亡国最強の七人、全集合です
※吐き気を催す邪悪が登場
マリアファンのみんな、本当にごめんなさい
―――亡国機業総本部・アドルフグループ本社ビル地下150階―――
核シェルター以上の硬さを持つ外壁に覆われた直径2km以上に及ぶ地下都市とも言える巨大な地下空洞。発見は当初は精々100mも無い空間だったが、拡張と補修の工事を繰り返し、いまや一つの街にまで発展させた亡国機業の総本山とも言えるこの場所の中心にある、巨大な地下議事堂。そこに今、組織の運営方針を決める7人の率いる者(ジェネラル)達が、終結しつつあった………。
「アレキサンドラ・リキュールッッッ!!」
「?」
そしらぬ顔で赤い高級絨毯の上を闊歩するジェネラルの暴戦士(バーサーカー)の称号を持って、同じ組織の人間達にすら恐れられる自分の名前を呼び捨てにする少女の声を聞き、アレキサンドラ・リキュールは思わず振り返った。
―――彼女の視界に映る、ピンッと立った金色のアンテナ―――
「?」
「貴様ッ! ワザとやっているだろうォッ!?」
「………ああ」
リキュールが視線を下にする。
美しい金色の長髪を結い上げているが、なぜか頭部に特定の部分が飛び出て、俗に言う『アホ毛』な状態になっており、彼女の怒りに反応してなぜか直立不動に硬直していた。
そしてその格好………青いドレスの様な特注の洋服の上から着込んだ銀色の甲冑という、なんとも時代錯誤な姿は、流石のアレキサンドラ・リキュールも変だと何度か言ったことがあった。裸にジャンバー一枚で街中を闊歩するお前が言うなと正論で返されてしまったが………。
そして彼女は、右手に持った美しい装飾が施された一振りのソード………なんとこれがISの待機状態なのだが、とにかく、その刃の切っ先をリキュールの首元に押し付けながら、十代半ばの少女とは思えない殺気を放って、彼女に問い詰める。
「お前は今度は何を仕出かした!?」
「???………話の意図がまったく見えないんだが、『セイバー・リリィ』?」
刃を首元に押し付けられているにも関わらず、まったくそのことには頓着せずに、左手で彼女のアホ毛を弄り出す。
「だから、私の『そこ』で遊ぶなといっているだろうが!!」
リキュールの手を払い除けながら刃を構え直す少女剣士。
彼女の名前は、リリィ・アルトリア。
組織の実働部隊において、最大人数を誇る『亡国機業陸戦隊』の総隊長にして、ジェネラルの一人『剣士(セイバー)』なのである。
実直、とことん生真面目、冗談が通じない、極度の負けず嫌い、などなど………年に似合わない堅い思考をしているために、影では『亡国の風紀委員』などと言われているが、彼女自身が亡国機業の幹部として、率先して組織のあり方を体現せねばならないと考えており、概ね風紀を乱す者には実力行使も厭わない過激な(そして矛盾した)部分を持つ最年少幹部である。
「先ずは私の質問に答えろ、リキュール!?」
「ああ、わかったよ」
暢気に返事をしながら再び、アホ毛をいじり始めるリキュールに、リリィの唯でさえ低い沸点に一瞬で到達する。150にも満たない彼女では、180後半のリキュールの胸元にしか身長が届かないために、どうしてもそのアホ毛に意識が向かってしまうらしいのだ。
「だからっ!?」
リリィは再び刃を構え直して首元に押し付けるが、リキュールはリスのように首を傾げるだけで、全く動揺も恐怖もしていない。その態度が更に癇に障わり、言葉に棘を含みながらも彼女は質問を続けた。
「今日の緊急呼集の理由は何だ!? どうせお前の独断専行と命令違反だろ!! これで何度目だ!?」
「………覚えている限りで3回だ」
「7回だッ!! 呼集されていない分を含めれば、50は超えているぞ!!」
「数えていてくれたのか。すまないね」
「だから、私の髪をいじるな!!」
反省という言葉から組織一遠いリキュールの行動に、癇癪を起こして彼女を即刻処刑しようとするリリィという図は、リリィがセイバーに任命されて以来、変わることの無い図である。また、これだけのことをしておいて、リキュールが平気な顔をして幹部を続けられることにも、リリィは腹を立てているのだ。
「組織の命令が出れば、貴様の粗首など一瞬で切断してやるものを」
「魅力的な話だ。私も一度は君とは戦ってみたいと思っているよ」
戦えば負けないと互いに意地を張り合うが、組織としてもジェネラル同士の戦闘などたまったものではない。
それほどまでに超越した戦闘能力を持っている二人だったが、肝心な会議の存在のことを忘れていたのか、とある人物が声をかけてくるまで気が着かずにいた。
「二人とも、もうすぐ会議が始めるよ?」
リリィとは対照的な銀色の長髪を腰まで垂らし、ブレザーのような制服を着た少女………だがその容姿は、御伽噺の国から現れた妖精のようであり、色々と物騒なオーラが沸き立つ二人からはかけ離れた美少女だった。
「トーラッ!」
リリィが彼女の存在に気が付き、名を叫ぶと、ビクッと肩を震わせて硬直する。
「リ、リリィ………そ、そんなに怒らないで?」
「貴方に怒っているのではない!? 私はコイツに・『そう、君を怒ってはいないよトーラ?』」
いつの間にかトーラの肩を掴む距離まで移動したリキュールが、彼女の耳元に囁く。
「きゃあっ!?」
「リキュール、貴様ッ!?」
「あまりそうビクビクするな、『弓兵(アーチャー)』? 亡国で三指の手練がそんな様では部下達に示しがつかないよ?」
ビクビクとリキュールの一挙手一投足に過剰反応するこの少女が、その実は、亡国機業でも三指に数えられる実力を持つIS操縦者として畏怖を持たれているとは、おそらくほとんどの人間に信じられないだろう。性格的にはいたっては、非常に穏やかで調和を尊び、なぜかこのような闇の組織に身を置き、しかも幹部にまで上り詰めていられると不思議がられているが、その理由はリキュールはよく存じていた。
「これは忠告だトーラ・マキヤ。君はもう少し堂々としていろ。虫ケラ風情など、君の力ならば瞬時に黙らせることができるのだ」
「で、でも………ボクは、ジェネラルとして皆を守る責務が…」
「そうだ!」
トーラの手を無理やり引っ張り、リキュールから引き剥がすと、厳しい眼差しで彼女を睨み付けながら、リリィはきっぱりと言い放つ。
「貴様のふざけた思想をトーラに吹き込むな! いくぞっ!!」
「あ、リリィッ!!」
リリィに引きずられていくトーラ………そんな姿を眺めながら、『ヤレヤレ』と肩をすくめると、彼女自身が退屈極まる幹部会へと足を向かわせるのだった。
☆
全長3mの重厚なドアをリキュールが開くと、すでに多くの人間が集結しており、周囲よりも一段高い場所に円卓上に並べられた机と七つの席が設けられていた。見ればすでに、先に向かったリリィとトーラが円卓の席に着席しており、リキュールも退屈そうな表情で歩を前に進める。途中彼女の姿に気がついた多くの組織の構成員達が一斉に彼女に向かって敬礼をするが、それも意に返さず、リキュールは円卓に設けられた自分の席に着席すると、隣に先に座っていたとある人物に声をかけた。
「やあ、サクラ。これで五人揃ったか」
「ええ。そやけど、本部におって一番遅刻してくるなんて、相変わらずやな、リキュールはんわ?」
「少々寄り道をしてね?」
リリィとトーラにウィンクするが、リリィは一方的に無視し、トーラは申し訳なさそうに頭を下げるのみだった。
リキュールの隣に座る。日本のとある地方の方言を話、桜色の着物を身にまとった、茶色いショートヘアの女性は、優雅に隣に座る女傑に挨拶をしてくる。
彼女の名前は月神サクラ。世界中にクモの巣のようにネットワークを張り巡らせている亡国機業のアジア地域の運営を一括されている女性で、普段は実家がある日本の関西圏に在住しているのだが、今日はこの日のために本部にまで足を運んできたのだ。
自分で持ち込んだ茶器に、緑茶を入れて飲みながら、明らかに周囲から浮いた雰囲気を醸し出すサクラに、リキュールがとある質問を投げかけた。
「それにしても………今日は自慢の旦那様は一緒じゃないのかね?」
「きゃあっ! いややわリキュールはん!! そんな世界で一番かっこ良くて素敵でハンサムで史上最高なダーリンやなんて………ほんまのことでも言い過ぎどすえ?」
誰もそこまで言ってないだろう………とツッコミをリキュールが入れてるわけもないため、二人以外の人間が、『どうにかしろよ、この空気』と思い始めた時、ようやく何時ものきっちとしたワインレットのスーツを着こなしているスコールが、マイク越しに声をかけてくる。
『そろそろ時間が詰まってきたところで、会議を初めても宜しいでしょうか? 槍兵(ランサー)さん?』
ちょっと額に青筋を作っているスコールがサクラに若干トゲのある言葉で話しかけた。どうやらリキュールと仲良くしているのが気に入らないようだ………負けじとサクラも席に供えられているマイクを掴むと、額に青筋を作って言い返す。
『あ、はいはい。リキュールはんが私の魅力に参らん内に、会議をしましょうか、騎兵(ライダー)はん?』
『『…………』』
重い沈黙が会議室に流れる。スコールとは同期であり、組織発足当時から家業として亡国機業の幹部をしている二人は、ちょっとしたライバル心を持っているのだ。
そして無言で互いを見ながら『狸』『女狐』と心の中で言い合うと、司会進行役としてスコールがマイクで話を進め始める。
『今回の緊急呼集………真に申し訳ない事なのですが、私の補佐官であるマリア・フジオカの組織離脱について…』
『スコール、少し待て』
いきなり話の腰を折ったリリィを若干睨みながら、スコールはできるだけ笑顔を崩さずにリリィに問いかけた。
『あら、何かしら?』
『まだ、キャスター(魔術師)とアサシン(暗殺者)が来てない』
二つほど空いている席を見ながらそういうリリィだったが、サクラはそんなリリィに対して、頬杖を付きながら呆れたように言い放つ。
『あの二人がこんな会議に来るわけないどす。ましてやアサシン(暗殺者)はんなんか、ジェネラルの皆はんすらも顔を見たことないのに…』
正体不明であり、その実態が知れないアサシン(暗殺者)………亡国機業という闇の組織の影の部分とも言えるその人物は、最高幹部であるジェネラル達すらも知らず、また普段は何をしているのかも知られていないのだ。
噂では組織の諜報活動を一括されており、主にその名が示す通り、組織に害をなす人物を殺しまわっているとも噂されているが、それすらも実際に見た者がいないために噂の領域を出ていない。
そして、もう一人、キャスター(魔術師)と呼ばれている人物なのだが………この人物、ある意味最もこのような場には不釣合いとも言える者だったがために、サクラとしては『来てくれない方がいい』人物として考えていた。
が………。
「お、餓鬼共。ちゃんと集まってるじゃないか」
重厚なドアを、白衣を纏った助手に開かせ、一人の少女が堂々と歩いてくる。その姿を見た瞬間、会議室にいた全員に緊張感が走った。
「悪いな餓鬼共………お前達と違って、私は暇を作るのにも一苦労させられる忙しさなもんでな」
セミロングなストレートヘアな黒髪、黒いエナメル質な光沢を放つゴシックロリータな服装の上に白衣を身に纏い、手にもった飴を舐めながら入室してくる少女のような容姿を持った人物を見るなり、リリィとトーラは視線をあからさまに外し、サクラは『ウゲッ』という言葉を口の中で飲み込み、スコールは彼女をきつく睨みながら、マイク越しに忠告する。
『ここは飲食厳禁ですよ、メディア・クラーケン?』
「誰が名前を呼んでいいと許可した、小娘(メスブタ)?」
その言葉を聴いた瞬間、慌てて自分の茶器をテーブルの下に隠したサクラであったが、隣に座っているサクラはとある事実に気がついた。主に隣にいるリキュールが、彼女が室内に入ってきた瞬間、目の色が変わり、人間のそれから、己の逆鱗に触れて怒りが溢れている『龍』のものに変わっていることに………。
「(あ、リキュールはん………あかん、即効で激怒されとる?)」
「…………」
沈黙を続けるリキュールの姿に、逆に危機感を募らせ始めるサクラ………なぜなら位置関係上、自分の席はメディアとリキュールの席に挟まれることになるのだから………。
スコールの言葉を無視しながら自分の席に着席すると、メディアは遅刻の言い訳もすることなく、あまりにあっさりと、とあることを告げる。
『あ、早く済ませたいから先に言うが、マリア・フジオカ………どうやら死んだみたいだから。後始末は………スコール、お前んとこでとっとと済ませろよ?』
その一言が場の一同を凍り付かせ、幹部席の背後に立っていた組織員の内の、とある人物が声を張り上げた。
「ふざけんなぁぁぁっ!!!」
一同がそちらを振り向く。
「ジークッ! 止せッ!!」
「放せ、マドカァッ!?」
スコール直轄の補佐官であり、マリア・フジオカとは同期で組織に加入し、苦楽を共にしているジーク・キサラギが、今にも壇上に乗り上げようとしているのを相棒であるマドカに押し止められていた。彼にしてみれば、マリアに直接問いただしたいところを無理やり本部に連行され、しかも長時間待機をさせられた挙句、この茶番染みた会議にスコールと共に同行した上で、いきなり仲間が死んだと告げられたのだ。積りに積もった不満と憤りが爆発してしまったのだ。
だが、そんなジークをメディアは一瞥すると、マイク越しに冷ややかな声で、彼の上司であるスコールに冷たく言い放つ。
『………オイ、スコール(ドカス)。ちゃんと飼い犬の躾も出来てないのか?』
メディアの嫌みったらしい物言いに表情を氷のようにしながら、スコールは仕方なく上官としてジークに命じる。
『………下がりなさい、ジーク』
幹部員の身分の剥奪など、特殊事例が発生しない限り、組織員が幹部の命令に逆らうことは即処刑対象になる………闇の組織である亡国機業においては鉄の掟であるこの事実が、幹部に絶対の権限を与え、組織員には畏怖を持たせているのだが、この時のジークはその事実すらも忘れるほどに、感情的になってしまっていた。
「どういうことなのか、説明しろよ!!」
「ジーク………キャアッ!?」
マドカを押しのけ、その瞳を『金色』に輝かせながら、彼は人の垣根を分けて円卓の幹部席に足を踏み入れようとする。
『止まりなさい、ジーク!!』
マイク越しに怒鳴りながらジークの静止を試みるスコール。
もし彼がこのまま円卓の席に乗り上げれ、その時点で幹部への反旗を翻したとして、他の幹部達が彼を処刑する権利を得てしまう。ましてや相手はあの『メディア(魔女)』なのだ。自分に逆らう者を生かすような真似をするはずもない。
『止まりなさいッ!!!』
声を張り上げるスコールの、そんな気持ちも知らず、己の怒りを最優先させたジークは、議席への階段を駆け上がり、円卓にその手を触れかけ………、
「煩い」
暴風のような裏拳による一撃をマトモに喰らい、高速で宙を舞って、会議室のドアをぶち破り、廊下を転がっていくのだった。
「ガハッ!」
「一組織員として、もう一度最初から教育されたいのかい、ジーク・キサラギ?」
誰に気づかれることなく立ち上がり、ジークをぶっ飛ばしたリキュールは、冷ややかな視線をそのままに、メディアの方を見直し、手短に問いただす。
「その情報の信憑性と出処を教えろ。お前がなぜそのような情報を持っている?」
最もな質問に、メディアはわざともったいぶって手で口元を覆いつくすポーズを取る。
「……………」
そして誰にも悟られないように、その情報の出処についてを思い出し………口元を引き裂いたかのように、邪悪に笑いあげた。
「(………信憑性? そりゃ確実じゃないか………なんせ私が『アサシン』に殺すように命じたんだからな?)」
☆
マリアを乗せたヘリが、彼女を乗せてIS連盟本部に護送するための旅客機が待つ空港に後数分という距離で、その自体が起こった。
遮蔽物もない空の上で、突然ヘリのローターが火を噴いたのだ。中に乗り合わせていたパイロットも黒服の護衛も、何が起こったのか理解できずに、慌てふたる中、マリアの反応は一切の無駄がなく、かつ大胆不敵だった。
手錠をされている中で、彼女は大きく息を吸うと、腹筋に力を込め、思いっきり口の中に手を突っ込んだのだ。
「な、何をしている!?」
隣にいた黒服の護衛が、それをやめさせようとする中、彼女は自分の胃液をぶちかましながら、なにやら小さく黒いケースを口から嘔吐すると、それを握り締めながら、自分の髪の毛の中に仕込ませておいた、いかなるセンサーにも引っかからない一本のワイヤーを掴むと、それを狭いヘリの内部で振るってみせる。
―――あっけなく切り裂かれるヘリの扉―――
そして、彼女は両手に手錠がつながれている状態で飛び出すと、小さく黒いケースを口に挟んで手で180度回し、ケースを開封する。すると中から、待機状態のISが飛び出したのだった。
「(地面まであと20m!?)」
着陸態勢になっていたためか、地面までの距離が近い。慌ててマリアはISを展開し、地面を砕きながら着地した。
彼女が身に纏っているのは、オーガコア搭載ISとは色違いの同じデザインをした白いISであった。
これは組織に彼女が入った際、最初に使っていたスコールが手渡したISであり、IS学園に潜入する時、彼女は来る日に備えて、より出力の大きいオーガコア搭載ISに乗り換えたのだが、もしもの緊急時に予備として、持ち続けていたのだ。
火鳥陽太との戦いの際、万が一使う必要が出るかと思い、特殊なケースに入れて、自分の体内に文字通り『飲み込んだ』のだが、こんな形で使うときが来るとは思ってもいなかっただけに、若干苦笑がもれる。
「さてと………」
漏れてしまった笑みをしまい、彼女は早速状況の分析に取り掛かる。
自分が今立っているすぐそこに海がある臨海地区の、無人の空き地を見回し不審に思うマリア。
「(狙われるのは想定内。狙撃や爆撃も予想していた………だけど、IS学園が15分の距離で、しかもこんな遮蔽物の無い場所で………)」
―――全てが数センチの『破片』と化して降ってくるヘリコプターだった『モノ』―――
「何が………」
これがISのものだというのはマリアにも辛うじて判断できる。通常兵器で行うには、これだけの真似、何時間かかるかわかったものではない。
だがマリアが驚いていることはそういうことではなく、彼女ほどの操縦者………幼き日から、特殊な暗殺術を叩き込まれ、こと、周囲への気配察知能力に関しては、亡国でも随一と言われている彼女が、『攻撃されるまでその存在』にすら気がつけずにいたということだ。
「(亡国の襲撃を想定し、時間帯とルートを選び、もしISを展開しようものならIS学園から増援が飛んでくる………織斑千冬が想定していたはずの考えは大よそ間違っていない。なら、どこから?)」
千冬が考えたプランを推測し、その考えを信用していただけに、この事態は少々想定外だ。仮に自分以外の人間がIS学園にスパイとして潜り込まされていたとしても、今回の護送ルートは千冬以外は知らない事だし、如何にISに乗せられているステレスモードを起動させようとも、肉眼での目視まではごまかせない。こんな開けた場所でISを起動させて待ち伏せていれば、即座に誰かの目に止まってしまう。現実的はとても言えない。
ならばなぜ?
彼女が周囲への気配察知を怠らないようにしつつ、一歩歩き出そうとした瞬間だった。
―――背後に突如現れる、巨大な殺気―――
「!?」
条件反射で右手の鋼糸を振り抜く。背後にいる何かが攻撃してきたのか、攻撃の意志を持っているだけなのか、そんなことを気に止めている余裕すらない。最速最短の一撃を、背後にいる存在に繰り出すマリアだったが、その攻撃は、大きく地面を抉るだけに止まるのだった。
「(今、確かに誰かいたはずなのに?)………どこに・」
決して勘違いではない存在を探そうとするマリアだったが、その時、彼女の耳に不快極まる水滴が落ちるような音と、ISからの緊急警告(エマージェンシー)の音が同時に鳴り響き、彼女の活動を完全に停止させてしまう。
―――ピチャ、ピチャッ―――
その水滴が落ちるかのような音が何のか、そしてこの緊急警告(エマージェンシー)が何なのか? だが彼女はその場からまったく動くこともできず、呼吸すらもままならない。
―――喉元に突きつけられている、死神の鎌―――
マリアの全運動神経を支配する恐怖を生み出しているのは、息がかかるほどの近い距離で背後に立つ、おぞましいほどの殺気を放っている何者かであった。とてつもないその巨大な気配は、とても人間が放っているとは思えないが、はっきりとその存在が確認できる。
「(これは………まさかっ!)」
人外の領域の気配を発する存在………そんな存在、彼女の中で『暴龍帝(たった一人)』しかいないが、彼女がこんな場所にいるわけも無く、ましてや自分に対して不意打ちや奇襲など掛けてくる筈はない。
なぜなら、彼女は『自分が最強』と天上天下唯我独尊な物言いを平然と言い放つが、それに見合った天衝く『誇り(プライド)』の持ち主だ。その圧倒的な自負が有るゆえに、卑怯な振る舞いをするぐらいなら、自分から死を選ぶ思考の持ち主である。
「(じゃあ、これが………噂の…)」
亡国機業において実しやかに囁かれる噂………。
組織の敵対者や離反者を専門で狩る、亡国最強のアレキサンドラ・リキュールに匹敵するというIS操縦者の存在………。
「!?」
彼女が背後の存在に心当たった時、燃えるように腕が痛み出す。その尋常ではない痛みに、視線を腕に向けたとき、ようやくマリアは自身の状態に気がついたのだった。
―――赤い血を滝のように流しながら、二の腕から先を無くした右腕―――
「ああああああああああああっ!!!」
ついさっきまであったはずのモノがなくなっていたこと。そしてISが放っていた警告音の意味。二重で理解したマリアは、左手で出血を抑えながら膝まづく。
「うううっ!!」
大怪我を自覚したためか、そのあまりの激痛に身動きが取れなくなり、地面に蹲るマリアの前に、ゆっくりと『それ』が歩いて回ってくる。
空中に忽然と浮かぶマリアの右腕を持つ手だけが辛うじて見えるだけで、あとの姿は見ることができない。だが時々風に揺られているかのように、若干手の付近の風景が揺らぐのを見たマリアは、すぐさま目の前の謎の襲撃者がどうやって誰にも姿が見られていなかったのかを理解した。
「(こ、光学迷彩………しかも、フリューゲルのモノと同等かそれ以上のステルス性能)」
竜騎兵(ドラグナー)のフリューゲルが所有するISには、通常のISが搭載するステルス性能を凌駕する性能を持ったステルス能力が備わっているが、目の前の襲撃者にはそれと同等以上のステルス能力を持っているようだ。だがそれだけでマリアの察知能力を突破するのは困難極まる………そう、襲撃者が『並』の相手ならば………。
「お、お前が………噂の『アサシン』ね」
相手が、あの暴龍帝に匹敵する『亡国の死神(ジョーカー)』のアサシンであるのならば、十二分に納得ができる。
噂だけが先攻し、正体は誰にも悟られず、だが亡霊のように常に皆の陰に潜む、亡国(ファントム)の死神(ジョーカー)………闇の組織の影とも言える大物の登場に、マリアは圧倒的な絶望感に覆われる。
「(………まさか追っ手に、こんなに最上級な相手を向かわせてくるなんて………流石にこれは年貢の納め時かな?)」
人間、あまりに度が過ぎると涙や恐怖よりも前に笑いがこみ上げてくるのか? そんな不思議な感覚に襲われ、口元にわずかに笑みを浮かべるマリアだったが、そんな彼女に、『アサシン』は思っても見ない行動を起こした。
懐から取り出されたスマートフォン………これをマリアに向けたのだ。
「?」
最初、それが何の意味があるのか、マリアには理解できなかったが、すぐさま意味が判明する。
『よお! 手間をかけさせてくれやがるな、ゴミ』
公然と人を見下し、それでいて醜悪な笑みを浮かべ、どこかの暗い部屋にいるのか、周囲が理解できないが、豪勢な革張りなイスに足を組みながら座る少女………いや、少女のような容姿をした女性。
「………『キャスター』……メディア・クラーケン………」
『ゴミが、誰様の名前を口にしてる? おい、アサシン』
呼ばれたアサシンはすぐさま蹲っているマリアの後頭部めがけて、自分の足を振り下ろした。
「グッ!」
地面に顔面から『陥没』してもがくマリアだったが、数秒した後、彼女の頭から足をアサシンは離し、それを確認してからメディアは話を続ける。
『少しでも長く息をしていたいのなら、口の利き方には気をつけろ?』
「………クッ!」
『もっとも、ゴミの相手を長々とする気は無いんでな、単刀直入に聞く』
口元に笑みを浮かべるメディアと、地面から顔を出してメディアを睨むマリア。
『お前、『何処まで』嗅ぎつけたんだ?』
「………何の話か知らないわね?」
マリアが再び減らず口を叩いた瞬間、アサシンがマリアの後頭部を踏みつける。今度はすぐさま放すようなことをせず、踵を擦りながらマリアをいたぶり続ける。
「!!!!!?」
『勘違いするなゴミ。お前は私の質問に迅速かつ的確に答えてりゃいいんだよ』
メディアが画面越しに手を振るうと、アサシンは足を上げ、マリアの頭を鷲掴みで持ち上げ、画面のすぐそばに彼女を近づける。
『もう一度だけ聞いてやる。お前は……………『プロジェクト』のことを、何処まで嗅ぎ付けた?』
「……………」
『プロジェクト』………その言葉を聴いた瞬間、一瞬だけ眉を動かしたマリアだったが、すぐさま、メディアを小馬鹿にしたかのような表情を作ると、切れた唇から流れる血ごと………。
「ペッ!」
画面越しのメディアに向かって痰を吐きかけたのだった。それを見た画面の向こうのメディアの瞳が細まり、明らかに目の色が変わった。
『アサシン』
メディアの命を受けたアサシンが、マリアの頭部を地面に叩きつけた。
「!?」
彼女から飛び散る血のしぶき………ISのシールドバリアすらも貫くほどの衝撃に、マリアの意識が遠のき、彼女を薄っすらと死を覚悟する。
『いや、待て』
だが今にもトドメを刺そうとするアサシンを止めたのは、あろうことかメディア本人だった。
『そいつを起こせアサシン。面白いことをたった今、思い出した』
彼女は、地面に頭部を無理やり押さえつけられているマリアを無理やり引きずり起こすように命ずる。そんなメディアの命令を実直に聞き入れ、すぐさま起き上がらせると、血だらけのマリアに対して、嫌らしい笑みを浮かべて、彼女にとある事実を告げ始める。
『お前の名前………確か、マリア・フジオカだったよな』
「……………」
『思い出した、思い出した………確か、オーガコアの実験で被検体になった奴の妹じゃないか………ハハ、こりゃいい!! コイツは傑作だ!!』
「……………」
何を突然言い出しているのだろうか? 意識が遠のいているマリアには判別できずにいたが、メディアの次のセリフによって、皮肉にも意識は一瞬で『怒り』一色に染まって覚醒する。
『あのオーガコアの実験な……………私が指揮してたんだよ!』
「!?」
『しかもな、途中から『性能安定』テストを、私が『性能臨界』テストに変更したんだよ………つまり、どの程度プロテクトを解除すれば暴走するのか、試してたわけだ。まあ、アイツは結局最後まで暴走しなかったがな!!』
「なっ………にを?」
マリアの唇が動いたのを確認したメディアが、そんな彼女に近づくと、瞳孔を開いて、笑いながら言い放つ。
『直感だ……………目の前の『おもちゃ』でどれぐらい遊べるか? 私の直感は凄くてな………そりゃお前のねーちゃんは傑作だったぞ? 毎晩、毎晩、正気な状態で人殺しをさせ続けてたら、案の定、泣きながら私に許しをこいてきやがった。もうやめて! これ以上人殺しをさせないで!? ってな………だから、私が言ってやったんだよ』
「………ま……さか」
『そうだよ! お前がやらないなら、お前の妹を代わりに使うぞってな!!………そしたらな、次の日から、お前のねーちゃん大人しく、私の命令通り、人殺しを続けてくれたぞ? しかも毎晩私が妹の話をするたびに、半狂乱になりながら妹の話はしないでって泣き叫びながらな!! その姿がまたおかしくてよ………私は優しいから、妹に会う機会を作ってやったんだよ。より『長く』正気を保ってられるように、より『長く』私が遊んでいられるようにな! クックックッ………まったく馬鹿だよな。お前を見るたびに正気を取り戻して、必死に自分を組み立ててやがるんだが、私がそれを全部ぶち壊していることにも気がついてなかったんだよ? お前もそう思うだろ?』
「ぐっ!!」
マリアが犬歯を砕けそうになるほどかみ締め、目だけで射殺しそうになるほどの憎悪をメディアにぶつけるが、それすらも彼女には愉快に映るのか、話を続ける。
『だけどよ、そのうちねーちゃん(玩具)で遊ぶのも飽きてきた所で、どうやって処分しようかって時に、ミスターネームレスと篠ノ之束に邪魔されちまいやがった!………本当なら、お前をねーちゃん自身に殺させてから、派手に暴れさせる予定だったのによ!! まあ、ゴミの処理の費用としてオーガコア一個くれてやったと思えば、妥当だろ?』
「き………さ……ま……」
『お前もそう思うよな!? たいした実験でもないくせに、勝手に命かけて、勝手に死んだ、どうしようもないクソゴミの処分代としては、分相応だと思ってくれるだろう!?』
その一言が、引き金になった。
獣の慟哭のように、切れた額から流れる血が瞳を伝い、まるで血の涙を流しているかのような状態になりながら、瞳孔を最大まで開き、叫びながら左手の鋼糸をスマートフォンを持っているアサシンに振るうマリア。
「メディアァァァッァァァァァッァァァァッッッ!!!!!」
姉を、姉の悲しみを、苦しみを、命を、人生を、そして自分への愛を、この女は玩具にしたのだ。怒りで、憎しみで、視界が真っ赤に染まるマリアは、出血で残りわずかになってきた自分の命を気遣うことなく、渾身の力で鋼糸を振るった。
『アサシン』
だが、そんな彼女の、人生最大最後の一撃を………。
―――右手に持ったガンブレードが放つ、光速の連撃―――
アサシンと呼ばれた、超越した実力者は難なく踏みにじる。鋼糸とガンブレードの連撃が交差し、マリアの鋼糸が細切れにされ、更に左腕も切り飛ばされ、全身から血を噴出して地面に倒れこむ。
「ガッ!」
『………5点。まったくつまらないリアクションだよ………なんか冷めてきたな』
先ほどまで、マリアを精神的にいたぶることで満ちていた愉悦が冷めたのか、メディアは興味が失せたかのように、乱雑にアサシンに命令を下す。
『予定通りそいつを処分しろ。まあ、コイツが収集したデータが手に入らないのは少々不確定要素だが、直接私に害が及ぶほどじゃないだろ………コイツが持ってても意味は無い。スコールの奴に知られるのは少々厄介だがな』
「(な……る………ほ…ど………そうい…う………ことか…)」
メディアが不用意に発した発言………死を前に、マリアは最後の冷静さを取り戻したのか、メディアの真の狙いに気がつくと、あえて大きな音を立てながら、動かぬ体を引きずって移動しようとする。
『おい、テメェ………これ以上手間かけさせるな』
メディアはその様子に気がつくと、早急にアサシンにトドメささせようとする………が…。
「ペッ」
口から何かを吐き出すマリア………その物体が、SDカードだと気がつくと、メディアは口元を開いて、満面の笑みを浮かべる。
『やればできるじゃないか………回収しろアサシン』
その不用意な命令………素直にメディアの命令どおりにSDカードに手を掛け………彼女の腕に鋼糸が巻き付く。
「!?」
「おあいにく様………それはただのSD。中身は何も無いわ」
全身から鋼糸を操れるマリアは、無くした両腕からではなく、足の先から一本の鋼糸を射出して、アサシンの腕を巻き取ったのだ、
『!?………テメェ…』
「イタチの最後ッ屁?………お前が欲しがってるものなら、すでに私の手元じゃないわ。そのデータを受け取るのにふさわしい人物の元に届けられるようになっている………そう、お前が怖がっている人物にね」
『チッ! 殺せ、アサシン!!』
感情的にそう命令を下すメディアだったが、マリアの次なる一手はすでに発動されていた。
「そしてアサシン………アンタへのイタチの最後ッ屁はこれよ!!」
「!?」
マリアのISが不気味なうなり声を上げながら発光を始める。そしてそれが何を意味しているのか、メディアはすぐさま理解した。
「お前はここで私と一緒に死ぬのよ! 『プロジェクト・アンサング』の『D』!!」
―――ISコアをオーバーロードさせての自爆!!―――
至近距離からの爆発を受ければ、如何にオーガコア搭載機といえども無傷では済まされない。だがそれを行えば、装着者には確実なる死が待っている。
「!?」
すぐさまアサシンは、絡まった右手ではなく、フリーな左手による抜き手を繰り出し、マリアをコアごと絶命させようとする。
―――迫る手が、やけにゆっくりに見える―――
―――ねえ、ジーク?―――
―――自分の復讐もあるのに、貴方の復讐に加担して、あげくこんなところで死ぬ私を、貴方はなんて思う?―――
―――きっと馬鹿だって笑うでしょう? 私もね………馬鹿だって思うの―――
―――でもね………なんでかな? 今はそんなに悪い気がしないのよ?―――
―――自分の復讐が終わったから? それとも本当に自分が復讐する相手が見つかったから?―――
―――結局、私って全部中途半端になっちゃったな~―――
―――あ、そういえば、貴方にデートの申し込みしてたのに、一度もしてくれなかったな―――
―――マドカにもそうやって我侭言い放題してるんでしょ?―――
―――もう少し、あの娘にも優しくしてあげなさいよ!!―――
―――フフフッ………だけどさ。一度でいいから―――
―――したかったな、貴方とデート―――
抜き手がマリアの心の臓と、ISコアを貫いた。
―――もう、そんなに笑わないでよお姉ちゃん!!―――
モミジの笑い顔を見ながら、マリアの意識は白い閃光に包まれたのだった…………。
「申し訳ありません、メディア」
『ああ、もういい。まったく最低だよ』
上空2000m地点において、濃い雲の中に隠れながら通信するアサシンとメディアだったが、アサシンの姿は先ほどまでの光学迷彩に覆われたものとは違い、全身を黒い装甲で覆い、しなやかな流線型のフォルムを持つ、ジークのISに非常に近いものがあった。
そんなISを纏いながら、抑揚の無い、感情がまるで篭っていない声で、メディアに謝罪を続けるアサシン。マリアの予想外の反撃にも、彼女は多少の『損傷』で済ませてしまったのだ。
「申し訳ありません」
『テメェは壊れたラジオか!! それしか言えないなら黙ってろボケッ!!』
自分の思い通りの展開にならなかったのがえらく気に入らないのか、アサシンに当り散らすメディアだったが、すぐさま何かを考え付いたかのように邪悪な笑みを浮かべる。
『うし、決めたぞ………あのゴミへの意趣返しだ』
「………何をされるのでしょうか?」
『あん、決まってるだろうが? プロジェクト・アンサングの餓鬼を使うんだよ』
そうと決まれば、まずは画像だな………などと、鼻歌を歌いだすメディアを見て、クスリと笑うアサシンに気がつくと、メディア波及に冷めた表情となって彼女に言い放つ。
『テメェ………その薄気味悪い笑みを出すなって言ってるだろうが!?』
「申し訳ありません」
『最新鋭の光学迷彩システムを、あんなゴミにおジャンにされやがって!!! 今度、ヘマしてみろ!! テメェも一緒にゴミにしてやるからな!!』
「了解しました、キャスター・メディア」
一向にその笑みをやめないアサシンにブチキレたのか、メディアが通信装置を蹴り飛ばして切る………メディアと通信を終えたアサシンは、空を見上げながら、ポツリと呟いた。
「………茶番はおかしいもの………ではないのですか? キャスター・メディア?」
プシュッという圧縮空気が漏れる音と共に、マスクが外れ、色素が完全に抜け落ちた透明の髪が現れ、上空2000mの風に揺られながら、作り物にも似た目を細め、作り物のような笑顔を浮かべながら、ここにはいないとある人物のことを思う。
「それにしても………マリア・フジオカの死を聞いた貴方は………どんな素敵な表情を見せてくれるのかしららね、ジーク?」
☆
それから数時間、ちょっとした小道具を用意しこの会議場に来たメディアは、ぶっ飛ばされたものの律儀に戻ってきたジークを見下しながら、テーブルに備え付けられている端末にディスクを挿入し、立体投影するプロジェクターで、会議室全員にとある映像を見せる。
『今から数時間前、とある場所で『偶然』撮影された映像だ』
その映像が映し出された瞬間、にわかに会議室が騒がしくなり、スコール達ジェネラルは不信な表情を作り、特にリキュールは明らかな疑惑を持った目でメディアを見た。
―――地面に這いつくばっているマリアを、フレイムソードで串刺しにしているブレイズ・ブレード―――
『どうやら、マリア・フジオカは諜報活動に失敗した挙句、IS学園側に抹殺された模様だな』
もし事実を知っている者がここにいれば、『何を抜け抜けと言う?』と皮肉が飛び出てもおかしくない場面であるが、あいにく彼女の死因を直接的に知っているのはメディアと実行犯のアサシンのみ。敵であるブレイズブレードを操る陽太が殺した………と言われれば、いかような状況であろうとも、別段不審な点はない。なんせ亡国機業とIS学園は明確に敵対している組織同士で、自分達は世間的には極悪なテロリスト集団なのだから………。
だが、如何に立場がテロリストであろうとも、心の中まで非人間にはなりきれない者がこの中にはいたのだった………。
「………………殺してやる」
映像を食い入るように見つめたジークが、低い声で搾り出すように呟くと、いきなり立ち上がると会議室から出て行こうとする。
『退出は認めていません』
『何処へ行く?』
怒りで頭が沸騰しかけているジークを勇めるようにスコールとリキュールが同時に彼に声をかけるが、そんな二人を相手にしても、今のジークは引き下がる気は一向になかった。
「ミスターネームレスの首をこの場に持ってくる………なんかそれが文句あんノカ!?」
『大いにあるね』
今のジークの神経を逆撫でかねない言葉を言い放ったリキュールは、メディアの方を見ると、明らかに疑っていることを前提な話を彼女にしだしたのだった。
『映像に信憑性が欠けている』
『………何を根拠に言ってやがる?』
『陽太君は十中八九マリアを殺さない。そして、この映像提供者が……………お前ということが、私は気に入らない』
『………敵の行動を信じて、味方を疑う気か、小娘(ドクズ)?』
余裕でリキュールの言葉を受け流していたメディアだったが、次の瞬間、リキュールが放った言葉によってその余裕が完全に崩れ去る。
『味方?………下らない自尊心とチンケな小細工をするしか能がない、貴様如きが味方だと?………恥を知れ、老害(ババァ)』
その台詞を聞いた瞬間、極力二人の争いには介入しないようにしていたサクラの表情が最高の青ざめる。
「……!!」
咥えていた飴を噛み砕き、議席に乗り出したメディアは、さくらの前のテーブルに足をかけると、リキュールの胸倉のを掴み、額に多数の血管を浮き彫りにするほどの激憤を見せながら、彼女を脅しかける。
「そんなに殺されたいのか、小娘(虫けら)?」
「やれるものならやってみろ、塵………」
冷めた瞳でメディアを嫌悪するリキュール………その様子は会議室中に伝染し、最悪ジェネラル同士の抗争になりかねないと思ったのか、争いには極力介入しないようにしていたトーラやリリィ達も止めに入るべきかと思い立ち上がる………が、それを止めたのは、幹部ではない、一人の青年だった。
「うるせぇーーーー!!!」
「「!?」」
全員がそこを振り向く。会議室中の視線を一身に受け、だがそれでも引かない意志を持ったジークは、自分を置き去りにして争いを続けるリキュールとメディアの方を見ながら、怒鳴りつけた。
「テメェーラの言い争いなんてどうでもいいんだよ!! 俺を早くIS学園に行かせろ!!」
『ジーク君、落ち着きたまえ』
「落ち着けるか!! スコール!!」
これでは埒が明かないと直接の上司であるスコールに問いただそうとするジークだったが、メディアはそんなジークの方を見ながら、意外なことを言い出した。
「いいぜ………おい、スコール。敵討ち、させてやれよ?」
『メディア・クラーケン………現状、表立ってIS学園に我々が攻撃を仕掛けるのは……』
「そんなもん今更過ぎるだろうが? それに私らとしても、これ以上学生風情に舐められるわけにはいかないんだよ………だろ、亡国随一の軍師さんよ?」
ここにきて尤もらしい意見を言い出すメディアと、会議室の空気が「メディアの意見を支持」しだしていることがスコールにも感じ取れた。
オーガコアにはいまだにストックがあるが、いたずらに消費する余裕もない。それにこれ以上IS学園サイドが活気付けば、世論のバランスにまで影響が出てくる可能性もある。だが、この現状を作っているのがメディアであることが、どう考えても裏があることを承知しているだけに、彼女の真意がわからない現状では、おいそれとメディアの意見を採用したくないスコールは、どうしても『出し抜かれた』感を感じ、頭を抱えながら、仕方なしに命令下す。
『IS学園の襲撃作戦を立案します。ただし無策での突撃は厳禁よ………それを承諾できるのであれば、襲撃の実行役にジーク、貴方を指名するわ』
「……………」
『命令は絶対ッ! これ以上、部下を失うような事態にするわけにはいかないの!! 返事をしなさい、ジーク・キサラギ!!』
上司として部下の命を預かるスコールのその言葉に、ジークは渋々といった表情で返事をした。
「了解した」
『では、別命あるまで別室で待機していなさい。マドカ、お守りをお願い』
「りょ、了解!」
踵を返して会議室を出て行くジークと、そんな彼の後を追うマドカ………二人の背中を見つめながら、リキュールは小さな声で、メディアに問いかけた。
「何のつもりだ、キサマ?」
「あん?………単に興味を持っただけさ」
メディアは息がかかるかというほどに顔をリキュールに近づけると、マリアに見せていたような醜悪な笑顔を浮かべながら、彼女を言葉で嬲りだす。
「お前が見つけた火鳥陽太(玩具)と、私が作ったジーク・キサラギ(玩具)………どっちが優秀かをな?」
「………あの二人に手を出すことは、私が許さんぞ?」
リキュールの瞳孔が若干変化し、全身から人外の殺気が溢れ出るが、メディアは臆することなく、自分の指を鳴らすような状態を作ると、彼女に言い続ける。
「いいぜ? ここで私と殺しあう(やりあう)ってのも………だけどよ」
メディアがトーラとリリィの方を振り返るのを見たリキュールは、つられてそちらの方を向き、彼女達の変化に気がついた
―――何も写さない、魚が死んだかのような濁った瞳と能面のような表情―――
「あの二人を同時に相手にして、お前はスコールを守りきれるのかな?」
「……………」
スコールが肩を震わせ、リキュールの眉がピクリと動いたのをメディアは、ゆっくりと顔を引き剥がすと、彼女に言い放った。
「『アレキサンドラ・リキュール』……………テメェには、その名前は荷が重過ぎんだよ」
ゆっくりと着席するメディアが指を鳴らすと、トーラとリリィの瞳に光が戻り、自分が今何をしていたのかという不信な表情になる。
「(リキュール………ごめんなさい!!)」
自分がいたために、彼女が命のように大事にしている『信念』に傷をつけてしまっているこの現状を歯がゆく思いながら壇上を見つめるスコール………組織の理念よりも、自分の思惑よりも、自分が誰よりも尊く思っている人物が受けている屈辱が、彼女には堪らないのだ。
それゆえに、スコールは、その端正な美貌を歪ませるほどにメディアを睨みながら、この屈辱は必ず倍返しにしてやることを心の中で誓う。
「(メディア・クラーケン………この借りは倍返しにしてやる………ましてや)」
目の前の映像を食い入るように見つめながら、彼女は確証のない確信で決意していた。
「(貴女の仇………私が必ず取るわ、マリア!!)」
組織発足から50年以上の間、闇の中の影において、深き業を生み出してきた人物によって、仕組まれた戦いを強いられる二人の操縦者………。
この二人の激突が、世界の流れを更に変化させる要因になるとは、まだこの時、誰もが知る由がなかった………。
(・ω・)
(;ω;)ブワッ
マリアサーンッ!!!!
お姉さんキャラ好きなだけに、ちょっと自分で凹んでました………。
というわけで、皆がもれなく大嫌いといってくれると信じて登場した、吐き気を催す邪悪こと、メディア・クラーケンさんの登場です!
親方様とは死ぬほど仲が悪いこの人、果たしてこれからどんな活躍を見せてくれるのか?
そして、今回の話では、次章以降からキーワードとなるための事柄が、チラホラ出てきてますので!
さあ、戦うことを仕組まれてしまった、陽太とジーク。
二人の戦いの行方は?
亡国の次なる動きは?
そして、影が薄いと皆が心配しているモッピーの行方は?
次回もお楽しみください