IS インフィニット・ストラトス 〜太陽の翼〜   作:フゥ太

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今回は内容が短めになっておりますが、次回はできるだけ早く更新できるよう頑張りたいです!


旅行前の準備(序)

 

 

 だからと言って、急に何をどう陽太との関係を変えていけばいいというのか?

 こんなこと、箒やラウラといった友人達はおろか、千冬という恩師やベロニカという母にすら相談できそうもない。

 

「(どうしたらいいっていうんだよーーー!!!)」

 

 食堂で朝食を前にして一人頭を抱えるシャルに対して、隣で冷麺を食べていた鈴が心配そうに問いかけてくれる。

 

「い、いや………なんでもないよ?」

「なぜ疑問形で返す? 悩みでもできたっていうの?」

 

 はい、凄く今悩んでます。

 そう言えたら楽なんだろうけども、一人の乙女としてのこの悩み、おいそれと口にする勇気が出そうもない。茶化されたりしたら今までの鬱憤によって倍加して爆発しそうだし………。

 そして問題となっている陽太というと、カツ丼、フライ盛り合わせ、天ぷらうどんという揚げ物トライアスロンに、顔中絆創膏だらけにした一夏と共に挑戦していたのだった。

 

 あの後、結局勝負はアリーナ使用時間限界によるタイムオーバーによって流されてしまい、一夏にとっては初の『勝てなかったけど負けもしなかった』結果となった。陽太は大いに不満をため込み、延長戦を申し出たものの、これ以上派手に暴れられては修繕費も馬鹿にならないと判断した奈良橋によって、無理やり中断させられた形であった。

 射撃と得意の機動戦闘を封じた格闘オンリーの縛りがあったとはいえ、一夏を時間以内に仕留めきれなかった事………つまり一夏の驚異的な成長速度に加え、確実に自分と一夏の『距離』が縮まってきている事に気が付いていた陽太は、特にそれを一夏に不満をぶつけることはなく、ただ『自分の修錬が足りない』と思ったようで、この後も更にメニューを加えた修行に挑む気である。

 対して一夏も、徐々に陽太に食い下がれるようになっていることに気を良くすることもなく、最近では恒例となった陽太と大量の朝食早食い競争に勤しんでいた。実力が追い付いてきたからこそ、今は一秒でも長く訓練して、一歩でも前に進みたいのであった。

 結果として、お互いを刺激しあい、絶妙なバランスで互いの実力を伸ばしていたため、不本意ながらも男子勢にしてみれば良い結果を生み出していたのだが、それはそれとして、置いてけぼりを食らった形になったのがシャルなのである。

 

「(………私は……別に)」

 

 難解極まる乙女心を持つ者としては、この状況は非常に不味い気がする。

 必死に努力して強くなろうとすることを素直に応援したい心、自分だけを見てほしいという想い、彼の心から居場所をがなくなっていくかもしれない錯覚。複雑に絡み合うシャルの気持ちは、出口が見えずに心の中で常に渦巻いている。

 

 だが、そんな時である。

 まるで天からの助けのように、この状況を打破できるかもしれない、そんな希望に満ちた『行事』の存在が奈良橋教諭から告げられたのは。

 

「臨海学校?」

 

 隣で腹を抱えて苦しそうにしている一夏をしり目に、三杯目のかつ丼を受け取って戻ってきた陽太に対して、同じく朝食を共にしていた奈良橋と真耶から、IS学園内でも一大イベントの一つと言われている行事についての説明を受けていた。

 

「そうだ。校外における課外授業として三日間、沖合を貸し切って一学年全生徒合同で行う行事のことだ」

 

 コーヒーとサラダだけという簡素な朝食を取りながら、同時に提出された書類に赤ペンで訂正箇所をチェックしていく奈良橋に対して、陽太はテンションを下げ切った表情でこう告げる。

 

 ―――では引き続き臨時のニュースをお伝えします―――

 ―――昨日起こったイタリア南部カンピオーネ・ディターリアでの大規模崩落事故において、未確認ながら複数のISとGS、また一部の機動兵器の存在が目撃されており、大規模テロ組織『亡国機業(ファントム・タスク)』との関連も噂されております―――

 ―――現地の特派員の〇〇〇です。今、私は湖のスイス領側の方にいますが、こちらからは湖にすっかり沈んでしまった街の一部の風景が見られるだけで・・・―――

 ―――街の復興に辺り、イギリスとフランスからの支援が検討されており―――

 ―――現在、街には軍用GSや重機による撤去作業が急ピッチで進められ―――

 ―――今回の騒動について専門の方の詳しい意見を聞きたいと思います―――

 ―――これほどの騒動になっていながらそもそも目撃者が少なすぎるというのも気にかかりますね。まるで意図的な情報封鎖を敷いたような感じがしまして――――

 

「パス。そんなんやってる暇が俺たちにはない。訓練あるのみ」

 

 速報で入るニュース番組を真剣な表情で見ながら、今は学校行事よりも修行が優先。そう言い切る陽太だったが、今回は相手が悪かった。

 

「学生の本分は勉学に励むことだ。投げ出すような真似は許さん」

「世界の危機は放り出してもいいのか!?」

「それにな………学業の成績が良いデュノアやオルコット、勤勉さが見える篠ノ之やボーデヴィッヒはともかくとして……」

 

 奈良橋はいったん言葉を切ると、続けざまに陽太、鈴、一夏を指さすと、彼らが耳を塞ぎたくなるようなことを告げる。

 

「学年全体の成績から見ても下位ライン独走状態だぞ」

 

 イヤン、と耳を塞ぎながらテーブルに突っ伏す三人にせめてもの救済措置としての臨海学校参加を進めるのだった。

 

「せめて特別授業に出て単位を取らねば、言い訳もできん。特に鳳は代表候補生の身で留年など過去に事例がないぞ」

「マジですか!?」

 

 私の成績低すぎ!? と本気で焦りだす鈴に、陽太がジト目で疑問を投げかけた。

 

「お前、どうやってこの学校転入してきたんだよ!?」

「実技は優秀なのよ!!」

「俺なんか実技なんか完璧だ!!」

「だからといって学業をぞんざいにして良い訳ではない」

「「そうですよね~」」

 

 最もな切り返しをされて、今度こそ沈黙するしかなくなった二人とは裏腹に、一夏が焦った表情で成績優秀組に質問してみた。

 

「み、皆は何で成績がそんなに良いんだよ!」

「な、なんでって言われても………」

「その日に習った授業の復習と、明日の授業のための予習………それだけでございませんの?」

 

 成績トップクラスのシャルとセシリアのあまりに正攻法の意見に、再度撃沈される三人を気遣ってか、焦った箒が必死にフォローをしてみたのだが………。

 

「い、今からでも………その………ノートにまとめた授業の内容を読み返して」

「授業中寝てたから、シャルと箒は後でノート貸して」

「俺も寝てたから貸してくれよ箒!」

「私は………あ、クラス違うから微妙に違うのか………こんなことなら寝ずに書いとくんだった」

 

 訂正、勉強方法以前に机に向かう情熱の差が出ていたようだ。そしてその報告を受けた奈良橋教諭のマグカップにヒビが入り、こめかみに青筋が浮き上がったのを見たラウラが恐怖から若干後ずさり、真耶は『フフフッ………わかってましたよ。私の授業中に二人が微動だにせずに目にセロハンテープ張って寝てることぐらいは………でもね、私だって一杯一杯なんですよ? 部隊の経理とか作戦後の事後処理とか授業の準備とかで(以下省略)』とブツブツと念仏のようにつぶやきだす。

 

 色々後で説教食らわせないといけないことを聞いたシャルであったが、内心実はそんなことよりも今はもっと重要なキーワードを思い浮かべ、このメンバーの中で一番浮かれてもいたのだ。

 

 臨海学校。

 宿泊行事。

 寮はまた違った環境における、新鮮な場所でのコミュニケーション。

 

 若い男女が………外泊。

 

「( こ れ は チ ャ ン ス だ ! )」

 

 理屈ではない、感覚で確信する。色々解決しなければならない問題も結構ある気がするが、今はそれは置いておこう。陽太だってやってることなんだから自分だってしてもいいはず、うんきっと………。

 瞳に力が戻り、強く握り拳を作るシャルの変化に、陽太が『しまった! またしてもレポート地獄になる!!』と誤解して戦慄する中、学生たちの変化を溜息まじりで見つめていた奈良橋は、心の中で愚痴る。

 

「(これでいいのですか、織斑先生?)」

 

 ここにはいない、本来の部隊の司令官である千冬は、入院生活送る中で随時受ける報告によって、特に実働部隊の隊長である陽太の変化に気を遣っていたのだ。

 

『今度ある臨海学校には、多少強引にでも陽太を出席させてやってください………正確には陽太には一時的にでいいので、訓練から切り離す時間を作るべきでしょう』

 

 陽太が今感じているであろう焦り。これは例えるなら、RPGにおけるキャラクターのレベルアップのシステムに類似している。

 オーソドックスなRPGであるのなら、例えばLv40のキャラとLv1のキャラが同じ経験値を得た場合、当然そこで行われる経験値の所得におけるステータスの変化は格段に違ってくる。この場合Lv40が陽太であり、Lv1は一夏だ。ぶっちゃけるなら、陽太がレベルアップに満たない経験値でも、一夏はそれを得ることで爆発的に成長してしまうのだ。

 そして陽太がレベルアップするまでに必要な膨大な経験値を得る間に、一夏は猛烈な勢いで成長してくる。そのことに陽太が焦りを感じてしまっていることが問題になっていて、成長をしようとオーバーワークになればなるほどに彼への負担は大きくなる。

 陽太がこの学園に来てから能力が上昇していないわけでは決してない。いや、おそらく入学当初から頭がいくつも飛び越えた実力を誇りながら、更に格段に成長している。だが一夏の成長速度はそれをも凌駕しており、今の陽太はその一夏の成長速度をほしがっているのだ。

 

『私が技術的に教えてやれることはもうありません。ですが陽太の心が強さだけを欲する状況を見過ごすこともできません。ですから、今はとにかくアイツ自身の気分を変えることを優先してください』

 

 焦って空回りする前にガス抜きを。彼が受け取った使命は一見すると簡単そうに見えるが、意外に奥が深いのかもしれない。気を引き締める奈良橋だったが………。

 

「………なんかダルいな」

 

 泊りがけで学習という名目をそのまま信じている陽太の表情はすでに気力を失いテーブルに突っ伏し………。

 

「(気合い入れなくちゃ!)」

 

 一際気合が入っているものの、どこかズレた感じがしないでもないシャルロットの表情はどこか明るいが………。

 

「海か………なんか皆で泊りがけって、そういや初めてだな!」

 

 どうやら今回の臨海学校を最も学生として楽しもうとしているのは一夏なのかもしれない。先ほどのやる気はどこに消え去ったのだと千冬がいれば問い詰めたかもしれないが………。

 

「(う、海!? 一夏と海?)」

 

 そしてシャルに釣られてか、乙女の回路に志向が接続しやすくなっていた箒はモアモアと脳内でピンク色の妄想を展開し始める………。

 

「そうか、水着新調しないとね♪」

 

 この切り替えの早さこそ鈴が隊員に選ばれた理由でもある。最もこんな場面で無駄に見せなくてもいい気は多分にしてくる………。

 

「つまり、セシリア・オルコットの水着姿が皆様に臨まれている、ということですわね!」

 

 なんてことはない。ある意味どうあろうと通常運転してくれる彼女の存在は安定感がある。そう。これは通常運転のセシリア・オルコットなのだ………。

 

「臨海学校?………海難救助の訓練ではない……な」

 

 真っ白いことに定評のあるラウラ・ボーデヴィッヒは、おそらくこの後にまたいらぬ知識を外野から仕入れる事態になるだろう。

 

「フフフフッ………私の授業は寝てスル~」

 

 早く戻ってきなさい山田真耶。

 

 色物……ではなく、レパートリー豊かなリアクションをする、そんな部隊のメンバーを見ながら、奈良橋はこう心の中で叫ばずにはいられない。

 

 

「(なぜ貴様らは………『非常時』にしか頼りにできないんだっ!!!)」

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 ―――日本・沖縄米軍那覇基地より数十キロの海域

 

「…………」

 

 日光が一切届かない深海から海面に浮上した潜水艦の中で、かつての『白銀部隊(チーム・シルバー)』の元隊長、ナターシャ・ファイルスはこの闇ほどではないものの、暗い気持で今回の軍務についていた。

 

 尽力してして作り上げた『白銀部隊』を本格的な部隊運用の初日に壊滅させられ、その責任を取らされたナタルであったが、彼女ほどの有能な操縦者を謹慎や場合によっては投獄刑に処する場合ではなかったのだ。

 太平洋艦隊の壊滅だけに飽き足らず、少なくない数を派遣して行った合同軍事演習において、まさかの連合側の未曾有の大敗走。しかも帰還兵が全体の二割を切るほどの殲滅ぶりであり、各国は戦力の再編成に躍起になっているのだ。しかもまずいことに現場に出張っていた将官達の会話がマスメディアに漏れていたことで、一気に政府側への非難は高まり、軍人たちの肩身が随分と狭いものになってしまう。

 そのため、世界は徐々に現場の戦力をPMC(民間軍事会社)などの民間側へと移行しており、それに危機感を覚えた軍は、戦力再編成の一環として今回の計画に急遽着手したのだ。

 

「はぁ~………」

 

 第三世代型軍用IS「銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)」の強化改修計画。現状アメリカ国内で最も強力なISである銀の福音を対オーガコア用ISとして強化改修するというものである。

 すでに機体の改修は終了しており、あとは運用試験をパスするだけの段階に到達しているのだが、どうにもナタルは今回のこの計画について乗り気ではなかった。ナタルには機体の改修以前に自分自身を変える必要があったからだ。

 あの亡国機業の幹部とその黒いIS………自分も福音も完膚なきまで敗北させられた相手との違いはいったい何のか? 自分と相手の差はどれほどなのか? その差を生み出しているものが、単純な機体性能や技術や操縦者としての身体能力だけではない。もっともっと根本的な部分である。そのことを本能的に感じ取ったナタルは、今までの操縦者としてのキャリアを全て捨ててでも、この問題点に着手するつもりであった。

 

「(………時間とれるかな?)」

 

 沖縄の基地には数か月単位で滞在する予定だ。そして有給の申請も無理やり上に受諾させてある。彼女は時間が空き次第、すぐさまに今回の個人的な一番の目的地であるIS学園に訪れたい衝動に胸を焦がす。

 

 ―――IS学園にいる対オーガコア部隊―――

 

 10名にも満たない人数と、実働部隊は10代の少年少女。しかも隊長は経歴が怪しいテロリスト疑惑を持つ少年、副隊長は唯一の純正軍人ではあるが経験不足は否めなく、その他の娘達も全員実戦経験を持つとは思い難く、織斑一夏に至ってはついこの間まで一般人として生活を送っていたド素人でしかない。

 にも拘らず、自分達『白銀部隊(チーム・シルバー)』が全員がかりで手も足も出せなかったあの黒いISを正面から押し返し、撤退させてみせたというではないか。彼女はこの報告を受けた時、瞳を白黒とさせ、やがて意を決し、乗り気ではない作戦も承諾した下りであった。

 

 ―――自分達と彼らの違いは一体なんであったというのか?―――

 

 部隊員の個々の実力か?

 連携の練度か?

 それとも戦場に立つ者としての覚悟の差なのか?

 

 彼らの司令官であり、旧知の仲である織斑千冬に、是非とも問うてみたいのだ。

 

 そして陽太とは違った形でIS操縦者として高みを目指すナタルを悩ましているもう一つの問題。

 

「あと………早くゴスペルを空で飛ばしてあげたいわ」

 

 暴龍帝(ヴォルテウス・ドラグーン)との一戦において完敗して以来、愛機である銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)との意思の疎通が上手くいかなくなっているのだ。

 操縦者とのシンクロ自体は行っているのだが、それまで積極的に行ってきた意思の疎通はあれ以来パタリと止んでおり、こちら側からどれだけ呼び掛けてもまるで返答がない。強化改修の際も、ナタルはまず銀の福音に意思の確認を行いたかったのだが、それも上手くいかずタイムアップとなってしまった。途中でコアの方が拒絶しないかヤキモキとしていたのだが、作業の最後まで何があっても無反応で、コアそのものに異常があるのではないのかと、技術者と何度も確認を行ったものだ。

 何が原因でこうなってしまったのか? 皆目見当もつかないナタルと本国の技術者達は頭を悩ませ、結局今回の演習まで原因を判明させることができずにいた。

 

 とりあえずいつもとは違う場所で空を飛ばしてあげれば、ひょっとするならまた違ったリアクションを見せてくれるのではないのか? そんな期待をしているナタルは、ISの操縦中に、いつも嬉しそうに仲間の操縦者とISと一緒に空を飛んでいた、無邪気な子供のような福音の声を思い出し、心が締め付けられるような気持になる。

 

「もう少しの辛抱だから………いい子で待ってて、ゴスペル?」

 

 ―――潜水艦内の一室―――

 

 ―――作業台の上に固定され、以前よりも大型の対になるスラスター、両肩に増設された武装ユニット、全身に装甲を追加され、一回り大きくなったボディ―――

 

 以前とは比べ物にならないほどの性能を持たされた、銀の戦天使のモノアイに不気味な光が灯ったことを、ナタルはまだこのとき、気が付いていなかった。




いつものあとがきはまとめて数話後にうpさせていただきます

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