IS インフィニット・ストラトス 〜太陽の翼〜   作:フゥ太

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更新するのに、これほど時間がかかるとは………


はい、ということで親方様無双回第二段!





敗れる炎帝

 

 

 

 

 ―――ISの登場から10年―――

 

 ―――その月日の中で生み出されたISは数知れず。そしてその中で生み出されたIS達には一つの共通項があった―――

 

 ―――シールドバリアがあるとはいえISは有人稼動が大前提―――

 

 ―――如何に敵の攻撃に当たることなく、自分たちの攻撃を当てるのか?―――

 

 ―――攻撃と防御の試行錯誤―――

 

 ―――その歴史の中で、もっとも異質の進化を遂げたISが存在した―――

 

 ―――通常のISに使われている装甲の数十倍という圧倒的密度と質量。敵の攻撃を『回避』する必要がないほどの圧倒的な防御性能。その防御性能をそのままに転化された格闘性能によって、武器を用いずに敵を一方的に蹂躙する攻撃力―――

 

 ―――ISの常識を『破壊』する暴力の王―――

 

 ―――それを扱うのも、暴力に秀でた暴君―――

 

 

 

 

 ―――暴力と科学が高次元で融合した最強のISが、炎の空帝を蹂躙し始める―――

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

自分の目の前から突如消え去り、アリーナ内部の戦闘の余波を守るために特別頑丈に作られたはずの障壁を突き破り、客席の最上段辺りまで吹き飛ばされていることに気がついた一夏が振り返ったとき、そこに物言わぬ状態でピクリとも動かぬ陽太の姿を見つける。

 

「………ウソだろ?」

 

 自分がいつも見ていた、知っていた、憧れていた陽太が、一分間で全力を出し切った攻撃を行ったにもかかわらず、まったく敵にダメージを与えられなかったこと。

 そしてその敵が繰り出した、ただの一発の攻撃でほぼ戦闘不能に追い込まれてしまっていること。

 

「ヨウタッ!」

「!!」

 

 一夏だけではなく、皆がその光景に呆然となり、シャルだけが陽太を助けに行こうとするが、それを箒がなんとか押し止める。

 

「………いい動きだったよ」

 

 そんな中、陽太を場外まで吹っ飛ばしたアレキサンドラ・リキュールは、自分の右肩を撫でながら褒め称える言葉を吐くと、眼前の獲物に喰らいつこうと再び身構えた。

 

 対し、遮断シールドをぶち破って客席まで殴り飛ばされた陽太はというと、客席の残骸にメリ込みながらも、砕けた小さな破片が右手に当たった衝撃で意識を取り戻す。

 

「お………れ……」

 

 自分自身に何が起こったのか、コンマ数秒間呆然とするが、突如腹部から押し上げてきた『熱い塊』を抑えることができず、口から無理やり吐瀉する。

 

「おっェッ!」

 

 ブレイズブレードのマスク越しにすら流れ出た真っ赤な液体を地面にぶちまけた陽太の姿に、通信映像越しにカールが叫んだ。

 

『マズイッ!? あの吐血量………内臓が!?』

「ヨウタァ!?」

「!?」

 

 自分達の隊長がただの一撃で与えられた被害にIS学園サイドが驚愕する中、殴り飛ばされた陽太はというと、皮肉なことに腹から全身に伝わる痛み、不快感、そして横隔膜が限界にまで競り上がり肺を押し潰してしまっていることによる呼吸困難によって意識が現実に引き戻され、そして完全に自身が死に体になっていることを認識し、そして焦っていた。

 

「(吐血ッ……内臓やったか……口の中鉄の味しかしない!)」

 

 腕を動かし体を起こそうするが、それすらも全身鉛で固められたかのような重さと不自由さでままならない。

 だがそれを待ってくれる相手でもない。

 

「(奴はッ!?)」

 

 動かぬ身体を無理やり起こして敵の姿を捉えようとした時、すでにその巨体は眼前にまで迫っていた。

 

「いいぞ、その程度で死なれては興醒めもいいところだ!」

「!?」

 

 高質量からくる超重量とは思えない俊敏な動きをして、一瞬で陽太の前にまで飛んできたヴォルテウス・ドラグーンは、龍の蹄といえる飛び蹴りで地面にうずくまる空の帝王を蹴り貫こうとする。

 

「(動けッ!)」

 

 身体が動かないなど言っている場合ではない。このままでは次の瞬間自分の身体は木っ端微塵になるか、上半身と下半身が分断されてしまう。瞬時に判断した陽太は、右手に持っていたヴォルケーノの引き金を『地面』に向かって発砲する。

 

 ―――着弾と同時に爆発する客席―――

 

 そして、爆風に吹き飛ばされたブレイズブレードが空中に飛び出し、ゆっくりと地面に向かって落下していく中、ほんの僅かだが手足の自由を取り戻した陽太は回転しながら地面に着地し、急ぎ呼吸を整えようとする。

 

「ガハッ!」

 

 口から吐き出された血を気にする暇もなく、手で無理や拭うと顔を上げて客席を睨み付ける陽太。

 

「…………中々恐ろしい子だ」

 

 そして客席を粉々にしながらゆっくりと立ち上がったリキュールは、その場からつま先だけで飛び上がると、ふわりとした軌道でゆっくりと降下しながら地面に降り立とうとする。

 

「まさか自分が動けないと察するや否や、火球の爆発を利用し、自分の真下を爆破して私の攻撃から爆風で逃れるとは」

 

 地面に降り立った途端、足元を陥没させ、アリーナ全域を振るわせる振動を起こして立つヴォルテウス・ドラグーンは優雅な足取りで陽太に近づきながらも彼を賞賛する言葉を発した。

 

「それだけではない。先ほどの攻撃の際も、反応が遅れながらも私の攻撃に対して、直撃するよりも前にキックを放ち、ヒットポイントをずらしたね?」

 

 『大体三割ほどの削られたか』と付け加えるリキュールに、彼女が依然として余裕を崩さぬことが腹立たしくなったのか、それとも隙だらけで接近してくることに腹が立ったのか、フレイムソードを手に取ると、普段の半分ほどの速度になってしまった動きだったが、激昂して彼女に正面から斬りかかる。

 

「!!」

「ほう、その闘志。やはり見上げたものだが………」

 

 自分の攻撃をまともではないものの、正面から受けていながらこの短時間でここまで回復した相手は初めてであったが、しかし正面から斬りかかってくるというのは少々幼すぎた。

 

「感情をもう少しコントロールする術を身に着けなさい」

 

 元気がある子は大好きであるが、この場は戦場である………そんな言葉を含んだ警告を含んだ左ストレートを放とうとするリキュールだったが、すぐさま異変に気がつく。

 

「!?」

 

 ―――ブレるブレイズブレードの姿―――

 

「(残像だと?)」

 

 正面から斬りにかかったと見せかけて、残像で目晦まして自分の死角に陽太が入り込んだ事を理解したリキュールは、すぐさま振り返る。

 

「トロいぞっ! 爆乳ッ!!」

 

 一瞬で背後に回りこんだブレイズブレード渾身の突き………通常のIS相手なら絶対防御も貫く一撃であるはずなのだが、陽太は手元に感じた手応えに、確信と絶望を同時に覚えた。

 

「………ありえねぇ防御性能だな」

 

 カチカチとなるフレイムソードの切っ先が、ヴォルテウスの背中に突き刺さる………ことなく、傷一つつかずに跳ね返したのだ。

 

「(どんな装甲素材使ってんだ!?)」

「まさか短時間でここまで動けるようになるとはな………君はやはり油断がならん」

 

 ゆっくりと振り返る黒き龍の紅玉の瞳に、背筋を凍らせた陽太がすぐさま飛び去る。

 大げさとも取れるほどに間合いを開くこと20m………地面に立ちながら、荒い呼吸をしつつ相手の出方を伺う陽太を見つつ、彼女の視線が一夏、そしてジークを捉え、彼女は再び語りだす。

 

「いいだろう。陽太君が回復するまでの間、少しだけ話をしよう」

「?」

 

 彼女はゆっくりと人差し指を上げると、こう切り出す。

 

「私は先ほど、強者による世界を作るといった。だが、ここにもう一つ大切な話がある」

「?」

「?」

「そう………君達が、そして私が、何をもってその者が強者であると捉えているか………だ」

 

 突然始まった話に、全員が唖然とする中、彼女の話は続く。

 

「そして強者とは無論、『強い力を持つ者』のこと指す………では、聞こう。皆の者」

 

 まるで講義を受けに来た生徒に、話を聞かせる大学教授のように彼女は一層の事、知的で優雅な振る舞いで一夏に、そしてジークに問いかけながら、話の主題を切り出す。

 

「議題は………『強さとは何か?』だ」

 

 そして再び陽太のほうに振り返ると、彼女は彼が驚異的な速さで全快に近い所まで回復しつつあることを察知し、再び身構えた。

 

「実地を兼ねて、戦いながら講義を続けよう」

「舐めやがって………」

 

 この時、リキュールが戦う前に言っていた『へし折る』という意味をようやく陽太は理解した。

 

「つまり、お前は………俺と真剣勝負する気なんざ、はなからないのか!!」

 

 戦いながら講義するほどの余裕がある………つまり、彼女にとって自分は片手間で相手にできる不出来な生徒同然なのか。こう解釈した陽太は決意する。

 

「へし折るのは俺のほうだ」

 

 目の前の空前のISと操縦者の自信をへし折ってやると………。

 

「私は別段手抜きをする気も、君を愚弄する気もないんだがね」

 

 陽太の気配が変わったことを察知し、次に何を見せてくれるのかと楽しさがこみ上げてくるリキュールは、寧ろあえて彼が怒ることを前提にこの言葉を発して見せた。

 

「私も君に言いたいことがある」

「?」

「危機感が足りていない………私が君を優しく負かすとでも思っているのかい?」

 

 ギリィッと歯を砕きそうになるほどに食いしばった陽太に、彼女は傲慢に言い放つ。

 

「早く私に見せなさい。君の『チンケ』な全力とやらを………でないとあっさり殺してしまうよ?」

「!?」

 

 ―――ブチッ!―――

 

 キレた。

 15年生きてきた中で、火鳥陽太がキレたことは数あれど、ここまで本気でブチ切れたことはない。そう断言できるほどブチギレた陽太が、吼えた。

 

「ブッ!!!殺すッ!!!」

 

 背中のウイングを広げ、大量のプラズマ火炎を発生させつつ、彼はそれをウイング内部のスラスターに吸引させていく。

 

「?」

「なんだあれは?」

 

 箒とラウラ、長くISに関わってきた二人すらも理解できない陽太の行動に、セシリアと鈴からも不思議そうな声が出る。

 

「瞬時加速(イグニッション・ブースト)? でもあそこまで大量にエネルギーを吸引するなんて………」

「あのまま飛んだら、取り込んだエネルギーの逆流で暴発して火を噴くわよ!」

 

 同時に、その光景を見た竜騎兵とマドカにも、陽太の行動が何を意味しているのかわからず、首を傾げてしまった。

 

「なに、アイツ?」

「ヤケクソか?」

「普通にあのままだと暴発して、失速反転しちゃいそうですが」

「でも………何か昔、どっかで聞いたことがあるような」

「………ジーク?」

 

 相棒であるジークの様子がどこかおかしいことに気がついたマドカが彼に問いかける中、陽太が行おうとしていることが何なのか、直感的に感じ取ったジークはどこか落ち着かない様子で生返事を返す。

 

「(前傾姿勢なのは相変わらず、完全に突撃(チャージ)を仕掛けるつもりだ………だったらあのプラズマは何なんだ? デカイ砲撃放つ感じじゃないし………まさかな)なんでもねぇーよ」

 

 そっけない返事を返され、若干不貞腐れるマドカの変化すら気がつかないほどに二人の戦いに熱中するジーク………そして彼と同じぐらい、陽太とリキュールの戦いに見入る男がいた。

 

「フゥー! ンゥー!」

 

 息をすることすら忘れかけるほどに、二人の戦いに見入ってしまい鼻息が荒くなった一夏は白と黒のISのやり取りを一挙手一挙足見逃さないように、食い入るように戦いを見つめる。

 彼自身、陽太の明らかな窮地である以上すぐに助けに入りたい気持ちは山々あるのだが、それ以上に、こみ上げてきた原因不明な気持ちが彼の出足を鈍らせていた。

 

 ―――凄い操縦者の戦いを見たい―――

 

 心の表層よりも遥かに深い場所から湧き出てきたその言葉に、逆らうという気持ちになる事すらできずに素直にそれに従う一夏の熱い視線を受け、陽太が言い放つ。

 

「泣いて謝るなら今のうちだぞっ!?」

 

 そんなことをするはずもないという確信を持ちながらも、あえて言い放った挑発の言葉。

 

「フフフッ………何をしたいのかは理解したが、出来るのかい? その『技』はまだ実戦では成功させた者がいないと聞いているんだが?」

 

 が、その言葉をまったくスルーしてきたリキュールのある種の天然な行動に、陽太は更に怒りを燃やして吠えた。

 

「話し聞けよ!!」

 

 ジェット機のエンジンのように、自身で発生させたプラズマ火炎をスラスター内部に吸引したブレイズブレードは、一瞬の静寂の後にすさまじい轟音を鳴り響かせながらスラスターを吹かし始める。

 

「いい加減、その上から目線の話し方をやめろぉぉぉっ!!」

 

 

 ―――空気の壁を突き破って、忽然と姿を消し去るブレイズレブレード―――

 

 

『!?』

 

 リキュールを除いた全員が驚愕し、そして陽太の姿を必死に探し始める。

 

「「奴はっ!?」」

 

 この場において最高の動体視力を持つジークと、自身の眼帯を取ったラウラの二人が、同時にその瞳を黄金に輝かせ、陽太の姿を追おうと必死に捜索を開始する。

 そしてその様子は司令室にいた千冬達にも当然伝わっていた。

 

「何がいったいどうして?」

「あれも陽太君のISの性能なのか?」

 

 下にいる生徒達同様、何が起こったのか理解できなかった真耶とカールであったが、そんな中、一人画面を睨み付けていた千冬がポツリともらす。

 

「あれは………神速機動術(バニシング・ドライブ)」

「!?」

 

 その千冬の言葉に、真耶が悲鳴に近い音量の驚愕した声を上げる。

 

「世界的にまだ理論上の話って言われてる、あの幻のブースト系最高難易度技術ですか!?」

 

 

 神速機動術(バニシング・ドライブ)………瞬時加速(イグニッション・ブースト)などで見られる『エネルギーを取り込んで爆発的な加速をする』ブースト系の技術の中で、理論上は可能と言われているものの実戦において成功させたものがおらず、近年、ほんの一握りの操縦者が偶然成功させた事がある程度の事例しか報告を受けていない最高難易度の技術を、自身が受け持っている生徒が使っている事に、真耶が驚くのも無理は無い。

 

「エネルギーを暴発レベルまで取り込みつつ飛行を維持する技術と、限界を超えた加速度においても失神しない強靭な肉体の双方が必要とされているために、映像ですら確認されていない技だ。私も初めて見たが………陽太がここまで成長しているとは」

 

 皆が驚愕するほどの成長を見せ付けた弟子に対して、本来なら祝福の言葉の一つでもかけてやりたい千冬だったが、彼女は既に気がついていた。

 

「だが………陽太! お前は勘違いしているぞ!!」

 

 

「そう、君は勘違いしているな」

 

 この時、千冬とまったく同じ意見を持っていたリキュールは、既に陽太が何を狙っているのか正確に把握し、それでは自身を追い込む事は無理だと判断して腕を再び組んで、静かにたたずんでみせる。

 

「どうした? せっかく私が捉えられない速度で動き回っているんだ? 君は逃げるために神速機動術(バニシング・ドライブ)を使用したわけではないだろう?」

 

 まるですぐそばに陽太がいるかのように話しかけたリキュールだったが、突如彼女の顎が跳ね上がる。

 

「!?」

 

 遅れて鳴り響く鈍い金属音………そして今度は続けざまに首が右、左にとピンボールのように跳ね返ったのだった。

 

「親方様ッ!?」

「奴かっ!!」

 

 突然の異変に心配して声を出してしまったフリューゲルと、何が起こっているのかを把握したジークの目が忙しく動き回る。

 

「まさかアイツ………これだけのスピードを持っていたとは」

 

 ジークすらも驚くほどのスピードで、リキュールの知覚範囲外からの攻撃を仕掛ける陽太に、全員が目を剥く中、当の本人も若干ご満悦な様子で、自分以外の全てが止まった世界を満喫してた。

 

「(フッフッフッ!! 驚け皆の衆! そして爆乳にトリガラ!! 本当は今度あの墨色の貧弱野郎(トリガラ)の小便ちびらせるために取っておいた俺の切り札一号だ!! 使ってやるのを光栄に思え爆乳!! そしてこのまま木偶のように打たれてボロ雑巾になっちまえ!!)

 

 彼女の死角に超高速で滑り込みながらの一撃離脱攻撃で、リキュールに怒涛の反撃を仕掛ける陽太は、相手が完全に自分の速度域に追いつけていないことに気分が高揚しつつも、もう一つの気がかりを覚えてもいた。

 

「(爆乳は俺のスピードには反応できていない! だが攻撃が通らん!)」

 

 いくらスピードを上げて攻撃を当てることができるようになっても、ダメージが通らないなら意味がない。

 

「(銃撃もプラズマ火球もダメージが通らん。スピードをいくら上げても打撃じゃやっぱりたかが知れてる………やはり斬撃(コレ)しかないか!)」

 

 このスピードで当てることには若干の不安はある。タイミングを間違えれば装甲を相手の肉体ごと斬り裂くことすらあり得る。そのためになんとかできないかと思案していた陽太だったが、迷いを捨て、自身の技量を信じて踏み込むことを決断する。

 

「死んでも恨むな!」

 

 更に加速してヴォルテウスの斜め後方から急接近するブレイズブレード。

 

「速度を上げて死角から回り込み、速度粋に追いつけない私に多段ヒットでシールドを削る………理屈としては間違ってはいない」

 

 ―――迫る炎を纏った白刃―――

 

「しかし………」

 

 振り返ることなく………。

 

「君は二つの可能性を見落としているよ」

 

 背後から迫ってくる相手にそう警告したリキュールは、陽太の攻撃を敢て受け止める選択をする。

 

 ―――逆手で持ったフレイムソードと、ヴォルテウスの漆黒の装甲が激突する―――

 

「!?」

 

 一瞬の静寂がアリーナに訪れ、誰もが息を呑む。

 

 ―――プラズマ火炎を纏ったフレイムソードが、まったく装甲に食い込んでいない―――

 

「………んなっ!?」

「駄目じゃないか」

 

 呆然と仕掛けた陽太の意識を取りも出せるように、リキュールはプラズマ火炎を纏った刃を直接掴むと唸りを上げる豪腕で、陽太を地面に叩きつける。

 

「ガハッ!!」

「止まってしまっては、せっかくのスピードに乗って私を掻き回す目論見がご破算だよ?」

 

 大地を砕いて陥没し、その衝撃で吐血してしまう陽太の姿に、仲間達は助けに入ろうとするが、それを制する者がいた。

 

「諦めろ」

 

 漆黒のIS………ディザスターを纏ったジークは、静かに手を差し出すと一夏達の行く手を遮ったのだ。見ればマドカやフリューゲル達竜騎兵達も同じように武装を展開せずに静かに大地に降り立ち、二人の戦いを見守っていた。

 

「退けっ!! 邪魔すんならお前達から………」

 

 雪片を展開して構えた一夏が強行突破しようとするが、ジークは不機嫌な様子そのままに、言葉を強めながらも割って入ることを制止する。

 

「お前が行ったところで何にもならんから行くナッ! お前を殺すのは俺だ。今行って『物のついで』に殺されたらたまらん」

 

 若干の苛立ちを込めながらも、ジークは淡々とした様子で言い放つ。

 

「ああなっちゃもう駄目だ。火鳥陽太はここで死ぬ」

 

 彼の中ですでに確定している事実………亡国最強の個人戦闘能力を有すると言われるアレキサンドラ・リキュールと正面切って一対一で戦うことを選んだ時点で、火鳥陽太の命運は尽きていたのだ。

 

「(だから奴と戦う前に俺と戦っておけば………クソガキ、力量も弁えずに粋がった結果がそれか?)」

 

 内心、自分の手で倒したかった好敵手(ライバル)になれたかもしれない男が無残に散っていくを、彼自身も苛立っていた。

 

「そんなことはどうでもいい!」

 

 だがそんなジークに、アサルトライフルとショットガンの両方の銃口を向けたシャルが道を空けろと力ずくの要求をする。

 

「早く退いてッ!! 私達は陽太を助けるんだ!!」

「甘っちょろく泣いてる奴が役に立つか………数を揃えればどうにかなる相手じゃねぇーんだよ。それにな………」

「?」

 

 ジークがゆっくりと親指で指した先………そこには震えるセシリアの右手があった。

 

「なっ! ち、違います!! これは!!」

 

 指されている事に気がついたセシリアが慌てて右手を掴みながら必死に抗議するが、ジークはそれをさして不思議がらずに、さも当然であるかのように話を続ける。

 

「あの女の恐ろしいところは『それ』なんだ」

「なんだと?」

 

 両手に刀を構える箒が何のことを言っているんだと問いかけると、彼はこう答えた。

 

「人間の心をへし折る最も強い力………アイツは、それを持ってるんだよ」

 

 

 地面から何とか立ち上がり、もう一度フレイムソードで攻撃を仕掛けようとした陽太だったが、彼は再度の攻撃を仕掛けることができずにいた。

 

「くっ………こんのぉっ!!」

 

 全力を持って引き抜こうとするが、万力で挟まれたいるかのようにヴォルテウスに握られたフレイムソードが抜けないのだ。更に炎の出力を上げて弾き飛ばそうとするが微動だにする気配がない。超高温のプラズマ火炎がまるで意味を成さないのだ。

 

「放してほしいのかい?」

「くっ……そったれ!!」

 

 余裕綽々なリキュールに見下ろされながら、陽太は自身と敵との力量の差を感じながらも、弱気になりそうな気持ちを振り払って闘志を奮い立たせる。

 

「(この野郎………)負けてやるかよぉっ!!」

「おやっ」

 

 陽太の闘志が萎えていない事が嬉しかったのか、彼女はまたしても『褒美』を渡すように、自らブレードを手放し、陽太を呆然とさせる。

 

「早く来なさい。まだ『講義』も始まったばかりだ」

「!?」

 

 これ以上まだ自分を侮るというのか? 怒りが陽太の闘気を増大させ、再び音速の壁を越えた神速機動術(バニシング・ドライブ)を使用して、今度こそ死角を突こうと超高速の世界に突入する。

 

 リキュールの周囲を、ブレイズブレードが加速するたびに見せる炎の残滓が舞う中、彼女は無防備に構えることなく、ゆっくりとした口調で話を始めた。

 

「さて、一夏君、ジーク君、そして陽太君………先ほども話をした通り、今日の議題は『強さ』とは何なのか?………だ」

 

 超音速で移動するごとに置き去りにされた音が周囲を飛び回る中、彼女は右手の指を二本、前に差し出す。

 

「そうさな………結論を先に言うなら、強さとは………即ち『意志』。つまり自らの思う様を自ら思う通りに実現させる『力』の事を指す」

 

 ―――虚空から現れたブレイズブレードの振り下ろしの一撃を受け止める指二本―――

 

「!?」

「私を倒そうとする陽太君………」

 

 ―――再び捕まえられることを拒むように即座に超加速して姿を消す陽太―――

 

「だが、それは私の前ではままならない………逆にだ」

 

 今度は体を沈めて下段からの斬り上げの一撃を、彼女は足の裏で受け止めながら、さらに語りを続ける。

 

「私は意のままにやりたいことができる。例えばこんな風にもだ」

「なっ!?」

 

 そして陽太が三度神速機動術(バニシングドライブ)で距離を離そうとするが、リキュールは陽太の僅かな動揺と技を発動させるまでの間を見切り、彼が動くよりも早く腕を掴むと、その強大な力で無理やり引き起こし、自分の前に立たせ、そしてこう言い放った。

 

「私としたことが………忘れていた。撫でてあげよう」

「………………はっ?」

 

 一瞬、彼女が何を言っているの理解できなかった陽太が、思わずそんな間抜けな返事をしてしまうが、リキュールは変わらずに同じ言葉を繰り返す。

 

「齢十五でそこまでの力を手に入れているのだ。君は褒められて当然の存在だ。だから撫でてあげようというんだ」

「……………馬鹿馬鹿しい。てめぇ、今が戦闘の最中だってことがっ!」

「それがどうしたっ!? 優秀な年少を褒めるのは年長にとって当然のことだろう!!」

 

 あくまで自分の思い通りにする。

 彼女の言葉の裏にこめられた意思を感じ取った陽太が、内心で『ふざけるな!』と叫びながら腕を蹴り上げよう動く。

 

 ………が、

 

 ―――陽太の蹴りを回避すると同時に、側面に回りこんで腕を差し込んで両手を封じる―――

 

「!!」

「撫でてあげよう」

 

 そして彼女の手は、ゆっくりと陽太の頭に近寄る。

 

「止めろッ! 離せよッ!!」

 

 敵である彼女が自分を玩具の様に扱う事に、心の底から憤慨し、そして激しく抵抗しながらも、陽太の心は徐々に感じ取っていた。

 

 ―――強さとは、自らの思う様を自ら思う通りに実現させる『力』の事を指す―――

 

 彼女が語った強さの本質………言葉を超えた意思が、自分に触れた手から伝わり、陽太を激しく混乱させていた。あまりに強引で、傲慢で、無遠慮もいいところだというのに、どこかそれを納得してしまいそうな自分がいたのだ。

 

「認められかっ!!」

 

 敵の言う寝言を真に受けられるかっ! 腕をロックされている状態であるにも拘らず彼は強引に体を反転させながらオーバーヘッドキックの要領で彼女の頭部を狙い定めた蹴りを放つ。最悪腕が脱臼しかねない荒業だったが、リキュールはあえて手放し、即座に後方に離脱して回避すると離れ際に一言付け加えた。

 

「意外に褒められたがりだね?」

「!?………うるせぇっ!」

 

 端から見ると下らない挑発に思える彼女の一言が、いちいち今の陽太の心の琴線に触れてしまう。彼女の言葉を振り切るように都合四度目の神速機動術(バニシング・ドライブ)を使う陽太だったが、リキュールはそんな彼の行動に溜息をついて駄目出しをするのだった。

 

「同じ技ばかりでは少々芸がないよ。それにね………君は致命的な勘違いをしている」

「?」

 

 何の話だ? 陽太が聞き返すことなく心の中で呟いた時、突如リキュールの背後に突き刺さっていた二本の巨大な刀から青白い雷撃が発生し、ヴォルテウス(彼女)の背にある翼の中に隠されていた大型スラスターに吸収されていく。

 

「まさかっ!?」

「アイツッ!?」

 

 シャルとジークが同時に叫んだ瞬間………。

 

 

 ―――空気の壁を突き破って、忽然と姿を消し去るヴォルテウス・ドラグーン―――

 

「何ッ!?」

 

 おそらく戦いを見守っていた全ての人間………対峙している陽太すらも同じ台詞をはいてしまっただろう。

 なんせ幻とまで言われていたブースト系最高難易度技術を異なる二人が使用し、更に誰も見たことがない超高速戦闘を開始したからだ。

 

「二人はっ!?」

「ちょ、これって見てる側が物凄く間抜けっぽくないですか!?」

 

 フォルゴーレとリューリュクが瞬時にハイパーセンサーをフル稼働させて二人の戦いを見ようとするが、センサーがあまりの二人の速さを捉えることができず、炎と雷の残滓だけを捕捉するのみ。左目にヴォーダン・オージェを持つラウラすらも、微かにしか二人の動きを見ることが出来ずにいた。

 ……だが唯一この場において、戦っている二人と同等の速度域で行動が出来るジークの両眼と、操縦者として究極の境地にまで到達している千冬の感覚だけが捉える。

 

「「そこっ!!」」

 

 モニター越しの千冬と、アリーナのジークが同時に客席最上段部分を見た。

 

 ―――揺れるバリアと、炸裂する空気―――

 

 全員が一斉にその場所を確認すると、続けざまに下降しつつ目に見えない何かがぶつかり合い、半歩遅れながら衝撃波と共に空気が破裂するような音が鳴り響く。

 

 

 ―――砕ける隔壁、地面、そして………―――

 

 

「がっ!」

 

 撃ち合いに敗れた陽太が、超高速状態を維持できずに弾き出され、地面を猛スピードで転がり、アリーナ中心辺りで大の字で横たわってしまう。そこに更なる追撃の一手を放つリキュール。

 

「温い」

 

 姿を現すと同時に、真上から陽太の腹を片足で踏み付け、クレーターを作りながら彼を地面にめり込ませてしまう。

 

「ゴフッ!」

「この程度が君の全力か………失望モノだな」

 

 口から血を吹き出す陽太を冷たく見下ろしながら彼女は吐き捨て、足の下にいる陽太の首を握って自分の眼前にまで引き上げると、冷めた声で言い放つ。

 

「小手先の技比べはこのぐらいにしよう………さあ、本気を出せ」

 

 世界最高峰の技術すらも所詮は小手先。彼女が求めているモノはそのような技巧戦ではない。

 『スポーツ』としてISを用いる戦いではなく、真の戦士がISという鎧を纏って初めて出来る戦いを求めているのだ。

 

「それとも………あの小娘をくびり殺してやれば、君はようやく目を覚ますのかな?」

「!?」

 

 彼女の視線が一瞬だけシャルに向けられ、それを察知した一夏達が彼女を守るように庇う。

 

「君が本気を出さないというなら仕方ない。趣味ではないんだが、お膳立てぐらいはしてあげるが?」

「………させねえぇよっ!!」

 

 激高し、自分を掴む手を膝蹴りで弾き上げた陽太が、全力の振り下ろしの一撃を繰り出し、それを受け止めたリキュールの足元が陥没し、発生した衝撃が大地を駆ける。

 

「いい殺気だ。やればできるじゃないか!!」

「がああああああっ!!」

 

 陽太の感情に反応した烈火が剣に纏わり、黒き龍の装甲と激しく反発しあう。我武者羅に振り回されたフレイムソードを、手の甲で全て弾きながら、自分に対して本気の殺気をぶつけてきた少年に褒美を与えるように、彼女は斬撃の間を拭って、ボクサーのようなフォームでジャブを繰り出す。

 

「!?」

 

 自分の攻撃の間を掻い潜ってきたジャブを紙一重で回避した陽太だったが、己の背後にあったアリーナの隔壁に、まるでロケット砲をぶつけたかのような衝撃を受けるのを目の当たりにし、戦慄する。

 

「(ジャブの衝撃だけで………飛び道具いらない訳だ!)」

 

 パワーアシスト機能があるISが全力で拳を振るえば、生身とは段違いの拳圧を発生させるぐらいは可能だろうが、これは同じIS相手にすらも必殺の威力を持っている『ただのジャブ』なのだ。

 

「呆けるなっ! 全神経を緊張させろ!」

「クッ!」

 

 マシンガン並みの速度とロケット弾以上の威力の『ジャブ』を連射し、アリーナ内部が爆撃されたかのような衝撃が奔る。

 その砲弾のような拳の嵐を紙一重で回避しながら、懐に入り込んで陽太は首元に切っ先を突き刺そうと狙いを定めた。

 

「フンッ!」

「!?」

 

 直線的な拳の軌道が一瞬で向きを変え、下から突き上げてくる。陽太は反射的に身体を引っ込めたお陰でその攻撃を喰らう事なくすんだが、目の前を通過したヴォルテウスの拳に、全身を総毛立たせてしまう。

 

「(やばすぎるだろ、そのアッパー!?)」

 

 空気を引き裂くどころか空間を割ってしまいそうな威力に、直撃していれば首から上が吹っ飛んでいたと背筋を凍らせるが、そこに暴龍帝が追撃を仕掛け、完全に陽太を捉える。

 

「聞き入れろよ、火鳥陽太」

 

 ―――踏み込んで放たれたジャブ、否、左ストレートの直撃を受け、陽太の顔面が大きく後方に弾かれ―――

 

「ガッ!?」

「相手の、周囲の、社会の、受け入れも拒否も無関係」

 

 ―――更に無防備となった腹部めがけ、龍の尾のようなサイドキックが直撃する―――

 

「!!」

 

 陽太は、生身の身体が時速100キロを超えるトラックに跳ねられたかのように、地面の上を大きくバウンドしながら転がっていく。痛みと衝撃で気絶するところか、そのおかげでかえって意識をはっきりとし、だが横隔膜と肺が完全に縮んで新しい空気を吸い込むことができず、叫び声すらあげることができない。

 

「!?」

 

 そんな中でも陽太は地面を滑りながら、何とかして受身を取り、体勢を入れ替え、何とかその場に踏みとどまって前を、アレキサンドラ・リキュールを視界に納めようとする。

 

「条件に左右されぬこと。他者の為に使われるためでもなく、自らを殺すことで抑えるものでもない」

 

 ―――前を向いた陽太の顎に触れる、一瞬で接近してきたヴォルテウスのつま先―――

 

「!!」

「つまり、『自らの思う様を自ら思う通りに実現させる『力』」

 

 ―――一気に振り上げられ、顎を中心に、固定された台から解き放たれたプロペラのように回転しながら空を舞う陽太―――

 

「そう。それこそが……」

 

 ―――そして、回転しながら落下してきた陽太の腹部に………―――

 

 

「強さの本質ッッ!!!」

 

 

 ―――右の拳が突き刺さり、ブレイズブレードの腹部の装甲を粉々にして、陽太をアリーナ際の隔壁にめり込ませる―――

 

「少し褒めてみたらこの様か………やはり今の君では私は不足だよ」

「……………」

 

 完全に沈黙した陽太に、哀れみを含んだ言葉を投げかけるが、今の彼に投げ返す言葉を発する余裕などどこにもない。

 

「……ァ………ッ」

 

 なんと壁にめり込みながらも、陽太は意識を依然として保っていたのだ。暴龍帝のあまりの攻撃の強烈さに、普通なら意識を手放してしまっていて当然の場面でありながら、気付けのような数々の攻撃がそれを許してくれなかったのだ。

 

「動けぬその様、小手先の技術を駆使すれば私に勝てると思っていた発想、そしてこの期に及んでまだ『死』をイメージできぬ緊張感の無さ………甚だ不本意だが仕方ない」

 

 リキュールは180度反転し、陽太に背を向けると、とある人物を指差す。

 

「極めるとは他の全てを切り捨てるという『儀式』だ」

 

 そのとある人物………シャルロット・デュノアを指差しながら、彼女は言い放つ。

 

「まずはお前を切り捨てよう。おい、小娘」

「な、なんですか?」

 

 シャルが戸惑いながら返事をすると、彼女は極めて軽い口調で驚きの言葉を口にする。

 

「ちょっと死んでくれないか? お前がいるとどうも陽太君は『極められそう』にはないんだ」

「!?」

「ふざけるなっ!!」

 

 お使いを頼む、ぐらいの軽い感じでシャルに『死ね』と言い放ったリキュールに、怒りを爆発させてシャルを庇うように前に立つ一夏。

 

「てめぇ、自分が強いからって、なんでも思い通りに…」

「ああ。私は強いから何でも思い通りになるんだ。そう語ったじゃないか」

 

 一夏の反論にも、彼女は揺らぐことなく、まるで幼子に優しく諭すように言って聞かせる。

 

「強いということは全ての物事の上位に成り立つ。君は自分が相手よりも強かった時に、酔ったりはしないのか?」

「な………に……?」

 

 理解の範疇を超えた言葉に、かすれた声でなんとかそれだけを言った一夏に向かって、リキュールは歪んだ笑顔を浮かべながら、嬉々として語る。

 

「鍛え上げた自分の強さに酔わないのかい? 強い敵を、力を持った敵を、己の力で捩じ伏せることに快感を覚えないのかい? これは至高の美味であり、快感であり、如何なる美食も美酒も性交もこれには遠く及ばない選ばれた者だけが味わえる『絶頂(エクスタシー)』だよ?」

「クッ………イかれてんのか、アンタ?」

「私が狂人? それもよかろう………私は常人が作った尺度の倫理とやらにまったく興味が無い。特に精神の絶頂と言える『死闘』の味を覚えてしまえば、それ以外のことなどどうでもよくなる」

 

 自分が狂っているかもしれないことを自覚しながらも、まったくそのことに罪悪感も危機感も感じていない彼女に、一夏はいよいよ恐怖すら感じ始めた。

 

「だが、今の陽太君では死闘が成立しない。まるで力不足だ………だからこそ、私は私なりのやり方で、彼の『手助け』をしようというのだ。だからそこを退きたまえ一夏君」

 

 そんな今の一夏には危害を加えたくない。いっそのことそんな優しさすらも醸し出しつつ、彼女はゆっくりと近づいてくる。

 

「(………一夏!?)」

「箒?」

 

 リキュールの気迫に飲まれていた一夏の肩を掴んだ箒が、直接接触した回線で周囲に気づかれないように話かけてくる。

 

「(隙を見てシャルと皆をつれてこの場を離脱しろ。私が何とか時間を稼ぎながら陽太を救出する)」

「(馬鹿!! お前だけにそんなこと頼めるか!!)」

「(言うとおりにしてくれ!! 今の我々では何十人いても奴には勝てない!! だが陽太なら今後次第でひょっとして勝てる可能性が出てくるかもしれない!!)」

 

 自分の肩を掴む手が震えていることに気がついた一夏が悟る。

 箒はこの場で陽動と救出をすることで死ぬ気なのだと。

 

「クッ!?」

 

 一瞬、他のメンバー達にも助力を願おうとするが、青褪めた表情のセシリア、滝のように汗をかく鈴とラウラ、そう彼女達の表情が物語っていた。すでに絶望の未来しかないのだと。

 

「(お前とも一度でも同じ戦場に立てて、私は幸せだった)」

 

 最後の言葉を残し、箒は二本の刀を構え、アレキサンドラ・リキュールに飛び掛ろうとする。

 

「箒ッ!」

「私は防人!! 仲間を死なせはしない!!」

 

 一夏がそんな箒を何とか足止めしようと彼女の方に振り返る中、すれ違いながら二挺のライフルを両手に持ったシャルが前進し始めた。

 

「「シャルッ!?」」

「一夏と箒は陽太をお願い! ここは私が何とかする!!」

「ほう? 泣いて陽太君に縋る事しかできないつまらん小娘かと思っていたが………少しは見所があったな」

 

 驚いて名を呼ぶ二人を尻目に、どんどん前へ進むシャルの様子に、リキュールは僅かばかりの賛辞の言葉を送るのだった。

 

「だが所詮お前の器は凡人の域から出ることはない」

「そんなの関係ない! 私は陽太を助ける!!」

 

 両手のライフルに合わせて、左腕の80口径リボルビングパイルバンカー『ネメシス』を解き放ち、果敢にも暴龍帝に挑もうとする。

 構えるシャルと無防備に近寄ってくるリキュール………周囲の人間にはあまりにもこれから起こる結果が目に見える中、突然、アリーナの内部で火柱が上がり、思わずシャルが叫んだ。

 

「ヨウタッ!?」

 

 シールドエネルギーの限界が近い事、受けたダメージで肉体とISの機能障害が出ている事、そして埋めがたい実力差、それら全てを理解しても、彼は諦めることなく戦いを続けようとする。

 

「………ほう、実に惜しいな」

 

 肉体の限界を超えるダメージを気迫で凌駕してきた陽太に、正直嬉しさが込み上げてくるリキュールだったが、未だ彼が立ち上がった理由が少女(シャル)にあることを理解しているだけに、彼女はそんな陽太の在り方を認めるわけにはいかずにいたのだった。

 

「いいだろう。君の奮戦に免じて、私の本気を少々見せようじゃないか」

「!?」

 

 右手を差し出すと、地面に突き刺していた斬艦刀の一本が突如宙に浮き上がり、飛翔して彼女の手に握られる。

 

「これが最後かもしれないよ? 全力で撃ってきたまえ」

 

 振り返りながら、彼女は刀を天に掲げる。

 

「!!」

 

 ―――彼女の意思に反応した斬艦刀から、アリーナ全域に及ぶ放電現象が起こる―――

 

「これは!?」

「いくよ?」

 

 陽太がフレイムソードを構え、ありったけのプラズマエネルギーを込めた最後の一撃を放った。

 

「フェニックス・ファイブレードッ!!」

 

 ―――紅蓮の烈火を纏った炎刃が黒の暴龍に迫る―――

  

「………ゼウス・ガウディ(雷神の歓喜)」

 

 ―――黒き雷光を纏った神剣(キバ)が、炎の不死鳥に襲いかかる―――

 

「「陽太(ヨウタ)っ!!」」

 

 一夏とシャルが叫ぶ中、二人を中心に物凄い爆発がアリーナの中心から発生し、中にいた者達がその衝撃で後ずさりしてしまう。

 その爆発の中心点………黒雷と紅炎が激しくぶつかり合い、激しいスパークと衝撃が生まれる中、徐々に押され出す陽太は、自分を見下ろすリキュールの言葉をハッキリと聴いた。

 

「ちっ!」

「君は実に素晴らしい………だが惜しくもある」

 

 ―――彼女が少し力を込め、それと同時に徐々にフレイムソードの炎が黒い雷に飲み込まれ始め―――

 

「君はまだ『ただの天才』の領域にしかいない!!!」

「!!?」

 

 

 臨界にまで高められた力と力の拮抗は崩れ去り………炎の不死鳥がアリーナの隔壁に叩き付けられ、絶対防御が発動してISが解除され、生身になった陽太が地面に崩れ落ちたのだった。

 

 静まり返るアリーナにおいて、シャルの、一夏の、仲間達の時間は完全に停止してしまう……とりわけ一夏の動揺は大きかった。

 陽太が負けるだなんて絶対にあり得ないと思っていた一夏の目の前で、敵に対して手も足も出せずに必殺技も破られ、敗れさる陽太の姿に激しく動揺し、そして激高した。

 

「陽太ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」

「ヨウタァァァァァァァァァッ!!!」

 

 無我夢中………自分を止める箒とジークの声も聞こえずに、一夏はツインドライブを発動させ、零落白夜を使い、シャルはパイルバンカーを片手にアレキサンドラ・リキュールに迫る。

 二人の決死の特攻、その姿に感化された対オーガコア部隊の仲間達も、恐怖に引き攣っている身体を無理やり動かして、二人の後に続く。

 

「………フッ」

 

 だが、一夏とシャルのそんな姿すらも、平然とあざ笑ったアレキサンドラ・リキュールは、斬りかかって来た一夏に向かって………。

 

「虚しいものだな」

 

 彼が間合いに入った瞬間、振り返ることなく一夏の頭部を後ろ回し蹴りで蹴り飛ばしてしまう。

 

「ブッ!!」

「うぁあああああっ!!」

 

 予想だにしていなかったその一撃をもろに食らった一夏は吹き飛び、後方から自分と同じく向かってきていたシャルを巻き込みながら地面を転がっていく。

 

「………」

「!?」

 

 そしてその足で、側面から斬りかかって来た箒と鈴に対し、空間すらも轟かせる斬艦刀による剣圧を放つ。

 

「くあああああっ!!」

「きゃあああああっ!!!」

 

 回避運動を取る暇すらない。巨大な竜巻のような剣圧は、一瞬で二人を飲み込み、彼女達もまたアリーナの壁に叩き付けられてしまった。

 

「クソッ!!」

「一夏さん! シャルさん! 箒さん! 鈴さん!?」

 

 一瞬で前衛組を全滅させられた事に動揺し、後衛のラウラとセシリアが敵から目を離してしまった。

 

「………敵から目を離すから」

 

 ―――突如上空から聞こえてくる声―――

 

「「!?」」

「………こうなる」

 

 そして一瞬の隙を拭って、リキュールは真上からラウラとセシリアを踏みつけ、地面にめり込ませてしまう。

 

「ぐうううううっ!!!」

「カハッ!!」

 

 時間にして僅か数秒。

 たった数秒………最初からその気ならこの程度の時間で終わらせることができた。それを物語るかのように対オーガコア部隊に圧倒的な差を見せ付けたアレキサンドラ・リキュールは、足元の二人に一瞥もくれず、すぐさま倒れて動かない陽太の前に一足飛びで降り立つと、刀を逆手に持ち換え、切っ先を狙い定める。

 

「ヨ……ウタ」

「や…やめ………」

 

 シャルと一夏が懇願するような声を出すが、そんな二人に向かって一度振り返ると、彼女は自ら全身装甲のマスクを開き、素顔を見せながら言葉を発した。

 

「哀れだね。彼はやはり踏み越えることができなかった………私を失望させた罪は重いぞ」

 

 絶対零度の温度と無機質な表情で見下しながら言い放った彼女は、次にアリーナの屋上部分を見て、そこに隠れている楯無に言い放つ。

 

「ッ!!!」

「どうした? 機を脱してしまっては、不意打ちを狙う意味がなくなるだろう?」

 

 屋上でずっと隠れながら、必殺の一撃をぶちかますチャンスを伺っていた楯無だったが、そんな自分の考えが如何に愚かなものであるのかを、陽太との戦いを見せ付けられたことで理解する。

 

「(何を如何しようが、私には彼女を止めることもできない!!)」

 

 対暗部組織の長である彼女の目から見ても、亡国機業幹部の戦闘能力は常軌を逸しすぎていたのだ。掛け値なしに、単機でISを含んだ国家の総戦力をねじ伏せることが可能だと。

 その気になれば今すぐにでも世界征服を開始することも容易に可能であると、暴龍帝の戦いが物語っていた。

 

「(駄目だッ!! あの女を止めるには、然る装備をした全世界の国家代表を総動員するしかない!!)」

 

 自分一人の戦力では比較対象にすらなれない。眩暈すら覚えるほどの絶望感に打ちひしがれながら、彼女は心の中で下にいるメンバーたちに謝罪する。

 

「(ごめんなさい、箒ちゃん! シャルちゃん、一夏君!! 私一人じゃ………)」

 

 そして何よりも最愛の妹の為にも、彼女はここで死ぬわけにはいかない。その想いが彼女に『命懸け』の決断をすることを拒ませていたのだ。

 

「勝てぬ敵と戦わぬというのは好みの選択肢ではないが、冷静な判断だと言っておこうか」

 

 意外に低くない評価を瞬時に下したリキュールだったが、すぐさま興味を失ったかのように視線を陽太に戻すと、すでに意識を失っている彼の延髄辺りに切っ先を定め、ホンの僅かな感傷的な色を示した瞳で見つめつつも、見下ろしながら囁く。

 

「弱い、ということは本当に憐れなものだな陽太君………」

 

 彼への高い評価を持っていただけに、その才能が開花できなかったことを憂うように話すリキュール………惜しい気持ちでいっぱいだが、生憎彼女は自分自身のルールに誰よりも厳しい。

 

「だがこれも戦場の習わしだ。君も、そして私も、その例外ではない」

 

 決闘の決着は生死をもって決める。この絶対のルールを覆すことは、たとえそれが神の命令であったとしても彼女にはできないのだ。

 

 そして全員が息を呑み、瞳を最大まで見開き叫ぶ中、彼女は別れの言葉を告げた。

 

「さらばだ………英雄になり損ねた者よ」

 

 

 ―――静かに目を閉じたジークとマドカ達―――

 

 ―――立ち上がり駆け出そうとする一夏―――

 

 ―――起き上がり制止の声を上げる箒―――

 

 ―――お互い肩を支えながら銃と砲を構えるセシリアとラウラ―――

 

 ―――意を決して変形して突っ込もうとする鈴―――

 

「いや……ヤダ………」

 

 ―――頬から流れ出た涙が地を濡らし―――

 

 

「ヨウタァァァァァァァァッ!!!」

 

 

 ―――シャルの絶叫が木霊した時、『二つ』の閃光が交差する―――

 

 

『!?』

 

 全員の時が止まり……………凛としたあの声が、再び時間を動かせる。

 

 

 

「………そこまでにしろ」

 

 ―――白い和風のIS(鎧)を身に纏い―――

 

「これ以上の狼藉は、私が許さんっ!!」

 

 ―――ポニーテールに髪を結い上げた千冬の刀が、リキュールの刃を受け止めた―――

 

 止めの一撃を阻んできた千冬の姿を見るなり、心底うっとおしそうな表情になったリキュールが、目の前の彼女に声をかける。

 

「失せろ。お前を視界に納めることすら、今の私には不愉快だ」

 

 内心で『なぜだ?』『やはりか』という、矛盾した声があがったのを無理やり押し殺した暴龍帝が不機嫌そうに叫ぶ中、千冬はその厳しい表情を崩さぬまま、この場の全員に聞こえる声で、はっきりと告げたのだった。

 

 

「さあ、10年前の決着………今こそ着けよう!!」

 

 

 

 

 




びっくりするほど親方様一色ですね。舐めプしててもこの強さ。正直やり過ぎた感もありますが後悔はしてない! だって親方様だし!!


にしても、射撃や砲撃、ビットや特殊兵装の搭載が進むIS業界において、パワーをあげて物理で殴るISというのは皆さん的に如何お思いなのでしょうか?

最近のSSでは、割とガンダムやスパロボを元に、射撃を主としたオリISが流行ってますが、親方様のISはもっそいそんなISたちに対してのアンチテーゼ的な何かにしております


さあ、次回はいよいよ両雄の激突であり、物語が大きく動きます。



親方様の口から語られる、10年前の真相

千冬さんの懺悔


そして、彼女達の師である人物の正体とは!?









千冬さんと束さんが、一度でも親方様のフルネームを呼ばないのはなんでなんでしょうね?

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