実況パワフルプロ野球-Once Again,Chase The Dream You Gave Up- 作:kyon99
その名前は嘘か誠か・・・・・・。
『スピードスターの矢部? おいおい、小波。お前、野球センスは抜群に良いのにネーミングセンスはねえよな』
一週間前の事。部活の練習が終わった時に星が放った言葉だ。
中学時代に矢部くんが『スピードスターの矢部』と周りから呼ばれていたと本人が言っていのだから間違いは無いと思ったのだが……そらはどうやら違ったようだ。
そんな事をぼんやりと思い出しながら小波球太は今日の練習を終えて更衣室で練習着から制服へと素手を通しながらその事について考えていた。
理由はどうあれ、例え矢部が見栄を張った嘘をついていたとしても別に恋恋野球部に支障はない。
それどころか、今年の新入部員が三人も入って来て、去年とはガラリと変わり今では活気に満ち溢れている為、問題はないのだ。
オマケに毛利や古味刈の初心者組も一年生には負けまいと更に練習に精を出し、自主練も日に日に重ねていて、練習中はつねにピリピリとした緊張感もあり、今は部にとって雰囲気は良い方だと感じる。
だが……ここ数日の間に矢部の元気が何処と無く無いようにも見えていつもの元気が見当たらないのが少し心配でもあった。
「ところでよォ? 頑張駅の東口を真っ直ぐ行った先にある『デパート街』があるよな? この前ふらっと行ったのよ。そン時に、目の前ら俺好みのスタイルの良い女が歩いてきたのよ!!」
「そ、それで? 星先輩はその女性に声を掛けたンすか?」
「えっ? あ……ちょっ、ちょっとな。そン時の俺はちょいと急ぎの用があったもんでよォ。話そびれちまったぜ。用が無ければ話掛けたんだけどな、いや〜惜しいことをしちまったぜ!! あははは」
「そ……そうなんスか」
背後から聞こえるのは、星の声だった。
一年生である赤坂に、どうでも良い話を先輩面をぶら下げて話していた。
(星……お前だけだぞ。このチームの中で一番緊張感の欠片も持たないやつはな)
「小波くん! まだ中に入るの?」
すると、更衣室の外からコンコンとドアを叩いて早川が小波の名前を呼んだ。
先に上がった早川は、普段は扱いされると露骨に不機嫌な表情を浮かべるが女性だ。
もちろん小波達と同じ所では着替えは出来ない。
その為、ソフトボール部の主将であり早川の親友である高木幸子が早川の為に更衣室を併用してくれているのだ。
「ああ、悪い。もう少し待ってくれ!」
「……あン? ちょいと待った。小波……テメェ? もしかして早川と一緒に帰るのって言うんじゃねェだろうなァ?」
「一緒に帰ると言うよりもちょっとそこまで寄り道だな。俺ん家の近くに、中々品質の良い老舗の和菓子屋があるんだ。俺の知り合いがそこのきんつばが一番の好物なもんでよ。今年、中学生に上がったから入学のお祝いとして買って帰るって言ったら早川もそこに行きたいって言ってさ」
「はーん、なるほどねェ。老舗の和菓子屋か……。へへへ、それなら丁度いいぜ!! ハードな練習で身体全体がクタクタしてた所で甘いモンでも食べてェなって思ってた所だったんだ!! よしッ!! それなら俺も一緒に着いて行くぜェ! 良いよなァ!? 早川!」
星がドアの目の前で待っている早川に向かって大声を出した。
「え……。星くんも来るの……? ……………しょうがないな。今日だけだよ」
少し気になる間があったものの早川から返答が帰ってきた。
「……おいおい。小波、今の返事聞こえてたか? なんだか今のは露骨に嫌そうな返事だったよな?」
「ま、妥当な返事だろうな」
「あ"ッ!! なんだって!?」
「いや、別に」
俺が例えば早川の立場だったとしてもきっと同じ問いを返したと思うぞ、と声に出さずに心の奥でひっそりと呟きながら小波はめんどくさそうにブレザーを羽織りネクタイを緩めに締めた。
「あ!! そうだ。矢部、勿論テメェも行くだろ? 老舗和菓子屋」
「オイラは結構でやんす」
バタンッ!!!と勢い良くロッカーを閉じる音。
まるで今までの会話を全て遮るような力の入った音だった。
「……矢部くん?」
小波の隣で着替えていた矢部は無言で鞄を手に取りその場から素早く立ち去りローファーをトントンと鳴らすして歩き出した。
「おいおい、矢部ェ! なんだその態度はよォ? 皆で帰り道に甘いもん食いに行かねェかって言ってるのにそんなツンな態度はねェんじゃねェのか?」
星が矢部の前に立ち塞がる。矢部はピタッと足を止めて振り返らずにボソッと呟いた。
「すまないでやんす。オイラ、今日はそんな気分じゃないでんす」
「ンだよ、ノリの悪いメガネだな!! 早速、チームワークを乱す気か? これじゃあ今後、楽しく野球なんか出来やしねェだろうが」
「――ッ!?」
「おい、止めろよ星。矢部くんにだって都合ってモンはあるだろ!」
「……」
「星の事は気にしないでよ。それじゃ矢部くん、また今度一緒に行こう。また明日ね! お疲れ様!」
矢部くんは、黙ったまま部室から姿を消した。
ここ一週間。矢部くんはずっとあんな調子だ。
先日のことだ。
ユニフォームから制服へと着替えていた時に、矢部くんの表情が一瞬だが神妙な表情をしていたのが見えたのをふと、思い出した。
何があったのか、どうしたのか、心配になった俺は、本人に聞いても黙りを決め込むだけだった。
それでも学校には来てるし、練習も参加してる。元気が無いのは、ただの風邪をひいたか、なんかだろうと皆は口を揃えて言う。
俺はただそんな風には思えない。
大丈夫なのだろうか・・・・・・。と不安になる。
「ま、あのメガネの野郎、早く風邪を治せっていうんだ」
「そうだな……。それより星。本当にお前は、矢部くんと同じ中学だったのか?」
「んにゃ……変な質問だな。矢部も言ってただろ? 俺たちは中学からのチームメイトだってよォ」
耳をほじくり返し、欠伸をしながら星が言った。
「その……『スピードスターの矢部』って言う二つ名は本当に聞いたことは無いんだな?」
「そんな変な二つ名、聞いた事ねェよ」
「お前らの赤とんぼ中学で何か変わった事ってなかったか?」
「変わった事? ああ、あるぜ。俺らが二年になった時だ。同じ学年のやつが、急に矢部と絡む様になったんだ。実は、絡む前に、そいつは矢部にレギュラー取られて怪しいなとは思ったが、思いの他に、二人とも仲良くなってたな。その後、そのまま二年の時に止めて、学校で喧嘩沙汰を起こして、しばらく卒業まで停学になったけどな」
「喧嘩沙汰?」
「まァ、危ねェ奴って有名だったな。そう言えば、そいつと仲良くなった時も矢部は今みたいに暗い感じだった気がするな」
「星。そいつの名前覚えるか?」
「奈良岡浩平・・・・・・だったか? いや、確か親が離婚したって事で名前が変わったって聞いたな」
星が、中身の無い頭を一生懸命酷使、思い出そうとしていた。
俺はもしかしたら、矢部くんがまたその先輩と接触して何かしらの影響を受けているのでは無いかと思っていた。
「あっ! そうそう。思い出した。そいつの名前」
「それで、その名前は?」
「名前は悪道浩平だ」
「遅いぞッ! 球太!」
開口一番、叱り声を上げる。
部活が終わって、小波と星と早川と赤坂の四人で老舗の和菓子屋ことパワ堂で時間を忘れるほど談笑してしまい。時計の針は、既に二十時を超えていた。
「悪い悪い、聖。ほらよ、これ俺からの入学祝いな。好きだろ? パワ堂のきんつば」
「うむ。かたじけないな。」
たった今、叱り声を上げて小波から聖と呼ばれた少女は、入学祝いのきんつばを受け取るなり、急に穏やかな態度へと変わった。
「それより球太、早く中へ入ると良い」
「ん? あ、ああ……お邪魔します」
髪色は艶やかな紫色で、両サイドを三つ編みにしていて、後ろ髪をリボンで結び、口調はやや凛々しく、このご時世にも関わらず和服も纏っていた。
それもその筈、西満涙と言う寺で厳格に育てられていた為、時々浮世離れした所も多い。
ちなみに小波球太の家は、西満涙寺の隣の家に住んでいる。
名前は六道聖。
今年の春に目出度く西満涙中学の一年生になったばかりで、部活は軟式野球部に入ったらしい。
「聖、お前が通う軟式野球部ってどうだ?」
「うむ……。一言で言えば個性が強いとでも言っておこう」
「個性が強い?」
「ああ、そうだな。特に『明日未来』と言う一学年上の先輩がいるのだが……その人がこの上なく厄介な人でな。正直、頭を抱えてしまうほど困ってしまう。いや、悪い人ではないのは確かなのだが……どうも私が苦手とするタイプの人だ」
「ああ、性格の事ね」
聖は煎茶を淹れながら言う。
六道家の秘伝のお茶は、いつ飲んでも身体に暖かさが広がっていき、まるで茶畑の様な緑色の葉に囲まれる風景が浮かぶほど、美味い。
「これは余談だが、未来先輩は実は双子の様なのだ。兄上の方に『明日光』と言う先輩がいるらしいのだが……まだ会った事はない」
「双子……? そいつは野球部には入ってないのか?」
「うむ。野球は小学五年まで友達の影響でやっていた様だが、その友達が転校したと同時に辞めてしまったらしく今は読書愛好部と言う物静かな部に入ったと未来先輩から聞いている」
「辞めちまったのか。そっか……そりゃ残念だな」
会った事は勿論の事無いが、野球を辞めてしまったと聞くと、何故か悲しくなった。
小波は聖の淹れてくれた煎茶を飲み干した時だった。
「さて、球太。お前が私にわざわざ出向いたと言う事は、ただただ入学祝いにきんつばを買って持ってきただけではないのだろ?」
「あははは……。分かっちゃった?」
「分かるも何も球太、お前とは何年の付き合いだと思ってるんだ。お前の事はすべてお見通しだぞ。……少し待っていてくれ」
そして聖は畳にいっぱいに敷き詰められている居間から急ぐように姿を消した。
小波は、セカンドバックから守備用のグローブでは無くピッチャーグローブを取り出すと障子を開けて長い縁側にゆっくりと腰を下ろして、広々とした庭を眺めた。
そこはピッチング練習には充分広い庭だ。小波と聖は小さい頃よくここでピッチング練習をしたものだった。
小波がピッチャーだった為、聖は必然的にキャッチャーを務める事になった。
「懐かしいな」
小波は微笑みながら、少し昔の記憶を思い返していた。
「待たせたな」
そして、約十五分が経った。
和服を剥いで、中学の練習ユニフォームに着替えた聖は、ミットに聖のサイズに合わせて発注されたキャッチャー防具を着けて現れた。
「分かってると思うが球太。『あの球』だけは余り多様するんじゃないぞ?」
「大丈夫。そんな事分かってるって、それに今は『別の球』の開発に努めないとな」
やれやれ、とでも言っている聖の口元はニヤリと口角が上がっていた。
去年の夏頃から、小波は恋恋高校のメンバーには内緒で感覚を取り戻す為に極秘でピッチング練習を始めていたのだ。
中学時代よりどの程度、劣化してしまったのか……今の自分自身のピッチングが果たして高校野球で通用するのかを見極める為に。
だが、そんな思いとは裏腹に予想を遥かに超えていたのだ。
中学二年の全国大会の途中で肘を壊してからブランクがあるのにも関わらず、ストレートの球速、ノビ、キレが見る間もなく更に上がっていて変化球も成長していたのだ。
そして……小波は今、別の球種をモノにしようとしている。
それは、肩と肘に負担の無い球を投げる為のボールだった。
「よしッ!! そろそろ良いだろう。来い、球太」
ボールを握りしめ、肩で一呼吸を置いた。
頭でイメージを作る。
どんな球にするのか。
中学の最後に投げたあのストレートボールの様に、あの頃の最速球だった百二十七キロを大幅に超えて『百四十キロ』と言う驚異的なスピードを出した様に、どの球よりも速く、力に満ちた一球。
イメージは完成した。後は放るだけだ。
ズバァァァァン!!!!
豪快なオーバースローのフォームから放たれた一球が、ストライクゾーンの真ん中に構える聖のミットに飛び込んだ。
小波の中にあった不安も掻き消すほどに心地が良く、夜の静寂を捕球音が響き渡った。
翌日、春の陽気は暖かく眠気が増した。
いつもの通学路であり、恋恋高校野球部のランニングコースでもある恋恋ロードを歩いていた。
腕を空へと伸ばす。身体を伸ばすと同時に欠伸が漏れる。
昨日、聖と数百球のピッチング練習をした。
小波が今、得ようとしているボールは、まだまだ時間と経験値が必要の様だ。それでも焦らずじっくりと習得へと練習を重ねていくつもりでもある。
そんな事を思いながら歩いていると、目の前には見慣れた坊主頭をした矢部の歩く後ろ姿を見つけた。その足取りは重く、疲労したからだを引きずるかの様にフラついていた。
駆け足で向かって、矢部に声を掛ける。
「おはよう、矢部くん」
「あ……小波くん。おはようでやんす」
またもや元気は無かったが、随分と久しぶりに朝の挨拶を返してくれたような気がした。
・・・・・・・・・・・・。
「あのさ、矢部くん。今日のメニューは打撃練習をメインにようと思うんだけど……」
「……」
「えっと……。大会に向けて週末の土日とかにバンバンと練習試合も入れて行こうと思ってるんだ」
「……」
「俺たちなんて特に試合という試合をしてこなかっただろ? だから試合感覚を覚えなきゃ行けないよね」
「……それは、いいでやんすね」
どんよりと、重たい雰囲気の中、お互いに無言のまま歩いていた。
すると——。
「オイオイ。止まりやがれそこのメガネ! テメェ……矢部だよなァ? そうだろ? お前、矢部明雄だろォ?」
矢部くんの名前を呼ぶ聞き慣れない声が聞こえてると、小波達は足をピタリと止めた。
その男……小波達と同じ位の年齢だろうか。見慣れない制服は恋恋高校の指定ブレザーでは無い学ランを羽織っているから他校の男子生徒だという事は一目でわかった。
呼び止めた男。長い黒髪が目を通り過ぎるほど長い前髪で、ニヤリと笑みを浮かべているその歯はトゲトゲしく鋭く生え揃っていた。
身に纏う雰囲気は、その場に近寄り難いほどドス黒かった。
「……ッ!?」
矢部は、その男の顔を見るなりすぐさま怯えた様にジリジリと後退りする砂利と靴の裏が交わる音が鳴る。
「ヘッ!! 何ビビってんだァ? 冷たいねェ……中学の卒業以来の再会なんだからよ、感動的になろうじゃねェの!!」
ニヤニヤする尖った歯がキラリと光り、長い前髪からチラチラと覗かせる瞳は今までに感じた事ない冷たさを帯びていた。
ゆらゆらと、こちらへと歩き近づいて来る。
手と手を重ねては骨を鳴らす。
———ダッ!!
次の瞬間……ゆったりと歩いていた男が急に突進するように地面を強く蹴り上げて、矢部の顔面に向かって拳を殴りつけようとした。
——パシッ!!
「こ、小波くん!?」
間一髪だった。小波が右手の手のひらでその男の拳をギリギリの所で食い止める事が出来た。
矢部を突き飛ばす様な形になってしまったが無傷の様で良かった。
「オイオイオイ……折角の良い所なンだからよォ、邪魔すンじゃねェよ、雑魚がァ……誰だ? テメェ」
「俺は……矢部くんと同じ恋恋高校野球部員の小波球太だ。覚えておけ、悪道浩平!」
「ハハァン!! 俺の名前を知っとるとは驚いたぜェ……。そう、俺が極亜久高校野球部二年の悪道浩平だ」
ケラケラと不気味な笑い声を上げる。
ギラリッと睨んだ眼光が小波の顔を捉えると、ザッと脚を踏み出して吠えた。
「そんな雑魚たった一人庇ったくらいでヒーロー気取りかァ? 随分と幸せな頭してるじゃねェか!! だがなァ……もう一度だけ言うぞォ小波。邪魔だァ! 退けッ!」
「へっ……友達目の前にして殴られそうになって退けって言われて退くバカはいねえだろう。それに悪道……お前は矢部くんを殴ろうとしたな。それは何故だ? 星が言うには、お前達仲がやがったんじゃねえのかよ!!」
「星? あぁ……そう言えばそんな雑魚が居たな。キャプテン気取って浮かれた哀れな大馬鹿野郎の事だろ? 随分と懐かしい名前を出してくるじゃねェか」
悪道は不機嫌そうにギリッと歯ぎしりをして、再び小波を鋭く睨みつける。
「それに貴様ァ……俺達が仲が良かったと抜かしたか? あはははははッ! 朝から笑わせてくれるじゃねェかッ!!!」
手を顔に当てながら、高笑いをした。
「何一つ分かちゃいねェこのバカに教えてやったらどうだよ!! 矢部・・・・・・いいや、『スピードスターの矢部』さんよォ!!」
「――ッ!」
今の悪道の発言に、小波は耳を疑った。
星は知らない『スピードスターの矢部』と言う矢部が自ら語っていた二つ名を悪道は知っている……。
「・・・・・・・・・・・・」
「言えねェよな? 言えるわけがねェよな? テメェが俺にレギュラーを渡してくれって、自ら顧問の前でその汚ねェ坊主頭を地面につけた上に、汚ねェ涙なんかボタボタボタボタって流して土下座してまで頼んできたんだからなァ? 守備、打撃の攻守に渡って初心者レベル風情のお前がよォ!」
「レギュラーの座を土下座して……? 矢部くん、それは本当なのかい?」
「・・・・・・・・・・・・」
矢部は無言だった。
悔しさで下唇を噛んでいるところからすると事実のようだ。
「だからよォ。優しい俺は快く承諾してやったぜェ。矢部の良いところ……脚の速さだけは買っていたからなァ。それで、この俺が名付けてやったんだ。『スピードスターの矢部』って言うのは走塁や盗塁の野球の事でもなく、ただ持ち前の脚の速さで俺のパシリをしてくれる矢部の事なんだぜぇ!!」
広い空に、一つの笑いだけが響いていた。
過去の出来事、恐らく伏せて置きたかっただろう。矢部は悔しさで涙を堪えながらも、その頬には一筋の涙が伝っていた。
「……くだらね」
「はァ?」
「——ッ!?」
小波は一笑した。
「くだらねえよ……矢部くん。なんで自分の力でレギュラーを掴もうとしなかったんだ?」
「……試合に出てみたかったからって言う単純な理由だったからでやんす。オイラ……今まで人生で一度も野球の試合に出れなかったでやんす! だから……オイラは……不純な動機で悪道くんに頼んでしまったでやんす!」
後悔に溢れた顔付きだった。
野球の試合に出たいが為、レギュラーになる努力を怠ってしまったのだ。
「すまないでやんす! オイラは……オイラは!!」
「矢部くん……。自分の過ちに気付けて後悔をしてると言うのなら次こそは自分の手で掴めるだろ?」
「……」
矢部くんは、無言で涙を拭いながら、コクリと頷いた。
「キャハハッ! 良いねェ……良いねェ! 朝から熱い友情青春物語ってかァ!! …………雑魚がやりだがる茶番だなァ!!」
「悪道……レギュラーの座なんて簡単に他人に譲るんじゃねえよ。それに、矢部くんがただパシリの為の脚の速さだと思うなよ? 矢部くんは、俺たちの『恋恋高校野球部』の『スピードスター』だって事をお前に分からせてやるッ!!」
「バカかァ!? はははははははッ!! こいつは驚いたぜェ。俺に喧嘩売ってンのかァ? それも野球でェ? ……良いねェ! その案に乗ってやろうじゃねェの! そう言えば『皐川』の野郎が気にしていたっけなァ……あかつき大附属中学の小波球太って野郎が恋恋高校で野球部を立ち上げたって話……それはテメェの事だったのかァ!! 丁度良い、この際、テメェらをぶっ潰してやるぜェ!!」
そして、俺たちは極亜久高校と練習試合をする事が決まった。