いやはや、何かとスランプになりやすいことは承知してますが、今回の章ほど迷ったことはないかもw
では約二月ぶりの更新、見てください
迷いし霧の淑女
―――蒼流旋を連射し、鋼鉄すらも蜂の巣にする水の礫を連射するミステリアス・レイディ―――
「いけるっ!!」
距離を取りながら目の前の漆黒のISに射撃を連射しながら、彼女は必殺の機会がもう間も無くであることをほくそ微笑む更識楯無は、己の中に芽生えたある感情はやはり気の迷いだったと切り捨てる。
自分は数百年続く対暗部組織の当主。長き時間の中で育まれた歴史と伝統の中にある確かな誇りを象徴する存在。
亡き父と母から託された忘れ形見である妹、その妹の親友である少女。幼馴染である姉妹、そして沢山の分家という自分達宗家に仕えてくれる人々を守り抜く者。
このIS学園において唯一無二、最強の生徒である生徒会長の役職と称号を任された人間で、これからの輝く将来を迎えようとしている生徒達に道を示す道標。
これほど多くの物を、多くの人々から託された自分が何を間違えてこんな感情をいつまでも胸の内に巣食わせてはいけない。ゆえにこの一撃と共に黒き感情も消し去ってしまおう。
漆黒の機体の周囲を霧が覆い尽したのを確認した楯無は躊躇することなく、最大級の威力で発動させたのだった。
「清き熱情(クリア・パッション)!!」
周囲に散布されたナノマシンで構成された水が一気に発熱し水蒸気爆発を起こし漆黒のISを吹き飛ばしたのだ。爆風が晴れ始め楯無はようやく安堵のため息を漏らす。
「………ハァー」
これでようやく開放される。彼女がゆっくりと瞳を開いたその時―――
―――『何を安堵している? 今は戦(いくさ)の真っ最中だぞ?』―――
―――目の前まで迫る漆黒の暴龍・ヴォルテウスドラグーン―――
「!?」
驚いて距離を開けようとした楯無だったが、それよりも早く接近したヴォルテウスが彼女の首を掴み締め上げてくる。圧倒的なパワーで彼女のISが悲鳴を上げるように軋む中、楯無は真の切り札を持って目の前の怪物を妥当することを決断した。
「これで終わりよ化け物!?」
ミステリアス・レイディの防御に使っているアクア・ナノマシンを一点に集中し攻性成形することで一撃必殺の威力を持つ大技に昇華したのだ。反動で自身に多大なダメージを与えてしまう諸刃の刃となってしまったが、もはやその事に気を使っている場合でもない。
「ミストルテインの槍!!」
小型気化爆弾4発分に相当する威力の爆発がヴォルテウスを襲うが、あろうことかその槍相手にヴォルテウスはまったく怯むことなく手を突き出してきたのだ。
「んなっ!?」
『まったく、愚かしい』
―――突き出された手がミストルテインの槍を押し返し、あろうことか爆発の威力を総て掌で握り潰してしまう―――
「そ、んな………」
膨大な電力を持つヴォルテウスの法外な雷磁波が爆発を総て掌に押し込めきったのだ。あきれんばかりの芸当に今度こそ固まった楯無に、ある異変が起こる。
「……い、いや……ちがう」
震える手、足、カチカチと鳴り出す歯と歯………全身を絶え間ない『恐怖』が襲い掛かり、もはやそれに抗う術が楯無には存在していなかった。
そのことをゆっくりと確認したヴォルテウスは、血よりも濃い真紅の瞳で見下ろしながら彼女に囁く様に告げる。
『脆弱にして惰弱。お前に生きている価値などない』
「!?」
『そしてお前の守りたい者になど生きている価値はない。全て無意味だ』
「そんなことはさせないっ!! 何故なら私は更識の当主、更識楯無・」
『当主? 多少の才能に溺れ下々の中で甘やかされた天才(メッキ)に務まる当主?』
「!?」
ヴォルテウスから聞こえてきた世紀の怪物、アレキサンドラ・リキュールの声が楯無を容赦なく貫き、掌から解放され地面に叩き付けられ、見下されながら尚言葉を続けられる。
『ISなど纏わなければよかったな更識の当主殿。そうすれば勘違いしたまま生きていけたというのに』
「なにぃっ!?」
『もう気がついているのだろう?』
リキュールが指差す先に、ゆっくりと浮かび上がる人影………。
『彼こそ間違いない本当の天才だ』
その人影、火鳥陽太が自信に溢れた顔で楯無の隣に立つ。
『お前は所詮覚えが良かっただけの凡人に過ぎない。それを才能があると勘違いしたことがお前の間違いだ』
「違うっ!! 私は自分でISを組み上げて、必死に努力してロシア代表の座だって!?」
『だが思い知らされた』
ISを展開した陽太が、炎を纏いながらヴォルテウスと激しい打ち合いを始める。その姿、その気迫………先ほどまでの自分とはうって変わって、本当の意味で良い勝負をしているのが見て取れた。
『本物の前にはメッキなどすぐに剥がれる。お前自身がそれを何よりも理解できていたはずだ』
「違うッ!!」
『証拠にお前は恐怖で動けなかった。戦えば殺されると怯えて一歩も前に歩き出そうともしなかった』
「違うッッ!!!」
『彼女達は戦いに来たというのにな』
箒や一夏………ほかの対オーガコア部隊のメンバー達もISを展開してリキュールに挑みかかる。楯無だけは恐怖に震えてその場から一歩も前に出ることができないというのに。
『もういいではないか。本物はきた。これで本物のフリなどする必要もない』
自分の周りにいたはずの沢山の人達が彼女を無視して陽太の元へと歩き出し、それは幼馴染の姉妹、実の妹同然の少女………そして、
『さようならお姉ちゃん………もう戦わなくていいよ。頑張らなくたっていいんだよ』
最愛の妹すらも自分を置き去りにして、ただ一人だけ楯無だけが闇の中で独り取り残され、ただ呆然と光差す方を見つめながら、届かぬ手を伸ばし続けたのだった。
「ハッ!?」
朝日が差し込んだ寮の自室において、薄手のシャツと下着だけという服装でありながら大量の寝汗をかいた状態で目を覚ました楯無は、ゆっくりと起き上がると額を拭いながら、もう何度見たか思い出せない悪夢を思い出しながら膝を抱えて身体を小さくしてしまう。
暴龍帝率いる亡国機業の襲撃以来、彼女の心に突き刺さった決定的な『何か』が
「………こんなのは…幻だ」
決して認められない恐怖を抱えながら、まるで言い聞かせるように呟いた。
「私は、更識家当主の更識楯無………対暗部組織の長でこの学園の生徒会長なんだから」
☆
―――最近のヨウタはどこかおかしいよっ!?―――
夏の陽光が顔を出し始める時間帯のIS学園内を、箒と一緒にランニングしていたシャルの内心は近頃の陽太に対する不満で一杯になっていた。
IS学園に対しての亡国機業の強襲事件から数十日、学園の、そして世界防衛の要である織斑千冬の長期離脱という痛手を補うように学園は内外から大きな変化を要求される。
世界の連合軍と亡国機業による大規模戦闘における、未曾有の連合軍側の大敗北。
同時に世界各国のマスメディアに発信された戦闘中の連合将校達の発言や振る舞いが一般人に無編集で公開され、もはや政府は亡国機業とオーガコアの存在を黙殺する事が適わなくなり、限定ながらの情報公開に踏み切らざる得なくなったのだった。
そしてそのことによってIS関連の政府や企業の動きもめまぐるしい物となり、各代表候補生はある者は本国の防衛力強化のためにほぼ強制帰還のように本国に帰り、一刻も早く優秀な人材を確保して先の戦闘における損失を補うとする政府に国籍ごと移籍を迫られる者、または少ない候補生の椅子の数を確保するために候補生の資格を剥奪されてしまい退学に追い込まれる者まで現れだし、またISの方も開発段階だった第三世代ISの実用化により積極的になる国や、IS委員会に問い合わせ、コア保有数の見直しを国連決議で提出する国、そのことで外交断絶や国同士の戦争に発展しかねないという発言をするなどという政府高官まで現れだし、世界は十年前の白騎士事件の時と同等か、それ以上の騒乱が巻き起こりかねない空気を醸し出していた。
だがそんな世界の崩れかけた均衡を支える一筋の光も世界には存在する。それこそが亡国機業幹部のオーガコア搭載ISと互角に立ち回った、IS学園の対オーガコア部隊であったのだ。
当時IS学園で開かれていた学年別トーナメントを観戦に来ていた来賓の政府高官達は、アレキサンドラ・リキュールの名に怯えながらもそれを退けるために奮闘した部隊の活躍を目の当たりにし、彼らの事を『世界の危機を救ってくれる英雄』だと言い始めたのだ。
世界のどの国にも先駆けた対オーガコア用の性能を持つカスタムISと、それを十二分に操る操縦者達。織斑千冬があらかじめ予見していた事態に対しての備えを褒め称え、権力者たちは徐々に彼らを取り込もうと画策し始め、セシリアや鈴やラウラに至っては、大企業のセールスマンや国元の軍人たちが毎日のように面会を求められていた。
自らの平穏を脅かされた時、人間の心理というものは実にわかりやすく動いてしまう。雨が降れば軒先に避難するように、自分達の外敵を退ける者達を欲した世界は、人々を導くためのある種の『特別な存在(イコン)』を欲し、50年前は神の如き英雄を、10年前はインフィニット・ストラトスを………そして今は対オーガコア部隊に目をつけ、人々をコントロールする為の偶像(シンボル)としてしまおうと画策し始め、今までは違った意味で陽太やシャル達は学園から浮いた存在に仕立て上げられてしまう。
幸いなことにフランスの代表候補生とはいえ、デュノア社所属のシャルは社長のヴィンセントの手によって情報の掲示を大分免れており、怪しげなセールスを受けるようなことはなかったが仲間達のうんざりとした表情を見ると胸に言い知れぬ怒りとも苛立ちとも知れぬ思いが浮かんでは消えていく。ISというものを纏う以上、自分達以外の人のために戦う事には異論がないけど、それは誰かの利益のためではない。自分達は富や名声が欲しくて戦っているわけではないのだ。
「あっ」
でも自分はフランスの代表候補生でデュノア社の令嬢だ。自分がIS学園に編入する時もそれが会社の利益になると父を説得したことを思い出し、シャルの気分は更に暗いものになってしまう。これでは自分達におべっかを使ってでも守ってもらおうとしている政府や企業の人間と何一つ変わらないじゃないかと、彼女は軽い自己嫌悪を覚え、そして彼のことを思い出して再び考え出す。
「(ヨウタは………あれだけ手酷く負けたのに、なんで諦めないで戦おうって気になったのかな?)」
最近の対オーガコア部隊において、陽太と一夏の男子二人の訓練量は加速的に増え、特に陽太に至っては常軌を逸した内容と量になってしまっているのだ。
夜明けよりも早く起き出して全身にウエイト代わりにPICのフォローを失くしたISを着込んで十数キロ走り込み、それが済むと今度はISを解除してストレッチを軽く行った後に学園内の訓練用障害物ステージにおいて重さ100kg以上の重りを入れた袋を口で咥えながら、片手懸垂をするという最早ISのための訓練とは思えない内容で、それが終わった後も朝食を取った後学業を行いながら常に片手に携帯用のシミュレーション機を動かしてマルチタスクを鍛え、昼食後は休む間もなく仲間内の連携パターンをラウラと共に考え、午後の授業中も午前中同様のことを行い、放課後は実戦形式のフォーメーションの訓練を行いながら、なぜか一夏とだけ一対一の形式の模擬戦を行い、皆が訓練をし終えた後も一人アリーナに残って黙々と基礎訓練を繰り返し続けていたのだった。スカイクラウンに関する修行は一旦置いておき、『基礎から練り直す』と方針を固めたが故の地味なものになったが、もはや寝る時以外は全てを訓練に費やす、否、ひょっとするとシャルが見えていないだけで寝ているときすらも何かしらの訓練をしているのではないのかと勘繰りたくなるほどの密度である。
正直一秒たりとも休息を取っていないのではないのかと思われるぐらいに、誰よりも早くから訓練を行い、そして遅くまで訓練し続ける姿にシャルは何度か休んでほしいと言ってみたのだが、
―――そんな時間はない。とてもゆっくり寝てなんかいられない―――
―――上がいてくれる。全力を尽くしたって今は越えられない壁があってくれる―――
―――嬉しいね、燃えてくるぜ―――
訓練による疲労が見える顔にもその燃えるような挑戦する瞳だけは輝きを失わず、ただ前だけを見続ける陽太の姿に、シャルはそれ以上言葉を続けることができない、なぜかしてはいけないような気がしてただ背中を見守り続けるのみだった。
最近、ほとんど陽太の背中しか見ていない。彼の声を背中越しにしか聞いていない。
別に陽太の様子が何か特別に余所余所しくなっているわけでもないのに、シャルには今の彼が見知らぬ誰かに乗っ取られたかのように感じ、正面から陽太の顔を見る勇気が沸いてこない。
―――自分以外の女性に夢中になっている陽太の姿―――
操縦者として自分の格上の相手に憧れを抱くなど、ISであるのならある種当然とも言えることなのだが、ヘソの下辺りから湧き上がってきた正体不明の不快感が彼女に冷静さを失わせてしまうのだ。それがアレキサンドラ・リキュールへの嫉妬であることに彼女自身も薄々は気が付いてるのだが、シャルはそれを認めるわけにはいかない。
「(私とヨウタは………分かり合っているんだから!?)」
分かり合えなくなる、とはっきり言葉にされたことがショックだったようで、だからこそシャルは頑なに自分とヨウタは分かり合えている。だからこの不快感も気のせいなのだ、と無理やりな結論を導き出し、今はとりあえず一刻も早く部隊の能力を増強させることに専念していたのだ。
「………シャル、ペースを上げすぎだ」
そんなシャルに付き添うように一緒にランニングを続けていた箒が、徐々に速度を上げていくシャルを気遣いの言葉をかける。
「あっ!? ハ、ハハハハッ!! ちょっと考え事をしてて・」
「陽太のことだろ? 確かに今のアイツのことはどこか気にかかるが」
なんてことはない。どうやら箒にすらも今のシャルの心の内は筒抜けのようで、シャルの乾いた笑い声だけがアリーナに響く。そこまでわかりやすく顔に出ていたのか、手元に鏡があったのなら穴が開くほどに自分の顔を凝視している場面であったが、そんなシャルの後姿を見ながらも、箒は彼女とは別の事で悩まされていたのだった。
まずは幼馴染である一夏。千冬が入院したことで校内において一番変わったのは間違いなく彼であろう。
千冬の手術が成功した翌日から、毎日の訓練量を自主的に数倍に増やし、専用機持ち達の技術を吸収するために毎日直接本人達への聞き込みや深夜の遅くまで繰り返し映像を見続けていた。そして陽太が複数骨折や捻挫による重傷をわずか一週間という人間として何かおかしい日数で完治させて退院すると、彼がやり始めた訓練メニューをそっくりそのまま真似し始めたのだ。
訓練初日とその後二日間はあまりの訓練の厳しさに途中で気絶してしまい、二週間は途中で筋肉が痙攣してドクターストップ、それ以降も陽太と同じ量同じレベルでの訓練には到達していないが、依然として泣き言一つ漏らすことなく陽太の後を追いかけ続けている。
当初は常人では不可能な陽太と同じ訓練を行おうとする一夏を制止しようと箒やシャルも何度も彼に懇願したが聞き入れることは決してなく、更には疲労によって一夏が動けなくなると彼の隣にいつの間にか近寄った陽太がこう言い放つ。
―――休みたいなら休め。止めたいなら止めろ。今の俺にはお前に構ってる余裕は欠片もない―――
―――全力で限界を超えるために俺は走るぞ。お前はどうする?―――
この言葉を聞くとどんな疲労困憊からも立ち上がりまた走り出す。前を走る陽太を睨みながら彼を超えようとあがき続ける。その姿は一人の挑戦者のような、それでいてご主人様の後を追いかける忠実な飼い犬のような後姿である。っていうか最近一夏とまともに話をしていないことに気がついた。
―――『悪い箒、これから陽太と訓練だから』―――
―――『陽太にISの内部構造の話聞くから』―――
―――『陽太と一緒に』―――
「(なぜどこでもかしこでも陽太と一緒なのだ!?)」
四六時中校内で男子二人のツーショットが見れるようになったおかげで、一部の女生徒から黄色い悲鳴が上がりまくっているが箒としてはまったく何一つ楽しめる要因にはなっていない。自分にはその手の趣味はないというのに………そういえばルームメイトののほほんが『間近でツーショット写真が一枚諭吉さんお一人と交換だなんて………ほーちゃん、お願い!』と何かわからないことを呟いていたが。
そんなこんなで男子二人の異常な急接近によって完全に蚊帳の外に放り出されたことが一点。そしてもう一つ気になることが………最近の楯無の様子がどうもおかしいことである。
本音の話ではちょくちょく失踪するクセはいつものことらしいのだが、どうも最近その頻度が増してきており随分張り詰めた表情でいることが多く、話しかけても生返事しか返してこないとのことらしい、と自分の姉が愚痴っていたとチョコ菓子を食べながら愚痴っていた本音に、『だったら尚更生徒会の仕事をしろ。お前までいないと虚さん一人でやっているようなものだろうが?』とこめかみをぐりぐりとしながら叱りつけけていた箒は楯無の様子を思い返してみた。
「(この間の戦いの直後から、急に表情が暗くなってしまった………)」
あの戦いにおいて無傷で済んでいたのは楯無のみなので傷やダメージによる身体的損傷ではないだろう。ならば精神的な何かショックを受けてしまったのか? あれこれ思案するが、普段はどれだけおちゃらけていても、実戦ならば冷静沈着で頼りになる対暗部組織の若き長である。楯無の振る舞いに何一つとして落ち度を感じていない箒にはこの時、彼女がその心に何を抱いているのかまったく予測ができないでいたのだ。
落ち度のない対応そのものが彼女の闇を招いてしまったということに………。
☆
そんな女子達の不安を他所に、朝食になっても二人の男子の様子は一向に変わる気配はなかった。具体的に言うと朝から大量の食事を勢い良く物凄いペースで口に放り込み、栄養補給という感じではない食べることそのものを一つの修行と化しているかのような様子である。
「そういえばシャル、セシリア達はどうしたのだ?」
朝の訓練にも姿を現さなかった戦友達を不審に思った箒がシャルに問いかけるが、彼女もまた複雑な表情となってしまう。
「セシリアと鈴は………またVRルームの方」
「………あっ」
「一応無理しすぎないようにラウラが見張っているから大丈夫だと思うけど」
つい先日、入院中の千冬がぜひ見ておくようにといって見せられた映像を見た時から、セシリアと鈴の様子も男子二人とは違った意味で豹変してしまい、寝食を惜しんで訓練に励んでいるようなのだが、あちらもあちらで根を詰め過ぎて身体を壊してしまわないかシャルは心配していたのだ。
「「おかわりっ!!」」
そんな心配事をよそに、陽太がカツ丼、一夏が天丼を同時にシャルと箒に差し出し、御代わりを持ってきてくれと頼まんばかりの視線で見つめてくる。
「あ、あの二人とも……お腹が物凄く減ったことはわかるけど」
「よく噛んで飲み込まないと身体に悪い。なによりも……」
勢いが良すぎる男子達に少し落ち着くようにと言おうとした二人だったが、時すでに遅く、陽太と一夏に何か鋭い衝撃が走り、二人の表情が一気に青ざめた。
「「!?」」
同時に持っていたお椀がプルプルと振るえ、ほっぺたを大きく膨らませた二人の様子を見た女子生徒達から悲鳴が上がる。
「またよっ!?」
「食事中にだから止めてってあれほど!!」
「トイレっ!! てか誰かバケツ持ってきてあげて! そして二人とも外で出してよ!!」
周囲の女子達が騒ぐのを他所に全身から滝のような汗を垂れ流しながら陽太と一夏は、喉元までせり上がってきた物を気合でもう一度胃袋に戻し、ようやく口を開いて息を吸い込み吐き出すのだった。
あれほど激しい運動をしてしまえば胃腸が食物を受け付けなくなってしまうのは当然で、二人もそれがわかっているはずなのだが………。
「シャル、おかわり」
「………箒、頼む」
一向に止めようという気配がない。これにはシャルも箒も異を唱えざる得なかった。
「二人とも、いくらなんでも無理だよ」
「そうだ。無茶をしていたら身体が先に壊れるぞ?」
勢いと根性論で乗り越えようとしている二人のことを心配する少女達だったが、二人の少年は苦しそうにしつつも光を失わぬ瞳で言い放つ。
「いや、食う。今は食わなきゃならん」
「我慢してでも食って、早く強くなりたい」
この程度のこと乗り越えてみせる。乗り越えて強くなってやる。食事の時ですらそんな声が聞こえてくる二人の表情に、シャルも箒もそれ以上の言葉が続かず渋々閉口しながら立ち上がって、御代わりを盛ってこようとした時、入り口から女子生徒達の大きな声が聞こえそちらのほうに振り返る。
「せ、生徒会長!?」
「(楯無姉さん?)」
その最近の言動を心配していた箒が思わず振り返り、いつものニコニコと笑い口元を扇子で隠しながら歩くIS学園生徒会長『更識楯無』の姿を目にするが、この時の彼女はその姿がどこかおかしいと違和感を感じ取る。
いつもの表情、いつもの歩き方、いつもの愛想笑い………が、そのいつもの姿がいつも以上に『普通』なことに強い違和感を感じたのだ。
「(いつもの姉さんなら突然人の背後から現れたりするはずなのに)」
それに自分に真っ先に挨拶しに来ないのも可笑しい。彼女は人の前だろうが身内を見つけると抱きついては頬ずりしてくる困った行動をする人物だというのに、まるで『そんなことをする余裕はない』と言わんばかりに楯無はまっすぐと目的の人物である元に歩いていくと、『彼』が座るテーブルの前に立ち、ようやくそこで扇子を広げて若干首を傾げながら挨拶をする。
「あら、御機嫌よう。対オーガコア部隊の隊長さん。そして一夏君♪」
「あっ、ど、どうもっ!?」
一夏は楯無の姿を見た瞬間慌てて手に持っていたうどんの椀を置いて頭を下げたのだが、陽太だけは頭を下げることなく黙々と目の前のおかずに手を動かし続ける。その態度が癇に触ったのか一瞬だけ目尻をぴくぴくと痙攣させるが、それを誰にも気がつかせないように笑顔で誤魔化すと彼女は直接陽太に話しかけたのだった。
「私への挨拶よりも今はお食事のほうが大事なのかしら? ここのメニューは美味しいけど、明日も同じものは出ると思うんだけど?」
「………なんか用か?」
「ええ、もう凄い用が大有りよ火鳥君?」
不機嫌そうにから揚げをムシャムシャと食べる陽太の隣に座ると、鋭い眼つきになった楯無が彼のほうに扇子を向けながらある言葉を言い放ち………。
「なっ!?」
「会長ッ!?」
「楯無姉さんっ!?」
席に一緒に座っていた一夏が、シャルが箒が、そして周囲を見守っていたギャラリー達が一斉に息を飲み込み、唯一陽太だけが冷めた視線で手にお茶を持ちながらもう一度問いかけ直す。
「本気か?」
「冗談でこんなこと言わないわ………もう一度言わせてもらうわ」
すでにそこにはいつものIS学園生徒会長更識楯無の姿はない。対暗部組織の長としてかロシアの現役国家代表としてかそれとも決して譲れない物を胸に秘めた戦士としてなのか………冷たい表情をした夜霧の乙女(ミステリアス・レイディ)が炎の空帝に向かって『勝負』の文字が書かれた扇子を見せながらこう言い放ったのだ。
「決着をつけましょう? 私と貴方、どちらがIS学園最強に相応しいのかをね?」
いつもどおりあとがきは後で活報に乗せさせてもらいます