周りは怖い人達ばかりで、もちろん馴染め無かったので、声も掛けられず一人ぼっちで同好会を立ち上げたんだけど、一人のクラスメイトが、僕の事を知っていて快く同好会に入会してくれたんだ。

 そして、次第に仲間は集まり部が出来上がって——。

 いよいよ今日が、僕たちときめき青春高校の初の試合なのです。

 

 

 小波くんの通う恋恋高校は、どんな人がエースで、どんなボールを投げるんだろうか。

 どんな打撃陣で、どう攻めて来るのか。

 そして小波くん達のチームはどんな感じなのだろう。

 今の僕の頭はワクワクと言う好奇心だけが浮ついてそれだけしか考えていなかった。

 きっと、他の人から見たら、何を楽しみそうな顔を浮かべて考え事をしているだろう、なんて思うだろう。

 でも、この楽しみな気持ちは久々な気がして、決して嘘では無い。

 そして、僕が女の子だと言う事は、誰も知らない事であり誰一人知られては行けない事なのだ。

 

 

 ――――。

 

 恋恋高校が試合前の軽いシートノックを受けているのを後攻の僕たちは、三塁ベンチで眺めながら試合の時を待った。

 

 先攻・恋恋高校スターティングメンバー

 一番 センター 矢部明雄

 二番 キャッチー 星雄大

 三番 セカンド 海野浩太

 四番 ファースト 小波球太

 五番 レフト 山吹亮平

 六番 ショート 赤坂紡

 七番 サード 毛利靖彦

 八番 ライト 古味刈俊彦

 九番 ピッチャー 早川あおい

 

 後攻・ときめき青春高校スターティングメンバー

 一番 ライト 三森右京

 二番 レフト 三森左京

 三番 サード 稲田吾作

 四番 キャッチャー 鬼力剛

 五番 ファースト 神宮寺光

 六番 セカンド 茶来元気

 七番 センター 赤羽六

 八番 ショート 小山雅

 九番 ピッチャー 青葉春人

 

 午前九時、丁度。

 観客がチラホラと数えらる程度の数の中。

 予選大会第一回戦である恋恋高校対ときめき青春高校の両校初出場校同士の戦いが幕を開ける。

 地方球場からサイレンの音が鳴り響き、

「プレイ!!」

 と、球審の合図と共に試合が始まった。

 まず先攻は恋恋高校。

 一番打者の矢部明雄が、右打席に立つ前にベンチに向かって声を発した。

「さあて、行ってくるでやんすよ! オイラの『モテモテライフ』への道を歩む記念すべき大会初打席でやんす! 皆はそこで見守っていて欲しいでやんす!」

「うっせェーな!! 誰も、テメェなんぞに期待なんかしてねェんだからよォ。さっさと行きやがれ!! クソメガネ!!」

 ネクストバッターズサークルに座る二番打者の星の罵声を浴び、逃げるかの様に素早くバッターボックスへと向かっていく矢部だった。

「きらめき青春高校の先発は……青葉春人か。聞いた事がない名前だな。一体、どんな球を投げるんだ?」

 初出場校のきらめき青春高校への対策は全くない。

 その一球目が投じられた。

 ――ズパァァァン!!

「ストライクーーッ!!」

 胸元を抉る内角攻め、百四十キロ程のストレートを見逃した矢部だった。

 なかなかキレも伸びもあり速球も活きる良い球だ。

「ふむふむ。成る程でやんす。なかなか良い球を投げるやんすね」

 続く二球目を空振りし、三球目は、明らかな釣り球だった。

 頭上の高さに投げ込まれた。

 見るからにボール球であるストレートを矢部はバットを振り抜き。

「ストライクーー!! バッターアウト!!」

 三球三振と、あっという間に仕留められてしまった。

「星くん。青葉くんは……。かなり手強い相手でやんすよ」

「何が「手強い相手」だッ!! 馬鹿野郎が!! 明らかに釣り球だったじゃねェかよ!! しょうもない罠にあっさりと引っかからやがって!! 手を出してるんじゃねェ!! なにが『モテモテライフ』を歩む記念すべき打席だ!! 三振してんじゃねェかよ! これで、お前の『モテモテライフ』は充実しねェな!! はい!! 決定ェ!!」

「くっ……。悔しいでやんすが。言い返す言葉が見つからないでやんす」

 ワンアウト。ウグイス嬢の呼び込みで、続く二番打者には星が打席に立つ。

 初球。ストライク先行を狙ったのだろう。

ㅤ恐らく、ストレート。

 

 シュッ!!

 

「ドンピシャだぜ!! 貰った!!」

 予想的中。

ㅤ投げ込まれたのはストレートだった。見逃さず伸びのあるストレートをバットに叩き付けて快音を残し、三遊間を抜けそうな鋭い痛烈な打球を飛ばした。

 

「よっし! ちょいと詰まり気味だがこの打球は抜けるぜェ!!」

 

ㅤタッタッタッタッ。

 パシッ!!

 快音を響かせヒットを確信した星が喜びの声を上げたが。

 それをなんとショートを守る小山雅は横滑りで見事星の放った打球をグローブで捕球したのだ。

「な、何ィ!?」

 小山雅は倒れた体勢から素早く身体を起き上がらせ、素早く的確で綺麗なスローイングでファーストまでノーバウンドで送球し、星は一塁ベースを踏むのが間に合わずアウトを取られてしまった。

 今のプレーを見た客席からはパチパチと拍手が鳴り響き、それに照れたのだろうか小山は深く帽子を被ってしまった。

「オイオイ……、嘘だろ!? い、今の打球は確実なクリーンヒットゾーンだったぞ? それをあの金髪野郎が取ったのか……? って、俺も金髪か」

 星が謎のアホ発言を残し、恋恋高校はたった四球でツーアウトと簡単に追い込まれてしまった。

 

 唖然としながら、恋恋高校のベンチに座っている矢部が顰めた表情をしていた。

「今のショートの動き、凄く素早い反応だったでやんすね。えっと……名前はなんだったでやんすか?」

「矢部くん。あいつの名前は、小山雅だよ」

「小山雅くん、でやんすか。同性でやんすが……何だから女の子みたいな顔立ちでやんすね〜」

 何かに目覚めた危ない発言をした矢部に誰一人反応を示す事なく、小波は今の小山雅のファインプレーを素直に認めた。

「それにしても今の星の打球は抜けて欲しかったもんだぜ。小山のヤツ。中々、守備範囲が広そうだな。ときめき青春高校の守備に関しては、そう簡単にミスはしてくれねえようだな」

 矢部の隣に小波が座っている。

 三番打者の海野が、バッターボックスへと向かうのを確認すると、両手に黒色のバッティンググローブを嵌めながら悔しそうな口調で呟いていた。

 すると、矢部の打席からジッとショートの小山雅を凝視していた早川あおいがポツリと、その名前を復唱した。

「小山雅……」

「ん? 早川。どうかしたのか?」

「えっ!? ううん、なんでもないよ!!」

「急にどうしたでやんすか? 可笑しなあおいちゃんでやんす」

 クスクスと手を口に当てて笑う矢部を見て、何故だか自然に沸沸と怒りが込み上げて握り拳を作る早川だったが、我慢したのか「はぁー」と小さなため息を溢しただけだった。

 三番打者で左打席に構える海野が、ワンストライク、ツーボールのカウントの四球目を綺麗な流し打ちでレフト前に転がす。

 二死一塁の場面で、四番の小波に打順が回ってきた。

 すると、キャッチャーを務める鬼力が小波の構える右打席とは逆の左打席の方向へ立ち上がった。

 敬遠だ。

 

「チッ……。ときめきのバッテリーの奴ら、一発のある元あかつき大附属の小波に注意を払ってやがったな。ここは最善の策を練ってきたと言う訳か」

 思わず星も関心してしまう。

「やっぱり、相手があの小波くんだと警戒心が先行しちゃうのかもしれないね」

 小波球太と言う人物の事は、中学野球を経験して来た選手達にはかなり知られている名前だ。あかつき時代にどの様な打者だったなど、ある程度は知られてしまっているのだ。

 

「ふっ、小波を歩かせるか。青葉・鬼力バッテリーは敬遠を選んだ采配は正解だったな。進」

「そうですね。バッターボックスに入った小波さんには、苦手コースなど皆無に等しいですからね。特に、初見で変化球やストレートに柔軟に対応できるバッティングセンスを持っていますし、何せ『集中力』は尋常じゃない程の持ち主ですから、味方から見れば頼もしいですけど、敵になって見ると随分と厄介なバッターですからね・・・・・・」

 試合を観戦するおよそ四十人しか居ない観客席の中に、二人の兄弟の姿があった。

 一人は、長身に茶髪を風に靡かせ、青色のスポーウェアを羽織り、ややつり目から青い瞳を覗かせているのは、あかつき大附属のエースナンバーを背負う猪狩守だった。

 その隣には、弟である猪狩進が立っていて、どうやら恋恋高校とときめき青春高校の試合の様子を観察しに来ていたのだ。

 続く五番の山吹を変化球のキレのあるスライダーで空振りの三振で仕留めた所で、恋恋高校の攻撃は終わった。

「・・・・・・・・・」

「どうかしましたか? 兄さん」

「進。お前は、あの『青葉春人』に、少し『妙な違和感』を感じないか?」

「妙な違和感・・・・・・? そう、言われてみれば感じますね。力を抜いているというか、まだ本気を出していない様な気がしますね」

「これは、僕の予想ではあるが……。青葉春人、あいつは『奥の手』を持っているだろうな」

「奥の手……? 青葉さんと言えば、決め球は確か『スライダー』ですよね? その『スライダー』を超える(・・・)何かと言う訳ですか?」

「ああ、恐らくそうだろうな。それともう一つある。あいつは、もしかすると『能力開放』( ・・・・ )の持ち主かもしれない」

「能力解放!? それは、『自分の持ち味を最大限発揮させて昇華させる』と言う『超特殊能力』を示した名称ですよね。その効果を発揮出来る人はプロでもそうそう居ないとされている」

「そうだ。小波達は、それを攻略出来なければこの試合としかしたら負けてしまうだろうな」

 そっと、猪狩守は腕組みながら、視線を一塁ベース上に立ち、後輩である椎名繋が、ベンチからファーストミットを受け取る小波を見つめていた。

 

「すまない! 折角のチャンスだったって言うのに、鋭いスライダーを振ってしまって、呆気なく三振しちまった!」

 ヘルメットを握りしめ、山吹が悔しそうに言いながらベンチに戻ってきた。

「気にするこたァねェぜ、山吹。それよりも『オイオイ、それは明らかに釣り球だろ!?』って言う球をよォ、平気な顔でバットを振り回して呆気なく三振しちまう大馬鹿野郎もいるんだからな」

「ひ、酷いでやんす!! 星くん!! 自分がさっきの打席で良い当たりを打ったからって偉そうにするなでやんす!!」

「コラコラ!! 星くんも矢部くんもそんな小学生みたいな事でイチイチ揉めないでよ!! ほら、星くんはさっさとプロテクター着けて守備につくよ!!」

「へいへい」

 恋恋高校のチームカラーである桃色に染まった帽子を深く被り、早川あおいはベンチの前まで歩いた。

 空を見上げれば、青空が広がる絶好の野球日和。

 ニコッと笑みを浮かべ、マウンドへとゆっくりと足を進めた。

 すると、球場内からは驚きの声が上がる。

 ざわざわ。ざわざわ。

 ヒソヒソ。ヒソヒソ。

「……」

 それはそうだ。何処からどう見ても、早川あおいは女性なのだ。

 黄色い声が飛び交う歓声の中、早川は全く動じずにマウンドのプレートを踏みしめ、ボールを握り、グルリと肩を回した。

 

 対するときめき青春高校のベンチ内でも、少し驚いた表情を浮かべている。

 同じポジションである青葉春人が、スポーツドリンクを喉に流し込みながら呟いた。

「恋恋高校のピッチャーは、女性なのか?」

「女性……、ピッチャー……」

 と、その言葉に真っ先に反応を示したのは、小山雅だ。

 何しろ、小山雅自身の本当の性別は女であるからだ。

 目の前に、平然とありのままの姿で野球をしている事に、誰よりも一番驚かされたのも、小山雅自身だった。

 内心、羨ましかったのだろう。

 性別を誤魔化し、チームメイトまでも騙し、思春期を迎えて育ってきた胸をサラシを巻いて隠れるように、女である事から逃げるように野球をしている自分と比べれば……自分も同じように性別を隠し通さずに堂々と女性として野球をする事が出来ればどれだけ良いことか、と。

 そして、一番打者。三森右京がバッターボックスに入り、ときめき青春高校の攻撃が始まりを告げた。

 第一球目。

 深く沈めた身体から繰り出す、下投げ投法であるアンダースロー。

 高め際どい球は、ストライクゾーンから僅かに外れ、ボールコールを貰う。

 どよめく客席。

 それは、早川あおいが女性と言う点と今時珍しいピッチング投法のアンダースローだからだろう。

 二球目は、インコースやや高めにカーブが決まり、ワンストライク・ワンボールとなる。

「これは驚いた。中々、良いボールを放るじゃあねえか」

 コツン、

 コツン。

 バットの先端でホームベースを軽く叩きながら三森右京が言う。

「へっ、だろォ? だが、相手が女だからって余り舐めんじゃねェぞ、銀髪赤マスク野郎」

 ニヤリと、星が笑みを浮かべながら言う。

 そして、三球目。インローに投げ込まれたストライクゾーンを芯に当て引っ張ったライナー性の当たりはレフト前に勢い良く転がって行った。

 続く、二番。レフトの三森左京が左打席のバッターボックスに入る。

 名前の通り。先ほどの三森右京とは兄弟なのである。

 

 カーブでまずはストライクを先行し、続く二球目は、外れてボールとなった。

 三球目、三森左京が送りバントの構えに入った所で、星がサードを守る毛利にダッシュしてくるようにと指示を出した。

 その指示を受けて、毛利は足早にホームへと向かっていく。小波も向かおうとした時だ。

 一塁ランナーの三森右京が二塁に向かって走り出していたのだ。

「毛利!! 脚を止めろ、今すぐだッ!! こいつは送りバントなんかして来ないぞ!!」

「えっ!?」

 違和感を感じた小波は、真っ先に毛利に向かって叫んだ。

 だが、遅かった。

 三森左京は既に、バットを引いて、ヒッティングの構えになっていたのだ。

 

 そう、送りバントでは無く——。

 

 ——ヒットエンドランだ!

 

 キィィィィン!!

「——くッ!!」

 痛烈な打球が毛利を襲う。

 グローブで捕球する間も無く、股の間を通り抜けて、レフト線へと転がっていく。

 既に好スタートを切った三森右京は、二塁ベースを蹴り上げて三塁へと向かい、ノーアウト、ランナー一、三塁となってしまった。

 三番打者、稲田は、肌黒い巨漢の男で、ちょび髭を生やしていた。

 巨漢の稲田に対し、徹底的なインコース攻めを繰り出していき、上手くツーストライクに追い込む事が出来たのだが、三球目のカーブを真芯で捉えられ、打球は高々とレフトスタンドに突き刺さるスリーランホームランを打たれてしまった。

 愕然と項垂れる早川だったが、気を取り直して四番、五番、六番を打ち取り、一回の裏のときめき青春高校の攻撃は終わった。

 

「初回に三点は、恋恋高校にとっては大きな失点になったな」

 静かに口を開いた猪狩守が言う。

「恋恋高校のエースを務める早川さんには、まだ投手としての実力が発揮出来ていない様ですしね。三点止まりだったのは、不幸中の幸いとでも言うべきでしょうか?」

「ああ、そうだな。実際の恋恋高校のレベルは小波以外のバッターの実力は全員平均以下だろう。青葉春人から点を取れるのすら怪しい所だな。だが、相手が小波だと言うなら話は別だ」

「そうですね。小波さんは、チームの活気を急激に上げる力を持っていますし、何しろ試合の流れを一気に奪う事もある人ですから、気を抜くことは出来ないということですよね」

「そう言う事だ」

 と、猪狩守は笑う。

 すると、突然。

「ところで、そんな後ろの方でコソコソしてなんか居ないで、そろそろ出てきたらどうなんだい?」

「えっ!?」

 猪狩進がクルッと体を後ろに向ける。

 観客席に繋がっている階段を登りきったところに一人の男が立っていた。

 その男は、山の宮高校のエースを務める太郎丸龍聖だった。

 


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