何をどこまで話すというのは難しい。わたしが未来から来たなんていう話をしたところで証拠を提示することができないからである。
だからとりあえず、夢の力というものについて話しておく。何か話さなければきっと巴さんは帰してくれないだろうから。
「えっと、その、わたしには、不思議な力があって」
証拠として銃を作り出して見せる。創法。一番わかりやすいもの。あとは、塵を解法で消して見せたりもする。
「ええと、こんな感じの力があって……えっと、それで」
「それで魔女を倒した?」
「は、はい……」
「ふぅん……」
巴さんが何かを思案するように顎に手を当てる。何を考えているのだろう。
「確かに何か力があるのは間違いないわね。何もないところから拳銃を作り出して消したり、塵なんかをまとめて消しちゃったり。それに、魔力も使わない。本当に魔法少女じゃないのよね?」
「はい、魔法少女じゃありません……」
「そう。なら聞くけど、どうして私にそんなことを話したのかしら」
「えっと……」
どうして。それは巴さんが聞いてきたから。
「ええ、私が聞いたのもあるけれど、貴女はなにも話さずにやり過ごすことだってできたんじゃないかってことよ」
「…………」
「それにあなたの目的をまだ聞いていないわね。そんな力を持っていて、魔女を倒す。あなたの目的はなんなのかしら」
「わ、わたしは、魔法少女に、戦ってほしくない……んです」
「……それは、魔女を倒すなってこと? わかっているのかしら。魔女を倒さなければ」
「わ、わかってます!」
わかっている、そんなことは。
だって、わたしは見た。
世界が滅びるところを。
だから、知っている。
「それなら――」
「でも……わたしは、それでも……魔法少女に、戦ってほしくないんです……」
「…………。――そこまで言うのなら、理由があるのよね? それを話して」
「……」
「言えない理由なのかしら」
「……言っても、信じてもらえません……きっと」
「信じるもなにも、まずは言ってくれないとわからないわ」
「……」
どうして、未来から来たといって信じるだろう。
どうして、魔法少女が魔女になると信じるだろう。
だって、何も知らない。
だって、何も知らされていない。
巴さんは、何も知らない。
キュウべぇを信じている。
わたしだけじゃ、信じてもらえない。
――でも。
「わかりました」
わたしは、信じてほしかった。
かつての友達に、信じてほしかった。
だから、わたしは、話す。
――
その結果が、どのようなものになるかなど、わたしは何一つ、考えもせずに。
だって、相手はあの巴さんだから。
誰よりも強い、わたしたちの中でも最強の魔法少女だったから。
そんな人が、こんな事実に負けるはずがない。
そう信じているから。
わたしは、話す。
「……ソウルジェムが、濁り切ると、どうなるか、知っていますか?」
「唐突ね。……そういえば……知らないわね。あなたは知っているのかしら」
一番わかりやすい疑問から切り出した。
わたしは話す。
真実を。
魔法少女が持つソウルジェムが濁り切ってしまうとどうなってしまうのかを。
ソウルジェムが濁り切ってしまうと、魔女になってしまう。
人を助け、戦う存在がその実、反転すれば人を害する存在となるのだ。
わたしだけが知る魔法少女の真実。
インキュベーターが告げない、最悪の事実。
「だから、わたしは、魔法少女に戦ってほしくないんです」
何より、まどかに死んでほしくない。みんなに死んでほしくない。
だから、わたしが戦う。
そのための力は、貰ったから。
前は何もできなかった。
だから、今度はわたしがみんなのために戦う。
「…………信じられないわね」
「そんな!」
「でも、あなたが嘘を言っているようにも見えない。だから、キュウべぇに確認してみるわ。だから、今日は帰ってちょうだい」
「…………わかり、ました」
重要なことは話した。あとは信じてもらえるか。
でも、きっと大丈夫。
そう信じて、わたしは、帰ってしまった。
わたしは、甘かったのだ。
わたしが甘かったことを、わたしは最悪の結果を以て思い知る。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「キュウべぇ、いるんでしょう?」
「暁美ほむらは帰ったんだね。どうして帰したんだい? 魔女の手先かもしれないのに」
「怪しい力は感じなかったわ。それよりもキュウべぇ、聞きたいことがあるの」
「なんだい?」
巴マミは、選択する。
「魔法少女のソウルジェムが濁り切ってしまうと、魔女になる……それは本当?」
一つの選択。
それは終わりへの選択。
未だ、魔法少女大戦は遠い。
「そうだよ?」
「なっ――」
こともなさげにインキュベーターは言った。
隠すこともなく。
本来ならば隠すはずの事実を。
「それがどうしたんだい?」
「どうした、って、そんな――」
「キミが何をそんなに気にしているのかわからない。濁らせなければいいことじゃないか」
それは不可能だ。
いずれソウルジェムは濁る。
それは避けられない。
魔法少女の魂は憎悪や絶望などの暗い情念が蓄積することでも穢れを溜め込む。
巴マミが抱く、正義のために戦う魔法少女という幻想が今ここに砕け散った。
いずれ、魔法少女自らが人に害成す存在へと堕ちる。それを倒す魔法少女が正義などとよくも言ったものだ。
全ては流転しているだけのこと。正義だと思われていた魔法少女はその実、ただ魔女になる前段階に過ぎなかっただけである。
「そんな、それじゃあ、私たちは何のために戦っているの!?」
魔女になるというのならば、自分たちは一体何をさせられているんだ。
「そんなの決まっているよ。世界を救うことだよ?」
魔法少女は、魔女と戦う存在でありながら絶望すると魔女になる。魔女化の際には感情が莫大なエネルギーに転換される。
宇宙の延命。このままでは近しい将来、宇宙は熱的死を迎える。終末だ。
そんなもの、人類もだれも望まない。
ゆえに、救ってやる。
「僕たちインキュベーターは、魔法少女が絶望して魔女化した時に出る莫大なエネルギーを使って世界を救済するんだ」
全ては、この宇宙に生きる全生命の為。
「だから、何も気にすることはないよ」
「そん、な……それじゃあ、私たちは――」
「何がそんなに気に入らないんだい? 君がいつも言っている正義の魔法少女じゃないか。多少の犠牲は仕方ないよ。宇宙が熱的死を迎えてしまえば、全ての生命が死んでしまうんだから。
地球の一都市の少しばかりの人間が死んだところで、魔法少女が一人二人犠牲になったところで、全体から見れば微々たるものだよ」
――むしろ、その尊い犠牲によってその他大勢が救われるのだから、本望だろう?
――さあ、ゼツボウしろ、魔法少女。
――世界を救うのだ。
ただ世界を救うという機能を与えられた異星末端は、その機能のままに駆動する。
「――――」
声にならぬ悲鳴が響いた。それが、誰の声かを知ったのは、キュウべぇを撃ち抜いた後だ。
「…………」
「いきなりだなんて、酷いなぁ。今まで一緒に戦ってきた仲だっていうのに」
撃ち抜いたキュウべぇとは別のキュウべぇが現れてこともなさげに会話を続ける。
「どの、口が言うの……」
「ますますわからない。僕は何も酷いことはしていないのに」
「じゃあ、なんで、このことを話さなかったの!」
「聞かれなかったからね」
ああ。
巴マミは理解した。
これとは相容れない。
これは理解できない。
これは完全に、人間ではない。
魔法少女の味方だと信じていた。
だが違った。
「そう……」
だからこそ、巴マミはベランダから空へと駆け上がる。
魔法少女は存在してはいけないものだった。
インキュベーターは殺せない。
だったらもう、これ以外に道はない。
魔法少女がいるから魔女が生まれる。
だったらもう、これ以外に方法はない。
ほかの皆にやらせるわけにはいかない。
「私が、やらなくちゃ――」
あとはきっと、彼女が何とかしてくれる。
暁美ほむら。
今ならばわかる。
彼女はこの事実を知っていたのだ。だからこそ、魔法少女に戦うなといった。彼女には戦う力がある。だから、きっと大丈夫――。
「酷い女ね……」
それでも、自分がまだ正義の味方であるうちに。
全てを消し去るのだ。
――魔法少女死すべし。
この世界に魔法少女は存在してはならない。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
――そして、悲劇は巻き起こった。
ただ一人の魔法少女による魔法少女抹殺計画。
「あ、あああ――」
この街に存在していた魔法少女を最後の一人まで殺した。
ただの一瞬。彼女が本気を出せばこうなる。不意打ちだということを加味すれば、さらに成功度は跳ねあがる。その結果がこれだ。
鹿目まどか。
美樹さやか。
佐倉杏子。
三人の魔法少女だったものが、そこに倒れている。
そう、ものだ。
彼女たちはもはや物言わぬ躯と同じ。モノになり下がった。
魂たるソウルジェムは砕かれた。
「なん、で――」
どうしてこんなことになってしまったのか。
暁美ほむらにはわからない。
彼女を信じていた。彼女なら、事実を知っても大丈夫だと思っていたから。
けれど、そうはならなかった。
「ごめんなさいね。あなたに全部押し付けてしまう」
護るべきものだったものは守れず、ただの死体となってそこに転がっている。まるで眠っているかのように安らかに。
傷はない。ただ魂が砕けただけだ。今にも生き返りそうではあるが、そうならないことを暁美ほむらは誰よりも理解していた。
そして、それを行った元凶もまた限界だった。
濁り切ったソウルジェム。悪感情は溜まりに溜まり、もはや魔女化はさけられない。
「どう、して――」
そう疑問を口にしても、もう答える者はいない。
そこには――魔女がいるだけだ。
おめかしの魔女。
その性質はご招待。理想を夢見る心優しき魔女。寂しがり屋のこの魔女は結界へ来たお客さまを決して逃がさない。
解法の透が読み取る、わずかな情報。性質。
水色のワンピースに、黄色の巨大なボンネットをかぶった姿が特徴的な魔女。何よりも小さいそれ。ティーカップにすら収まりそうなほど小さい。
だが、何よりも強大だった。
リボンが拘束し、弾丸が襲い来る。かつての魔法少女の戦い方を連想させるそれ。魔女となった今、隙がまったくない。
何より、暁美ほむらの精神は、戦う状態にない。かろうじて初撃を躱すことができたのは、奇跡だった。いや、あるいは魔女が手加減でもしてくれたのか。
戦わなければ死ぬ。わかっているのに。暁美ほむらは何もできない。
もはや戦う意味もない。
護るべきだった友人たちはみな死んでしまったというのに。
どうすればいいのだという。
「そんなに悲しそうな顔をするな。笑ってくれよ」
「無理、よ……」
笑えない。こんな状況では笑えるはずもなく。
「どうすれば、笑ってくれる」
「どう、すれば……」
簡単だった。やり直したい。
巴マミに見つからなければよかった。
巴マミに話さなければよかった。
だから、あの時に戻って、逃げるのだ。
「愛い愛い。好きに夢を描け。それが、おまえが幸せになれる一番の方法だ」
そして、今度こそ、救いたい。
こんな未来は、嫌だ――。
黄錦龍が笑ったように思えた。
「
紡がれるは己を示す号。
かつて冠された名を再び顕象させるべく解き放っていく。
「太極より両儀に別れ、四象に広がれ万仙の陣――」
同意は既に為されている。
ゆえに今一度、現実を変えよう。
その思いが強ければ強いほど、現実は変わる。
「幸せになってくれよ。我が母のように。父のように。娘のように。暁美ほむら、笑ってくれ」
今度こそ、全てを救うために。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
こうして現実は書き換わる。
だが、その直前。
「面白いね」
まったくそう思っていないがインキュベーターは、思う。
現実の改変。
すさまじい力だ。
そして、何より恐ろしいのはその使い勝手だった。
あの男が思う事に、同意すればいい。
そうすれば、善悪なく、あらゆる全てを、男は叶える。
それが万仙陣。
それが、黄錦龍という阿頼耶。
だからこそ、願うという行為を行えるのであれば、インキュベーターですら願いはかなえられる。
もとより、世界を救うという事以外に思う事のないインキュベーターは、容易く閾値を超えて、時空改変に追従する。
かなえられた二つの願い。
一つの知啓がインキュベーターへと降り立つ。
「効率のいいエネルギーの回収には絶望させるのが一番」
その一番の方法を思いついた。
それは――。
「魔法少女大戦」
魔法少女が、魔法少女と戦うことによって絶望は加速する。
その記憶がかつての自分へと受け継がれていく。
――さあ、第二幕を始めよう。
――これより先は未曾有の魔法少女大戦。
絶望が絶望を加速する。
救済絶望領域の扉が開かれる。
――全ては世界を救うため。
さあ、ゼツボウしろ魔法少女――。
この世界は、選択肢をひとつでも間違えるとバッドエンド行きです。
セーブ&ロードができる方のみ挑戦ください。