IS インフィニット・ストラトス 〜太陽の翼〜   作:フゥ太

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今回は二部構成となっておりますので、近日中に後編はアップさせてもらいます


悪意の流転を止める者(前編)

 

 

 

 

 

 

「この速度は………」

 

 放課後のアリーナにおいて、対オーガコア部隊の後方管制を担当している真耶の目に、信じられない光景が映し出されていた。

 

 ―――我を忘れて他者に襲い掛かる人の姿―――

 

 まるでホラー映画のゾンビの光景そのもののようなシーンが実際に起こり、彼女の背筋を冷たいものが駆け抜ける。

 同時にほかの画面に映し出されている被害拡大の図に、被害地域を示す赤い円が加速的に広がっていること。この速度でこのまま被害が広がれば、日本の都市機能をすべて麻痺するのに数時間も必要としないこと。

 いや、日本全土を覆うのにどれだけの時間が残っているのか………。

 

「学園長!」

 

 とっさに学園長に連絡を入れるためにスマフォを取り出す真耶は、震える指で操作しながらどのような指示を出せばいいのか、どうのような事態に備えてほしいのか、青くなった表情のまま必死に思案する。

 

「生徒をとにかく外に出さないように………できれば電子機器からも離すように……それともISを装着してもらって……って人数分ないのか!?」

 

 考えがまとまらず、思わず机を激しく叩き、彼女は天にも縋る様な気持ちでこんな時に頼りになる人間の名を口にする。

 

「織斑先生………私……どうすれば…」

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 その頃、陽太達とは別行動を取っていた一夏とラウラは、病院の裏手の非常階段から内部に院内に入り込み、一直線に千冬の元に駆けつけていた。

 手術後、驚異的な速さで回復しているものの、未だに自力で起き上がることすら困難な姉の姿を知っているだけに、もし彼女が今オーガコアに襲われてしまえば一溜まりもない。

 

「千冬姉っ!?」

「教官っ!?」

 

 焦った表情で千冬の病室にまで辿り着くとノックもせずに病室の中に突入し、千冬の姿を探す二人。一秒でも早く彼女をこの場から安全な場所に逃がそうと思う一心であったが、肝心のその姿が何処にもない。

 

「「どこだっ!?」」

 

 左右を振り返り、近場の病室ものぞき込む。

 

「「まさかっ!?」」

 

 ひょっとして敵に連れ去られたのか? 完全な状態ならともかく動くことすらままならない状態ではそれも十分に考えられる。ましてや………。

 嫌な考えが頭を過り、再び千冬の病室に二人が駆け込んだ………時だった。

 

 ―――素早く締められる病室のドア。二人の口を塞ぐ二つの手―――

 

「「!?」」

「………騒ぐなッ!」

 

 籠った小声で力強く一夏とラウラに言い聞かせる千冬の姿に、二人は半泣きで安堵の表情を浮かべる。

 

「もがもがもが~(千冬姉~)!!」

「もがもが~(教官~)!!」

「だから騒ぐなと言っているだろうが馬鹿者共がっ!!」

「君もだ千冬」

 

そしてもう一人、部屋の中で身を隠していた酸素ボンベを付けたカールが千冬を注意しながらゆっくりと周囲を警戒する。人の気配がないことを確認してカールはドアを閉めると、素早く来客用のソファをドアへと立てかけて即席のバリケードを作ろうとしていた。

 

「一夏、ラウラ、そこのベッドもドアに」

「えっ?」

 

 なぜそんなことをしないといけないというのだろうか? 今、この病院で一体何が起こっているというかの説明を先に要求しようとした時、事態は急展開する。

 

 ―――ドアを外から蹴破ろうとするかのような轟音―――

 

「「!?」」

「まずいっ!!」

 

 カールが素早くドアを支えに入る中、千冬も一夏とラウラに指示を飛ばす。

 

「二人とも!! 早くドアを!?」

 

 が、そんな千冬の言葉よりも半歩早いタイミングで二人はドアに向かって素早く移動すると、全力でドアが開かないように支えたのだった。

 

「………お前達」

「とりあえず、なんかヤバいことだけはわかった!!」

「人が全くいなかったこととドアの向こうとは何か関係あるのですか!?」

 

 二人の意外な対応と素早く状況を飲み込もうとする姿勢に確かな成長の証を見つけた千冬だったが、ドアを蹴破ろうとする者達の力は予想以上に強い。徐々に増す押す力に負けそうになる一夏とカールだったが、そのとき、ラウラは二人に退くように叫ぶ。

 

「どけ、二人とも!」

「「!?」」

 

 二人をドアから引きはがすと、同時に右手にISを部分展開してドアに押し付ける。

 

「AIC起動」

 

 ブーンッという低音を響かせ、AICを起動させドアを『その場』に固定するラウラ。AICで空間に固定されてしまったドアならば、向こう側から例え重機で押してこようとも1mmたりとも動かすことはできない。ようやく静かになった病室で、一息つく千冬とカールに一夏は問いかけた。

 

「一体何があったんだよ千冬姉? てか、これも全部オーガコアの仕業なのか?」

「おそらくはな………」

「ちょうど千冬の診察をしていた最中に、突然『息を止めろ!』と騒いでね………何事かと思ったんだが、無理やり酸素マスク着けられてるウチに、病院中の人間がバタバタと倒れていくわで……」

 

 『私、荒事がどうしても苦手で』と冷や汗をかくカールを見ながら一夏は疑問を覚える。何故、千冬には病院内の事態が事前に予知できたのかと。

 

「一夏、知らなかったのか?」

 

 そんな一夏の疑問を声にする前に悟ったのか、千冬は片目を閉じて得意げな表情で語る。

 

「あの女(アリア)に出来ることで、早々私が後れを取るはずがない」

「あっ!」

 

 ―――スカイ・クラウンに目覚めた者は周囲のISの状況がわかる―――

 

 身体能力は現状奪われているものの、他の操縦者とは隔絶した能力を持つスカイ・クラウンに目覚めし者の一人である千冬ならば、オーガコアが接近したことを事前に察知できてもおかしくない。戦えない身体になっているとはいえ、その心と気構えは未だに第一線級の戦士であるのだ。

 

「お前達には見えていないのだが、オーガコアが放っている紫色の光が今の部屋中に充満している。いや、はっきり言えば病院内所か病院の外まで紫色一色だ」

「そうなのか!?」

「おそらく空気中に放たれた物………エネルギー体ではなく、ナノマシンだろうな。それが人間の体内に侵入して操っているのだろう」

 

 千冬の『六感全てを超越した第七感(スカイ・クラウン)』を通して見た世界が、割と気持ちの悪い状況になっている事に一夏がげんなりとする中、ラウラがあることに気が付く。

 

「では、今、普通に呼吸している私達も!?」

「!?」

 

 そのことに気が付くと、慌てて大きく深呼吸して息を止める二人。タイミングを考えれば明らかに遅いだろうに、必死になって無呼吸状態を維持しようとしている一夏達に対して、千冬はため息をつきながら心配は不要だと待機状態の打鉄を見せながら伝えるのだった。

 

「お前達IS操縦者は大丈夫だ。あまり世間的に有名な話ではないが待機状態のISからもシールドバリアは微弱だが発生している………まあ本当に気休め程度でしかないのだが、そのバリアによってお前達は空気中に放出されているナノマシンから守れている」

 

 実際に千冬の感覚は、淡い緑色をした光が二人を包んでいることをちゃんと捉えていた。

 千冬の言葉を聞いて、ようやく落ち着く二人は安堵の溜息をつくと、これからどうすればいいのか、とりあえず千冬の無事を伝えようとコアネットワークを介して通信を入れようとする。

 

「陽太! 千冬姉は無事・」

『………マ、………ド……!』

 

 鼓膜を貫くような不快な音程が混じったノイズが大音量で流れ、言葉をほとんど聞き取れない。一夏と共に通信を入れていたラウラもその異変に対し、チャンネルを切り替えながらなんとか通信を行おうとするがうまく成功しない。他の仲間に通信をしても同様の結果で、誰一人返答が返ってこないのだった。

 

「やっぱりオーガコアの放っているナノマシンが妨害してる?」

「おそらくな………」

 

 一夏の疑問に千冬が答える。おそらくナノマシンによる妨害電波によってネットワークへの接続に異常が出ているのだ。これならば病院の外から索敵が上手く行えなかった理由も説明がつく。

 

「この部屋にいつまでも籠城してるわけにもいかない」

「確かに………千冬はともかく私の酸素ボンベもあまり長く持たない」

 

 残り残量を考えて精々もっても後20分程度だろうが。このままではカールも外の人間同様にオーガコアに囚われてしまう。

 ならば躊躇う必要もないだろう。

 

「やるしかないか」

 

 大きく深呼吸をした一夏は、すぐさま窓際に立つと、躊躇いなくISをフル展開し、拳を振り上げる。

 

「うおりゃっ!」

 

 窓を叩き割り所か窓際そのものを吹き飛ばし出口を作った一夏は、振り返り、呆れ顔になっているカールと、プルプルと怒りに震えている千冬を交互に見る。

 

「ラウラっ! 千冬姉とカール先生を大急ぎで学園に送り届ける!」

「わかった!! 私は箒達のほうに合流する!」

 

 そして『馬鹿者! 窓を開けて出ればいいだけだろうが!?』と激怒する千冬を右腕に、カールを左腕にしがみ付かせると、窓の外にゆっくりと出て、ラウラの方を見て挨拶を見る。

 

「じゃあ、すぐに戻ってくるから!」

「二人とも頼んだぞ、一夏!」

 

 一夏への挨拶をした瞬間に素早く後退し、ラウラはいったん窓の外に出てISを展開し、上空から屋上へと回って箒達に合流しようとしたのだったが、ある事にこのとき初めて気が付く。

 

「「一夏ッ!?」」

「!!」

 

 ラウラと千冬の叫び声が重なり、彼女達が上空を見つめていることに気が付き、一夏も自分の真上を見上げる。

 

 ―――自分に向かって屋上から飛び降りてくる正気を失った人々―――

 

「(よけっ…!?)」

 

 避けてしまえ、という考えを一瞬で振り払う。オーガコアに操られているだけの普通の人間だ。そしてここは地上六階。地面に叩きつけられてしまったら命に関わる。千冬達を地面に下す時間もない。

 

「チキショーーーッ!!」

 

 今の自分には叫ぶことしかできない、という事実に怒りを覚えながら、彼は上空から落ちてくる人間、計3人を展開したISで受け止めたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「(チッ! 数が多すぎるッ!)」

 

 唸り声を上げて襲ってくる亡者と化した男の薙ぎ払ってきた腕を、相手の肩を掴みながら飛び越える陽太は、相手の肩を素早く伝い、顔に巻きつくように回転してながら相手の顔に膝蹴りを叩き込む。男が盛大に鼻血を出しながら倒れこむ中、正面にいた相手の顎を目がけ、体を倒しながら回転させ、その勢いで腕を振るい相手の顎の下から打撃を加えて一瞬で失神させたのだった。

 しかし、亡者と化した者たちの数が一向に減らない。どれほど倒しても倒しても後から後から湧いてくるのだ。しかも倒した者たちも時間が立てば立ち上がり、再び襲ってくる。キリがないのだ。

 

 だが愚痴ってしまっても仕方ない。彼らは操られているだけで、本心で乗っ取られているわけではない。ISを展開して炎で焼き殺すわけにもいかないのだ。ゆえにさっきから疾風のような動きで次々と人々を失神させていく中、苛立つ心を抑えながら陽太は仲間の様子を観察する。

 

「せいっ!」

 

 中年看護師の女性の腹部を掌打で打ち付け、流れる様な動きでその隣にいた男の顎先を上段の後ろ回し蹴りを叩き込んだ鈴は、崩れ落ちそうになる男の懐に潜り込むと、肩を入れて、気合を入れた掛け声と共に床を踏む砕くほどの震脚を使い、胃の底からひねり出すように大声を上げる。

 

「おんどりゃっ!」

 

 女子として若干物騒な掛け声だが、放った『背中で繰り出す打撃』は絶大な威力を発揮し、数人をまとめて薙ぎ払い、人の垣根を割っていく。

 

 なおも止まらぬ小型の竜巻と化した鈴がどんどんとゾンビのように変貌してしまった人々を倒していく中、接近戦は不得手なセシリアは、更に不得手な『複数の相手を近距離で同時に相手取る』という行為を強いられていた。

 

「ええいっ!!」

 

 部分展開した両腕を盾に、手に持ったライフルで目の前の男をなぎ倒す。だが一人倒しても続けて三人に同時に襲われ、彼女は有効な攻撃手段を見つけられず、彼らに両腕を捕まれ、身動きを封じられてしまう。

 

「(インターセプトを使ってこの方々を………いえ、それではこの人達の致命傷となってしまう)」

 

 今ではすっかり補助武器となってしまったIS用のナイフを使って切り抜けようとかとも考えたが、あれは鋼鉄の装甲とシールドバリアがあるISに使うことが前提で、生身の人間相手に振り回していいものではない。これが陽太相手なら、時と場合によっては制裁の意味を込めて振り回してもいいかもしれないが、彼は分類上はほぼ超人側の人間だ。同じ生身でもカテゴリー上はワンランク上である。

 

「女尊男卑抜きにしても、これはセクハラでしてよ!!」

 

 ISの馬力を使い男三人を突き放し、首元に鋭い銃身による打撃を加える。彼女とて国家代表を目指す候補生。生身での体術も鍛えられてはいるが、あくまでも彼女のソレはISを用いた戦闘を想定した技術であるために、やはり生身の相手だと勝手が違うのだ。

 

「ちっ!!」

 

 そんなセシリアに向かって更に二人ほど襲い掛かってくるが、そこへすかさずフォローに入った陽太が、二人の両手を掴むと同時に捻りながら半回転させて相手を地面に叩きつけて失神させる。

 

「ゾンビ相手にこのままじゃ埒があかんか!」

 

 内心ではシャルや一夏達へのフォローにも行きたいのだが、このままの状態では通路から突破するのは困難であり、仮に無理やり突っ切れても、この人数を引きずっていくことになる。それでは援軍どころか敵の増援を引き連れていくことになりかねない。

 

「(………それにさっきから通信の方もずっとノイズばっかりか)鈴っ! セシリア!! 一旦外に出るぞ!!」

 

 そこに通信も通じないときたのだ。もはやここに留まることは危険だと判断した陽太は、すぐさま操られている人々を蹴散らしながら前進すると、外側に続く壁を拳だけ部分展開した右手でぶん殴ったのだ。

 

 ―――爆音と共に吹き飛ぶ外壁―――

 

「なっ!?」

「アンタ………私、知らないんだから」

 

 思い切りの良すぎる行動にドン引きするセシリアと鈴に、陽太は半ギレ状態で叫ぶ。

 

「最善の選択だろうが! 文句あるなら、このゾンビども五秒で黙らせる方法考えてから言えっ!」

 

 外に飛び出す三人が、すぐさまISを展開して上空に飛び、状況の仕切り直しを行おう。そう思った瞬間………病院の外に広がっていた光景に愕然とする。

 

 ―――夕暮れに照らされた人々………いや、ゾンビの群れ―――

 

「「「なっ!?」」」

 

 てっきり被害状況は病院内部だけのものだと思い込んでいただけに、この光景は予想もしていなかった。

 

「まさか墓の下から………盆にはまだ早い。帰省ラッシュ対策にフライングしたくなる気持ちもわかりますが皆さん落ち着いて行動してください!!」

「冗談言ってる場合か! 街中にもいつの間にか被害が広がってるってことでしょうが!?」

 

 とりあえずこの絶望的な状況を必死に和まそうとしたボケに、真顔で突っ込んだ鈴を『そんなに怒んなくても』と若干残念そうな表情となる陽太だったが、すぐさま鳴り響いた轟音に、反射的に振り返る。

 

「アレは!?」

「織斑先生の………ラウラさん、一夏さんっ!?」

 

 千冬とカールを抱きかかえたままISを展開して出てきた一夏だったが、すぐさま屋上から飛び降りてきた人々を避けるわけにはいかず、全員を受け止めながら徐々に降下してくる。あの高さでもし一夏が受け止めなかったら、おそらく飛び降りた人々は生きてはいなかっただろう。狡猾なオーガコアが行った作戦に憤ったセシリアが、彼を助けようと駆け出す。

 

「あんっの馬鹿タレがっ!」

 

 やっぱりピンチになってやがったと陽太もセシリアの後に続こうとするが、その時、背後から別の場所で爆発したような音を聞き取り、今度はそちらの方を振り返る。

 

「!?」

 

 ―――内部から爆発してできた穴から放り出されるシャルと箒の姿―――

 

 半歩遅れて反応した鈴が目にしたのは、意識を失っているのか、空中を無防備で放り出される二人の姿…………を空中でISを展開している状態で受け止める陽太の姿だった。

 

「…………へっ?」

 

 たった今、自分の隣にいたはずなのに………その神速ぶりに思わず目を白黒としながら空と隣を見回す鈴であったが、そんな彼女に陽太は振り返ることなく指示を出す。

 

「鈴っ!」

「は、はいっ!?」

「一夏の方を見てくれ!!」

「わ、わかったわよ!!」

 

 指示を受け、動き出す鈴を振り返ることなく見送った陽太は、頭部から出血しながら痛みで震えるシャルに声をかけるのだった。

 

「大丈夫か、シャル?」

「………うっ」

 

 陽太の声に反応し、瞳を開く。

 

「ヨ、ヨウタ………」

「無理にしゃべらんでもいいが………何があった?」

 

 意識不明の簪を助けにいったはずなのに、道中で何かあったというのか? 事情を詳しく知らない陽太は、とりあえず意識を取り戻したシャルに話を聞こうとするが、彼女ではない人物が代わりに口を開く。

 

「…………オーガコアに憑依されているのは……簪だ」

「箒っ!?」

 

 陽太に脇に抱えられていた箒は、いつの間にか意識を取り戻していたのだ。

 

「簪………って、例のお前の親友であの馬鹿生徒会長の妹か?」

「………ああ」

「だがその簪っていうのは意識不明の重体だったんじゃ?」

「私だって聞きたいぐらいだ!!」

 

 腕の中で怒りに燃えて震える箒の様子に、陽太はそれ以上の質問ができなくなる。彼女自身、一番有り得ないと思っていた事態なだけに、その胸に燃える怒りを感じ取ったのだ。

 

「とりあえず………」

 

 陽太がゆっくりと降下して着地し、二人を地面に下ろして介抱しようとするが、突如、二人が放り出された穴から飛び出す人の気配を感じ取る。

 

「「「!?」」」

 

 10m近い高さを苦ともせずに着地した人影に、三人は緊張感を高め、そして目の当たりにする。

 

 ―――胸元を紫色に輝かせた入院着の少女の姿―――

 

「簪………」

 

 箒の痛々しい視線が彼女を見つめるが、肝心の簪はどこか虚空を見つめながら何かを探すように視線を泳がせ続ける。

 

「………いつもと感じが違うな。ISを展開してないっていうのは」

「ごめん………私達もどうしたらいいのかわからずに、手をこまねいてしまって」

 

 おそらく生身相手ということで、シャルも対処に困ったのだろう。『簪を守る』という理由で剣を振るっていた箒には、切っ先を簪自身に向けるようなことできるはずもなかったのだ。

 

「………しょうがないか」

 

 陽太がISを解除して、ゆっくりと簪に近づく。

 

「ヨウタッ!? まさか生身で!?」

「炎で焼き切るわけにもいかんだろうが」

「だがっ!?」

「つべこべ言うな!!」

 

 シャルと箒が陽太を制止しようとするが、現状、生身でも高い能力を持つ陽太が取り押さえて、一夏の零落白夜でコアを停止させるという作戦以上のものはない。それがわかっているだけに二人も強く意見を言えなかったのだが、その時、ずっと上の空だった簪が突如、陽太の方に振り向く。

 

 ―――瞬間移動の如き速さで陽太の間合いに入っていた簪の左の抜き手―――

 

 「!!」

 

 ―――遅れることなく抜き手を回避して、しゃがみながら足を刈り取りに掛かる陽太―――

 

 不意打ちに近いタイミングの攻撃と、それすら凌ぐ一瞬の攻防。

 そして、下段の後ろ回し蹴りを小さく後ろに向かって跳躍して回避した簪が着地すると同時に、今度は陽太が間合いを詰める。 

 オーガコアに操られているというのなら、以前のラウラ同様に身体能力もかなり上昇しているのだろう。だが操縦者に選ばれている簪は意識不明の重体だったと聞く。仮に怪我を治して身体能力を上げられても、憑依する人格がないのであれば、さして脅威になりはしない。

 そう、ただの自動操縦なだけなら、今の陽太ならば敵ではないのだ。

 

「!?」

「………」

 

 そう思って仕掛けたのだが、陽太の考えは過ちであった。

 

 ―――陽太の右肘と左膝の攻撃を、同じく右肘と左膝で受け止める簪―――

 

「ちっ!」

 

 追撃で左の拳を打ち込むが、簪も腕を交差する形で左正拳を放ち、拳と拳が激突させ、絡み合わせる。

 

「!!」

 

 機械的な動作ではない。明らかに熟達した武術の使い手の反応のソレだ。戸惑う陽太だったが、そんな彼に簪は本格的な牙を剥く。

 

「(コイツ、意識戻ってやがるんじゃ?)」

「…………」

 

 拳を弾き上げて陽太を押し出した簪の怒涛のラッシュが猛威を振るってきたのだ。

 最初に高速で打ち出されたのは掌打による頭部への集中攻撃。これは陽太や暴龍帝などが『拳』を作ってコンクリートを粉砕するほどの破壊力を作るのとは別のベクトルを秘めた攻撃手段で、相手に目立った外傷を与えない代わり、脳や内臓への効率の良いダメージを生み出し、何より拳を傷めないという利点を持っていた。

 しかも簪のは鋭く、それでいて打ち方に無駄がない。ヤケに板についているフォームに疑問がよぎるが、その隙を見逃さなかった。

 掌打に気を取られた刹那の瞬間、簪が更に間合いを詰め寄り鋭過ぎる左肘を打ち上げてくる。

 

「!?」

 

 身体を仰け反らせ、前髪を僅かにカスるほどのタイミングで回避した陽太だったが、簪はそれこそ機械的に『そうなるように誘導した』かのような淀みのない動きで、今度は陽太の足元、膝を『刈り』にきた。

 

「(やばっ! この女(アマ)!?)」

 

 狙いは膝ではない。膝を中心に『右脚』そのものを破壊する間接蹴りだと確信し、不利になることを承知で蹴りの勢いに逆らわずに足を刈られながら転がる陽太は、すれ違いざまに裏拳を放って簪を引き剥がす。そのまま追撃しようとしていた簪であったが、タイミングを逃してしまった。

 

「いい加減攻守交代させてもらぞ!?」

 

 素早く起き上がった陽太はいい加減相手に流される展開に終止符を打とうと、ギアを上げて追撃してやろう、そう思っていたのだが、肝心の簪は彼の上をいく。

 

「…………」

「!?」

 

 先程までの素早く鋭い動きではない。まるでゆっくりと眠った赤子を寝かしつけるかのような静かでゆったりとしてた動きだったにも関わらず、陽太は鳩尾に手を置かれるまで反応できなかったのだ。

 

「陽太、それはまずいッ!!」

 

 箒が危険を伝えようとするが、時既に遅し。

 

 ―――簪の体が一瞬だけ風に映る水面の様に歪み―――

 

 トンッ! と軽く陽太を押したようにしかシャルと箒には見えなかった。

 

「オエッ!」

 

 だが、その『技』を受けた陽太は、内臓をシェイクされ、猛烈な不快感と脱力感に襲われて膝をついてしまう。

 

「そんなっ!?」

「更識の武術の奥義の一つ、『鎧貫掌(がいかんしょう)』………楯無姉さんですら演武の中でしか使えないというほどの難易度の技だと言っていたが」

 

 驚くシャルとは対照的に、箒には今の技に覚えがあった。

 昔、一度だけ楯無が披露した技………更識の者でも会得が難しいと言われている技であり、瞬時に膂力のみで叩き込む鋭い打撃とは異なり、接触する面と時間を増やすことで、少ない力を鈍く長く伝わり続ける打撃へと変貌させる、中国拳法でいう『震脚(地面を強く踏みつけることで生まれる反作用を用いる動作)』からの『発剄(発生させた運動量を効率よく伝える技術)』と同種の技法だと言われている。

 特に打撃に対しては打たれ強い陽太のような強靭な肉体を持つ相手にも、身体の内部に掌打の威力を伝達させ、内臓に深刻なダメージを与えることができるのだ。

 

「だが、やはり………」

 

 おそらく簪には今も意識はない。だが彼女も対暗部組織の宗家の生まれ。幼い頃から培われている武の記憶は脈々と息づいている。無意識にでも発揮されるその技法が、オーガコアによって極限まで潜在能力と共に発揮されているとしたら、もはや生身で取り押さえるのは不可能なのかもしれない。

 箒は静かに立ち上がると、自分のISを手に持って歩き出したのだった。

 

「待ってっ!」

 

 だがその手をシャルが掴み、彼女を止める。

 今の箒から伝わってくる尋常ではない気配に、シャルは嫌な予感を覚えたのだ。

 

「………離してくれシャル」

「………どうするつもりなの?」

「簪を………止める」

「………どうやって?」

 

 握りしめる力が強すぎて箒の拳から血が流れるのを見て、シャルは今度こそ声を荒げる。

 

「それはダメっ! そんなことはさせられないよ!」

「………もうそうするしかないんだシャル」

 

 簪の身体能力は極限まで高まっており、単体で取り押さえることはできない。そして手をこまねいている間に被害は広がり、ほかのメンバーも多数に取り押さえられて身動きもロクに取れない。

 連携が取れない以上、自分達に残された手段はただ一つだ。

 

「ISを展開して簪を倒す。簪からオーガコアを抜き取れば、人々も止まるかもしれない」

「でも………生身の人間にISで攻撃するなんて」

 

 どれほど手加減しても、重傷は免れないだろう。ましてや、すでに重傷していた簪にさらにダメージを与えてしまうのだ。

 箒とシャルの脳裏に、最悪の事態がよぎるが、もはや躊躇はしていられない。

 

「私は………人々を守る剣………防人だ!」

 

 そうなると簪と約束したのだから………箒の心の中に、暖かな笑顔が浮かび、もう二度とそれを見ることは叶わないかもしれないと絶望しかけるが、そんなことを『この二人』は決して許しはしなかった。

 

 

『ちょっと待てよっ!!』

 

 ―――病院の敷地において、二度目となる白い閃光の竜巻―――

 

「「!?」」

 

 人々の群れに纏われながらも、なんとか千冬とカールを守っていた一夏のハイパーセンサーが、苦戦する陽太の様子と、箒とシャルの会話を捉える。

 

「!?」

 

 箒の様子を見た一夏は、思い詰めている幼馴染がまた馬鹿なことを考え付いていると気付き、そんなことさせる訳にはいかないと、ツインドライブを発動させたのだった。

 そしてそれによって一つの僥倖が起こる。

 

「これは?」

 

 一夏の腕の中で、襲い掛かってくる人々の群れから自分の身とカールの身を守っていた千冬の目の前で、次々と人々が倒れていくのだ。

 

「………白式のツインドライブの光が……ナノマシンを停止させているのか?」

 

 以前、オーガコアによって傷つけられた箒の傷をツインドライブの光が治癒させたことがあった。その時の話を聞いたカールは、傷の治癒具合から、ツインドライブが生む輝きはオーガコアの力を浄化するためのものではないのかと仮説を立てた。ならばオーガコアが作ったナノマシンに対しても、この光は絶対的な優位性をもって浄化できてもおかしくない。

 

「一夏君! 君の力ならばひょっとしたら簪君を!」

「わかってるっ!」

 

 相手が生身ならば零落白夜を使うこともない。自分が取り押さえるだけで簪を止めることができるはずなのだと、一夏は倒れた人々を地面に寝かせて飛び立とうとする。

 

「!!」

 

 一夏のその様子に、先ほどまで全くの無表情だった簪………を乗っ取ったオーガコアが初めて敵意をむき出しにし、行動を起こそうとするが、そんな簪の手を掴む者がいた。

 

「………なに、勝手に勝った気になってる?」

「!?」

 

 先程まで倒れていたはずの陽太が、いつの間にか復活して簪の動きを取り押さえようとしていたのだ。慌てて陽太の手を引き剥がし、その場から跳躍して逃げ出そうとしたのだ。

 疾風のような速度で10m近くを一気に跳躍する簪は、このまま人ごみに紛れて遠くに雲隠れしようと試みていたのだろうが、そんな簪のすぐそばに、『全く同じ速度と距離』を飛んで着地した陽太が、すぐさま組み付いて彼女を地面に押し倒す。

 

「!?」

「逃げんなゴルァ! 姉妹揃って人が寛容に接してやったら付け上がりやがって」

 

 暴龍帝に打ち勝つのならば、自身もまた超人の領域に進まなければならない。そう自身で考えていた陽太にとって、目の前の簪すら、本来ならば生身でも十分に打破可能であったのだ………油断していてもらった予想外の一撃に、本気出す前に崩れた事は誰にも悟らせなかったが。

 

「(マジ痛ェ………)早く来い一夏(トンマ)!!」

 

 負傷した腹を手で摩りながら、一夏にオーガコアを解放させようと減らず口を叩く陽太だったが、この時、オーガコアと一体化した簪が何故か笑っていることを目撃し、そして慌てて周囲を確認する。

 

「!?」

 

 ―――一夏の後方の空から、落下してくる飛行物体(ヘリコプター)―――

 

「一夏ッ!!」

 

 落下コースから一夏を狙い、急降下してくるのが手に取るようにわかる。陽太のその声に一夏も気が付き、振り返りざまに雪片を抜き放つと、ヘリコプターを一刀両断しようとした。

 

「コイツッ!」

 

 一夏が雪片を振りかぶるが………間近まで接近したとき、彼は気が付く。

 

 ―――中で操縦するパイロットの姿―――

 

「(ダメだっ!)」

 

 ヘリコプターを両断などとんでもない。すぐさま受け止めようと両手を開く一夏であったが、脇から伸びた手が、彼の目の前でヘリを空中に固定する。

 

「何をしている、一夏!!」

 

 AICによって空中に固定されたヘリコプターの姿を見て、一夏は安堵の溜め息をつくが、今度は別方向からけたたましいサイレンを鳴らせて高速で走行してくる存在が現れた。

 

「今度は………救急車かよ!」

 

 先程のヘリと同じく、救急救命士が運転する救急車が一夏目掛けて突っ込んできたのだ。いや、救急車だけではない、駐車場に止めてあった車に乗り込んだ人々が続けざまに一夏に向かっていく。

 

「てめぇっ!?」

 

 足元にいる簪を睨みつけながら、陽太はオーガコアの取った手段を吐き捨てる。

 オーガコアによって操っているものはツインドライブで浄化することが出来る。だがオーガコアに操られている人が操るものまでツインドライブは無効化できない。それでもただの乗用車やヘリではISにダメージを与えることなんてできはしないのだが、中に乗り込んでいる人々は違う。

 彼らを間接的に人質に取ることで、一夏の動きを殺しに来ているのだ。

 

「なろっ!!」

 

 一夏に集中していく車体を群れを、タイヤを撃ち抜いて車線をずらそうと全身にISを展開する。

 

「!?」

 

 が、その時、突如地面から何かが飛び出て、彼の四肢に絡みついたのだった。

 

「これは………!?」

 

 地面から飛び出たもの。それは病院に電力を供給する送電ケーブルであった。しかも飛び出て絡みつかれたのは陽太だけではない。

 

「きゃぁっ!」

「くっ!?」

「なんですの!?」

「放しなさいよ!」

「マズイッ!」

 

 仲間達にも絡みつき、彼女達の動きを完全に封じ込めたのだった。

 

「(操れるのは人間だけじゃなくて、機械やこんなものまでいけるのか!?)やばいっ!」

 

 陽太に押し倒されていた簪であったが、逆に陽太の手足を戒めることで解放され、ゆっくりと不気味な笑みを浮かべながら起き上がる。

 思っていた以上に狡猾なオーガコアの行動に危機感を覚える陽太。おそらくオーガコアの天敵である白式を最優先で倒すつもりで、しかも操縦者の一夏が一般人に危害を加えさせられないことを知っていて、あえてあんな攻撃手段をとっているのだ。

 

「(コアの意思だけの行動じゃない!? どこかで、遠隔操縦してやがるのか!?)」

 

 今も自分達が見える位置で、オーガコアを操っている者がいる。だがどこにいるのだろうか? 発見して早急に倒せたとしてもそれまでどれだけの時間が必要だというのか?

 

 考えがまとまらないうちに、今度は送電ケーブルとともに操られていた人々まで地獄の亡者のようにしがみ付いてくる。おそらくISを展開して強引に力技で引き千切るような高度を抑制するためなのだろう。

 生身で腕やら足やら髪やらを引っ張られているシャル達を助けに行きたい陽太だったが、彼には一際大量の人々が山のように襲い掛かり、人の山の中に埋められてしまう。

 

 操られている人々を人質に、彼らによって動きを抑制され、逃げ場も打つ手も断たれ、ジリジリと真綿で首を締めあげられるかのように窮地に立たされる対オーガコア部隊のメンバー達…………。

 

 

 

 その窮地に凛とした声が颯爽と駆け抜ける。 

 

 

 

「今度は貴方が情けない顔を見せてくれる番かしら?」

 

 ―――上空から降り注ぐ雨、同時に敷地内の消火用に設置されていたスプリンクラーから水が噴き出し、周囲に霧雨のように降り注ぐ―――

 

「こいつは?」

 

 上空から突然聞こえた声に聞き覚えがあり、動けない首を無理やり動かして見上げようとした時、周囲の温度の変化に陽太は気が付く。

 

「気温が………急激に、低下・」

 

 ―――次の瞬間、広大な敷地に押し寄せた人々全てを拘束する強大な氷原が出現した―――

 

「な………なに?」

 

 真夏であるにも関わらず、吐く息が白く染められ、シャルの素肌にも突き刺さるような冷気を感じる。見れば自分を戒めていたケーブルも凍り付き、人々は頭部以外を凍り付かされ、身動きが取れなくなっていた。

 

「………この氷」

 

 一夏に迫っていた車両の群れも、同様に凍り付いたまま地面に縫い付けられ、動きとめる中、箒の隣に降り立った『彼女』は、自分を睨み付けてくる簪を、余裕の笑みを浮かべながら挑発する。

 

「私のラブリー簪ちゃんに勝手するなんて世紀の大犯罪、たとえ天が許しても、この箒ちゃんと………」

 

 ―――開かれた扇子に書かれた『必滅』の文字―――

 

「この姉萌系の頂点、更識楯無様が許しておかないんだぜ!」

 

 全身に氷のヴェールと、四枚の翼をもった新型ISを纏った、対暗部組織宗家当主兼IS学園生徒会長の少女が高々と宣言したのだった。

 

 

 

 

 

 

 




あとがきは後編とまとめて活動報告にアップさせていただく予定です




PS



陽太「姉萌とかいいから、助けろよボケ会長」←一緒に凍らされた模様

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