※今回、ある一部の描写において不愉快な思いをされる方がいらっしゃるかもしれませんがご理解ください。くれぐれも食事中などはみないように
※一部描写を訂正してみました
思い立ったが即行動。今回のシャルロット・デュノアは速さこそが勝利の近道であると確信したのか、午後から自主トレに勤しもうとしていた陽太に対して、こう切り出したのだ。
「ヨウタ、臨海学校用に水着買いに行こう! どうせそういうの持ってないんでしょう!?」
「あ?………んま、確かに持ってないけど………適当にどっかその辺で買えばいいじゃん」
面倒くさそうな表情を作る陽太であったが、そんな陽太に対してシャルはグイグイ押しにかかるのだった。
「ダメだよヨウタ!! こういうのは適当に選ぶと後で後悔しちゃうんだからさ!」
「いや、それよりも俺は訓練したい…」
「訓練は逃げない! 今日は買い物が先決!」
なおも何か言いたげな表情となる陽太であったが、途中で『これ以上何か言っちゃうと私怒っちゃうかもしれないよ♪』という無言のオーラを背中から発したシャルの気配を感じ取り、渋々といった表情で了承するのであった。
渋々シャルの言葉に従い、大怪我から退院して初めてのちゃんとした『休日』を過ごすことになった陽太は、とっとと私服に着替えて出かけようとするが、いきなり出足をシャルに挫かれる。
「乙女の外出には準備が必要なんだよ、ヨウタ君」
「ヴぇえぇ~~~!?」
部屋に迎えに行ったものの、そう言い放たれて追い返された陽太は、特に何をすることもできず、ロビーにあるソファーの上で寝転がりながら、完全にだれてしまう。
「…………ヒマだ」
やることがない。
でも昼寝をしてしまうと夜まで起きることもなさそうだし、かと言って他に暇潰しがあるわけでもない。
ここ数か月、IS漬けになってしまっていて、ろくに休日を楽しむこともしていなかったためか、時間が空いてしまうと何をしたらいいのかわからなくなってしまう自分に、陽太はこのとき初めて気が付く。
「飛行場が近くにあれば暇潰しになるんだが………ないよな、そんなもん」
唯一無二の趣味である航空機観賞も、近場に飛行場がなければすることができない。結局は完全に寝ない程度に昼寝するしかないのか、とウツラウツラと船をこぎ始める陽太であったが、そのとき上下ひっくり返った頭上から複数声をかけてくる女生徒達がいた。
「あれ~~~、こんなところでよーよー昼寝~?」
「どうしたの、珍しい?」
「あれ? 今日は訓練はお休みなの火鳥君?」
「ん?」
いつも通り謎のコスプレをしたのほほんと、ハキハキした口調のボブヘアの少女、そしてショートカットでヘアピンを両側に止めた真面目そうな雰囲気の少女であった。
ボブヘアの少女は相川 清香(あいかわ きよか)、ショートカットの少女は鷹月 静寐(たかつき しずね)。一年一組で陽太と学業を共にするクラスメートの少女達である。
最近ではすっかり角が取れて、クラスメートの少女達にも普通に話しかけられるようになっている陽太であったが、転入初日にあの自己紹介や、シャルとの決闘騒ぎの一軒で、未だに話しかければ噛みつく猛獣のように思っている者達もいなくもないが、この二人は今や気心知れたクラスメートの一人として陽太をすっかり受け入れた側の少女達であった。
「シャルに買い物付き合えって言われたからとっとと着替えたのに、今度は準備できてないから待ってろとかほざかれた。まったくなんで女って奴はすぐにそうやって人を振り回すんだか」
げんなりとした表情で言う陽太に、三人は苦笑しながらこう言い返す。
「ああ、それでデュノっちが上機嫌でおめかししてたのか~」
「そういえば、最近皆忙しそうだったからね。今日はデートですか」
「いいな。私も男の子とデートしてみたい」
頬を赤く染めながら年頃の少女らしい感想を述べる鷹月に対して、陽太は首を傾げながら言う。
「デート? ただの買い物じゃないのか?」
「あ、よーよーがおりむーレベルの発言をr」
「俺をアレと一緒にしないでくれない!? それは失礼ってもんですよのほほんさんよ!」
「でも、今の発言はね………流石に」
唐変木といっても差し支えないんじゃない? と言おうとする相川に対して、陽太は起き上がって反論する。
「いやいや、待ちたまえ。待ちたまえ。俺が言いたいのはそういうことじゃない。そういうことじゃない………俺が言いたいのは、デートってことは………つまりだ」
「「つまり?」」
そして腕を組みながらもったいぶった表情になる陽太は、相川とのほほんの耳元で囁く。
「つまり………デートだと、今晩辺りシャルとファイナルフュージョンしないといけなくなる、ってことだ」
「「!?」」
とんでもない発言に顔を真っ赤にしてドン引きするのほほんと相川を尻目に、陽太は彼が思う男女の恋愛観を述べ続ける。
「流石にそれはまだ早い。大人の階段昇るにはシャルはまだ子供過ぎる………男と女ってものはな、やっぱり最後は肉体交渉に委ねられるんだよ。心のキャッチボールも確かに大事。でもデートの最後はベッドの上で夜のプロレスというわけだ。まあ、あれだ。俺もシャルの兄貴みたいなもんだし、シャルがいつか昇っていくことは遠からず理解はしているんだが………後、アイツ、絶対ムッツリだからな、ホテル行こうとか言い出したら絶対顔面ファイヤーになる……ってどうした鷹月?」
「あ………あの…」
同じく顔を真っ赤にして陽太のセクハラ寸前(いや、普通にセクハラ)の言葉を聞いていたはずの鷹月であったが、なぜか頻りに右手で顔を覆いながら、左手で陽太の後ろのほうを指さす。
「?」
―――顔を真っ赤にして立ち竦むシャル―――
真っ白いカーディガンのようなトップスと、黒いショーパンという服装に、いつもは結んでいる髪を解き、あまり普段は使わない香水を使用した、かなり気合の入ったデート仕様のシャルロットであったが、陽太の言葉に最高潮に顔を真っ赤に染めて立ち尽くしてしまう。
自分が言い出した事なのに、待たせてしまったことに罪悪感を覚え、急いで支度を済ませてバックを片手になれないパンプスを履いて玄関まで小走りできたのだが、そこで聞こえた陽太の話し声に愕然となったのだ。
「……………」
「……………」
これは拙いと思い冷や汗を流す陽太と、真っ赤に染まった顔のまま硬直するシャルが暫し見つめ合ったのちに、再び時間は動き出す。
「!?」
「(やばっ!?)」
いつまでもそうそう殴られっぱなしでいるものか!? と陽太が彼女の如何なるパンチも受け止める防御態勢を取ったのだが、思考が爆発したシャルロットはその上をいく。
「いやぁあああああああああっ!!」
―――陽太の顎を打ち抜くハイキック―――
「(キック………かよ…)」
視界の外からくるサブマリンキックか………などという心底どうでもいい感想を思い浮かべながら崩れ落ちる陽太を見ていた三人は各々とその光景をこう述べたのだった。
「こういう火鳥君にほの字になれるデュノアさんもデュノアさんで流石よね」
「あと火鳥君、たまにMじゃないのかなと思う瞬間もあるわ」
「恋は盲目、愛は偉大だね~」
☆
「…………」
「…………」
IS学園から市街に向かうモノレールの車内において、通路を挟んで左右の座席に座る私服の陽太とシャルは、学園を出てから一言も話さず、互いに沈黙を守り続けていた。
「(………うう~)」
一応陽太に対して謝罪をしようかという気があるのだが、陽太の方はというと一度もシャルの方を振り向くことなく、窓の外を見続けるのみで、謝罪するタイミングを掴めずにいたのだった。
「(そういえば、私って最近すぐになんでも暴力に訴えちゃって………ヨウタもそう思っているのかな?)」
正直に話せば、ええ、とっても。
という返答がくるのだが、幸いなことに彼女がそのことを聞くよりも先にヨウタが沈黙を破る。
「なあ………シャル」
「えっ?」
極めて真剣な表情で彼女の両肩に手を置き、見つめてくる陽太の姿に言葉が詰まってしまう。
「これは大事な事だ。だからあえて言っておく」
「……な、なに?」
再び表情が赤くなり始めたシャルの脳内に、先ほど陽太が女生徒に話していた内容が再生され、まさか陽太が今日は『その気』になってしまったんじゃないかと、シャルは焦り始めた。
「(え? えっ? まさか………ちょっと待って!! 私、心の準備が……)」
「…………今日」
「(ダメ………外出許可だって取ってないのに………こんな)」
そんなシャルを他所に、凄く凄く真剣な表情で陽太は懐から雑誌を取り出して言い放った。
「お昼ご飯は今から行くショッピングモールに新装開店したラーメン屋にしよう。海鮮特盛つけ麺って、凄く気になるワードを見つけたんだ!」
凄く凄く瞳を輝かせ、荒い鼻息でシャルに話してきたのだ。一瞬だけ呆けた表情になったシャルであったが、徐々に冷静さを取り戻すと、陽太ってこういう奴なんだよね、ということを思い出しながら深々と溜息を漏らす。
「………はぁ~~」
「え!? ここは呆れる所じゃないだろう!? 人気あるから、早く買い物終わらせて並ばないと」
「ねえヨウタ?」
「ん?」
『お昼ご飯楽しみだな~~♪』と子供のように瞳を輝かせる想い人に、シャルは怒り心頭でそっぽを向いて言った。
「まあこんなことだろうと思ったけど」
「え? 何がこんなことなの?」
「乙女の純情を弄ぶ男は、馬に蹴られて死ぬといいよ!」
「???」
ちょうど目的の停車駅にモノレールが止まり、怒り心頭でシャルロットは早足で車外に出ていき、なんで彼女が怒り始めたのか理解できずに首を捻る陽太もその後に続く。
彼らが本日の目的地として選んだ今年オープンしたばかりのショッピングモールは、駅のすぐそばに隣接しているということもあり、土日になると人でごった返し歩くのも苦労するほどの大繁盛なのだが、この男にはこの環境はあまりにも過酷すぎたようだった。
「うっ………」
「?」
突然青い顔になってその場にしゃがみ込んでしまう陽太に、シャルが不思議そうな顔で同じくしゃがんで尋ねる。
「どうしたの?」
「……………ごめん。この光景を視界に入れた瞬間に……酔った」
割と真剣に気持ち悪そうな青ざめた顔をしている陽太であったが、自分を心配そうに見つめてくるシャルを気遣って立ち上がる。
「………心配するな」
ニカッと笑って元気良く立ち上がる姿と自分に気を使ってくれる陽太の心遣いに、先ほどまで感じていた怒りが嘘のように引いていくシャルロットはふと視線を外しながら感心する。
「(陽太も女の子の前でカッコつけたいのかな?………でも、私だっていつまでも怒ってるだけじゃダメだよね)」
意外な一面を見た気がしたシャルは、とりあえずどこかで休憩して上げようと陽太の手を取る前に振り返った彼女の視線の先には………。
―――頬っぺたを限界まで膨らませ、今にも破裂(精一杯の表現)しそうなプルプルと震える陽太―――
「………とりあえずトイレいこうね」
限界に達しているためにとりあえず首を縦に振ることが精一杯な陽太を見て、嘘のように恋の炎が萎んでいくも気がしたシャルロットであった。
10数分後―――
男子トイレで精根尽き果てたものの、今だに全快していない陽太をベンチに座らせたシャルロットは、ショッピングモールのフードコーナーでさっぱり味のドリンクを購入し、来た道を引き返す。
少しはカッコいい所もあると思った瞬間にかっこ悪い所を見せるという、『上げて落とす』をこう何度も何度も繰り返されては嫌でもストレスが溜まるというものだ。なんでカッコイイを常に維持できないでいるのかと小一時間問い詰めてやりたい。
対して陽太にしてみれば、自分のライフワークのほとんどを戦闘に費やしてしまったために、総じて日常ではポンコツなだけなのだが、どうにも最近のシャルにはそのスタイルが不評なようで、彼も内心戸惑ってはいるのだ………。
『どうも最近機嫌悪ぃな。アレが長続きしてんのかな?』
………こういうデリカシーに欠ける解釈しかしないのだが。
軌道修正………とにもかくにも、シャルロットとしては千冬や奈良橋とは違った方面で陽太の意識改革を行おうとしているのだが、二人とは違い、どちらかといえば『陽太との関係』のために行っているために、微妙にして壮大なズレが見え隠れしている。
「うん………今日は徹底的に私の魅力をヨウタにもわからせてあげるんだから!」
若干顔を赤らめながら、無理をしている発言をするシャルロット。とにかく彼の中で自分に対しての心の位置を求め、あの手この手と手段を講じているのだが、それが全て『彼のため』と思い込もうとしていることにまだ彼女は気が付けないでいた。
そんな彼女の前で、唐突に女性の大声が耳を木霊し、何事かと振り返る。
―――だから、ソイツに片づけさせたらいいって言ってるでしょう!?―――
―――だから、なんでそんなことしないといけないのよって、言ってんの!?―――
―――ソイツが男だからでしょう!?―――
―――アンタが散らかした服ぐらい、自分で片づけなさいよ! コッチは全く関係ないのに!?―――
正確に言えば二人の女性の声。年代で言うと20代そこそこの、複数の男を引き連れた見目麗しい女性と、10代の勝気そうな赤毛の少女と少年が揉めに揉めていたのだ。
10代の少年の方は完全に喧嘩腰になっている少女の肩に手をかけながら、『もういいから。落ち着けよ』と制止しようとしているのだが、少女の方がすっかりヒートアップしているのか聞く耳を持てずにいた。対して20代の女性の方は複数の男の取り巻きを従え、自分が女王様であるかのように振る舞い、まるで自分が息をしているだけで偉いのだからそこの下男は黙ってこっちの言い分に従えばいいのだ、とでも言いたげな態度で踏ん反りがえっていた。
シャルも最近では意識すらしていなかったが、ISが開発されて10年が過ぎ、社会の根幹に食い込みつつある昨今の社会において、その主な操縦者適正を持つ女性という存在が社会的に優遇される風潮、つまり『女尊男卑』が世界中で時に見受けられるようになっていた。最もこれは実はとんでもない話であり、ISの稼働台数を考えれば社会の大部分の女性は操縦者になることは永遠にないのだが、いつの時代も性別、出身、身分、階級、etcetc………これらの他者と他者を区別する社会的なパーソナリティーによる選民思想というものは存在しているのだ。
それらが一概に、全てにおいて『悪』というわけではないのだが、少なくともこの女性のような物の考え方は一般の人々にも受け入れられそうにもない。と他人事のようにその光景を見ていたのだが、やがて女尊男卑の考えを持つ女性の方が業を煮やしたのか、取り巻きとなっている男たちに顎で指示を出し、赤毛の少年と少女を取り囲んでしまう。
「な、なによ!?」
「!?」
いち早く少女を守るように彼女の前に出た少年は、震える拳を握りしめ、やがてこう女性に告げる。
「『俺』が悪かった。だからコイツのことは勘弁してやってくれ」
「ちょ、コラッ!!」
勝手に話をまとめようとするなと少女が抗議しようとするが、少年が振り返りざまに見せた真剣な表情に押し黙り、言葉を詰まらせる。
「あら、後ろのサル女よりも知恵はあるみたいね」
「誰がサルよ!?」
勝ち誇った表情となった女の無礼極まる発言に再びヒートアップしかける少女を尻目に、女尊男卑の女は
少年に次なる要求をしてくる。そう、自分の非を認めたというのであればやることは一つだけだと。
「じゃあ、次に何をするべきか…………わかってるわね?」
「…………」
少年はわかっているだけにそれを行動に移すことを躊躇してしまうのだが、女性はそんな光景が面白くないのか、やがて何かを思いついたのか、手をゆっくりと叩きながら、まるでリズムを取るようにこう告げ始める。
「ど・げ・ざ♪」
「ッ」
「ど・げ・ざ♪♪」
少年の表情が歪み、少女が怒りで歯ぎしりするが、女は止めることをせず、取り巻きの男達も女に倣って面白そうに少年を囲みながら手拍子付きで土下座を要求し続けるのだった。
「ど・げ・ざ♪」
「ど・げ・ざ♪♪」
「ど・げ・ざ♪♪♪」
すでに人だかりが出来上がる中で、そんなことを言っている女と取り巻き共に不快感を感じる人々は大勢いるのだが、阻止しようという行動を起こすものは誰一人としていない。
「ど・げ・ざ♪」
「ど・げ・ざ♪♪」
「ど・げ・ざ♪♪♪」
調子に乗って大声と拍手でそんなことを要求する取り巻き共に囲まれ、これ以上長引かせても更なる悪い要求をされるだけだと思ったのか、徐々に少年が身体を倒し、地面に向かってゆっくりとしゃがみ始める。
「ちょっと!!」
『こんな奴らのためにそんなことする必要なんてない!!』と少女が止めようとするが、少年は辞めようとせず、やがて地面に正座して座り込むと、女に向かってゆっくりとお辞儀して、謝罪の言葉を述べようとした。
「ご………ご無礼を働き、大変申し訳……」
―――パシャッ!―――
周囲のざわめきを、拍手とともに叫ばれていた不快な『土下座』コールも、一瞬で静まり返る。
少年の行動を制止するかのように、相手方の無礼な態度を非難するかのように、シャルロットが手に持っていたジュースを女性の頭からぶっかけたのだ。
怒りの表情を浮かべながら女性を静かに睨んでいたシャルであったが、一息つくと未だに土下座の状態で固まっている少年にしゃがみながら『もうそんなことする必要はない』と声をかける。
「もう大丈夫だから頭上げていいよ」
「え・・・えっ?」
「カッコよかったぞ♪ 彼女も彼氏のこと自慢していいぞ!」
おどけた様に固まったままの少女にもそう声をかけるシャルであったが、我を取り戻した少女から返ってきた返事は予想外のものであった。
「彼氏なんかじゃ断じてありません!! た・だ・の、クソ兄貴ですっ!!」
「えっ? お兄さん?」
言われてみれば両方珍しい赤い髪に、顔だちも何処か似ているではないか。ちょっとだけ早合点してしまったことを反省して、ポリポリと頭をかくシャルロットであったが、そんな和やかな空気を一変させる声が背後から浴びせられる。
「ちょっと、何してくれんのよ!?」
ジュースによって頭からスカートまで濡らされてしまった女性が激怒してシャルに詰め寄る。
少年少女に向けていた表情とは180度逆の、戦闘中に敵ISに向けるような険しい表情をして立ち上がったシャルは、女性の方に振り返ると首を傾げ、あえて言ってみる。
「何のことですか?」
そしてワザと作った笑顔で言ってみるものだから、さらに相手をエキサイトさせてしまう。
「この服、ブランド物だっていうのに………そんなことよりも、どういうつもりよ!?」
「ジュースの件ですか? ああ、何かとても興奮されていたみたいでしたので、冷たいものをと思いまして………それで?」
問題はないだろう、と言葉を続けようとしたシャルに女性が容赦なく腕を振りぬく。
「!?」
「…………」
ビンタしようと降りぬいた手を、シャルが全く動じることなく受け止めたことに動揺した女性が、一瞬たじろぐ中、シャルは徐々に語尾を強めながら、自分の行いを理解していない者に言い放つ。
「何を勘違いされているのか存じませんが、男の人を何人も引き連れて、他の人に圧力をかけないと貴女は他人と話もできないのですか!?」
「なっ!?」
「早くこの二人に謝ってください。さあ!!」
険しい表情と言葉………年上相手といえども、シャルにしてみればもっともっととんでもない年上の女性を相手にしたこともあるだけに、どう贔屓目に見ても場馴れしていない素人の言葉も考えも意思の強さも、全てにおいて圧倒していた。
このただならぬシャルの気配に真正面から口論するのはまずいと思ったのか、女性は話の矛先を変化させて反論してくる。
「フンッ…………カッコつけているつもりかもしれないけど、お嬢ちゃん? 貴女、男なんて庇ってどうするつもりよ………今はね女性が」
「IS関連では女性が有利? 笑わせないでください。男性操縦者が二名も見つかって、将来的にもっと増えるかもしれないのに、女性ってだけで偉そうにふんぞり返ってる暇なんてあるわけないじゃないですか」
「なっ!?」
自分は女、目の前の少女も女。ならば女性が有利な今の社会において彼女の行動がどれだけとんちかんなものなか、そう論点をズラしてシャルを取り込もうとするが、いきなりシャルの最もな意見で封殺されてしまう。見ると彼女達のやり取りを見ていたギャラリーの何人かが、『そうだ』と頷きだしていたのだ。
「貴女ね!! 私、こう見えても弁護士の知り合いもいて、貴女みたいな…」
「じゃあ弁護士の人に聞いてください。自分が散らかしたものを他人に力づくで片づけさせることを強要する行為が脅迫罪以外の何に該当するのかって」
またしても言い終わる前に言葉を潰された女性は、いよいよ本性を隠し切れなくなったのか、目元を釣り上げながら拳を握り、シャルを威嚇する。
「私、これでもIS学園にスカウトされたことだってあるのよ! 貴女みたいな何処か田舎の外国人ぐらい私一人でも……」
―――瞬時に差し出す待機中のISと学園の生徒手帳―――
「IS学園に入る気があったのなら、今みたいな行為を一番慎んでください。学園にいる皆は純粋にIS操縦者として日夜努力してるんです。それをたった一人の行いで悪いことをしているかのように思われてしまっては迷惑なんです」
「あ、貴女………IS操縦者!?」
これには今度こそ動揺が隠せない女性は、一旦視線を外すと頭の中でこの場をどう乗り切るか算段をし始める。
彼女の言葉には今のところ何一つ嘘はない。弁護士の知り合いもいる………この間の合コンで名刺を交換しただけの会話もしたこともない人間であるが。ましてやIS学園の適正テストにパスし、スカウトから『才能があるから入試を受けてみないか』と言われたことはある。たまたまその年は適正試験の見直しが行われ、例年を下回る受験者の数となってしまい、一般受験者枠の定員割れを防ぐために例年であれば補欠扱いされるレベルのものにも試験を受けさせ、結局彼女は試験官から『入学以前のレベルだ』と酷評されてしまった経歴もあるのだが。
シャルの持っている待機状態のチェッカーを見せられ、彼女がどこかの国の代表候補生でおそらく自分と違い国からの推薦を受けれるほどの逸材であることがわかるだけに、彼女の心の奥底にある『認められたい』『認められないなんておかしい』『私はエリートなのだ』という、暗いコンプレックスが彼女の理性と感情の天秤を強引に傾かせてしまう。
「アンタたち!!」
取り巻きの男達にヒステリックに叫ぶ女性は、その剣幕で男達が反抗する気力を奪い、強引に命令を下す。
「このバカ女を殴れ!」
「えっ?」
「何度も言わせるな! ボコボコにしろって言ってんだよ!!」
結局はそれ以外の考えが浮かばない。力づく以外の選択肢を思い浮かばず、かといって引き下がるということもできなかった女性は、暴力をもってしてシャルロットを黙らせようとしたのだ。
「で、でも・・・」
「弁護士が知り合いにいるって言ってんだろうが! お前達が捕まらないようにする方法なんて私にはいくらでもあるんだ!」
「…………」
シャルにはそれが嘘であることが言葉だけでわかっていた。これが女と男であったなら、ひょっとしたら彼女言い分も通ったかもしれない。あまり認めたくないがそのようなことがまかり通ってしまうのが今の世の中だから。
しかし、これが同じ女で、しかもIS操縦者で代表候補生のシャル相手になると、司法もただで済ますわけにはいかないということを目の前の女性もわかっていないのだ。
「(………売り言葉に買い言葉で身分明かしちゃったけど不味かったな)」
今更になってちょっと後悔するシャルであったが、どうやら目の前の男達は特に深い考えもないままに、女性の言葉に従う気になったようで、複数で取り囲んでくる。
「お、おい!! 女の子に暴力振るうなんて…」
「元々はアンタが元凶でしょうが! ソイツもついでにやっちまえ!!」
女性の暴論にも全く怯まない赤毛の少年は、流石に見過ごせないとシャルの前に立つと彼女を逃がそうとする。
「俺が何とかするから君は妹と一緒に……」
「大丈夫だよ」
素人が相手、生身でもこれぐらいの数はどうにかできないような人間は今の対オーガコア部隊にはいない。シャルが少年の前に逆に出ようと歩を一歩進ませた。
「ぐぅえっ!!」
―――取り囲んでいた一人の男が、突然お尻を抑えながら飛び上がる―――
「「「「!?」」」」
この期に及んで何事か、と当事者四人が振り返える。
―――尻を抑える小太りの男と、しゃがみながら男の臀部めがけて強烈な一撃を見舞った青ざめた表情の少年―――
「ヨウタ!?」
「…………遅いと思ってたら」
騒ぎを聞きつけたのか、それとも帰りが遅いシャルが心配になったのか、気分の悪そうな身体を引きずってきた陽太は、ノロノロと立ち上がると女性と男達に手を振り、まるで虫を追い払うかのような態度で言い放つ。
「シッシッ、キミタチは早く帰りなさい」
「なんなんだテメェは!?」
シャル相手にしていた時とは違い、同じ男とであることに安心したのか、紫のパーカーを羽織った一人の取り巻きが懐から警棒を取り出して、それを見せびらかすことで威嚇してくるが、陽太は手を前に突き出すと心からの親切心で警告する。
「やめておけ。今の俺には余裕がない。本気で『気分が』悪いぞ」
「それがどうしたって言ってんだよ!」
真っ青な顔のままフラりとよろけ、パーカーの男が陽太に向けて警棒を振りかぶる。ギャラリーの誰かが悲鳴を上げ、真っ青な少年に危害をくわえようとした瞬間。陽太は何もなかったかのようにその男の横を通りすぎ、パーカーへ顔を埋めた。万力のような力で男はされるがままに膝を落とされ、他の仲間が陽太に近づこうとした瞬間。『それ』は起こった。
それを始めに聞いたのはパーカーの男。自分の真上で小さな呻き声を聞き、自分でもどこかで嗅いだような異臭に気付くと、咄嗟に少年の方へ叫ぼうと……
「ちょっ、まっ……!!」「ヨウタストッ……!!」
無論。手遅れだった。少年の吐き出すような呻き声と肩を震わせる動き、そしてそれを真後ろでされた男の悲鳴にも似た叫び。ギャラリーは一瞬でそれを理解したが、誰一人してその場に近付こうとは思わなかった。
言葉にするのも憚れる悲劇。嗚呼、悲しきかな色んな逆流……見てられないので色々と割愛するが、陽太の方は何事もなかったかのようにシャルロットの飲物を貰うと残りを口に入れてスッキリした表情で辺りを見回す。
「で、なにこれ?」
答える者はいない。シャルロットですら固まった。なお、シャルロットは………。
「か、関節……キ、キキキキキ……」
と小さく呟き真っ赤になって肩を震わせるがそれは割愛する 自分がやったことに関しては全く理解して陽太は、シャルの言葉に不思議そうに首をかしげるが、そんな和んだ空気になっている二人に対して、女性の怒りが再び再熱した。
「お前ら、この男も生かすな!」
何が原因で乱入してきたのか考えるよりも先に、とにかくこのふざけた連中を片付けたい。そんな気持ちとともにかかった号令に従い、残りの男の一人が陽太の背後から肩に掴み掛ろうとする。
「まあ、とりあえずだ」
が、肩を掴まれるよりも先に振り返りながら自分の腕と取り巻きの腕を絡め、相手の顔を掴むと眉間の経穴(急所)を押し、激痛で悲鳴を上げることすらも手で押さえてしまい、大声を上げることなくくぐもった悲鳴しかあげられない男を女性に見せつけながら、こう冷たく言い放つ。
「恥をかきたくないならここまでだ。これ以上はやるなら……」
一瞬目を細めた仕草。横から見たその表情がどこか戦闘時に本気を出した時の物を彷彿とさせ、シャルの心に戦慄が走る。
「(『これ以上』は何?)ヨウタッ!?」
陽太が次に言い放つであろうそのセリフを予測したのか、シャルが言わせまいと彼を止めに入ろうとしたとき、彼女達の背後から一人の男性が前に出てくる。
「皆さん」
ライトブラウンの髪を丁寧にセットし、赤いネクタイと金色のネクタイピン、そして灰色のビジネススーツに身を包み、ブランド物のバックを持った、眼鏡をかけた20代の青年が騒然となっている若者たちの輪に入ってきたのだ。
「皆さん、ケンカはよくありません」
眼鏡をクイッとあげながら、青年は落ち着いた声色でこう言ってみせた。
「ここは名前も正体も明かせない謎のサラリーマンの言葉を信用して、無礼講ということにしましょうか?」
名前も正体も明かせない胡散臭い笑顔を浮かべた謎のサラリーマンの姿に、全員が『何を信用しろと?』と思い浮かべたのはいうまでもないのであった………。
ISのオリ主物は数あれど、デート中に堂々吐いた主人公はウチだけ!(キリッ)
なんの自慢にもならなんな…………。