IS インフィニット・ストラトス 〜太陽の翼〜   作:フゥ太

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おかしいな?
前後編にするつもりもなかったのに、結局は半分こになっちゃった!


てか、久しぶりの一週間更新だぜ! イエイっ!!


GWと話が中途半端できっただけとか言わない!!




繋ぐ手と手 戸惑う私のため

 

 

 

 

 

「雪ッ!!」

 

 必死に車を走らせては見たものの、避難民の大渋滞に出くわしてしまい、途中で車を乗り捨てここまで山道を走ってきた奈良橋が目にしたのは、半壊してあちこちから煙をあげている病院の姿に、背筋を凍らせる。

 

 もし、この場のどこかの瓦礫の中に、未だ自分の愛娘が取り残されているとしたら?

 もし、この場のどこかで、自分の愛娘がオーガコアに襲われていたとしたら?

 

 言葉はもう出ない。あってほしくない嫌なイメージだけがエンドレスに流れ、気がつけば無我夢中で走り出していた。

 

「雪ッ!! 雪ぃぃぃっ!!」

 

 瓦礫が錯乱し、火災も完全に鎮火していない状況で、消防の人間がちらほら見られる中を掻き分けるように走り続ける奈良橋の視界に、数人のナースが消防士となにやら話をしてるのを見かける。そしてそこに愛娘の担当の看護婦がいるのを見た奈良橋は、一直線に飛び込むようにそこに走って向かう。

 

「看護婦さん!!」

「な、奈良橋さん?」

 

 三十過ぎというショートカットの看護婦が、顔馴染みである担当患者の父親の姿に驚愕するが、そんな彼女の驚愕など目にも入れずに、肩を掴むと高速で前後に揺すりながら、必死に雪の安否の確認を取ろうとした。

 

「雪はっ!! 雪はっ!! 無事なんですか!? 無事なんですかぁっ!!」

「お、おおおおお落ち着いてください!」

「雪は!! 雪はぁぁぁぁっ!!!」

 

 高速で揺さぶられながら、彼女は何とかとある方向を指差しながら言葉をつむいだ。

 

「ゆ、ゆゆゆゆゆゆゆゆ雪ちゃんは、あっちっ!」

「?」

 

 

 

 彼女が指差した先………そこにいたのは………。

 

 

 

「う~ん………コイツならどうだ!」

「………う~ん、面白くないよ?」

 

 数人の子供達と一緒に瓦礫の上に座りながら、両手を使って顔を引っ張り変な顔を作って、何とか笑わせようとする陽太をばっさりと切り捨てる愛娘の姿があった。

 

「チィィィィッ! 俺様の高度なギャグを理解できないとは、やはり未熟な餓鬼には早過ぎたか………おい、鈴!」

「何よ?」

 

 隣で腕組みしながら立っていた鈴音に、陽太はシレっと言い放つ。

 

「ちょっと変な顔しろ。元々変な顔なんだから絶対にウケブッ!」

 

 年頃の乙女に向かって堂々と『変な顔』呼ばわりした陽太だったが、当然という感じで鈴の飛び蹴りがめり込んだ。

 

「どぅわれがギャグ面だぁっ!? アンタ以上の変な馬鹿がホイホイいてたまるか!!」

「ぬわにぃぃっっ!!」

 

 だが鈴の飛び蹴りをまともに顔面に受けながらも、倒れることを拒絶した陽太は、彼女の両足を両手で掴み、宙吊りにすると邪悪な笑みを形作る。その表情を見た鈴は思わず青褪めながら、陽太に問いかけた。

 

「ア、アンタ!? 私に変なことする気じゃないでしょうね?」

「お前程度に劣情など抱くか!」

「どういう意味よ!! この美少女をこんなあられもない格好にして!!」

「いい加減黙らんと、お前のこの太ももに『私、デブ専です♪』って直接インクで彫りこむぞ!」

「ぎゃああああああっ! やめろバカ!? 離せ変態!! いやああああー!! お・か・さ・れ・るー!!」

「するか! そして黙れ!!」

 

 自主的にISで瓦礫の除去を手伝う一夏とラウラは『何やってんだよ? 手伝え』と視線で訴え、野戦病院と化している中を看護婦たちに混じって怪我人の手当てを手伝っていたシャルとセシリアが顔を真っ赤にしながら二人に歩み寄ると、互いの首根っこを引っ張って引き剥がす。

 

「お二方、子供達の見ている前で、何とはしたない!!」

「ヨウタ、本当にどうして君って奴はそうなの? みんな一生懸命働いている中で、どうしてそう堂々とサボるの!?」

「そんなに怒るなよ~~~~、ひょっとして、や・き・も・ち・焼いてくたの?」

 

 陽太としてはただの茶化した言い訳だったのだが、それを真に受けたシャルのリアクションは実にわかりやすかった。

 

「ヨ、ヨウタァァァァッ!!」

 

 顔を真っ赤にしながら片手で展開されたシールドスピアーを見た瞬間、両手を挙げながら微速後退をする。

 

「サーセン。瓦礫の撤去作業に加わる所存です!」

「!!」

 

 そしてシャルに見られた鈴はというと、あさっての方向を見ながら口笛を吹き、セシリアと一緒に看護婦の手伝いに行く。対オーガコア部隊の問題児二人のすっかり保護者というか、引率の先生とかしていたシャルだったが、その時、こちらに向かって走ってくる大男の存在に気がつく。

 

「奈良橋先生!?」

 

 直接話したことはないが、その体格が印象深かったのか、一目見て彼が誰だったのか判別した。そして、そんなシャルの足元で数人の子供達に囲まれていた幼女が、嬉しそうに声を上げる。

 

「お父ーさん!」

「?」

「雪ぃぃぃぃぃっ!!」

 

 作業着姿で全力疾走してきた奈良橋に向かって走り出した雪は、彼に笑顔で飛び込む。父親もそんな雪を両腕でしっかり抱きしめながら、目じりに涙をためながら愛娘の無事を喜んだ。

 

「雪っ!? 無事だったのか!! 怪我はないのか!? どこも痛いところはないか!?」

「お父ーさん!! お仕事はいいの?」

「父さんのことはいいんだ!! お前が無事なら、それで………」

 

 感極まって肩を震わせる奈良橋の姿に驚きが隠せずに呆然となる対オーガコア部隊一同………陽太のみカールからそれらしい話しを聞かされていたのだが、まさかその娘があんな子だったとは……。

 

「(似てないというか、似なくて幸運だったというか………母親の遺伝子が強かったんだな)」

 

 結構失礼なことを思い浮かべていた。言葉に出さないのがせめてもの最低限のマナーだとは思うが、やはり失礼なことである。

 

「うん、痛いところないよ? あのね、あのお姉ちゃんが助けてくれたの!」

 

 腕の中で愛娘が指差した先にいた少女………右肩に包帯を巻いたままで木にもたれながらとある病室を眺めていた箒を指差したのだ。だが箒もそれに気がつき、突然の事態にうろたえながら頭だけを下げると、そそくさとその場を後にしてしまう。

 

「箒………」

 

 箒の後姿を見送りながら、シャルは一瞬だけ映った表情が気になり、後を追いかけることにする。

 

「ラウラ!? ちょっと、ごめんっ!!」

「ん? 何かあったのかシャル?」

「ヨウタがサボったら、怪我しない程度になら酷い目にあわせてもいいから!」

「?………とりあえず了解した」

「了承できるかっ!?」

 

 サラッと酷い言葉を残して走り出すシャルは、嬉しくも何ともない扱いをされた陽太のツッコミも華麗に流したラウラが、『ホラッ、とっとと働け隊長!』と言い放ち、『チキショー! お前、もうちょっと隊長である俺を敬え! 天よりも高くッ!!』と言い合いしているのを尻目に、走り去った箒を追いかけ始める。

 

「箒………」

 

 終始俯きがちだった箒が振り返った一瞬、偶然差し込んだ光の反射でシャルにだけは見えたのだ。

 

「(どうして、箒………泣いてたの?)」

 

 彼女の頬を濡らしていたその意味を、知りたくて、シャルは走り出すのだった。

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 日本某所・マンション地下30階

 

 亡国機業が秘密裏に所有するマンションにおいて、地下深くに建造されていた亡国所属のIS専用の整備及び調整用の専用セーフルームの一室にある、ベッドの上に寝かされたジーク・キサラギはというと………。

 

「ねえ、ジークく~~~ん?」

 

 枕元に立つ、直属の上司であるスコールから思いっきり笑顔で睨まれていた。

 

「いつまで、だんまりを決め込んじゃってるのかな~~? 命令違反して陽太君と戦った挙句返り討ちにされちゃった、負・け・犬・のジークく~~~ん?」

「……………プイッ」

 

 あえて嫌みったらしく言ってこっちを向かせようと目論んだスコールの小言すら顔を背け、誰の顔も見ないようにしたジークは、内心で煮えくり返っていた………無論、彼女の小言にも多少怒りは覚えていたが………。

 

「(馬鹿上司は黙ってろよ……………第四世代IS(織斑一夏)、火鳥陽太っ!!)」

 

 自分の大事な人間達の仇………いや、理解はしている。彼等が直接その手を下した訳ではない、あくまでも彼等が起因になったというだけの話。そしてそこに何の彼らの思惑もなく、ただの偶然で巻き込まれたということ。理屈の上では完全な逆恨みなのだろう。そんなことはわかっている。

 だが、どうあろうが感情は納得しない………そんな理屈では消すことができない炎がジークの中で燻っているのだ。

 

 だからこそ、命令を無視してでも、理性を振り切って戦いを挑もうとしたのだ。したのだが、そこに割って入った上司たちの存在がどうしても気に入らないのだ。

 

「こっち向きなさい!」

 

 そんなジークの気持ちを知ってかしら知らずか、スコールは彼の顎を持って、無理やり振り向かせると鼻息が互いに届く距離で睨みあう。

 

「上官が命令しているのよ! 答えなさい!! なぜ私の命令を無視した!?」 

「ふざけてるのはそっちだろうが!? てめぇは知ってやがったな!! 織斑一夏のISが『第四世代』ISだってよ!?」

「それは………」

「それで、お前は俺が組織に加わる時に言ったな!! 『俺の思惑に乗る、俺の目的に助力する』ってなっ!!」

 

 シーツを振り払い、上半身裸の上に、包帯だけを巻かれた簡素な応急手当で寝かされていたため、傷が塞がっていないにも拘らず、痛む腹を押さえながらもジークはスコールに向かって叫び続ける。

 

「なんで、邪魔させやがった!? 俺が目標を見つけたい上、その時点でテメェには介入してくる余地なんてどこにもないだろうが!!」

「その傷が良い証拠よ。そんな傷ついた身体で戦闘続行した上に、『末那識』なんて使ったら、最悪貴方、自壊してたのよ?」

 

 両肘を掴みながら動揺して言葉を紡ぐスコールだったが、次の瞬間、怒りに火が着いた。

 

「目的果たせるなら、いつでも死んでやるよ、俺はっ!!」

「!?」

 

 彼女には許しがたいその言葉を聴いた瞬間、ジークの肩を掴んだ彼女は、有無も言わさずジークの鼻っ面目掛けて握り拳を振り下ろしたのだ。

 

「ブッ!?」

 

 全く予想もしていなかったジークは、その一撃をまともに受けてしまう。

 そして、ジークを殴りつけた拳から多少の出血させながらも、スコールは激しい剣幕で怒鳴り散らした。

 

 

「甘ったれるな、このクソガキッ!! 股座から、テメぇの情けないもん引っこ抜いて口に突っ込むぞ!!」

「!?」

 

 鼻っ面を押さえるジークは、初めて見たスコールの汚い言葉に完全に目が点になってしまうのだった。

 

「いつでも死んでやる? どうなっても構わない? そんな台詞はな、もっとちゃんとやることやってから口にしろ!!」

「なっ………」

「私に後悔させる気か!?」

 

 ジークは、ようやく彼女が瞳を震わせながら必死に涙を堪えていることに気がつく。

 

「マリアが死んだ時みたいに!! 私に後悔させる気!? もっとちゃんと早く気が付いてあげればよかった!! あの娘が一人で危険なことをしてしまう前に、私がちゃんと気が付いていれば、死なせない方法はいくらでもあった!! そう後悔させる気なの!!」

「あ、あ………」

 

 彼女の激しい憤り………直属の部下を死なせたという負い目。

 死なせる前に気が付いておくべきだったことがあった。彼女が組織の暗部に触れ、謀殺される前に、自分が彼女の行動を制止してあげれば、マリア・フジオカは今も死なずにいたかもしれない。

 

 スコールとて理解している。何を自分は甘いことを言っている、と。

 

 自分は亡国機業の幹部(ジェネラル)。そして亡国機業とは、如何なる国家にも属さないテロ組織なのだ。慈善事業ではない。時に部下に対して『死んでこい』という命令など容易く下る。それが国家の組織との最大の違いだ。

 だが、彼女は同時に亡国機業は『家』であり、構成員の多くは『家族』であるという認識を秘めている。

 それは、生れ落ちた瞬間から『亡国機業』を背負うことを義務付けられたが故の、他の幹部にはない特徴でもあった。

 

「あ………」

 

 だがそんなこと今の今まで知らされていなかったジークは、スコール・ミュゼールが見せた彼女の素顔、『情が深い女性』という一面に完全に面食らってしまう。

 

「(泣いてるの、初めて見た)………済まねぇ」

「謝るぐらいなら、お願いだから、命を投げ捨てないで! 私のためじゃなくても良い………マドカ(あの子)のためにも」

 

 そう締めくくるジークとスコールだったが、その時、彼女達の話を最後まで割って入らずに聞いていた人物からのツッコミが飛んでくる。

 

「スコールを泣かせるとは、中々罪深いな、ジーク君は?」

「!?」

 

 特注のアンティークの椅子に脚を組んで座り、スピアーが非常に幸せそうな表情で仰ぐ心地よい風に当たりながら、非常に幸せそうな表情でフリューゲルが入れたコーヒーを静かに飲んでいたアレキサンドラ・リキュールのツッコミに、両者赤面してしまった。

 

「………って! なにくつろいでやがんだよ!?」

「?………すまない。君が私に『ディナーを作れ』と思っていたとは気が付かなかったよ。察しが悪くて失礼したね」

「メシの心配してんじゃっ!………グッ!!」

 

 ジークが興奮して起き上がろうとするが、腹部の激痛によって悶絶してしまう。そしてそんなを彼をフリューゲルとスピアーが『親方様に飯炊きさせようとするからよ。ざまぁ!(笑)』と鼻で笑い飛ばすのを横目で睨みつけ中、スコールは竜騎兵の残り二人がいないことに気が付き、部下同士の火花の散らし合いにまったく頓着せずにコーヒーを静かに飲むリキュールに問いかける。

 

「あの、ごめんなさいリキュール………残りの子達はどうしたのかしら?」

「ああ………迎えに行かせたよ。非常に都合がいいことに、『御大』の年に一度の外遊が今年は日本だったしね」

 

 その言葉だけで何のことか察しが付いたスコールが座り直したとき、部屋の外から何やら若い女子二人の叫び声が聞こえてくる。

 

「ひぁぁあぁぁっ! お、お尻触らない…… んっ、んっ、んんっ!」

「や………ひっ! あっ、ああ……お、お爺ちゃん!? そこは……あぁっ!!」

 

 妙に艶っぽい声であった。とりあえず、声の主がリューリュクとフォルゴーレだったことはジークにも理解できた。だが問題はそんな二人の間に割って入ってきたもう一人の声である。

 

「ヒョーーーヒョヒョッ!! 二人とも、そんな我慢することはないんじゃよ~~~! ささッ! ワシに全てを曝け出しなさい!!」

 

 超、上機嫌な年寄りの声である。そしてその声の主に心当たりがあったジークの表情が歪んだ。

 

「ゲッ! ま、まさかっ!?」

 

 ジークが呟くのと、泣きながら『セクハラされたよぉぉぉ~~!!』と部屋に入るなりフリューゲルとスピアーに飛びついたリューリュクとフォルゴーレと、そんな二人の後から悠々と歩いてくる、杖と古びた鞄を持ち、帽子を被った旅行スタイルの老人が、上機嫌そうな笑顔を浮かべて入ってきたのだった。

 

「ハラショーー!! 我が、女神と天使達よぉっ!!」

 

 二人が迎えに行かされた人物。それは、本部にいる時は常に不機嫌そうに部下を杖でしばき、怒鳴り散らすことで有名なプロフェッサー・ヘパイトスであったのだ。

 そして90近い年齢ながら、老いを感じさせない行動力と、そして並々ならぬ女好きで知られる科学者は、美人で超ナイスバディで知られる女幹部二人を見るなり、両手の指をうならせながら、ついでに涎を垂らしながら、下品たる表情で問いかける。

 

「年に一度の愛人達との外遊中とはいえ、ワシの女神達が怪我をしたとなれば、暢気に遊んでいるわけにはいかん!! ささ、どちらが怪我しちゃったのかな~?」

 

 包み隠しもしない老人の言葉に、竜騎兵四人とジークの表情が引き攣る。

 

「診察台に寝なさい!! ワシが体の隅々まで診察して、怪我を治しつつ、たっぷりと舐るようなテクニックで、快感を刻み付けてしんぜよう!!」

 

 駄目だこのジジィ………若い五人が一斉に心の中でそうツッコむ中、老科学者のこういった言葉に慣れている女幹部二人は苦笑しつつ、ジークの方を指差すだけに留まるのだった。

 

「……………」

 

 両手を広げた状態でジークの方を見たヘパイトスは、数秒間硬直した後、心底つまんなさそうな顔で地面に向かって唾を吐き捨てる。

 

「ペッ!」

「!?」

 

 明らかにテンションが下がりきったヘパイトスが、小馬鹿にするように鼻でジークを笑いながら彼の枕元にまで近寄ってきた。

 

「なんじゃ小僧? まだ生きとったのか………ワシはまたてっきり、アホみたいに粋がった挙句につまらんことで死んどるかと思ったんじゃが?」

「うるせぇ………殺されたいのかクソジジィッ!?」

 

 出会い頭にいきなりな言葉を投げつけられたジークが表情を歪めるが、そんな彼を無視し、ヘパイトスはジークの傷を指差しながらリキュールに問いかける。

 

「で? この馬鹿の原因は?」

「ん? 一言でまとめると『不覚』だね」

「!!」

 

 リキュールの評価は、ジークがとても許せるものではなく、彼女を殺気を込めた視線を送るが、彼女に些かの動揺も起こすことはできず、返ってその視線がジークの今回の敗戦の原因だったとリキュールに言い返されてしまう。

 

「君と陽太君の実力は伯仲………いや、相性と切り札の存在の分、君が有利だったはずだ。それを、君は彼の動きを見切ったという『慢心』と、切り札に縋る『甘さ』で勝機を逃す所か、彼の情けで命を取り留めた……………恥ずすべき汚点であると自覚があるなら、私を睨むよりも先に自分の不甲斐無さを猛省しなさい」

 

 そしてリキュールはゆっくりと立ち上がると、部屋の入り口に歩き出す。

 

「悔しいなら、私の言葉が気に入らないなら、いつでもかかって来なさい。だがその前に『驕り』を捨てないことには、私はおろか、陽太君にも勝てはしないよ?」

 

 それだけ言い残すとリキュールが部屋から出て行き、その後を当然のように竜騎兵達が続く。そして部屋に一人取り残されたスコールも立ち上がると、改めてヘパイトスに頭を下げるのだった。

 

「プロフェッサー、ジークのことをよろしくお願いします」

「ん? まあ、お嬢ちゃん達のお願いとあらば無下に断る訳にもいかん。とりあえずドラグナー二人のおっぱいとお尻にタッチした分を先払いということにしておこうかの?」

 

 『二人とも将来楽しみじゃ!』と笑い出すヘパイトスを見ながら頬っぺたを引き攣らせ、女としてリューリュクとフォルゴーレに同情の念を禁じえないスコールであったが、ヘパイトスが何かを思い出したかのように彼女に問いかける。

 

「将来有望といえば、マドカのお嬢ちゃんはどうした? ワシが小僧(ジーク)のついでに、ISの整備もしてやろう………ついでに胸の発育のほうも触診してみるか?」

「ウチの部下は嫁入り前なので絶対にやめてくださいプロフェッサー………あら、おかしいわね? 部屋に篭りっきりなのかしら?」

 

 とりあえず様子を見に行くか………と呟きながら部屋を後にしたスコールを視線で見送ったジークと二人っきりになったヘパイトスは、大きくため息をついて、コートを脱いで袖捲りを始める。

 

「んだよ? そんなに俺の『修理』が嫌なら断れば良いだろうが?」

「………お前は、相も変わらずアホじゃな………『こんなもん』をうら若き乙女の純粋な瞳にみせるつもりか?」

 

 そして鞄から複数の医療器具と、工具を取り出したヘパイトスが、ジークの包帯を外し、普通の人間ではあり得ないものを指差したのだった。

 

 ―――腹筋を貫き、裂けた傷跡から露出した『機械』のパーツ――ー

 

 従来の生身の人間が、事故や病気などで失ってしまった臓器の代用品として人工物の臓器やボルトを体内に埋め込むことはあるが、ジークの『それ』はそんなものとは比較にならない高度にして、『戦闘用』のパーツの一部として機能していたのだ。

 

「なんじゃ………お前は本当に初対面から変わらんの~?」

「な、何がだ?」

「自分の境遇に不貞腐れておる………そんな様だから大事なことを見落とすといっておるんじゃ」

「!?」

 

 老人が言い放った言葉に激しい怒りを覚え激高した剣幕になってジークは掴みかかろうとするが、ヘパイトスは彼が突っ込んでくるよりも早く、手に持った医療用のメスの切っ先をジークに向けると、歳を重ねることでしか成熟させれない、鋭い眼力で静かに諭すように話し始める。

 

「お前さんには、以前話をしておいたはずじゃぞ?……………『復讐』とは、自分の今いる場所に相手を引きずり込むだけで………」

 

 そしてヘパイトスは押し黙ったジークに突きつけた切っ先を外し、背を向ける。

 

「引きずり込んだ相手のその重みで、お前さんはますます深みに嵌っていく………救いなぞ在りはせんぞ?」

「……………ジジイに何がわかるって言うんだ?」

「そこがリキュールのお嬢ちゃんに、尻が青いクソ餓鬼呼ばわりされる所以じゃ! 負け犬の『下らん』言い訳なんぞ知りたくもないわっ!」

 

 だが、どれほど押し黙っても、この『下らない』という一言だけは彼には許容することは出来ない一言だった。

 

「ジジイッ!!」

 

 痛みを怒りが凌駕し、ヘパイトスの首に手をやると、本気でねじ切ってやろうと力を込め掛ける。

 

「………どうした? まさかこんな老いぼれの枯れ木のような首をへし折ることも出来んヘタレか、お主は?」

「!!!」

 

 だが、どれほど怒りに燃えていても、今彼を失うわけにはないかない………自分の体を現状唯一『修復』出来る人物なのだから。

 自分の復讐を終えるまでは彼には生きていてもらわねばならないのだ。

 

「どうせ小難しくて小賢しいことを考えておるんじゃろ………まったく、どこまでもつまらん小僧じゃ」

「グッ………」

 

 自分の首に一向に力を込めてこないジークの考えを容易く見透かしたヘパイトスは、鞄から何時もの白衣を取り出して纏うと、部屋に搬入されていた設備を操作しながら、先ほどとは違う色に染まった瞳で語りだす。

 

「どうして人間には、瞳が前についていると思う?」

「?」

「見るためじゃよ。自分の瞳で、自分が見れる世界のありったけを………なのにお前は自分の過去(かげ)しか見ようとしない………お前を想う女達の気持ちすらも見ようともせずに」

 

 ゴム手袋をつけ、手にドリルを持つヘパイトスは、そこでようやく穏やかな瞳でジークを見つめ、語った。

 

「マリアのお嬢ちゃんは、お前に言いたかったんじゃないのか? 『復讐を終えた時に死ぬことしか出来ない自分のようにはなるな』と」

「!?」

「スコールのお嬢ちゃんは、お前のことを家族として想っているから、復讐で自分の生涯を費やそうとしているお前を止めようとしているのではないのか?」

 

 目の前の老人の言葉が、次々とジークの深い部分に波紋を作り、それが彼全体に伝わりだす。

 

「そして、あの真っ直ぐな娘は……………お前のことを想っているから、つい馬鹿な事をしてしまうのではないのか?」

「……………マドカ」

 

 自分の相棒の少女………自己の存在(アイディンティティー)に迷いながらも、何故かいつもいつも自分になんだかんだと付き合ってくれる、不器用で無愛想な年下の少女………。

 

「同じ男として一度しか言わんぞ小僧………同じ死ぬなら、せめて女を不幸で泣かさん死に方してみろ」

 

 それは、ヘパイトスという年老いてなお男であり続ける者の、初めてのアドバイスだったのかもしれない。

 だからこそ、彼の言葉は少しづつジークの中に、小さく、だが確かな炎を点したのだ。

 

「マドカ…………オイ、ジジイッ!?」

「物の頼み方というものを知らんのか?」

 

 注射器から液体を噴射させながら、再び何時もの好々爺となったヘパイトスは、ジークの瞳を見ながら問いかける。

 

「特急で直してやる代わり、麻酔の量は半分じゃ? 少々地獄じゃぞ?」

「頼む」

 

 これ以上の言葉は要らない。ジークのしっかりとした瞳でそれを確認したヘパイトスは、内心でそれを褒めながら、ダイレクトに彼の傷口に注射を差し込むのだった。

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 一方、傾いた夕日が差し込む病棟の中において、とある部屋のドアに座り込んで、その場から動こうとしない箒に、ようやく追いついたシャルが、黙って彼女の隣に同じように座り込む。

 

「………箒?」

 

 恐る恐る彼女に話しかけたシャルに、箒は………。

 

「すまない、シャル」

 

 左手の待機状態の紅椿を外すと、彼女に差出し、言い放ったのだった。

 

 

 

 

「私は、IS操縦者を……………辞める」

 

 

 

 

 




前後編のまずはジークさん、フル説教タイム

後編は箒さんへの説教となるのか?

乞うご期待!



PS

今回のサブタイトル、ピンと来た人は何人いるのかな?

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