IS インフィニット・ストラトス 〜太陽の翼〜   作:フゥ太

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男一匹、いぶし銀

きゃーきゃー叫ぶ女子達の中で、話さない動じない笑わない

男、奈良橋武夫の昔語りの始まり始まり……





ごめん、何言ってんのかフゥ太もわかんねぇーやw


時代に乗れなかった男の話

 

IS学園整備科主任教師の奈良橋健夫の朝は早い。

 

 学生達が朝練で登校して来るよりも早く整備室に入り、中に格納されている練習機である打鉄とラファールの整備を始める。

 整備台の上に鎮座しているIS達を見回した奈良橋は、手に持った工具箱とノートパソコンを台の上に置くと、ケーブルを繋ぎ、一機一機の状態を確認していく。最新鋭の兵器であるISは、同時に精密機器の塊でもある。いくら自己修復機能が備わっているとはいえ、すべてが同時に回復できるわけではない。それに毎日別の人間に使われる練習機にもなれば、それを使う操縦者の少女の扱い方も千差万別で、負担が掛かる場所も違ってくる。

 そんな機体達が、毎日何の誤作動も無く起動できている影には、こうやって朝一で全ての練習機の状態を万全にしている男の姿があったのだ。

 

「……………」

 

 口元をへの字に曲げたまま一切何も言わず、この整備室で男一人黙々と作業をこなす。

 時に磨耗している中のケーブルを交換し、時に間接部に入り込んでいるゴミを取り除き、アームパーツの握力の状態をチェックし、スラスターの点火状態が悪いのを見て内部の設定を戻し、両脚部の緩衝器の微妙なズレを見つけては高さを調整していく。

 

 作業内容自体、極めて地味なものであるが、こうやった日々の点検を正確に行えているかどうかで、空戦時に機体性能をギリギリまで安定して引き出せるかどうかが決まるために、奈良橋は整備士の卵達に口やかましくなるぐらいに言っているのだが、伝わっているのが数人ほどというのが、現在の彼の悩みの種であった。もっとも、それは自分が元来、話下手であり、お世辞にも教師に向いているとはとても思えないのが原因であるという自覚も奈良橋は持っていたのだ。

 

 そもそも、彼は元来、防衛大を卒業しているものの、カリキュラムの一環としてしか教師としての在り方を習っていない。

 ISの存在を世間に知らしめた世界的事件である『白騎士事件』………この事件の直後、奈良橋はすぐさま自衛隊上層部にこのISの有用性を説いてみせた。一技術者としても、この夢の超兵器の存在には純粋に心驚かされ、いずれ世界中がこの兵器を主流に軍隊を構成するようになると予期したからであった。国のために、国に生きる人のためになる。若かった彼はそれを信じてやまなかった。

 だが、上層部はこの奈良橋の訴えを無視し続けたのだった。

 いくら兵器としての優れたポテンシャルを持っていようとも、当時はまだあまりに運用のさせ方自体未開拓なものであり、またそれを開発したのは十代半ばの少女であるというのだ。当時の奈良橋の上官連中は彼の話を『世間に踊らされて、未来が見えていない馬鹿な男の話』と一蹴してしまった。それから数週間後、彼は上層部から突然の異動命令を受け、首都にある防衛庁勤務から、突然の北海道への配置換えを言い渡される。それが上層部からの体の良い厄介払いであったということは理解し、苦虫を潰す様な顔で彼はそれを了解したのだった。

 そしてそれから五年後、彼に更なる苦難が襲い来る。

 

 自分の北海道行きに文句一つ言うことなくついてきてくれた妻が倒れたのだ。初産で娘を産んだ直後だった。彼はすぐさま娘を実家に預けると、妻を入院させ、今まで以上にがむしゃらに働いた。働いて妻を今までよりもいい病院に入院させてやれると信じていた。

 

 しかし、現実は彼の思ったとおりの未来を与えてくれはなかった。

 

 重度の腎不全で妻が他界したのだ。聞けば彼女は倒れる以前よりも痛みを抱えながら自分に隠れて通院していたそうだ。何も知ろうとしなかった自分の無知を恥じて、痩せ細って物言わぬ妻の手を握りながら、誰にも見られないように一人で泣きはらした。

 周囲はそんな自分とは違い、目まぐるしく動き出す。そのころにはすでに彼が予見したとおり自衛隊でもISを主体にした戦力の構成が成され出し、自分を北海道に追いやった上官が笑顔で自分に戻ってきてほしいという打診がきた。同時に国内最大のIS研究機関である『倉持技研』への技術者として出向の話も来た。

 奈良橋は迷った末に後者の道を選ぶ。自衛隊のことを彼は嫌悪したわけではない。ただ今の自分は独学でISについて勉強しただけの一技術者でしかない。もっと専門的なことを学びたいという思いに駆られて、彼は倉持技研に出向する。仲間の自衛官からは『女に自ら頭を垂れに行った』と言われたが、彼には別段堪える事はなかった。妻が死んでから痛覚が麻痺したのか、それとも抑えていた反動が吹き出たのか、それは彼自身にもわからなかったが………。

 年下の破天荒な女性が所長だと言われても、最初こそ驚いたが数週間でそれも慣れた。今は我武者羅に、兎に角、研究に打ち込みたかった。没頭という「行為」こそが目的になっていた。

 

 出向から2年後、そんな彼に三度目の転機が襲い掛かる。

 

 幼い娘が妻と同じ腎不全を発病したのだ。実家の実母からそれを告げられた時、自分は妻が死んだ時と同じことを繰り返したのかと、自分自身への怒りで脳が焼ききれそうになる。

 もう二度と愚かな過ちは繰り返さない。彼は自身でそう誓うと、残された幼い娘のために働き口を探そうとした。自衛官には任期があり、その間はどうしても家を空けがちになってしまう。それでは娘のそばにいられないと思い、彼は自衛官の帽子を自ら置く決意をしたのだ。

 またそんな彼に快く協力してくれたのは、自衛隊の仲間ではなく、出向先の所長だった。

 彼女は彼の事情を知るや否や、とある人物に連絡し、腕の良い医師が多い鵜飼総合病院への入院手続きと、病院から車で20分という近い距離にあるIS学園の技術教師としての就職先を紹介してくれたのだ。

 ISに関わったが為に数々の苦難を味わった身としては、これ以上はISに関わるのは気が引けたが、しかし自分が現在最も技術的に世間で通用するのもまたISに関わる技術という事実に、複雑な心境になりながらも、奈良橋は面接に赴いた。

 彼女の紹介の元、温厚そうな笑顔を浮かべて自分を出迎えてくれた白髪の老人が理事長だと知ると、地面にデコをこすり付ける勢いで頭を下げ、自分のような人間を雇ってくれようとしている人に感謝の気持ちを表した。そして自分がココに来るまでの敬意を告げると老人は、そんな奈良橋の人柄を一目で見抜いたのか、自衛隊にいた時よりも遥かに高給かつ、福利厚生の各種手当てを掲示してくれたのだった。これには奈良橋が逆に『なぜ、初対面の自分にココまでしてくれるのか?』と問いかけた。

 

 そして老人はそんな奈良橋に笑顔でこう告げる。

 

『貴方の様な人だから、安心して生徒を任せることができる。誠実に『人間』を考えることができる、貴方だから』

 

 老人が笑顔で告げてくれた言葉に、涙が溢れそうになるのを堪えながら、奈良橋はこの学園での教師職を引き受ける決意を告げる。

 

 それからも彼の歩んだものは楽な道のりだけではなかった。自衛隊を辞めることを告げに行けば、上司からは罵られ、同僚の何人かは陰口を囁いていたのを見かけ、学園に入っても、女子主導で動くためか、男性職員の肩身は狭いものではあった。生徒も女子しかいないため、世間の風潮をそのまま学園に持ってきては、男性である奈良橋の言葉を軽視する生徒も少なくない。

 

 だがそれでも彼は黙々と自分の職務を全うし続ける。

 残された病気の娘の為、拾って貰った恩義の為に………。

 

 そして機体全てにワックスをかけ、それを使うであろう者達が快く使えるように万全の状態にして、彼の朝の一作業は終えた時、千冬が自分に持ちかけたかつての話と、学園内で色んな意味で話題に上がる少年のことを思い出す。

 

「………対オーガコア部隊と、特殊チェーンされた機体の整備か…」

 

 元自衛官としても、技術者としても、心躍る話ではある。

 元々ISの運用について彼が上官にあれこれ進言したのは国防………強いては『国民の安全を守る』為なのだ。10年前ならば確実に話を受けていただろう。直接前線に出ることは叶わないが、戦場で命を賭けることになる操縦者達の為に全身全霊でバックアップに勤しんだだろう。

 だが今の自分はこの学園の一教師でしかない。しかも聞けば部隊員は全員が10代の少年少女であり、隊長には普段の素行に極めて問題があり、かつ経歴も怪しい少年であるというのだ。

 IS学園が最新鋭の兵器を扱う人間を育成する場所だとしても、それはあくまでも育成の話だ。軍の士官学校だからといって、いきなり学生を前線に放り込むような真似をする国はない。前線に立つのは選ばれた軍人であって、子供ではない。若干、感情的に千冬に反発して彼は一度話を断ってしまったが、その考えについては未だ変えるつもりは毛頭なかった。

 

「(子供を前線に送り出すなどとんでもない!)」

 

 そもそも奈良橋はISが原則女性にしか扱えないことにも強い不満を抱いている。何もそれは女尊男卑についての嫌悪感ではない。

 軍人として生きていた自分としては、男こそが前線に立つべきだ。という考えが彼にはあるのだ。

 

「……………だが」

 

 頭に昇った血が下がるほどに、そんな自分の考えと、現実とのギャップを感じ、彼の表情は益々硬くなる。

 いくら整備の技術とはいえ、ここにいる女生徒達に兵器運用のノウハウを教えているのは自分であり、少年達が幾度もオーガコアを退けているという事実がある。少なくとも、整備室に篭ったまま、こうやって心の中でグチグチと文句を言っているだけの自分よりも、遥かに世の人のためになっているではないか。

 

「……………」

 

 口ほどにもない人間なのは自分のほうか。そう一人結論付けて立ち上がった奈良橋であったが………

 

 ―――整備中の打鉄の上に寝転がって自分を見る逆さの少年の顔―――

 

「ッ!!!?」

「オッサン、一人で何ブツブツ言ってんだ? 独り言多い人?」

 

 初対面の人間に対して、いきなりオッサン呼ばわりされた上に、失礼極まる事を言い放ってくる目の前の少年に、奈良橋は眉間に皺を寄せながら問い詰めた。

 

「キサマッ!!」

「オッサンがナナハチ?」

「私の名前なら奈良橋だ! というか、早くそこから降りろ!」

「?」

 

 睨み付ける意図がわからないと言いたげに首を傾げる少年に、奈良橋はさらに語尾を強めて注意を施す。

 

「先生にあったならば先ずは敬語を使え! そして早くそこから降りろ!!」

 

 怒鳴りながら首根っこをひっ捕まえて少年を無理やり引き摺り下ろす。地面に放り出された少年はというと、特に怒った様子もなく、逆に笑顔で奈良橋に話しかけてくる。

 

「オッサン、俺の名前は火鳥陽太ね」

「オッサンではない。奈良橋先生と言え!」

「そんでさオッサン」

「人の話を聞けッ!?」

「俺達のISの整備やってよ。あ、俺、対オーガコア部隊の隊長様ね!」

 

 『見て見て、証拠のIDだよ~♪』と自慢気に見せてくる陽太の態度に、奈良橋はますます眉間の皺を増やしながら、陽太に指差して注意をする。

 

「その話ならば、すでに織斑先生に断っているはずだ」

「いや、だからこうやって改めてお願いに来てるのよ。というわけでヤレよ、整備士」

「それがお願いに来ている人間の態度か!?」

「そんじゃ………お願い、キラッ☆」

 

 舌を出しながらウインクする陽太の、そのイラッとする笑みを向けられた彼のこめかみに青筋が迸る。が、それは持ち前の忍耐力で怒鳴るのだけは耐えてみせた。これ以上この生徒の調子に合わせるわけにはいかない。その判断の元、彼は作業台の上に乗せてあった、弾詰まり(ジャム)を起こしているラファール用のアサルトライフルの整備にとり抱える。

 

「……………」

「♪♪♪~」

 

 弾倉(カートリッジ)を取り外し、スライドを取り外す奈良橋の手元を、鼻歌交じりで見学する陽太………その視線が妙に気にかかるが、これ以上付き合わないと決め込み、無視しにかかる。

 

「……………」

「モグモグ、ズズ~」

 

 だが、何処に持っていたのか、手にアンパンとコーヒー牛乳を持って食べだすのを見過ごすわけにはいかず、彼は机を両手で叩いて立ち上がり、彼の胸倉を掴みあげて、ヤクザ顔負けのドスの効いた視線で睨み付けた。

 

「キサマァッ!! 整備室(ココ)が飲食厳禁だと知らんのか!?」

 

 奈良橋は怒鳴りながら指差し、壁に掛かっている『飲食厳禁』の札を示す。陽太はというと、今初めて気がついたという驚いた表情になり、コーヒー牛乳を啜りながら一応の謝罪をした。

 

「ズズ~~~………あ、ホントだ。すまんすまん」

「!!」

 

 急いでアンパンを食べ終え、コーヒー牛乳を最後まで啜り終えた陽太が『これでもう大丈夫でしょ。ささ、お仕事続けて』と笑顔で返すが、その笑顔を見た瞬間、奈良橋の中の何かが『プッツン』とブチ切れ、胸元から首根っこに持ち替え、整備室の扉が砕ける勢いで開くと、陽太を引きずりながら荒い鼻息で歩き出す。

 

「キサマッ!? そもそも今の時間はお前のクラスは授業中ではないのか!!」

「あ、そうだそうだ。忘れたな……」

「忘れるなっ! お前はこの学校に何をしにきている!?」

「シャル、後でノート見せてくれるかな? てか、またレポートとかヤダな。なんとか弁護してよ、オッサン」

「オッサンではない!! 奈良橋先生と言えとあれほど言っているだろう!!」

「オッサンはオッサンじゃん………それとも、実はおばちゃんだとかいうオチか?」

「オチとかそういう問題でもない!? それに私はまだ36だ!」

「なんだ、十分にオッサンじゃない?」

「!?」

 

 曲がり角を曲がった所で、ゴンッ! という大きな音を鳴らし、タンコブが出来た頭を抱えながら痛がる陽太を引きずって、再び歩き出す。

 

「いっっってぇぇぇ………あにすんだよ!!」

「貴様には、礼儀作法というものが丸ごと存在せんのか………」

「そんなことないですよ~~………てかさ、ウチの整備士やってよ、とっつぁん」

「だからその話は断ったと言っているだろうが!?」

「だからその断りを俺が断ると言ってるんだろうが、とっつぁん!!」

「意味がわからんわ!!………というか、貴様」

 

 いつの間にか自分の呼び名が変わっていることに気がついた奈良橋が立ち止まって陽太のほうを見る。頭をさすりながらも、陽太は見られていることに気がつくと、半目で睨みながらも答えて見せた。

 

「ん? オッサンが嫌なんだろう? まったく、いきなり出てきてああだこうだと注文の多い奴だな」

「鏡を見ながらその台詞を言ってみせろッ!………というか」

「どしたの?」

「そ、そのなんだ………『とっつぁん』というのは…」

 

 キサマにだけは言われてたくないとツッコミつつ、自分の呼び名を変えた陽太に戸惑う奈良橋だったが、そんな陽太はというと、いたく無邪気に笑いながら、自分を引きずる教師に堂々と言い放った。

 

「とっつぁんの整備の仕方見てたぜ。そんでピンときた。俺達のIS預けられんの、この学園じゃとっつぁんだけだってな」

「な、なぜそこまで私に拘る?」

「ISの生みの親が昔言ってたんだ。『中途半端に技術を持ってる奴ほど手抜きする』ってな。そんでとっつぁんの整備の仕方がどことなしに、そいつに似てたんだ。アイツはISに関して『だけ』は手抜きしない奴でよ………まぁ、それ以外じゃ、よく俺をひどい目に合わせやがったがね、こんちきしょうーがっ!!」

「……………」

「この学園に来てから、忙しくてこいつもあんまりメンテナンスしてやれてないからな。コイツ等も俺達と一緒に戦ってくれてる仲間だ。だったらしっかりした奴に診せてやるのも、隊長様のお仕事ってわけだ」

 

 待機状態の自分のISを見ながらそう呟く陽太を、奈良橋は先程とは違った、興味深いといった表情で見つめる。

 この学園において、ISという兵器をただのアクセサリー同然と考える人間はいても、人間と同格で評価するような奴は、初めて出会ったからだ。

 

「仲間………」

「仲間だろ? 戦闘中じゃ、命預けてるも同然なんだしさ」

「……………」

「???」

 

 神妙な面持ちになって押し黙る奈良橋を、陽太は不思議な物を見るかのよう目で見る。黙り込んだまましばし陽太を引きずると、一年一組の教室のドアの前で立ち止まり、丁寧に声を書けずにドアを二回ノックする。数秒後、真耶が何事かとドアを開き、奈良橋の巨体に驚愕して数歩後ずさってしまう。

 

「………山田先生」

「は、はい。ど、どどどうされましたか奈良橋先生?」

 

 普段あまり喋った事のない人間の登場に戸惑う真耶だったが、奈良橋が無言で首根っこ掴まえた陽太を真耶の前に差し出すと、なんとなく事態を把握する。

 

「やっほー、真耶ちゃん」

「火鳥君!! 貴方、授業をサボって何処に………」

「とっつぁんを(整備士として)口説いてた。だけどどうにも照れ屋名性分らしくてな………強敵だ」

 

 その台詞を聞いた瞬間、ガタンッ! と教室の中で何かが倒れ、そしてラウラの声が響き渡った。

 

「シャ、シャル!? どうした!?」

 

 床に崩れ落ちたのはシャルであった。彼女はこの世に絶望したかのように顔を真っ青にしながら、陽太の言葉を明後日の方向で解釈したのだ。

 

「(そんなっ!? ヨウタに昨日あんまり酷い言い方しちゃったから謝ろうって考えてたのに………私が冷たくしすぎたせいで………ヨウタが男の人に目覚めちゃった!?)」

 

 椅子から崩れ落ちて絶望に打ちひしがれるシャルの姿をラウラと数名のクラスメートが必死に心配し、陽太は『寝不足? それとも空腹?』と首を傾げてみる。乙女の脳内化学反応というには少々難易度の高いシャルのリアクションを陽太が理解するには、まだまだ時間がかかりそうである。

 そんな学生諸君の愉快なリアクション劇場にも全く興味を示さず、への字の口と仏帳面な奈良橋だったが、真耶の背後から同じぐらいに表情が固い千冬が姿を見せると、短く会釈をして彼女の名前を呼んだ。

 

「織斑先生」

「奈良橋先生」

 

 千冬が恐縮そうに頭を下げると、奈良橋は襟を掴んだまま陽太を手渡す。そして千冬は陽太を受け取ると、目の前で『チャオッ!』とか言っている馬鹿弟子を、手荒くゴミを捨てるかのごとく放り投げるともう一度重ねて奈良橋に頭を下げるのだった。背後で『ぎゃっ!』という声と共に、頭から何かが椅子に激突したような音が聞こえたが、特に二人は気にも留めない。

 

「お手数をお掛けしまして、大変申し訳ありませんでした」

「いや別にそれは構いません。ですが織斑先生………少々彼には生活態度の改めと、特に言葉遣いに気をつけていただかないと……」

 

 そう言ってもう一度だけ陽太の姿を見る奈良橋。頭を擦りながら、『で、どうした? 腹でも壊したのか?』と心配そうな表情でシャルに声をかける陽太の姿に何を思ったのか、そのまま背を向けると再び整備室に戻ろうとする。

 

「あっ! とっつぁん!?」

 

 だが、背を向けて歩き出そうとした瞬間、陽太は奈良橋に別れの言葉を投げかけた。

 

「また頼みに行くからなっ!」

 

 あくまでも整備士の勧誘を諦めない、ニカッと無邪気にそう笑う陽太の姿に、奈良橋は苛立ったかのように振り返ると、声を荒げながら言い放つ。

 

「私はっ! お前のようないい加減な奴が大嫌いだ!!」

 

 大声が教室に響く中、歩き出す奈良橋………状況が理解できない女子生徒と教師達が呆然と立ち尽くすが、陽太だけは脱力したかのように肩を落とすと、ポツリと呟く。

 

「素直じゃないないな、もう~~~」

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

「ほうほう、つまりはお前は私達のカスタムISを整備できる人材の確保をしようとスカウトしていたのか」

 

 そして昼休み………すでに騒然となることが日常茶判事になってしまった一組の生徒は、その後の『とりあえず授業の続きをしよう』という流れに従い、特にその後の問題もなく授業を進め、昼休みなってようやく陽太が授業をサボって何をしていたのか、食堂で昼食を取りがてら事情を知ったのだった。

 

「さすが、教官のマニュアルを元に私が仕込んだ男だ! 教官に掛かればどんな『バカ』でも立派な隊長になれる!!」

 

 陽太が部隊のために動いていたことにいたく感激したラウラが、腰に手を当てながら若干頬を赤く染め鼻高々に『千冬の功績』と褒め称えたのだ………最も、実際にスカウトに動いた男はというと、額に青筋を作りながら手に持ったラーメンを見つめながら呟く。

 

「おいコラ黒兎。ちょっと表出ろ………泣かす」

 

 悪気もなく流れるようにバカ呼ばわりしたラウラに、怒りを露にするが、それを先ほどとは打って変わってご機嫌となったシャルが宥め沈める。

 

「もうもう、そんなに怒っちゃ駄目だよ陽太………ハイ、エビフライ」

 

 自分のおかずのエビフライをフォークに刺して陽太に差し出す笑顔のシャルロット………数秒間それを見つめた後に、陽太はそのエビフライにかぶりつくのだった。

 

「は~い。しっかり噛んで飲み込んでね~」

 

 陽太が『女の自分に諦めて男に目覚めた』と勘違いしていたことに気が付いた反動か、あまり陽太をいじめ過ぎないように接する。最も、当の陽太はというと、シャルの態度の変化をこう判断していた。

 

「(これは………妙に優しくして、夜になるとドバッ!と書類の仕事を追加しようというフェイント!?………そ、そんな手は通用しませぬぞシャルロット殿!?)」

 

 結構不審がられていた。どうやら昨日無視されたことが相当堪えたようである。

 

「………というかさ」

 

 そんな珍妙極まるリアクションをする一同に、餃子定食を食べながら鈴がここにいない人物のことを問いかけた。

 

「一夏が途中で早退したって、本当?」

「あ、ああ………」

 

 満面の笑みを浮かべていたラウラが急に肩を落として意気消沈してしまう。みればシャルも同様で、一組でありながらあの現場にいなかった陽太は、何の話かとシャルに聞いたのだった。

 

「そういや、一夏いなかったな………サボリとはまったく………不真面目な野郎だ!」

「お前が言うな!!」

 

 鈴の高速ツッコミが飛ぶ中、あの後事情を話してもらったセシリアが、テーブルに紅茶の入ったマイカップを置くと今まで溜めに溜めていたリアクションを一気に解き放つ。優雅なポーズ付きで………。

 

「まさか箒さんが、そんな過酷な理由で戦われていたとは………友の為に、あえて孤独を選ばれるその強さ………まあ、わたくし、実はそうではないのかと前々から勘付いておりましたが!!」

 

 久しぶりの優雅な貴族?ポーズとドヤ顔でそう言い放つセシリアだった。彼女を見る仲間達の不審極まる視線が一同に集まっていることに彼女は一向に気がつく気配がない。

 

「(鈴、お前ツッコめ)」

「(私嫌よ。シャル、お願い)」

「(えええ~~!?)」

「(ほう、意外な洞察力だな。セシリア)」

 

 セシリアを除く四人が小声で話し合う中、一人だけセシリアの言葉をそのまま鵜呑みにしそうになっている。何でも信じようとする天然気味な面を見せるラウラに陽太達が『この子もなんだかな~』と和んだ空気が流れる………が、そんな日常の中にとある放送がかかる。

 

『笹村先生、笹村先生。至急、第三アリーナ・セキュリティールームまで起こしください』

 

 一般生徒達にしてみれば、聞いたことのない名前の先生だな、という程度の印象しか受けない。だが対オーガコア部隊の人間達の表情は全員が一気に険しくなり、全員が一斉に立ち上がると第三アリーナに向かって『早足にかろうじて見える程度の小走り』をし始める。

 これは病院などの職員達が『スタットコール』と呼ぶ、職員専用の緊急コールであり、一般生徒達に対してパニックを抑える役目がある緊急放送なのだ。そして対オーガコア部隊の人間にのみ、この放送の本質が伝わる。つまりは『オーガコアが出没したので、現在臨時の作戦司令室になっている第三アリーナのセキュリティールームまで早く来い』という旨のものである。

 

 放送がかかって数分足らずで作戦司令室にまで辿り着いた一行は、扉を大急ぎで潜る。そこにある大型モニターには、すでに大型モニターにオーガコアの存在を示す『エネミー』の表示がなされていた。

 

「場所はどこだ!?」

 

 モニターの前で必死にパネルを操作する真耶と、モニターを凝視する千冬に隊長である陽太が、オーガコアの出現場所について尋ねる。

 

「場所はここから北西に10kmの地点。鵜飼総合病院がある場所だ」

「病院?」

 

 鵜飼総合病院………その名前を聞いた瞬間、シャルとラウラの表情が一変する。

 

「朝、一夏達が箒を追いかけて行った場所だ!?」

「!?」

 

 シャルの叫びに陽太が思わず振り返った。続けてラウラがやや焦った表情で千冬に問いかける。

 

「教官、現場との連絡は!?」

「さっきからやっている………だが」

 

 千冬がその問いかけに苛立ったように答える。真耶が先ほどから何度もコンタクトを取ろうとするのだが、現場周辺に強力なジャミングが張られており、一切の通信ができずにいるのだ。

 

「ジャミング………亡国(奴等)か!?」

 

 数ヶ月前、IS学園を強襲した者達の中に、強力なジャミング能力を備えたISの保有者がいたことを思い出す陽太………若干、どんな顔だったか思い出せずにいたが………。

 

「ツイン………ツイン………ツインビームだったけ?」

「ツインテールです陽太さん………しかし………竜騎兵(ドラグナー)のフリューゲル…」

 

 正確には髪型すらロクに覚えていなかった陽太とは違い、優雅に自分の髪をいじり上げると、キラキラと光る笑顔で言い放った。

 

「丁度いいですわ………この間の借り。利子をつけて、ノシを付けて、ついでにお土産も付けて、255倍にしてお返しして差し上げますわ。もうそれは全力全壊、手加減抜きで♪」

「ほう、それは大変だなセシリア。私にも是非とも手伝わせてくれ♪」

 

 同じくキラキラと光る笑顔でセシリアに助力を申し出るラウラと『ええ、勿論ですわ』と優雅に言い返すセシリア………だがどうしてだか、キラキラと光る中にどす黒いオーラが滲み出てしまっている。それを見ながら陽太は心の中でポツリと漏らした。

 

「(コイツ等………相当、根に持ってたのね)」

 

 あんまり見たくなかった女子の一面を垣間見たような気がした陽太だったが、とりあえず今は一夏達とオーガコアの方が気掛かりなので、すぐさま千冬に出撃の許可を求める。

 

「出撃する。異論ないだろう?」

「ああ、急いでくれ」

 

 千冬の言葉を聴き、陽太達はすぐさま第三アリーナのカタパルトに向かおうとした。だがそんな中で千冬が陽太を呼び止めた。

 

「陽太」

「ん?」

 

 千冬に呼び止められ、振り返った先で、彼を見つめていた漆黒の瞳は、ホンの僅かな心の揺れを隠し切れずにいた。そんな珍しい師匠の姿に、陽太は茶化すことなく自信に溢れた笑顔で答える。

 

「安心しろよ。一夏のことなら心配ないない………知ってるか?」

「?」

「あの馬鹿は………やる時はやる馬鹿なんだ」

 

 陽太のその言葉を聴き、千冬はいつの間にか自分が動揺していたことに気がつき、若干頬を赤く染めながら目を背けてしまう。

 

「い、一夏のことだけではない!?」

「箒のこともだろう? まったく、次から次へと手間取らせやがって」

 

 『俺を過労死させたいのか?』………最近立て続けに増える問題に、眩暈しそうになるが、泣き言も言ってられないかと開き直ると、その場を走り出し、この場にいない一夏に怒鳴りつける。

 

「(おい出落ち馬鹿!? 間違っても、俺達が行くまで落ちたりすんなよ!!)」

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 山間に居を構えていた鵜飼総合病院だったが、それが仇となったのか、炎と崩れた建物が道を遮り、大量の避難しそびれた人達で溢れ返っていた。特に、一人では動くことができない病人や怪我人を搬送するために多くの人手が必要なのだが、目前の『化け物』を前にして、他人を気遣う余裕などなかったのか、ほとんどの病院スタッフ達が我先にと逃げ出していたのだ。

 

「クッ!」

 

 そんな中で、ISを展開し、手に持った雪片を正眼に構えた一夏は、周囲を取り囲んだ人間とほぼ同サイズの『スズメバチ』を無数に相手に、苦戦を強いられていた。

 

「!! はぁぁぁぁっ!!」

 

 上空から毒針を発射してきたスズメバチの攻撃をジャンプした一夏に、斜め下から追撃してきた敵を、すれ違いざまに斬り裂いて、斬って落としてみせる。更にそこから一夏は続けざまにスラスターを全開にし、滞空していたスズメバチ達を雪片で次々と斬り裂いていく。

 スマートとは言えない機動と斬撃であったが、テンポと思い切りの良さのおかげで、反撃の隙を与えずに撃破することができた。

 

 だが、5機の敵を落とした時点で一夏の周囲には、更に10機のスズメバチが取り囲んでくる。これではいくら敵を倒しても意味がない。すぐさま敵の本体に向かいたい所なのだが、それを周囲の敵が許してはくれず、結局は持久戦へと持ち込まれていたのだ。

 

「!?」

 

 集中力が一瞬だけ途絶えた一夏だったが、彼のすぐ脇を敵の毒針が襲い掛かる。反射的にそれを回避した一夏だったが、病棟の外壁に突き刺さった毒針が、蒸気と嫌な音をさせてコンクリートを溶かしていくのを見て、直撃だけは避けねばならないと改めて思い知らされる。

 

「………ちきしょうっ!!」

 

 逃げ遅れた人達の救助を今すぐにもしたいのに、目の前の敵がそれをさせてくれない。敵の本体に向かう暇もない。ましてや………。

 

「あ゛あ゛あ゛あああああっ!!」

 

 獣じみた声を張り上げながら、紅椿を纏い、二刀を叩き付けるように振るう箒を止めることなど………。

 

 

 

「あ゛あ゛あ゛あああああっ!!」

 

 怒りを、憎しみを………。

 この二年間、貯めに貯めたありったけの感情を二本の刃に乗せて、目の前の『仇敵』に叩き付ける。

 

 ―――お前が傷付けた、お前が壊した物が何のか思い知らせてやる。私がお前に刻み付けてやる!! 二度と忘れることなどできなくなるぐらいに!!―――

 

 最速で、最短で、一直線に、ありったけの殺意を乗せた刃を箒は繰り出す。

 そこにはいつもの彼女の『技』はない。ただ憎しみだけで、怒りだけで彩られた獣の剣があった………。

 

『ウルセェヨ』

 

 だが、その箒の全てとも言える攻撃を、彼女の仇敵である『黒い全身装甲のIS』は、その場を一歩も動くことなく、難なく防いでしまう。箒や一夏の眼には映らない速度で動く『何か』が、箒の刀を空中で弾き返してしまうのだ。

 

『いい加減にしやがれ。今はテメェの相手なんざしたくもねぇーんダヨ』

 

 独特なイントネーションの言葉が混ざる男の声で、自分に突っかかってくる箒に警告する全身装甲の黒いISは、もう何度目になるのかわからない回数を重ねても、なおも自分に『覚えのない恨み』をぶつけてくる箒に、いい加減ウンザリしたのか、右手を上げると、箒が最速で繰り出した斬撃を、指二本であっさり受け止める。

 

「!?」

 

 動揺した箒が、もう一本の刃で攻撃を繰り出そうとするが、黒いISはそれよりも速く彼女を刀ごと地面に叩き付ける。

 

「がはっ!!」

「箒っ!?」

 

 まったく予期していなかった箒は、受身を取ることも出来ず、衝撃で意識が遠のきかけるが、自分を見ずに虚空を見つめる黒いISの姿に、再び湧き上がった怒りが強烈な力となって彼女を起き上がらせた。

 しかし、黒いISは一向に彼女を見ようとはせず、だが何かを耐えるように必死にイライラを抑えながら、箒ではなく、一夏に対して言い放つ。

 

『早くココに火鳥陽太を連れて来い、ザコ共』

 

 箒と同じく、己が身を焦がす復讐の炎に囚われた亡国機業の麒麟児、『亡国機業の黒き雷光(ブラック・ライトニング)』のジーク・キサラギは、イラつく己を抑えながら、そう言い放つのだった。

 

 

 

 

 

 




ということで、奈良橋先生の身の上話と、スコールさんの言いつけ破って単独でIS学園とやる気になっているのか!? ジークさんの登場でした。

次回、いままで沸々とフラストレーション貯めに貯めてた反動を発散するように、彼が大暴れします!




さて、箒さんの恨みに対して『身に覚えがない』ジーク………それは彼が本当にただ忘れているだけなのか? それとも………


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