というわけで、親方様、ついに戦場に立つ!?
IS学園メンバーに迫る危機………果たして彼女との戦いは起こるのだろうか?
そして、親方様が、明かす『過去』とは……。
ではお楽しみください
シャルロットが『彼女』を視界に入れた瞬間、猛烈な悪寒と底知れない恐怖が背筋を走り抜け、この場からすぐさま逃げ出したい衝動に駆られてしまう。
それは陽太の炎のような気迫とは別次元の、痛みすら感じさせずに肌を焼き殺すマグマのような気配をさせ、千冬の冷水のような微笑とは違う、自分の身体に流れる血を一瞬で凍結させる絶対零度の笑みを浮かべ、何よりも今まで対峙していたオーガコア達が、まるで子供の癇癪だったように思えるぐらいの圧倒的な恐怖心が彼女から流れ込んでくるのだ。
ただ………彼女(アレキサンドラ・リキュール)はそこに立っているだけというのに。
「………ダメだよ」
この場からすぐさま逃げよう。そう思ったシャルが肩を掴もうとした瞬間、あろうことか陽太は彼女に向かって歩き出したのだった。
「会いたかったぜ、クソアマァ~~~!!」
シャルにとっては初対面かもしれないが、陽太にしてみれば、自分に完膚なきまでの恥をかかせてくれた会いたくて会いたくて仕方のなかった相手である。
「ここで会ったが、百年目ッ!!」
フルスイングでぶん殴る。相手がISを展開していないことすらも忘れ、拳を強く握り締めて殴りかかろうとする陽太だったが、それを背後からシャルが羽交い絞めして止めてしまう。
「ヨウタッ!? 何を考えてるの!? 早くここから!?」
「は、放せッ、シャルッ!? あの女には、俺がこの世で生まれて以来の最高の屈辱を味合わされたんだ!!」
「な、何をされたっていうの!?」
シャルのその言葉に、今まで暴れまわっていた陽太の動きがピタリと止む。
「……………何をされたのかな、ヨウタ君?」
「……………………」
長い長い沈黙が二人の間に流れ、そして陽太は視線を徐々に離していくと、ボソボソと小声で呟いた。
「(正面きって殴りかかって逆に返り討ちにあって失神させられたなんて)言えるかよ」
「!?」
その言葉を聴いた瞬間、シャルの脳裏に電撃が走る。
「(自分には言えないこと、ヨウタの態度、もう一度会いたかったっていうあの人の言葉)」
シャルは再びアレキサンドラ・リキュールを眺める。彼女を見たときに感じた恐怖などすでにどこか彼方に消し飛んでいたが………。
額の刀傷が気になるが、同性すら魅了されそうな美しい顔立ち。
腰まで伸びた、キラキラと光を反射させて輝くプラチナの長い髪。
モデルにも、なかなかいなさそうな長身と長い脚。
日焼けしているが、綺麗な肌。
クビレた腰周り。
そしてコート一枚では隠しきれていない、これ見よがしに異性に見せ付けているような爆乳。
一通り彼女を観察し終えたシャルはゆっくりとヨウタに視線を戻すと、腕組みを解き、左手で陽太の頭を掴むと、右のパイルバンカーを見せつけながら、もう一度問いかけた。
「何をしたの!? 言いなさい!! てか言えっ!!」
「どういう流れの尋問だ、これはッ!? 俺はむしろ被害者だ!!」
乙女の脳内で、大分スパークしたシャルの出した結論に理解が追いつかない陽太が必死に逃げようとするが、どうしてだか彼女の握力が普段とは桁違いに強烈で逃げ切ることができずにいたのだ。
「い、い、な、さ、いッ!!!」
「い、や、だぁっ!!!」
メキメキとブレイズブレードのプラズマコーティングを受けた強化装甲が悲鳴を上げる握力を見せる、シャルの底知れない乙女パワー(別名嫉妬パワー)に圧倒されている陽太だったが、ふと自分達を笑っているリキュールに気がつく。
「フフフフッ………ハッハッハッ! ずいぶんと仲良しだね?}
リキュールの笑い声に気がついた二人は、赤面しながら一瞬で距離を離して彼女を睨みながら、叫んだ。
「な、なにがおかしい!」
「な、なにがおかしいんですか!?」
「いやなに。随分仲良しなんだと思ってね………初々しいものだ」
リキュールの言葉を受けて、更に何かを言おうとした陽太だったが、そんな彼を黙らせるようにリキュールは人差し指を差し向け、満面の笑みで、まずは惜しみない賛辞を送る。
「大変素晴らしかった(エクセレント)。君とジーク君の戦いは最初から見させてもらったが、予想を上回る戦いぶりだったよ」
「!?」
「現状、君とジーク君の戦力はほぼ五分。いや、相性の関係で言えば、三体七で不利だったはずだ。だが君はそれを自身の『天賦の才』で強引に覆してみせた。私が思っていた通り、いや、思っていた以上の天才だな、君は」
「あ………えっと………その」
「しかも、前半から巻き返し振りには、正直驚嘆させられた。能力差を逆手に取り、一見悪手と思えた行動を妙手に変えるセンスは、訓練などでは得ることはできない『天の贈り物(ギフト)』と言えるだろう」
突然始まった産児の言葉に最初は戸惑い気味だったが、やがて気を良くしたのか、腕組みをしながら顔を天に向け胸を張り出したのだった。それを若干不機嫌そうに無言でシャルは見つめたが………。
だが、やがて二人の様子を黙ってみていたリキュールだったが、歓喜の表情を消し去り、瞳に冷たいものを宿して問いかけてきた。
「しかしだ………一つ聞きたい」
「?」
「どうしてジーク君にトドメを刺さなかったんだい?」
自分の部下に止めを刺したほうが良いと言わんばかりの発言に、一瞬で良い気分が吹き飛んだ陽太は、再び不機嫌そうに言い放つ。
「そんなんは、俺の勝手だろうが!!」
「いや。これは重要だよ。君の将来に関わる、重要なポイントだ」
「将来って………ヨウタは人を殺しません! もう二度と!!」
リキュールの問いかけに対して怒ったのは、むしろ陽太ではなくシャルだった。陽太はそんな幼馴染の言葉を驚き、聞き入ってしまう。
「ヨウタは………もう二度と誰も殺さない! 殺して、後悔して、一人で苦しまないといけないようなことは………私達が絶対にさせない!!」
「………シャル」
「そうか」
彼女の揺ぎ無い意思を宿した言葉を受けたリキュールは、静かに瞳を閉じ………。
「………度し難く、受け入れがたい返答だな」
―――ゆっくりと瞳を開いた―――
「ヒィッ!」
ただ、それだけだった。
彼女が行ったことは、たったそれだけだったにも関わらず、シャルは全身の力を抜かれ、ISを強制解除して地面に倒れかける。
「!?」
それを辛うじて陽太が腕を掴んで地面に倒れるのを阻止し、素早く自分の背後に生かせて守るように陣取る。
だが、当のシャルはというと、滝のような汗を流しながら、乱れた呼吸を必死に整えようと陽太の背中にしがみ付き、今にも倒れそうになっている自分を必死に支え続ける。
リキュールと目が合った瞬間、何の前触れもなく自分は『死んだ』と思ってしまった。その後、心臓を鷲掴みされ、五体をバラバラにされたかのような、生まれてこの方味わったことのない恐怖が全身を駆け巡り、気を失わなかったことが不思議なぐらいだ。おそらく陽太が背中に自分を隠してくれなかったら、そのまま心臓まで止まってしまいそうな勢いだった。
シャルが感じ取った、圧倒的な殺気とも言える重圧(プレッシャー)………これを今度は陽太が受け取る番となる。
「数ヶ月ぶりに直に見た瞬間から、気にはなっていたんだ。君の闘気の色に、若干変化が現れ始めていたことにね」
「?」
リキュールは不意に右手の人差し指を空に向かって差し出す。すると一羽の雀が彼女の指に留まり、彼女はそれを一見穏やかな表情で見つめたのだった。
「以前の君やジーク君には、全般を赤い色が占めていた。これは攻撃を意味する色だ………それゆえに君達の闘気は私には実に心地がよかった」
「……………」
「だが今の君は、なぜか赤よりも、信心を表す緑が増えているね。そして僅かに慈悲を表す黄金色まで加わりだしている」
穏やかそうな表情のまま、彼女は雀が留まった指を天に掲げ、言葉を続ける。
「陽太君………君は、仲間を得て、穏やかさを手に入れた。そうだね?」
「それが………どうしたっていうんだ?」
陽太の答えに、彼女は穏やかな表情を消し去り、先ほどの凍り付いた無表情を浮かべ………。
「やはりそうか………お前は、10年掛けてもまだ理解出来ていないというのか、千冬ッ!」
………指に留まっていた雀がゆっくりと地面に落ち、ピクピクと痙攣しながら絶命する。
その光景を見ていた陽太は、フレイムソードを構えながら、先ほどから感じている背筋に走る嫌な予感を証明するかのような、嫌な光景が目の前に現れていることに、内心毒づく。
「(この女………この間の殺気すらも、実は手加減してたっていうのか!?)」
底が知れない、理解できない、まるで底なしの闇のようなアレキサンドラ・リキュールの気配に、陽太は戦慄していたのだ。
―――目の前で、アレキサンドラ・リキュールの全身から発せられた『死』を表す黒いオーラが、『龍』の形を取って陽太を見ている―――
数ヶ月前の邂逅の時とは比べ物にならない闘気と殺気に、後ずさりして逃げ出しそうになるのを必死に抑える。丸腰の相手に逃げ出すような臆病な真似はしたくないという僅かな意地と、シャルをおいて逃げ出すわけにはいかないという使命感からだった。
「成長してくれたことは大変喜ばしいのだが、アイツにこれ以上感化されてしまうのは見過ごせないな………」
アレキサンドラ・リキュールが一歩前に踏み出す。それ以外の挙動は彼女はとっていない。にも拘らず、彼女が踏み出した左足から、強烈な風圧が発生し、周囲の木々を揺らして木の葉を舞い上がらせる………それが、ただの物理的な衝撃だけではない、不可視なエネルギーが成せる技であると直感的に理解した陽太が、腰を低くして飛び込む構えを取り、最速で相手を無力化しようとする。
「そしてこの期に及んでも、君は丸腰の私相手に不意打ちをせずに、様子見と後ろのつまらない『メス』を庇おうとしている………大変、不愉快だ」
だがまた一歩近づいてくるだけで、身体に掛かってくる重圧が加速的に増してくるのを実感した陽太の身体が無意識に行動を尻込みさせてしまっていたのだ。
「(ふざけんなっ!? ビビってる場合じゃねぇーだろうが!! 動けよ、火鳥陽太ッ!?)」
身体が敏感に感じ取っている恐怖と、それを無視して攻撃しようとする意思の板挟みにあい、身動きが取れずに金縛り状態にあう陽太と、その背後では顔色が青くなり今にも失神しそうになっているシャル。そしてゆっくりとした歩みで二人に近寄るアレキサンドラ・リキュールであったが、そんな緊迫していた場面において………。
「「お゛や゛がだざま゛ッ!!」」
空の上から泣き声と鼻水を啜る音共に、二人の少女が地面を蹴ってリキュールに迫ってきたのだった。
「「えっ?」」
場の空気を見事にぶち壊した乱入者に目が点となる陽太とシャルだったが、そんな二人にも目もくれず、乱入者は両手を広げてリキュールに飛びつこうとする………が、
「止まれ」
非常に短い一言をリキュールが言い放つと、二人はその場にボンドで両足を接着したかのように急停止する。
「おやがだざま~~~!! おあ゛いじどうございまじだぁぁ~~!」
「もうどごにもいきません! 死ぬまでおぞばをはなでばぜん!!」
鼻水を啜りながら滝のように涙を流す年頃(のはず)の少女達、フリューゲルとスピアーが泣いているのか笑っているのか判別すらできない面白おかしい表情で、指をワキワキとさせながら今すぐにでも彼女に飛びつこうとするが、そんな二人に見向きもせずにリキュールは言い放つ。
「黙れ」
「「ばいっ!!」」
結構ひどい対応だと思うのだが、なぜだろう? 今の陽太とシャルには、主人命の忠犬二匹が尻尾を振って『待った』をされているようにしか見えなかった。
「陽太っ! シャル!!」
場の空気が一瞬カオスになりかけた所だったが、空から降り立ち、自分達を呼ぶ一夏の声に振り返る二人。
陽太とシャルを守るように、箒を除いたIS学園メンバーが降り立ち、倒れて未だに動けずにいるジークの元にマドカとフォルゴーレ、リューリュクが降り立つ。
両陣営の残りの主な人間達が全員集結し、互いに武装を構えて睨み合いをする中、陽太は自分の隣に立つ鈴に静かに話しかける。
「鈴、シャルを頼む」
「!? ちょっ! シャル!! アンタ、顔真っ青よ!!」
先ほどまで元気だったはずのシャルが、重病人のように息を切らしてフラフラになってしまっていることに驚愕した鈴に、陽太は静かに話を続けた。
「大丈夫だ。ちょっと離れた所で休ませてやってくれ」
「だ、駄目だ!!」
「シャル?」
だが、そんな状態であるにも拘らず、シャルは陽太の手を掴んで行かせないように制止しようとする。
彼女にはわかっているのだ。目の前の女傑の力は自分達の想像を遥かに超える領域にあり、そんな化け物に今から陽太は戦いを挑もうとしていると………。
「……………大丈夫だ」
そんなシャルに対して、上手く不安を取り去る言葉を思い浮かべれなかった陽太は、出来るだけ落ち着いた声色で話しながら、彼女の指を解くと、前に踏み出す。
「俺が突撃をかける。お前らはシャルとオーガコアを連れて、IS学園へ帰れ」
「陽太ッ!? お前!!」
「グタグタ言うな!!」
一方的な言い方に一夏が噛み付いてくるが、陽太はにべもなく怒鳴って返してしまう。しかし、そんな陽太に一夏は一歩も引かずに、彼よりも一歩前に出て言い放った。
「ここは俺と陽太で何とかする。他の皆はシャルとオーガコアを連r」
「お前も一緒に行くんだよ! 邪魔すんなっ!!」
「邪魔なのはお前だろうが!! ビビッたって言うのかっ!?」
一夏の口から予想外極まる言葉出たことで、陽太が表情を歪ませながら一夏の方に振り返る。
「び、ビビった? ホ、ホホウッ? 俺がビビった? お前、そう言ったのか?」
「違うのかよッ!?」
「うし、お前、今死ね。すぐ安心して迅速に逝け」
「んだよっ!? 逆ギレすんなよ、ホントのこと言われたからってよ!!」
「捻って、千切る!!」
内心をよもや一夏に言い当てられるとは思っていなかった陽太が、一夏の首を締め上げ、『念仏はもう唱え終わったか?』と言い放ち、本気で締め落とそうとしていたのだ。そして陽太の手を高速で叩いてタップしている一夏の姿を見て、流石にこれはまずいとラウラとセシリアが『ロープ、ロープブレイク』となぜかプロレス風に止めに入ったのだった。
「ゲホッ! ゲホッ!! て、テメェは、加減ってもんを知らねぇーのかよ!!」
「ツーン」
「グッ! あからさま過ぎる無視しやがって!!」
一旦離れた両者が再び口やかましく口論を広げるその光景、仲間内からも呆れた顔で見られる二人のやり取り………。
IS学園チームから少し離れた場所で、それを見ていたアレキサンドラ・リキュールの胸中には、ほの暖かな、もう思い出すこともなかったはずの『何か』が灯るのを感じて、右手を胸元に当て、静かに瞳を閉じた。
―――千冬ッ!! 今日という今日はお前を叩き伏せてやる!―――
―――上等だ! 貴様のその面を見納めに出来るかと思うと、名残惜しいな―――
―――ほう? 珍しくしおらしい言葉を使うじゃないか!?―――
―――二分で忘れてやるがな?―――
―――言ったな、食べられる物を食べられなくする逆錬金術師!?―――
―――ぐっ!? わ、私だって、おにぎりぐらいは作れる!!―――
―――もう~………ちーちゃんもあーちゃんもそれぐらいにしてよ~。ホコリが立ったらまたお掃除しなきゃいけなくなるじゃん~?―――
―――す、済まない束―――
―――……………束、私達のオヤツはどうした?―――
―――束さんのお口の中に瞬間移動しましいだだだだだだっ!!―――
―――キサマ、やってはならないことしたな?―――
―――先生が作ってくれた、ホットケーキ、全部一人で平らげたのか!?―――
―――痛いッ! 痛いッ!! 束さんの頭が二つに割れちゃうよ! ちーちゃん! あーちゃん!!―――
―――先生ぇー!! ちーちゃんとあーちゃんがまた私をいじめるの~!―――
―――あっ! キサマ!! そうやって先生にいつもいつも!!―――
―――卑怯だぞ!!―――
―――もう………本当の姉妹みたいに仲が良いのね、三人は?―――
「(……………難儀なものだな。忘れたくても忘れられぬ事とは)」
静かに閉じた瞳を開き、空を見上げるアレキサンドラ・リキュールの瞳に、振り切ったはずの過去への郷愁の色が滲み、それを自嘲気味の笑顔で無理やりかき消すと、彼女は自分の斜め後ろでようやく意識を取り戻し、マドカの肩を借りて何とか起き上がろうとするジークに声をかけた。
「ジーク君、少し待ちたまえ」
「!?」
「君が知りたいことを、私が代わりに引き出そう」
その言葉に、一気に意識を取り戻したジークを尻目に、アレキサンドラ・リキュールは、満面の笑みを浮かべ両手を広げると、陽太の隣に立つ一夏に向かってこう切り出した。
「いや、『久しぶり』だね一夏君。随分と大きくなったじゃないか」
「!?」
リキュールの言葉は、名を呼ばれた一夏だけではなく、他のセシリアやラウラ、鈴やシャルといったIS学園メンバー達も、そして遅れて現場に一人ひっそりと降り立った箒にも強い衝撃を与える。
「(久しぶり? なぜ亡国機業の幹部と一夏が顔見知りなのだ!?)」
箒の脳裏に沸き立った疑問、そして一夏が、動揺しながら言葉を必死に紡ぐ。
「な、何を言ってんだよ!! 俺はお前の事なんか…」
「覚えていないのは無理はない。10年前に一度会っただけだったからね………あの時、君は私に見つめられると、すぐに千冬の陰に隠れてしまったし………」
「なっ!」
その時、一夏の脳裏に鋭い痛みが奔ると同時に、強烈なノイズまじりの映像が流れ込む。
―――まだ学生服の姉。その隣に立つ同じ学生服の束………そして……―――
「がっ!?」
「おい! 一夏ッ!!」
頭痛と吐き気で一瞬ふらつく一夏の身体を陽太が支える。突然のフラッシュバックで意識が混乱する一夏だったが、そんな彼の様子を『チャンス』と捕らえたリキュールは、今の言葉を証明するようにとある質問を二人に投げかけたのだった。
「あ、そういえば………陽太君、一夏君。千冬の身体の方は調子は如何なんだい?」
「「!?」」
「あの様子だと保っても一年………いや、ひょっとするともっと短いかもしれないが………」
「………ちょっと待てよっ!?」
『どうしてお前が千冬姉の身体の事を知っている!?』と聞き変えそうになる一夏の瞳に、アレキサンドラ・リキュールは、口元が裂けるかのような狂気染みた笑みを浮かべて無言で返したのだった。
『………10年前から………私の過ちが残した当然の報いだ』
千冬はあの時、10年前に大怪我を負ったと言っていた。そしてこの目の前の女性は『10年前に自分と出会っていた』と言った。
「……………お前が」
「君には済まないことをしたと思っているよ」
「……………お前が!」
音が鳴るほどに拳を握り締め、歯を食いしばって自分を見る一夏に、彼女は最後の、トドメの一言を言い放った。
「ちゃんと10年前(あの時)に殺してやっておくべきだった。そうすれば今のあんな無様な姿を晒さずにすんだものを」
「!!?」
その言葉を聴いた瞬間、隣にいた陽太を弾き、大気を引き裂いて唸りをあげるように、圧倒的なエネルギーが白式の両肩から噴出して、一夏自身が小型の竜巻と化したのだった。
「ちょ、お前っ!?」
「お前がやったのかぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」
いきなりブチ切れた一夏の怒りに呼応した白式が生み出す白い粒子を頬に受けながら、リキュールは嬉しそうに語る。
「ISに触れて数ヶ月と聞いていたが、すでにツインドライブをそこまで制御できているのか………重畳、重畳」
雪片の展開装甲を起動させ、エネルギーの刃を生み出している一夏の様子すら、いたく嬉しそうに笑みをうかべ、彼女は両手を広げ、まるで一夏を抱擁するかのような格好を取る。まるで『さあ、私は隙だらけだぞ? 斬りかかってきなさい』と言わんばかりに………。
「?」
「………見つけタ」
「ジークッ!!」
そんな彼女の横を、夢遊病者のような足取りで意識を取り戻したばかりのジークがすり抜けて歩いていく。
「………見ツケタ、見ツケタゾッ!!」
「動くなっ! 傷口が開く!!」
背後から彼を労わり、傷を開かせまいとジークの肩を持って静止しようと試みるマドカの存在も眼中にいれず、彼はマドカを無理やり振りほどくと、腹に開いた傷口から出る出血にも気を止めず、その瞳に捉えた、彼の長年望み探し続けた『相手(獲物)』に向かって吼えた。
「第四世代ィィィィィィッ!!!」
「(………火花?)」
一方、一夏に向かって吼えるジークの傷口から不自然に煌く火花に、何かの違和感を感じ取った陽太が更に注意深く観察しようとした時、突如ジークが今にも飛び掛ろうとするかのような体勢を取りながらも、右手を地面に付けるという不自然な格好を取る。
だがその姿を見た瞬間、マドカが血相を変えて叫んだ。
「『末那識(マナシキ)』!? 自分が重症なのもわからないのか、ジークッ!!」
「(コイツ、さっきまでとは気配が変わった?)てか、末那識?」
只ならぬマドカの雰囲気と『末那識』という聴きなれぬ言葉、そして先ほど対峙していた時とは質そのものが変わったジークの殺気に、陽太は警戒心を高めながらヴォルケーノを両手に持って構える。
アレキサンドラ・リキュールしか眼中にない一夏と、そんな一夏にしか眼中にないジーク。かみ合わない二つの視線………そしてその背後では、IS学園と亡国機業の操縦者達が、互いに獲物を持ってにらみ合いを始める。
「両者、待ちたまえ」
そんな状況を動かしたのは、この場で唯一ISを展開していなかったアレキサンドラ・リキュールだった。
「ジーク君、下がりたまえ。一夏君、少々確認したいことがあるから武器を仕舞ってくれないか?」
殺気立つ両者の間にいつのまにか割ってはいると、一見、優しげな仕草で両者の戦闘停止を呼びかけたのだ。
だが、そんなことをいきなり言われても、頭に血が上った二人は引き下がるようなことをしない。
「ふざけんなっ!!」
「邪魔だ! どけっ!!」
いまさらそんな言葉がこの場でまかり通るかっ! と言わんばかりの様子で言い放つ両者だったが、二人に対して、彼女は静かに目を閉じ、軽くため息をつく。
「ハァ………ジーク君、一夏君」
そして再び眼を開いた彼女は………。
「私に……………同じことを、二度言わせるな」
―――『闘神の化身(黒龍)』の真紅眼を浮かべた―――
「!?」
『それ』は条件反射としか言いようがなかった。
彼女の瞳から放たれた気配………一番近いなら『殺気』と言える、感じることができない者なら生涯感じられない微弱なオーラを察知した陽太は、無我夢中で一夏の首根っこをつかみながら、背後に飛び退いたのだ。
考える隙もない。そうしなければ殺されていた。ただそのことだけを感じさせる気配に、陽太はただ飛び退いただけのに、全力でフルマラソンを終えたランナーのような疲労感に襲われる。
一方、その微弱な『殺気』のようなオーラを至近距離から受け、かつ逃れることができなかったジークは、顔から地面に突っ伏してしまい、身動きがとれずにいたのだ。更に燃えるような傷の痛みが襲い掛かってくる。
「ジーク? ジークッ!!」
傷の痛みが悪化してしまったのか? 事態を把握できないマドカに身体を揺さぶれる中、ジークは残った力を振り絞り、頭を動かしてリキュールを見ると、精一杯心の中で毒づいてみせた。
「(てめぇ! 今俺のことも殺す気だっただろう!?)」
直属ではないとはいえ、機嫌を損ねただけで自分を殺そうとするのか普通!? と瞳で抗議した所、彼女は口元に薄ら笑いを浮かべながら『これに懲りたら無理はしないことだ』と唇だけで言葉を紡ぐと、改めて陽太達の方に向き直ったのだった。
「おい、陽太ッ!? なんで急に飛び退いたんだよ!!」
対して、なぜ急に後方に飛んだのか理解できない一夏が猛然と陽太に食って掛かっていたが、当の陽太はそれどころではなく、自分とジーク限定でぶつけてきた『気当たり』の正体が掴めず、パニックを起こしていた。
「(なんだ、今のは!? 殺気? 闘気? 外部に一切漏らさずに相手を限定してぶつけるなんて事ができんのか?)」
「可能だよ」
そんな考えが纏まらない陽太の頭の中身などお見通しだ、と言わんばかりにリキュールは自分が何をしたかを説明し始める。
「そんなに難しいことでもない。特に『スカイ・クラウン』に到達した者にしてみれば、その手の気のコントロールは息をするように出来るようになる」
「スカイ………クラウン?」
初めて聞く単語に一夏が、何のことかと陽太に尋ねてみる。すると陽太は半ば呆然としながらも答えてみせた。
「全ての………IS操縦者が辿り着く、『究極のシンクロ領域』」
「ほう? 知っていたのかい?」
陽太がスカイ・クラウンの存在を知っていたのが意外だったリキュールは、顎に手をやりながら少しだけ考え込み、誰が陽太に教えたのか当ててみせた。
「なるほど、千冬か………確かに、君にそのことを私以外で教えられるのは、千冬か束しかいないからな」
「………束…だと?」
さも親しい友人であるかのように姉の名前を口にしたリキュールに戸惑う箒。そんな箒の存在に気がついたのか、リキュールは横目で箒を見ると、しばし目を細めて観察し、そして若干意外そう表情を浮かべ、彼女を指差して話しかけた。
「お前………束の妹だな」
「!?………貴様…」
「なるほど、確かによく見ると面影はある。それに束の妹であれば、その激情ぶりも納得がいく………我を忘れて怒り狂う所など特にな」
「なっ!?」
自分のつい先ほどまでの行動を言い当てられ、思わず箒は頬を赤らめ、俯きがちにリキュールを睨み付ける。だがそんな箒の視線など痛くも痒くもない様子で受け流すと、陽太達の方に再び視線を戻し、話を続ける。
「まさか自分の弟や妹、そして弟子にまでISを渡す等………千冬も束も因果な事だな。もっとも束と違って、千冬が君達にISを渡した理由はいただけないがね」
「?」
「先に聞いておこう」
そして彼女はその右手を陽太と一夏に差し出すと、誰もが思っていなかった言葉を口にしたのだった。
「陽太君、一夏君。私の同志となってはくれないか?」
「「!?」」
予想もしていなかった言葉に、陽太も一夏も凍りつくが、むしろその言葉には周囲の仲間達の方が過敏に反応した。
「おふざけにならないでくださいっ!!」
今まで黙って事態を静観していたセシリアも、この言葉には堪忍袋の緒が切れたという形相で、ライフルの銃口をリキュールへと向ける。
「セシリアの言うとおりだ。教官への暴言だけに飽き足らず、堂々と隊長と隊員を引き抜こうなど、図々しいにもほどがある!」
プラズマソードを抜き放つラウラ。そしてその後方ではシャルを守りながらも、龍咆の砲門を開きながら、鈴が言い放った。
「アンタ………いくらなんでも、調子に乗りすぎよ!!」
そんなIS学園メンバーの敵意に対して、リキュールはヤレヤレといった面持ちでため息をついた。
「まったく………千冬の悪い病気がIS学園には流行しているようだ」
リキュールは差し出した手を一旦引っ込めると、人差し指を額に当て、目を閉じた状態で話を続ける。
「陽太君、一夏君………悪いことは言わない。亡国機業に来なさい。出来るなら今すぐにね」
「ふざけるなっ! 誰が、千冬姉に大怪我させた奴のいるところなんかに行くもんかよ!!」
「一夏君…………」
感情的に彼女の言葉を振り払おうとする一夏だったが、再び目を開いたリキュールが浮かべていた色は………。
「私は君達のことを想って、言っている」
深い哀れみの色だった。この瞳の色の変化に、陽太は気がつくが、あえて押し黙って彼女の言葉に聞き入る。
「陽太君、どうして千冬が君をIS学園に呼んだと思っている?」
「それは………」
「戦力的な問題? 対オーガコア部隊の運用のため? 一夏君にIS操縦者としての在り方を示すため? それとも君に健やかな学生生活を送らせるため?」
「?」
「だが、そのどれもが建前でしかない………そう、奴は欲しかったのさ………自分に代わる『生贄』がね」
「!?」
何を言っている、この女はっ!? IS学園の全員が視線でそう訴える中、アレキサンドラ・リキュールによる織斑千冬への糾弾は終わることはない。
「そうだ。アイツは10年という歳月を学ぶ為ではなく、繰り返すために費やした。そしてその結果を受け入れることもせずに、今度は君達を利用しようとしている」
「ちがうっ! 千冬姉は俺達のことを思って・」
「愛情………かい?」
一夏の驚いた表情を見たリキュールは『やはりそうか』と若干表情を歪ませると、どこまでも自分の予想通りの事をしていた千冬(親友)に、苛立ちを募らせながら、それを心の奥に仕舞い込み、言葉を紡ぐ。
「それだよ一夏君。愛情で君達を縛り、自分の思想から逃げれなくなるように、君達を育ててきたんだ。自分の手元からいなくならないように、もしもの時の『生贄』とするためにね………わかるか? 君達が本来掴むべき『自由』という権利を、何よりも阻害しているのは千冬の存在そのものだということを………」
「そんなもん、テメェの勝手な邪推だろうが?」
「それは違うよ陽太君。言ったろ? アイツは『繰り返している』と」
陽太の反論もばっさりと切り捨てたリキュールは、冷めた視線で目の前にいる陽太と一夏、そして彼らを信じる少女達の姿を見ながら、かつては己が通り抜けた時間を心の中で思い返し、自分と同じ時間を生きたはずの友が、『真実』を知っているはずの親友が、『過ち』を省みることなく手酷い裏切りを行っていたかのような気持ちに襲われ、彼女は心の中で毒づいた。
「(よもや同じ人間に二度も失望させられるはな)………陽太君、一夏君、改めて言おう」
そして再び引っ込めた手を差し出すと、元のシニカルな笑みを浮かべてまたこの言葉を口にする。
「私達の同志になりなさい。そう、己の足でこちらに来たまえ」
あくまでも自分の意思でIS学園を離反してこちらに来い。彼女の揺るがないその言葉を受けた陽太達だったが、当然、一夏は姉を裏切ろうなどという考えは毛頭無い。当然、隣にいる陽太もそうなんだろう………と横目で彼の様子を見た一夏だったが、驚いて思わず叫んでしまった。
「陽太っ!?」
大股歩きでリキュールに向かっていくのだ。しかも途中でISを解除して………。
「火鳥っ!?」
「陽太さん!?」
「陽太ッ!?」
「アンタッ!? まさか本気で敵に寝返る気なの!?」
当然、この行動には仲間からも悲鳴に近い声が上がり、シャルにいたっては泣きそうになりながら、彼が行くのを阻もうと後を追いかけようとする。
「ヨウタッ!!」
そんなシャルの言葉を背に受けながら、陽太はリキュールの前まで行くと、彼女の差し出した手を握る………。
「ざけんなッ!!」
………事無く、なんとリキュールの顔面を素手で殴りつけたのだ。
「「「「!?」」」」
これには竜騎兵のフォルゴーレとリューリュクは息を呑み、フリューゲルとスピアーにいたっては、目に殺気を漲らせて。獲物を携え今すぐに斬り殺そうと構えるが、それをリキュール自ら左手で『待て』の合図を出して制止する。
そして陽太は、殴りつけた拳を引っ込めると、彼の一撃を受けても微動だにしなかったリキュールに、威勢よく啖呵を切った。
「目の前で俺の師匠をボロクソに言っておいて、俺達を救いたい? 笑わせるのも大概にしろよクソ女!! そんなに俺達が欲しいなら、お得意の力ずくで従わせてみろよ!! ただし、俺も一夏も死んでもテメェなんぞには従わねぇーけどなッ!!」
「……………そうか」
低い声でそれだけ伝えると、口の切れ端から僅かに流れた血を自分で舐め取り、彼女は歓喜に震えながら言った。
「実のところ、本当に君達が私の所に来たらどうしようと思っていたのだよ………ああ、同志になってほしい、というのは偽らざる本音だ。だが、そうホイホイ主義主張を変えるような者を信頼できないのも必然」
そしてもう隠す必要も無いといわんばかりの、炎の嵐のような熱気と圧力を含んだ凄まじい闘気と殺気を全身から放ちながら、言葉を続ける。
「私に歯向かうその胆力。度し難く、埋めがたい戦力差にも怯まずに向かってくる勇気………己を褒めていいぞ。実に君は見事だ」
陽太は後方に飛び退くと再びとISを展開して、彼女との戦いに望もうとする。臆する気持ちも底が見えない相手の力量への警戒心も消えたわけではない。だが、逃げ出すわけにはいかない。この目の前の女を許容するのは、自分が今まで歩んできた道への、信じてくれた者への冒涜であると感じ取ったからだ。
「私も少々言葉が過ぎた。そうだ………戦士とは言葉で表せるものではない」
アレキサンドラ・リキュールが龍のエンブレムを象ったペンダントを手に持ち、宣言した。
「ここからは、君の言う通り『力』を持って願いを通そう……………だが、覚悟しろよ陽太君」
彼女の瞳が再び龍の如き形と色に変化し、闘気と殺気の圧力が激増する。
「第七感に到達できていない未熟な君は知ることになるのだ。世界の深遠………『空の王位継承権(スカイ・クラウン)』を持つ者の、暴力(ちから)を!!」
闘気がうねりを上げ、彼女がペンダントを持ち替えた。完全に戦闘準備が完了している。
「(来るっ!!)」
陽太が警戒心をMAXまで高め、一夏を筆頭に獲物を構えて、敵幹部との初戦闘に備える。尋常ならざる敵の存在、そしてかつてマリア・フジオカが言っていた『ジェネラルは次元が違う』というセリフの真意を確かめようと全員が緊張感を漂わせる。
だからこそなのだろう………すでに『動いていた』者の存在に気がつかなかったのは………。
「!?」
「ラウラッ!!」
シャルの叫び声、そのあまりの不意打ちに、全員が振り返る。
完全な意識の外からの奇襲………フォルゴーレによるハンドバズーカの砲身の打撃が、ラウラに襲い掛かったのだ。咄嗟に片腕でガードしたが、威力を殺しきれずに吹き飛ばされてしまう。
だが、彼女が狙っていたのは、別段、ラウラ個人ではない。ラウラが現在片手で所持していた『オーガコア』だった。狙い通りラウラはオーガコアを手放してしまい、フォルゴーレはそれを空中でキャッチすると、すぐさま己が主の前に立ち、オーガコアを差し出しながら、言い放つ。
「私達の任務………オーガコアの回収。無事に完了しました親方様………早く帰還いたしましょう」
「フォル………アンタ」
普段は食い意地が張って、トロいと小馬鹿にしていたフリューゲルが、これには驚きの声上げてしまう。ある意味、自分達の中で最もアレキサンドラ・リキュールの命令に忠実な仲間が、敬愛する主の戦いに水を差すような真似をしたのだ。
だが同じ仲間から『あり得ない』と言った表情で見られていることなど気にも留めず、彼女はまっすぐと見続けながら、自分の背後にいるIS学園メンバーに言い放つ。
「火鳥陽太………貴方、馬鹿だよね」
「!?」
「ジーク君に勝ったぐらいでいい気になんかならないで。貴方なんかが親方様に、絶対勝てるわけないんだからさ」
「なんだと!?」
「織斑一夏………貴方もだよ」
「え?」
陽太に対して『お前が勝てるわけないんだから調子に乗るな』と言うと、今度はその矛先を一夏へと向け、冷めたような言葉を投げかける。
「さっきさ、マドカちゃんに『竜騎兵(私達)とは分かり合えた』なんて言ってたけど、何、勘違いしてるの? ちょっと一緒に闘ったぐらいでさ」
「なっ!? いや、だって、お前達も一緒になって皆をッ!!」
「オーガコアを回収するために、貴方達を戦力に加えた方が効率がよかっただけだよ。それを何? 勝手に分かり合えたなんて思い込んでさ。やめてよ、貴方、馬鹿みたいだよ?」
自分達に温厚そうな笑顔を向けていたのも芝居だったのか? 彼女の言葉にはそんな意味も込められているようで、一夏は信じられないといった表情で彼女の背中を見たのだった。
「さあ、親方様………もうこの場に長居する理由はないはずです」
「……………」
急かすような話し方をし続けるフォルゴーレの瞳を黙って見続けていたリキュールは、徐に彼女の耳元に顔を近づけると、フォルゴーレにしか聞こえないような小声で囁いた。
「こんな必死なお前は初めて見たぞ。そんなに一夏君達を見逃してほしいのか?」
「!?」
心の内を見透かされ、頬と耳たぶを赤く染めたフォルゴーレを面白そうに見ながら、彼女はジャンバーの裾をなびかせながら、陽太達に背を向けたのだった。
「まあ、いいだろう。陽太君もジーク君との戦いで消耗している………確かにこれでは旨味は半減だ」
「何っ!?」
「帰るぞ」
自分でした挑発の事など忘れ去ったかのように、彼女は部下達に退却を告げたのだ。だがこれにはIS学園側が猛烈に反発したのだった。
「ふっざけんなっ!! 何を勝手なことを!!」
陽太が代表するように激昂したが、それをリキュールの冷静な声が遮ったのだ。
「私は別に構わない。だが君も『戦士』であるなら………わかるはずだ」
彼女の振り返った視線の先に、未だ体調が戻らないシャルが映る。
確かに自分はジークとの戦いでかなり消耗している。シャル以外に一夏やラウラ達も被弾こそしていないが、オーガコアとの戦いでエネルギーは消耗しているはずだ………相手が未知数である以上、敵が帰るのを引き止める真似も、必要以上に深追いをするような真似はするべきではない。
だが、ここまで好き勝手しておいて、『ハイそうですか。わかりました、お帰りください』などできる筈もないのだ………矜持と使命の間で揺れ動く陽太に、リキュールはとある事を口にした。
「だが今日の奮戦に免じて、一つだけ言っておこう。陽太君………IS学園の諸君」
「?」
「マリア・フジオカ………彼女は死亡した」
『!?』
何気なく言い放ったリキュールの言葉に、陽太もシャルも一夏達も激しく動揺する。
「私達に渡された情報では、陽太君が殺した。ということになっているが、実際はどうなんだね?」
「ふざけんなっ!! マリア・フジオカは国際IS委員会に身柄を預けられてるはずだろうが!!」
「…………やはりそうか」
陽太の言葉を聴いたリキュールは、それだけで彼女の死因がなんだったのか、大体の所を直感的に理解する。
「(メディアめ………高くつくぞ、この代償は)」
「ウソッ!? 先輩が死んだなんて………そんなことある訳ない!!」
だが、マリア・フジオカに何よりも心を開いてシャルは、その衝撃の言葉に我を忘れ、ISを展開してリキュールに銃口を向け、瞳に涙を溜めながら詰め寄ろうとする。
「嘘をつくな!!」
「………私の言葉が嘘かどうかなど、どうでもいい」
リキュールは自分に向かって銃口を向けてくるシャルに対し、苛立ったような口調で言葉をぶつけた。
「なんだ、そのザマは? そこいらにいる小娘のように取り乱すな。うっとおしい」
「うるさいっ!!」
「お前は、そんな情けない面を陽太君の隣でするために、ここにいるのか?」
「!?」
思わぬ一言にシャルが言葉を詰まらせると、リキュールは、まるで何かを『諭す』ように彼女に話を続ける。
「マリア・フジオカがお前といかなる関係だったかなど興味もない。だが、戦士が戦場で死ぬのは必然。そしてISは戦場での戦士の死に装束だ。それを纏っているということは、己の死を覚悟しているという意味だ。少なくともマリアにはその覚悟はあったはずだ。ならば彼女の死の如何等、微々たる事」
「………なんだと?」
マリアの死などどうでもいい………その言葉にキレかけるシャル………そして同様に怒りを見せる者が自分の横にいた。
「………アレキサンドラ・リキュールッ!!」
マドカの肩を借りて立ち上がるジークだった。そもそも彼が陽太に戦いを挑んだ理由こそ、マリアの死であり、リキュールの言葉は到底看過できないモノなのだが、そんなジーク、そしてシャルにリキュールは静かに話しかける。
「戦士にとって意味があるのは死ではない。我々が如何に『生きた』のか。ただそれだけが戦士の『命の意味』を伝えることができる」
「「!?」」
生き様だけが『命の意味を伝えられる』………彼女の思わぬ言葉に、シャルやジークだけではなく、IS学園全員が聞き入ってしまう。
「フリューゲル」
「ハッ!」
ISを展開しているフリューゲルを呼び、彼女を膝まづかせて、肩に腰を下ろす。マドカはジークを支えながら、先に地を蹴って上空で浮遊し、続いてスピアー達も彼女の後に続く。
「陽太君」
「………なんだ?」
そしてリキュールは振り返ることをせずに、背中越しに陽太に話しかけた。
「人が生きる限り、過去は人の中に蓄積され続ける………厄介な事だな。忘れられぬと言うことは」
「???」
「帰るぞ」
陽太が返事をまもなく、フリューゲルが大地を蹴って上空に飛び出し、亡国機業全員がその後に続いていく。
後に取り残された対オーガコア部隊のメンバー達………オーガコアを退けた事も、強敵を撃破したことにも嬉しさを感じている者は一人もいない。
ただ、全員の胸中に、有耶無耶にされた後味の悪さと、言い知れぬ屈辱だけが胸を焼き続けるのであった。
あら、結局、バトらなかったのか………てか、フォルゴーレさんナイスセーブ。彼女がいなきゃ、正直、太陽の翼今回で終了していたかもしれません。
ということで、年下のジュドーをなんとしても仲間にしたいハマーン様の如く、陽太と一夏を口説きまくる親方様。あと元彼のシャア(千冬)さんを徹底的にこき下ろすのも忘れません………冗談だからねw
そして親方様の口から断片的に語られた過去に、今後のいくつもの布石が散りばめられてます………果たして、同じ『師』の元にいた、千冬さん、束さん、親方様の三人が、なぜ今は敵対しているのか?
そもそも彼女達の崇める「先生」とは何者だったのか?
次回に続きます!