IS インフィニット・ストラトス 〜太陽の翼〜   作:フゥ太

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再連載第一弾!

今度こそ完結させれるよう、がんばっていきます!



プロローグ~空に焦がれた花の唄~
プロローグ


 

 

 

 

 

 凍えそうな寒さのせいで手足がかじかんでいくのを感じ、空腹と飢えのあまり身体が不思議な浮遊感を得て意識が遠のいていくの感じた俺は、白いワンピースを身に付けた一人の金髪の少女のことを思い出していた。

 

 

 

 「もう泣かないって約束してね?」

 

 

 

 雲ひとつない夏の青空と、いっぱいに咲いた向日葵畑がどこまでも広がっていく地上で、俺は彼女とある約束をした。汚れた服の裾で流れた涙を拭う俺を、彼女は自分の服が汚れることを承知で抱きしめてくれたのだ。

 

 ぬくもりが、

 良い匂いが、

 優しさが、

 

 もうそれだけで、惨めさも悔しさも飢えも孤独もどこかに消え去ってしまう。

自分の心の中で凍りついた何かを、ゆっくりと溶かしていくのがわかった。そしてその溶けた何かが瞳から溢れ出てきそうになるのを我慢する。

 

 今しがた、もう泣かないと約束したんだから

 

 

 

 『IS』と呼ばれる兵器の登場によって端を発した、急激な社会情勢の変化は世界中に大きな衝撃を与えていた。

 それはこのフランス・パリ郊外の裏通りにも見られることである。

 

 『女尊男卑』

 

 今まで男が築きあげてきた図式が一瞬で崩壊したのだ。そしてそれにより社会における権力構造も大きな変革を与え、結果、様々な社会問題が勃発する。

そしてそういう激変が人々に途方もないストレスを与え、そのストレスのはけ口とばかりにこの世で一番弱い存在に当たり散らす者たちがいた。

 

 そう、大人達の都合で放り出された大量のストリートチルドレンに対する暴力である。ただでさえあふれ出た失業者の集団が街のあちこちで目立ち、一般市民に対してすら危害を加える輩も増えているこの状況において、同じように放り出された子供たちを相手に行われる暴力は苛烈を極め、毎日街のどこかで子供の死体が転がっているということが日常茶飯事にすらなり得ていたのだ。警察や政府も一般人を守ることを優先し、戸籍を持たないような子供のことなど遥か彼岸のかなたの問題に追いやっていた。

 しかも、その中でフランス人ではない、『女尊男卑』などという物を生み出す原因ともなった「IS」開発国の日本人の子供にもなると、それはもう言葉にすらし難いほどの仕打ちをよく受けている。

 

 最後に食事をしたのはもう四日前になるだろうか。大人の日雇い労働者に交じって行ったゴミ拾いによって何とか得たなけなしの小銭すら、同じストリートチルドレンの子供の集団に巻き上げられてしまった。外国人がこの土地で生きていくなという理不尽な理由で袋叩きにされ、路上に放り出されたのだ。誰一人友達もいないような子供相手に、慈悲の手を差し伸べてくれる酔狂な大人もいない。

 

 

 雪がチラつく冬の空気はただ凍てつかせるだけではなく、生命そのものを削っていく。節々が殴られ蹴られたことによって生じた打撲やら捻挫やらで傷んで仕方ない。咳が出て止まらず、最近では痰に血が混じるようになってきた。

 手足の感覚もすっかり消え失せ、身体を動かすことすら億劫で仕方ない。

 

 もういい………ここで自分の命を終わらせることにもう何の悔いはない。どうせ、もうあの子にもあそこにも戻れはしないのだ。だったらあの暖かい場所のことを思い出しながら死んだところで、誰が自分を責めるというのだ。

手足を丸めると、静かに目を閉じて心の中の想い出に沈んでいく。

 

 

 

「あなた、空を飛びたいの?」

 

 俺は彼女に自分の胸の内の素直に話してみた。今まで生きてきた中で、多分自主的に自分の想いを口にできた唯一の場面だったと言えただろう。

 

「飛べるよ! うんっ!!………絶対に、絶対に!!」

 

 嬉しそうに信じてくれたことが泣きそうになるほど嬉しくて、俺はまた出てきそうになる涙を必死にこらえるので精いっぱいだった。

 

「私も空は大好き! だってとっても綺麗だもの!」

 

 両手を広げ、太陽の光を全身に受ける彼女はまるで金色の風にまかれた天使であるような錯覚さえして、しばらく呆けていると彼女は振り返り、そして俺にもう一つの約束をしようと言ってきた。

 

「ねえ………もし、空を飛べるようになったら……私も一緒に飛んでみたい!!」

 

 その願いを聞いた俺は、彼女に力強くうなづく。

 するとどうだろうか、彼女は頬を赤く染めながら大喜びをしてくれる。

 

「わーい!!………じゃあ、約束だからね!!」

 

 そして俺の名前を優しく呟いてくれた。そこに彼女そっくりな綺麗な女性が現れ、少女が嬉しそうに抱きついた。柔和な笑顔と少女をそのまま大人にしたような美しい女性は、俺とその子を見ると笑顔でこちらを見てきた。

 

「どうしたの、二人とも?」

「あのね! 私たち、大きくなったら空を飛ぶの!!」

「空を?」

「うん!!」

「あら?………貴方達、飛行機のパイロットになる気なの?」

「飛行機のパイロットになったら空が飛べるの?」

 

 少女は特に空を飛ぶために何になるのか決めていなかったようだ。その様子に苦笑した女性は俺と少女の頭を優しく撫で始める。

 

「そうね………ひょっとしたら、二人とも飛行機に乗れなくても空が飛べるようになるかもね?」

「どうやって飛ぶの? お母さん!?」

「ISとかが作られちゃうぐらいだもの………ひょっとしたら二人が大きくなるころにはもっとすごい乗り物が作られてるかもしれないわね♪」

 

 そう言って自分たちを慈愛に満ちた瞳で見てくれる少女の母親。その優しい手を嬉しそうに感じる少女。

 

 今まで生きてきた人生の中で最も幸福な時間………

 

 

 想い出と共に流れ出そうになった涙を無理やり拭いながら開いた瞳が、雲の切れ間から覗いた青空を捉える。

 

 空って綺麗だな

 

 その時なぜかそう思った。

 自分のことしか考えない大人も、意味も知らずに侮蔑の言葉を投げかける子供も、腐敗臭のする街角も、病気にかかっていそうな野良犬も、こんな汚いものばかりの路地裏で死ぬよりも、あの汚れたものが何もない、澄んだ青空で死ねたらどんなに幸せだろうか?、頬についた雪が涙のように流れ地面に落ちていく。

 

「……そ……ら…」

 

 最後の力を振り絞り伸ばした手と、声が世界に溶けていく。

 

 こんな嫌なものばかりが溢れる地上じゃない。純潔にして高潔な空の中に生きたい。世界を司る者がいるというのなら、いつも自分に意地悪ばかりをしてきたんだからそれぐらいは聞いてくれてもいいじゃないか。

 

 意識が途絶えそうになりながらも、それでも必死に伸ばし続けられる手。だが、突如としてその手を取る者がいた。

 朦朧としてシルエットしか見えない。ウサミミとゴシック風の服装にコートを羽織った年の若い女が俺の手を取っていた。

 

「空を自由に飛びたいの?」

 

 心を読み取ったかのような声に返事をすることができずに、俺の意識はそこで途絶えてしまった。

 

 

 

 

 

 

『よう~~~ちゃん!?』

 

 そこで彼は目を覚まし、周囲をすばやく確認する。僅かに見えた青空も、向日葵畑も、夏の暑い陽光もそこには存在していない。

 

 無機質な金属の壁と、そこを超えた先にあるのは無限にして生物の存在を決して許さない絶対零度の宇宙空間があるだけだ。

 ようやく自分が眠っていたことに気がついた少年は、モニター越しに微笑んできた女性に、『いつも通り』の憮然とした態度で接する。

 

「なんか用か?」

『………眠ってるようちゃん、プリチ~!』

 

 青筋がこめかみに浮き出る。寝顔を見られたことも腹立たしいが油断して居眠りなどをしてしまった自分に余計に苛立ち、怒気を思いっきり含んだ視線で睨みつけるが目の前の女性には何の効果もないようだ。

 

 モニターの横にある時計を見て予定の一分前であることを確認した少年は、通信を一方的に切ろうとする。がその気配を察したのか、女性は穏やかそうな笑顔であることを聞いてくるのであった。

 

『ようちゃん、今回の「お使い」の内容は覚えているよね!?』

「………フロリダの軍事基地に行って、極秘保管されているコアを「盗んでこい」だよな?」

『聞こえが悪いな~~、返してもらうだけだよ~?』

「何も言わずに勝手に持ち出すのを盗むというんだ」

『じゃあもう一つ………『今回』は誰も殺さないの?』

 

 いつもいつも、この目の前の女はこういう嫌なことを聞いてくる。とため息をついた少年は、短い返事で応答するのであった。

 

「誰も死なない。以上。通信終わり」

『あ、ちょっと………』

 

 回線を遮断するのと同時に、予定時間とポイントに到達するのを確認した少年は、ゆっくりと『機体』の角度を調整すると、そのまま真下に広がる『青空』にむかってロケットブースターを点火させるのであった。

 

 

 

 アメリカ・フロリダ軍事演習基地

 

「ん?」

 

 管制室にいる管制官の一人がレーダーに映る奇妙な存在に気が付き、慌てて同僚に報告する。

 

「これはいったい何だ? 突然成層圏に現れたぞ」

「衛星でも落っこちてきたのか?」

「いや、速度が速すぎる………それに…」

 

 騒ぎを聞きつけた上官も一緒になってレーダーを確認する。

 

「とにかく哨戒中の戦闘機に目視確認させる!」

 

 素早く決を下した上官は、現在基地付近を飛行している戦闘機に目視確認をするよう通信を送る。

 

「ラプター1 状況を報告せよ!」

『こちらラプター1 状況を報告する!………レーダーに映っていたのは……ミサイルか!?』

 

 大気圏との摩擦で赤熱化されているが、基地に向かって落ちてきているものは間違いなく大陸弾道型の形状をした銀色のミサイルであった。

 その事実が告げがれると管制室がにわかに騒ぎ出す。これが本当なら諸外国からの攻撃であるということと、その標的にされているのがこの軍事演習基地なのだという二重の意味での動揺であった。

 すぐさまそれが基地の最高責任者に伝えられると、初老の老人である責任者の額に冷や汗が一筋流れ落ち、背中に嫌な感触を覚える。

 

 本来ならばすぐさま政府に連絡し首脳陣による決議が開かれる場面なのだが、残念なことに時間があまりになさすぎる。政府の対応など待っていてはこの基地にミサイルが到達するのは目に見えている。

 自分の判断でのミサイル撃墜。そしてその後に開かれる査問会で、そのことを問われるかと思うと今から胃がキリキリと痛みだす。

 

「ただちに哨戒中のラプターはミサイルを撃墜せよ!」

『了解、これよりミサイル撃墜に移る!』

 

 命令を下されたラプターのパイロットは、すぐさまミサイルをロックオンして、撃墜するために対空ミサイルを発射した。

 その様子は管制室にも映し出され、皆がじっと事の顛末を見届けようとする。

 

 着弾まであと3.2.1………レーダーに着弾を知らせるアラームが鳴り響く。

 

『ミサイル着弾!目標を撃墜………?』

 

 にわかに歓声がある室内に置いて、管制官だけがパイロットの異変に気がついた。

 

「どうしたラプター1?」

『………アレは……外装が……』

 

 戦闘機のパイロットが何か動揺しながら伝えてくる状況に、管制官が更に詳しい状況を確認しようと声を荒げるのであった。

 

「どうした!? 何があったラプター1!?」

『外装が剥がれた………アレは……』

 

 

 着弾を確認した戦闘機のパイロットは、自分の腕前に密かに自画自賛をしながら燃え上がる目標に接近していた。

 一撃で撃破されたものと思っていたが、思っていた以上に頑丈だったのかと、首をかしげそうになる。

 その時であった。紅き炎を上げる銀色の外装が全てパージ(剥離)されたのは………。

 

 まるで最初から中身を守るための盾であったかのように、綺麗に剥がれ落ちていく装甲の中から、奇妙な形状が見受けられた。

 

 白のカラーリングを強調した全身のボディ。各装甲の外周に紅いラインが走らされ、胸には瑠璃色とエメラルドの宝石のようなものが埋め込まれている。

 

 純白マスクに一角獣のような金色のアンテナと、深紅のV字のセンサーを持ち、深緑のバイザーによって顔部全てを覆い尽くした全身装甲(フルスキン)を持ち、左腕には青色のシールドを装備している。

 

 二枚一対のスラスターを兼任している白き鋼の翼は残りのパーツを吹き飛ばすように大空に優雅に広げられた。

 

 

 その光景を見た戦闘機のパイロットから段々と血の気が引いていく。呼吸は荒いものとなり、そして彼は我を忘れたかのように大声で基地の人間に向かって叫ぶのであった。

 

 

 「アレは…………ISだぁぁぁぁぁぁぁーーーー!!!」

 

 

 あらゆる現行の武器を………核すらも霞ませる現代兵器の頂点に君臨している超兵器が、今目の前に突如出現したのだ。

 

 奇しくもパイロットが上げた叫び声と同時に、謎のISが爆発的な加速で降下を始めた。

 かつての空の王であるジェット戦闘機が飛べない鶏と思えるような圧倒的な速度で降下し始めたのだ。背後から追尾しようにも、戦闘機で同じことをしようとすれば中のパイロットは即ブラックアウトを起こして失神しそうなスピードでの降下なのだ。とても追いつけるものではない。

 

 基地のほうも、ミサイルに偽装したISの奇襲という事態に騒然となっていた。

 

 パイロットの報告通り、基地のレーダーにもISの反応が出ているのだが、同時にそれは奇妙な反応でもある。

 通常、ISとは通称IS規定なるものにより国際IS委員会に、中枢であるコアのナンバーの登録が義務付けられており、ISコアの識別信号によりどこの国のどの操縦者か一目で分かる仕組みになっている。これはISを使っての軍事行動を抑制するためのものであり、もしそれが発覚すれば即座に世界中の軍隊を敵に回すハメになるのだ。

 だが、レーダーに映っているISのナンバーは『Unknown』となっており、何度検索してもその表示が変わることがない。つまり、今基地に降下してきているISはどの国の所属かも判断できない、まさに未知の外敵ということなのだ。

 

 混乱する管制室の中で、基地の司令官は一人マイクを取ると、外部スピーカーを最大音量にして警告を発するのであった。

 

『降下してきている所属不明のISに告げる!! 貴君の行為はアラスカ条約に定められた規定を大きく逸脱した行動である! 今すぐ転進して引き返せ!! さもなくば敵性勢力として撃墜もあり得るぞ!?』

 

 いささか問題がある発言でもあるが、目の前のISの行動は明らかな侵略行為なのだ。それもここまで堂々とやってきている以上、明らかな事故ではなく故意による行動であることは明白である。

 

 だが、『Unknown』のISは怯むことなくむしろ速度を上げて止まる気配がない。

 

 そのことが告げられると、もはや議論の余地なしと司令官はある人物に出撃命令を下す。

 

「コーリングを呼び出せ!! こちらもISで打って出るぞ!?」

『もう、とっくに準備は終わってるよ、司令官!!』

 

 通信から威勢のいい女性の声が聞こえてくると、司令官は頼もしそうな心配そうな微妙な苦笑いを浮かべながら、画面の向こうの相手に命令を下すのであった。

 

 虎模様(タイガー・ストライブ)の装甲を纏った勝気な女性が映し出される。彼女の名はイーリス・コーリング。アメリカの第三世代ISを纏うことを許された国家代表のIS操縦者である。

 普段は『地図にない基地(イレイズド)』と呼ばれる、政府高官しか知りえることない極秘軍事基地にいることの多い彼女であるが、何の巡りか、本日は通常兵器との連携を目的にした演習のためにこの基地に来ていたのだ。

 

「………所属不明機の目的は不明だが、ここまで堂々と領空侵犯を侵してきた以上、こちらもタダで返すわけにはいかん。やってくれるなコーリング?」

『お安いご用で………』

「あくまでもこちらの目的は不明機の捕獲だ。撃墜は極力避けろ!」

 

 目的も所属も不明である以上、捕縛して中の操縦者ともどもデータの採取をせねばならない。そのためには無傷に近い状態で戦闘不能にしてもらわないと困るのだが………。

 

『ええ~~!?、メンドい……』

「!?、命令だ!!」

『はいは~い~~』

 

 この女はそういう細かい任務にはもっとも向かないタイプなのだ。こんなことなら、彼女に匹敵するもう一人のIS操縦者が来てくれればいいものを、本日は極秘にイスラエルとの共同開発を行っている試作型ISのために『地図にない基地(イレイズド)』の方に缶詰状態になっているそうなのだ。

 

 

 

『ハッチ開けろ!! さもなくば私の拳で破壊して出るぞ!?』

 

 この女なら本当にやりかねない、と慌てた若い整備士がハッチを手動で展開する。

 光が差し込み、外から舞い込んできた風を一身に受けたイーリスは、深呼吸をし大きく息を吐くと、ニヤリと笑いながら高らかに出撃を告げるのであった。

 

「イーリス・コーリング!! ファング・クエイク、出るぞっ!」

 

 背中の四基のスラスターが火を噴き、一瞬で空高く舞い上がる。

 

「オラッ!? 私のいる時に喧嘩売りにきた運のない田舎者ってのは、てめぇーか!?」

 

 視覚補足拡大映像(ズーム・ビュー)により映し出された映像に映っている機体に向かって叫ぶイーリス。兵器というよりも神話の鎧のような煌びやかさと絢爛さを兼ねそろえた目の前の目標(ターゲット)はイーリスの存在に気がつくと、減速し、空中で静止する。

 

「お?」

 

 イーリスもそれに気が付き、上空500mの地点で二機のISは対峙する形となった。

 

「で、どうすんだオイ? 今なら痛い目見ないで済ませてやるぜ? ただしお前の身柄とISは没収は確定事項だがな………」

 

 所属不明機が恐れをなしたのかと思ったイーリスは、余裕そうな笑みを浮かべてオープン・チャネルで挑発をしてみるが、目の前のISから返ってきた返事はただ一つだけであった。

 

「……………」

 

 沈黙したまま、右手をイーリスに向けると手を前後に振り、まるで『かかって来い』と言わんばかりの挑発返しをしてきたのだ。

 その行為を見た短気で勝気なことで有名なイーリスが、そんなものを見せられて黙っていられるはずもない。

 

「上等だぁぁぁ!!!」

 

 すっかり頭に血が上った状態でスラスターを全開にし、全身装甲(フルスキン)のISに向かって突撃するイーリス。

 ゆらりと敵機が動いたのを確認すると、彼女は二本の投げナイフを呼び出し投げつけ、敵機がそれを回避したところに、顔面めがけて拳を突き立てにかかる。

 

「ウォラァァッ!」

 

ファング・クエイクにとって拳も武器の一つであり、そこいらのIS程度ならば大ダメージ間違いなしの破壊力を誇っている。そのため様子見と捕縛の命令のために50%ぐらいの気持ちで打ち込んだのだが、

 

「なっ!」

 

 目の前のUnKnown(正体不明機)は苦も無く受け止めたのだ。

 

「チッ!」

 

 頭に上っていた血が瞬時に下がる。いかに加減していたとはいえ、格闘戦であっさり攻撃を受け止められるほど自分は油断していなかったはず。まとまらない考えのまま受け止められた手を無理やり引き剥がすと一旦後退して、再度突撃を仕掛ける。今度は手加減もしない、本気の一撃を打ち込みにかかった。

 

「……………」

「!!」

 

 だが、今度は受け止められることなく、拳の威力を利用して受け流しながらイーリスの体の内側に前後反転しながら潜り込むと、地面に叩きつけるような一本背負いを仕掛けてきたのだった。

 一瞬で視界が上下反転して地面が天井になることによって、何をやられたのか理解した彼女は180度回転してスラスターで制動をかけながら、敵機の居場所を探る。

 

 正体不明機はイーリスに追撃することなく、基地に向かって再び進行を開始していた。

 

「くぉらぁ!」

 

 自分が無視されたと思い、悔しさによる激情によって顔を歪めながら、敵機の追撃に入る。

司令官から撃墜は極力避けろと言われたが、ここまで馬鹿にされてタダで返すわけにはいかない。

 

「てめぇ! もう半殺し確定だかんなっ!!」

 

 地面スレスレを飛び、衝撃波で大地を削りながら飛行し続ける敵機の後ろにつくと、彼女はスラスターからエネルギーを放出し、内部に一度取り込み、圧縮して放出した時に得られる慣性エネルギーを利用して爆発的に加速する『瞬時加速(イグニッション・ブースト)』を持ちいて一気に間合いを詰めようとする。

 

「!!?」

 

 その動きに感づいた敵機が、高速機動で地面スレスレを飛行しながら「その場で一回転」したのだ。衝撃波と舞い上がった砂塵によって一気に視界が遮られる。

 

「チッ!!」

「……………」

「しゃなろう!!」

 

 だがその程度で怯むアメリカ代表IS操縦者ではない。

 砂塵にも一切怯むことなく瞬時加速で突っ切ってきたイーリスは、今度こそ敵機の顔面に一撃お見舞いしてやろうと手を強く握りしめる。

 

 ―――上下逆さまという一見滑稽な状態で飛行しながら構えられた二つの白銀の銃口―――

 

「!!?」

 

 背中に悪寒が奔り急減速するイーリスであったが、目の前の敵機は容赦なくトリガーを引く。

 

『15mm口径カスタムハンドガン・ヴォルケーノ(噴火)』

 

 第一世代ISの武装を徹底的に改造され、威力・連射速度・射程・装弾数が異常に強化し、あまりに性能を追求したため、よほどの熟練者でもなければ命中させられないじゃじゃ馬使用で有名な白銀に輝く実弾銃を、両手に持ったままフルバーストで撃ってきたのだ。

 

「くわっ!?」

 

 左足の付け根と右肩、右手が被弾して装甲が撃ち抜かれ、シールドエネルギーが著しく減少する。痛みと衝撃でイーリスの勢いが失くなったのを確認した正体不明機は、再び上下を反転すると、地面を蹴り上げるように上昇し、基地の真上に到達してしまったのだった。

 

 性能だけならば最新ISにも通用する取り扱いが極めて難しいハンドガンを、両手持ちで的確に自分に当ててくる敵機に、戦慄を覚えるイーリス。

 

「(動きといい、射撃能力といい、どっかの国家代表が奇襲を仕掛けてきたのかよ!?)」

 

 あれだけの腕前のIS操縦者が、こんな山賊まがいのことをするのだろうか?

 現に世界中の腕の立つIS操縦者というものは、例外なくどこかの国か国際レベルの企業に雇われているものだ。

 だからこそ、どこのIS操縦者が仕掛けてきても即座に身元が割れてしまうために、有名な操縦者ほど迂闊なことは避けるものなのだが………。

 

「だけど、このまま引き下がると思うなよ!」

 

 だからと言って、このままにしておくわけにはいかない。

 基地内部に急降下をしていく機体を追いかけ、イーリスもまた基地内部に向かって飛び立つのだった。

 

 

 基地上空に差し掛かったことで、基地内部の構造を示したデータを開き、目的のものがどこにあるのかを確認する。

 

「……………」

 

 表示されたデータには「地下三階、第三研究施設」とある。

 基地のど真ん中から地面を掘り進めてもいいのだが、流石にそれをすると時間がかかりすぎるし、さっきのISや、アメリカ軍所属の他のISまで来られると後々面倒なことになりかねない。

 データをさらに読み進めていくと、地下に下りるためのエレベーターの存在を知り、それを利用することに決めたのだった。

 

 

 基地のある棟に向かって急降下を開始するISを見た司令官の顔色が一気に青褪める。

 

「ヤツめ!?………「アレ」が目的だったのか!?」

 

 基地に極秘に保管されているISコア……とある事情で機体に組み込めず、厳重に密閉して封印されているあの存在は、それこそ政府高官と、ここの現場最高責任者である自分と数人の副官しか知りえる情報ではないはずなのに、なぜ?

 そんな疑念が頭を過りながらも、司令官は部下たちに何が何でもISの進行を阻止しろ、という無茶な命令を下す。

 

 だがしかし、相手の動きは一向に止まることはない。

生身の兵士が、十数人単位でアサルトライフルをISに向かって一斉掃射するが、霧雨の如き衝撃も敵機に与えられず、まるで意に反さない正体不明機は地面に降り立つと、施設の入り口に向かって歩き出す。

 入り口を何とか死守しようとする兵士であったが、敵機のバイザーが光り輝くと、あまりの迫力に腰を抜かしながら逃げ出してしまう。

 目の前と、入り口奥に誰もいないことをセンサーで確認したISは、その鋼鉄の腕を施設の入り口に突き立てると力任せに引きちぎり、中に悠然と侵入するのであった。

 

「何をしているお前たち!! コーリングはどうした!?………おのれぇ!!」

 

 すっかり動揺した司令官は、地下施設までの通路に存在している緊急隔壁をすべて閉鎖するように指示を出す。

 

「隔壁を下せ!! 奴を内部に閉じ込めろ!!」

「しかし司令!? まだ施設には大勢の人間が……」

「構わん!! アレが奪取されることを防ぐのが第一目的だぁ!!」

 

 異議を申し立てようとした部下を唾を吐き散らしながら怒鳴り返し、迫力で言いくるめた司令官は、隔壁が全て降りるのを確認すると、ようやく安堵の溜息をもらしながら余裕が戻ってくる。

 

「今のうちにコーリングを呼び戻せ!!、あの女………こんな時ぐらいは役に立ってもらわないと困・」

「司令!!」

「どうした!?」

 

 部下の一人が卒倒しそうな勢いで呼びかけてくるのを忌々しげに見返す司令官であったが、次の瞬間、彼の表情は凍りついてしまう。

 

「隔壁が………あり得ない速度で突破されていきます!!」

「ば、馬鹿な………あれは対IS用の強化防御シールドと同じ強度の…」

「嘘ではありません! 見てください!!」

 

 指し示されたモニターには、施設内部に存在している36ある隔壁が、不明機を示すマークと接触すると同時に消滅していくというあり得ないものが映し出されていた。

 

「う、嘘だ………あれはいったい、何者なんだ?」

 

 腰を抜かしてその場にへたり込んでしまう司令官。管制室の兵士たちも全員青褪めた表情になってしまっているためか、謎のISを追尾して施設に侵入しているイーリスの存在にも気がついていなかったのだった。

 

 

 

「なんだ、コイツは?」

 

 施設の内部に侵入したイーリスが目撃したのは、対IS用の強化防御シールドに匹敵する強度の隔壁が融解を起こし、巨大な穴が開けられているという奇妙な光景であった。

 

「ガスバーナでも持ってたのか?」

 

 世界中に存在するバーナーを一気に集めて隔壁を溶かしにかかっても、一枚破るのに何年かかるかわからない。

 それほどまでに強固な隔壁をほぼ一瞬でぶち抜くとは、いったいどんな武装を持っていたのか?

 

「………おいおい、楽しい演習(バカンス)のはずが、なんだかとんでもない貧乏クジ引いちゃったのか?」

 

 謎のISとの遭遇、そして戦闘………今度は取り逃がしたということになれば、最悪国家代表の座から下されることも十二分にあり得る。

 

「まだナタルのやつに代表の座を渡したくないもんでな!………逃げんじゃないよ!!」

 

 敵機は奥にいるはず。隔壁を順番に潜っていくと段々目新しく溶かされた隔壁が見受けられる。そして角をまがった時、爆発音が聞こえてきた。

 

「ちょっと待ちな!!」

 

 イーリスがたどり着いた時、そこには腰を抜かして指をさしている兵士が二名。そして封印された隔壁を何かの高出力兵器で『焼き切り』、内部に厳重に保管されていたモノを取り出している謎のISがいたのだった。

 

「動くな」

 

 短く言い放つと、ナイフを両手に構えていつでも投げれる体勢を取るイーリス。彼女は腰を抜かしている兵士二名に目線で出ていけと合図を送り、この場から離れるよう言い放つ。

兵士たちも、この場にとどまるとIS同士の戦闘に巻き込まれると思ったのか、驚くほど素直に指示に従い走り去っていく。

 

 誰もいなくなった室内に残った二人は、静かに対峙する。

 

「何が目的………って、手に持ってるそれが目的か?」

「……………」

「どこの所属だ、なぜこんな真似をする?」

「……………」

「答えたくないというのであれば別にかまねぇーぞ。ただしお前はこの場でボコボコにすることは確定事項だかんな!」

 

 無言を貫く目の前のISに対して、殺気と闘気をぶつけるイーリス。

 敵の全能力は把握できていないが、今手にはハンドガンは持っていない。向こうのタイプはおそらく高機動型。狭い空間では機動力が生かせないハズ。対して自分は近接格闘型。施設内なら主導権(イニシィアティブ)こちらにあるはず。そう思い、少しづつ間合いを詰めるイーリス。

 

 だが、敵ISは手に機体のカラーリングと同じナイフを量子状態から取り出すと、右手に持って切っ先をイーリスにむけ、威嚇するような構えを見せる。

 

「………あくまでも戦おう(やりあおう)って言うのか?」

「………いや」

「!!?」

 

 初めて喋ったその声に、イーリスは激しく動揺する。敵が話したことではない、敵の声にである。

 

「お前!?」

 

 あり得るはずはない。ならば自分の聞き間違いか?

 

「悪いがこれ以上のお暇はしないさ。俺は帰らせてもらう」

 

 だが、それは聞き間違いではない………間違いなくあり得るはずのない「男」の声なのだ。

 

「帰るだって?………そんなこと…!?」

 

 逃がさないとばかり、ナイフを投げようとしたイーリスであったが、突如異変は起こった。

 

 謎のISから猛烈な『炎』が吹きあがったのだ。

 それは瞬時に室内を駆け巡ると、一気に室温を上昇させ、周囲にあるもの全てに火が付いていく。イーリスもISを纏っていなければとっくに焼け死ぬほどの熱量だ。

 

「クッ!?」

 

 炎の勢いに押されるイーリスをしり目に、謎のISは手に持ったナイフの天井に向かって掲げる。するとナイフと思っていたブレードは先端を伸ばし、その刃渡りをロングブレードほどに変化させ、全身から放たれていた炎を巻きつけながら凝縮していく。

 

 隔壁を焼き切ったのはこの炎なのかと変に感心しながらもイーリスは敵の行動を阻止しようと、両手に持たれていたナイフを投擲してみるが、ナイフはISに当たる前に炎によって一瞬で『蒸発』されてしまうのであった。

 

「なにっ!?」

「あばよ………」

 

 高熱量のプラズマ火炎と化した炎を纏ったブレードを掲げた謎のISは、天井に向かって激突すると、室内で凄まじい爆発を引き起こさせる。

 

「ウワァァァァッ!!!」

 

 その衝撃の余波と瓦礫に巻き込まれるイーリス。

 

 纏われた炎はドリルのように螺旋を描きながら地面を掘り進み、基地のコンクリートを全て吹き飛ばすと謎のISを天高く舞い上がらせるのであった。

 

 数分ぶりに見た青空に、一瞬だけうっとりとする謎のISであったが、自分が掘り進んだ穴からボロボロの状態で出てきたイーリスを確認すると、すぐさま臨戦態勢に入る。

 

「逃がすかって言ってんだよ!!」

「………悪いが、今日、俺は戦闘しにきたんじゃないんでね」

 

 自慢の拳を振りかぶってくるイーリスに対して、謎のISは炎を纏った拳を叩き付ける。

 

 ―――ぶつかり合う拳と拳―――

 

 拮抗する力と力が臨界に達し、二機は弾き飛ばされる。イーリスは地面に、謎のISは上空に。

 

「チッ!」

 

 地面に叩き付けられたイーリスは、同じように叩き上げられた謎のISが、衝撃の反動を利用して加速しながら上空を駆け抜けていくのが見え、激しく憤る。

 

「てめぇ!!!」

 

 完全に遊ばれ、プライドが痛く傷ついたイーリスに対して、謎のISは二本指で敬礼をすると基地に来た時と同じぐらいの超速度で加速をし、あっという間に雲の間に姿を隠してしまう。

 

「あああっ!! どちくしょうーがぁぁぁっ!!!」

 

 悔しさのあまり地面を叩きつけるイーリス。

 国家代表の座を貰いながらも、ここまでいいように遊ばれたことに強い怒りを感じ、地面のコンクリートを粉々に粉砕するほど怒り散らすのであった。

 

 

 

 

 

 

 

『さっすが、ようちゃん!!? 見事な手際だよね~~』

 

 上空を飛行しているISに向かって、プライベート・チャンネルで能天気な話し方をしてくる女性がいた。

 

「………束」

『ん?』

 

 IS操縦者がかなりテンションの低い声で、その女性の方を見て、疑問を投げかける。

 

「お前、何をやってる?」

『ん?………そのコア持って「吾輩は猫である、名前はまだない」まで来たら教えてあげる~』

「……………」

 

 通常音声しかわからない個人間秘匿通信(プライベート・チャンネル)において、映像までもがリアルタイムで伝わってくるのは、彼女が「ISを生み出した人物である」という理由で納得できるのだが、だが問題は、なぜそんな彼女が数枚のどこかの学校の発行らしきパンフレットを眺めているかなのだ。

 

「今度は何を企んでいる?」

 

 ちなみに、操縦者である『彼』がこうやってお呼び出しを食らう時に限って、高確率でめんどくさいことに巻き込まれる。

 

『何言ってるのか、束ちゃんわかんないよ~~?』

「……………」

 

 嘘だ。明らかに何かを企み、俺にそれを無理やり押し付けてしまおうとしている。操縦者は心の中だけでそう呟いて見せたが、どの道、奪取したISコアはどうにかしないといけないのだ。物凄くむかつく言い方をされているが、このままだとまずいのもわかる。

 

「………約束事は覚えているよな?」

『おう!、私、篠之乃(しののの)束(たばね)のお願いを一つ叶えてくれれば、火鳥(かとり)陽太(ようた)君の言うことも一つ叶えるというお約束だよね!』

「ああ………だからその約束を今使う。ホントのこと教えろ?」

『あのね、ようちゃんにIS学園に行ってほしいんだ?』

「はいぃ?」

 

 スッとんきょんな声が上がる。何をいきなり言ってんだと問いただしたくなるIS操縦者―――火鳥陽太は、モニターの向こうの篠之乃束を怪訝な表情で見つめる。

 

『詳しくはコアを持って帰ってきてからするね?』

「………まあいい。その話ごとお前を燃やしつくしちゃる」

『うわぁぁぁ………ひょっとして、こんがりガングロがようちゃんの好み?」

「通信終わり」

 

 イラッときて通信を強制遮断する陽太。

 空は青く、どこまでも澄んでいるというのに、相変わらず自分の心の内はあの女の手によってグダグダにされてしまう。

 

「帰って、シャワー浴びてぇ………」

 

 少年の誰にも聞かれることないボヤキ声は、空の中に溶けて消えていく。

 

 

 

 

 

 ここ数年、世界中の軍関係者の間で実しやかに囁かれるある噂があった。

 

 世界中のどの軍隊にも企業にも属さず、たった一人で攻略不可能と言われた場所を次々と攻略するIS操縦者。

 

 その操縦者は男であり、なんと行方を暗ませているISを生み出した異端の超天才・篠之乃束につき従う彼女専属の人間で、実力は国家代表すら凌ぐ。

 

 『たった一人の部隊(ワンマンズアーミー)』『正体不明の男の操縦者(ミスターネームレス)』などの異名を持つ存在。

 

 

 火鳥 陽太………天翔る、戦いの申し子が目指す『空の果て』の物語は、ここから始まるのであった。

 

 

 

 

 

 


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