実況パワフルプロ野球‎⁦‪-Once Again,Chase The Dream You Gave Up-   作:kyon99

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 VS極亜久高校戦!
 星と矢部の旧友・悪道浩平の実力は!?


第11話 ドライブ・ドロップ

 夜遅く、雨が降った。

 何週間ぶりの激しい雨で、きっと綺麗に満開に咲き誇っていた桜は散ってしまうのだろう、と窓の外の世界を思い浮かべながらベットの上で何度も寝返りを打っていた小波球太は、重い溜息を一つ零した。

「悪道浩平・・・・・・。極亜久高校二年の野球部か」

 小波はそのものの名前を呼んだ。

 先日、矢部と小波の元に現れた人物で、チームメイトである星の同僚の男の名前だ。

 小波は、悪道浩平と出会った後、矢部と二人で学校へと向かって部員全員を集めてミーティングを始めた。

 

『悪道浩平がいる極亜久高校と、明後日の午前十時に練習試合をする事になった』

 突如、発言される言葉に恋恋高校の野球部員は唖然と小波を見つめていた。

『明後日って、ずいぶん急だね』

 早川が問う。

『ああ、ちょっと予定外かもしれねえが決まった事だ。各自、練習に取り掛かってくれ。それと、矢部くんと星は、このまま部室に残ってくれ』

 キャプテンである小波が、星と矢部を除く八人に練習表を渡すと、潔く練習をしにグラウンドへと足を運んで行った。

 残った矢部の表情はどこか暗く、星は察している様だったが、少し引きつりながら、口に含むミント風味のガムを噛んでいた。

『星、矢部くん』

『――テメェが、俺たちを足止めしてる理由は解ってるぜ。小波、浩平の事だろォ?』

『ああ、二人には対極亜久高校・・・・・・いや、悪道浩平の攻略を教えて欲しいんだ。ポジションは矢部くんと同じセンターなのは知っている、守備、打撃等はどんな感じなのか覚えてるか?』

『小波、一つ言い忘れていたぜ』

『ん?』

『あいつは、センターだけじゃあねえ。ピッチャーも出来るんだ。いや、元はピッチャーでサブポジでセンターをやるんだ』

『サブポジ・・・・・・か、なるほど。それで投手能力的にはどうだ?』

『俺のサインは基本的に無視だ。だが、スタミナ、コントロールは文句の付け所がねェのは確かだ。特に、あいつは変わった『変化球』を投げやがる」

『変わった変化球?』

『ああ、右打者の頭を狙って放り、目の前で急激にカーブのような、ドロップのような変化で、バッターの体制を崩す球・・・・・・『ドライブ・ドロップ』だ』

『特殊変化球・・・・・・、ドライブ・ドロップ』

『ま、俺たちの居た赤とんぼ中学は有名な弱小校。アイツは野球に関心が無かったから、全然ピッチャーとしてはプレイしてねェが、打撃と守備は、かなりの腕前を持つ野郎だ』

『・・・・・・・・・・・・』

『それよりだな、矢部ェ! テメェ、いつまでもウジウジ、ウジウジと、元気出さねえつもりだァ? もう試合は明後日なんだぞ? 元気出して行けよォ!」

 黙ったままだった矢部くんが、顔を上げる。

 その顔には、今まで見なかった活気に満ちた瞳になっていた。

『オイラ・・・・・・。まだまだこれからでやんす。オイラはもう逃げないでやんす。オイラは恋恋高校野球部のスピードスターの矢部って事を悪道くんに見せつけるでやんす!』

 三人だけの部室に矢部の声が轟いた。

 どうやら矢部くんの中に、覚悟を得たようだと、ニヤリと安心した表情を見せる小波だった。

 

 ここ最近の矢部に対する不安が、静寂に包まれた自室を煽るかの様に雨が窓を打ち付ける音だったが、その音は次第に消えていった。

 もう寝付こうと、携帯電話の時間を確認し、既に午前四時を迎えていた。小波は布団を頭の上まで覆い被さり、深い眠りについた。

 

 

 そして、恋恋高校の初めての野球の試合が、河川敷グラウンドで行われる当日を迎えた。

 先日の雨で、若干グラウンドの地は泥濘んではいるものの、天気に恵まれ、それほど気になるコンディションでは無かった。

 各校が揃って、ウォーミングアップを始める中、小波はひたすらにバットを振っていた。

「よし、絶好調だ!」

 黒髪のクネっとした癖毛が四方八方に伸びている髪を帽子で深く被せながら小波は言う。

 午前十時に時計の針が差し掛かる頃、両校の選手がベンチ前で円陣を組んで、今日の試合に向けて活気の声を上げる。

「整列!」

 球審を務めるかっとばレッズリトルリーグの監督を務める高橋が声を上げて、ホームベースへと向かって駆け足で向かう。

「これより、恋恋高校対極亜久高校の練習試合を行う! 両チーム主将、先攻後攻を決めるじゃんけんをしてくれ」

 恋恋高校は小波球太。

 極亜久高校は、悪道浩平が一歩前に進んで互の目を見つめる。

「よォ、小波。戦力のほんの僅かの足しにもならねェ矢部をレギュラーで置くとは悲しみを超えて笑っちまうぜェ? それによォ? この俺に喧嘩を吹っかけた事を後悔させてやるぜェ」

 悪道浩平は、奇妙な薄ら笑みを浮かべて恋恋高校のメンバーを細くて冷たい目で眺める。

「ははっ! オイオイ、矢部だけでも足手まといだって言うのに、女も居るじゃあねェか! 恋恋高校は戦力外の奴も女も野球をやらせてあげる良心的なチームのようだなァ! 負ける気がしねェぜ!」

 ギラリと尖る歯が見えるほど、口角を吊り上げて笑う悪道に、小波以外のメンバーが怒りの表情へと変わって行った。

「テメェ、浩平! あまり、いい気になってんじゃあねえぞ!?」

「誰かと思えば、星か。フン、テメェの力量は高が知れている。雑魚が粋がって口を挟むンじゃあねェよ。この雑魚が」

「――ッ!? ふざけんなよ! テメェのその余裕な面をどん底に突き落として――」

 言葉が途絶えた。

 星の隣に居た早川が星を制して、悪道の前まで立ち寄る。

「ねぇ、キミ。ボクを見て女なんて思わないでよね! 痛い目を見るのはキミの方だよ!」

「随分、威勢の良い目をしてるじゃあねェか。いいねェ〜俺は好きだぜ? こう言うタイプはよォ。もっと強がれ女! 負けた時の悔しい顔を是非とも目の前で見せてくれよなァ」

「むっ!」

「それに喧嘩を売ってるって言うンなら、とことん買ってやるよ。痛め目を見るのはお前達の方だぜェ?」

 試合前だと言うのに、ギスギスした微妙な雰囲気。

 悪道を筆頭に他の極亜久高校の野球部員も同じ馬鹿にしているかのような笑みをしているのだ。

 すると・・・。

「辞めておけ、お前ら、それに浩平。試合前だ」

「チッ!」

 悪道の隣に立つ青年が、突然、口を挟んだ。

 身長は百七十八センチほどだろうか。

 短髪の茶色に髪。

 大きな目は一見、極普通に見えた。

 その青年が静かに小波の前に進んで手を差し伸べる。

「すまない、ウチの浩平が失礼な事をしたね。そして君が、あの小波球太くんだね。始めまして俺の名前は犀川投貴だ。よろしく」

 極亜久高校の生徒の中では珍しい部類に入る優しさを感じる青年、犀川。

 犀川が差し伸べる左手へと小波が右手を差し伸べた。

「――ッ!?」

 小波は、何かを感じたのか。目を少し見開いて犀川の事を見つめる。

「小波くん。先ほどの失礼を詫びたい。だから俺たちは後攻で良い。先攻は君達だ」

 そう言い残し、極亜久高校のレギュラー陣は守備の定位置へ、補欠は三塁のベンチの方へと戻っていた。

「・・・・・・」

 

 

 恋恋高校スターティングメンバー

 

 一番 センター 矢部

 二番 キャッチャー 星

 三番 セカンド 海野

 四番 ファースト 小波

 五番 レフト 山吹

 六番 ショート 赤坂

 七番 サード 毛利

 八番 ライト 古味刈

 九番 ピッチャー 早川

 

 

 極亜久高校スターティングメンバー

 

 一番 ピッチャー 悪道

 二番 キャッチャー 犀川

 三番 ライト 小松

 四番 セカンド 菊池

 五番 ファースト 三条

 六番 サード 守山

 七番 ショート 勅使河原

 八番 レフト 鈴木

 九番 センター 久下

 

「・・・・・・・・・」

 オーダー表をジッと眺める小波。

「小波くん、どうかしたの?」

「早川か。いや、ちょっとな・・・・・・あの犀川ってヤツの名前が気になっちまってな」

「ん? 何かあるの?」

「どこかで見たような気もするんだけど」

 どこでだろう。

 古い記憶の中を探しても見当たらなかった。

 ――犀川投貴。

 小波は、この名前は、初めて聞く名前では無かった。

「それより早川。今日の調子はどうだ?」

「うん! 絶好調だよ! でも、恋恋高校の初めての試合だから、ちょっと緊張しちゃってるんだけどね。ボクらしくない・・・・・・よね」

「らしくなんかねえよ。俺だってこう見えて、緊張してんだぜ?」

「えっ!? 小波くんも?」

「ああ、肘を壊して以来の試合だ。でも今は緊張を超えてワクワクしか沸いてこねえ。楽しんでやっていこうぜ!」

「うん!」

 小波と早川は、手と手を叩いて笑っていた。

 そして、恋恋高校野球部創設以来の初めての試合が幕を上ける。

 

 恋恋高校の一番打者は、矢部明雄だ。

 極亜久高校と練習試合をする事になったきっかけの人物でもある。

 マウンドに立ち、見下したように矢部を見つめながら、ニヤリと笑みを零す。

 暫しの沈黙。

 投球モーションへと移行する悪道、右腕から放たれたボールは、ストレートで百四十三キロをマークした。

 コースはインコース高め、突き刺さる矢のように鋭いストレートで怯んだ矢部は、手に握るバットを振れずに見送った。

「ストライクーーッ!!」

 高橋球審が声上げる。

 続く二球目、低めに投げ込まれたフォークボールをスイングして簡単にツーストライクへと追い込まれてしまった。

「行くぜェ、矢部。この俺がマウンドに上がったからには、たっぷりともてなしてやるぜェ!!」

「――ッ!?」

 ゾワッと、身の毛立つ。

 矢部は次に何を投げて来るのかは分かっていた。

 同じネクストバッターズサークルで構える星も、ベンチから試合を見ている小波にも、次のボールは分かっていた。

 そう。――ドライブ・ドロップだ。

 悪道浩平の特殊変化球が来るのは分かっていたのだが、次の瞬間、悪道はモーションに入って三球目を放り投げる。

 力一杯に力を溜めるような豪快なオーバースロー、スピードは遅いが矢部の頭を目掛けてボールは投げ込まれた。

 クイッと山なりに曲がりながら落ちていく、その落差は、アウトコースギリギリいっぱいのインローへ構えていた犀川のキャッチャーミットへと収まった。

「ストライクーーッ! バッターアウトッ!」

 驚愕した。恋恋高校のメンバー全員が、悪道の特殊変化球であるドライブ・ドロップの変化量のキレに驚きを隠せなかった。

 分かっていた。

 頭の中では次のボールは分かっていたが、いざ打席に構え、軌道を見て、信じられない結果を目の当たりにすると、打てる気力が薄れていくような気分に陥って来る。

 そう、これが悪道浩平が得意とするドライブ・ドロップなのだ。

「すまないでやんす」

 落ち込みながら、星に声をかける矢部だ。

「あん? まだ始まったばかりだぜ! 落ち込むのは早いんじゃあねェのか? この俺が浩平の野郎をギャフンと言わせて戻って来てやるぜェ!」

 聞こえるように大声を出し、星は右のバッターボックスへと向かった。

 ガッ、ガッとスパイクで土を慣らす。

 星は、土を慣らしながら考えていた。

 ――浩平のドライブ・ドロップは、中学時代より更に成長してる。今の俺に打てる球なのだろうか。

 と、ややネイティヴな気持ちになりながら打開策を考えていた。

 すると・・・・・・。

「星雄大、お前には無理なんじゃあないか?」

「何ッ!?」

 その声の主は、キャッチャーの犀川だった。

 まるで、星の考えていた事を見抜いていたかのように言葉を投げる。

「今のお前には『ドライブ・ドロップ』には擦りなどしない。だから、打てる筈はないのさ」

「——テメェ、俺の思考を!?」

「は?」

「思考を読んでるのか?」

「思考を・・・・・・読んでいる? 俺はキャッチャーさ、バッターの考えも手に取るように分からなきゃ、務まらないだろ?」

「チッ!?」

 先ほどの試合前の挨拶を交わした時の極普通の青年では無かった。その瞳は悪道と似ていて冷たさを感じる。

 やや気圧されたものの、星は悪道との勝負へと意識を変える。

 打者二人目、悪道はアウトコースへ逃げていくスライダーを放り投げる。星はバットでカットした。

「星雄大・・・・・・。貴様、焦っているな?」

「う、うるせェ! 気が散るだろうがァ!」

 二球目、三球目とボール球を見送り、カウントはワンストライク、ツーボールとなった。

 四球目はただのカーブをバットに弾き飛ばすがファールゾーンに転がり、ツーストライク、ツーボールとなった。

 そして、五球目。

 悪道がモーションに入った瞬間だ。

「そうだ、星。お前は浩平の『ドライブ・ドロップ』を狙ってるんだろ? 残念だったな」

「――ッ?」

 ボソッと犀川の小声が、聞こえた様な気がした。

「チッ! この球は『ドライブ・ドロップ』じゃねェのか!? 裏をかかれちまったァ! となると、次の球はストレートか!?」

 ストレートを待つために星はストレート一本に的を絞り込む。

 だが、ボールは矢部に投げた三球目と同じ、頭を狙っているような山なりの球だった。

「しまった! この球は――ッ!!」

「そう。この球はお前が狙っていた『ドライブ・ドロップ』さ。星雄大!!」

 バットとボールの差は約十センチ。

 空振りの三振に斬って取られてしまった。

 恋恋高校は悪道のドライブ・ドロップの餌となり、簡単にツーアウトを取られてしまう。

「テメェ! 犀川ァ!」

「おいおい、何を逆上してるだ? 三振したのはお前の方だぞ?」

「小声で何かを言っただろ! 囁いた声で!」

「・・・・・・何の事だ? それよりさっさと戻れよ、敗者のお前がいつまでもここにいるんじゃあねぇよ」

「くそッ! バカにしやがって!!」

 バットを地面に叩きつける。

 ヘルメットを取って現れた金髪の髪を掻き毟りながら、星はベンチへと引き下がっていく。

「どうしたんだ? 星のやつ」

「分からないッスけど、なんか荒れてる様に見えるッスね」

 山吹と赤坂が心配そうに、こちらへと戻ってくる星を見ながら言う。

 ドカドカとスパイクの音を立てながら、悔しそうに下唇を噛みながらベンチに腰を下ろす。

「ドライブ・ドロップ。今の俺じゃあ打てねェだと? 舐めた口を聞きやがって!」

「大丈夫? 星くん」

「早川・・・・・・。ああ、俺は大丈夫だ」

「一体、何があったんだ?」

「・・・・・・小波。犀川ってヤツは思ってる以上にヤバイやつだった。あの野郎、打つ前にボソボソと小さく囁いた声で何か言って来やがるんだ」

「囁いた声? まさか、ささやき戦術か!?」

 小波は、ここで理解した。

 ささやき戦術の使い手は、後にも先にも出会ったのは犀川しか思い浮かばなかった。

 中学全国大会の第一回戦の試合相手、おしるこ中学の犀川投貴の事だった。

 あかつき大附属も術中にハマり、苦戦を強いられた相手だったのは今でもハッキリ覚えている。

 あの野郎、何が始めましてだ。

「この試合、意外とヤバイかもしれねえな」


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