IS インフィニット・ストラトス 〜太陽の翼〜   作:フゥ太

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と、ついに語られる太陽の翼の根幹を成す話の一端

その時、三人の少女達はいったい何を見たのか?



では、お楽しみください


逃がさぬ『真実』 逃れられない『運命』

 

 

 

 

「塵芥と成れ! 千冬(過去)よッ!!」

 

 その切っ先に荒ぶる殺意を乗せ、リキュールの刃が千冬に向けて放たれた。

 

「『桜花』ッ!!」

 

 足元から発生させたエネルギーを、脚、腰、胴、腕、そして、刃に込め、全身を一つの刃そのものとすることで、触れただけで瞬時に相手を破砕させるとある剣術の『攻め』の奥義を、ISを纏った状態で放ち、地面を引き裂きながら超速の砲弾のように千冬に向かっていく。

 

「………『梅花』」

 

 対して、逆手に持ち替えた長刀をゆっくりと引き上げた千冬は、目の前に迫る死の疾風を前に、臆することなく静かに瞳を開くと、眼前にまで迫った『死』に毅然と一歩前に踏み出す。

 

 ―――交差した黒と白―――

 

「!!」

「…………」

 

 ―――そして、貫いたはずの千冬に接触することなく『透り』抜けたリキュール―――

 

「!?」

 

 その場にいる全員が、何が起こったのか理解することが出来なかったのは無理もない話かもしれない。

 なんせ超高速で動く物体に接触して、なす術もなく空中に放り出された千冬の姿を想像していただけに、なぜ彼女が何の動きもなく通り抜けることが出来たのか、理解できなかったからだ。

 

「(感知できないぐらいの超高速で動いたのか!?)」

「(違うッ!! 速さの類じゃない!?)」

 

 リキュールと千冬に次ぐIS操縦者としての技量を有する陽太とジークを持ってしても、千冬が何をしたのか検討もつかず、目を白黒としながら彼女の様子を注意深く観察し続ける。

 

 だが、皆が驚愕する中でも、一人動揺することもない人物がいた。

 

「ふんっ!」

 

 千冬が何を行ったのかおおよその見当をつけながらも、だからどうしたといわんばかりに、地面を砕きながら疾走しつつ、リキュールは180度反転しながら再び桜花の構えを取り、最初に放ったモノよりも速い一撃を繰り出す。

 距離が縮まり、再び交差する両者………。

 

「……………」

 

 ―――アリーナの障壁にヒビを入れるほどの剣圧が千冬を擦り抜けていく―――

 

 またしても通り抜けたリキュールは、今のまま撃ち合いをしてもラチがあかないと判断し、桜花の構えを解くと、肩に斬艦刀を背負いながら振り返り、不機嫌そうに指差しながら千冬に問いただした。

 

「間合いの取り方は上手くなったが………なぜ反撃しない?」

「……………」

「だんまりは止めろ。『梅花』とは、本来相手の攻撃を最小限で回避しながら攻撃を決める受け技の奥義だろうが?」

 

 全身の力を一転の『内側』に集中して超攻撃型の突きを放つ『桜花』と対を成す、相手のあらゆる攻撃を『外側』に受け流しつつ、隙を突いて反撃を叩き込む『梅花』の本来の使い方をしない千冬に苛立ちが募ったリキュールに、千冬は静かに語ってみせる。

 

「……………私は、お前を殺したくはない」

 

 次の瞬間、アリーナの空気が深海のような重さと化し、全員に襲い掛かる。

 

「まさか………私をいつでも殺せる、とでも言うつもりじゃないだろうな?」

 

 10年前、確かに彼女達二人は、『もう一人』の親友を立会人に、ISを用いて殺し合いをした事は事実。

 そしてその勝敗の結果は、両者生存こそしてはいるが、目の前の千冬が紙一重の勝利をモノにした事も事実。

 その二つのことについて異議を挟み込むほど、リキュールは往生際が悪い人間ではない。

 

「だがな………それはあくまでも10年前の話だ。今、私とお前が本気でやりあっても、結果が同じになると、本気で考えているわけではあるまい?」

 

 現在の彼我の実力差が手合わせしても判断がつかないほど『鈍い』相手ではないだろうと、最低限とはいえ千冬にそれだけの能力があることがわかっているだけに、リキュールの苛立ちは募るばかりだった。

 

「………いや、お前は私よりも強い」

 

 しかし、はっきりと告げる千冬の口調に、全員が驚愕する。

 

「今の私ではお前に万に一つの勝ち目はないだろう。おそらく………身体のことを抜きにしてもだ」

「それだけのことがわかっていながら、貴様はなぜノコノコと私の前に姿を現した?」

 

 この時、リキュールは静かに瞳を閉じていた。彼女が次になんと自分に言ってくるのか理解しながらも、決して認められないから。

 

 彼女(コイツ)はきっと、今も諦めずに同じことを言ってくるから…………だからこそ、その全てを自分は否定しないといけない。

 

「お前は私の親友だ。だからこそ、私はお前を止めなければならない」

 

 はっきりとした意思を宿した瞳でそう言い放った千冬と、無言でその言葉を受け止めたリキュール。しばしの沈黙が二人の間に流れた後、静かに暴龍帝はその刃を、切っ先を、目の前の『宿敵』へと差し向ける。

 

「……………トニトルイ」

 

 ―――刀身に纏わり着いていた黒雷が六つの雷球と化す―――

 

「やばいっ!! 回避しろ、千冬さん!?」

「!?」

 

 二人の戦いを見ていた陽太の叫び声に反射的に反応したのか、操縦者としての卓越した危険感知能力がそうさせたのか、はたまたその両方か、千冬はスラスターを全開にして飛び上がり、そんな彼女を追いかけるように雷球も空中を疾走する。

 

「ちっ!!」

 

 だが、空中を高速で飛び回る千冬よりも雷球の速度の方が速く、一つ目の雷球が彼女に突っ込んでくる。

 

「危ないっ!!」

 

 見てられないというように一夏が叫ぶが、千冬は雷球の突撃をバレルロールして回避し、ほかの五つの雷球の動きに注意を払う。

 千冬のすぐ後方で踊るように飛来していた残り五つの雷球の四つが、突如として彼女の周囲を併走し始める。

 

「?」

 

 何が狙いだ? 千冬の視線がリキュールへと注がれる中、彼女はそんな千冬の方を見向きもせず、左手を前に掲げると同時に………。

 

 ―――左手を前に掲げる―――

 

 その仕草を見た瞬間、千冬が己の周囲にある雷球の意味を理解し、同時に急停止し、身を固めながるように刀を楯にした。

 

 千冬の周囲にある四つの雷球と、先攻した雷球と取り残された雷球がフィールドを展開して、彼女を雷撃の檻に閉じ込める。

 

「…………フェラカーロスッ!」

 

 ―――拳を握り締めると同時に起こった、フィールド内部での雷撃による爆撃―――

 

「!!」

 

 激しいスパークが起こり、フィールドが解かれることで巻き上がった粉塵の中から、ゆっくりと落下してくる千冬の姿を見た、一夏、マドカ、陽太、ラウラの表情が引き攣り、絶叫させた。

 

「千冬姉ぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!」

「織斑千冬ぅぅぅぅぅっ!!!」

「教官っっっ!!!」

「このクソアマァァァァァァっ!!」

 

 必死に駆け出そうとする一夏とラウラ、ジークに肩を持たれて動けないマドカ、そしてボロボロな身体を引きずってでも、リキュールに殴りかかろうとする陽太。

 

「陽太ッ!」

「?」

 

 だが、そんな陽太の肩を掴んだのは、何かを考え付いた箒であった。

 

「時間がない! 待機状態のISを貸せ!」

「!?」

 

 彼女の声にせかされるように、陽太は言われるがままにひびが入ったブレイズブレードを手渡し、箒はそれを手に掴むと、小さく光る程度の紅い光で覆い尽くしたのだった。

 

 一方、若者達の声を背に受けながら、ゆっくりと地上に向かって落下した千冬だったが、そんな彼女を寸でのところで受け止めたのは、撃墜した当人だった。

 

「……………くっ」

「………気は済んだか千冬?」

 

 地面に落ちる寸前、左手で彼女を受け止めたリキュールは、僅かに意識が千冬に残っていることを確認すると、いきなり手を離して乱暴に地面に置くと、ダメージによってうまく動けない千冬に対して静かに勧告する。

 

「所詮、今のお前はこれが限度だ」

「わ、わたしは………」

「最後だ。早く失せろ」

 

 若干、暴龍帝らしくない数度に渡る撤退を言い渡す言葉であったが、千冬は返事をする代わりにリキュールの脚を掴むと、必死に何かを訴えるような瞳で彼女を見上げるのだった。

 

「…………」

 

 自分を見上げる千冬の瞳が訴えてくるその想いと言葉………それは10年前となんら変わらないものであることが、今のリキュールには腹立たしくて仕方がなかったのだった。 

 

「あの日と同じだな………この10年、お前は何一つ学ぼうとしなかったのか?」

「……ア………リア」

 

 その名を千冬が口にした瞬間、彼女の腹部を蹴り上げ、遥か上空まで吹き飛びかけた身体をすばやく首を掴み、留まる事を知らない怒りを必死に抑えたような声で話す。

 

「ケホッ!」

「もう一度だけ言ってやろう………その名を二度と口にするな!」

 

 自分が捨てた名。もう二度と誰にも言われることはなかったはずの名。

 

「良い事を教えてやろう………お前が口にする、かつてその名で呼ばれていた者は、10年前にすでに死んだ。今、貴様の目の前にいるのは『アレキサンドラ・リキュール』だ」

「ふ………ざけるな」

 

 その名が持つ意味を、自分よりも理解していたはずの人間が、なぜよりにもよってその名を名乗りながら、名を汚すような行為をするというのだろうか?

 理解できない苛立ちが、言葉を荒立たせる。

 

「ふざけるなっ! ふざけるなっ!! 先生の名を名乗っておきながら、お前が今、していたことは一体なんだというのだ?」

「………していたことが、だと?」

 

 何を言っているのか判らないな、と言わんばかりに首を傾げる親友に、今度は千冬の怒りがヒートアップする。

 

「力で誰かをねじ伏せ、自分の思想に染め上げる!! 先生がもっとも忌避し、忌み嫌っていたことだろうが!! 貴様がそれを忘れたというのか!?」

 

 絶対に間違っている。お前のやっていたことは間違っている。こんなことをするなんて、お前らしくない。

 自分の親友だったはず者の行動は、絶対に演技か何かだと思いたかった千冬だったが、リキュール(アリア)はその全てを否定するかのように、首を絞めていた握力を強める。

 

「カッ………ハッ!!」

「千冬姉ッ!!」

 

 千冬の表情が歪むのを見た一夏の悲痛な叫び声を背に受けたリキュール(アリア)は、自分の手の中で苦しむ千冬に、とある単語を口にした。

 

「……………五反田食堂」

「!?」

 

 その単語を聞いた瞬間、大きく目を見開いた千冬が咄嗟に視線を外して顔を背ける。そしてリキュール(アリア)は、自分のISの頭部装甲を解除し、素顔を外にさらけ出すと、刀を地面に突き刺し、右手で千冬の顔を無理やり正面に向けさせながら話を続けた。

 

「視線を外すな、大事な話だ」

「わ、わたしは………」

「逃げたな?」

 

 千冬の身体が怯えたように動いたのが、リキュール(アリア)だけではなく、その場にいる全員が目の当たりにする。

 

「久々に大将に会いにいったんだが、アレはどういうことなのだ?」

「ア……レ?」

「とぼけるな。貴様、10年もありながら先生の死を大将に伝えていなかったな?」

 

 その言葉を聴いた瞬間、一夏の脳裏に、泣き崩れていた厳の姿がよぎり、そして彼女が何を話したのか理解する。

 

「(じゃあ、あの厳さんが言ってた先生って………千冬姉達の?)」

「一夏君は五反田のお子さん達と仲が良いそうだな………それで? 貴様は10年もそばにいながら、一番大事なことをひた隠しにし続けていたのか?」

「わ、私は………ただ」

「怖かったのだろう?」

 

 千冬の顔色が先ほどとは違う意味で悪くなる中、目の前の女傑はその瞳を真紅に輝く龍眼に変化させて、千冬の鼻先寸前まで顔を近づけながら、なお言葉で攻め立てる。

 

「恐ろしかったのだろう? 責められる事が、己の罪を問われることが、誰が殺したのだと言われることが?」

「ち、違うッ!! 私は!!」

「ならば一夏君に今この場で言ってみろ」

 

 

 

 ―――10年前、世界を変える引き金を誰が引いたのかを―――

 

 

 

「…………千冬姉?」

 

 一夏が何気なく呼んだその名を聞いた瞬間、千冬が今まで誰にも見せたことない表情で振り返る。

 

「…………一夏」

 

 そう、まるで恐怖に怯えきった少女が、助けを呼ぶかのような表情で一夏を見たのだ。

 

「フンッ。そらみろ」

 

 そしてその様子を見たリキュール(アリア)は、まるではき捨てるかのように千冬への糾弾を強める。 

「お前はいつも『それ』だ。覚悟もなく、度胸もなく、貫く意志を持たず、私の行動を否定しにかかる」

「………ち、がう……わ…たしは」

「違わん!! 貴様は自分が犯した罪から逃げたのだ! そしてこの下らん世界を10年も甘やかし続けてきた!」

 

 忘れない。

 10年前、『三人』の目の前で起こったことを。

 忘れていないからこそ、今の自分がここにあり、だからこそ、目の前の『千冬(コイツ)』だけは許しておくわけにはいかないのだ。

 

「私はお前の一切を否定する! お前のこの10年も!! あの人の決断もッ!! そしてこの世界そのものをッ!!」

 

 真紅の龍眼が、輝きを増し、怯える薄茶色の瞳を逃がさずに捕らえ、そして叫んだ。

 

「ゆえに、私がこの世界を変える!! この世界を正しい形に変えてくれる!! それこそ私のあるべき姿! そして………」

 

 

 

 

 ―――お前が殺した、『英雄』アレキサンドラ・リキュールが取るべき本当の道だったと!!―――

 

 

 

 

 

 ☆

 

「!!」

 

 瞬間、一夏の脳裏に白式を初めて展開した日の光景が、今度はより鮮明に流れ込んでくる。

 

 

 ―――「先生ッ!!」―――

 

 ―――今よりもずっと若い、今の一夏とちょうど同い年ぐらいの容姿をした千冬が、白銀に輝く全身装甲のISを纏いながら、泣き叫んで腕の中の女性に必死に問いかけ続ける―――

 

 ―――「これ………で、よかったの」―――

 

 ―――ライトグリーンの長い髪をした女性が、口から僅かな血を吐き出しながら、穏やかな表情で千冬に話しかけていた―――

 

 ―――「むし……ろ、貴女には………こんなに辛い想いをさせてしまったわね」―――

 

 ―――心臓の部分を貫いていたビームソードを持つ腕を、ゆっくりと握りながら、まるで彼女は痛みを感じていないかのように、静かに千冬の耳元で言葉をつむぐ―――

 

 ―――「束には、誰よりも深い知性が………アリアには、何よりも強い力が………そして千冬、貴女には正しい心が宿っている」―――

 

 ―――「こ……こ…ろ?」―――

 

 ―――「そう………時に迷っても、間違っても、後戻りしてしまっても、それでも前に進もうとすることができる、正しい心……『勇気』が」―――

 

 ―――涙を流す少女の頬に触れながら、慈しむように撫で続けた―――

 

 ―――「違うっ!! 私にはそんなものなんかない!! 正しい心は先生だ!! 先生は正しかったのに!!………何も、何も、間違ってなんかいなかったのに………私が、それを疑って」―――

 

 ―――「そう仕向けたのは私。だから貴女は何も悪くないわ」―――

 

 ―――女性の身体がビームソードが突き刺さった部分から少しづつ風化していく―――

 

 ―――「先生ッ!!」―――

 

 ―――「………千冬」―――

 

 ―――彼女が何かを囁く―――

 

 ―――「……………………………………て」―――

 

 ―――「えっ?」―――

 

 ―――とても小さな声で囁かれたその言葉をもう一度聴こうとした千冬だったが、身体がチリになっていくことは止まらず、瞳から輝きが失せていく―――

 

 ―――「先生ぃっ!?」―――

 

 ―――「千冬………………大好きよ」―――

 

 ―――愛おしむ者に、その言葉だけを残したかった彼女の身体が静かに、そして完全に塵となって、世界の中に溶け込んでいく―――

 

 

 

 

 ―――「いや………いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」――――

 

 

 

 ―――泣き叫ぶ千冬が、必死に塵になった『先生』の欠片を手で掴もうとするが、それすら叶わず宙を切る―――

 

 ―――「ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

 ―――泣き叫ぶ中で、千冬は気が付いた。自分を見つめる二つの人物―――

 

 

 

 

 ―――「あ、あ……ああああああああああああっ!!」―――

 

 ―――瞳孔をいっぱいに広げ、両手で血が出るほど頬を掴みながら絶叫する束と―――

 

 ―――「ち……ふ…………ゆぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっっ!!!」

  

 ―――血塗れになりながら、自分の名を叫ぶアリアの姿に―――

 

 

 

 ☆

 

 

「!!」

 

 吐き気がするほどの圧倒的な情報量が頭の中に流れ込んでくる中、今見た映像が一夏の脳裏に焼きついて離れず、そしてあのリキュール(アリア)が言うことが真実であるということを物語っていた。

 

「今のは……?」

「一夏?」

 

 突然、一夏が大量の汗をかいて気を失いかけている様子を不審に思った箒が、彼に触れかけるが、そんな一夏に向かってリキュール(アリア)が何かに気がついたかのように問いかける。

 

「『白騎士』がいらんモノを見せたな」

「!?」

「フッ………オーナーが変わっても、千冬が未だに大切なようだな『白騎士』? それとも、千冬と一緒に犯した罪をお前も引きずっているとでも言うのか?」

 

 スカイ・クラウンに目覚めているリキュール(アリア)には、周囲にいるISが行っている行動をある程度把握することができる。さすがに全機能を停止させるようなことはできはしないが、直接触れることができれば、千冬同様にある程度の機能干渉を行うことが可能なのだ。

 そして一夏に過去の映像を見せたのが、最も初期に作られたISである白騎士であることを見抜いたリキュール(アリア)は、自分の言葉の正しさを一夏が目の当たりにしたのだと、思わず頬を歪ませて笑ってみせる。

 

「さっきからペチャペチャと………訳わからんことで千冬さん言葉攻めして楽しいのか、爆乳ッ!!」

 

 だがそんな中においても、一夏の、そして千冬の心が折れそうになるのを防ごうと、リキュール(アリア)に向かって、ボロボロの状態でもなお失わない闘志を宿した陽太が、言葉だけででも援護射撃しにかかる。

 

「おや、君ならば事情がわからなくても、察することができるだろう、陽太君?」

「何がだッ!?」

「決まっている………君が師だと思っていた女の実態はクソ以下だ。少なくとも、覚悟という意味では君の遥か足元にも及んでいない………判るだろう? これ以上君よりも劣る人間に仕えると、君自身のためにも・」

「わかんねーことだらけだ!」

 

 陽太が、声を張り上げて、この場にいる全員が思っているだろうことを代弁して口にする。

 

「てか、そもそも、お前らの『先生』ってなんなんだよ! とりあえず名前は爆乳と同じってこと以外、何にもわからんだろうが!!」

 

 陽太がそのことを聞いたのは、純粋な疑問を持っていたこと以上に、今は少しでも時間を稼いで、千冬を撤退させ、かつ自分の身体をいち早くでも回復させたいからだった。

 そしてそんな陽太の目論見を知ってか知らずか………いや、あえてわかった上で、彼女は千冬を掴む手を離すと、顎に手を置きながら、語り始める。

 

「そうさな………確かに君達は知らないのだろう」

「? 当たり前だ! そもそも千冬さんとお前とクソ束が同門だって事すら、最近知ったばっかりなんだぞ!!」

 

 それは初耳だと、微笑みながらリキュール(アリア)が、まるで紙芝居を幼い子供たち見せるかのように、語りだす。

 

「そうかそうか………なあに、結論を先に言うと、彼女は『敗者』だ」

 

 自分の師を真っ向から否定するかのような言葉に、折れかけていた千冬の心に火が灯るのを感じながら、リキュール(アリア)は話を続ける。

 

「時は半世紀以上前………最後の世界大戦が、終結した時、勝利を収めた連合側に一人の兵士がいた」

 

 ―――その兵士は、十代の少女でありながら、連合側に多大な戦果をもたらした兵士であり、その超人的な能力は多岐に渡っていたという―――

 

 ―――だが、少女は戦後の世界が、大国間の大規模武力衝突から、小国を用いた代理戦争に変わることを予期していた―――

 

 ―――そしてそれにより、大国の思惑により小国が終わることない戦火に見舞われ続けることを嘆いた少女はとある事を思いつく―――

 

「自分がそれを止めよう………そして彼女は、少数ながらの同志を集め、とある組織を設立したのだ」

「………まさかっ!?」

 

 暴龍帝の言葉に、その場にいた陽太達IS学園メンバーだけではなく、部下であるジークや竜騎兵達も息を呑む。

 

「そう、アレキサンドラ・リキュールを中心に『亡国機業(ファントム・タスク)』は、国家間の争いに影から介入し、戦火を最小限に止めるために生み出された」

「なっ!」

 

 むしろその言葉に、IS学園メンバーよりも、若手の亡国構成員達のほうが衝撃を受ける。

 

「教科書には載らない影の歴史という奴だ。今の亡国構成員も、それを知っているのは極小数だけ………」

「な、なんで………どうしてなんですか!?」

 

 だが、なぜ戦火を最小限に押し止めるための組織が、オーガコアを用いて世界中に火種を振りまく行為をするのか、理解できないシャルが、歴史を知るリキュール(アリア)に問いかけた。

 

「貴女の言葉は矛盾している!!」

「矛盾などしていない小娘………それはあくまでも発足当時の理念だ。今は、そんなもの欠片も残ってはいない………何故なら、組織としては『アレキサンドラ・リキュール』は忘れたい名前だそうだ。まあ、私が絶対に何があっても忘れささんが?」

 

 なぜ、組織発足の中心人物を、組織が忘れたがっているのだろうか? 全員がその疑問に首を傾げる名か、彼女は話を続けた。

 

「理由など簡単だ。『アレキサンドラ・リキュール』という名が怖いからだ。組織も、世界もな」

「怖い?」

「組織を発足させた『アレキサンドラ・リキュール』は、その理念の下に、あらゆる戦地の争いに介入し、その類まれなる能力で、多大な戦火を上げ続けた………そして戦場で彼女の姿を見ていたゲリラや、大国の軍人達は、そのカリスマ性に惹かれるように幾人と亡国に席を移し始め、気が付けば亡国機業(ファントム・タスク)は、大国に比類するほどの武力を、そして『アレキサンドラ・リキュール』の名は、『英雄』として世界中の軍の、そして下らぬ権力者(ブタ共)の中で、畏怖と敬意の象徴となっていた」

 

 ―――だが、組織が肥大化すると共に、『英雄』の名は別の意味を持ち始める―――

 

 ―――組織発足から数十年、多大な武力介入の結果、亡国は大国も恐れるほどの力を持つことになったが、しかし、本当に大国が恐れていたのは『英雄』の存在だった―――

 

 ―――如何に強大になろうと一組織はただの烏合の衆。世界が手を結び合えば簡単に潰せる―――

 

 ―――だが、『英雄』は違う―――

 

 ―――『英雄』はその圧倒的なカリスマ性により、世界中の軍隊の中にすら彼女の信望者作り出していたのだ―――

 

 ―――戦争介入の合間、大国と亡国との秘密協定などが結ばれてな………軍事支援や、演習なども請け負うようになったのだが、大国にしてみれば、亡国の甘い汁を啜ろうとしたのだが、とんだ大誤算だったのだろう―――

 

 ―――『英雄』が一声掛ければ、世界中の軍隊でクーデターが起き、世界は第三次世界大戦にまで発展しかねない―――

 

 ―――常軌を逸した戦闘能力と、そのカリスマ性の双方を併せ持った『英雄』は、ただそこに存在しているだけで、世界に影響を与えてしまうほどに、存在を膨れ上がらせたのだ―――

 

 

「……………」

 

 俄かに信じがたい話ではあった。

 まさか、ただの一人の人間が、世界を左右できる。

 そんな俄か話をすぐに信じることなど………。

 

「だが、先生は道を誤った」

 

 そう、彼女にしてみればそこまでよかったのだ。

 何よりも優れた存在が頂点にいる。そのことはリキュール(アリア)の理念そのものだから………。

 

「先生はとことん無欲だったのだ。組織の総帥の座を決める時すらも、その座に見向きもせず、現場の一管理職としてあり続けた………その行いが、あんなことにつながるとも知らずに」

「あんな………ことだと?」

 

 何が起こった? 陽太が恐る恐る問いかけると、それは彼もよく知るあるキーワードへと繋がっていたのだった。

 

「陽太君、ここからは君にもわかる事柄だ」

「?」

「さて問題だ諸君………10年前、世界はとある『事件』でその姿を大きく変えた………では、それは一体なんだったと思う?」

「事件………!?」

 

 

 ―――『白騎士事件』!!―――

 

 

 この場にいる全員がよく知るであろうその言葉に、リキュール(アリア)は満足そうに首を縦に振る。

 

「『日本を攻撃可能な各国のミサイル2341発。それらが一斉にハッキングされ、制御不能に陥り、突如現れた白銀のISが無力化し、その後も、各国が送り出した戦闘機207機、巡洋艦7隻、空母5隻、監視衛星8基を、一人の人命も奪うことなく破壊することによって、ISを「究極の機動兵器」として一世界中の人々に知らしめた』………こんなところかな?」

 

 ―――茶番のプロパガンタは?―――

 

 リキュール(アリア)が、両手を挙げ、思わせぶりな仕草をしながら、誰もが知るであろうことを『茶番』だと言い切ったのだ。

 

「知っているかい? よくできたプロパガンタとは、虚構の中に巧みに真実を織り混ぜ、そして肝心な部分を見えなくさせるものなのさ」

「………虚構?」

 

 一夏が額から滝のように汗を流しながら、呟いた。

 

「まさか………嘘な部分って!」

「そうだ………」

 

 そしてリキュール(アリア)は、自分のすぐそばで打ち崩れている千冬に、激しい敵意を秘めた瞳をぶつけながら、ある真実を告げる。

 

「茶番だよ! 一人の命も奪うことなく? ふざけるなよ世界ッ!! お前は一人の命を奪うために、下らん茶番を仕組んだんだろうが!!」

 

 全員がその言葉に凍りつき、そしてリキュール(アリア)は千冬の肩を掴んで無理やり起こすと、彼女に激怒しながら問いかけた。

 

「先生を殺すために、世界は結託し、お前はその手先として先生を殺しにいった!! それが茶番の真実だ!!」

 

 その強烈な敵意を込めた言葉にも、千冬は必死に首を横に振ったのだった。。

 

「違うッ! 私は………先生を止めに行こうと!」

「先生が、束からISのプロトタイプを取り上げ、自分が装着し、世界中の軍事基地に核砲弾を打ち込もうとしたっ!」

「!?」

 

 予想外の言葉に千冬が息を呑む。 

 

「下らん………世界がそんな世迷言を信じても、お前までそんなことを信じたというのか?」

「ち、ちがうんだ! 勘違いするなッ!! 先生は!!」

「ああ、先生はそんなこと終ぞ考えたこともないだろうな!! だが、あの時、第一次征伐を失敗した世界は、先生の反撃を恐れ、疑心暗鬼になり、世界中で混乱がおきかけていた!!」

「!?」

「それを止めるために、先生は自らこの茶番を考え付いた!! さしずめ演目の内容は『新たなる『英雄』白騎士・織斑千冬に討たれる、正気を失った元『英雄』魔王アレキサンドラ・リキュールに自らなる』というところかッ!?」

 

 彼女は一部の事柄を知らないがゆえに生じた誤解だ。そう信じていた千冬の顔色が見る見る青ざめて行くのを見たリキュール(アリア)は、そんな千冬を鼻で笑い飛ばす。

 

「誰よりも慕った先生を殺したのが親友のお前だったために、事実を知らない私が歪んだ………お涙頂戴のヒューマニズムが大好きなお前の妄想通りでなくて残念だったな、千冬?」

「………アリア、私はr」

 

 なおも食い下がってリキュール(アリア)と和解を道を模索する千冬だったが、不用意に忌み嫌う名を口にした彼女を暴龍帝は、瞬時に地面に叩き落すと同時に背中を踏みえつけながら吐き捨てるように言い放った。

 

「二度とその名を口にするなと言っておいたろう?」

「グッ………ガハッ!」

「私が胸に抱いたのは、絶望ではなく、『失望』だ………戦士の頂点を極めながら、弱者の都合のいい犬として生贄になることを自ら選んだ先生。そしてその跡を継ぐように、世界に都合のいい『英雄』として持ちはやされ、今やロクに戦うこともできずに生き恥を晒す貴様……」

 

 足に込める力を強めながら、その瞳には煮えたぎる様な、千冬への怒りと苛立ちに満ち溢れていた。

 

「ガッ!………ア……リ…」

「私に戦士としてのすべてを教え、生きるために戦えと教えておきながら、自分から死ぬ道を選んだ先生も……私を超える才能を持っていた貴様も!!」

 

 ―――手に届かぬ場所に行ってしまい、下らんものが溢れ返った世界に取り残された私―――

 

「五体満足ならば私と互角以上だったかもしれんというのに………弱者などにかまけおって!!」

 

 命を削りあう死闘を望みながら、それに見合う互角の技量を持つ者に恵まれない彼女にとって、今の千冬の姿は裏切り以外の何物でもないのだ。

 織斑千冬ならば、自分と互角に戦える。

 いや、ひょっとするなら自分よりも強いかもしれない。

 もしそうなら、なんという幸運か!

 自分が全身全霊を賭けて挑むに相応しい、自分よりも最強の者であってくれるかもしれない。

 

 だからこそ、こんな簡単に自分に捻られ、地面に這い蹲りながら情に訴えて自分を懐柔しようとしてくる千冬など、今のアレキサンドラ・リキュールには存在していることすらも憎悪に等しい嫌悪の感情しか持つことができないのだ。

 

「お前は私がなぜ先生の名を名乗るのか知りたがっていたな?」

 

 斬艦刀の切っ先を返し、今度こそ彼女の頭蓋を粉々にしようと狙いを定める。

 

「決別の為だ。古き『英雄』の名を、新しく『英雄(わたし)』の名として書き換えるためだよ………『アレキサンドラ・リキュール』とは最強の戦士であればいい! 弱者の都合のいい飼い犬などでは断じてなし!」

 

 切っ先に殺気が漲り、見下すリキュール(アリア)と見上げる千冬の瞳が交差した。

 

「陽太君と一夏君は私が責任を持って預かろう………今度こそ間違えん。最強の名を競うに相応しい戦士になるよう私が教育する。間違ってもお前のような中途半端な愚か者になどはせんよ………ではさようならだ、私の親友………私の愚かさの象徴!」

 

 そして先程までの敵意と殺気が嘘のように引き、それ以外の感情が入り混じった瞳で千冬を見下ろし、誰にも気取られぬよう、声を出さずに口元だけを僅かに動かして千冬に囁いた。

 

 

『お前も先生も、戦士をやるには優しすぎた』

 

 

 決別を誓った刃が、千冬に迫り、彼女の知覚領域はそれをゆっくりとしたスピードで捉えながら、諦めを受け入れるように静かに瞳を閉じる。

 

 

「……………」

 

 ―――所詮、先生の真似事しかできない私はここが限界だったか―――

 

 ―――一夏、やっぱり私は何もかも中途半端だったよ―――

 

 ―――姉としても、教師としても、ましてや英雄としては落第もいいところだ―――

 

 ―――世界を無理やり変化させ、師を助けることも、友を止めることもできず、私は自分が壊したものにすら背を向けていた―――

 

 ―――ISと関わり、間違った方向にいかないように見守ることが贖罪だとずっと考えていたの、世界は間違った方向へと進もうとしている―――

 

 ―――それを止めようと必死になって考えたことが、弟子達にすべてを押し付けてしまう事だなんて―――

 

 ―――アリア…………確かにお前の言うとおり、私は中途半端の塊のような人間だ―――

 

 迫る刃と、弟と弟子達が自分を呼ぶ声が聞こえてくる。

 

 ―――………だがなっ!―――

 

 彼女に迫る刃………だが、それを瞬時に首を捻って回避すると、反撃はおろか逃げる力すら残っていないと思い込んでいた暴龍帝の足元で、黄金の輝きを爆発させた。

 

「!?」

「だがっ!!」

 

 黄金の輝きが収まることなくヴォルテウス・ドラグーンを押し返し、千冬を再び起き上がらせると、彼女は咆哮を上げながら、果敢に斬りかかっていく。

 

「はあああああああああっっ!!」

「………千冬、お前」

 

 刀と刀の鍔迫り合いの中、どこにこれほどの力を残していたのかと疑う程の勢いで押してくる千冬の姿に、彼女はマスクの中で驚愕の表情を浮かべるのだった。

 

「だが………だが、私はっ!!」

「お前は、そうだったな…………そういう奴なんだ、お前は」

 

 千冬の在り方が『本当』に変わっていないことに、何処かホッとしたかのような声で話したリキュール(アリア)は、それがゆえに今の彼女がどういう心境なのか理解する。

 

「だからこそ、何も気がついていないのか………己自身のことすらも」

「うおおおおおおっ!……………!!」

 

 ―――ドクンッ!―――

 

 自分の中にあった『鼓動』が一際大きくなったかと思えば、全身から力が抜け、刀から勝手に手を離すと、倒れこむかのようにその額をリキュール(アリア)の胸に押し付けたまま、棒立ちとなってしまう。

 

「千冬姉!!」

「千冬さんっ!!」

 

 一夏と陽太の目にも、今の抵抗が正真正銘最後の力を振り絞ったもので、それが今突きかけようとしていること。

 それが千冬の命の炎が消えかけていることが手に取るように分かり、一夏は動かぬ身体を無理やり動かそうとし、陽太は待機状態のISを握り締めた箒の方を見て叫ぶ。

 

「動けよ、動いてくれよ白式ぃぃっ!!」

「まだかッ!!」

 

 『あと少しだ』という箒の声をうけた陽太が再び振り返り、生身でも助けに入ろうかと駆け出そうとする。

 

「……………」

 

 そして、胸に額をこすりつけ、荒い呼吸をしている千冬を見下ろしながら、リキュール(アリア)は哀れんだ声で彼女に話しかける。

 

「地面に這い蹲ろうとも、みっともないと言われようとも、お前は最後まで諦めんというのだな」

「あ………あ…」

「私が誤っていたようだ。お前はお前なりに貫こうと足掻いてたということか」

 

 弱々しい力で自分を殴ってくる千冬に、最早苛立ちも怒りも憎しみもわかず、ある意味『慈悲』としての一撃を繰り出そうと、彼女を手で突き放すと、足元がふらついてロクに立っている事もできない死にかけの千冬に、永遠の別れを告げる。

 

「これで本当に最後だ」

 

 ―――アリア………私は―――

 

「これで、無理に辛い現実を見る必要もない」

 

 ―――くそっ! まだだ、まだ駄目なんだ!!―――

 

 ―――わかってる、わかってる!! だけど!!―――

 

 ―――助けたいんだ! 守りたいんだ! これ以上何も失いたくないんだ!!―――

 

 ―――それだけは、本当なんだ! だから!!―――

 

「………さらばだ。千冬」

 

 ―――それでも………私は―――

 

 彼女が人間(ヒト)だった全てから決別しようと、渾身の一撃を振り下ろす。

 

 ―――間違っていたのかな?―――

 

 人生最後に考えた、彼女の自分を否定しようとした言葉。

 結局最後まで何もなすことなく閉じようとしている自分を、砕けようとした彼女の心を、繋ぎ止めたのは………。

 

「「間違ってなんかないッ!! 千冬姉(さん)ッ!!!」」

 

 暖かな、烈火と閃光だった。

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 千冬に斬りかかるリキュール(アリア)の刃を見つめながら、絶叫した一夏だったが、彼の意識が急激に白い光に襲われ、気がつくと、一夏を除く全ての存在がモノクロの灰色と化して動きが止まってしまう。

 

「これはっ!?」

 

 すでに三度目となるこの現象を、一夏は特に驚くことなく、むしろ瞬時に思考を切り替えて好都合だと思い、叫んだ。

 

「白騎士ッ!! 何処だよッ!!」

『私は………ここだ』

 

 そして名を呼ばれた『白い甲冑を纏った手に剣を携えた黒い髪の女性(IS)』は、一夏の背後から声をかけてきた。

 彼女………この世界でもっとも最初期に作られたISである『白騎士』に、一夏は堪えきれない怒りをぶつけた。

 

「ふざけんなっ!! どうして動いてくれないんだ!?」

『……………』

「お前は俺の味方じゃなかったのかよ!! それに千冬姉は最初のお前の操縦者(マスター)だったんだろ!? なんで助けるのに力を貸してくれないんだよ!!」

『……………』

「何とか言えよ! 白騎士!!」

 

 何も言い返してこない白騎士に、苛立ちを込めた言葉をぶつける一夏だったが、当の白騎士はというと視線を外したまま、黙秘を決め込むだけであった。

 

「白騎士ッ!!」

 

 だが、黙られたからと言って、ハイそうですかと引き下がる一夏でもない。意地でも白騎士には助力してもらおうと彼女に向かって語気を強めてしまうが、そんな一夏の叱責に耐え切れなくなったのか、白騎士は、涙を貯めた瞳で一夏を睨み、彼に反論してくる。

 

『私だって、助けていいものなら助けたいさ!!』

「だったら、なんでっ!!」

『だがこれ以上もう千冬が苦しむ姿を私は見たくない!! ただでさえ彼女は、君を守るために・』

「!?」

 

 白騎士が言い淀むのを一夏は見逃さなかった。

 

「俺を守るために………千冬姉はどうかしたのか?」

『ち、違うッ! 今のはっ!!』

「答えてくれ、白騎士っ!! 俺は全部知りたいんだ!!」

 

 一夏は、何も隠し事をしている千冬を責めたいのではない。

 今の一夏には千冬がなぜ自分にひた隠しにしないといけないことがあったのかを理解することができるだけの器量を持ち合わせている。

 

「千冬姉は、アレキサンドラ・リキュールって先生が本当に大好きだったんだよな」

『!!』

「俺………千冬姉があんなに泣いてる所見たことなかった」

 

 いつも自分を安心させる余裕の笑みか、自分を諭すために怒っているか、それとも鉄仮面のように無表情か、千冬の表情と言うものは基本この三つだけだった。

 それについて一夏は不満を今まで覚えたことはなかった。できるならもっとリラックスした表情を見てみたいなとは思うことは度々あったが………。

 

「千冬姉は、あんなに誰かの前で泣いたことなんてないはずなのに………俺、信用されてなかったんだな」

『!?』

「あの先生の前の方が、よっぽど千冬姉は心を開いてたんだろ?」

 

 自分の前で完璧な姉を演じようとしていた千冬が、相当無理をしていたのだと、まざまざと見せ付けられたような気がしたのだ。

 

「俺のこと、世界のこと、色々一人で背負い込まされちまって………誰にも何も言えずに」

『それは違う、一夏』

「だけどっ!!」

『違うよ………きっと千冬ならこういうハズだ』

 

 姉そっくりな外見をした女性は、己の無知を恥じる少年に優しく諭してくれた。

 

『全て自分で決めて引き受けた。誰に命令された訳でもなく………なにもかも、とな』

 

 自分に道を示してくれた恩師がそうしたように、と言葉を加えた白騎士は、改めて一夏の方を見る。

 

『彼女、アリア・ウィルが話していた事について、一つ加えられていない真実がある』

「えっ?」

『どうして千冬はアレキサンドラ・リキュールを殺さねばならなかったのか、ということだ』

 

 白騎士は一度だけ瞳を伏せると、何かを決意したかのように一夏を見て、それを告げてくれる。

 

「世界の平穏を守る………ためじゃないのか?」

『それはあくまでも世界側の建前でしかない。それとも千冬は建前で人を、恩師に刃を突き立てられる人間だと思っているのか?』

「そんなわけあるかよ!!」

 

 見損なうなよ! と若干怒り心頭な表情になる一夏を、暖かく微笑むのだった。

 

『そう………アレキサンドラ・リキュールは、予め時限式のタイマーで核攻撃を行う場所を選定していた………最初の砲撃の地は、日本の首都………東京』

「えっ?」

『………10年前、お前がいた街だ」

 

 一夏の表情がその言葉で一気に凍りつき、そして白騎士が何を言いたかったのか、あの時何故千冬が怯えた表情で自分を見たのか、理解し、顔を伏せながら呟いた。

 

「なんで………そんなこと…しないと………いけなかったんだよ?」

『………アリア・ウィルの言った通り、アレキサンドラ・リキュールは世界を平和に導こうとしていた。そしてその平和を乱す元凶が自分自身であると、自分が死んでも英雄としての名は残り、それが大きすぎる争いの火種になると理解していた』

「………だから?」

『討たれることを望んだ。滅ぼされることを望んだ。そして跡を継ぐ者達に全てを託し、汚名だけを背負って、何処にも名を残せない、犯罪者として永遠に責め続けられる道を選んだ』

「…………」

 

 一夏の瞳から涙が流れ、地面を打った時、白騎士はその手をゆっくりと一夏の頬に触れ、そして彼女もまた涙を流しながら、彼と瞳をあわせる。

 

『千冬が選ばれたのは、彼女が正しい道を選べるからだ………だがその正しいはずの道は、あまりに彼女に残酷だった。苦痛を与え、悲しみと孤独を背負わせる。しかし当時の彼女にはそこまでの強い意志はなく、だが世界は待ってはくれない。だから彼女(英雄)は「理由」を作ったのだ』

「………おれ……が…いたから……なのかよ?」

 

 最愛の姉が、最愛だったはずの恩師を殺した理由が自分だったと言うのかと問う一夏に、白騎士はゆっくりと首を横に振る。

 

『お前がいてくれたから、千冬は今まで生きてこれたんだ。お前の存在が、どれほど助けになっていたのか、私はちゃんと知っている』

 

 彼女は自分の涙をぬぐうと、改めて一夏に問いかけた。

 

『私が話せるのはこれだけだ。後はお前に全て任せる』

「………ああ!」

 

 そして自分の涙を拭った一夏は、今度こそはっきりと自分の意志を白騎士に伝える。

 

「俺は………俺は千冬姉を助けたい!」

 

 一夏が手を前に突き出し、力強く言葉を紡ぐ。

 

「白式!!………俺に力を貸せ!!」

「イエス! 私の誇り高き主(マイ・マスター)!」

 

 一夏の手を掴んだ白式が、激しく輝き、そして彼の世界は白い閃光で包まれるのだった。

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 白式のツインドライブが、まるで歓喜の声を上げるかのように唸りをあげて稼動し、同時に箒の手の中にあった紅い光が収まる。

 

「陽太ッ!!」

 

 放り投げられた待機状態のISを受け取ると同時に駆け出す陽太を追い抜き、一夏は雪片弐型を両手で持ちながら、ヴォルテウスの斬撃に自分から突っ込んで、斬艦刀と真っ向から鍔迫り合いを行ったのだった。

 

「うおおおおおおおおおおおっ!!」

「!!」

 

 一夏が千冬の呪縛を自分の意志で解き放った事と、ツインドライブの予想以上の威力に流石の暴龍帝も驚きが隠せないでいた。

 

「(まさか、この局面で成長してくるとは!?)」

 

 如何にISの性能が良かろうが、操縦者としても生物のポテンシャルも自分の方が遥かに上であるにも拘らず、一夏は真正面から自分の斬撃を受け止め、あろう事か押し返そうという勢いを見せてくる。

 

「よそ見すんなっ!!」

 

 そしてその場面でもう一人、全身重傷であるにも拘らず、箒によってシールドエネルギーが全快となってはいるが装甲がボロボロのブレイズブレードを身に纏った陽太が、ついに暴龍帝が見せた致命的な隙を突くかのように、懐に潜り込みながら、渾身の必殺技を直撃させた。

 

「はあああああああああっ!!」

 

 フルパワーのフェニックス・ファイブレードが、ヴォルテウスの装甲と激しく反発し合い、スパークと衝撃波が再びアリーナに起こる。

 

「一夏っ!!」

「陽太っ!!」

 

 そして互いの名を呼び合った二人が、目もあわせることなく、同じ言葉を叫んだ。

 

「「押し切れっ!!」」

 

 閃光の刃が龍の牙を大きく弾き返し、烈火の炎が無敵の装甲に僅かなヒビを入れながら、その巨体を大きく後方に押し返していく。

 

「「ハアアアアッ!!」」

 

 互いに、それだけ。倒すとか後に作戦を続けるとか、そんな意識もないまま、ただ我武者羅に自分の全力を振り絞る。

 

「くっ!!」

 

 そして、後方に押されながらも踏み止まり、改めて前方を見た『暴龍帝』アレキサンドラ・リキューリは、千冬の前に立って、彼女を守るように陣取る二人の若者を見ながら、不思議な気分を感じていた。

 

「(………懐かしい)」

 

 ふいに感じたその感情が何処からわきあがっているのか?

 その理由を考えていた彼女は、すぐに思い出し、そして誰にも悟られないように口元に僅かな笑みを作りながら、フラフラな千冬に問いかけた。

 

「……………千冬、返事はなくていい」

 

 言葉を発する余裕もないだろう親友に、彼女は確信を持って問いかける。

 

「この二人を、お前は先生が待ち望んでいた子供達だと、確信しているわけだな」

 

 自分達が最も敬愛した恩師が、昔してくれた話を思い出すリキュール(アリア)。

 

『今日は貴方達に質問があるわ』

 

 ―――自分と千冬を同時に相手をしながら、息一つ切らさずに優雅に立つ恩師は問いかけてきた―――

 

『仮に貴方達が100万の軍勢を相手にするとして、一番大事なものは何だと思う?』

 

 ―――打ち合い稽古の後、汗だくの私と千冬と、そして稽古をお菓子を食べながら見ていた束がそれぞれ答える―――

 

「100万の軍勢を凌駕する武力!」

「馬鹿が、そんなことにならない事前の交渉が大事なんだ。武術の奥義は戦わないことですよね、先生!」

「違うよ、ちーちゃん! 大事なのは核兵器なんかによる抑止力だよ! 交渉とかしたって人間は約束すぐに破るんだから」

 

 ―――そしていつも通り、自分達の持論をぶつけ合う三人を見ていた先生は、微笑みながらこう言った―――

 

『確かにそういうのも大事だと思うんだけどね………私はね、思うの』

 

『それが宿っている人は、きっと奇跡を起こすって』

 

『何故なら、その人は何度倒されてもきっと立ち上がってくる。そう、何度でも何度でも』

 

『海のように大きく、空のように清んだ『それ』を持っている人は、決して諦めず、どんな困難に直面しても、必ず超えてみせるって』

 

『だから、忘れないで………それは戦場だけじゃない。貴方達が生きていく上で、絶対に必要な物で、それがあれば、きっとどんな挫けそうなことでも乗り越えることができるわ』

 

 ―――そう、やさしく微笑んでいた先生は………最後に、『それ』の正体を教えてくれた―――

 

「………よかろう。ならばハッキリとさせようではないか」

 

 暴龍帝は、左手を地面に突き刺さったままの斬艦刀へと向ける。

 

「君達が、本当に『あの人(英雄)』の意志を継ぐ者だというなら、私と戦うのは必然だ」

 

 瞬時、地面から一人でに抜けた刀が宙を舞い、暴龍帝の左手に握られる。

 

「だが容易く超えられると思うなよ? 私という嵐は生温くない!」

 

 そしてついに、暴龍帝が二本の刀を両手に持ち、構えてその切っ先を陽太と一夏へと向けたのだった。

 

「風に折られて地面を這う翼になど興味もない! 次代を行くというなら、私(嵐)を超えてみろ!!」

 

 彼女の身体から発したプレッシャーが、今日一番の重さになるのを感じた陽太と一夏は、背中に大量の汗をかきながらも、お互いを見ながら問いかける。

 

「ビビッたなら別にいいぜ。下がってても」

「そっちのほうこそ! 全身アチコチ痛いんだろうから、カール先生に診ててもらえよ!」

 

 そして前を向き、陽太はフレイムソードを下段に構えながら、正直な気持ちを一夏に伝える。

 

「すまん。今の嘘だ………今はお前が必要だ」

「!!」

 

 その言葉、一夏がずっと待ち望んでいた言葉を、この瞬間、それも千冬を守るために陽太が言ってくれたことに、たまらないものがこみ上げきた一夏は、喜びの言葉を上げる前に、陽太の方に拳を突き出す。

 

「………へへっ」

「………勘違いするな、今回だけだぞ、アテにするのは!」

 

 そしてその意図を陽太が読んだのか、心底イヤイヤそうにしながらも、迷うことなく拳を音がなるほどに合わせ、陽太は自分のISにも話しかけた。

 

「(ブレイズ………奥の手使うぞ!)」

「(陽太っ!!………了解!!)」

 

 最早出し惜しみする場面ではない。自分の限りを尽くすことを決意した陽太は、己の正真正銘最後の『切り札』を使うことを決断した。

 

『単一仕様能力(ワンオフ・アビリティー)、極大烈火砲撃(ウルティマプラズマ)、スタンバイ!!』

 

 取るべき手段はそれしかないのだと理解していたのか、相棒(IS)も素直に従ってくれる。そんな中、陽太は一夏だけではなく、後ろにいる彼女たちにも声をかけたのだった。

 

「アテにするのは、皆もだ」

「「「「「!?」」」」」

 

 後方にいたシャル達にも陽太は声をかけ、彼女達の闘志を確かめた。

 

「任せて!」

「いつでもいけるぞ!」

「ドンと来なさい!!」

「狙い撃ちますわ!!」

「みなまで言うな!!」

 

 全員がまだ折れていない。まだ戦える。

 そのことを確信した陽太が、後ろにいる千冬にこう告げるのだった。

 

「よ~く見てろよ千冬さん………アンタが集めた俺達は、絶対に誰にも負けやしねぇーんだってな!!」

 

 力強い言葉を言い放つ陽太に、一夏に、シャル達を見ながら、アレキサンドラ・リキュールは、己が否定しようとする恩師『アレキサンドラ・リキュール』の言葉をハッキリと心の中で響かせたのだった。

 

 

 

『そう、どんな困難にも負けず、立ち上がる『勇気』を持っている人には、きっと奇跡が宿っている………そんな人が、きっと自分も世界も変えていくんだと私は思っているの』

 

 

 

 

 

 






英雄の名はアレキサンドラ・リキュール

亡国機業創設メンバーの中心人物であり、伝説的な兵士であり、存在自体が世界に影響を与えてしまう、それゆえの責任を一人で全うした稀有な人物

そして三人に多大な影響を与え、彼女達に本当に愛し慕われ、それゆえに三人の決別を決定付けてしまいます


親方様と千冬さん、親友であるがゆえに、お互いが「何でお前にそれがわからない!?」状態になってしまって、やっぱり話は平行線になってしまった今回。
でも最後になって、千冬さんが見つけた子供たちを見て、親方様はある意味『試す』気にはなってくれたようです


さてさて、次回はいよいよIS学園VS暴龍帝のファイナルラウンド!

火を噴くか、陽太の切り札! それすら凌ぐか、暴龍帝の二刀流(本気モード)!?

そして三人の中の最後の一人、篠ノ之束の動向は如何に!?


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